既出だが三歳公バージョンで

三斎公の述懐

昔々のことじゃが、伏見城内で豪胆なワシも冷や汗をかくが如きことを見聞したのじゃ。
秀吉のやつが、家康公を始め諸侯の居並ぶ前で、自分は弓矢の道で
未だかって不覚をとったことはない、と自画自賛し始めた。
みな、また始まったかと聞いておったが、権力者の前だからひれ伏しておった。
ところが家康公、いきなり「それは殿下の前とはいえまことに異なり、小牧長久手のことを忘れましたか?」
と立ち上がって言い始めるではないか。
やっちまったか、と皆手に汗を握ってしまった。

秀吉のやつ、プイと中に引っ込んでしまったから、皆心配して、
「殿下の戯言でござるから、相手になされるな。」皆、家康公を宥めたのであった。
しかし、家康公も「武道のことは絶対に譲れない、殿下から勘気を被ってもかまいはしない。」
とこちらもむきになっての有様。

秀吉が気を取り直して又出てきて、何食わぬ顔で雑談を再開したので、ほっとしたのであった。
わしもその頃は若かったから、田舎くさい大人げない連中だな、と思ったもんだったが
これは秀吉が家康公を試したんだな、きっと。

機嫌を取り結ぶために武の道まで譲る輩なら、信用できんとな。
中国にもよく似た話、曹操劉備の似た話があるだろう。
ったく、世渡り、人付き合いは気を使うもんだよ。

東照宮御実紀付録より