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関ヶ原合戦はどうすれば西軍が勝てたか?Part4 [無断転載禁止]©5ch.net

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0001人間七七四年2017/04/16(日) 12:20:19.18ID:f2QuhrcF
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関ヶ原合戦はどうすれば西軍が勝てたか?Part3
http://hanabi.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1487680538/
0110人間七七四年2017/04/24(月) 07:36:43.65ID:8rpMu+7H
独裁者秀吉の感覚でも「これはない」ということをやらなかったのが悪いと責める人は既に奉行連中>豊臣家なわけよ
それなのに忠義だ豊臣御為だと奴らを美化するところがゲスイ
0111人間七七四年2017/04/24(月) 08:55:21.80ID:jvBgGz5J
>>109
信長の故障、馬廻りは美濃臭とか尾張臭のかなり大身家臣の子息が多いからな
三成とかの一代のし上がりの側近とは違って言ってみれば付属の小中高を上がり大卒でいきなり課長級で就職みたいなエリート
三成は大検合格したボット出みたいな印象なんじゃ
0112人間七七四年2017/04/24(月) 09:59:59.23ID:mK+swvCG
そういう意味の分からないこと書いてても話にならないから
0113人間七七四年2017/04/24(月) 16:39:42.17ID:Iesf5RvR
アスペには分からんだろうが、
高認じゃなくて外部飛び級みたいなもんだろ。



>それだと3万石を奪えないからねぇ
大名も狩ったところで奪えないだろw
0114人間七七四年2017/04/24(月) 16:55:10.88ID:woZ7d5pN
仮に、、、西軍決起前に徳川軍の会津征伐が上杉軍に敗北して、その後に西軍が決起していたらどうなったかな?
0115人間七七四年2017/04/24(月) 18:10:35.10ID:MnNHv8Sk
> 徳川軍の会津征伐が上杉軍に敗北して

関ヶ原で西軍が勝つ以上の難易度なんだが
0116人間七七四年2017/04/24(月) 18:17:25.15ID:lrNtnjA9
会津はいきなり大会戦とはならないだろう。
小規模な戦闘で上杉が連勝する機会はあると思うよ。

ただよく毛利が叩かれ輝が上杉景勝も大概じゃない?
なんで最上に拘ってしかも負けるかな?持久戦仕掛けて家康が西に引いたら勝てなくとも追撃すべきだろ。
そしたら佐竹や蘆名や磐城も利根川こえたかもしれないのに…
0117人間七七四年2017/04/24(月) 18:33:49.03ID:x3nNwzoo
上杉というか直江が最上に拘った印象
0118人間七七四年2017/04/24(月) 18:43:32.79ID:X89bWuUN
毛利にしろ上杉にしろ自分の被害を最小限に勢力拡大を狙っていたとしか思えん
上杉に至ってはそもそも西軍なのかすらはっきりしていない
0119人間七七四年2017/04/24(月) 18:47:11.22ID:l5bkCo34
そもそも上杉は関ヶ原の時に、考古学的研究から防衛を意図したと考えられる遺構がほぼ発見されず、
そこから東軍が来たら即座に土下座する予定だったのではという説が出てる。
0120人間七七四年2017/04/24(月) 19:34:52.10ID:lrNtnjA9
>>119
考古学的研究ってのは初耳、興味あるな。
けど東軍が来たら土下座するのなら挙兵する意味ないし、関ヶ原後もすぐには下ってないよね?
野戦を企図してたってことかな?
0121人間七七四年2017/04/24(月) 20:22:12.03ID:l5bkCo34
>>120
夜戦でも陣の構築するがな。要は「戦う意志がなかったんじゃないか?」って事
0122人間七七四年2017/04/24(月) 20:28:52.87ID:BzCJ1Tab
まぁ上杉なんて徳川単独でも徳川抜いた討伐軍でも倒せるような戦力だしな
初戦だけ形の上で戦って降参なら面目も立つし
0123人間七七四年2017/04/24(月) 22:32:22.86ID:lrNtnjA9
その行為に何の意味が?
形だけ戦う理由がないよね。
0124人間七七四年2017/04/24(月) 22:43:35.34ID:Kj5tK3ef
え?降参前に形だけの一戦するってよくある話だけど
意味でいうならないけど面目は立つ
0125人間七七四年2017/04/24(月) 22:52:22.74ID:Iesf5RvR
上杉なんてオトリだろ?
0126人間七七四年2017/04/24(月) 23:00:43.10ID:lrNtnjA9
降伏することが前提で戦うわけないじゃん。
0127人間七七四年2017/04/24(月) 23:20:25.50ID:qy+NX+DU
最初から低姿勢をとるとその後の交渉で舐められて不利な条件を突きつけられるから
戦が長引けばこちらも損害が大きいと相手に考えさせる為に一戦するんだよ
そもそも西軍の決起は事前に上杉が知るものではないのだから
上杉に西軍と連携した動きを期待するほうが無理というもので
ましてや通信技術も人力しかない時代に全国規模の視点で動けるわけがない
0128人間七七四年2017/04/24(月) 23:34:45.13ID:Kj5tK3ef
意味がないって書き方は間違ってたわ
>>127や後は家中内でも舐められなくなる
関ヶ原前に徳永もこの条件で降伏持ちかけて騙し討ちしてるから別に降伏前に闘うっておかしな話じゃないよ
0129人間七七四年2017/04/24(月) 23:42:52.81ID:lrNtnjA9
だったら何で上杉は徳川に対して挙兵したの?
0130人間七七四年2017/04/24(月) 23:48:16.95ID:qy+NX+DU
上杉が挙兵したのではなく徳川が征伐を起こした
それまで反抗的な態度をとっていたからいきなり土下座はできない
土下座をするなら最初から出頭要請に応じないと意味ない
要は秀吉死後の政局で石田三成に近い立場をとっていたのが災いした
0131人間七七四年2017/04/25(火) 00:19:59.51ID:o2DkEbTy
三成にとっちゃ上杉も毛利もあれで良かっただろ
あれ以上に働かれたら勝っても自分がデカい顔できなくなる
0132人間七七四年2017/04/25(火) 00:28:30.68ID:+KVjuUaD
征伐と言っても上杉をあのまま放置してたらどこか別の領地へ乗り込んでたんではなかろうか。
自衛のためですと言い張るには少々無理があるレベルで軍備を整えてて、それを咎められてるわけだし。
0133人間七七四年2017/04/25(火) 08:59:38.52ID:/7Swo+8I
上杉は、家康反転西進後、上方で戦争が起きれば2〜3年は続くだろうからその間に奥羽越佐を征服して、仮に徳川家康が勝って、本格的な征討軍を撃ち出してきても、負けない勢力圏を築こうとした
だが、上方の決戦は1日で終わったことと、最上支城長谷堂に手こずり、見込みは崩れた
0134人間七七四年2017/04/25(火) 11:29:25.09ID:bkX63Gp0
東軍でも裏切り者が出ていれば勝てた
0135人間七七四年2017/04/25(火) 11:40:26.35ID:BOay/GP9
宮部長房「裏切ってみたけど」
0136人間七七四年2017/04/25(火) 21:27:15.72ID:MjfveI5M
真田昌幸「きちんと仁義を切ってるから、ノーカンな」
0137人間七七四年2017/04/26(水) 00:50:37.32ID:zj9WRWMa
>>133
だよな。俺はそういう認識だった。
>>130みたいな上杉は戦う意思はなかったとか、戦う前に降伏する気だったって見解が今は主流なのか?
0138人間七七四年2017/04/26(水) 01:31:47.66ID:AYxzVLZL
>>130だけど別に上杉に戦意がなかったとか降伏するつもりだったとか言うつもりはないよ
ID:lrNtnjA9が上杉が西軍の勝利の為に連動した動きをするべきという認識なので
そもそも会津征伐は徳川が起こした戦であり上杉にとって自衛の為の戦であって
西軍の為に徳川の足を引っ張る為に挙兵したわけではないということと
降伏前提の戦がないといっていたので最初から生きるか死ぬかの戦ではなく
都合のいい落し所を見つけるために不利を承知で一戦することもあると言っただけ
上杉家の姿勢としては>>118>>133と考えていたでいいと思う
0139人間七七四年2017/04/26(水) 06:41:35.85ID:T9D+Zryn
俺なら「一矢報いた」で終了だなw
0140人間七七四年2017/04/27(木) 14:08:17.43ID:rF8vknUh
上杉と毛利が手を組んで真剣に徳川と戦えば勝てた
0141人間七七四年2017/04/27(木) 15:18:24.17ID:V6OAn0sH
>>140
大坂よりもっと遠い毛利とどう連絡つけながら戦うかね?
0142人間七七四年2017/04/27(木) 17:59:42.42ID:ygh0waRI
伝書鳩の出番だな!
0143人間七七四年2017/04/27(木) 18:31:05.02ID:nqKN+Vmv
自分も昔似たようなこと考えたことあるけど
伝書鳩は片道だから双方にあらかじめ大量の鳩を用意しとかないと無理だし
鳩の帰巣地は動かせないのでそこから相手のいる場所までは人力になるから
全国規模の戦で使えるほど万能じゃないんだよねえ
あと途中で鷹に襲われたりするらしいので家康が放鷹して機密がばれるとかありそう
そしてなにより日本における伝書鳩の利用は江戸時代以降だそうで
0144人間七七四年2017/04/27(木) 18:52:38.12ID:ygh0waRI
飛脚と船便に任せよう
0145人間七七四年2017/04/27(木) 21:28:46.87ID:JJp2t/sd
    ∧_∧  あははは
  ( ´∀` )
__(つ日_と)___
0146人間七七四年2017/04/27(木) 21:33:06.60ID:EFEbnqW9
拓殖の飛猿に連絡を依頼する
0147人間七七四年2017/04/27(木) 23:14:16.29ID:YI7ZvDpR
現実的に連携が取れそうな範囲でデカイ大名は前田、佐竹。
小さいところで真田。
前田無理ゲー、真田は史実通り。
佐竹は静観から優位な方になびくと。
つまり史実通りにしかならん。
0148人間七七四年2017/04/27(木) 23:56:56.22ID:0OzkMhHo
堀が西に付けばな。

上杉、堀、前田ラインを形成できる。
さらに上杉、佐竹、蘆名、磐城が連携して房総半島を石鹸できる。
0149人間七七四年2017/04/28(金) 01:06:14.70ID:7czDahMi
堀家は越後に転封した時に通常残していくはずの年貢米を持ち去らたことに恨みを持っていたとされ
上杉家に不審な動きありと告発した大名の一員なので無理
0150人間七七四年2017/04/28(金) 01:48:17.05ID:l42bjplY
>>65
越後は80万石くらいじゃなかたか
ただ金山あるから日本一金持ちだったとか
0151人間七七四年2017/04/28(金) 01:51:42.18ID:cacJJeDn
ふつうに立花宗茂率いる連合軍12000がいれば勝てたんじゃないのかね


しかし大谷が寡兵すぎるわな
秀吉も「100万の軍勢を指揮させてみたい」というのなら
せめて20万石はやれよ、と
0152人間七七四年2017/04/28(金) 03:28:17.83ID:MlQcXFQR
越前敦賀郡は石高だけみるとしょっぺーけど日本海側の大名(東北・北陸)の交易拠点として機能していた為、石高以上の力を発揮することが出来る!

ってのをどっかでみたゾ!
0153人間七七四年2017/04/28(金) 03:42:36.61ID:tAmgJaeQ
>>151
言うだけならタダだからな。まさかそう言った逸話を本気にしてるのw
0154人間七七四年2017/04/28(金) 04:54:41.35ID:H+Ff8Ei5
>>129
あの時代の上杉家って、謙信教団みたいな物じゃないのかな。
普通に謙信が生きてたとすれば、幼君を無視して勢力拡大する徳川にしっぽは振れないうからね。
もし、景勝が簡単にヘタレると、家臣に殺されると思うよ。
宗教団体では、意外と穏健派が異端扱いで消されるしね。
0155人間七七四年2017/04/28(金) 05:13:24.24ID:ltFJzMAO
>>148
そうなると関ヶ原は俄然面白くなるな
徳川軍の苦戦は必至
0156人間七七四年2017/04/28(金) 08:49:11.42ID:FvdpOGvk
前田が人質おくるまでが徳川覇権阻止のリミットだろう
しかし、そこまでのタイミングでは徳川討伐の大義は全くない上に五大老の誰かが兵を挙げたらその時点で淀、北政所ともに家康にその討伐を命ずる可能性しかない。
つまり無理ゲー
0157人間七七四年2017/04/28(金) 10:34:57.88ID:/eUbm8iC
家康公が慎重派で無けりゃぁ、小牧長久手でも粘ったわなw
0158人間七七四年2017/04/28(金) 12:55:01.61ID:gPutTTJa
又の槍座が死んだ時点で詰み
家康が1590年前半で先に死んでたらまた話も変わるけど
0159人間七七四年2017/04/28(金) 13:08:07.01ID:56psjRun
まぁ秀忠じゃ天下狙いは厳しいよなぁ
っか、90年前半に死んだら秀忠若すぎて減封改易秀康の跡目まで見えてくんのか
0160人間七七四年2017/04/28(金) 19:53:58.62ID:n3IDu8xX
>>158
そこは、利家の死後半月で利長も逝去、利政が後を継ぎ反徳川を鮮明に…
これなら前田VS徳川の展開になる?
0161人間七七四年2017/04/28(金) 20:42:52.09ID:1XRdtTPJ
>>160
前田は人質送る寸前まで反徳川だから変わらんと思うよ
豊臣が家康を選んで孤立無援になったのが問題なわけで
0162人間七七四年2017/04/28(金) 20:50:38.46ID:H+Ff8Ei5
>>161
でも、実際加賀征伐したら普通に奉行衆が呼応して挙兵しそうなんだよね。
宇喜多の正室は豪姫だったりするしさ?
本当に家康加賀征伐やったんかね?
0163人間七七四年2017/04/28(金) 21:28:13.70ID:1XRdtTPJ
>>162
宇喜多と奉行衆が味方についても豊臣が家康に味方してる以上そいつらが反乱分子
宇喜多と奉行衆が感情論で敵対しても他の大名達のポイント稼ぎの対象になるだけだよ
0164人間七七四年2017/04/28(金) 21:38:39.82ID:n3IDu8xX
この場合の豊臣に意味はない。
担がれるだけの存在。西軍が決起すれば追認。

前田の投手が利政になれば当初は背面服従しつつ西軍が旗を上げれば反徳川で参戦。
人質の件で利長は諦めてたけど、利政はもともと徳川と一戦交えるつもりで後々まで根に持ってた。
併せて100万石分の兵力が北陸から美濃へ進出してれば戦況は全く一変する。

小松城で東軍についた丹羽長重に撃破されたら笑うけど。。
0165人間七七四年2017/04/28(金) 21:45:44.76ID:n3IDu8xX
前田家は島津、毛利、上杉、小早川なんかと違い大大名としての強さはあまり感じない。
加藤、福島と同じ秀吉の贔屓筋だからなー
0166人間七七四年2017/04/28(金) 22:18:52.46ID:nW54u9HV
それでも100万石の大名で五大老家。
なおかつ織田政権時代からのお仲間の家が明確に反徳川となれば子飼いの両加藤、福島や細川、黒田が徳川にあっさり付くのは難しくなるのでは?
利家じゃなくてその息子となると個人としての付き合いや関係性が違うけど秀頼の傅役でもあった利家の息子が反徳川という旗を明確にする政治的なインパクトは三成挙兵よりよほど意味が大きいと思う。
0167人間七七四年2017/04/28(金) 22:23:00.73ID:z0+KauL+
>>160
内政に忙殺されてそれどころではなくなる
0168人間七七四年2017/04/28(金) 22:49:33.24ID:n3IDu8xX
ご大老の内の四家までが豊臣を奉じて反徳川に輪姦ると東軍につく場合の孤立感がでるね。
現在のように結果がわかっているなら別だが当時の世論は西軍有利が主流だったし、
少なくとも北陸勢は前田・大谷効果で西一色になる可能性が高い。

党首が死んで大変だろうが中村家とかもすぐ出兵してるし内政大変でも戦は出来るよ。
0169人間七七四年2017/04/28(金) 22:50:13.98ID:7czDahMi
前田挙兵のインパクトが三成のそれより強いのは確かだけど
加賀征伐の発端である家康暗殺計画って奉行の増田が報告したんじゃなかったか
宇喜多や細川が家康に反発する一方で大谷や石田は家康の指示を受けて動いているし
単純に前田と徳川の対立というより奉行による前田外しの側面もあるからそう上手くいくかな?
加賀征伐だと京大坂との距離が近すぎて家康の留守を狙うのは困難だろうし
家康が秀頼を確保したまま後方から指揮をとられたら謀反人は前田家になる
実際利長が宇喜多や細川を通じて豊臣家に協力を要請して断られたから恭順の方向へ舵を切ったわけだし
0170人間七七四年2017/04/28(金) 22:55:00.84ID:n3IDu8xX
加賀征伐の段階で衝突しても双方美味しくない。
だから利政が当主になってて関ヶ原前後に西に付くって構図で話を始めたの。
あの状況では史実決着は仕方ない。
0171人間七七四年2017/04/28(金) 23:02:28.45ID:CUxq9vRv
>>169
増田くせもんだからなあ。
三成失脚から関ヶ原までの増田の動き見てもどう考えても徳川へのへつらいは隠せないような報告ばかりだし。
自分を引き上げてくれる可能性が高い人に寄ったり、自分を高く売るためにどうするかという打算が見え隠れしちゃう。
0172人間七七四年2017/04/28(金) 23:14:47.82ID:7czDahMi
>>170
利政が芳春院の件で恨みを持っていたのなら
関ヶ原で西軍に味方するのは逆に母の身を危険にする行為では?
史実では動きが怪しかったのは義弟の細川忠隆のように
大坂にいる妻子の存在が影響したものとも考えられるし
0173人間七七四年2017/04/28(金) 23:24:55.53ID:n3IDu8xX
この時代、母親とはいえ人質に出した時点で捨て置きでは?
愛着はあってもこの時代では部門の維持や加盟のほうが重いと思う。
西軍のそれもそうだが人質は戦やめる理由には奈良ないような。
0174人間七七四年2017/04/28(金) 23:38:12.43ID:7czDahMi
>>173
芳春院は捨て置きで済むなら利長は西軍に参加してたんじゃないかな?
実際三成は人質の効果をかなり期待してるみたいだし細川忠隆のような例もある
史実の利政がサボタージュとも取れる動きが出来たのは
当主の利長が東軍として動いているので芳春院に危害が及ぶことはないだろうからだし
利政が当主だった場合芳春院を捨て殺しにする選択を前田家として取れるかどうかは分からんのでは
0175人間七七四年2017/04/28(金) 23:44:37.36ID:1XRdtTPJ
>>173
西軍の人質は現代的な意味での人質だから機能しなくて当たり前だし卑怯な手段
前田家の人質は忠誠の証だから家同士同意の上での人質だから全然事情が違う

あと>>168で書いてる当時の世論は西軍が有利って何の話?
現実の関ヶ原の話ではないよね?
0176人間七七四年2017/04/29(土) 00:44:54.13ID:9ma7CRX/
利長は徳川と和解の印で母親を差し出したのだから東軍ベースで動くのは当然で徳川について家の保全をはかる狙い。
それに史実の利政の行動は兄が東軍についてる空って面はあるが当主としてその局面なら勝負に出る可能性は利長よりも高いだろう。

大阪以外でも状況に疎い多数の庶民は西勝利の下馬評だったようだけど
0177人間七七四年2017/04/29(土) 01:04:59.42ID:Zy8Zlndw
小早川が東軍突いたら、変わったのかな?
0178人間七七四年2017/04/29(土) 01:32:35.76ID:XQINFuRT
>>176
前田家として徳川家につく方針で当主の生母を差し出したのだから
その方針を利政の一存で転換することは難しいんじゃないかな
利長の元で徳川家と交渉した横山長知や江戸の芳春院やその供の村井長頼とか
そういった親徳川派をまとめて排斥や置き捨てにできるだけの理由はないでしょ
当時二十歳そこそこの利政にそれだけの政治力というか家中の統率力はないかと
最悪家が割れる可能性すらでてくるんじゃないかな
0179人間七七四年2017/04/29(土) 11:06:59.17ID:9ma7CRX/
他に要素がないから前田の場合家中が割れるって要素は少ないんじゃないか?母親も覚悟の上で江戸に逝ってる。
徳川と好き好んで対立したがる奴はいないし一応良好な状態なので冷静に突き詰めるというより一気に勢いでやる。
西軍は一部除きどこもそうだったんだから。

結果、毛利、宇喜多ののように一部離反者が出るとかはあるかも、
ただ他の大名より下工作を受ける期間は少ないし兵を動かすまでになれば徳川にとっても計算外の敵になれる。
0180人間七七四年2017/04/29(土) 11:12:50.24ID:g7nvSWbv
堀秀治は上杉の一揆煽動に悩まされ、西軍に色目を使うことにより、一時的にでも、これを回避したい狙いがあった
0181人間七七四年2017/04/29(土) 11:14:58.13ID:WEcMjjD8
>>177
変わらんよ、関ヶ原自体も西軍有利じゃなくて東軍が有利であと押しで決定打ってタイミングで突撃だったし
多少の延命くらいにはなるだろうけど
0182人間七七四年2017/04/29(土) 11:25:56.85ID:XQINFuRT
>>179
芳春院の江戸行きだけが注目されてるけど他にも条件があって
それが利長の養嗣子利常と珠姫の婚約だから
親徳川派の家臣は当主利政の潜在的な敵ともいえるんだよ
あと前田家は元々家臣同士の関係が悪い
0183人間七七四年2017/04/29(土) 11:40:56.28ID:9ma7CRX/
前田家家臣はよそから入ってきたのも多いからね。
けど仲悪くても宇喜多のように対立してるんじゃないし毛利のように徳川に家臣がくっついてたわけじゃないみたい。
仲悪いくらいならいけるよ。直接切り崩し工作に合う時間がないのが良い点だ。
0184人間七七四年2017/04/29(土) 11:43:19.85ID:9ma7CRX/
>>177
小早川が打って出たことで東軍が動揺するのとそれを受けて
毛利、超ソ壁がどう動くかしだい。
0185人間七七四年2017/04/29(土) 12:43:35.90ID:jFGpSUvS
畜生、共産党中央委員会め、こんな時代から皇国をねらってたのか
0186人間七七四年2017/04/29(土) 12:59:13.59ID:g7nvSWbv
反ソ、反共の徳川家康
0187人間七七四年2017/04/29(土) 13:33:37.84ID:F7gtHNHN
家康の替りに天下を治める気概のある大大名はいないよ
天下なんてどうでもよい、自分の好き勝手したい大大名なら山ほどいるけど
0188人間七七四年2017/04/29(土) 20:43:20.58ID:ms/ghatf
天下がめちゃくちゃになろうとも西軍が勝って好き勝手するにはどうすればよかったか
そういうスレだろここは
0189人間七七四年2017/04/29(土) 21:37:45.90ID:c3NcPXuy
西軍は三成臭が強すぎるのが敗因だな
反三成派だけでなく親三成ではないだけの普通の大名でも気持ち悪くてやる気が出ない
西軍を勝たせたいならもっと三成臭を薄めないと話にならない
0190人間七七四年2017/04/29(土) 21:44:15.02ID:PijcwAn2
総大将を引き受けたくせにあのザマのテルが悪い
0191人間七七四年2017/04/29(土) 22:03:27.55ID:9ma7CRX/
最初の絵を描いたのが三成ならあとから担がれた毛利輝元は遣れることが少ない。

やっぱり秀頼を総大将に仰ぎ「加賀・合図征伐は家康の独走、許せんから撃つ」と宣言させ
「以後詳細は三成経由で沙汰する」としておく。
0192人間七七四年2017/04/29(土) 22:18:22.77ID:f0gke2iK
淀ガイル以上それは無理
0193人間七七四年2017/04/29(土) 22:48:39.20ID:5mXgSefl
結局、淀がまんまと浅井長政の仇(羽柴家)を
狩ったんじゃね?
0194人間七七四年2017/04/29(土) 23:28:12.32ID:vYZhJprg
三成にどんだけ権限あると思ってるんだw
0195人間七七四年2017/04/30(日) 04:27:10.69ID:2G89mHsq
隠居させられた元奉行で朝鮮役に出兵したほぼ全ての大名から嫌われてたから実権も人望もなく影響力は極めて限定的だからな
大谷は嫌われてないけど三成のマイナス面を帳消しにできるぐらいの影響力ないし
なし崩しで西に着いた宇喜多、小西も同じ
前田の窮地に毛利、宇喜多、上杉が協力して家康と武力対決も辞さないぐらい強行に反発していればその時点で徳川家対その他の五大老家という構図に持ち込めたかも。
もしそうなれば淀や北政所とて家康支持を表明しづらくなるし豊臣恩顧の武将も真っ二つに割れるか静観のどちらかになる。
徳川方にハッキリと付くのは伊達ぐらいにできたんじゃないかな。
これなら三成が表立って出てこれない。

三成抜きのアナザー関ヶ原の戦いの可能性が生まれるかも
三成がしゃしゃり出てきたら黙ってろと大老揃って佐渡島にでも配流すれば良かろうw
0196人間七七四年2017/04/30(日) 07:58:12.86ID:fY+li65R
五大老は出自も豊臣に入った経緯も完全にバラバラで
口で協力するといっても実際は簡単なことではない
そもそも戦というのは誰かが誰かの命令に服従して戦うものであり
完全な上下関係が築かれるのが理想だが
五大老家が協力しつつお互いの完全な上下関係を確定させるのは矛盾して不可能だからな
石高や年齢が最下位の宇喜多が他より格下の地位を飲むのが精一杯だろう
0197人間七七四年2017/04/30(日) 11:07:34.64ID:VSWZ4W8V
250万石&秀吉の義弟だから誰も対等にはなれぬよ
これ状態よ
http://i.imgur.com/vsdKAPW.jpg
0198人間七七四年2017/04/30(日) 11:59:24.22ID:fY+li65R
前田はともかく上杉・毛利といった連中は織田・豊臣が台頭するまで
その地方のボスとして振舞っていた連中なわけで
大老以外でも島津など秀吉が来るまで好き勝手に暴れていた連中は大勢いる
そういう連中は秀吉が上から押さえつけていたから表面的にまとまっていただけで
こんな我の強い連中が秀吉の死後もみんなで仲良く協力して戦おうなんて不可能だよ

唯一の解決策は家康が秀吉に代わって上に立って押さえつける役を引き継ぐしかない
だから家康が誰とも対等になろうとせず専横するのは秩序を守る意味では正しい
三成ら文治派の失敗は秀吉の権威が死後も続いていると勘違いして
自分たちが秀吉の権威を振りかざして諸大名を管理して戦えると思い込んでしまったことだろう

大大名同士が協力して世を治められるならそもそも戦国時代なんて来ないわけ
三成はもう少し世の中の仕組みを勉強するべきだった
0199人間七七四年2017/04/30(日) 12:16:21.28ID:5nlkjQ58
西軍についた上杉、毛利は、ゆえに豊臣家永続を願っていたわけではなく、東国、西国の覇者の地位の復権を狙っていたわけで、
上杉は、奥羽北陸の制圧を念頭に置き、手始めに最上の制圧に乗り出した。次は伊達、堀を狙っていたのだろう。
毛利の場合はもっと多発的で、抑留していた大友吉統に兵を貸与し、かつての領地豊後制圧を行わせ、他方、讃岐、伊予、阿波に兵を入れ、阿波、讃岐を抑えた。
これら火事場泥棒的な切り取りは、戦後、厳しく咎められ、毛利は、長門・周防両国29万石に削封され、上杉は伊達郡、信夫郡、置賜郡30万石に削封された。
0200人間七七四年2017/04/30(日) 12:48:36.91ID:nOtK9kWi
秀吉が築き残していったもので一番大切な物、何としても守らなければならないものって一体何なの?って考えればいいのさ。
それは実子(秀頼)じゃない、奉行ら子飼い大名の繁栄でもない、やれ家督がどうのとクソみたいな理由で人が死ぬ内戦がなくなり
いくらか平和になった日本そのものだ…つまり西軍はそもそも思考を始めるスタート地点からして間違ってるんだよ。
0201人間七七四年2017/04/30(日) 13:00:44.87ID:xSSUQhpS
いやいや、それは現代の倫理観からスタートし杉だろう。
戦国の世に戻さないために徳川の専横を咎めたんでしょう。それが政権川の論理だよ。
0202人間七七四年2017/04/30(日) 13:04:29.49ID:11+RkJBD
等と意味不明な供述を繰り返しており、精神鑑定等を行い、慎重に取り調べを行うとの
0203人間七七四年2017/04/30(日) 13:15:29.53ID:OlD9FL5K
>>201
「徳川の専横を咎める政権側の人間」って誰?
0204人間七七四年2017/04/30(日) 13:52:11.12ID:fY+li65R
>>201
そういう主張こそが民主主義である現在の倫理観からスタートし過ぎだと思うよ
当時の時代に話し合うことが善・専横が悪なんて価値観はない
むしろ戦国の世に戻さないためには力で押さえつけるのが当たり前

そもそも豊臣だってつい少し前まで独裁者秀吉が粛清やら外征やらやりたい放題していたのに
ある日突然、専横は悪です・話し合うことが正義ですなんて言い出しても通用しない
三成みたいに合議で自分の政治的権利が得られる人間は自己都合でそう主張するだけで
大多数の無関係な大名にとっては専横を咎める理由など何もない
0205人間七七四年2017/04/30(日) 13:52:16.82ID:5nlkjQ58
秀吉が遺した重要な物は、天下の和平という見えない公共財であり、ために秀吉死後、この公共財を維持できる者は誰かという観点から考察するならば、
それは徳川家康で有り!よって大坂城も豊臣氏が天下の和平という公共財を提供しうる限りに置いて所有が許される物であり、
豊臣氏がその権限を喪失したならば、大和法隆寺か伊勢に転封を受託し、明け渡さなければならないべく運命づけられていたのである
0206人間七七四年2017/04/30(日) 14:25:16.47ID:11+RkJBD
ブツブツブツブツ
0207人間七七四年2017/04/30(日) 15:59:10.20ID:GhUJMftS
イフすれなんで少しでも結果を変えるための要素と筋書きかいたら正論で反論w

このスレの趣旨に反対なら読んでも書き込むのやめたらと思う
0208人間七七四年2017/04/30(日) 16:46:04.28ID:srdj1iUc
てか、そもそも慎重派の家康公が、本隊を秀忠に預けて
わざわざ何度も痛い目見てた真田経由とか
意図的に本隊温存したとしか思えなくね?
0209人間七七四年2017/04/30(日) 16:52:17.17ID:QlhamtU5
思えない
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