その頃出羽国の住人に、白鳥十郎という者があり、谷地という場所に居住している武士であったが、
この十郎は日頃から、どうにかして最上義光を滅ぼし、最後には出羽一国の主となりたいとの
野望を持っていたが、ある時思い立って上方へと上り、織田信長に対し、大鷹一羽、馬一頭を捧げ、
「私こそ最上地域の主人であります」と、誠しやかに申し上げると、信長も遠国の事であるので、
最上の事情を全く知らなかったが故に、十郎の申すに任せ、懇ろに返事を与えたため、
十郎も大いに喜び、この返事を有難く頂戴し、これこそ弓箭の冥加のであると、急ぎ本国へと帰り、

「最早この上は、最上郡中において心にかかる輩を相従え、意義に及ぶ者達は一々に討ち取るべし。
特に山形の領主である最上義光を滅ぼして、思うままに世を治めるのだ!」

そう決意し朝夕に義光の動向を伺ったが、しかし隙を見出すことが出来なかった。

このような中、最上義光は白鳥十郎の今回の動きを知り、

「さても憎い者の振る舞いであろうか!私こそ内々に国中を平らげて速やかに世を治めんと、
心深く決意しているというのに、このような思いもよらぬことを聞くとは!
こうなっては時間をかけてはならない。急ぎ織田信長公に仔細を言上するのだ!」

そう言って志村九郎兵衛(後に伊豆守)を使者として、最上の系図、並びに白鷹一羽を持たせて
上方へと向かわせた。
この頃は諸国乱れていたため通路も自由にならず、越後を回って到着し、山本彦九郎という者の
家を宿舎として、信長のご機嫌を相伺った上で、件の趣を言上に及び、先の系図を提出した。

信長はこれを詳しくご覧になり、取次の山本彦九郎に対し、忝くも直々に質問をされた。
山本は大変名誉なことと思い、最上側の主張を残らず申し上げた所、信長も委細を聞き分けられ、

「ならば、出羽国の守護は最上義光である。」

と仰られ、義光に対し返書を書き、ここに『最上出羽守』と記され、さらに引き出物まで
下された。その上召し連れてきていた下々まで庭上に召し出され、ご褒美を下された。

このような厚遇に、使者の志村九郎兵衛は深く有難く思い、信長からの返書を申し受けると
急いで本国へと帰国した。

義光は志村九郎兵衛の帰国を聞くとすぐさま召し寄せ、信長との会見の終始の様子を一々
聞き届けられ、大いに喜び、その他御前に詰めていた人々も、本望これに過ぎずと大いに
喜悦した。

そしてこれにより、最上義光は白鳥十郎を謀殺する計略を進めるのである。
(最上出羽守義光物語)

最上義光の使者、信長に対面する、という逸話である