勘違いしている奴があまりに多いのでいわせてもらう。tcshは孤高。突然スマン。
だがもう我慢ならねえ。tcsh、しかもFreeBSDインストールしてまだ3年の俺だが、いわずにはいられなかった。

ちょっと質問に行った先やスレッドで、よく「cshは撲滅」などといわれる。
俺のはFreeBSDだしtcshだし、別にそうでもないっしょ。でもなんかいわれる頻度が高い。
なんでよ?謎だった。

しかし、この間気付いた。声をかけてくる奴はほぼ100%bashを使ってるんだよ。
tcshやshじゃない。その他のシェルな。bashとかrbashとか。sh -> /usr/local/bin/bashとか。
ひでえ奴になると/bin/shがbashのハードリンクとか。あえて「その他のsh」と呼ばせてもらう。

そいつらの「cshは撲滅」の中には「bashはshの仲間ですね」ってニュアンスを感じる
ことに気付いたんだよ。冗談じゃねえって。仲間じゃねえよ。
「俺のbashの血筋はshとつながってるんだぜ」みたいなオーラも感じる。つながってねーよ。
完璧に気のせいだ。ふざけんな。

tcshと他を比べてどっちがいいかなんてことはいうつもりはない。tcshを使ってる奴はそんなことは
いわない。shを使ってる奴もそうだろう。kshやZsh使いでも同じだ。csh、rc使いだってそうだろう。
そのシェルが好きで使ってる奴は他を認めつつも他を羨まない。自分の選択に自信を持ってる。
「その他のシェル」を使ってる奴はそうじゃない。tcshやsh、そしてUNIX(R)の栄光につかりながら
「その他」を使ってる。きもち悪い。一番手に負えないのが「その他」のスクリプト書いてる奴らだよ。
スクリプトってだけでshスクリプトと同列だと思ってる。いや、信じてる。心の底まで信じきってる。
ありえねえ。同列なわけねえだろ。いっしょにするな。ツネ。

誤解のないように言っておくが、shには敬意を表してる。sh使いは「その他のシェル」使い
とは違う。tcshを羨まない。精神が違う。

もう一度いうが、tcshは孤高。
その他のシェルとは違うこと、そして明確に区別されるべき存在であることを忘れるな。