戦国ちょっと悪い話37
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2013/08/21(水) NY:AN:NY.ANID:6zA7awEo政宗はこれを察すると皆々に
「所望の能、少し支度に時間がかかる。待ち草臥れているだろうが、もう少し待ってほしい!」
と自身で声をかけ、小姓頭を呼び出し
「芝居の者達に酒を振る舞いたいのだが、にわかの事であり直ぐには出来ないだろう。用意出来次第
出すように。」
そう仰せ付けた。しかし流石は政宗の小姓頭である。主人の事をよく把握している彼はこの仰せを聞くや
「御諚であるぞ!振る舞え!」
と小姓衆に申し渡すと、たちまち南都諸白(中世の高級日本酒)の大樽が数をも知れず芝居へと持ち込まれた。
こんな事もあろうかとちゃんと用意していたのである。主人が主人なら小姓頭も小姓頭である。
すると大桶半切りを用意し、樽の蓋をここかしこで打ち砕き、樽のまま持っていくものもあり、
酒を引きかぶって濡れ、着物を絞るものもあり、様々な肴を持ってきて器に盛り付けて出し、
さしもの広い場所であったが、東西の大名小名が寄り合い江戸中の貴賎がこぞり、芝居も人の居所すら
無いように見えた。
政宗は芝居の者達に土器の盃2,3千ほど出したが、それでも足りず、家臣に
「酒さえ汲めるものならなんでも良い、皆出してしまえ!」
と命じたため、梨地に蒔絵した角、金銀を散りばめた重、喰籠、皿鉢の類、てに当たるを幸いに
芝居に向かって投げつけた。そんな事なので芝居の内は大いに興奮し、色のあるものを手に手に持って
酒や肴に飽き満つる様子はもみじ流れる龍田川、吉野初瀬の花盛に嵐を誘うのと異ならない光景で、
桟敷の諸大名は自らの酒宴を差し置いて幔幕を上げさせ
「なんと大層なことだろう。天竺の月蓋長者が八万余人の非人どもに施行を引いたという楽しみも、
これにはどうして勝るだろうか。なんと面白い景色だろう。」
と、暫く感嘆の声は鳴り止まなかった。
しばらくして政宗は御簾を上げ、「お前たち、酒のんで面白いか!?上戸も下戸もこんな慰みは
酒にしくはない。互いに友を呼んで、飲めや飲めや!」と煽り、すでに酔っ払った状況で
「いいか芝居の者共!いま芝居の中に出ているもの、全部お前らにくれてやる!思い思いに取っていけ!」
と言い放った。これに人々は金銀砂子を敷いた数々の道具をそれぞれ取って、喜び興奮すること限りなかった。
この時数が少なければ人と奪いあうような事も起こったのだろうが、そういったことは起こらず、
逆に人々は驚いたという。
酒に目のないものたちは大樽を抱えて、これに過ぎたることはないと喜び持ち帰り、
上下万民、皆興奮の状況で宿へと帰った。
次の日、さしもの広き江戸に道具一つ持たないものはない、とまで言われた。
この事は将軍家の耳に達し、大いに感嘆し
「この頃類いない事である。しかしこういう事は、学んで出来ることではないな。」
と言われたという。
(政宗公御名語集)
伊達政宗、喜多七太夫の勧進能・悪い話
http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-169.html
このお話の伊達家の側のでも記録していたとはw
ともかくも、よくこんなことやったものである。
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