戦国武将名言録
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0001名無しさん@お腹いっぱい。
2006/10/14(土) 16:26:42ID:Y+trTuhu人の落ち目を見て攻め取るは、
本意ならぬことなり
上杉謙信
月よ、われに七難八苦を与えたまえ
山中鹿之助
謙信、信玄、早く死んでよかったな。生きていれば俺の部下だ。
側に置いて恐ろしい奴は、遠くに飛ばす。
徳川家康は、無用な事に下手な人間だ。
信長公は勇将だ。しかし、良将ではない
豊臣秀吉
将軍も大仏も必要ない。今は、平和にすることが先だ。
賄賂で動くような神など、問題ではない。
強敵が死ねば、こちらの力も弱くなる。
ケチと倹約は違う。
徳川 家康
0076人間七七四年
2007/03/29(木) 13:47:53ID:722Ebcoyランキングが発表された。
今まで番組内で紹介された言葉のうち100の言葉を制作スタッフが選出、2月中旬
〜3月上旬までの視聴者ネット投票により決定した。投票総数は2万票超。
10位 白洲次郎:「われわれは戦争に負けたのであって奴隷になったわけではない」
9位 武田信玄:「上杉謙信とは和議を結ぶように謙信は男らしい武将であるから
頼ってゆけば若いお前を苦しめるような行いはすまい
私は最後まで謙信に頼るとは言い出せなかった
お前は必ず謙信を頼りとするがよい
上杉謙信はそのように評価してよい男である」
8位 石田三成:「筑摩江や 芦間に灯すかがり火と ともに消えゆく 我が身なりけり」
7位 杉原千畝:「私のしたことは外交官としては間違ったことだったかもしれない
しかし 私には頼ってきた何千人もの人を見殺しにすることはできなかった
大したことをしたわけではない 当然のことをしただけです
6位 織田信長:「是非に及ばず」
5位 大和の海軍士官:「日本は進歩ということを軽んじすぎた
私的な潔癖や徳義にこだわって真の進歩を忘れていた
敗れて目覚める それ以外にどうして日本が救われるか
今目覚めずしていつ救われるか
俺たちはその先導になるのだ 日本の新生にさきがけて散る
まさに本望じゃないか」
4位 坂本龍馬:「日本を今一度せんたくいたし申候」
3位 山本五十六:「百年兵を養うはただ平和を守るためである」
2位 諸葛亮孔明:「学問は静から 才能は学から生まれる
学ぶことで才能は開花する 志がなければ学問の完成はない」
1位 高杉晋作:「おもしろきこともなき世をおもしろく…」
(抜粋。解説や11〜20位についてはソースをご覧ください)
http://www.nhk.or.jp/sonotoki/sonotoki_syokai.html#03
0077人間七七四年
2007/03/29(木) 13:48:26ID:722Ebcoy「成せば成る 成さねば成らぬ何事も 成らぬは人の成さぬなりけり」
『なせばなる文書』(米沢市上杉博物館蔵)より
12位 近藤勇
「孤軍たすけ絶えて俘囚(ふしゅう)となる 顧みて君恩(くんおん)をおもえば涙更に流る
義を取り生を捨つるは吾が尊ぶ所 快く受けん電光三尺の剣
只将(ただまさ)に一死君恩に報いん」
(原漢文より一部抜粋)
*辞世の詩。原文は漢文のため様々な訓読がありえますが、今回は木村幸比古氏『新選組局長近藤勇』(淡交社)の訓読を参考しました
13位 柳生宗矩
「こうしようと一筋に思う心こそ人が誰しも抱える病である
この病を必ず治そうというこだわりもまた病である
自然体でいること それが剣の道にかなう本当にこの病を治すということなのである」
『兵法家伝書』より
14位 劉備玄徳
「大事をなすにはなによりも人をもって本(もと)となす
今 自分をしたってきてくれている人々をむざむざと見捨てて行けるか」
『正史三国志』より
15位 黒田官兵衛の言葉
「我 人に媚びず 富貴(ふうき)を望まず」
『黒田家譜』より
16位 藤堂高虎
「寝室を出るときから今日は死ぬ番であると心に決めなさい その覚悟があればものに動ずることがない」
藤堂家の家訓が記された『遺書録』より
*『高山公實録(こうざんこうじつろく)』(編・発行上野市古文献刊行会)に所収されています。
17位 中岡慎太郎
「志とは 目先の貴賤で動かされるようなものではない 今 賤しいと思えるものが明日は貴いかもしれない
君子となるか小人となるかは家柄の中にはない 君 自らの中にあるのだ」
『中岡慎太郎全集(文久元年十一月二十六日 北川竹次郎宛手紙)』より
18位 徳川家康
「三河武士は宝を持ちません しかし あえて宝といえば
私に命を預けてくれる五百騎の武士(もののふ)たちでありましょう」
『寛元聞書』より
19位 吉田松陰
「死して不朽(ふきゅう)の見込みあらばいつでも死ぬべし
生きて大業(たいぎょう)の見込みあらばいつでも生くべし」
『吉田松陰全集 普及版(安政6年7月中旬、晋作宛の手紙)』より
20位 天草四郎
「いま籠城している者たちは来世まで友になる」
『四郎法度書』より
0078人間七七四年
2007/03/29(木) 16:19:54ID:V5O/hQx50079人間七七四年
2007/03/30(金) 13:14:28ID:9NwRTXTXこれって、元は誰かの漢詩からの引用だったような・・・
鷹山公のオリジナルではないと聞いた覚えがある。
俺が好きなのは政宗が隻眼なのを蒲生氏郷にバカにされたときに返した言葉
政宗が斥候をかって出た際に氏郷が
「政宗殿は隻眼にて戦場を良く見る事ができまい」
みたいな皮肉を言ったのに対して、政宗が
「一目瞭然!」
と返したとか。まぁ、出来すぎた話なので作り話かも知れんが。
0080人間七七四年
2007/03/30(金) 21:33:00ID:RfkDXJGE自分の屋敷の軒の下から外に出たら敵がいると思って行動しなさい、という是非学校教育に取り入れたいようなお言葉です。
0081人間七七四年
2007/03/31(土) 00:09:32ID:vs7w4SGW0082人間七七四年
2007/04/01(日) 04:36:28ID:Nbz/8gwh0083人間七七四年
2007/04/01(日) 04:37:55ID:Nbz/8gwh0085人間七七四年
2007/04/01(日) 05:41:17ID:cxVR6oUj当人しかない特徴を持ってる人は、それを指摘されたとき、俗に言う「返し言葉」というものを
経験上何度も使ってる筈。つまり当人があらかじめ用意した言葉があるわけなので、
あとはそれを返すタイミングの問題。
もし骨髄反射的に「一目瞭然!」なんて返してたら、さすが相手は蒲生氏郷、
何とかの一つ覚えみたいに勘繰られて逆効果だろう。
そこんとこいかにもという感覚で返したからエピソードになったんだろうね。
正宗がもし凡将だったら隻眼のことをとやかく言われただけで逆ギレするだろうし。
0087人間七七四年
2007/05/06(日) 17:42:31ID:ASY6ZRTh0088人間七七四年
2007/05/06(日) 23:36:51ID:GOJYZnwV伊達政宗
戦乱の世に生きた若き日を思い出す自分は老けたなあと、目を細めながら思っていそうなじいちゃん政宗のこの一言が好きです。
0090人間七七四年
2007/05/09(水) 22:02:18ID:+gJ2kWx+0092人間七七四年
2007/06/30(土) 00:30:37ID:0uMTFMS70093人間七七四年
2007/07/17(火) 22:23:02ID:G052mALA多ければ多いほどいい
じゃなかったっけ
0094人間七七四年
2007/07/18(水) 08:44:07ID:3cZ0glzs女房衆『散る花ならば、同じ嵐に誘われて、三途の川へお供いたしましょう』
0095人間七七四年
2007/07/29(日) 21:49:39ID:ZFTASm5w0096人間七七四年
2007/07/30(月) 16:42:34ID:DaX8O/t5女に避けられること 風の如く
女に無視されること 林の如し
女に嫌われること 火の如く
女に縁がないこと 山の如し
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