真田幸隆・昌幸・信繁・信幸を語るスレ
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0001名無しさん@お腹いっぱい。
2006/06/11(日) 22:01:41ID:q8wDMrw00797人間七七四年
2007/10/13(土) 13:45:55ID:uqEG4CmL0798人間七七四年
2007/10/13(土) 13:53:12ID:uqEG4CmL風貌に限ってははかなーり冴えないものしか知らない
異説があれば知りたいが
そこで最近もしもそれに忠実にキャスティングしたら誰だろう
と考えたら、特に大坂の時期なら温水洋一あたりが適役かなと思ったりしたが
どうよこれ
まさか過去ログ・他スレでガイスツ?
0799人間七七四年
2007/10/13(土) 14:01:42ID:35adFz33若い奴が演じて、そのまま老けメイクさせるだろ、常考。
0800人間七七四年
2007/10/13(土) 14:06:16ID:uqEG4CmL0801人間七七四年
2007/10/13(土) 14:13:20ID:35adFz33兄貴の発言から柔和であった事、
姉貴への手紙から歯が抜けていて髭が白かった事だろ?
必ずしも「冴えない」訳じゃなかろう。
0802人間七七四年
2007/10/13(土) 15:24:28ID:OfgtIZgO0803人間七七四年
2007/10/13(土) 20:36:42ID:4zDNINrVあくまで創作なのだから、山県昌景が長身の美男子だろうが徳川家康がやせ細っていようが
演技がうまく、筋に破綻がなく、物語が面白ければそれでいい
確かにドキュメンタリーでの脚色は眉を顰めざるを得ないが
0804人間七七四年
2007/10/13(土) 23:08:05ID:o4PGmpds0805人間七七四年
2007/10/13(土) 23:22:28ID:sy6EqN1B0808人間七七四年
2007/10/14(日) 09:05:52ID:ckR3rtCkイケメンと言われてる信長や長政、利家ですら肖像画では不細工
0809人間七七四年
2007/10/14(日) 09:43:31ID:Yj0REOWN0810人間七七四年
2007/10/14(日) 14:32:41ID:N2v/gUOe信綱系 福井県を中心に約700人
昌輝系 福井県を中心に約530人
信之系 宮城県を中心に約3170人
信繁系 宮城県を中心に約2240人
0811人間七七四年
2007/10/14(日) 18:11:14ID:DnirU/KG0812人間七七四年
2007/10/14(日) 22:03:54ID:kHKpp3qM去就のはっきりしている昌輝-信正系ならともかく
0813人間七七四年
2007/10/16(火) 16:30:05ID:VcWcyDq10814人間七七四年
2007/10/16(火) 18:18:10ID:vGZup+yXそいつのせいで掲示板を閉鎖したHPがいくつかある
0815人間七七四年
2007/10/17(水) 02:05:22ID:IGN2iAuK関わりたくねぇ…
0816人間七七四年
2007/10/17(水) 02:14:47ID:iZYkfczN0819人間七七四年
2007/10/18(木) 20:11:50ID:WJ05RD2b特に大坂の時期なら温水洋一あたりが適役かなと思ったりしたが
いいな、其れ…。
世間の幸村様像がどうなるか…w
しかし、名優ぬっくんではあるが、果たして大音声で号令をかけたりする様な抽斗があるかな?
あくまで、最終的には…「かっこいい〜!!」…って思われる様で無いとね。
0820人間七七四年
2007/10/18(木) 21:06:53ID:PcwHPZw7少なくとも風貌は九度山から変わっちゃったみたいだし
でもそのギャップがいいとは思うね
確か信長だってフロイス?によると声は高かったというから
アメザリの片方とかねwww
逆に秀吉は見かけは猿っぽくなかったとかいうし
そもそも猿とは呼ばれてなかったんでしょ
だから役に入れ込んじゃえばあの貧相な感じが逆に真田の悲壮感が漂っていいかもよ
0821人間七七四年
2007/10/19(金) 10:22:32ID:14aTIvjZ信繁は物静かで温厚な普段あんまり目立たない人でガチなのでは
0822人間七七四年
2007/10/20(土) 00:55:25ID:cz7j0+b1その近所には今も真田さんが住んでる。そこの当主は高知で医者をやってるらしいが。
0823人間七七四年
2007/10/20(土) 18:16:12ID:nEWsjUyk誰の墓?
0824人間七七四年
2007/10/20(土) 19:04:33ID:mTOKmt67そうすると「おおーっ!」となって、後の話がしやすくなる。
就職の面接のときもこれで乗り切りました。
0825人間七七四年
2007/10/20(土) 19:15:26ID:kT+ViHdQそれ何てペパーダイン?
0826人間七七四年
2007/10/20(土) 22:55:33ID:KT9jlTwS0828人間七七四年
2007/10/21(日) 01:23:14ID:mJBbolZ9“戦国武将”シリーズ「幸村」
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2007/1019/skytec.htm
0829人間七七四年
2007/10/21(日) 01:25:39ID:LNGg5+hJ0830人間七七四年
2007/10/21(日) 01:33:25ID:uxuQVaY5考えて見ると信之公の子孫と言うより幸村様の子孫と言った方が洒落になるのかw
此れからは子孫はヤマトの技術班長です…も加えて下さい(名前ウラヤマシス)。
0831人間七七四年
2007/10/21(日) 08:13:53ID:sj8XkPqEそりゃそうだ
年齢的には加藤清正とか伊達政宗とかあの辺の世代なんだけど
親が良くも悪くも凄かったからな
0832人間七七四年
2007/10/21(日) 11:21:23ID:StoFoFbZ0833人間七七四年
2007/10/21(日) 17:30:10ID:lefXtO+Z真田家は
0834人間七七四年
2007/10/21(日) 19:35:38ID:WotDrvl1信繁を知っていて、信之を知らない人は腐るほどいるけど、
信之を知っていて、信繁を知らない人はまずいないだろう。
0837人間七七四年
2007/10/21(日) 21:00:15ID:RZwVDhhW0838人間七七四年
2007/10/21(日) 21:32:03ID:sj8XkPqEていうか11人もいたのか、息子?
0839人間七七四年
2007/10/22(月) 00:25:36ID:lagrv42qそう、4男。俺がボケてた。
讃岐に信繁共々落ち延びてきて在地の武将んとこに数年寄食してたってさ。
信繁の件はまずありえないが、息子がこんなとこに来るんかねぇ。
でも>>691以降のレスは初めて聞いた見解だから新鮮だった
0840人間七七四年
2007/10/23(火) 16:59:34ID:5wFK0nlHどこまでが創作か分からないけど、いつもは日陰者のお兄ちゃんが
かっこよく描かれてて、よかったとおもいます まる
0841人間七七四年
2007/10/23(火) 20:20:16ID:3DMo7+ch犬伏の別れにしたって、家を残すための昌幸による功績になってるけど
むしろ評価されるべきは信之だろうに・・・
関ヶ原後の助命嘆願にしたって信之が徳川譜代からの評価が高かったから成功したってのに・・・
不憫だ・・・
0842人間七七四年
2007/10/23(火) 22:35:29ID:GC8Wezr+他にありますか?
0843人間七七四年
2007/10/24(水) 01:23:05ID:3lmynLLl生前から幸村って呼ばれた訳じゃないよね
0844人間七七四年
2007/10/24(水) 01:46:03ID:ecenHLqj「幸村」という名前が使われた当時の史料が残っていないというだけで、
必ずしも間違いであるとは限らない。
自分こそが真田家の真の後継者だとして、
大阪の陣あたりで「幸」の字を使っていたっていう可能性もあるしね。
幸村の由来に関しては真田家の通字である幸の字に
お姉さんの村の字を足して出来たという説がある。
0845人間七七四年
2007/10/24(水) 01:48:46ID:rqNdHxoV江戸時代に徳川を相手に戦った、「真田信繁」の武勇伝を語るのは不味いってことで、通称っぽいけど、
なぜ「幸村」かは、不明では。
個人的には、父の昌幸の「幸」と、徳川家に妖刀として恐れられた「村正」をかけて、「幸村」かなぁと思っている。
0846人間七七四年
2007/10/24(水) 01:58:05ID:oKk/FIlI>自分こそが真田家の真の後継者だとして、
大坂の陣じゃ、兄を憚って「六文銭」を使わなかったと聞いたことがあるので、
それはない。
0847人間七七四年
2007/10/24(水) 02:21:28ID:HOmyshPi0848人間七七四年
2007/10/24(水) 02:28:00ID:ecenHLqj実際に図屏風に旗指物が描かれてるから
六連銭が使われなかった事は確かだろうし、
それは信之の立場を考えての事と見るのが自然だろう。
ただ、豊臣方内部でどう名乗ったかという事とは別。
豊臣家中では真田をアピールする必要があっただろうしね。
まぁ、何の根拠も無いし、あくまで可能性の話だけど。
0849人間七七四年
2007/10/24(水) 02:40:22ID:nkpyNI+k信之、信尹等、親族が軒並み徳川方に属していた中で。
内通を余計に疑われることになったろう。
0850人間七七四年
2007/10/24(水) 02:54:12ID:ecenHLqj真田が徳川譜代の家臣なら問題だけど
問題なのは親族が敵方に属しているという事だろう。
「真田」を強調する事に何の不都合も無いと思うが。
兄貴は「幸」の字を捨てたわけだし。
それよりも父親と違って戦歴も知名度も乏しかったであろう
彼の発言力を高めるには有効な手段かなと思ったんだがね。
0851人間七七四年
2007/10/24(水) 03:01:54ID:nkpyNI+kさっきは「真の真田の後継者として」幸の字使ったっていうが、
その時点で信之が「幸」の字を捨ててる時点で、対抗になってないし。
大体、>>846の言うとおり、兄に憚って旗印まで意識してるのに、
内部だけでこそこそ別の名前を名乗るなんて、まずあり得ないだろ。
そもそも
>「幸村」という名前が使われた当時の史料が残っていないというだけで、
>必ずしも間違いであるとは限らない。
なんて言いだしたら、どんな名前でも間違いとは限らないって言えちゃうじゃん。
あんた適当すぎ。
0852人間七七四年
2007/10/24(水) 03:11:30ID:rqNdHxoV立証不可能な時点では、ただの妄想でしかない。
それに、内外で別の名前を名乗るなんて、流石に無理があるような。
内部の人間で生き残ってる人間も少なくないし、息子や娘も生き残っている。
こういうケースにも関わらず、全く資料に残っていない時点で・・・・
大体、別の家名を継いでいて、「真田」性に復すことはあっても、
真田という冠が元々あるのに、「幸」の字を付けることで、発言力が高まるなんてことはない。真田家中ならともかく。
0854人間七七四年
2007/10/24(水) 03:35:02ID:nkpyNI+k幸綱(幸隆)の後継が真田信綱である時点で。
真田家にも多い「信」があくまで武田のものと考えると、「綱」だったんだろうな。
武田滅亡後も「信」が多いところを見ると、当初から「信」だったかもしれない。
どちらにせよ、大坂の陣の時代では、「幸」が真田の通字なんていう認識は周りになかったはず。
信之が「幸」の字を改めたのは、あくまで父親の「昌幸」の「幸」の字であって、真田の通字としてではないのでは。
0855人間七七四年
2007/10/24(水) 03:38:58ID:rqNdHxoV自分の方が真田家の本筋と主張するためにも、「幸」が真田家の通字だったとしたら、
真田の本流を担う信之が捨てるわけがない。
0856人間七七四年
2007/10/24(水) 03:42:06ID:ecenHLqj言ってる意味が通じてないな。
> さっきは「真の真田の後継者として」幸の字使ったっていうが、
> その時点で信之が「幸」の字を捨ててる時点で、対抗になってないし。
信之が「幸」の字を捨てる事で徳川に敵対した真田家との関係性を否定したように、
信繁が「幸」の字を使う事で逆に徳川に敵対した真田家との関係性を強調できる。
実績のある父親の威を借りる事も出来る。
> 内部だけでこそこそ別の名前を名乗るなんて、まずあり得ないだろ。
こそこそも何も信繁が公に諱を用いる事なんて無いだろ。
> なんて言いだしたら、どんな名前でも間違いとは限らないって言えちゃうじゃん。
江戸時代から伝えられている物であり、荒唐無稽の物ではない。、
一次史料に残っていないというだけで完全な否定は出来ないんだって事だ。
「幸村」を100%間違いだと言い切る方が適当すぎると思うがね。
0857人間七七四年
2007/10/24(水) 04:04:53ID:rqNdHxoVだから、その時代の真田の通字が「幸」なんて、そもそも立証されてないだろ。
立証すらされていないことを前提として、さらに仮説を加えるなんて適当すぎだっての。
>信繁が「幸」の字を使う事で逆に徳川に敵対した真田家との関係性を強調できる。
意味不明。信繁そのもの(というかだけ)が敵対してる真田家なのに、関係性を強調も糞もない。
>江戸時代から伝えられている物であり、荒唐無稽の物ではない。、
>一次史料に残っていないというだけで完全な否定は出来ないんだって事だ。
>「幸村」を100%間違いだと言い切る方が適当すぎると思うがね。
悪魔の証明って知ってる?
0858人間七七四年
2007/10/24(水) 04:16:07ID:nkpyNI+kそれすら死後50年以上経ってる上に、フィクションでしか出自が確認できない…
それを昔からあるから、荒唐無稽の物ではないなんて言われても…
ただの迷信を、昔から伝わってるから荒唐無稽じゃないって言ってるのと同じレベル
0859人間七七四年
2007/10/24(水) 04:30:32ID:ecenHLqj> 意味不明。信繁そのもの(というかだけ)が敵対してる真田家なのに、関係性を強調も糞もない。
関係を強調したいのは徳川家と敵対した昌幸の真田家だという事だ。
っていうか、そんな事>>856見りゃ分かるだろ。
昌幸が父親から貰った幸の字を自分も使えば、それに意味はあるだろ。
> 悪魔の証明って知ってる?
こういう場合に使う言葉じゃない。
0860人間七七四年
2007/10/24(水) 04:33:37ID:rqNdHxoV「真田信繁は真田幸村とは名乗っていなかったことを証明せよ」
この答えが「史料として残っていない」ことが理由にならないんだったら、証明しようがない。
密かに名乗っていた、史料として残っていないだけなんていう主張が通るんだったら、悪魔の証明そのもの。
もろにこういう場面で使うべき言葉ですが?
江戸時代から伝わってたら事実かもしれないなら、源義経がチンギスハンだったってのも否定できないんだな。
真田信繁も豊臣秀頼を守って、九州に落ち延びたんだろうさ。
0861人間七七四年
2007/10/24(水) 04:37:57ID:nkpyNI+k「真田幸村は史実ではないと証明しろ!」と求めている図なんだから、悪魔の証明そのものですね
あることを立証できていないのに、ないことを立証することを求めているんだから
0862人間七七四年
2007/10/24(水) 04:45:39ID:nkpyNI+k「幸繁」や「幸信」等ならば、まだ納得がいく。秀頼からも1字いただいて、「頼幸」とかな。
幸はまだしも、「村」が根拠なさすぎなんだよ。姉から採ったなんて、史実としては絶対に考えられない。
幸を加えたいなら1文字改めるのが普通で、いきなり2文字代えて、「村」が出てくる意味が不明。
姉の名前だ、村正だの、創作としか思えん。
0863人間七七四年
2007/10/24(水) 05:02:39ID:ecenHLqjだからね、証明がどうこう言う問題じゃないって言ってんの。
>>844見れば分かると思うが、
「幸村という諱が必ずしも間違っているとは限らない」って言ってる訳で、
「幸村と名乗っていなかった事を証明せよ」だなんて言ってないの。
飽く迄、可能性の話をしてるわけ。
分かる?
> 江戸時代から伝わってたら事実かもしれないなら、源義経がチンギスハンだったってのも否定できないんだな。
> 真田信繁も豊臣秀頼を守って、九州に落ち延びたんだろうさ。
一応松代藩でも使っていた諱とこんな事を一緒くたにするかね。
>>862
そもそも諱なんてまるっきり変える事はいくらでもあるんだが。
0864人間七七四年
2007/10/24(水) 05:12:34ID:rqNdHxoV貴方は違うと思いたいようだが、「こんな事」と同レベルの主張だよ、あなたの。
ちなみに、信繁九州説は、過去帳や古文書に残ってるのも知らないの?
出自がフィクション以外に確認できないものより、ある意味、信憑性あるんじゃない?
0865人間七七四年
2007/10/24(水) 05:43:29ID:nkpyNI+kあくまで可能性なんじゃないのかな〜?
それとも、信繁が九州に100%行っていないって証明でもしてくれますか?
0866人間七七四年
2007/10/24(水) 05:51:07ID:ecenHLqj証明しようの無い事を証明しろと言ってるわけじゃなく、
証明しようの無い事を完全に否定する事も肯定する事も本来は正しくないって事だ。
そこで、仮に「幸村」を名乗っていたとしたら〜かもね、という話をしただけ。
> 貴方は違うと思いたいようだが、「こんな事」と同レベルの主張だよ、あなたの。
当時複数の諱を使用する事は珍しい事じゃない。
当然、一次史料に残っていない諱もあっただろう。
信繁が複数の諱を使用していた可能性や、
その中に「幸村」という物が含まれていた程度の可能性と
歴史的事実に大きく関わるような事が同じレベルの事だと言うなら話にならない。
0867人間七七四年
2007/10/24(水) 05:55:30ID:rqNdHxoVこっちからしたら、優良文献に全く残っていないうえに、
初出典としてフィクション文献が上がっているという状況証拠まで揃っているにも関わらず、
「可能性」の一点張りにしてる方が、話にならないよ。
0868人間七七四年
2007/10/24(水) 06:37:02ID:ecenHLqj> 自分の主張が通らないと、可能性で逃げるのに、他の可能性は、話にならないで逃げるのな。
何言ってんの?
話にならないってのは、比べる物の対象を同列に語る事に対してであって
九州生存説自体について言っているんでは無いんだけど。
正確にその可能性を論ずる事がほぼ不可能であるような事と
前後の状況によってその可能性の高低を論ずる事が十分に可能な事を比べる事な。
> 初出典としてフィクション文献が上がっているという状況証拠まで揃っているにも関わらず、
> 「可能性」の一点張りにしてる方が、話にならないよ。
普通はそれまで通説とされていた軍記物に書かれている事と
より信頼性の高い史料との食い違いにより、軍記物が否定されると思うんだが。
初出が軍記物だって事自体が否定する状況証拠になるのか。凄いな。
0869人間七七四年
2007/10/24(水) 06:40:20ID:nkpyNI+kこちらも言い過ぎたとは思いますがね。確かに一次史料に残っていない諱もあったでしょう
けれど、松代藩でも沼田藩でも仙台藩でも全く見られなかった、全くの無名が突然にフィクション小説に登場した…
「実名」で書くのなら、その時点で知名度のある「真田信繁」を用いたでしょうし、唐突に「幸村」を用いた理由がわかりません
徳川家への配慮が理由と考えても、知名度が低いものであっても実際の諱を使ったら信繁の名を伏せた意味がないと思うのです
信繁縁の家々にも伝わっていなかった諱を、死後60年近くも経って、どうやって筆者が知ったのかも疑問が残ります
可能性がゼロでないことは確かですが、現状では「幸村」を名乗っていた全く証拠がないことが事実だということも認めて下さいな
0870人間七七四年
2007/10/24(水) 06:46:07ID:rqNdHxoV「九州に逃げ延びたかどうか」ってことと同レベルで、
「全く信頼性の高い史料残ってないけれど、名乗っていたかもしれない」っていうのは、
可能性を論ずることが不可能である事ですよ?
あなたの言うように「一次史料に残っていない諱もあった」なんて言いだしたら、全ての名を否定できなくるもの。
信頼性の高い史料の数々で「幸村」の名は存在しない。軍記物で初お目見え。
軍記物だから否定ではなく、軍記物より以前に全く記録がないこと、これが史実でないとの食い違いですが、何か?
0871人間七七四年
2007/10/24(水) 07:06:31ID:ecenHLqjだから、そもそも俺が「幸村」という諱が実際に使われていただなんて主張はしてないんだよ。
ただ単に実際に使われていた可能性も完全には否定できないって話をしただけだ。
まぁ、大坂城から上田に出された書状でも「信繁」になってるから
幸村と名乗っていた可能性は低いと思うがね。
飽く迄可能性について言っているだけの事を躍起になって否定する事の意味が分からない。
>>870
「可能性を論ずる事が不可能」っていうのは諱に掛かってるんだけど・・・。
もうちょっと理解してからレスしてくれよ。
軍記物より以前に全く記録がないこと=初出が軍記物
同じ事言ってるだけなんだけど、何が言いたいの?
0872人間七七四年
2007/10/24(水) 07:15:40ID:rqNdHxoVご自由に幸村、幸村言ってれば。
0874人間七七四年
2007/10/24(水) 07:38:09ID:rqNdHxoV日本語を理解してくれ、もうちょっとでいいから。
人がいってることを全く理解できてないのは自分だという自覚すらできないとは・・・
0876人間七七四年
2007/10/24(水) 07:41:58ID:rqNdHxoV↑そのものではなく、「幸村」の名前が松代藩の記録にしろ、追従する形でしか存在しない。
松代藩が急に幸村を用いた理由に、書状が見つかった、用いていた事実が確認された等がない以上、
軍記物から世間で一般化されたものから用いたと見るのが普通で、それは状況証拠になりうる。
少なくとも、時系列を辿っていけば、頭に軍記物が来てしまうことは事実。
いちいち、理解が足りない奴、理解しようとしない奴に書きつづってられませんわ。
偉そうに語るなら、もう少し勉強してから出直してこい。
0877人間七七四年
2007/10/24(水) 07:44:03ID:ecenHLqj今度は鸚鵡返しか?
>>871の内容には結局何も触れず、
> だから、そもそも俺が「幸村」という諱が実際に使われていただなんて主張はしてないんだよ。
こう言っているにも拘わらず、
> ご自由に幸村、幸村言ってれば。
って言ってる人間が日本語を理解しろとはどういう事か。
0878人間七七四年
2007/10/24(水) 08:19:22ID:ecenHLqjだからね、何度も言うようだけどあんた言い様だと「難波戦記」に書かれた「幸村」という諱が
万年や二階堂が創作した物だという事が前提になってるだろ。
ただ、これが創作であったのかそうでないのかを証明するのは非常に困難だ。
歴史的事象なら兎も角、世間一般に伝わり難い諱なら尚更。
だからこそ、「必ずしも間違いであるとは限らない。」と言っただけの事。
> いちいち、理解が足りない奴、理解しようとしない奴に書きつづってられませんわ。
もうこれ、そのまんま返すわ。
0879人間七七四年
2007/10/24(水) 08:29:50ID:rqNdHxoVといいながら、「幸村」が史実かなんて、全く確かな物証が残っていないものよりも、
よほど資料や伝承が残っていて、史壇にまで挙げられた信繁生存説を「まがい物」だと一蹴してるんだよな。
あなたは、単に自分主張していることだけ、「悪魔の証明」で立証できないことをいいことに、
「間違いとは限らない」と言いながら、一方で「事実とはいっていない」と逃げ、
さらに、信繁生存説については、証言から書かれたという書物、松代藩、薩摩藩を初めとした数多くの伝承があり、
「必ずしも間違いであるとは限らない」にも関わらず、ネタ呼ばわり。
ダブルスタンダードも大概にしろ。
0880人間七七四年
2007/10/24(水) 08:51:53ID:H7Km6Zt1>万年や二階堂が創作した物だという事が前提になってるだろ。
>ただ、これが創作であったのかそうでないのかを証明するのは非常に困難だ。
>歴史的事象なら兎も角、世間一般に伝わり難い諱なら尚更。
>だからこそ、「必ずしも間違いであるとは限らない。」と言っただけの事。
間違いであるとは限らない=正しい可能性がある
という事は、正当化するだけの、可能性を証明するだけの史料的裏付けを提示しなければ話にならないと思うが・・・
「可能性を否定出来ない」なんて言葉は、その「可能性」を少しでも出すだけの根拠無きゃだめだよ
0881人間七七四年
2007/10/24(水) 08:57:44ID:rqNdHxoV初代の信之の書状など数多くに残り、最も一般的だったであろう名は「信繁」であったことは確か
もちろん、松代藩では、当然ながら信繁の名が用いられていた
にも関わらず、なぜ唐突に幸村を用いたか? それは、軍記物によって一般的に広まった結果であることは明白
仮に軍記物が発行されなかったり、軍記物で「信繁」であったりすれば、信繁のままだった事は疑いない
最初の2行の通り、仮に「幸村」の名が事実存在したとしても、普通に使われていたのは信繁だったにも関わらず
松代藩が、途中から史料に残る信繁ではなく、一切史料にない幸村の名を採ったのは、「一般的に広まった」以外に考えづらい
上記の理由から、幸村の名が事実としても、当初、松代藩が用いるほどに使われていた名前でないことは疑いない
松代藩に幸村の名が残ったのは、間違いなく軍記物の影響、世間に広まった結果といえる
「幸村」の真偽を問わず、採用理由に上記の理由が含まれる以上、用いられたこと自体にさした史実的影響力は持ち得ない
軍記物で一般的に広まった以外に、数多く史料に残る信繁の名を変えてまで、「幸村」を用いた理由があるならば、
確たる史料なり文献が残っていなければ不自然であり、「全く」残っていない現状は理解しがたい
0882人間七七四年
2007/10/24(水) 08:58:18ID:H7Km6Zt1>幸村の由来に関しては真田家の通字である幸の字にお姉さんの村の字を足して出来たという説がある。
説もあるというなら、その説を唱えてる人の名前、紹介してる著書ぐらい書こうね
学説ならいいんだけどね
0883人間七七四年
2007/10/24(水) 09:04:40ID:nkpyNI+k史実扱いで、あの時代に姉から貰った、刀の名前から採ったなんて、説にすらならないでしょw
史実として唱えてる書があるなら、知りたいから教えて欲しいな
0884人間七七四年
2007/10/24(水) 09:11:20ID:H7Km6Zt1でも幸村ってのはないよな〜
そういえば寛永譜で幸村とあったっけ?
「寛永譜」は信繁で、天保十四年完成の「真田家御事蹟稿」で幸村だったと思う
0885人間七七四年
2007/10/24(水) 09:51:30ID:ecenHLqj九州生存説に一次史料が残ってるのか?
初出は 「胆大小心録」だと思ったが。
古文書は「薩摩風土記」の事か?
それがお前の言う優良な史料なのか?
そもそもネタ扱いで出してきたのはお前だろ?
それとも何か?義経生存説にも優良な史料があるのか?
歴史的事象について否定する論拠は幾らでも見つけられるだろう。
だが、諱が使われていたかどうかを確かめる事はほぼ不可能だ。
そういった性質の異なる両者を同列に語る事自体がおかしいと言ってるんだ。
> 「間違いとは限らない」と言いながら、一方で「事実とはいっていない」と逃げ、
何言ってんの?
必ずしも間違いとは限らないっていうのは間違いか間違っていないか分からないって事だぞ?
事実とは言っていないという事とどこに不合理性があるんだ?
>>881
それまで言っていた事と何ら変わってないじゃないか。
>>883
あのな、それは>>843の「何故幸村と呼ばれるようになったか」という質問に対するレスであって
実際に幸村という諱が使われていたかどうかとは全く関係無い話なんだが。
頭大丈夫?
0886人間七七四年
2007/10/24(水) 10:53:12ID:znneri2C限りなく疑わしい信繁生存説よりも、幸村名は資料として残ってないって言われてることにも気付けないのか
0887人間七七四年
2007/10/24(水) 10:56:05ID:znneri2C幸村と呼ばれる理由はこうだから、松代藩が使ってる=幸村の信憑性にはならないって言われてるんだよ
いちいち、他者にまで解説して貰わないと理解できないなら、いい加減に議論やめたらどうよ
マジでお前、まったく人が書いてくれてること理解できてないぜ
0888人間七七四年
2007/10/24(水) 10:59:00ID:znneri2C>>880に書いてくれてることをちゃんと嫁。答えてみろ。
そして、松代藩が使ってるからどうのってのは、>>881に書かれているように根拠にはならん。
0889人間七七四年
2007/10/24(水) 11:18:00ID:znneri2Cそれにしても、議論するなら単発単発で答えるんじゃなく流れで、ちゃんと自分が何を主張したのかくらい把握してくれよ
ID:ecenHLqj は、誰も同調してくれてない時点で、自分の主張に脈絡がないことに気づいてくれ
自分の主張ばかり肯定して、人の指摘はめちゃくちゃ言って否定って、ただの荒らしになってるぞ
0890人間七七四年
2007/10/24(水) 14:56:34ID:ZqVj7KuN0891人間七七四年
2007/10/24(水) 16:18:25ID:a0zGb/w7なんかレス進んでると思ったら。。
いろいろ書いてあって読むの面倒だな
0892人間七七四年
2007/10/24(水) 17:44:09ID:VQSCnaTC0893人間七七四年
2007/10/24(水) 19:57:37ID:xlxTZwre生きてる間に「幸村」は使われてたかどうかを知りたいのだが
ところで
九度山から真田出撃
の報を聞いたときの信之の心情は伝えられてる?
がっかりしただろうなあ
0894人間七七四年
2007/10/24(水) 20:02:49ID:VZwBG9A2史料にはない
使われてなかった証明は誰にも出来ないので信じたければご随意に
0895人間七七四年
2007/10/24(水) 20:15:07ID:xQwlbqik鉄砲が槍に負けるって西洋の戦いでも普通にある話だが
射撃時間と歩兵が突入する時間考えれば
お互いの欠点補完しあうためには諸兵科連合なわけだが…
0896人間七七四年
2007/10/24(水) 20:16:39ID:xQwlbqikもう幸村で広まってるからそれでいいんじゃないか?
0897人間七七四年
2007/10/24(水) 20:25:51ID:2gbrKgn5■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています