【本能寺の変】明智光秀/惟任日向守を語る4
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0001人間七七四年
2011/08/20(土) 12:33:36.37ID:qitcoN5Q通称は十兵衛。
父は明智光綱のほか、明智光国や明智光隆の説もある。
さらに信長に仕えるまでの前半生には不明な点が多いが、
明智軍記では美濃明智城主として斉藤道三に仕え、その没後は諸国を遍歴したとされる。
-------以上wikipediaより転載---------
その他秀満や光忠などの明智一族、
斎藤や妻木や溝尾や藤田などの家臣も話題も歓迎。
■武家家伝_明智氏
http://www2.harimaya.com/sengoku/html/aketi_k.html
■前スレ
【本能寺の変】明智日向守光秀【山崎の戦い】
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1167303526/
【本能寺の変】明智光秀/惟任日向守を語る2
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1298723473/
【本能寺の変】明智光秀/惟任日向守を語る3
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1307845255/
■関連スレ
天海=明智光秀だった!!!
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1151671577/
本能寺の黒幕は朝廷だった!
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1305979699/
0285人間七七四年
2012/01/15(日) 23:42:06.53ID:MWMjhGgWだから、それも踏まえて信長は糞な上司だったのw
>人間全てが無私無欲の善人で、なおかつ人を見る目が完全に確かでなけりゃ成立せんわ
人間ってのはこういう理想を掲げて成長していくの
会社の上司が信長みたいなやつで成功するか?
そもそも信長の政策は破綻してたから謀反が起きるが正解なのかもねw
280のレスなんて最初から破綻してるからまともに返す意味もないw
0286人間七七四年
2012/01/15(日) 23:45:36.82ID:h0x+icb0>人間ってのはこういう理想を掲げて成長していくの
これも人間全てが無私無欲の善人で、なおかつ人を見る目が完全に確かでなけりゃ成立しません
0288人間七七四年
2012/01/16(月) 00:44:46.62ID:CJQ8CWTVフロイスの記述は光秀謀反後に書かれているから後だしジャンケンだからなあ。
だからと言って全く嘘だとは思わんが。。。。。
光秀評は彼のある側面は捉えてるとは思う。
0289人間七七四年
2012/01/16(月) 13:03:31.45ID:Llc63wyu本能寺後に謀反したからきっとあれは嘘泣きだったんだーと思っただけじゃね
0290死
2012/01/16(月) 14:58:50.57ID:sSJ3PiEt「あいつよー」ってw
そんな光景が目に浮かぶな
0291人間七七四年
2012/01/16(月) 18:21:52.87ID:rvpZiwlD当時フロイスの前で流した涙が、嘘の涙だったとは限らん。
0293人間七七四年
2012/01/17(火) 18:21:45.45ID:5h3VFLlE細川と明智は親友だったといまだに信じてる人がここに。親友の契りを結ばせたのは司馬遼太郎先生じゃないか?
実際の両家は仲が悪い。むしろ信長だけが仲良くさせようと頑張った。
>>291
こういう人に限って、信長は傲慢で短気で性格悪かったと信じている。
そう書いてるのはフロイスだけなんだけどね。同じフロイス記事でも信じたり信じなかったり偏りが目立つ。
>>292
なにげにKYな光秀さん。
0294人間七七四年
2012/01/17(火) 19:26:25.52ID:ATgxlJp/義昭救出からずっといろいろあって同じ戦に参加してるのを信長が
仲良くさせようとした、という解釈をしてるんだろうけど
少なくとも両者から見ても信長に関する損得は一致してたんじゃないか。
仲が悪い、という根拠をもう少し教えてもらえるとうれしい。
0295人間七七四年
2012/01/17(火) 20:14:13.34ID:hoOyVe2k0296人間七七四年
2012/01/17(火) 21:44:58.90ID:5h3VFLlEまず明智は義昭救出に関わってなかったと考える方が妥当じゃないか?
もし関わってたとしても従業員のなかに混じってたって程度。小説の世界から抜け出せばそういうことになる。
当時のある僧侶も「明智って細川家の従業員の一人でしょ?」って書いてなかったっけ?
かたや細川家は由緒ある家で信長ですら敬語を使う相手。
そんな細川家と明智を信長は縁組みさせた。明智に対するかなりな恩情ということになる。
だから細川は信長を殺した明智に対して「恩知らずも甚だしい」と批判したんだろ。
少なくとも細川家は明智を快く思ってない。明智はそんな細川の心情に無頓着だったのかも知れないが。
0297人間七七四年
2012/01/17(火) 22:10:32.26ID:ATgxlJp/光秀が救出に関わってたかどうかは確定できないもんね。
その後細川は立場上足利復興に尽力するけどその時
有用だったのが光秀だったわけだよね。
なので単に損得から考えると細川の方が光秀の実力を
買ったというか利用したというか一目置いたというか
認めてたんじゃないかな。
その義昭を追放してしまったことでいったん両者には
複雑な関係が発生したろうけど、明智からみると
信長を討ったことは「細川家の主の足利将軍家の
仇をうってあげたよ」みたいなのはあったんじゃないだろうか。
それが光秀が細川を頼った根拠と言うか。
両者の身分の差、立場の差というのはわかるけど
それが不仲には直結しないような気もする。
ライバルとかそういった関係でもなかったし。
だから、損得関係、という点に限ると表現方法はいろいろなんだけど
うまくやってたようにも思うのだよね。少なくとも光秀の出世を細川が
うらやむ、ひがむ、というのはどうだっただろう。
それと、信長はこの両者を結び付けようとはしたわけだけど
それは信長から見てこの両者が上洛以前の京を知るもの
として有用だった、というわけでやっぱり単に利害損得から
考えたほうが明解じゃないかな。
ハラの中でどうだったか、を、不仲、とするのはもう少し
根拠と言うか説明がいるような感じかな。
0298人間七七四年
2012/01/17(火) 22:12:19.31ID:iDOtRivh0299人間七七四年
2012/01/17(火) 22:21:07.48ID:P51WkHjA>当時のある僧侶も「明智って細川家の従業員の一人でしょ?」って書いてなかったっけ?
多聞院日記・フロイス日本史に書いてある
光秀の前半生には謎が多いが、細川藤孝の家来だったのは事実だと思う
0300人間七七四年
2012/01/17(火) 22:31:35.77ID:1qohXLWb0301人間七七四年
2012/01/17(火) 22:45:00.86ID:Mu4DV74u0302人間七七四年
2012/01/17(火) 23:24:11.95ID:MiBcYWj3のぞいては)突然起こった本能寺の変に際して、何より大事なことは、どうすれば
家を守れるのかにあったと思う。
この点で、光秀と親しかったといわれる順慶の「日和見」と、光秀の誘いを「毅然
として断った」(ことになっている)細川父子との間に、さして違いはない。
細川父子が、毅然として「反光秀」の側に起つなら、となりの丹波をせめて光秀勢
を分散させるべきだが、それをやっていず(砦を一つ二つ落としたというのは無意
味)、山崎合戦にも参加していない。
マスコミも電話もないこの時代、信長父子を筆頭に織田家中枢が壊滅したという晴
天の霹靂に遭遇して、その後の情勢、力関係などをすぐにつかめる者などいなくて
当然。光秀と親しかったかどうか以上に、その情勢の把握と、その中で生き延びる
めに、だれも必死に動いていたはずで、細川家は、光秀と近いところで動いてきた
ので、選択肢を残すための工作が多少緻密になった程度に過ぎないと思う。
もし、細川父子が光秀と親しい間柄だったら、事前に話を持ち込まれて選択を迫ら
れなかったことを光秀に感謝したのではないか。
0303人間七七四年
2012/01/18(水) 00:01:27.59ID:y5WVm2Z8これはかなり事実だと思う。
でも、
>光秀と親しかったといわれる順慶
これのソース教えてちょ。
と聞いておきながらいうのも何だけど、これといった根拠はない気がする。
「光秀は友人がたくさん」っていう小説ネタを事実とはき違えてる人って多い?
それに
>>297の、
>光秀は「細川家の主の足利将軍家の 仇をうってあげたよ」みたいなのはあったんじゃ
この解釈もたぶん止めた方がいいと思う。
細川家と義昭は決して仲が良くない。
また仲の善し悪し話に戻っちゃうけど。
義昭と本当に仲が良かったのは上野という人物で、この人の讒言で藤孝はかなり窮地に追いやられたらしい。
そんな藤孝を庇ったのが信長なんだそうだ。
おかげで信長まで義昭がやるイジメの巻き添えを食ってしまったらしい。
と、「綿考集録」に書いてあった。この史料を信じる信じないは個人の好きずきかも知れんけど。
0304人間七七四年
2012/01/18(水) 00:30:30.72ID:lQALHPpm>光秀と親しかったといわれる順慶
親しかったのはむしろ細川さんだと思う
茶会、連歌でのメンバーで光秀・細川との連名が散見される
また、吉田兼見と光秀は結構仲良しで、吉田と細川は親戚だったためか
兼見卿記には光秀と細川の親交の記事がいくつかある
一方で筒井と光秀との親交をうかがわせる史料はないと思う
0305人間七七四年
2012/01/18(水) 00:55:40.72ID:y5WVm2Z8光秀ももしやこんな乗りだったのかな?
「細川とオレって親しいしさぁ〜」と光秀。
「無礼であるぞ!」と細川公。
細川は信長ですら敬意を払う名家だが、光秀に尊敬の念は全くなし。
この調子で信長に対しても「信長とオレって親しいしさぁ〜 友達だしさぁ〜」と光秀。
だから信長暗殺も平気でやっちゃう。
本能寺の変の真相、なんか見えてきた。
0306人間七七四年
2012/01/18(水) 01:12:46.87ID:pmy9RAWiあの疑い深い信長公が油断したぐらいだから基本はまじめじゃなかったのかなあ・・・
朝廷にたぶらかされたって気がする 公家のおじゃる丸にうまく利用されたんだよ
0307人間七七四年
2012/01/18(水) 10:57:36.11ID:kAdQHBNRメンコは細川の立場につくからそりゃ光秀と仲がよい
とは書けないよ。謀反の共犯になっちゃうじゃん。
逆に親友を裏切ってしかも後から「本当はあいつ嫌いだった」とか
いうとは最低の最低なのかもしれんしね。
実際すぐに出家したというのは「わしゃ知らん」と逃げを表明したわけだろうし。
0308人間七七四年
2012/01/18(水) 12:59:25.63ID:zYWsjRDU真面目に考えて交戦中の秀吉、勝家にはるか遠くの家康よりも
信孝の四国遠征軍、安土の蒲生4千
信雄だって近江まで進軍してる、これらの方が遙かに怖い
逆に安土城、佐和山城、長浜城は攻め落としてるんだよな
筒井や細川しだいで勝算あったかもな
0309人間七七四年
2012/01/18(水) 17:37:45.82ID:y5WVm2Z8彼らが信長生前に光秀に協力した理由は、
「だって信長様がそうしろっていうから・・・」ってだけじゃないか?
光秀の勝利を妄想したいのは分かるけどさ。
で、>>304
303だけど「明智筒井は仲良かった説は根拠なし」を教えてくれてサンクス。
しかし確かに兼見と光秀は仲良かったと思う。
ただ光秀が死ぬと兼見はガラッと態度を変えた。
今度は途端に信長信孝アゲを始める。
兼見という人は移り気が激しいというか何と言うか・・・。
0310人間七七四年
2012/01/18(水) 19:02:37.93ID:kAdQHBNR強いものにはヘツラうのがテクニック。
朝廷自体が信長死んだらいきなり
光秀オツ、だもんな。
0312人間七七四年
2012/01/18(水) 21:38:06.18ID:pmy9RAWi都からどっかに逃げたらしい 殺れ殺れと言っておきながらほんとに殺ったらびびって
逃げちゃった 共犯者になる度胸もないとは・・・
0313人間七七四年
2012/01/18(水) 21:58:30.76ID:kAdQHBNR前久ね。
彼は出奔クセがあるし逃げたことがかえって無実
っぽくていいよね。
秀吉は話せばわかりそうだけど子供たちは
関係なくても理屈じゃないもんなぁ。
0314人間七七四年
2012/01/19(木) 00:42:14.32ID:3Ln9Ve2g0315人間七七四年
2012/01/19(木) 01:44:16.00ID:tSrsllzwって言われるほど深い関係だったので、信長を殺した光秀から自分も狙われる可能性が高いので
京を出奔するのは当然。
0316人間七七四年
2012/01/19(木) 11:30:08.10ID:ElLak/to0318人間七七四年
2012/01/19(木) 21:02:03.17ID:ElLak/toだからねぇ。
0319人間七七四年
2012/01/19(木) 22:58:39.00ID:hCYWzQOPこれは、明智勢が押し入ったという解釈が普通になっているのでは?
0320人間七七四年
2012/01/20(金) 00:10:01.20ID:JIvP6Hz+そだよ。
だけど血が上ってる3男から見たら、協力した、
事前から・・?とか考えるだろうし、前久が一番こわいのは
3男だわなぁ、それで出奔。
0321人間七七四年
2012/01/20(金) 02:16:37.06ID:KLQ2gbWFだから本当に仲が良かったんだろうなあとは思う。
天下が統一したら一緒に大仏だったかな見に行こうと約束していたらしい。
あの信長とそういう人間関係を築けるのは何気に凄い。
0322人間七七四年
2012/01/20(金) 13:45:14.41ID:IXuB1Hw5最初は謙信のおっかけだし。
信長が親しく?するのは本願寺対策に利用できたからで
それを文面通り「仲がよい」とするのは少し検討が必要。
追悼ってのも単に徳川へのおべっかかもしんないしね。
0323人間七七四年
2012/01/20(金) 14:34:38.51ID:y7UIJHWR試みてるようだし、妙にひねた見方しなくてもよかろうに
0324人間七七四年
2012/01/20(金) 17:34:10.28ID:8kX48FbP>>322はいつもの、結論が先にあるタイプだろ。
0325人間七七四年
2012/01/20(金) 19:19:12.31ID:IXuB1Hw5普通の一般論だけど、徳川の世は豊臣を下げるから
徳川と同盟組んでた織田は悪い評価はされない。
もちろん、部下に裏切られたアホ上司とか現代では
煽るだろうが、神君と同盟組んでた相手、となれば
その追悼はそれなりに意味はある。
問題は、徳川の世で、というところであって
「仲がよい」という方向へ結びつけるのには
検討が必要だ、と言ってるわけ。
徳川の世では何をするにも徳川礼賛が基本と
いうのはわかるだろう?
0326人間七七四年
2012/01/20(金) 19:26:24.06ID:IXuB1Hw5義昭がらみでも政治力学からも考慮すべきと
思うだけで、仲がよいからだ、という主張をされるのなら
かまわないし、検討もする必要がないというのなら
全然それでかまわないけどね。
0327人間七七四年
2012/01/21(土) 01:45:02.13ID:6Dbl4Hx0徳川へのおべっかならもうちょっと直球を選ぶだろ。
当
0328人間七七四年
2012/01/21(土) 11:35:53.12ID:GWDzLih1信長と近衛は仲が悪かったという結論、先入観が先にあるから
追悼するのも徳川へのおべっかなんておかしな解釈になるんだよ。
本能寺の変にしても、二条御所の隣に彼の屋敷があったから、
ということにすぎない。
普通の人なら信長の追悼句会をやるのは仲が良かったから、
と解釈すると思うんだがねえ。
0329人間七七四年
2012/01/21(土) 12:17:04.31ID:cBBWRvlaただ、政治家・有力者の冠婚葬祭や、それに準ずる場は、昔も今も、外
交・政治の一大焦点。仲がいいか悪いかと言ったレベルでだけとらえる
のは、やや素朴すぎる。
0331人間七七四年
2012/01/21(土) 13:20:07.19ID:xA6TKNk1素朴に経歴、状況を見るだけで、信長前久はかなり良好な関係だったと思う。
だってある意味似た者同士だし。
信長→古いの大好き(そもそも織田家自体が長い歴史の上に成立っている)
前久→同上(そもそも近衛家自体が長い歴史の上に成立っている)
そんなわけで信長は公家中のサラブレット、五せっけ鷹司家の復興などもやってる。
近衛家はまさにこのサラブレット公家の一つ。
こういう公家は徳川の時代になるとあまり大事にしてもらえなくなっちゃったから、
前久の信長に対する追慕は大きかったんじゃないか?
0332人間七七四年
2012/01/21(土) 22:51:27.54ID:6Dbl4Hx0基本は保守なんだよね。
合理主義者だから必要性があるなら新しい事や新しい物も取り入れるけどさ。
0333人間七七四年
2012/01/22(日) 12:51:52.12ID:fS/2Oq72それこそ光秀のキャラとしてよく使われるフレーズ、
「真面目な人柄で、宮廷儀礼にも精通し伝統を重んじた文化人」
これは本当のところ、信長のキャラだったりする。
信キャラを何故か光秀に注入しちゃったのは誰だ?
実際の光秀は「恩知らず、嘘上手」で、とても「真面目で伝統を重んじ」とは思えない。
0334人間七七四年
2012/01/22(日) 13:05:06.86ID:8/FwbKm0まだ明智はまごうことなき悪人扱いされている
善人補正がかかり始めたのはおそらく江戸時代中期以降かと
マンセー本の明智軍記が編纂された時期と被るんじゃないかな
一説にはこれに明智の血族だの編纂に幕府が関わってるとか聞いたが
詳しい話を聞いた事がある人はおられるかな
0335人間七七四年
2012/01/22(日) 13:30:56.75ID:qsncXMYz秀吉を悪人にしたいが庶民では大人気。
とすると悪人光秀を討った秀吉はさらに
忠義の人になっちゃうから光秀を良い人かな
にしてそれを討った秀吉は悪だみたいな
風潮にはしたかったのかもしれない。
素朴な考えじゃなくて悪いが。
0336人間七七四年
2012/01/22(日) 13:43:22.07ID:Z+sqRBdk0337人間七七四年
2012/01/22(日) 14:02:00.69ID:xwg5Xz+i実はあの織田信長公って人気が出たのはほんとについ最近で、
戦国時代も江戸時代もボロカスに言われてたらしいぞ
0338人間七七四年
2012/01/22(日) 14:06:13.25ID:eZ+8QikV0339人間七七四年
2012/01/22(日) 14:57:14.13ID:V8uThIDE比叡山焼き討ちで切って切って切りまくったのが斉藤利三。
火を見ると異様に力を発揮する男だった。
利三のこのアルバイト仕事が稲葉から明智への転機ともなった。
本能寺の火災の凄さが何を意味するかわかるだろう。
0340人間七七四年
2012/01/22(日) 16:07:55.52ID:dlrf5BE2この松山新介ってのは三好家の松山新介? それとも美濃の松山刑部の一門?
0341人間七七四年
2012/01/22(日) 18:03:24.56ID:qsncXMYz草子類や芝居なんかでざっとわかる感じ。
勝がいろいろ述べてるのも参考にはなるな。
叡山焼き討ちは信長以前にもあるし後白河だって
やったら戦ってる。そこを見るよりは天下寸前で
裏切られたという反面教師のほうが強いだろう。
素朴すぎて今なら黒幕説が信じられそうだ。
0342人間七七四年
2012/01/22(日) 18:20:24.95ID:tyF6raXz朝廷はもう研究者がいないし、義昭だって藤田一人だろ。
個人的に何を信じようとかまわんが、根拠くらい
示してもらわないとな。
0343死
2012/01/22(日) 19:12:15.65ID:LTQh5bya比叡山焼き討ちで1番張り切ったの明智のみっちゃんだって聞いた事あるけど
0344人間七七四年
2012/01/22(日) 23:02:29.98ID:qsncXMYzこれは何かヤバいことがあったからと
考えるのが普通。
別に黒幕支持じゃないが素朴だから
誰かツラれてくれないかな〜って。
0345人間七七四年
2012/01/22(日) 23:14:56.03ID:Nog1x/DF何故だろう?
ビジュアル的なものと関係あるのかね。
0346人間七七四年
2012/01/23(月) 02:16:23.13ID:E+UmhpNF変の後、光秀に多少でも好意的なことを書いた連中は、もちろん改竄せず
にはいられなかったはず。
問題は、その前まで改竄したものが「黒幕」問題と関係するかどうか。
これを考えるとき、秀吉は、思想統制・検閲などの点で、信長と桁違いだ
ったことを踏まえておく必要がある(今に伝わる信長、秀吉の印象と反対
に思う人もいるかもしれないが)。
信長の時代、おそらく、公家は、秀吉にはもちろん、信長にも日記を見ら
れることなど考える必要もなかった。しかし、秀吉が権力をもちはじめる
と、その恐れが出てくる。かつて、信長の一家臣にすぎない秀吉に対し
て、かつて、あまり尊敬の念のないことを気軽に書いた公家衆は、(別に
黒幕でなくとも)秀吉の「検閲」の恐れに対して、どう対応するだろうか。
0347人間七七四年
2012/01/23(月) 02:34:06.52ID:PpsF+v76明治維新で『勤皇家信長』と最評価され、
三段撃ちとかが「近代的」とされ、
戦後になってそれやこれやが「革新的」とされ
今に至る。
全部美しい誤解だけどねw
0348人間七七四年
2012/01/23(月) 06:32:59.86ID:N65nnecn大河ドラマ秀吉で、村上弘明が光秀を好演したあたりから?
0349人間七七四年
2012/01/23(月) 08:18:07.66ID:c8NDVg2n0350人間七七四年
2012/01/23(月) 09:59:52.68ID:wIrf5xHg研究者がもう疑問に思ってないことをなんで素人が?
本能寺の変について書かれたまともな本をちゃんと読んだのか?
どれ読んだらいいかわからないなら教えるけど。
0351人間七七四年
2012/01/23(月) 10:05:46.25ID:wIrf5xHg考えるのが普通。と言い切っているが、それなら朝廷黒幕説が
定説になってるはず。
ところが定説になってないし、研究者もいない。
普通じゃないからだろ。
学会の動向くらい調べてから書きこもうな。
0352人間七七四年
2012/01/23(月) 10:47:22.46ID:wFUQf18Lでも前久って武田殲滅戦が終わった後で、家康の接待を受けながら遠回りして京に帰る信長に同行しようとして
信長に「わごれは東山道を上りませ(お前は京に帰れ)」とか言われたこともなかったっけ?
0353人間七七四年
2012/01/23(月) 12:56:08.73ID:cgWRpYmj1、ソース元の史料の信憑性はとびきり高いわけじゃないので、話の有無をまず疑ってみる
2、本当にこういう話があったとしたら、それはそれでいろんな可能性を考えてみる
可能性1、仲良すぎてタメ口
可能性2、仲悪すぎてタメ口
個人個人好きな可能性の方を選ぶ。
こんな感じでどう?
0354人間七七四年
2012/01/23(月) 15:17:16.66ID:PpsF+v76> 光秀が「実は良い人」みたいなイメージになってきたのって、いつ頃から?
江戸時代。絵本太功記とそれを元にした歌舞伎などから。
暴君を諌め続けついに暴発した悲劇の正義漢として描かれた。
0355人間七七四年
2012/01/23(月) 15:28:28.74ID:l0Od5b8W今だって日本は天皇制が続いててこういう風だけど、いつか天皇制が消滅なり廃止になったりした後は
どういう仮説が有力となったりするのかは変わってくるんだろうし。
実際は、タイムマシンが発明されて過去を見に行けるようにならない限りはどれも単なる仮説にしか過ぎないんだから、
歴史学というのは難しいものだ。
0356人間七七四年
2012/01/23(月) 15:29:59.73ID:FSgROdpCおぉ、鋭いレスどぉも。
確かに改竄で部分と全体とがあるから
全体を書き換えたのは変自体よりも秀吉の
悪口を書いてあったんだろうと言うのはある。
ただあの時点では秀吉はまだそんなに権力
握ってないしそこまで恐れる必要があったかどうかは
検討しないといけないかもね。
秀吉のことを京の公家がどこまで知っていたか、とか。
だからよほどひどいこと書いてあったんだろうなんていい方も
あるけどこれは個別に各日記で判断しないといけないかな。
>>350
ひつまぶしで語っても346さんみたいな論点は
出てくるでしょう。
定説とか学会とかそういう単語の連続は恥ずかしいぞ
藤本とか桐野の本をたくさん読んだのはすごいと
思うけど。
0357人間七七四年
2012/01/23(月) 17:44:34.92ID:cgWRpYmj公家等が日記を改竄した理由については、
「秀吉にビビったから」って考えるのもいいけど、
「信長が殺されてビビったから」って憶測も成立つような気がするんだよな。
きっと彼等は信長の最晩年、その勤皇っぷりを目の当たりにし感動し、
「信長最高〜っ!イエィ〜イ!!」って書いちゃったんじゃないか?
信長が死んでもビビらずに「信長最高だったわぁ〜っ!!」って書いてる人もいるからさ。
でその後秀吉などという得体の知れない人が出てきたから、依然しばらく様子見。
秀吉が関白になった頃あたりから、気を取り直して日記の執筆再開。
0358人間七七四年
2012/01/23(月) 21:19:22.91ID:w8jN/rjW金子 拓・著『 記憶の歴史学 史料に見る戦国 』 (講談社選書メチエ)
を読んだほうが良いよ。
0359人間七七四年
2012/01/23(月) 21:39:18.72ID:wIrf5xHg素人と言われたからカチンと来たか?
自分自身も含めて素人と言ってるつもりだが。
それはさておき、簡単に黒幕と言うが、
何をすれば「黒幕」なのかね?
それを明らかにせずにただ黒幕と言っても意味がないと思うが。
日記の書き換えなんて、疑えば疑えるって程度のもので、
明らかに疑わしいというところはない。
根拠を出せと言ったから出したつもりなんだろうが、
黒幕と言うからには事件の全体像を示さなきゃ説得力がない。
根拠一つくらいじゃ、現代の刑事事件でも逮捕にすら
至らないレベルだぞ。
まず「黒幕」と言うのは、何をもってそう言うのか
明らかにしてくれ。
0360人間七七四年
2012/01/23(月) 22:07:17.14ID:Y1YblEsbだな
光秀と親密な仲にあった吉田兼見が日記を改竄したのはよく知られた話だが、
改竄前の「兼見卿記別本」も廃棄されずに残されている
黒幕云々を語る人は廃棄されなかった理由も説明してほしいところだ
0361人間七七四年
2012/01/23(月) 22:28:41.92ID:FSgROdpC悪いけど黒幕なんていないのは同意だし
カチンともきてないし何を興奮しているのか
よくわからんからスルーしていい?
>>360
改竄前のはヤバいこと書いてないとこを
残したんじゃないの?
そしてヤバい部分を改竄したわけじゃないのかな。
天正十年部分だけ、というのがこのさい大事だと思うけど。
0362人間七七四年
2012/01/23(月) 22:37:52.07ID:FSgROdpC晴豊、湯殿上、と複数改竄欠損があること自体が
少し不思議だということね。
一人だけだったらそれこそ、こじつけ、と
言われても仕方ないけど。
さらに「不可驚事也」とか「天道御左候」とか
このぐらいは残ってるから大胆とは思うけど
別にこれなら改竄の必要はなかったのだろね。
ということは理由はなんにしろ改竄しないといけないような
ことが書いてあっただろう、というのは普通に考えられないか。
そしてその内容の話をしてるわけだ。
別に「黒幕の名が書いてあった」なんて言ってるわけじゃないのだけどね。
0363人間七七四年
2012/01/23(月) 22:44:24.07ID:3f+EMHu+0364人間七七四年
2012/01/23(月) 22:46:05.06ID:FSgROdpC連なら悪い。
信長イエ〜ィ、よりは「あの人ならやられると思いましたよ」
の方がまずくないだろうか。
当時の秀吉は信長の家臣だし敵討ちした忠義の臣
というところだったろうから。
それも相当に「ほらほらやっぱり言った通りウヒウヒ」
とかみんなで言ってたんじゃないかな。
にしてもみんなで改竄なんてよほどのこととは思うけどね。
0365人間七七四年
2012/01/24(火) 06:16:48.00ID:CVCQoW8N金子 拓・著『 記憶の歴史学 史料に見る戦国 』 (講談社選書メチエ)
を読んだほうが良いよ。
『兼見卿記・別本』なんて本当は存在しないんだから。
現物の史料に触れられる人間からすれば、印刷された商品をもとに議論している君たちが、
如何に滑稽なことか。
ウププだね。
0366人間七七四年
2012/01/24(火) 12:58:01.60ID:/r89rsYEいやぁ〜こういう上から目線よくないね。
自分の予想ではいずれ、たとえば金子氏も所属する?東大史料編纂所とか、予算削られると思う。
今この研鑽所の本郷って人が一部からかなり叩かれてるでしょ?「ウソ八百並べやがって」って言われてる。
叩いてる人たちの主張もまんざら間違ってない。
現物の史料に触れられてても、さして良質な歴史情報を発信出来ずにいる学者さんたち。
印刷された史料は全部ウソってことはないだろうから、そういうのを見まくってる一般人の方が
今ではある意味知識あると思うよ。
歴史研究なんて実際、文字さえ読めれば誰にでも出来るわけで。
0367人間七七四年
2012/01/24(火) 13:56:55.57ID:Gu9JK8W8金子たちと本郷は時代が微妙に違うから直接は関係しない。
本郷が叩かれてるのは昔からだが予算決める人たちが
左なんだから調子に乗ってNHKに便乗しただけ。
今はDBで何でも見られるし原本も申請すれば見られる。
だから特に編纂所の人が、有利ーすごい、ということもない。
専門家の本をありがたがって紹介したがる人がわいてでてるが
ニワカっぽくて恥ずかしいということだな。
0368人間七七四年
2012/01/24(火) 14:02:48.35ID:hKpG0aYS0369人間七七四年
2012/01/24(火) 14:20:20.21ID:fCxKwPbf0370人間七七四年
2012/01/24(火) 16:47:17.55ID:3s6HbSZz0371人間七七四年
2012/01/24(火) 17:05:57.15ID:/r89rsYEつなげようとすればつなげられなくもない。
あくまでファンタジーの世界でだけど。
0372人間七七四年
2012/01/24(火) 17:12:53.55ID:r3WO69rk0373本郷直樹
2012/01/24(火) 17:50:20.61ID:VYtrlwOi0374人間七七四年
2012/01/24(火) 21:42:36.45ID:J07KAu2b0375月孔雀
2012/01/24(火) 22:26:57.10ID:fCxKwPbf0376月孔雀
2012/01/24(火) 22:27:52.60ID:fCxKwPbf0377人間七七四年
2012/01/25(水) 02:05:59.68ID:QysYel2S0378人間七七四年
2012/01/25(水) 06:53:27.74ID:WfHzcRmw0379人間七七四年
2012/01/25(水) 10:00:24.62ID:GS8SqOwj>印刷された史料は全部ウソってことはないだろうから、そういうのを見まくってる一般人の方が
>今ではある意味知識あると思うよ。
>歴史研究なんて実際、文字さえ読めれば誰にでも出来るわけで。
こういう無知が一番厄介なんだよね。
翻刻なんて必ずしも原文に忠実だとは限らず、勝手に句読点が振られていたりして
誤読の原因になってたりするんだよね。
文字さえ読めればなんていって本当に読めるかどうかも怪しいくせに。
>>367
>今はDBで何でも見られるし原本も申請すれば見られる。
>だから特に編纂所の人が、有利ーすごい、ということもない。
>専門家の本をありがたがって紹介したがる人がわいてでてるが
>ニワカっぽくて恥ずかしいということだな。
こういう似非反権威主義もしかり。
申請するにもそれなりに手続きが必要な訳で、その点で、やはり関係者は有利だね。
井の中の蛙、大海を知らず。
0380人間七七四年
2012/01/25(水) 11:48:28.03ID:REPIzGSgここ匿名掲示板だから
0381人間七七四年
2012/01/25(水) 17:19:54.60ID:pzLvKDSt0382人間七七四年
2012/01/25(水) 21:16:44.56ID:u+3hMuHa同意。
フロイスがあれだけ書きまくった光秀の実像は、ちょっとやそっとではない魅力がありそうに思える。
0383人間七七四年
2012/01/25(水) 23:46:11.59ID:iG9gKRoO天下をとるための下克上行為だったわけか
たしかに信長公は悪名が高かったので主人殺しもなんとか正当化できそうだ
ただ軍事的には苦しい 旧織田家臣団にせーので一斉に攻撃されるととても
対応しきれないだろう・・・ 逆に個別に攻めてくればモグラ叩きみたいに
どうにか対応できただろうか・・・
0384人間七七四年
2012/01/25(水) 23:55:01.93ID:Pi4ELz/u江戸時代に言論弾圧の網を潜り抜けて明智の同士が出版した戦記物。
これが思想的には真実なのだと思うよ。
日本文化研究所の所長さんが検証しておられる。
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