越後長尾家はあおそを海路畿内に売りさばく事により越後一国支配でありながら
関東に兵を出し北信で武田と対峙し北陸で一向一揆と戦えた
織田家は熱田津島湊を支配する事による収益でたかが尾張下四郡の半国
大名でありながら駿遠三の今川家と信秀の代より延々と戦を展開できた
毛利家は高橋を滅ぼし木材を押さえ、吉川に養子を送る事により鉄を支配し、
海の小早川を取り込むことにより木材鉄の流通路を確保し、赤間が関と鞆湊、
美保の関、石見銀山を確保することにより地方覇権型大名としては異様な
経済力を身につけた
阿波讃岐の三好は淀川水系を支配する事により何度でも畿内に蘇った

兵は米を食うし、武器を作るのには材料がいるし、米にも武器にも金がかかる
経済が成り立たなければ謀略も軍事もなにもない
金がない大名が無理をすればどうなるかは武田をみればわかる