>>753
おいら 13mって距離はけっこう真実味あるかも、と思うよ。

当時の一丁あたりの携行弾薬数ってそう多くないと思うのよ。
もっと銃が主役だった朝鮮の役の金海城に用意された弾は銃一丁あたり23発なので、
二昔前の当時もそれ以上は持って行かなかったかと。まぁ硝石は輸入品だし高いものだしねぇ。

で、こういう前提条件では、種子島の有効射程云々よりも、
”鉄砲撃ちの勲功がわかる”距離で使われたと見る方が実情にあってるのじゃないかな。
この戦いじゃないけど、鉄砲の狙撃で武将を倒した功名の記録はあるしね。

となると、兜首を狙える状況ってのは、相手が突撃してきたとき、が一番だよね。
で、有効射程50mも先からバンザイ突撃する軍法は、銃装備もしていた武田軍では考えにくいんじゃないかな。
となると必然匍匐?前進で近寄ってから20m以内からの突撃、だったんじゃないかなぁ。
(これは旧陸軍のバンザイ突撃の距離だけど…)

となると、銃が使える距離もそれくらいに限定されてしまうと思う。
なので当時の銃術の本も至近距離での話しか書かれてないんだと思うよ。