何故弩は一般化しなかったのだろうか
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0001名無し議論スレにて投票方法審議中
2007/01/13(土) 22:40:30ID:B0PryBPg戦国期には廃れ、代わって弓が一般化したのはどうしてなのだろう。
威力が高く、使用も弓より簡単で、射程も有利な弩はかなり強力な兵器になりえるはずだけど。
0072名無し議論スレにて投票方法審議中
2007/01/21(日) 22:25:25ID:GnJIKNKC一般人に銃やクロスボウ持たせても戦力にならないのと一緒。
0073名無し議論スレにて投票方法審議中
2007/01/21(日) 23:14:18ID:CuNgdPLD手持ちの小型連弩が登場するのは明の頃からじゃないかな。
>>61が三国志の連弩と書いたから城壁上に据え置いた大型の連弩だと思ったんだが。
ちなみに、小型連弩は江戸時代の日本にも入って来てたらしい。
>>71
クロスボウも弩も、火縄銃のような直射じゃなく、弓同様の曲射が中心。
弓の場合、素人では満足に矢を飛ばす事すらできないが(長弓兵は骨が変形する程訓練している)、
弩なら引き金引けば決まった距離を飛ばす事ができる。
矢の装填も、弓と違って身体全体を使うから素人にも容易。
少なくとも危険極まりない火薬を扱う火縄銃とは比較にならない訓練期間で済むよ。
直射による命中率にしても銃器同様に照準がついてるので非常に簡単。
多分一日練習すれば集団戦闘での命中率としては十分じゃないかな。
あと、一般人が戦力にならんのは、軍隊としての行動の仕方が分からないから仕方ない。
アメリカじゃジュニアスクールの子供でもM16の民間モデルぐらい撃った事あるだろうが、日本はな。
0074名無し議論スレにて投票方法審議中
2007/01/21(日) 23:20:07ID:bTiRIMUKそれは無い。
地中海世界の海軍でも使われていた。
海の上で使用出来るなら海の上でも使用できるでしょう。
0075名無し議論スレにて投票方法審議中
2007/01/21(日) 23:25:53ID:DhwEBwL1>69のって明だったっけ。
スマソ、何か色々種類あるもんで混乱してる。(´Д`;)
江戸時代と言えば、シーボルトの「NIPPON」ってやつに
三弓弩みたいな床弩が描かれてたなー。
0076名無し議論スレにて投票方法審議中
2007/01/21(日) 23:40:03ID:bTiRIMUK>弓の場合、素人では満足に矢を飛ばす事すらできないが(長弓兵は骨が変形する程訓練している)、
>弩なら引き金引けば決まった距離を飛ばす事ができる。
放物線軌道の曲射では 『引き金引けば決まった距離を飛ばす事』が出来るようになるのが難しい。
放物線軌道で引き金引いて決まった距離を飛ばすことができるのは
訓練による職人芸 か コンピューター等の物理計算でのみ達成しうる事
>直射による命中率にしても銃器同様に照準がついてるので非常に簡単。
>多分一日練習すれば集団戦闘での命中率としては十分じゃないかな。
現代銃器でも一日の練習で実践使える訳はねえだろう。
0077名無し議論スレにて投票方法審議中
2007/01/22(月) 00:01:24ID:miL7t4MH精密砲撃してるわけじゃあるまいし。
と言っても戦闘を武士階級で賄い、騎射が中心の日本では直射で一撃必殺な狙撃的使い方してたっぽいが。(モンゴル的?)
足軽の台頭があった室町後期あたりに弩の普及期があっても良さそうなんだが、何で無かったかな。
0078名無し議論スレにて投票方法審議中
2007/01/22(月) 00:25:05ID:PolVYeEk0079名無し議論スレにて投票方法審議中
2007/01/22(月) 00:33:40ID:Ge1I+FC0武士は存外おしゃれさんだ。
0080名無し議論スレにて投票方法審議中
2007/01/22(月) 00:35:39ID:GxHSyUKW>生産力比べると
>春秋戦国の古代中国>>>>戦国日本
悲しいな
0081名無し議論スレにて投票方法審議中
2007/01/22(月) 00:37:51ID:GxHSyUKW>放物線軌道の曲射
現代の銃器も長距離射撃は曲射だよ
0082名無し議論スレにて投票方法審議中
2007/01/22(月) 01:32:34ID:lFIEsjuX0083名無し議論スレにて投票方法審議中
2007/01/22(月) 01:36:04ID:lnvZQpQp0084名無し議論スレにて投票方法審議中
2007/01/22(月) 08:10:38ID:X9EJRuFcM16って本体のみで3.5kgもあんぞ?
0085名無し議論スレにて投票方法審議中
2007/01/22(月) 10:05:39ID:lFIEsjuX0086名無し議論スレにて投票方法審議中
2007/01/22(月) 13:16:51ID:kkBdtSyE少しの違いしかないなら、連射のきく弓をつかうだろうし。
0087名無し議論スレにて投票方法審議中
2007/01/22(月) 14:41:10ID:KucScC3T100mくらい違うんだったっけ?
しかし、武士って本当に関係あるんだろうか。
0088名無し議論スレにて投票方法審議中
2007/01/23(火) 01:14:25ID:Jib3uhVd0089名無し議論スレにて投票方法審議中
2007/01/23(火) 02:20:15ID:MRF8DDZa>単に和弓の素材である竹が何処でも簡単に手に入りからじゃまいか?。
南中国やベトナムは日本より竹が豊富だが弩武装してたよ。
0090名無し議論スレにて投票方法審議中
2007/01/23(火) 03:34:25ID:DsD5CNH8高価で欠点のある弩を使うメリット→簡単に戦力になる
つまり非熟練者を動員しないといけない総力戦の状況がないといけないわけで。
他民族に簡単に攻められる大陸国と、そうではない島国という地勢的な理由もあるかもね。
一領具足は鉄砲の世だから無しね。
>>88
鉄加工出来るんだから関係ない
0091名無し議論スレにて投票方法審議中
2007/01/23(火) 12:01:21ID:Y6sv86UW>簡単に戦力になる
のは確かにそうだとは思うんだけど、日本の場合は弩手をわざわざ軍団(50人)
から二人選抜してるんだよね。
所持・製作に関しても、律令(特に律)で厳しく取り締まられてるし。
あと、海賊とかからの防御のためって理由で弩を装備しようとした所も結構あるみたいだよ。
0092名無し議論スレにて投票方法審議中
2007/01/23(火) 12:43:33ID:Rm5EYC0Z信長の銭雇いの兵の出現以前は、
兵員の大部分が農民などの非熟練兵です。
鎌倉期、室町期においても地方の領土紛争では兵員の大多数は農民などの非熟練兵です。
また、投石などの飛び道具も多用されました。
武器としての投石技術は、遊びとして広く行われ、朝廷により禁止令が出されるほどで
多くの人間が即戦力として動員可能な状態でした。
0093名無し議論スレにて投票方法審議中
2007/01/23(火) 12:48:38ID:Rm5EYC0Zちなみに国家規模の戦闘のみが大規模というのは間違い。
兵站の短い地方の領土紛争こそ非熟練兵が大量に従軍した。
従軍した兵士の規模では人口密度の高い日本の地方紛争は中世西洋の国家戦力規模です。
0094名無し議論スレにて投票方法審議中
2007/01/23(火) 13:00:00ID:RmKzBFoR0095名無し議論スレにて投票方法審議中
2007/01/23(火) 16:38:30ID:+6Zoz7bW城壁の上に置くと防衛兵器としても強力だったんだっけね。
日本には弩を置けるほど幅の広い石積みの城壁なんてなさげだし
戦車も聞いた事ないし、使い勝手が悪そうだよね。
後世の大砲も車輪が付くまでは攻城戦や海戦で使う程度で
あまり使い勝手の良いものではなかったんじゃないかな。
0096名無し議論スレにて投票方法審議中
2007/01/23(火) 19:02:56ID:DOnjbHoF前々から気になってて、どこで聞くべきか分からなかったのでここで聞きたいんだが、
信長は傭兵集団を抱えていたっていうけど、その割合って半農兵に対してどれくらいのもんなの?
あとその割合ってやっぱ他の大名家よりズバぬけて高いのか?
0097名無し議論スレにて投票方法審議中
2007/01/23(火) 22:45:01ID:x2hzoUqB織豊系は軍役の日雇いを禁じて常備を勧めていたらしい。
それをもって傭兵集団をやとったというのならばそうだろうが、ニュアンスがちょっと異なるか。
アルバイトを雇うのを禁止して、その穴は派遣会社ではなく正社員を増やすことでカバーした、
という感じ。
あとは半農半士である下級武士層の専業化、及び次男三男の積極登用などが挙げられる。
そう言った意味で専業武士の割合は多い。
逆にそう言った層を積極的に取り込むことで勢力を拡大したのが、
長曾我部や長尾上杉、島津ら。
しかしまあ、どちらが優れている、どちらが劣っているという話ではなく、
どちらも長短があり自勢力にあった方針を採用した方がより良い、って話。
0098名無し議論スレにて投票方法審議中
2007/01/23(火) 23:15:07ID:tkZciKFm対蝦夷戦終了後は、はっきりと「海防」運用だったようですね。
日本が開発した新型の「弩」を巡って、大陸・半島側と軍事スパイ戦
みたいのもあったようだし。
0099名無し議論スレにて投票方法審議中
2007/01/24(水) 12:42:12ID:k1GSnO6Kクレシーの戦いでも
イギリス兵1万、フランス軍1万2千程度(一説だと4万)
イギリス軍の兵数は日本で言うと守護大名、戦国大名の
一国保有クラスの軍事力ですな。
0100名無し議論スレにて投票方法審議中
2007/01/24(水) 19:34:25ID:pbosaeBY織田家がその方針取り始めたのって何時ぐらいからなんだろう。
「下級武士層の専業化」
なんて、気軽に土地与えられるわけじゃないから金銭契約だったんだろうと思うけど、
となるとそれなりに金が必要だったわけで・・・。
でもどう考えてもスレ違いなのでこの辺は機会があったら自分で調べます。本当にありがとうございました。
0101名無し議論スレにて投票方法審議中
2007/01/25(木) 00:27:31ID:fF5d0B9r一万ぐらいなら伊達あたりでも。
0102名無し議論スレにて投票方法審議中
2007/01/25(木) 23:39:36ID:P49KGytJ「戦車」ってチャリオットの方…だよね?
ところで日本の弩は別に床子弩だったとも限らないし、もしかすると
中国で言う所の「弩」と「床子弩」の両方の規模のやつがあったのかも。
>>98
あー、あの一部の人間が新羅と結託して対馬を乗っ取ろうとかしたやつね。
結局事前に発覚して鎮圧されたとかだけど。
0103名無し議論スレにて投票方法審議中
2007/01/29(月) 23:16:00ID:wcOy6iEh日本は人口の割りに兵力大杉
0104名無し議論スレにて投票方法審議中
2007/01/31(水) 13:33:00ID:2u/FWYVRで、太閤検地の時の日本の総石高は約千八百五十万石です
よって、当時の日本の総兵力は92万5千人ということですね
あくまで計算上ですが・・・
0105名無し議論スレにて投票方法審議中
2007/02/01(木) 19:02:54ID:mwItyz750106名無し議論スレにて投票方法審議中
2007/02/01(木) 22:28:04ID:ZJPPxOzjマジで百万の兵士常備してた宋なんか、遼やら金やら西夏やら蒙古やら、もうぎったんぎったん w
0107名無し議論スレにて投票方法審議中
2007/02/02(金) 12:25:42ID:NnN8qD0zバイクや自動車のバネスプリングなど既存の物を使う方が実用化しやすいぞ。
但し、DQNや珍走などバイクや自動車の整備、改造等で材料の知識があり
使用した経験のある人間の方が良い物をつくれる。
また彼らなら工業高校出身、在学者も多いので工具も一通り使えるだろう。
DQNや珍走が作成したスプリングガンが大活躍。
キモイオタクがベニヤ版で必死に作ったクロスボウ
は飛距離も禄にでずみんなからバカにされる。
DQNはみんなのヒーローに
そしてキモイゾンビヲタクは何やらせても役立たずとして苛められる。
ホームセンターでも食料も分けてもらえずウンコの中からニンジンを
洗い出しそれで飢えをしのぐんだ。
0108名無し議論スレにて投票方法審議中
2007/02/04(日) 23:12:48ID:hrT0xW3Z0109名無し議論スレにて投票方法審議中
2007/02/08(木) 00:55:45ID:czffh+Ix0110名無し議論スレにて投票方法審議中
2007/02/11(日) 13:40:22ID:a3ytOv2Y0111名無し議論スレにて投票方法審議中
2007/02/11(日) 16:30:15ID:OWc/bQwBでも数が1番重要
0112名無し議論スレにて投票方法審議中
2007/02/11(日) 23:12:16ID:ER+jH/zw宮城で出土した、青銅製の弩機を説明してくれ。
どうせ輸入物とでも言うんだろうが。
0113名無し議論スレにて投票方法審議中
2007/02/12(月) 00:42:48ID:wEBeqVR5いや、それを支えられるだけの国力がないと意味はないよ
兵站のが重要
0114人間七七四年
2007/02/12(月) 11:19:50ID:F85mHwMX0115人間七七四年
2007/02/21(水) 08:47:49ID:kcb+fTZA0116人間七七四年
2007/02/21(水) 23:56:07ID:DoPQvL2q残念だけど、そうなものはそうでしかない。
0117人間七七四年
2007/02/22(木) 06:22:26ID:0/jsYNQf0118人間七七四年
2007/02/22(木) 13:20:35ID:N1479+88銭でも、鉄砲でも
0119人間七七四年
2007/02/22(木) 17:46:05ID:nuNx4GCa弩は生産コストに見合う威力がなかったのかな。中国くらい大量生産して単価下がれば生産コストと効果が釣り合ったということかもしれない。
0120人間七七四年
2007/02/22(木) 18:29:41ID:EPcvl5Jj爆発的に普及したのだが…
0121人間七七四年
2007/02/22(木) 18:52:34ID:gI12qPhR百年戦争でドが長弓に負けましたが
0122人間七七四年
2007/02/22(木) 22:28:52ID:WoIpFls0石弓VSロングボウなんて 一武器の優越対決なんて矮小化はあの時代の本質見誤るぞ
長弓にも石弓にもそれぞれ得手不得手があるわけでな
0123人間七七四年
2007/02/25(日) 22:39:32ID:lBxf88zi>>122
>121のレスは「クロスボウvsロングボウ」の話題だと必ず出てくる定型文。
あんまり気にする必要もないかと。
0124人間七七四年
2007/03/10(土) 15:11:22ID:lXy5pQvq弩に使う強力な接着剤が日本にはなかったとか聞いたことがある
接着剤なんてどこに使うだろうって思ったことを覚えてる
0125人間七七四年
2007/03/11(日) 15:31:45ID:pxzF+KRM…は普通にありそうなもんだな。
使う場所は、まずは弓と弓床の接合なんだろうな。
弓床側に開けた穴に弓を通すんだろうし。
それ以外にも使うのかな。
0126人間七七四年
2007/03/11(日) 20:52:48ID:OQaRaHsO仕掛け弓として江戸時代まで
使ってたから
そんな理由ではないだろ
奄美や沖縄でも使ってたし
0127にゃんこ
2007/03/11(日) 22:35:13ID:FPhwk49vだけだが、鉛の弾だと、人体内部で変形して、内蔵グチャグチャ。
弩の貫徹力は大したものだが、人体の破壊力なら、鉛弾の火縄銃の方がずっと高い
のできないか。
0128人間七七四年
2007/03/12(月) 11:25:44ID:hQu4/mXZスレ違いだよ
0129人間七七四年
2007/03/12(月) 16:03:20ID:iMNBgcWe飛距離を伸ばすために手で持っているとこから
上の部分が下の部分に比べて異様に長い和弓が生まれたわけで
単純に材料の不足が原因な気がする
0130人間七七四年
2007/03/12(月) 20:39:09ID:IhmJjLSJ武士A「なんか地味だし…作り方よくわかんねーし…」
武士B「別に弓でよくね?」
鉄砲「ばぁーん!」
武士A「すげえぇぇぇぇええ!」
武士B「次俺!次俺の番ね!」
0131人間七七四年
2007/03/14(水) 20:35:51ID:moVn0BO/材料が不足って、不足してる材料って何?
日本にない材料なら、中国からでも輸入できると思うが。
火薬よりは安いだろうし・・・。
また、鉄砲よりも安く、簡単に、多量に生産できそうな気がする。
操作やメンテナンスも簡単そう。
矢も再使用が可能(w。
てことで、足軽に持たせるのは鉄砲は貴重すぎる。
弩で十分だった。
平安で途絶えて、信長・秀吉も弩を知らなかったのだろうな。
0132人間七七四年
2007/03/14(水) 22:47:22ID:fh5qnGvu平安で途絶えた以降、弩が入ってくる事が無かったってのは考えにくいけどね。
やはり必要性が無かったからだと思うが。
0133人間七七四年
2007/03/15(木) 02:54:42ID:9iKIhrW3欧州で鉄砲が普及した理由が「弩より安価だから」です
この場合、大量生産効果で価格が日本より安いはずの欧州ですら、弩>鉄砲が成り立つ事に注視すべきでしょう
また鉄砲が日本に伝来したときには、鉄砲を作る下地(刀工による高い製鉄技術)は確立していました
>矢も再使用が可能(w。
これ、大問題
>火薬よりは安いだろうし・・
一説に寄れば、戦国期に硝石の製造は始まっていたと言われています
北条などは年貢として徴収しているくらいです
硫黄・木炭については、日本に豊富なのは言うまでもないでしょう
0134人間七七四年
2007/03/15(木) 21:15:19ID:ZAnV2Drw弩が鉄砲よりも高価って、、、どうしてかなと思って、
Wikiで調べてみたけど、
弓部と台座は木らしいけど、弦の材質がわからなかった。
普通の弓と違って特殊な材料が必要なのかな?
でも、鉄と、それを銃身に加工する工賃よりも高い材料ってなんだろう?
気になります。
あと、Wikiによると、日本で弩が途絶えた理由は、
平安以降の武士が、小集団の抗争の中で発生してきたかららしい。
国司・郡司が管理の困難な武器を廃止していったとか・・・
>長弓を用いた騎馬騎射戦を主体として戦った武士にとって弩は不向きであったし
まあ、たしかに、速射どころか、馬上で弩に次の矢をつげ直すのは無理っぽい。
だけど、部下の農民兵に弩を持たせる手もあった気がするけどな。
0135人間七七四年
2007/03/16(金) 11:03:32ID:vH68rL7J純粋に弩の加工工数が、鉄砲の加工工数より多いってことでしょう。
弩復元製作
ttp://www.mahoron.fks.ed.jp/nenpou/nenpou2001_35.htm
弩復元品
ttp://www.mahoron.fks.ed.jp/nenpou/image1/nenpou2001/68p1_1.jpg
0136人間七七四年
2007/03/16(金) 19:45:35ID:v1Xzlzim弓は武士の嗜みとされてたからね。
貫通力も命中率も高い弩は、あったとしても歩兵には持たせない。
中世ヨーロッパでも、重装の騎士が容易く射ち殺されるんでクロスボウは禁止されてるし。
0137人間七七四年
2007/03/16(金) 23:12:41ID:hy858h1X中世ヨーロッパとは具体的に何世紀のどこなのか?
戦闘に於いて重要な殺傷力を禁止する法令など、寡聞にして
知らないので、史料も明示いただきたい。
0138人間七七四年
2007/03/17(土) 22:00:48ID:2fIlWlQn俺は136ではないが
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%83%AD%E3%82%B9%E3%83%9C%E3%82%A6
有名な騎士が農兵のクロスボウに倒れる事態が多発してローマ教皇庁が禁止令だしたんだってよ。
0139人間七七四年
2007/03/18(日) 15:52:17ID:4LiTB7qu弓、特にロングボウは守旧派とか抵抗勢力ね
0140人間七七四年
2007/03/18(日) 16:49:45ID:p/ug0BPh現代のクロスボウだって、目視できるほど弾速が遅いわけじゃないらしいぞ。
矢とかは見失えばそれまでだし、見つかったとしても再使用なんかほぼ不可能だそうだ。
弩も似たようなもんじゃないか?
>139
「クロスボウみたいなものは石器時代くらいから使われてたんじゃないか」って
考えてる学者さんもいるんだってよ。
ギネスブックかなんかで見たやつだから、アテにはならんがw
0141人間七七四年
2007/03/19(月) 13:23:45ID:SoVhiEwe>「クロスボウみたいなものは石器時代くらいから使われてたんじゃないか」って
>考えてる学者さんもいるんだってよ。
西洋人研究者かな?
中国が2500年前に発明して使ってたのに、西欧で普及したのが
ず〜っと後世のモンゴル軍襲来以降なのが悔しいんだよ。
0142人間七七四年
2007/03/19(月) 17:23:54ID:6tgNC3Nrつ バリスタ
0143人間七七四年
2007/03/21(水) 16:10:49ID:3nXex8B1URL先のサイトを読んだけど、
>弩の加工工数が、鉄砲の加工工数より多い
とは、思えませんね。
どう見ても、弓部、銃床部は木製。
弦は、普通の弓と同じ。
機(引き金部)は金属製だが、鋳造した部品を組み合わせたもののように見える。
てことで、中国から貴重な材料を輸入しなければ作れなかったとは、考えられない。
他方、火縄銃は、
鉄を円筒状にして銃身を作る。
分解掃除のために、一方の穴をネジにしてボルトで塞ぐ。
引き金、火蓋、火皿などなど、その構造は、弩よりもずっと精密。
つまり、高度な技術が必要。
しかも当時、火薬は南蛮からの輸入に頼っていた。
てことで、結局、弩が鉄砲よりも高価だったということは納得できません。
>>140
諸葛孔明だったか、忘れたが、
自軍の矢が足りなくなった時に、藁人形をたくさん作って、それに敵が射た矢を集めた(w
という話を知らないか?
てことは、矢は再使用可能なんじゃないですか。
0144人間七七四年
2007/03/21(水) 20:47:12ID:1FLItaJ30145人間七七四年
2007/03/21(水) 22:48:53ID:u5eFcpX4移行しやすかっただけの話じゃないの
実際、種子島でも、刀工が南蛮人からちょっと教えてもらって
作れたわけだしな
0146人間七七四年
2007/03/21(水) 23:21:10ID:rpQ0A7xO時代も地域も違うが、まあ一応。
中世ヨーロッパなんかだと、クロスボウ一挺と鎧一式が同価格なんて話もある。
矢の再使用についてだが、大体は曲がるなり埋まるなりして使えなくなる事が多いそうだ。
もっとも、これはあくまで最近のものの話だが。
奈良・平安とか、そこら辺の時代で矢の再使用がどうこう言ってるなんてのは聞いた事が
ないから、実際どうだったのかは知らん。
0147人間七七四年
2007/03/22(木) 09:12:10ID:IXIfJVzr孫権が船の片側に矢を受けすぎて矢の重さで船が傾いたから
逆側をさらしてバランスを取った、ってのが元ネタだったはず
矢を狩るとか再利用とかの記述は無かったような
0148人間七七四年
2007/03/22(木) 17:02:05ID:HH0tXgCW戦闘では弾幕張ったりで取り敢えず飛べばよかったけれども、現代は競技用だったりで制度がうんぬんとか...どう?
0149人間七七四年
2007/03/22(木) 20:10:53ID:A3vEu4D9ちゃんと的に当たったやつなら、そのまま抜いて…とかかな。
でも、それだって練習時だけなんだろうけど。
0150人間七七四年
2007/03/26(月) 05:04:04ID:T1/wrj5ohttp://news22.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1174608191/
0151人間七七四年
2007/04/27(金) 02:36:17ID:kSM9VVAz>てかさ、鉄砲撃って、その間に弩を撃って繋げば最強なんじゃ・・
発射速度の遅いもの同士を組み合わせてどうすんの。
>>7
逆だな。山間部の方が弩は活用しやすい。
単純に考えても、敵の前進速度が遅くなる起伏の多い土地の方が、発射速度で劣る弩の方が有利だ。
孫ビンは谷間のような狭隘地での弩の有用性を指摘している。
>>70
無茶苦茶だな。弩で特に複雑な構造をしているのは発射機構だが、それは金属製。
主に磨耗に強く鋳造が容易な青銅と、鉄が使われた。
>>75
ああ、あのどう見ても武径総要です。本当に(ry のやつなw
>>88
弓部のことだろうか。東南アジアなどでは短素材の巨大な弩が普通に使われているし、
障害にはなっても、決定的な要因となるだろうか。
>>95
>弩は平地では戦車と組み合わせると強力な武器になったり
ないない。揺れる車上で弩なんか使えん、セットした矢がポロポロ落ちるだけ。
>>120,141
また適当なことを…。136-138の禁止令は12世紀前半のこと。
当然こんな規則守られやしない。十字軍ではなおさら無問題。
>>134
弦は動物の腱、絹糸、麻をはじめとした伸び率の低い植物繊維といったところ。
143の指摘のとおり、弓と変わりなかった。
>>143
>機(引き金部)は金属製だが、鋳造した部品を組み合わせたもののように見える。
その鋳造技術が無かったんじゃないかな。日本では何でもたいてい鍛造で作るし。
鉄の鋳造は難しい。青銅に必須な錫は日本で採れたっけ?
0152人間七七四年
2007/04/27(金) 15:08:49ID:YQIy5c52>>その鋳造技術が無かったんじゃないかな。
奈良の大仏は鋳造だろ。
銅鐸・銅矛は輸入品だとでも?
銅鏡も模造品を国内で作ってる。
古墳期以前から、日本には鋳造技術があった。
しかも引き金部はそれそれほど複雑精巧な構造でもないし。
需要があれば、作れたはずだ。
0153人間七七四年
2007/04/28(土) 23:31:55ID:RIAStp3Aちょっと言葉がすべった。すまん。
「日本の鋳造技術が適してなかったのかもしれない」とでも言うべきだった。
弩機は、複雑なものではないけれど、精巧さは高い水準で要求されるはず。
回転軸があるから、遊びが大きすぎても少なすぎてもいけない。
小さいものを大量生産する技術は銅銭の鋳造から十分だったと推測できるがら、
後はどれだけ形を均質に作れたかが判断の分かれ目になると思うんだけど、どうでしょ。
中国で弩機はどういう鋳造法で作られたんだろう。
0154人間七七四年
2007/04/29(日) 02:09:42ID:9py4nqIR引き金部は、矢をつがえてセットした状態で滑らかに引き金を引ければいいのだから、
普段は、遊びが大きくて緩々でもいいのではないだろうか?
で、軸とそれと接する部分の滑らかさは、銅鏡を作る技術があれば簡単な気がする。
日本では、明治にガラスの鏡が入ってくるまで、鏡といえば鋳造した鏡面を磨いて作った(と思う)。
http://www.mahoron.fks.ed.jp/nenpou/nenpou2001_35.htmを見る限り、
そんなに精巧な構造とも思えないが、
どう使われるのか、いまいちわかりにくいね。
0155人間七七四年
2007/04/29(日) 11:16:12ID:MB99XYYsttp://www.pref.miyagi.jp/bunkazai/photo-page/hakkutu-jyouhou99/ijijyou99/do2.jpg
遊びが問題になるとしたら、牛の部分になるだろう。
0156人間七七四年
2007/04/30(月) 10:22:54ID:5Y0qRer5軍事板クロスボウスレ
0157人間七七四年
2007/05/01(火) 19:41:25ID:Tgv6CF02興味があるなら探してみてもいいかも。
0158人間七七四年
2007/05/01(火) 23:37:14ID:GSNTv98q0159人間七七四年
2007/05/01(火) 23:41:48ID:8QW0Zeot0160人間七七四年
2007/05/02(水) 00:01:44ID:6nWgVX99ttp://moura.jp/clickjapan/robot/207/content01.html
秀吉の大仏は奈良の大仏とは違い、木製だったのである。東大寺の大仏が竣工したのは
8世紀、752年(天平勝宝4年)のことであったが、それから800年が経過した16世紀の
日本では、銅を使って大仏を鋳造する技術が失われていた。
0161人間七七四年
2007/05/02(水) 00:04:31ID:6nWgVX99tp://www.odette.or.jp/virtual/nanbutekki/history/index.html
0162人間七七四年
2007/05/02(水) 02:39:25ID:1O13NsKDおお、、わかりやすい図解が!
さんくす。
牙に引っ掛けられた弦が牙を前方に引き、牙は牛に下方の圧力をかける。
その圧力は、牙の角が懸刀のくぼみに挟まることで釣り合っている。
釣り合うのかな?
とにかく、懸刀の引き金を後方へ引くことによって、牛の角がくぼみから外れ、
たぶん、牛のもうひとつの角が内側で牙を押し下げ、牙が下がって、弦が牙から外れる。
うまくできてるな。
ちょっと待て。矢はどこにある?牙の前に弦から離れて置かれてるのかな?
それだと、矢はまともに飛ばないと思うが?
上からの図解がほしいね。イメージ検索してみたけどだめだった。
>>160
このサイトによると、秀吉の大仏も銅製だった。
http://www.lookpage.co.jp/topics/no030801/
十年後、地震により焼失。
秀頼が再建したが、またしても地震で焼失。
3代目、木製で再建。また焼失。
4代目、半木製で、1973年まで現存していたって、、、聞いたことないけど。
このサイトによると、秀吉の大仏は木製で、秀頼の再建が銅製だった。
http://kan5.sakura.ne.jp/gosan/kouwa/2004/05/index.html
鏡や仏具は鋳造だから、鋳造技術が途絶えたとは思わないです。
0163人間七七四年
2007/05/03(木) 12:39:23ID:v3Ev3YOE0164人間七七四年
2007/05/03(木) 23:43:19ID:KAGWp6jM新弩という大型バリスタも開発してました。
0165人間七七四年
2007/05/09(水) 01:21:16ID:Upkk6AOkモノにもよるだろうが、牙は上から見ると左右一対、つまり二つあるのさ。
その間に溝が彫り付けてあって、矢はそこに置かれる。
詳しい事は知らんが……まあ矢羽の事もあるから、矢の後端が直接弦に
触れるかどうかは怪しいもんだな。
>164
「新弩」って名前って訳じゃないだろう。
話から察するに島木史真 (←合ってるかどうか責任持たん)のアレか。
0166人間七七四年
2007/05/09(水) 09:20:17ID:sZOYcNbm0167人間七七四年
2007/05/10(木) 01:46:58ID:L2QBJIfx>>矢の後端が直接弦に触れるかどうかは怪しいもんだな
和弓だと、矢の後端に溝があって、その溝に弦をはめて引っ張るようになってるよね。
弩弓では、そうなっていないってこと?
0169165
2007/05/13(日) 00:34:48ID:glOnu3vOとりあえず、少なくともクロスボウ(中世ヨーロッパ)で使われた矢の後端には
溝はなかったっぽい。
矢柄も弦も結構な太さだったみたいだし、何より矢は弓床部に彫られた
溝に置かれるわけだから、特に必要なかったのかも知れんな。
で、弩のほうだが……矢とか弦とかの太さとか、そういう情報がほとんどないから
よく分からんな。
そういうやつは、ほとんど出土とかもしないしな……。
0170人間七七四年
2007/05/20(日) 20:41:07ID:3nfA4q5L914年の新羅の入寇の時に使用されたそうで。
絵で見る限りは、台座付きの巨大な弩ですな
0171人間七七四年
2007/05/20(日) 21:01:44ID:3nfA4q5L春秋戦国時代では一台の戦車に、車長兼射手、剣や矛で戦う士、御者の3人が乗っていた。
弩を放つ窓が付いた戦車もあるため、弓ではなく弩を使っていた例も多いと思われる。
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