そもそもね、戦国時代はどこもメチャクチャな総力戦をやっているわけよ
末期になると体力のない大名から脱落していくレースなんよ

ほんでどこも疫病が蔓延して飢饉の状態だった
例えば秋に刈田戦をやって敵国の米を収穫してしまう
そうなると収穫が半分以下になるわけよ
さらに戦争になると農民が逃げてしまう。そうなるとさらに収穫量が減る
これを100年近く繰り返していたのが戦国時代なわけ
今川もこれだと自分とこもジリ貧になるだけだから刈田や乱取りや奴隷狩りを禁止したわけよ
信玄も末期に規制したようだけど、適当だった。

つまり、勝頼の代になると、まともに戦争できないほど国は疲弊していた
武田だけじゃなく、どこもノーガード戦法の無茶な戦争をしていたせいで
信長は比較的侵略戦がなく国内を荒らされなかった尾張美濃を治めたおかげで天下を狙えた
駿河なんて義元の親父の時代から早雲に攻められ蹂躙されて、信玄の時代はガタガタだったのね
桶狭間の戦いも実は今川は飢饉のせいで後がなく仕方なく侵略を開始したとも言われる