関東の被差別部落 その2
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0012名無しさん@お腹いっぱい。
2007/11/23(金) 12:38:55ID:n/Zu23wT0いきおい、部落解放運動も弱く、社会問題としての部落問題は軽視されてきた。
しかし、部落差別の厳しさは同じである。
戦前、千葉県で唯一水平社が結成され、最も古い同和行政の歴史を持つS宿町。
この町でおこった「S宿小学校移転問題差別事件」はタテマエのもとで渦巻く
差別意識を象徴的にあらわす事件であったといえよう。
S宿町は、利根川と江戸川に囲まれ三角形の形をなし、千葉県の西北端にあり、
茨城・埼玉・東京に隣接している。
現在は鉄道も有していないこともあって主要な産業はないが、
首都圏の地価上昇にともなって急激にベッドタウン化しつつある。
ここも含めた千葉県北部のいわゆる「下総」の地は、800年前後には大和朝廷の勢力下に入るのだが、
それまでは利根川は大和族とアイヌ族の決戦場であった、といわれる。
「利根」とはアイヌ語で「荒れる」という意味だそうだ。
このS宿町における被差別部落の起源については、十分な資料の裏付けをもった研究はされていない。
ただし、統合される前のS宿町、ニK村、K間ヵ瀬村のひとつずつに部落がある。
旧ニK村、K間ヵ瀬村の二つの部落については、『部落問題・水平社運動資料集成』(三一書房)によれば、
「利根川改修工事の際、埼玉県より移住」した被差別部落民が定住したという説がある。
しかし旧S宿町については史料がない。今回、S宿小事件の舞台となったのは、この旧S宿町である。(続く)
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