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淀の方を再評価しよう PART2

■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています
0001名無しさん@お腹いっぱい。2006/07/25(火) 13:36:02ID:mH4fhvS0
前スレ
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/history/1026995363/

1 名前:日本@名無史さん[] 投稿日:02/07/18(木) 21:29
淀の方を暗愚だと言う人は多いけど、そろそろ再評価すべきではないか。
そもそも家康(徳川)側にとっては秀頼の存在は極めて危険なものであった
から、大阪城から他への転封などされたら、後は適当に言いがかりをつけられて
改易→斬首の可能性が非常に高かった。それにもし生きながらえたとしても、
浪人や秀吉政権下での織田信雄、今川氏真のような生き様がよいものとも思えない。
そう考えれば徹底抗戦して、家康が死ぬのを待つというのはあながち間違った
選択肢とも思えない。
それに負けたとはいえ、大阪の陣でも家康本陣まで迫ったこともある。
桶狭間のときの信長よりは、勝算があったのではないか。幼少の頃から、
蝶よ花よと甘やかされて育った茶々姫がここまでの大勝負を家康相手に打ったの
だから、彼女の持って生まれた才能は、かなりのものがあると思う。織田家の
血筋の中では、男系よりも市の方の三人の娘の方がはるかに資質が高いと思える
のは私だけでしょうか。
0037名無しさん@お腹いっぱい。2006/08/16(水) 09:56:56ID:+jZ3/i/S
>>36
ttp://www.geocities.jp/senryusai/senryusai.harunaga.html
最近は、治長も少し見直されているようです
0038名無しさん@お腹いっぱい。2006/08/16(水) 10:04:02ID:+jZ3/i/S
つーか、俺なりに考えるに、淀殿や治長が世間に言われているほどの無能者だったら、
三国志の呂布みたいに、部下の反乱にあって、家康に身柄を差し出されて終わりだったんじゃねぇ
少なくとも、天下を相手に戦争やって、反乱起こされない程度の統率力はあった
通説通りの無能者だったら、返って豊臣家は滅亡しなかったんじゃねぇかな?
0039名無しさん@お腹いっぱい。2006/08/21(月) 02:14:54ID:DUEtQZlS
>>37
大野治長はたった一万五千石か……。
やっぱり総指揮官という器じゃないな。
集まってきた浪人どもなんて
小大名の真田ですら30〜40万石だったわけで舐められるのは当然だろう……。
石田三成の方が戦上手な気がするよ。

逆に淀君なんかは結構人望があって巧く武将をまとめていたような気もするな。
参戦した武将である程度年食ってる連中は秀吉存命時代に会ったこともある奴が多いし。
0040名無しさん@お腹いっぱい。2006/08/24(木) 18:36:50ID:GW29yaDP
「独眼竜政宗」は、茶々と大野の固い絆が最期の時まで満喫できます。
0041名無しさん@お腹いっぱい。2006/08/24(木) 23:34:30ID:dQteASyZ
>>38
禿堂

返って

却って
0042名無しさん@お腹いっぱい。2006/08/25(金) 00:04:07ID:ExgwZXg6
小谷陥落や北ノ庄陥落を教訓にして
偉大な軍事戦略家たる伯父や羽柴筑前から
兵法を学ぶ機会を作れなかったのか。

彼女が超一流の兵法を習得していれば・・・
そして自ら前線に赴いて戦闘に参加するなり
将兵たちを鼓舞していれば・・・
0043名無しさん@お腹いっぱい。2006/08/25(金) 02:54:12ID:+idJ9QTU
兵法の駆使で苦境を乗り切れるような時点では無いのでは?
0044名無しさん@お腹いっぱい。2006/08/25(金) 12:34:52ID:JYTAFCMn
>小大名の真田ですら30〜40万石だったわけで

どこの平行世界の話ですか?
真田家は最盛期でも信州と上州あわせて十万石ちょっとくらいだろう
0045名無しさん@お腹いっぱい。2006/08/25(金) 14:07:50ID:POUfBpem
十万石は減俸されて転封された松代藩時代。
上田、現在の長野市一帯、沼田を持ってたんで実質は30万石以上。

と上田城の博物館に書いてあったヨ。
0046452006/08/25(金) 14:11:36ID:POUfBpem
すんません、博物館にはそう書いてあったんだが、
調べてたらどうやら10万石程度だったようすw
0047名無しさん@お腹いっぱい。2006/08/25(金) 18:24:37ID:bLjLqY96
この人ほど多くの名前(呼び名)がある人も珍しいのでは?

茶々、淀の方、淀殿、淀、藤原(浅井)菊子、淀君
0048名無しさん@お腹いっぱい。2006/08/25(金) 22:00:20ID:n3h1XLMt
珍しくも何ともない
0049名無しさん@お腹いっぱい。2006/08/25(金) 22:44:56ID:2JLEq17i
だいたい淀の方、淀、淀君、淀殿、って全部同じじゃねーか。
立花宗茂の名前の数でも調べてみろよ、桁が違うから
0050奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T. 2006/08/25(金) 22:54:59ID:m0At5VcE
同級生対決かいな。
0051名無しさん@お腹いっぱい。2006/08/25(金) 23:19:12ID:8Zd+uZ5Q
大虞院
0052名無しさん@お腹いっぱい。2006/08/26(土) 00:32:05ID:TS4/5TqA
大河スレでも思ったんだけど、
淀殿の名の一つとして「菊子」を知ったことがすごく嬉しそうで
書き込みまくってたのがいたな。

菊子という呼称を用いることはあんまり必要もないのだが。
0053名無しさん@お腹いっぱい。2006/08/26(土) 00:37:31ID:Xz1e77dl
大阪の、特に夏の陣に関しては、豊臣上層部は戦争したくなかったけど、牢人衆に城ごと乗っ取られて
戦争になってしまった、って説が最近は主流だな。
0054名無しさん@お腹いっぱい。2006/08/26(土) 13:39:07ID:nt+zrEUk
>>53
NHKの「春日局」はその説を採用したんだね。
真田や後藤たちの暴走を止められなくなって
愕然とする様子が描かれていたが。
この点でも「独眼竜政宗」とは描かれ方が正反対だったな。
0055名無しさん@お腹いっぱい。2006/08/26(土) 15:20:41ID:KJGYPbGF
大河厨うぜえ
0056名無しさん@お腹いっぱい。2006/08/26(土) 16:29:45ID:iO6jKB+X
大虞院花顔妙香

これって、虞美人のように、花のような顔、妙なる香りがしたという意味なのかな
なんかムチャ美人っぽくて好きだ
0057名無しさん@お腹いっぱい。2006/08/26(土) 19:30:48ID:YJQ3tXDA
茶々には秀頼みたいな逃亡・生存説ってないの?
0058名無しさん@お腹いっぱい。2006/08/26(土) 20:49:12ID:q+zDwhtS
>>56
全く違う、単純に言えば「浮気者の女」。
花顔は東洋ではいい意味ではなく「浮気」とか卑猥な意味をもってる、
妙香は「女性」という意味で女なら誰についてもおかしくない。
この人は戒名からもバカにされてるのがとれる。
0059名無しさん@お腹いっぱい。2006/08/26(土) 22:13:32ID:iO6jKB+X
>>58
え? そんな酷い意味なの
お江与、なにやってた! ねぇちゃんにそんな酷い戒名つれられてなぜ怒らない
坊主も坊主だ。生前にはさんざん寺を直してもらったというのに!
0060名無しさん@お腹いっぱい。2006/08/27(日) 08:22:13ID:puIMhLfb
>>58
噛み付くようで申し訳ないが、あんたのいうこと信用していいのかな?

花顔……ヤフー辞書曰く、花のように美しい顔。うるわしい顔だち。花のかんばせ。
花顔玉容という言葉もあるし、決して悪い意味ではないだろう。俺が調べた限り浮気などという意味は見つけられなかった。
妙香。では、他の女性の戒名の例を挙げてくれないだろうか?

お手数をかけて申し訳ないが、どうにも納得できないもので
0061名無しさん@お腹いっぱい。2006/08/27(日) 11:48:51ID:43BY1Icl
60も58も正解、西洋と東洋の違いだね。浮気という意味はちゃんとある。
ただ60は西洋での意味(現在の意味)で東洋での意味とは、全然違うから
どっちをとるかはご自由にって感じだな。
人によっては淀君と似た意味だから嫌だという人もいる。昔の人のほうが露骨
でストレートだったから仕方ないんだろうな・・・

妙香は昔だと尼さんなんかに多かったようで、「〜院」とある人には付いてても
不思議じゃない。現在だと一般の人でも付いてることがある。
有名どころは妙香大姉や桂月妙香かね?
0062名無しさん@お腹いっぱい。2006/08/27(日) 15:49:50ID:puIMhLfb
なるほど、お手数かけて申し訳なかった
日本人というのは、死者に対してそれなりに礼儀を果たすものだし、
まして、徳川トップレディに妹がいるんだし、それなりの礼儀のついた戒名でしかるべき
と思っていたのだが……
さらにしつこく、花顔についてネットで調べていたら、

・花の顔(はなのかんばせ・かお・かおばせ) 1.咲いている花の姿。花の様子。2.花のように美しい顔。 類:●花顔(かがん)
・花の心(はなのこころ) 1.花に心があるものとして、花の心。2.相手の心を指して言う美称。3.花に寄せる思い。花に付いての風情(ふぜい)。4.移り気な心。浮気心。

なんてものを見つけた。花心ではなく、花顔なんだし、別に悪くないんじゃないかなぁ
などと未練がましく考えている
0063名無しさん@お腹いっぱい。2006/08/27(日) 16:08:53ID:KxXENQvY
戒名=死者に与える良い名前、なんてのは現代人の一方的な美化された思想なのかもね。
妙香大姉なんて長女だからって理由だしw
0064名無しさん@お腹いっぱい。2006/08/27(日) 16:15:16ID:puIMhLfb
さらにもう一個
楊貴妃の容姿を称えられて、「雲鬢花顔金歩揺」
(雲のようにふんわりした鬢の毛、花のように美しいその顔。それに歩くたびに揺れる金の髪飾り)
と記されたそうだ
別に東洋でも悪い意味に使われていないと思うんだがなぁ
0065名無しさん@お腹いっぱい。2006/08/27(日) 16:36:04ID:puIMhLfb
>>64
×楊貴妃の容姿を称えられて、「雲鬢花顔金歩揺」
○楊貴妃は容姿を称えられて、「雲鬢花顔金歩揺」

ちなみに「長恨歌」の一節だそうだ
0066632006/08/27(日) 16:56:13ID:Qms0FxvP
ID:puIMhLfb
さすがにしつこくて気持ち悪い。その辺にしとけ
0067名無しさん@お腹いっぱい。2006/08/27(日) 17:13:04ID:puIMhLfb
>>66
言われんでも、もうネタがねない
しかし、結局、「花顔」が「浮気」という意味だというのは納得できなかったなぁ
0068名無しさん@お腹いっぱい。2006/08/27(日) 18:33:16ID:Yzzp+/bn
>>8にも書いたんだけど信雄は正式に大坂方から
総大将として打診されてたの?それともただの噂?
0069名無しさん@お腹いっぱい。2006/08/27(日) 19:07:05ID:JcOf7RM/
>>61
何かどうでもいいことだが「西洋での意味(現在の意味)」の指す所が分からん。
この西洋は欧米じゃ意味通らんし、当時は「西洋」がどこか他地域を指したのか?
0070名無しさん@お腹いっぱい。2006/08/27(日) 19:48:08ID:PlG8HmLK
母親のお市にも言えることなんだけど
なんであれほど有名なのかがそもそも疑問。
政治・経済・軍事面での実績なんか皆無だと思われるし、
書道や和歌の達人だったなんて話も聞いたことが無い。
なのに、知らない人がいないほど知名度が高いんだよな・・・
0071名無しさん@お腹いっぱい。2006/08/27(日) 20:18:33ID:cMQPZxl1
信長、家康、秀吉は映像化の機会が多いからでない?
0072名無しさん@お腹いっぱい。2006/08/27(日) 21:13:11ID:Yzzp+/bn
悲劇のお姫様はそれだけで絵になるし。
お市も茶々も親子二代で小説なんかメじゃないくらい
壮絶な人生送ってるし。
0073名無しさん@お腹いっぱい。2006/08/27(日) 22:27:16ID:AYXj8juR
戦国時代の女といえばこの二人
0074名無しさん@お腹いっぱい。2006/08/27(日) 22:37:32ID:tYNJvoRX
>>69
ともあれ、信じるにソースが欲しい話だな
ID:puIMhLfbではないが
0075名無しさん@お腹いっぱい。2006/08/27(日) 22:48:24ID:vg2+yltF
>>72
駒姫の悲劇に比べたら・・・
0076名無しさん@お腹いっぱい。2006/08/28(月) 08:57:47ID:EQ2t7mAt
どうも淀殿の専横があったというのは豊臣恩顧の大名が徳川に尻尾を振るための
口実だったとしか思えん
0077名無しさん@お腹いっぱい。2006/08/28(月) 16:11:38ID:8MgYyoyF
>>75
駒姫って、秀次の側室になってから殆ど時間すぎないうちに殺されちゃってるから、あまり有名じゃないんだと思います。
(駒姫って秀次の側室ですよね?無学でスマソ)
0078wiki2006/08/28(月) 16:17:13ID:xQtnz3+e
駒姫(こまひめ、1580年〔天正8年〕- 1595年9月5日〔文禄4年8月2日〕)は、最上義光と大崎夫人の娘で、羽柴(豊臣)秀次の側室。別名、お伊万(おいま)。伊達政宗の従妹に当たる。

天正18年(1590年)、九戸政実討伐の帰途に山形に立ち寄った秀次は、
駒姫の美しさに目を止め、側室にしたいと義光に申し出た。
こうして駒姫は山形から京へと嫁いでいった。
しかし文禄4年(1595年)の七月十五日、秀次は高野山で切腹させられてしまった。
そして駒姫も、八月二日に他の秀次の側室達と共に、三条河原に引き立てられ十一番目に処刑された。
まだ実質的な秀次の側室になる前だったとも言われている。
父の義光が、必死で助命嘆願に廻ったが間に合わなかった。
まだ十五歳の若さであった。

辞世の句「罪をきる弥陀の剣にかかる身のなにか五つの障りあるべき」

娘の死を聞いた母の大崎夫人も、悲しみのあまり間もなく亡くなった。

墓所と菩提寺は山形市の専称寺。

0079名無しさん@お腹いっぱい。2006/08/28(月) 20:10:18ID:sMdsYvfu
>>76さんに同意!
必要以上に悪く言われすぎ。

悪女というより、肉親の悲惨な最期と、敗者の一族というトラウマを一生背負っていたんだと思う。

母親のお市が毛嫌いしてた秀吉にモノにされたのも屈辱だったんだろうな
0080名無しさん@お腹いっぱい。2006/08/28(月) 20:33:34ID:ehAcmUDu
大方、「秀頼」と「鶴松」を混同してないか?
0081名無しさん@お腹いっぱい。2006/08/28(月) 21:21:35ID:O0xcCY6k
腹切る度胸のなかった臆病者
0082奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T. 2006/08/28(月) 21:38:09ID:+dFBmptQ
腹を切る度胸を現代人が責めてはいかんて。
0083名無しさん@お腹いっぱい。2006/08/29(火) 02:39:30ID:2DTndRDx
典型的な悲劇のお姫様というとこの人が思い浮かんでしまう。
乱世のどまんなかで翻弄された人生。多少のエロネタはこの際、目をつぶるよ。
0084名無しさん@お腹いっぱい。2006/08/29(火) 09:34:14ID:z+gklaLu
悲劇?
息子とカマボコ食いまくったり実際には悠々自適な人生だったそうだが
0085名無しさん@お腹いっぱい。2006/08/29(火) 11:57:21ID:e+Auvb5H
0086名無しさん@お腹いっぱい。2006/08/29(火) 15:14:28ID:cgqFiHR0
家康「なによその鐘ふざけてるの?」
0087名無しさん@お腹いっぱい。2006/08/29(火) 17:40:39ID:qZwXaeIY
>>81
どういうこと?
詳しい解説を。
0088名無しさん@お腹いっぱい。2006/08/29(火) 19:43:10ID:lljfNk9Y
>>87
別人だが、俺が説明してあげよう
最期の山里郭だがの中で、自殺するとき、自殺を嫌がり、
秀頼の命で、荻野道喜に後ろからぶっ殺されたとかいう逸話があるらしい
ただし、秀頼、淀殿の最期を見た人は全員一緒に死んじゃった
なぜ後世に伝わったのだろう?
おそらく例によって淀殿を貶めるための作り話なんだろうね
0089名無しさん@お腹いっぱい。2006/08/29(火) 20:01:22ID:STqpO04g
秀頼の父親は、大野治長説が最有力みたいね。
鶴松の父親も、そうなのかな?
0090名無しさん@お腹いっぱい。2006/08/29(火) 20:09:23ID:ZHHmb5iA
>>88
つかそれは「腹切る」に対する疑問じゃないのか?
女性の死に方としてあまり聞かないけど、それを指して「臆病者」と言ってるから。
できるなら女性も腹切る方が名誉な死に方だったんだろうか?
0091名無しさん@お腹いっぱい。2006/08/29(火) 20:15:40ID:AabMrtDX
豊臣秀頼は近江派(旧浅井氏の家臣、秀吉が近江長浜時代に抱えた家臣)
の陰謀どす。
0092名無しさん@お腹いっぱい。2006/08/29(火) 20:23:53ID:lljfNk9Y
>>90
なるほど、女性の切腹とは聞かないな

0093名無しさん@お腹いっぱい。2006/08/29(火) 20:33:27ID:JP760MG6
>>89
鶴松の父が大野だろ。
秀頼の父はどこかの馬の骨w。
0094名無しさん@お腹いっぱい。2006/08/29(火) 21:52:28ID:HTIELtmB
ヤリマンはサゲマン。その逆もしかり。
0095872006/08/29(火) 22:51:44ID:XwuX+5r3
>>88
ご解説サンクス。
なんか古典太平記での長崎円喜の最期と
かなり酷似しているような・・・
0096名無しさん@お腹いっぱい。2006/08/29(火) 23:40:18ID:OcOpkj8j
誰の子でもいいだろ、加齢臭の漂う歯槽膿漏のボケぎみの猿爺の相手させられる
と考えると淀殿が若い男に走っても誰も文句言えまい。
0097名無しさん@お腹いっぱい。2006/08/30(水) 00:25:48ID:1FoUajq8
仇敵に娘たちを丸投げした市はキチガイか。
市がキチガイやらかしたせいで茶々は仇敵に強姦されてしまい、
挙句の果てに大坂城もろとも灰にならざるをえなくさせられた。
北ノ庄で三姉妹も心中させたほうがよかったというもの。
0098名無しさん@お腹いっぱい。2006/08/30(水) 03:43:27ID:QM78Q10j
>>90
女の腹は「子を宿す場所」ということから、女は切腹はしないと聞いたが。
喉を突いたり、他の家臣に殺してもらったりではないのかな。

山里丸にいた人間、みな自害したはずなのに、>>88みたいなのが残ってるのもアレだね。
0099名無しさん@お腹いっぱい。2006/08/30(水) 08:08:01ID:3Q8h++kU
市も淀もしぶとすぎ、潔く死んでりゃよかった
0100名無しさん@お腹いっぱい。2006/08/30(水) 11:12:03ID:LKNR4qdA
いや、戦国時代の武家の婦人って意外にもなかなか自害してませんぜ。
それと夫が死んで出家した人も意外に少ない。
0101名無しさん@お腹いっぱい。2006/08/30(水) 13:34:17ID:XgNefvBU
義姫や甲斐姫とちがって学も武もないのに出しゃばりすぎなんだよ。
挙句、死ぬ度胸もないんじゃウザイ存在に思われてもしょうがない。
0102名無しさん@お腹いっぱい。2006/08/30(水) 18:18:51ID:7YUFgnGg
>>101
おまえさんの好きな甲斐姫は淀殿の友人だぞ
大坂の陣でも一緒にいて、最期は秀頼の娘とともに脱出。のちに出家。
というのが、一般的な甲斐姫伝説ではないか?
淀殿の大坂の役での判断には、少なからず甲斐姫の影響もあったと思うぞ
0103名無しさん@お腹いっぱい。2006/08/30(水) 20:02:16ID:YltUZd/C
まさかここで甲斐姫ヲタにされるとは思わなかったw
0104名無しさん@お腹いっぱい。2006/08/30(水) 22:34:18ID:QQ3kCR3H
>>97
強姦されたとは限らんぞ。
淀殿の方から近付いたかもしれんし。
案外互いの利害の一致かも。
0105名無しさん@お腹いっぱい。2006/08/31(木) 00:23:31ID:W0HnJyF/
母親と妹2人が本名で呼ばれるのに、
なぜか1人だけ通称で呼ばれる茶々・・・
0106名無しさん@お腹いっぱい。2006/08/31(木) 10:22:18ID:UMLHvKxR
>>101
立場も存在感も全く違う女性をひきあいに出してどうする。

>>102
一般の甲斐姫にかんする逸話なんて
「秀吉の愛妾の一人になった」で終了してるんじゃない?
醍醐の花見での「かい」が甲斐姫か?と推測されてる程度じゃん。
東慶寺に入ったなんて、寺ではそんなこと伝承してないしな。
秀吉妻妾となってからは目立った存在ではなかったんじゃないかね。
0107名無しさん@お腹いっぱい。2006/08/31(木) 19:04:22ID:zvMNBb2N
>>106
史実かどうかは横においておいて
ネットで検索するとでてくる甲斐姫伝説では、そういうことになっている
ttp://www.908.st/mt/ohara/archives/002642.html
ttp://hagakurecafe.gozaru.jp/29%20kaihime.htm
あくまでも伝説として面白い
0108名無しさん@お腹いっぱい。2006/08/31(木) 23:17:45ID:ohgr1hJa
逸話なんてどれもオーバーに伝わってるようなもんだな
無論、淀殿とて例外ではないだろう
0109名無しさん@お腹いっぱい。2006/09/02(土) 07:45:03ID:n0Y3UK/D
>>59
姉妹だから仲が良いとは限らないぞ
淀の方にしてみれば自分は天下人の妻、妹は家来の子供の妻と思っていたのが
立場が逆になってしまって、猛烈に嫉妬とか。

>>65
でも例えが楊貴妃じゃあまり良い意味じゃないんじゃ・・・
0110名無しさん@お腹いっぱい。2006/09/02(土) 19:03:44ID:4WQqAv6n
>>109
いや、この場合、お江与からみた茶々だから
戒名でまで辱めねばならないほどに、憎悪していただろうか?
野郎の俺には、姉妹の関係などよくわからんが、常識的に考えてありえんと思うがなぁ

「顔の綺麗な女性でした」という意味なら、ごく無難な戒名に思える
0111名無しさん@お腹いっぱい。2006/09/02(土) 19:15:20ID:0R6Hh9Ns
あからさまに意味の悪い戒名なんて付けたら、付けられた方より付けた方が評判落とすだろうしなぁ。
0112名無しさん@お腹いっぱい。2006/09/02(土) 21:41:55ID:CjNDaNaF
姉妹だからって仲が良いとは限らんからなぁ。
啀み合って殺し合った姉妹なんて歴史上結構見るし、
子供の頃ならまだしもお互いに結婚して離れてしまえば自然と疎遠になる。
まして、お江与は茶々の都合(だけでもないけど)で
結婚を含めて自分の人生散々に振り回されているし。

まぁ後に供養したりしているんだから、仲が悪かったわけではないだろうけど。
0113名無しさん@お腹いっぱい。2006/09/03(日) 15:40:20ID:RqYRwe1i
>>100
マジで!
自害した人が少ないのは知ってたが、出家した人が少ないことは知らなかった…。
0114名無しさん@お腹いっぱい。2006/09/03(日) 15:47:54ID:3dz550fu
お江与「ヤリマン淀、ざまみろw」
0115名無しさん@お腹いっぱい。2006/09/03(日) 16:01:00ID:W2Dif3Cj
てかそもそもなんで「花顔」が悪い意味”かも”、から姉妹仲の話にまで跳んでるんだ?

最初に言い出した奴も用例やそういう内容が書かれた史料を提示してるわけじゃないし、
単なる2chの書き込みを前提にして江与と淀殿の仲をあれこれ勘ぐる意味ってなくないか。
0116名無しさん@お腹いっぱい。2006/09/03(日) 16:18:25ID:hKqkWwz7
セックス大好き\(^0^)/

これだけで十分に淀を表せるよ。
0117名無しさん@お腹いっぱい。2006/09/03(日) 20:38:23ID:rdmo4Lfv
大河の影響で「淀」なる呼び方がはびこってるけど
この呼び方では地名を指してしまうんじゃない?
0118名無しさん@お腹いっぱい。2006/09/03(日) 21:09:25ID:mCeksd1u
まあ、お茶々北ノ庄落城から一旦、歴史の表面から消えちゃうからね。
その後1580年代末期に、秀吉が淀に城をたてて、そこに懐妊したお茶々が、秀吉の妾としてリニューアルされて入城することで、再び歴史の表面にあらわれる訳だから。

秀吉も、お禰にあてた手紙に「淀のもの」って書いてたんじゃ?
0119名無しさん@お腹いっぱい。2006/09/04(月) 11:22:05ID:Oz2b00jI
>>117
その土地に住んでる、その土地の出身である等々のことからの
○○殿の称なんで、殿なしの「淀」でも通じると思うけど。
0120名無しさん@お腹いっぱい。2006/09/04(月) 21:41:02ID:5HpZIRT1
その一方で、築山殿は「築山」という呼ばれ方はされないね。

奇しくも、両者とも通称で呼ばれることが圧倒的に多いけど・・・
0121名無しさん@お腹いっぱい。2006/09/05(火) 01:21:09ID:PCt/RRu3
ドラマ上で「淀」なんて呼んでるのは作中台詞で、
言う役者は、淀殿に対して「殿」なんてつける必要のない秀吉や北政所。
0122名無しさん@お腹いっぱい。2006/09/05(火) 19:37:36ID:KrCLzRav
浅井のチャチャチャ 浅井のチャチャチャ
チャチャチャ浅井のチャッチャッチャッ
0123名無しさん@お腹いっぱい。2006/09/24(日) 16:41:34ID:xOhw/oKL
あげ
0124名無しさん@お腹いっぱい。2006/09/24(日) 22:00:27ID:y1SsPd2/
今年の大河の茶々殿は悪役ですな。
大河で茶々が善人になることはないのかな。
おねたんと友好な関係の茶々たんが見たいです。
0125名無しさん@お腹いっぱい。2006/09/24(日) 23:02:58ID:T45E18Jj
特筆すべきは「江戸幕府」の将軍、家康のコメントだろう。

崇伝らが解読した梵鐘銘文を見せると、家康は、「アッー!」と絶句した。
―この梵鐘が存在するのは、京都の方広寺ですね。
「うわあ・・・、これは方広寺ですね。」
―文中に、徳川家に対する呪詛が込められている?
「これ(国家安康)は家康の名を分断していて、
 ああ、こっちは君臣豊楽ですね。間違いない。なんだこれは・・・。たまげたなあ。」
たとえ事実でも言いがかりだろ。

徳川方との講和に関し、大野治長が淀殿に事情を聞く。
淀殿「大筒が怖かった」
春永「なぜ、外堀なんだ」
淀殿「内堀も埋められました」
0126名無しさん@お腹いっぱい。2006/09/24(日) 23:26:56ID:y1SsPd2/
TDNかいw

茶々「嫌だよ、和議なんて…。」
治長「断りにくいんだよ。家康目が本気だったし…。
  外堀だけだって言うから…このとおりだいっしょに行こう。」
茶々「しょうがないな…。」
0127名無しさん@お腹いっぱい。2006/09/24(日) 23:33:18ID:y1SsPd2/
あ、TDNなんだからCHCHとHRNGのほうが
よかったのかな。
0128名無しさん@お腹いっぱい。2006/09/24(日) 23:49:46ID:jCx997PR
反佃煮勢力に勝利!佃煮っ!もう佃煮は誰にも止められない!佃煮っ!佃煮っ!佃煮っ!
佃煮っ!佃煮っ!佃煮っ!佃煮っ!佃煮っ!マッガーレは池沼!佃煮っ!佃煮っ!ぽ!佃煮っ!
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何故佃煮っ?だって佃煮っ!何でも佃煮っ!純ちゃんも佃煮っ!あべちゃん佃煮っ!は!
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佃煮〜♪佃煮〜♪創価も社民も佃煮〜♪今!佃煮が!必要とされているのです!佃煮っ!
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佃煮っ!佃煮っ!佃煮っ!佃煮っ!佃煮っ!佃煮っ!佃煮っ!佃煮っ!佃煮っ!佃煮っ!
佃煮っ!佃煮っ!佃煮ーーーーーーーーーーーーーーっ、変っ身っ!!!!!!!!!!
佃煮っ!佃煮っ!佃煮っ!佃煮っ!佃煮っ!佃煮っ!佃煮っ!佃煮っ!佃煮っ!佃煮っ!
佃煮っ!佃煮っ!佃煮っ!佃煮っ!佃煮っ!佃煮っ!佃煮っ!佃煮っ!佃煮っ!佃煮っ!
佃煮っ!佃煮っ!佃煮っ!佃煮っ!佃煮っ!佃煮っ!佃煮っ!佃煮っ!佃煮っ!佃煮っ!
人生佃煮!は!人生色々佃煮!天皇の傍に佃煮!人生佃煮!人生佃煮!は!ぽ!佃煮っ!
佃煮っ!佃煮っ!佃煮っ!佃煮っ!佃煮っ!佃煮っ!佃煮っ!佃煮っ!佃煮っ!佃煮っ!
佃煮っ!佃煮っ!佃煮っ!佃煮っ!佃煮っ!佃煮っ!佃煮っ!佃煮っ!佃煮っ!佃煮っ!
0129名無しさん@お腹いっぱい。2006/09/25(月) 07:25:04ID:aA6vKXm4
戦国板にまでTDNネタが入り込んできたかww
0130名無しさん@お腹いっぱい。2006/09/25(月) 07:26:18ID:aA6vKXm4
>>125
たしかこれ、スキャンダル発覚時の
立教野球部長のコメントでしょ?
0131名無しさん@お腹いっぱい。2006/09/25(月) 08:14:36ID:eXEpHKs0
昔再放送で見た
秀吉の映画(家康役が竹中直人)だったら淀と北両方善人になってた
他にも大河の家康でも淀は善人になってる
0132名無しさん@お腹いっぱい。2006/09/25(月) 10:34:29ID:1tdHKesw
>>124
無理だろ、第一面白くねーじゃん
0133名無しさん@お腹いっぱい。2006/09/25(月) 17:52:09ID:p9V27kil
淀は、悪人というより悲劇の面の方が多いと思う。
0134名無しさん@お腹いっぱい。2006/09/25(月) 19:04:14ID:nr7cA+aL
【大坂の陣の由来】

大御所に扮した徳川家康らが豊臣秀頼建立の方広寺の鐘に因縁
 ↓
「国家安康君臣豊楽?すぐに削除しろ」 「すれば落成供養させていただけるんですね?」などの
会話を経て大坂冬の陣に。
 ↓
家康のやり口が「汚いやり方だなぁ」などと罵られる
 ↓
豊臣家は諸大名に馳せ参じるように命じるも誰も来ず「アッー アッー!」と悶える
 ↓
真田幸村たち浪人衆が軍備を集めながら豊臣秀頼の母(淀殿)に顔を見せる。「浪人衆ばかり!」と悶えながら
兵士を鼓舞させる。このあと、家康側近の一人が大筒をつけ、大坂城に背後から
砲撃。「アッ、アッ、アッ、和議!」と豊臣家は狼狽えながら声をあげる。
 ↓
諸大名も加わり大坂夏の陣が始まる。ヤラれるばかりだった豊臣家が一転、攻勢に出て、
徳川軍を下にして攻めまくるも壊滅。無念の思いに震えながら、「アッー、アッー、イク!」
と叫んで、豊臣母子も大野兄弟、毛利勝永らも勢い良く自害。
あと真田幸村に追い回されて 家康は死を覚悟して「アッー!」と吠えたらしい。


ttp://web.archive.org/web/20040118203939/globalgaydiscs.com/babylon_34.htm
上左・・大御所役のデブ。
上右・・恫喝され、諸大名にソッポ向かれ、腹筋きしませながら身もだえするHDYR(秀頼)。
中左・・大坂城に大砲をブチ込ませ、士気をいじられる豊臣軍。更に徳川軍NTK(井伊直孝)に攻められ超キブンワルイHDYR。
中右・・大御所に攻められながらも、豊臣軍の兵士をしごくMRTK(長宗我部盛親)君。もちろんHDYRは恍惚。
下・・YKMR(幸村)君に突撃で脅され、敗走中の家臣に怒り、ケツに力が入る寿命寸前のIEYS。突撃に狼狽する将軍HDTD君。
0135名無しさん@お腹いっぱい。2006/09/26(火) 20:59:13ID:r5j1lvoT
>>127
CHCHじゃなくてTTでしょ
訓令式ローマ字表記ならTyatyaだし、
なにより茶=teaと引っ掛けることも出来る
0136名無しさん@お腹いっぱい。2006/09/26(火) 21:49:22ID:Rfeo76yq
やりすぎでマンコ臭そう
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