家久の背後遮断の恐怖は利光宗魚が鶴賀城を奪回した時に一度補給線が断ち切られてピークに達してたからねぇ。
たまたま流れ矢に当たり宗魚が討ち死にという超ラッキーがあったが
その攻撃で兵が疲弊しきって島津兵力は半数以下まで激減させている。
軍隊で兵力の半数を戦力外にしてしまったってことは部隊の崩壊を意味してるしな。
義弘に兵力を府内に送れって執拗に催促しまくり
しまいには指揮官にあるまじきヘタレ卑怯者と罵るあたり
さんざん悪事をしてきたから復讐を恐れて家久は府内で恐怖に怯えてたんだろうな。