ロリショタバトルロワイアル24
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0001創る名無しに見る名無し
2009/06/14(日) 18:17:16ID:lSvAgYo/衝動をぶち撒けろ!
欲望を解き放て!
情熱を、燃やせ!
ここは真性の漢共(女性可)が集まり、
ジャンルを問わないロリショタキャラでバトルロワイアルを行う、
あまりにもCOOLなスレです。
紳士淑女の心を忘れず冷静に逝きましょう。
前スレ
ロリショタバトルロワイアル23
http://namidame.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1230413656/
テンプレ、過去ログは>>2-5辺に
ロリショタロワ避難所(したらば)
ttp://jbbs.livedoor.jp/otaku/12693/
LSロワお絵描き掲示板
ttp://oekaki2.basso.to/user11/hisou/
LSロワお絵かき掲示板2
ttp://bbs2.oebit.jp/LoliSyotaRowa/
まとめwiki
ttp://www25.atwiki.jp/loli-syota-rowa
0231創る名無しに見る名無し
2009/10/26(月) 00:52:50ID:ofj7UUPZ0232創る名無しに見る名無し
2009/11/01(日) 12:31:48ID:Dp3un9pm0233創る名無しに見る名無し
2009/11/03(火) 21:08:07ID:PrC9bwSF0234創る名無しに見る名無し
2009/11/04(水) 13:12:25ID:xL6uJDX60235創る名無しに見る名無し
2009/11/06(金) 23:37:40ID:lk2VlFIk0236創る名無しに見る名無し
2009/11/08(日) 20:50:49ID:ecbJ9Qht0237創る名無しに見る名無し
2009/11/11(水) 07:48:18ID:LH4HJ1C50238創る名無しに見る名無し
2009/11/12(木) 10:40:32ID:2ZWW2kzS個人的に勇者の中で一番ピンチなニケの動向が気になる
利用できることに気づいたから、ブルーとかもすぐに殺そうとは思わないだろうけど…
0239創る名無しに見る名無し
2009/11/12(木) 16:03:48ID:PWb5c2Kz2ヶ月放置してるけどw
0240創る名無しに見る名無し
2009/11/12(木) 16:33:51ID:py7ELdK6やっぱ残された理由はメロの推理が厄介だからかな?
0241創る名無しに見る名無し
2009/11/12(木) 18:52:51ID:3KaK6Y51グレーテル戦は熱かったからな
0242創る名無しに見る名無し
2009/11/13(金) 18:37:09ID:tK1D4r+c予約だああああああ!!
0243創る名無しに見る名無し
2009/11/13(金) 19:04:54ID:BrQZu7W0wikiに載るまでが投下だって先生が言ってた!
0244創る名無しに見る名無し
2009/11/14(土) 19:17:24ID:fXz5sbSi0245創る名無しに見る名無し
2009/11/15(日) 03:09:15ID:tF8OoUToこれはwktkせずにはいられないな
0246創る名無しに見る名無し
2009/11/16(月) 09:15:51ID:qs8oyN8Uうわ、もうそれだけでうれしい!!
0247創る名無しに見る名無し
2009/11/17(火) 18:23:11ID:2F7c1GtO0248創る名無しに見る名無し
2009/11/17(火) 23:08:51ID:T3g+xJd70249創る名無しに見る名無し
2009/11/17(火) 23:58:12ID:T3g+xJd70250創る名無しに見る名無し
2009/11/18(水) 12:19:15ID:Fysz+uid0251創る名無しに見る名無し
2009/11/18(水) 17:55:10ID:T5ycyGam0252創る名無しに見る名無し
2009/11/18(水) 18:49:41ID:ojbBRVIL0253創る名無しに見る名無し
2009/11/19(木) 21:24:41ID:oHmNxXtc0254創る名無しに見る名無し
2009/11/19(木) 23:26:33ID:iWMUM47p0255携帯T4jDXqBeas
2009/11/20(金) 00:07:37ID:XYDxDA94これは携帯からなのでトリも無し。
したらばテスト投下スレの16からです。
0256創る名無しに見る名無し
2009/11/20(金) 00:35:00ID:LoNp/PnP0257遺。(前編) ◇T4jDXqBeas
2009/11/20(金) 00:35:47ID:LoNp/PnPその時点にある情報でよく理解し、推測し、判断した。
ただ残念な事に。
極限状況下の判断に正解は無い。
正しい答えなんて、未来でも見えなきゃ分からない。
* * *
メロとブルーは一つの事柄に頭を悩ませていた。
あれから。
神社で一休を囮にグレーテルから逃げ出してからかなりして、
メロとブルー、それから人形のチャチャゼロ、気を失っているニケと隠れた体育館で、
零時の臨時放送を耳にする事になった。
その内容は二人にとって極めて興味深く重要な問題だった。
Q-Beeの殺害。
メロが実行しようと考えていたジェダへの嫌がらせを実現した者が居る。
そしてジェダは、そのQ-Beeを易々と蘇らせて見せたのだ。
それを見たブルーは、メロにどうするのかと聞いた。
メロの実行しようとした事は既に行われ、その結果は否定された。
彼女の目にはメロの計画が無意味になったように思えたのだ。しかし、
「何を言っている。むしろこいつは予想外の朗報だろうが」
メロは、月に映された復活劇を目にして怯んでいなかった。
超自然的な現象に馴染み深いブルーでさえ驚く復活劇を、真っ向から睨みつけていた。
「あの映像を投射した方法自体も興味深いが、これはおいておく。
まずあの映像が真実か作り物か。大前提となる蘇生についてだ。
チャチャゼロ、おまえはどう思う」
「ケケ、復活ノ実演タァ大盤振舞ジャネーカ。
復活ナンテホントニ有ッタノカドーカモワカンネー伝説デシカ聞カネーケド、
未来科学ダノ別世界ダノ、モウ何デモ有リジャネーノ?」
「おまえの知っている、実現出来る範囲の魔法ではどうだ?」
「知ッテル範囲ジャア無ーナ。人形ヤゴーレムナラ修理スレバスムケドナ」
「要するにロボットか。ロボットなら修理すればどうとでもなる。
データ部分さえ残っていれば挿げ替えれば良いんだからな」
「モシソーダトシテモアノ映像ジャ壊レテタト思ウケドナー」
「だろうな」
メロは映像にあったQ-beeの死骸を思い出す。
頭部だけになり、その頭部にもフォークを突立てられていた映像。
もしあの映像通りに破壊されていたというならば中枢も何も有った物ではない。
そもそもロボットなら揺れの多い頭部より胴体部の方が重要パーツ格納に適していそうだ。
「ブルー、おまえはどう思う?」
「アタシの方も伝説級だわ、生命を操るポケモンなんて。
といっても生きてるんだけど、伝説のポケモンって言ってね。幾つか逢った事が有るわ。
その中には他のポケモンを蘇生させた伝説が有る奴も居たのよ。
現代にそれが行われたわけじゃ無いけど、死亡直後なら有りえるかもしれないわね。
流石にあそこまでズタズタになった死体を蘇生させるのは想像できないけど、でも」
「俺達が聞いた事も無い技術を持つジェダならば可能かもしれない、か」
ブルーは頷いた。
0258遺。(前編) ◇T4jDXqBeas
2009/11/20(金) 00:36:58ID:LoNp/PnP死神の人間殺害帳、デスノートのルールは真っ向から生命の復活を否定していたが、
死神が居るなら、殺す神と同じく生かす神も居るかもしれない。
あるいは単に生命に対して死神以上の権限を持っているのかもしれない。
もしそうなら、それはそれで厄介な話だ。
以前から懸念してはいたが、例えばジェダの手にデスノートが有るかもしれない。
もしジェダがデスノートを持っているならば、首輪を外したところで何時でも殺せる事は変わらない。
ジェダは参加者達の顔はもちろんの事、恐らくは本名も全て網羅しているはずなのだ。
「あの臨時放送は概ね事実だと見て良いだろう。
Q-Beeは参加者の誰かに殺され、ジェダの力で蘇った。
Q-Beeの戦闘力も言うほどに高いなら、俺達では返り討ちにされていたかもしれないな。
やろうとしてくれた事を先に誰かが先に試してくれたとも言える」
ならば首輪を外す事は無意味なのだろうか?
何度でも蘇らせる事が出来るなら、誰かがQ-Beeを殺した事は無意味だったのだろうか?
「だがジェダは尻尾を出した」
「尻尾……?」
メロは、違うと見た。
それでは筋が通らない。
「幾らでも無駄に出来ると示す事で、Q-Bee殺害の意欲を無くす。
確かに効果的だ。
だがそれはQ-Beeに替えが効く事を意味しない。
むしろ参加者に挑み殺されるという失態を犯したQ-Beeを使い続けるのはおかしい。
ジェダにはQ-Beeに替わる手駒が無いんだ。
おまえの言うポケモンのような生物を使っても、Q-Beeの代わりは果たせないという事だ」
「それはポケモンやそれに類する生き物を使っていないという事?」
ブルーの立てた推論は無駄だったのか。
メロはそれも否定する。
「いや、使えるなら使っていておかしくないはずだ。
雑用や拠点防衛には使っている可能性は十分に有りうる。
そうではなく、Q-Beeの役目は代役が立てられない物だとすれば」
「Q-Beeがそれほどの仕事を果たしているという事?」
「ああ、そうだ。ジェダ自身知能に劣ると言った程のQ-Beeがな。
挙句にこの雨だ、ジェダの管理体制に不具合が出た可能性がある。
Q-Beeの死は恐らく間違いなく、ジェダに何らかの不都合をもたらす。
それが何か判れば、復活までのタイムラグを利用して何かできるかもしれない。
それを成し遂げた奴、あるいは目撃した奴の話を聞きたい所だ。
だが、問題は」
メロは体育館の外に響く激しい雨音に耳を澄ませた。
零時の放送の際に告知された雨雲は殺し合いの島全域を覆っている。
四時まで続くという雨は参加者の足を止めているだろう。
雨の向こうの何処かに、Q-Beeを殺した参加者が居る。
彼らを襲ったグレーテルも何処かに居る。
「ここが安全かどうか。安全でないならどこに逃げ延びるのが正解か。
それから“勇者さま”をどうするかだ」
グレーテルの攻撃で気を失ったニケはまだ目を覚ましていなかった。
そろそろ見捨てるべきかと考えたが、診てみた呼吸と脈拍は正常。
たまに寝言まで言う。
詰まるところ。
「いつまで眠っていやがる」
ニケは気絶からそのまま、眠りこけていた。
0259創る名無しに見る名無し
2009/11/20(金) 00:37:02ID:c6qKem4N0260遺。(前編) ◇T4jDXqBeas
2009/11/20(金) 00:37:40ID:LoNp/PnP負傷や疲労による体力消耗から来たただの睡眠ならどうにでもなる。
応急処置をしたとはいえ腹からの出血も有ったし、そのまま死ぬ可能性も高かったのだが、
どうやら重要器官も血管も一切傷つけずに貫通したらしく、しばらくすると血も止まった。
この悪運の強さ、尋常ではない。
「とっとと起こして扱き使いたい所なんだがな」
「今起コシテモ使エルカ?」
「ああ、それが問題だ」
しかしニケの傷は浅くない。
左肩と腹部に傷を負っているのだ、激しい運動には支障があるだろう。
魔法と精神的疲労が関連する事も多いらしい。
つまり消耗して倒れている今のニケは、魔法がどこまで使えるかもアテにならないのだ。
仮に利用できるとしても、戦力になるか怪しかった。
「今は休ませるってコト?」
「そういう事になるな。次の問題は」
「あの銀髪の女の子ね。神社にはもう居なかったけど、どこへ行ったか分からないわ」
戦力に長けたニケは倒れ、メロもブルーも直接戦闘には不向きだ。
大した戦力も無しに襲撃されれば一たまりも無い。
一番問題になるのは、ここへ逃げ込む理由になった銀髪の厄種グレーテルの存在だ。
しばらく様子を見て動きが無い事から、慎重に神社を偵察して来たところ、
神社には一休の死体が転がっているだけで、銀髪の少女の姿は何処にも無かった。
あれから二時間以上も経っていたのだ、おかしな事ではない。
何処かへ移動したのだろう。
「何処かへ移動したとすれば、むしろここは安全な可能性が高い」
移動したとすれば、現在グレーテルが居るかもしれない場所は移動前、
現在地を中心とした同心円状に拡がっていく。
目的地は人が多い場所かもしれないし、休息に向いた場所かもしれない。
どちらにせよ一度移動し始めておきながら突如方向転換しない限りは、この神社から離れていく。
「何かの理由でUターンしてくる可能性は無いの?」
「有る。だが可能性としては高くないし、この雨も有る。
今は他の時間帯に比べて危険人物と遭遇しにくい時間帯だと見て良いだろう。
俺もロクに眠れていないからな。睡眠自体は絶対に必要だ」
「ケケ、今夜ハ眠ラセナイゼ、トカ言エネーノカヨ」
「言えるか馬鹿」
チャチャゼロの卑猥な冗句に反応を返す際、一瞬だけ移った視線を引き戻す。
意識すべきではない。
ジャージを羽織ったとはいえ、レオタード姿のブルーの姿は扇情的だ。
その肉体の性的な吸引力に感情を寄せるべきではない。
「あら、どうしたのかしら?」
ブルーが心配そうなふりをして寄り添ってくる。
メロは内心で歯噛みした。
(クソッ、分かってやっているのか!?)
なんでもないと答えるメロの内心も、見る者が見れば見抜けただろう。
チャチャゼロが誰にも聞こえないほどの小声で呟いた。
「アーア、案外重症デヤンノ」
当然ながら分かっててやっている。
彼女はメロが何故か自分に惚れかけている事を理解している。
ならば僅かな挙動さえも見逃すはずは無い。
男を手玉に取るのに長けたブルーのこと、今はメロに攻め込む絶好の機会だった。
生理的な欲望というのは抑えようとしてもむしろ強まっていく。
欲望を溜め込んだまま休息を取ろうとしている今を逃す手は無い。
メロの判断力を鈍らせてしまっては元も子もないが、ある程度は意識させるのが得策だ。
一時的に目を曇らせても、安全に休息し行動を再開するまでには回復するだろう。
0261遺。(前編) ◇T4jDXqBeas
2009/11/20(金) 00:38:28ID:LoNp/PnP出来るだけ外部の侵入口から遠い体育館の倉庫に、高飛びなどで使う落下時の衝撃緩衝クッションを敷き、
ニケをそのすぐ脇に寝かせて、共に浅い眠りに就いた。
ブルーはメロの腕を抱いて彼の胸の鼓動を数段早くしていたが、メロにはそれを断る事もできなかった。
両者とも判断の根底に有ったのは、ここはしばらく安全な可能性が高いという推測だった。
絶対に安全だと確信していたわけではない。
外部への隙を増やしてでも何時かしたい事をやるには、この時間が最適だと判断しただけだ。
侵入者への対策トラップは二重三重に仕掛けていたし、武器もすぐ取れる場所に置いた。
この密閉空間はメロの持つ煙薬の使用にも適していた。
退路も壁の高い場所にある窓が有った。
障害物が邪魔になるため、外から床までは見えない。
起き上がっていればともかく、伏せたり寝ていれば見えないだろう。
そもそも外からは、足場も無く高い所に有る窓など使いづらい。
だが中からなら、用意した足場をよじ登って出れない事も無い。
それ以外の唯一の入り口は強固な鉄扉だ。
つっかえ棒をすればしばらくの足止め位にはなるだろう。
彼らはそれなりに準備をした上で、睡眠や篭絡を試みたのだ。
その用意はかなり周到だった。
しかし完璧ではなく、たまたま少しだけ、運も悪かった。
* * *
メロは何かに気づいて体を起こした。
腕にしがみ付くブルーのせいで心を落ち着ける事も出来なくて、眠りは浅かった。
一方のブルーは、無防備な姿を見せ付ける事も効果的だからとしっかり睡眠を取っている。
サモナイト石まで使った彼女の疲労が激しかった事も事実である。
(なんだ……?)
見えるのは完全な闇だけ。
明かりを洩らせば人に気取られてしまう。
何かを照らし出すという事は、向こうからもその光が見える事に他ならない。
聞こえるのは雨音だけ。
激しい雨音はメロ達のささやかな寝息や衣擦れ、生命の気配など洩らさない。
同時に外から聞こえる音も雨音に塗り潰されて判らない。
手探りで傍らに寝ているブルーの袂からシルフスコープを掴み、
彼女の首に掛かったままのスコープだけ覗いて室内を観察する。
ニケは、相変わらず眠っている。
ブルーは、目覚めそうだ。
倉庫内に異常は無い。
少し頭を上げて覗いた、高い場所に有る小さな窓は……。
目が、合った。
窓に顔を貼り付けている、明らかに小さな顔。
人間にしては小さすぎる、例えば、チャチャゼロのような大きさの顔。
ふらふらと人魂のように揺れるその顔は、足場も無いはずの窓の外から彼らを覗き見ていた。
(落ち着け、見えないはずだっ)
今、メロはシルフスコープ越しの暗視能力を得ている。
だから見えるのだ。この暗闇の中でも。
人形のような顔側にそれは無い。
無い、が。
(待て。この理屈は人形相手に通用するのか?)
判らない。
0262遺。(前編) ◇T4jDXqBeas
2009/11/20(金) 00:39:34ID:LoNp/PnPチャチャゼロの存在だ。
(チャチャゼロはどうだ? あいつは見えるのか、見えないのか?)
メロはシルフスコープの視線を逸らし、跳び箱にもたれたチャチャゼロに視線を向けた。
チャチャゼロの視線は、蒼星石に向いていない。
ただの人形のように前を見ている。
そのチャチャゼロがちらりと、メロに視線を向けた。
チャチャゼロは見えているが、人形のフリをしていたのだ。
(あいつは見えているのか。窓の人形も夜目が利くとは限らないが……いや。
しくじったっ)
メロは致命的な見落としに気が付いた。
外の人形が、夜目が利くにせよ利かないにせよ。
どうやって、倉庫の窓に取り付いた?
メロがシルフスコープを着けた時点では、倉庫の中は完全な暗闇だった。
幾ら闇に目が慣れても何一つ見えないほどの暗闇。
外も激しい雨で、月明かりは愚か星明りすら差していない。
だが、何処にも光源の無い闇の中で窓に取り付けるはずは無い。
完全な暗闇をも見通す暗視能力か、何かの明かりが無い限り。
メロはシルフスコープからそっと、顔を離した。
……裸眼でも、窓の外に浮かぶ人形の顔が薄らと見えた。
外には、明かりが有る。
人形の顔で僅かに照り返し、倉庫の中にもほんの僅かに差し込む光が。
メロがシルフスコープを付けた時、人形が使っている明かりは窓を照らしていなかった。
明かりを持った手元がぶれる事などよくある事だ。
見回してから窓に目を向けるまでの時間差で、人形の明かりは室内に差し込んだ。
それでも人形から中を見渡せるわけではない。
あまりにも僅かな光は倉庫の暗闇を識別できるほど照らすには到底足りない。
しかしメロは、シルフスコープを人形に向けていた。
レンズのガラス面は僅かに光を反射する。
それは小さな極僅かな光点に過ぎないが、完全な暗闇の中では十分に視認できる。
しかもそれは、動いていた。
人形の目線は今度こそメロに向いていた。
眠気と色気でほんの僅かに惚けた頭が、極々些細で決定的なミスを冒した。
「起きろ!」
叱咤と共にブルーを振り払う声は、より大きな轟音に呑み込まれた。
大きすぎてどんな音かも判らない轟音。
轟音はすぐに騒音へと変わりその場全ての耳へと届く。
ガラガラと石が転げるような音と山吹色の光に替わる。
その光をさえぎる白煙で、メロは状況を理解した。
(壁をぶち破られた!? しかもこの光は、奴か!)
ブルーがメロから腕を離し、寝ぼけ眼を擦り状況を視認しようとしている。
十秒も有れば闇に目を慣らし、光景から状況を理解し、把握した上で、
混乱から立ち直り、どうすれば良いか思考し、行動を開始するだろう。
煙が晴れた瞬間に動き出す侵入者の最初の行動には間に合わない。
ニケの方は論外だ、目を覚ましているかも判らない。
残された時間は数秒、まずその時間を更に延ばさなければならない。
(蝶ネクタイの変声機とチャチャゼロで……ダメだ)
「まだ眠るには早いよ。姉さまも僕もちょっと殺したりないな」
立ち込める粉塵の向こうにうっすら見えた少年の顔。
それは昼間出会った厄種と同じに見えた。
数時間前に見た、山吹色の光を発する槍の使い手は少女だった。
0263遺。(前編) ◇T4jDXqBeas
2009/11/20(金) 00:40:53ID:LoNp/PnP本当にそうだったのか?
例えば髪を切り衣服を変えればそれで見分けが付かなくなる相手だ。
事実ニケとの戦いにおいて、厄種は少年のような雰囲気と姿にも見え、少年の声で語った。
まるで昼間の厄種そのもののように。
いや、それは間違いなく昼間見た厄種の少年と同じものだった。
(アレは、同じ奴だ)
メロの直感は正しくソレの本質を捉えていた。
しかし、そのせいでメロは思考する。
チャチャゼロが何もできない事はバレている。
蝶ネクタイ型変声機もあの後タネがばれている危険は高いし、
使えてもすぐに煙が晴れる目の前で何が……。
(いや、同じ手は使える)
メロは叫んだ。
「シャインセイバーだ! さっき使った剣の雨を撃ってやれ!
ニケ、おまえは壁の裏で入って来る奴を待ち構えろ!」
恐らくブルーはまだ、シャインセイバーを撃てるほど回復していない。
ニケも目覚めている見込みは無い。
だがニケは幸い壁から見て物陰に寝ているし、ブルーは。
「むっ」
ブルーの微かな呻き。
メロはブルーの口を押さえて物陰に走る。
姿が見えなければ警戒を買える。
(これで数秒の猶予は十数秒にまで延びて……)
「第一楽章、攻撃のワルツ!」
部屋に吹き込んだ衝撃波が一撃で粉塵を消し飛ばした
予想していた十数秒は再び十秒以下に縮まった。
その先に居るのは少し前に見た厄種と、バイオリンを構えた少年のような人形。
(まずい、見られ……っ)
少年のような人形は飛ぶように跳躍する。
その手にはバイオリンの弦を握ったまま。
恐らくそれは近接武器にもなるのだろう。
情景を見た人形はメロの言葉がハッタリである事を見抜いたのだ。
夜襲の迅速さに加え、露になった隠れようとするメロの姿が確信を与えた。
その弦がメロとブルーに振り下ろされようとした瞬間。
人形の瞳に浮かぶ揺らぎまでもが視認出来ていた刹那。
白刃が煌いた。
「うあぁっ」
短い悲鳴。
弦を持った小さな左手がくるくると宙に舞っていた。
剣を構えたニケがそこに居た。
ニケは目を覚ましていたのだ。
そして咄嗟に、「剣」のカードを剣へと変えて襲撃者を迎え撃ったのだ。
思考する暇も与えられなかったその斬撃はそれ故に容赦も無く襲撃者の腕を斬り飛ばした。
だが。
0264創る名無しに見る名無し
2009/11/20(金) 00:41:26ID:c6qKem4N0265遺。(前編) ◇T4jDXqBeas
2009/11/20(金) 00:41:47ID:LoNp/PnPメロとブルーに襲い掛かろうとしていた人形。
メロとブルーが数瞬前まで居た場所。
ベッドにしていた柔らかいクッションの上。
体勢が崩れたニケのすぐ目の前。
人形のすぐ後ろには、後を追って飛び込んだ厄種の姿が居た。
間合いが近すぎる為に槍の穂先を刺されなかったのは幸いだった。
それでも殆ど同じ事だ。
代わりに振り回された石突がニケの後頭部を叩きのめした。
残った間はほんの2、3秒。
メロの腕の中には状況を把握しつつあるブルーが居る。
しかし戦力は無い。バットを手に敵う相手ではない。
ブルーの持つ剣と化すマフラーでも勝てるとは思えない。
倉庫入り口の扉を開ける間さえも。
覚悟を決めたメロが咄嗟に取った行動は。
数秒後、メロの意識は衝撃と共に闇に呑まれていた。
* * *
彼女の意識はまどろみの中に在った。
ぼんやりとしたまどろみだった。
眠りではない。
本来眠らねばならない時間だけれど、眠りではない。
夢を見る事は無く、心が休まる事も無い。
夜の眠りとはとても大切な物のはずなのに。
この世に作られた日から今日まで、寝床を取り上げられても時間だけは守ってきたのに。
眠りではない。
ただの、まどろみ。
確かに本来の寝床。
数百年を共に過ごしてきた鞄の中で眠れなくとも、すぐに死にはしない。
決められた時間、夜の9時から朝の7時まで眠れなくとも、すぐに死にはしない。
だけど心が軋みを上げている。
夜の9時から朝の7時に、鞄の中で取る眠り。
それだけが、彼女達が夢見られる眠り。
深い眠りの中で記憶を繋ぎ合わせなければ。
想いを整理しなければ。
彼女達の心は軋みを上げて、日に日に弱り果てていく。
一日二日で力尽きる事は無いけれど。
何よりもその時間にそうして眠る事は、彼女達の約束なのだ。
創造主であるローゼンが彼女達をそう作ったのだから。
だから心が軋みを上げている。
大切な人の約束を破り続けている事に。
それなのに、まだ寝てはいけない。
鞄無しでさえ眠れない。
寝てはいけない。
殺さなければ。
0266遺。(前編) ◇T4jDXqBeas
2009/11/20(金) 00:42:31ID:LoNp/PnPローザミスティカの奪い合いではなく。
冥王ジェダの僅かな救いに縋る為に。
命の奪い合いをしなければ。
戦い続けなければ。
ローゼンから頂いた体を壊されても。
………………。
「う…………」
誰かの声のような物を聞いた気がした。
蒼星石はぼんやりと、重い瞼を押し開いた。
どうやら浅いまどろみの中に居たようだ。
まだ思考が定まらない。記憶が混濁している。
確か、そう。殺人者達と同盟を結び、グレーテルと塔から出立して……。
(神社を家捜しして……おぞましい物を見つけたり、埋葬された死体を見つけて、それから……。
そうだ、確か入れ違いに神社を調べに来ていた誰かが居たんだ。
屋外の痕跡は雨で消えていたけど、調査と推測から学校が怪しかったから、学校を調べに向かって。
体育倉庫の窓から、誰かを見つけて、そして──)
思い、出した。
「腕、が……」
右腕で左腕を押さえる。
その腕は中ほどから、無くなっていた。
床から飛び起きてきた少年の鮮やかな太刀筋で、切り落とされてしまったのだ。
左腕は蒼星石の利き腕だ。
逆腕も割合使えるのだが、それでも不便は避けられない。
だけど何よりも。
(お父様から貰った大切な身体なのに……)
胸に来る痛みが、辛かった。
蒼星石のローゼンへの愛は、ドール達の中でも抜きん出たものだ。
その想いは、この島に連れて来られたドール達の中でも一番かもしれない。
愛を測る事など愚かしいが、それでも。
一度繋いだ絆に背を向けてまでアリスゲームに挑んだのは──
それが正しかったか間違っていたかは別にして、蒼星石だけだったのだから。
彼女にとってドールとしての決まり事は一際重要な意味を持つ事なのだから。
なのに、立ち止まれない。
今は進まなければならない。
ジェダの約束した微かな救いに乗って全てを取り戻すまでは。
体を起こすと、すぐ脇には切り飛ばされた左腕が置いてあった。
どうやら今居る場所は体育館の舞台上らしい。
スポットライトの明かりが舞台の上を照らしている。
用意された舞台。
「あら、起きたのね。おはよう、お姉さん」
「な……っ」
そう、舞台の上には全てが用意されていた。
蒼星石が最後の一振りを下ろすための。
惨劇の舞台が。
そこには三人の人間が囚われていた。
0267創る名無しに見る名無し
2009/11/20(金) 00:42:33ID:c6qKem4N0268遺。(前編) ◇T4jDXqBeas
2009/11/20(金) 00:43:22ID:LoNp/PnP目を覚ましているのかもがく小さな少年は布も剥がれて顔が見えている。ニケだ。
必死に考えているのかじっと動かない、この島では一際大きな体格の男はメロ。
同じく動く気配の無い、青みを帯びて見えるほど艶やかな黒髪が覗く少女はブルーだろうか。
三人の腕は鉄の楔で封じられていた。
運動場に紐などを括る為の物なのか、
錆びの浮いた太い凹型楔を堅固な木の舞台に打ち込んで腕を挟み、固定しているのだ。
蒼星石はそれらの名前を判りはしないが、関係の無い事だ。
理解する必要の無い事だ。
理解する必要の無い者だ。
「さあ、殺しましょ。お姉さんの命を繋ぐ為に」
彼らは殺されるためそこに有った。
蒼星石は立ち上がろうとして、バランスを崩す。
見れば左腕だけではなく、右足までもが断たれていた。
膝の球体間接部を強い力で引き裂かれていたのだ。
ああ、ダメだと蒼星石は感じる。
諦めの混じった絶望に打ちのめされる。
完全な少女になる為、ローゼンから頂いた体も心も砕かれてしまった。
片腕でも両足が残っていれば機敏に立ち回り庭師の鋏で戦えた。
あるいは足が無くとも両腕が残っていれば金糸雀のヴァイオリンで戦えた。
その両方を奪われて何が出来るというのだろう。
そんな彼女にグレーテルは、告げた。
「殺せば全てを取り戻せるわ」
と。
「命は殺し殺されることで回っているのよ。
殺す事で生きて行けるのよ。
ジェダとあの男の子はそれを理解していたのね。
三人殺す度にご褒美をあげるだなんて。
即物的だけれど、とっても判りやすいわ。
さあ殺しましょう、お姉さん。
お兄さん達を殺す事で壊された体を取り戻しましょう。
もっともっと殺して殺して進み続ける為に。
永遠に生き続ける為に殺しましょう。
それが世界のルールなんだもの」
それは信仰だった。
グレーテルの信じる宗教だ。
皮肉な事に、蒼星石の知るアリスゲームとも一部だけ合致している。
ローザミスティカを奪い合い完全な少女を目指す様に、
命を奪い自らの物とする事で生き延びようと諭すのだ。
「まだ……そうなのかよ。
ずっとそんなつまらねー生き方続けて行くつもりなのか」
「ええ、そうよお兄さん。私達はこうして楽しく生きていくんだわ」
囚われのニケが訴え、グレーテルはそれを嘲う。
どこまでも声の届かない底知れぬ深淵。
0269創る名無しに見る名無し
2009/11/20(金) 00:46:05ID:c6qKem4N0270創る名無しに見る名無し
2009/11/20(金) 00:55:50ID:VX5i0+ie0271創る名無しに見る名無し
2009/11/20(金) 01:41:42ID:TlKjQXDM0272遺。(前編) 代理投下
2009/11/20(金) 01:44:52ID:TlKjQXDMあの時に殺していればお兄さんは私の命を取り込んで生きていけたのに。
可哀相に、お兄さんはそれが出来なかったのね。
生きる事は殺して殺して殺し続ける事なのに、殺さないんだもの。
殺さない人は死ぬしか無いのに。
殺せない人は死ぬしか無いのに」
痛切で。
残酷で。
哀しくも邪悪な、惨劇の信奉者。
誰が見ても“どうしようもない”存在だと思うだろう。
それでもニケは助けようとした。
救おうとした。
だけど。
「こうして、痛い目を見ながらね」
グレーテルが腕を振り下ろすとニケの言葉は絶叫に替わり、体育館を震わせた。
「い、一体何を……」
右腕を付き左足で起き上がった蒼星石は、ニケの姿を見て息を呑んだ。
その右手に何かが取り付けられていた。
いや、右手を何か小さくも禍々しい台に固定されていたのだ。
そして台に取り付けられたニケの右手は。
全ての爪を剥ぎ取られ、無惨な姿を晒していた。
爪剥ぎ器。
神社の祭具殿で見つけた、人間の爪を剥ぎ取る為の拷問器械だ。
蒼星石はその悪趣味さに目を背けたが、グレーテルは喜々としてそれを持ち出した。
犠牲者の手を指まで固定し、ペンチで爪を挟み、レバーを押すと、その生爪が、剥ぎ取られる。
一枚、一枚。
その痛みたるやどれほどのものか。
ただただ純然たる痛苦。
その痛みは戦いの中の、より深く命に関わる負傷すら比較にならない激痛だ。
これと同じ物がとある世界とある可能性のとある少女に使われた時は、
固く定まっていた決意さえも二枚の爪剥ぎで崩壊して、泣きを上げ、
三枚の爪剥ぎを終わらせるためには介添えを必要とした。
拷問に耐えられる人間など多くはない。
「う……くぅ…………死にそうに痛いっていうかとっとと殺せってこの野郎って思う位に痛いぞちくしょう。
ああでもやっぱり死にたくないので殺さないでくれるとありがたいです、ごめんなさい、だ……」
涙を零しながらそう呻くニケにグレーテルは微笑みを返す。
如何なる望みも聞くつもりが無い残酷さと、ほんの僅かな驚きを篭めて。
「やっぱり変わってるわね、お兄さん。
こういう事をしたら大抵の人は泣いて命乞いをするもの。
お兄さんもそうしているのにどうしてかしら、みんなの命乞いとは違う気がするわ」
どこまでも残酷で、冷酷な微笑み。
なのにそれは、痛々しいまでの無邪気ささえ感じさせるのだ。
見た者が矛盾した感想を抱く笑みと共に、グレーテルは続けた。
全き邪悪な言葉を。
「いっそ殺してくれって本気で思うくらいに痛みをあげたらどう言うのかしら?
次はどこが良い? 左手? 足? それとも爪が剥けた指を酸で焼いてあげましょうか?
きっと良い声で鳴いてくれるわ。
何時まで壊れずに居られるかしら?
ねえ知ってる?
人間の体って死んだ後も、釘を打ったりするとぴくぴくって反応するのよ。
見ていて結構面白いわよ?」
「見たくないね……っていうかそれじゃオレ死んでるから見られねーじゃねーか……」
「それじゃ、死んでいくのが見えるようにゆっくりと殺してあげましょう。
まずは指に塩酸かしら。傷口を灼くとみんな綺麗な悲鳴をあげるのよ」
「やめろ!!」
0273創る名無しに見る名無し
2009/11/20(金) 01:45:46ID:kOUQiWG5とりあえず支援
0274遺。(前編) 代理投下
2009/11/20(金) 01:47:18ID:TlKjQXDM叫んでから自分の行動に戸惑い、グレーテルは楽しげにその顔を覗き見る。
「あら、どうして? お姉さんも殺す側なんでしょう?」
「それは……そう、だけど……」
その通りだ。
蒼星石は誰も彼もを殺す決意と共に、殺し合いに乗った。
殺して、殺して、殺した末に全ての死を否定する為に。
蒼星石はニケを殺すべき側に居る。
「ああ、ごめんなさい。そうね、自分で殺したいんでしょう?
私が殺したらご褒美はもらえないんだもの」
「ご褒美……」
「ええ、そう。お兄さん達を殺して手足を繋ぐんでしょう?」
これはその縮図。
捕えられた獲物の命を奪え。
誰かの命を奪う事で生き残れる。
再生の願いも叶う。
前に進める。
「さあ、召し上がれ」
彼らの命を奪うべき凶器は、蒼星石の目の前に置かれていた。
蒼星石が使う庭師の鋏。
雨に洗われた刃は、無機質で冷たい舞台照明に輝いている。
(……何を戸惑っているんだ、僕は)
蒼星石は残された右手で、左手用の鋏を手に取った。
両手で使う事も多かった鋏だ、逆手でもどうにかなる。
ましてや抵抗も出来ない囚われの子供達にとどめを刺すなんて、容易いことだ。
片側だけの足で舞台を踏み締めて、立ち上がる。
ドールの持つ飛行能力で、千切れた右足を補って。
それほど優れた飛行能力ではないけれど、歩く代わりには十分すぎる。
欠損した体のバランスに苦戦しながらも、蒼星石は獲物達へと進みだす。
地に足の付かない、滑るような進み。
舞台に用意された三人分の死を掴みとるために。
(そうだ、それ以外に道は無い)
ニケ達の死は決まりきっている。
例え蒼星石が殺さなくてもグレーテルが殺すだけだ。
蒼星石が殺せば、蒼星石も生きていける。
浅ましい言い訳だけど、蒼星石は生きて殺し続けなければならない。
生きる為にまず目の前の三人を殺さなければならない。
幾ら蒼星石が空を飛べてもこの足では機敏な斬り合いなどできない。
金糸雀のバイオリンも片腕では使えない。
手足が無ければ戦えはしない。
戦えなければ殺せない。
答えはもう一つしかない。
殺すしかない。
殺す為に殺すしか。
殺す。
殺せ。
殺せ、殺せ、殺せ。
0275創る名無しに見る名無し
2009/11/20(金) 01:47:34ID:kOUQiWG50276創る名無しに見る名無し
2009/11/20(金) 01:48:50ID:LoNp/PnP0277遺。(前編) 代理投下
2009/11/20(金) 01:48:54ID:TlKjQXDM人の心の成長を妨げる雑草を刈り取る為の鋏。
思い出を刈り取る事も出来る鋏。
人を前に進ませるための鋏で、人を殺せ。
懊悩と焦燥に翻弄されながらもニケは鋏を振り上げる。
振り下ろして喉笛を掻っ切れば血流と呼吸は断たれて速やかに死が訪れる。
延々と痛みが続く事も無く、一瞬の衝撃と鮮烈な赤が速やかに意識を刈り取るだろう。
その鋏を、振り下ろせば。
「おまえ……さっきの奴か……」
痛みに呻きながらも、ニケは蒼星石を見つめていた。
楔に封じられた両腕。
爪を全て剥がれた、見るからに痛々しい右手。
逃れる術は無く、抗う術は無く、生きる術は最早無い。
ただ死を待つ事しか出来ない身。
きっと未来が有ったはずなのだ。
生きるという可能性が無限に広がっていたはずなのだ。
この島に連れて来られなければ。
だけどこの島に居る以上、蒼星石は彼を殺す他に無い。
蒼星石はニケを見下ろし、そして。
「痛そうだな………………ワリィ……」
「え……」
ニケは蒼星石を見上げている。
蒼星石の左腕を見つめている。
いや。
「くそお、やっぱりこういう傷って死ぬほどいてーっ。
ヴィータもこんなに痛かったんだな……なのはの奴、無茶苦茶しやがって。
あいつ……こんなに痛いって判っててこんな事したのかよ……。
死ぬほど痛いって判ってて。
…………ちくしょう、痛いじゃねーか」
蒼星石の落とされた左腕の向こうに、誰かを見ている。
その意識は半ば朦朧としているのだろう。
取り留めの無い言葉をぽつぽつと紡ぐ。
「魔物と戦う時はどれだけ斬ってもなんとも思わなかったのに。
だって勇者として当然だし、魔物だから当然だし。
今でも何にも変わってねーのにさ、胸が痛いんだ」
どこか理解できない言葉。
どこかで聞いた言葉。
蒼星石は頭を振って、鋏を握り締める。
もうどうしようも無いのなら、早く、楽にしてやろう。
今度は自己欺瞞でなく、心からそう思う。
そして狙いを定めた鋏を。
「やっぱり女の子を泣かしちゃ、いけねーよな」
振り下ろす事が、出来なかった。
0278遺。(前編) 代理投下
2009/11/20(金) 01:50:14ID:TlKjQXDM「キミ、は……」
「へへ、おまえ男の子みたいな格好してるけど、女の子だろ?
オレの目を誤魔化せると思うなよ、今度は間違いないぜ。
さっきも近寄ってきた時にズボンの隙間拝ませてもらいました、白でしたっ」
バーバラパッパパー♪ 【ニケの称号『すけべ大魔神』のレベルがあがりました】
「な……一体、何を考えて……」
蒼星石は困惑する。
死を間際にして、何をバカな事を言っているのだろう。
遂に頭がおかしくなってしまったのか。
ニケの表情は痛みに歪み、引き攣っている。
何もしないようにしていてもなお、爪を剥かれた指からは痛みが走っているはずだ。
とても痛い、痛い、疼痛が。
それでもニケはふざけを交えて言った。
「オレってこれでも勇者様だからなっ。
女の子なら敵でも、泣いたり助けを求めてるのを放ってはおかないぜ!
あ、お近づきになりたいとか下心が有るわけじゃ無いからな。う、ウソじゃねーぞ?」
「だから何を言って……!」
蒼星石はようやく気づいた。
自分の瞳から涙が溢れて、零れ落ちている事に。
その水滴がニケの顔を叩いていることに。
「腕、痛かっただろ。指だけでこんなに痛いんだからさ」
「…………ぁ……」
そうじゃない。
ドールにも痛みは有るけれど、斬られた後の断面はじきに痛覚を失う。
斬られた時だって、剣のカードで放たれた斬撃は痛みを超えて衝撃しか感じられなかった。
別に耐えられないほどの体の痛みじゃない。
そうじゃなくて。
「それともおまえも、誰かに助けて欲しいのか?」
本当に痛むのは、心だ。
愚かしい躊躇いだと思う。
この世界に生命の復活は存在する。
タバサが語り、ジェダが証明した。
全てを取り戻す可能性が有るとすれば、それに縋る他に無い。
何一つ諦めたくないならば、それは全ての屍を積み上げた果てにある。
その為なら挫けてはならない。
殺さねばならない。
人間を直接傷つけてはならないというドールの定めすら、とうの昔に背を向けた。
混乱し蒼星石に襲い掛かったイシドロの片腕は失われ、その命も戦いの中で吹き消えた。
蒼星石自身も自衛ではなく誤解から、敵意を糧にして人を襲った。
挙句にタバサを傷つけ、逃げ出した。
そして今からは自ら手を出さず誰かを手助けするのではなく。
憎悪の発露から襲うのでも、咄嗟の感情による暴発でもなく。
自らの固い決意を持って命を奪わなければならない。
0279創る名無しに見る名無し
2009/11/20(金) 01:50:59ID:LoNp/PnP0280遺。(前編) 代理投下
2009/11/20(金) 01:51:44ID:TlKjQXDM姉妹との絆も、島で繋いだ絆も、全てを切り捨て、斬り殺して辿る他にない。
何度も、何度も反芻する。
殺さなければならない。
殺すよりほかに無い。
「なんならオレが助けて……ぐあっ!!」
生温い液体が顔に掛かった。
赤い飛沫が飛び散っていた。
「ええ、そうよお兄さん。助けてあげて。
その命をお姉さんにあげるのよ。
その死をお姉さんに捧げるのよ。
そうしなければお姉さんは助からない」
「や、やめ、いてえ、いてえってぎゃ、マジでっうああああああっ」
蒼星石は呆然と、それを見つめていた。
グレーテルの巨大な槍がニケの腹に突き立っていた。
まるで竜にも見える槍先が、その牙でニケのはらわたを貪り漁る。
手首の一捻りは一抉り、一押しは一刺し。
捻り、押して、引いては押して、捩って、押して、震わせて。
勇敢な少年の絶叫は最早凄惨な断末魔にしか聞こえない。
「やめろ! 僕がやる!」
蒼星石がそう声を上げた時、既にニケの腹部は直視に耐えかねる有様だった。
びくり、びくりと痙攣し、赤い花が広がっている。
まだ、死んではいない。
グレーテルは即死するほどの急所を避けて傷つけた。
意識もすぐには失うまい。
そう、まだ、すぐには。
「そう。それじゃ早く殺しましょ。
摘み食いしてごめんなさい、お姉さん。
早く食べないと冷めちゃうわ」
もうどうしようもない。
いや、とうの昔にどうしようもなかったのだ。
ニケの命は処刑台の上にあった。
グレーテルと同じ処刑人に過ぎない蒼星石が出来ることは一つだけ。
蒼星石は鋏を、もう一度、掴み取った。
振りかざす。
ニケが蒼星石を見上げる。
目が合って、それでも。
振り下ろした。
0281創る名無しに見る名無し
2009/11/20(金) 01:52:02ID:kOUQiWG50282創る名無しに見る名無し
2009/11/20(金) 01:52:27ID:LoNp/PnP0283遺。(中編) 代理投下
2009/11/20(金) 01:53:06ID:TlKjQXDMそのはずだった。
「…………え……?」
それなのに、彼が死んでいないのはどうしてだろう。
振り下ろしたはずの腕が下りていないのはどうしてだろう。
鋏を掴み、振り下ろそうとしたその体勢のままで。
固まったように動きを止めているのは、どうしてだろう。
殺すはずなのに。
殺すしか無いのに。
殺す覚悟をしたのに。
殺そうとしているのに。
どうしてまだ、この腕は止まってしまうのだろう。
どうして。
どうして。
どうして。
「お姉さんは、できなかったのね」
背後から聞こえるグレーテルの声は嘲りと蔑みと哀れみを孕んでいた。
「時々居るのよ、そういう子が。
それが世界のルールだって突きつけられて、頭では理解しているのね。
それなのにどうしてか、最後の一歩を踏み出せない。
勇気を出せない。
意気地無しなんだわ。
寒い夜に真っ赤で温かいシャワーを浴びることが。
恐怖に潤んだ綺麗な瞳を抉り出すことが。
自分より低い頭を叩き割ることが。
命乞いをする喉笛を縊ることが。
どうしてもできない、そんな子達よ。
上手くできない子は多いけど、やることさえできない子がたまにいるの。
そんな子がどうなるか、お姉さんはわかるかしら?」
蒼星石は、這うように。
ぎこちない、人形のように軋む動きで、背後を振り返って。
そこには。
「大人たちは言いました。
『その子をみんなで殺せ。殺すのを躊躇った子も殺せ』」
蒼星石に向けて、ショットガンを構えたグレーテルの姿があった。
目の前の光景とニケの叫びが視聴覚から認識されるよりも早く。
「命を食べられない偏食の子はお腹を減らして死んでしまいました」
引き金が、引かれた。
蒼星石の残った右腕が吹き飛んだ。
0284創る名無しに見る名無し
2009/11/20(金) 01:53:58ID:LoNp/PnP0285遺。(中編) 代理投下
2009/11/20(金) 01:54:19ID:TlKjQXDMヒビが入った左足も動かなくなる。
宙に浮かぼうともこれではバランスを崩すだけ。
壊された人形は打ちのめされて床に這う。
「お姉さんももうおしまいね。残念だわ。
右足も壊して発破を掛けてあげたのに。
お姉さんがお兄さんを殺せたら、私がもう一人のお兄さんを殺してもらうご褒美で、
あなたを治してあげようかと思っていたのにね」
「う……な、なに…………?」
右足を破壊したのがグレーテルだという言葉にも動揺を覚えたが、更にその続き。
蒼星石が囚われの三人、ニケ、メロ、ブルーを殺して、自分のご褒美で自分を治す。
そういう話ではなかったのか。
グレーテルはくすりと笑い、布を掛けられた黒髪の少女に歩み寄る。
光の具合で深い藍色にも見える長い髪が除いた、三人目の人影に。
グレーテルは足を振り上げて。
その人影を、蹴っ飛ばした。
被せられていた布がはだけた。
「……その……子は…………!?」
蒼星石は息を呑む。
一瞬だが先ほどの戦いで垣間見た少女とは姿が違う。
一回りは小さく、泥に汚れた、血の気を失った土気色の肢体。
息絶え絶えのニケも、横に転がるその遺体に息を呑んだ。
蒼星石はその死体が何処から来たのかを知っている。
塔から神社へと南下した際、神社を一通り調べて回った。
その時に見かけた土を盛られただけの簡素な墓。
蒼星石が止める間も無く、グレーテルは突撃槍のエネルギーで土を吹き飛ばした。
そこから姿を現した、黒い髪の少女の死体。
古手梨花の死体だった。
「どうして? その死体は墓穴の中に置いてきたはずじゃ……」
「だってもう一人は逃がしてしまったんだもの。私も残念だわ」
だからグレーテルは、戯れに神社へ向かいその死体を持ってきた。
布を被せられた大き目の人影が、小さく震えた気がした。
その中に居る誰かが笑ったように思えた。
「お姉さんは永遠に生きられなかった。
お兄さんを殺せなかった。だからここでおしまいなのよ」
グレーテルは手に握る突撃槍を、まるでナイフのように軽々と振りかざして。
振り下ろそうと、して。
ガラスの割れる音が響いた。
「あら、お客さんだわ」
グレーテルは楽しげに笑った。
それは体育館玄関口のガラス戸が割れる音だ。
鍵を掛けられたガラス戸はそれ自体が風景に紛れ込んだ鳴子だった。
隠れ家に警報装置を仕掛ければ、その警報装置自体がそこが隠れ家である事を報せてしまう。
だからこの体育館の場合は、ただガラス戸に鍵を掛ければ良い。
それだけで無理に入ろうとすれば騒音の響く警報装置が出来上がる。
グレーテルが倉庫をぶちやぶった為に無意味と化していた正門を通り、それは侵入してきた。
0286遺。(中編) 代理投下
2009/11/20(金) 01:55:22ID:TlKjQXDM何者も怖れないしっかりとした足取りで。
舞台から遠く離れた玄関口に、彼女は姿を現した。
舞台の床に這い蹲る蒼星石やニケには見えないだろう。
グレーテルが知る由も無い、ニケ達の仲間だったはずの少女。
「もう協定を破るのね、お姉さん。確かエヴァンジェリンっていったかしら」
七人の魔女の一人、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルがそこに居た。
「そういうおまえは同盟の相棒殺しか。つくづく見下げ果てた奴だ」
「お姉さんもそうなんでしょう?」
「一緒にするな。私には最初から仲間など居なかった」
「あら、スケボーで逃げた女の子に呼ばれたんじゃないの?」
「さあな」
それはあの数秒にメロが成した事。
スケボーを引っ張り出し、ブルーと共に、力いっぱい放り投げた。
ニケと自分に手間取るグレーテルの頭上を越えて、破られた壁の向こう側へ。
動機は感情的だけれど、精密な判断で下された、ブルーを逃がす為の一手。
かくしてブルーは逃げ延びた。
「どちらにせよおまえには関係の無い事だ、小悪党。
今、おまえの目の前にいるのは不死の吸血鬼にして最強の悪の魔法使い様だ。
おまえはここでゴミ屑のように、死ね!」
無詠唱で放たれた闇の一矢が開幕を告げる。
厄種と吸血鬼の殺意が交錯した。
* * *
メロは暗闇の中で、密やかにほくそえんだ。
可能性は低かった。
半分は感情による選択だった事も否定できない。
だがあの場で取れる数少ない有効な選択肢だった事はこの結果が証明してくれた。
(完全に運試しだったな)
笑みには自嘲まで混じっている。
ブルーがあの場から逃げ延びられる可能性は低くなかった。
厄種の性格からして、戦力で圧倒的に劣る獲物はすぐに殺さず嬲り者にする可能性も高いと踏んでいた。
だがブルーが裏切らずに救援を呼んでくれる可能性は期待できなかったし、
迅速に救援が見つかり、それが少なくとも事態を掻き回す力を持つ可能性も低かった。
獲物として、神社で言葉を交わしたニケの方を優先してくれる可能性も五分五分だ。
執着する獲物を先に楽しむか、後に回して楽しむかは完全に気分次第だからだ。
むしろニケより先に惨殺され、舞台演出に使われる可能性も高かった。
殆ど奇跡の様な偶然が重なって、メロは僅かな生の可能性を得た。
(なのに……なんだ、この胸騒ぎは?)
0287創る名無しに見る名無し
2009/11/20(金) 01:55:45ID:kOUQiWG50288創る名無しに見る名無し
2009/11/20(金) 01:56:08ID:LoNp/PnP0289遺。(中編) 代理投下
2009/11/20(金) 01:56:27ID:TlKjQXDMエヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。
夕方、ニケ達一行が神社に担いできたチャチャゼロの主人。
間違いなくニケの味方だろう。
そしてメロの相棒を務めていたチャチャゼロの主人でもある。
どうやら近くに転がってはいない──恐らく無言を貫いて体育倉庫に放置されたのだろう、
チャチャゼロに仲介を頼む事も出来るはずだ。
(チャチャゼロが厄種に寝返ってない事は感謝しておくか。勝ち組に付くのはおかしくないからな)
エヴァは味方。
あるいは取り入れる相手。そう考えて良い筈だ。
事は良い方向に転がっている。
生憎ニケはもうすぐ死ぬが、彼を一度助けた功績だってある──。
(不味い、自由を確保しないとヤバイ)
メロはその可能性に気がついた。
蓄えていた体力を開放していく。
拘束は鉄の楔で手首を舞台の床に挟み込んだだけ、手首自体を破壊されてはいない。
爪剥ぎ器で拷問するためには、指の感覚が生きていなければならないからだ。
おかげで監視さえ無ければ抜け出る隙がある。
ほんの少し。
ほんの少しだけ楔を浮かせる事が出来れば、腕を抜く事ができる。
しかし、びくともしない。
楔は強固に床板を噛み締めていて、片腕の、それも力の入りにくい体勢からではぴくりとも動かない。
(チッ。仕方がないか)
メロは覚悟を決めると、声を漏らさないように強く歯を噛み締めて。
「…………っ」
右手の親指の間接を、亜脱臼させた。
要するにポピュラーな縄抜けだ。
しかし一度外した間接は戻してもずっと痛み続けるし、外す時の痛みも強烈なものとなる。
数日の範囲で言えば親指の握力を捨てたようなものだ。
(左腕は感覚も鈍く指を二本失い、右腕も親指無しか。
まあ良い、握力は落ちるが物を握れないわけじゃない)
メロは痛みと不便をその一言で片付けた。
そして顔に掛かった布を首の振りでずらして、戦いへ目を向けた。
エヴァとグレーテルの戦いは、傍目からでも趨勢が見えていた
それは瞬時に決着するという物では無かったが、一方的な物には違いない。
優勢なのは……エヴァ。
広い体育館内で戦っている事が最大の要因だったのだろう。
グレーテルは遮蔽物を利用した撹乱しながらの戦いにおいてはプロフェッショナルでも、
開けた空間での正面対決を得意としているわけではない。
そもそも戦闘経験では数百年を生きたエヴァンジェリンに敵うはずもない。
天性の才覚と闘争本能でこの戦場に向いた武器である突撃槍を使いこなしつつはあったが、
それでもまだ、自在に飛び回り的確な魔法で戦機を支配するエヴァンジェリンには及ばない。
何より全身の負傷が体を引き摺り、その強みさえも殺している。
核鉄状態で行動した数時間はかなりの傷を癒してくれたが、それでも依然ハンデが残る。
グレーテルの攻撃がエヴァに届く様子は一切無い。
しかしそれでもメロは、エヴァンジェリンが歯噛みしているのを見た。
(なるほど、そういう事か)
0290創る名無しに見る名無し
2009/11/20(金) 01:56:59ID:LoNp/PnP0291創る名無しに見る名無し
2009/11/20(金) 01:59:52ID:LoNp/PnP0292創る名無しに見る名無し
2009/11/20(金) 02:00:39ID:MMwqttt70293遺。(中編) 代理投下
2009/11/20(金) 02:01:34ID:TlKjQXDM当たれば氷結する魔法の矢は受け止めた突撃槍の武装錬金を一瞬だけ凍らせて、
次の瞬間にはエネルギーの飾り布で溶かされる。
戦場はエヴァにとって有利だったが、武器の相性はむしろ不利だ。
グレーテルが全力で戦えば、勝敗は覆らずともここまで一方的な趨勢を見せてはいない。
グレーテルは本気で戦っていなかった。
(あの厄種、既に退き際を捜していやがる)
勝てると見ればどこまでも高圧的に。
しかし勝てないと見れば即座に退く。
劣勢の側にとって模範解答だろう。
優勢の側にとっても退こうとするその瞬間を狙うのが一番効率的だ。
その判断自体は素早く、的確である。
(所詮は感覚だけに頼る相手だ、誘い込めば……いや、今は良い)
それ以前に距離を取らなければならない。
この戦いから離れなければならない。
あの二人の戦いが決着するその前──。
予想外に早くその瞬間が来た。
ウンデキム・スピリトゥス・グラキアーレス・コエウンテース・イニミクム・コンキダント・サギタ・マギカ・セリエス・グラキアーリス
「氷の精霊11頭、集い来たりて敵を切り裂け。魔法の射手・連弾・氷の11矢!」
エヴァが唄うような詠唱と共に十一の氷の矢を解き放つ。
囲い込むように放たれた氷の矢は、しかしただの布石。
これによりグレーテルの左右と後方は封じられ、残るは前方のみ。
だがエヴァは無策な突撃など容易く返り討ちにするだろう。
よってグレーテルは、突撃槍の武装錬金サンライトハートの推進力を使い。
上空へと飛んだ。
それだけなら戦いはエヴァの勝利で決着していただろう。
空中でもエネルギーの飾り布で推進力を得る事は出来るが、逆に言えばそれだけだ。
二本の足で地面を駆け回れる地上に比べればどうしても小回りが利かない。
だが、それだけではなかった。
メロの目と鼻の先に引き裂かれたボトルが落ちてきた。
(不味い!!)
メロは咄嗟に鼻を押さえ息を止める。
大きな動きは目覚めている事を発覚させるが、最早そんな事を言ってはいられない。
視界の端でそれを見たエヴァも理解する。
グレーテルが舞台に投げたボトルからは毒ガスが溢れ出していた。
塩素系洗剤と酸性洗剤を混ぜた為に生まれる塩素ガスだ。
メロは刺激臭を感じた瞬間に目を細め自由になっている右手で鼻を覆ったが、
完全に動きを封じられているニケはそうもいかない。
溢れ出した毒ガスは身動きの取れないニケを包み込もうとし。
ニウィス・カースス
「氷爆!」
エヴァの放った氷の爆発が天井近くで滞空するグレーテルに襲い掛かった。
同時に爆風が巻き起こり、毒ガスを吹き消す。
攻撃と救助を両立した最適の戦術。
では、ない。
防御を鑑みた攻撃はどうしても甘くなる。
爆風を舞台に届かせるため、氷の爆裂は僅かに低い位置へとズレていた。
恐らくエヴァはこの隙にグレーテルが逃げる事を、仕方なしとしたのだろう。
仲間だと気付かれれば人質に使われてしまう。
だからエヴァはこの戦いの間そんな様子をまるで見せなかったが、
ニケを見捨てたわけでも気付いていなかったわけでもなかったのだ。
0294創る名無しに見る名無し
2009/11/20(金) 02:02:46ID:kOUQiWG50295遺。(中編) 代理投下
2009/11/20(金) 02:03:13ID:TlKjQXDM「馬鹿が!!」
エヴァが歯噛みする。
上空で起きた氷の爆発は高熱のエネルギーで吹き消されていた。
同時に閃光が降り注ぐ。
目が眩む。エヴァの視界が山吹色に塗り潰される。
グレーテルの狙いは逃亡などではなかった。
逃亡すると思わせた隙を突き、必殺の一撃を放つ事。逆境ですら殺害を選ぶ狂犬の選択だ。
空中に浮かぶ突撃槍の武装錬金に片手で掴まり、もう一方の手に拳銃を握り締めていた。
エヴァとの戦闘中には奇妙に思えるほど使っていなかったソードカトラス。
予想だにしない銃弾の引き金が、引かれた。
続けざまに、三回。
「ぐぁっ」
浅い。
ギリギリでメロの叫びが間に合ったのか、それとも狙い自体が逸れたのか。
三発の銃弾は一発が左肩を貫き、そこまでだった。
しかしグレーテルもそうなるかもしれない事を見越していたのだろう。
突撃槍サンライトハートを盾にしながら、飾り布のエネルギー出力を開放する。
そのまま天井を突き破り、この場から逃亡しようとする。
「逃、すかァッ」
絶叫と共にエヴァが手を伸ばす。
空へと逃げようとするグレーテルに向けて。
「リク・ラク・ラ・ラック・ライラック」
その手の先に渾身の魔力が集中し。
空気の凍てつくキンキンという耳障りな音を立てて。
伸ばした手から、白いビーム状の剣が発生していた。
いや、それはビームなどではない。
触れたものを強制的に気体へと相転移させ、全てを断ち切る必殺の魔法。
エンシス・エクセクエンス
「エクスキューショナーソード」
白き剣がサンライトハートを貫いた。
それでもエヴァの表情は歪む。
サンライトハートを貫いた切っ先はしかしグレーテルを僅かに外れ、その服を掠めていた。
直撃してはいなかったのだ。
だが何故か、グレーテルの表情も苦痛に歪む。
「ああああああああああああぁっ」
絶叫と共にサンライトハートのエネルギー放出が全開に達する。
槍の切っ先が体育館の天井に突き当たる。瞬時に槍が突き破る。
少女の姿は天井を突き破って遥か上空で方向を転換し、何処かへと飛び去った。
騒音を立てて天井の破片と共に、豪雨が体育館の床を叩き始めた。
厄種は、去った。
遠くへ。
0296創る名無しに見る名無し
2009/11/20(金) 02:04:00ID:LoNp/PnP0297創る名無しに見る名無し
2009/11/20(金) 02:04:05ID:kOUQiWG50298遺。(中編) 代理投下
2009/11/20(金) 02:04:22ID:TlKjQXDMエヴァは戸惑いを露にした。
エクスキューショナー・ソード。
極めて高度な魔法ではあるが、古典ギリシア語ではなくラテン語で構成されたこの魔法は、
今のエヴァが使える魔法の中で最強クラスの殺傷力を誇る。
直撃部分を蒸発させるビーム状の剣部分は一撃必殺の破壊力を持っているし、
直撃までしなくとも強制的に相転移された物質は急激に温度を奪われる。
グレーテルにも相応の冷気を至近距離から浴びせる事が出来たはずだ。
しかし強烈な苦痛を感じる程の冷気であれば、悲鳴の前にまず体が凍えるはずだ。
強烈なエネルギー噴射で冷気を緩和されたのだとすれば、それこそ悲鳴を上げる理由が無い。
エヴァの中に一抹の困惑が残り、それ以上に。
「うぐ……くそ、やってくれたな、小娘……っ」
湧き出す苦痛に表情を歪ませた。
グレーテルの持つソードカトラスから放たれたのは本来の9mmパラベラム弾ではなかった。
それより僅かに小さい.380ACP弾、所謂9mmショート弾だ。
9mmパラベラムとそれより僅かに大きい9mm×21弾を使えるソードカトラスとはいえ、
9mmショート弾は本来対応していない種類の弾丸だ。
同じ自動拳銃用同口径弾とはいえ、下手をすればジャム(弾詰まり)を起こしてもおかしくない。
本来の9mmパラベラム弾の弾数に余裕が有ったにも関わらず、9mmショート弾を使った理由は何か。
「う……ぐ…………ああああああっ!!」
鉤爪が伸びたエヴァの指先が肩の銃創を突き刺し、抉り、掴み取る。
引き抜いた。
その銃弾は、エヴァの指先で銀色に輝いていた。
メロが所持していた十四発の銀の銃弾。
魔に属する者を打ち破る必滅の弾丸である。
幾ら日光を克服したエヴァンジェリンといえども、この弾丸は通常の弾丸以上に痛手であった。
予想以上のダメージさえなければ処刑人の剣はグレーテルの体を貫いていたはずだ。
弱々しく左腕を握り締めようとする。
指が少し動いただけだった。
(左腕は、ダメか)
雨が降っているとはいえ、満月の夜だ。
この日のエヴァは吸血鬼の力を大幅に取り戻す。
その再生力により出血を心配する必要は無かったが、機能は殆ど死んでいた。
何日もすればともかく、一朝一夕で回復する事は無いだろう。
(近づけなければ良い話だ)
そう切って捨てる。
エヴァの主武器である魔法への影響は殆ど無い。
近寄られた時の危険は増大したが、どうにもできない程ではない。
エヴァは一切の問題なく、戦える。
それを確認した彼女は舞台を見た。
そこに在る、惨状を視た。
0299創る名無しに見る名無し
2009/11/20(金) 02:05:36ID:kOUQiWG50300遺。(中編) 代理投下
2009/11/20(金) 02:05:56ID:TlKjQXDM両腕を負傷しているようだが、それでも彼は軽傷な方だ。
次に四肢を引き裂かれた人形、蒼星石が目に入る。
無惨だった。恐らくはもう、何も出来ないだろう。
それから掘り起こされた古手梨花の姿。
エヴァが殺してしまった。殺した少女の、遺体。
心を凍らして意識的に無視する。今は、立ち止まれない。
最後に、ニケの姿が目に入った。
エヴァは少しだけ、息を呑んだ。
どうしようもない。
そういう惨状だったから。
即死していないのは嬲り殺しを好むグレーテルが傷つけたからだ。
だから、まだ、死んでいない。
まだ。
意識が有るのかも判らない、惨状。
それが今のニケの概況だった。
エヴァの目が、舞台袖から立ち去ろうとするメロを捉えた。
二人の目が合う。
思考までも。
闇の世界に生きた二人は、それぞれの素振りを見ただけで、その意図を理解していた。
「チャチャゼロは多分倉庫の方に転がっているはずだ」
「……なに?」
しかしメロの言葉はエヴァにとって予想外のものだ。
メロは続ける。
「あいつはこの島に来てから俺の相棒だった。お互いに世話になった」
「そうか」
メロが思ったとおりの、乾いた答え。
メロは続ける。
「それからそこに転がっている人形のガキはさっきの厄種の仲間だった」
「知っている」
メロにとって少し予想外の、予想できなくもなかった答え。
メロは続ける。
「そこのニケも何度か俺が助けた。神社でおまえを背負ってきた奴らと会ってな。縁が有った」
「そうか」
予想通りの会話を経て。
「あんたはこれまでに何人殺した?」
「生憎、そこに転がっている娘だけだよ」
メロは脱兎の如く舞台袖から逃げ出した。
エヴァが、それを追った。
* * *
0301遺。(中編) 代理投下
2009/11/20(金) 02:06:52ID:TlKjQXDM「ブルーか」
飛び出したメロは学校裏の森まで逃げ込もうという所で、彼女に出会った。
ブルー。
雨の中、木々の陰に隠れて学校の様子を見ていた少女。
メロが逃がした、恐らくはエヴァを呼び込んだ、メロの仲間だと言えなくもない女。
「その分じゃあのエヴァって女はあなたを助けてくれたみたいだけど」
「ああ、だが逃げろ!」
「えっ」
魔法の矢が飛来した。
「な、なんで襲ってくるのよ! あいつは神社に来たお人よし共の仲間でしょう!?」
「その仲間が瀕死で、動けない瀕死の敵が一人居て、それから既に殺したのが一人!」
走りながらのメロの叫びで理解した。
追える速さで逃げたメロを殺し、戻って動けないもう一人を殺せば、ご褒美が貰える。
しかしまだ疑問が続く。
叫び問い、喚く答えが返ってくる。
「どうして! 正義の味方の味方なら、こんな事っ」
「そして奴は、自分を悪の魔法使いだと自称した!」
「っ!!」
エヴァは確かにニケの仲間だった。
だからエヴァは、攻撃を半ば防御に回してでもニケを毒ガスから助けた。
しかしエヴァは悪だった。
だから道徳や倫理に縛られる事は無い。
自らの悪の誇りにさえ折り合いを付けて、エヴァはメロに襲い来る。
そして戦いのプロフェッショナルではないメロが。
戦いの指揮のプロフェッショナルでしかないブルーが。
ダークエヴァンジェル
闇の福音 から逃れうるはずがない!
ウェニアント・スピリトゥス・グラキアーレス・エクステンダントゥル・アーエーリ・トゥンドラーム・エト・グラキエーム・ロキー・ノクティス・アルバエ……
「来たれ氷精、大気に満ちよ。白夜の国の凍土と氷河を……」
メロは響く詠唱にハッと振り返り、ブルーを横へと突き飛ばした。
泥と水飛沫が弾ける地面を踏みしめて、メロは闇に閉ざされた空を見上げた。
(来る)
逃れえぬ攻撃が。
クリュスタリザティオー・テルストリス
「こおる大地」
血飛沫が舞った。
叫びと苦悶が交錯した。
エヴァンジェリンは上空からメロの姿を目視する。
視界は二人の持つ明かりからも外れて闇に覆われていたが、吸血鬼の視界に問題は無い。
降りしきる豪雨と凍てつく氷霧さえも、視界を隠し切る程ではない。
メロの胸の中央は真紅に染まっていた。
真っ赤な血の華が咲いていた。
0302遺。(中編) 代理投下
2009/11/20(金) 02:08:23ID:TlKjQXDMまだ苦悶に蠢いてはいるが、とどめを刺すまでも無い。
メロの側に居るもう一人の仲間を殺す理由も。
別れの言葉を交わすなら交わせば良い。
その程度の情けと、理由がある。
「聞くがいい、地を這う無力な子供」
彼女の名を。
ダーク・エヴァンジェル マガ・ノスフェラトゥ
「私の名は『闇の福音』、『不死の魔法使い』、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル!
最強の悪の魔法使いだ!
語り継ぐがいい、怖れるがいい、徒党を組み抗うが良い!
私は……悪だ!!」
悪として固められればそれで良い。
エヴァは踵を返し、学校の体育館に向けて飛び去った。
悪らしく、身勝手に、ただ自分の都合と理屈のためだけに。
あと一人を殺すために。
* * *
かくして舞台は再び、体育館の舞台へと舞い戻る。
そこはメロとエヴァが出て行った時のままだった。
グレーテルは天井を突き破って突撃槍で飛び去って、そのままだ。
あの絶叫がダメージによる物だとすれば、すぐには戻って来ないだろう。
古手梨花は死体として転がっているだけだった。
死体とは全てが終わった存在だ。
蒼星石は呆然と転がっているままだった。
もがれた四肢は彼女の選択肢を削ぎ落としていた。
ニケも楔に両手を括られたままだった。
まだ死んではいなかった。
違いが有るとすればただ。
目を見開き、粗い息を吐いて、意識を取り戻していた。
ただそれだけ。
だからエヴァは頓着する事も無く足を進める。
「待て、よ」
そこに居る少年を助けようとしている。だけどそれはエヴァの勝手だ。
少年の意思を尊重する理由なんてこれっぽっちも有りはしない。
「待てよ……エヴァ!!」
だけどニケはそれを理解していないようだから。
エヴァは立ち止まり、ニケの姿を見下ろした。
0303創る名無しに見る名無し
2009/11/20(金) 02:08:26ID:LoNp/PnP0304遺。(中編) 代理投下
2009/11/20(金) 02:09:40ID:TlKjQXDM体は紅く染まり、血に濡れていない所を捜す方が難しい。
さっきのメロの何倍も、多く深く傷つけられた。
なのにニケは生きていた。
まだ、生きていた。
悲鳴を楽しめるように、すぐには死なないように。傷は場所を選んで穿たれた。
生き残る事のないように、ゆっくりと死ぬように、部位を選んで壊された。
エヴァはこの状態のニケを治す魔法なんて知らない。
元来不死であるエヴァは回復魔法に疎いのだ。
人を強化し操る力も制限されたし、元よりそれは傷を治す便利な術になりえない。
自分を治したらしいインデックスと会おうにも、移動させればそのまま死に果てる。
工場から彼女を攫って往復しても間に合わない。
エヴァにニケを救う手段は、一つしか無かった。
「思ったより元気そうだな。
しかし生憎だが、今のおまえに喋る権利は無い。恨み言なら後で聞いてやるぞ?
今、言葉を遺す権利が有るのはそっちの人形の娘だけだ」
蒼星石はビクッと震えた。それだけだ。
ニケは痛みを堪えて、囁くような声で精一杯、叫んだ。
「ご褒美でオレを回復するってのか!?」
エヴァは笑いもせず、ただ見下ろして。
頷いた。
「ああ、そうだ。だが高町なのはと一緒にするなよ。
私は正義の味方だなんて言うつもりは無い。
正しさに流されるつもりは無いし、勿論これが正しいなどとほざくつもりも無い。
私は私に都合が良いから、そこの人形を壊して、殺して、おまえを治す。
それだけだ」
高町なのはがそんな事をした、という事をニケは知らない。
だがそれはこの場に関係すらしていない。
「意味がわかんねー、よ」
「判らなくていいさ。これは私の勝手な願望にすぎん。
私はジェダを倒したい。だがその手段は私が選ぶ。
おまえの素っ頓狂な光魔法とやらはそれなりに有効そうだからな。
だからおまえを生かす、それだけの都合に過ぎないんだよ」
「こ、これはあれか。
『ア、アンタのためじゃないんだからね!』とか言うやつのヤバイバージョンその名もヤンデ」
「何事も茶化せば済むと思うなよ」
「うぐ……」
どうでもいい事だがツンとヤンは全く違う。
「私が気に食わないというなら正義の味方として私を倒しにくるがいい。
その時こそ私はおまえを迎え撃ってやろう」
ニケはじっと黙り。
エヴァもニケを見つめて。
ニケが、言った。
「……なんで、だよ」
エヴァが、応えた。
「おまえは勇者様で、私は悪の大魔法使いだ。
おまえは光の道、私は闇の道。ならば何時か道を違えるのは判りきっていた事だ」
また少しだけ、沈黙して。
血まみれのニケは、氷のような冷笑を浮かべているエヴァを見上げて。
「違うだろ」
「ほう? 何がだ」
ニケが、言った。
「おまえはオレ達の仲間だろ」
「………………」
沈黙を打ち落とした。
0305遺。(中編) 代理投下
2009/11/20(金) 02:11:08ID:TlKjQXDMすっげー似合ってるし正義の味方っていうよりラスボスみたいカッコただしツルペタで
ちんちくりんな事以外カッコ閉じるだけど」
「ッ………………」
一筋の青筋。ただそれだけで無視。
「でもさ!」
ニケが、言った。
「エヴァはオレ達の──オレとオレの仲間の、仲間じゃねーかっ」
「……勝手に決めるな」
あと今ので好感度落ちたぞと付け加えそうになった言葉を呑み込む。
エヴァはどこまでも冷たく、突き放す。
「大体、蒼星石はおまえの仲間ではないだろう?
仲間割れをしたようだが、そいつもおまえを襲った一人のはずだ。
私がそいつを殺そうとおまえには関係の無い事だろうよ」
「だけど」
「誰彼構わず助けるのが勇者様か? 立派だ。本当にご立派な事だな。
だがそんな事では結局のところ誰も助けられない。
そんな事では最初の頃の高町なのはの方がマシだったぞ!」
「だけどこいつは」
ニケが、言った。
「こいつは、オレを殺さなかった」
沈黙。
静寂にも喧騒にもなれない、中途半端なただの沈黙。
穴から響く雨音が、屋根を叩く雨音が響き続ける。
その中で。
「だが、おまえには何もできない」
正しさの確信にも至らぬまま、ただ決断が成される。
エヴァはニケの前を通り過ぎ、蒼星石の許へ向かおうとして。
ニケから視線を外そうとして。
ほんの僅かだけ、それよりも早く。
そんな事は無いと笑い。
勇者ニケが、叫んだ。
「光魔法『カッコいいポーズ』!!」
「なにぃ!?」
魔物など闇に属する存在を縛る聖光がニケの全身から放射されていた。
見ればニケを括る両手の楔拘束は横に伸ばした大の字型だ。
足を封じられてはいない。
それならば出来る。定められたあのポーズを作る事が。
両手と指を左右に伸ばし、片足の膝を曲げ、もう片方の足は伸ばす。
それだけで作れる、カッコいいポーズ。
そこから放たれる聖なる光に照らされれば、
真祖とはいえ闇に属する吸血鬼であるエヴァが動けるはずもない。
しかし同時に、そこまでだ。
鼻で笑うエヴァ。
「フン。それで? そこからどうするつもりだ」
ニケはこの魔法を使用している間、何もできない。
ただでさえ拘束され深手を負っているニケには、尚更何も出来ない。
エヴァに殺害させまいとした蒼星石にも。
「そこの人形はどうせここまでだ。
手足をもがれて、戦う事は愚か逃げる事もできはしない」
「………………」
「考えも無しか? おまえもどうせその傷では……いや、おまえまさか!?」
エヴァは、その結末に気がついた。
ニケが、不敵な笑みでそれに答えた。
「この、愚か者がぁっ!!」
0306創る名無しに見る名無し
2009/11/20(金) 02:11:52ID:kOUQiWG50307遺。(中編) 代理投下
2009/11/20(金) 02:12:17ID:TlKjQXDM絶叫と共にエヴァは足掻く。光魔法から逃れようとする。
だが、できない。
カッコいいポーズはエヴァの自由を完全に奪っていた。
エヴァは怒りの言葉を叩きつけた。
「そのまま死ぬ気か、貴様!」
ゆっくりと死にゆくニケに。
ニケの傷は即死するものでこそないが、完全に致命傷だった。
例えばそれは、エヴァが空を飛んで工場とを往復しインデックスを連れてきて
それから回復の儀式を行っていてはまず間に合わない位に。
そこへ来て寝そべりながらとはいえ無理な体勢を作ってのカッコいいポーズを使えば、
ニケが死ぬまでにかかる時間は更に短くなる。
もし死の瞬間までカッコいいポーズを維持されれば。
いや、そうでなくとも死の直前まで維持されればご褒美を呼んでも間に合わない。
「そんな選択に何の意味がある!」
エヴァは言葉を尽くしてニケを説得しようとする。
ニケを思い止まらせなければならない。
この自滅を止めなければならない。
だけど。
「そこでおまえが死んだところで、その人形娘はもうどうにもならないのだぞ!
そんな死に損ないを助けてどうする!」
「エヴァが、連れてってくれよ。ランドセルにでも入るだろ」
「どうしてそこまでして助ける!?」
ニケは、小さく息を吐く。
少し呆けたように、目を瞬かせた。
それから、言った。
「だって、エヴァが誰か殺すのもイヤだしさ」
答えに。
「もう遅いっ。おまえの横に転がる古手梨花は……私が、殺したんだ」
嘆き。
「……苦しそーじゃないか、エヴァ」
読みに。
「それに、さっきの奴も殺してきた。おまえの動機は全てが手遅れだ! 何もかもな」
怒り。
「一人殺したら、もうダメなのか。二人殺したら、戻れないのかよ」
訴えた。
「オレは、エヴァのことを嫌いになるなんてまっぴらだからな」
エヴァが息を呑んだ。
ニケは語る。
「オレは仲間を嫌いになんてなりたくないんだ。
仲間が仲間を殺すなんてイヤだね」
エヴァが食いつく。
「おまえを殺せなかった人形が仲間扱いなのは良いだろう。
だがおまえは見えているのか? おまえがしようとしている事が」
しかしその論理は。
「おまえがこのまま死ねばそれは厄種のガキの殺害数になるだけだ。
後には四肢をもがれた無力な人形が転がるだけ。それだけだ」
エヴァが本来信じている論理ですらない。
「なんの意味がある。全ては死に向かうだけだ」
ニケを封じようとしただけの声でしかなかった。
だからニケは振り払う。
「さっき正しいからは理由にならないって言ったのは、エヴァだろ」
吐き出す想いで、粘りつく泥沼を。
0308遺。(中編) 代理投下
2009/11/20(金) 02:13:45ID:TlKjQXDMもう助からないから殺すって、もっと違うだろ。
殺した奴は嫌われて、殺された奴の仲間は悲しむんだ。
戦わなきゃいけないのかもしれないけど。
殺さなきゃ生きられないのかもしれないけど。
仲間が仲間を殺すなんて、仲間が敵に殺される以上に最悪じゃないか。
誰かを嫌いになるなら、敵だけ嫌いになった方が、マシだっ」
ご褒美システムを、振り払う。
エヴァは気付いた。
ニケの視線が最早焦点を失っている事に。
恐らくはこの多弁ささえも、意識を保つ最後の綱。
呼吸器は傷つけられていないから言葉を紡ぐことはできるけど、それもあと少し。
叫びを最後にニケの体から力が抜けていく。
もう、死ぬ。
今更ご褒美を呼んだところで間に合いもせず。
それでもギリギリまで、カッコいいポーズを放ち続けて。
「だから……この方が、マシだっ」
訪れる死を前に。
遂にエヴァは、目の前の勇者の生存を諦めた。
「くそう、結構心残りが多いぜ。
なのはに酷い事言ったのを謝れなかったのと……
八神はやてが死んでヴィータがどうしてるのかと……
エヴァがこれからどうするのか結局わかんねーのと……
グレーテルって子がクソみてーな世界に居続けてるのと……
インデックスのシースルーな格好をもう一度拝めなかったのが心残りだ」
「…………フン。女の子ばかりだな、というか最後のを他と同列に語るなっ」
「あ、途中のグレーテルって子は女の子じゃなかったってゆーか男の娘だったってゆーか」
「なに!? 確かに戦闘中おかしかったが、しかし同じようなものだ!」
エヴァも、今度は律儀にツッコミを入れた。
なのはが過酷で無惨な様になっていた事も、ヴィータが魔女の連合に居た事も胸に仕舞って。
グレーテルについてどうしようもないと考えている事も、エヴァがこれからどうするかも話さずに。
そのツッコミはきっと、半分くらい優しさで出来ていたのだろう。
ニケはニッと笑って。
息を吐いて、吸って。
「……それ、から…………」
最後の心残りを吐いた。
一番たいせつなひとの名前を。
「ククリに会えなかったのが、心残りだ」
「ククリ?」
転がっていた、四肢をもがれた人形が。
呆然と話を聞いていただけの少女が。
蒼星石が、顔を上げて呟いた。
「まさか君は、ニケ君なのか?」
0309創る名無しに見る名無し
2009/11/20(金) 02:14:57ID:kOUQiWG50310創る名無しに見る名無し
2009/11/20(金) 02:17:48ID:kOUQiWG50311創る名無しに見る名無し
2009/11/20(金) 02:19:57ID:LoNp/PnP0312創る名無しに見る名無し
2009/11/20(金) 02:21:43ID:kOUQiWG50313創る名無しに見る名無し
2009/11/20(金) 02:22:38ID:+UYrLeDu0314遺。(中編) 代理投下
2009/11/20(金) 02:23:16ID:TlKjQXDMニケは精一杯に頷く。
「あ、ああ……まさかおまえ、ククリに会ってたのか」
蒼星石は知っている。
トリエラ達との情報交換で、ククリという少女がニケという少年を捜していた事。
それからどんな経緯を辿りどんな“結末”を迎えたかも、知っている。
だから答えた。
「ククリさんは、何人もの仲間に守られて、北東の街の旅館に居たよ。
温泉なんかも有ったよ、あそこは」
「マジかよ、ずりぃ…………ちくしょう、覗きたかったぜ。
でも、ほんとうにぶじでよかった」
ホッと、息を吐いて。
気が抜けて。
力が抜けて
「ニケ!」
響き渡ったエヴァの叫びに。
最期に一言だけ、ニケは言葉を吐き出した。
「やっぱ勇者ってサイコーだぜ」
命と一緒に吐き出した。
そうやって。
勇者ニケは、死んだ。
【ニケ@魔法陣グルグル 死亡】
【D−4周辺/不明/2日目/黎明】
【グレーテル@BLACK LAGOON】
[状態]:疲労(中)、全身凍傷(軽)、左腕負傷(大)
喪われた心臓の代わりに核鉄(サンライトハート)が埋め込まれている。
核鉄に大ダメージを受けたため消耗大
[装備]:サンライトハート(相当な損傷を受けた)@武装錬金
ソードカトラス×2(1+15/15)(銀10/15)@BLACK LAGOON、ソードカトラス専用ホルダー
[道具]:基本支給品一式、塩酸の瓶×1本、毒ガスボトル×1個、ボロボロの傘
ソードカトラスの予備弾倉×3(各15発、一つだけ12発)、バット、
蝶ネクタイ型変声機@名探偵コナン、救急箱、エルルゥの薬箱の中身@うたわれるもの
(カプマゥの煎薬(残数3)、ネコンの香煙(残数1)、紅皇バチの蜜蝋(残数2))、100円ライター
スペクタルズ×8@テイルズオブシンフォニア、クロウカード『光』『剣』@CCさくら、
コエカタマリン(残3回分)@ドラえもん、
[服装]:いつも通りの喪服のような黒い服。胸の中央に大きな穴が空いている。雨に濡れて湿っている。
[思考]:不明
第一行動方針:不明(「南の方」に向かう、再襲撃する、隠れて休むなど)
第二行動方針:千秋との再会を楽しみにする。千秋が「完全に闇に堕ちた」姿を見届けたい。
第三行動方針:機会があればまた紫穂と会いたい。2人きりで楽しく殺し合いたい。
基本行動方針:効率よく「遊ぶ」。優勝後はジェダに「世界のルール」を適用する(=殺す)。
[備考]:キルアの名前は聞いていません。
シルバースキンの弱点(同じ場所をほぼ同時に攻撃されると防ぎきれない)に勘付きました。
「殺した分だけ命を増やせる」ことを確信しました。ただし痛みはあるので自ら傷つこうとはしません。
銀の銃弾は微妙に規格が違う為、動作不良を起こす危険が有ります。使用者も理解しています。
0315遺。(中編) ◇T4jDXqBeas
2009/11/20(金) 02:23:24ID:kOUQiWG5ニケは精一杯に頷く。
「あ、ああ……まさかおまえ、ククリに会ってたのか」
蒼星石は知っている。
トリエラ達との情報交換で、ククリという少女がニケという少年を捜していた事。
それからどんな経緯を辿りどんな“結末”を迎えたかも、知っている。
だから答えた。
「ククリさんは、何人もの仲間に守られて、北東の街の旅館に居たよ。
温泉なんかも有ったよ、あそこは」
「マジかよ、ずりぃ…………ちくしょう、覗きたかったぜ。
でも、ほんとうにぶじでよかった」
ホッと、息を吐いて。
気が抜けて。
力が抜けて
「ニケ!」
響き渡ったエヴァの叫びに。
最期に一言だけ、ニケは言葉を吐き出した。
「やっぱ勇者ってサイコーだぜ」
命と一緒に吐き出した。
そうやって。
勇者ニケは、死んだ。
【ニケ@魔法陣グルグル 死亡】
【D−4周辺/不明/2日目/黎明】
【グレーテル@BLACK LAGOON】
[状態]:疲労(中)、全身凍傷(軽)、左腕負傷(大)
喪われた心臓の代わりに核鉄(サンライトハート)が埋め込まれている。
核鉄に大ダメージを受けたため消耗大
[装備]:サンライトハート(相当な損傷を受けた)@武装錬金
ソードカトラス×2(1+15/15)(銀10/15)@BLACK LAGOON、ソードカトラス専用ホルダー
[道具]:基本支給品一式、塩酸の瓶×1本、毒ガスボトル×1個、ボロボロの傘
ソードカトラスの予備弾倉×3(各15発、一つだけ12発)、バット、
蝶ネクタイ型変声機@名探偵コナン、救急箱、エルルゥの薬箱の中身@うたわれるもの
(カプマゥの煎薬(残数3)、ネコンの香煙(残数1)、紅皇バチの蜜蝋(残数2))、100円ライター
スペクタルズ×8@テイルズオブシンフォニア、クロウカード『光』『剣』@CCさくら、
コエカタマリン(残3回分)@ドラえもん、
[服装]:いつも通りの喪服のような黒い服。胸の中央に大きな穴が空いている。雨に濡れて湿っている。
[思考]:不明
第一行動方針:不明(「南の方」に向かう、再襲撃する、隠れて休むなど)
第二行動方針:千秋との再会を楽しみにする。千秋が「完全に闇に堕ちた」姿を見届けたい。
第三行動方針:機会があればまた紫穂と会いたい。2人きりで楽しく殺し合いたい。
基本行動方針:効率よく「遊ぶ」。優勝後はジェダに「世界のルール」を適用する(=殺す)。
[備考]:キルアの名前は聞いていません。
シルバースキンの弱点(同じ場所をほぼ同時に攻撃されると防ぎきれない)に勘付きました。
「殺した分だけ命を増やせる」ことを確信しました。ただし痛みはあるので自ら傷つこうとはしません。
銀の銃弾は微妙に規格が違う為、動作不良を起こす危険が有ります。使用者も理解しています。
0316創る名無しに見る名無し
2009/11/20(金) 02:26:32ID:kOUQiWG5どうしようか
規制大丈夫ですか?
無理そうなら引き継ぎますが
0317創る名無しに見る名無し
2009/11/20(金) 02:29:51ID:TlKjQXDMすみません、ちょっとちょくちょくお待たせするのもあれなので。
できる限り支援に回りますので、引き継ぎをお願いしてもいいでしょうか。
0318創る名無しに見る名無し
2009/11/20(金) 02:30:44ID:kOUQiWG50319遺。(後編) ◇T4jDXqBeas
2009/11/20(金) 02:31:28ID:kOUQiWG5あれほどの戦闘経験者が追撃を掛けずに立ち去るのは──ブルーを見逃した事は不可解だが、
既に致命傷を与えているからに他ならない。
事実、近寄って見たメロの姿は致命傷を受けているようにしか見えなかった。
氷の刃は折れたのか貫通こそしていないものの、
丁度心臓の上の場所を正確に、真っ赤な血で染め上げていたのだから。
だからエヴァが飛び去った後でメロが不敵な笑みを浮かべても、理解できなかった。
「予想通り、焦っていやがる」
「え……?」
困惑の声を上げて、数瞬してから気付く。
エヴァがニケを助ける為にご褒美を求めているならば。
もう一人分の殺害予定を体育館に放置しているならば。
エヴァには“何か切り札が有るかもしれないブルーにまで戦いを挑む理由が無い”。
もちろんその可能性は低いが、何らかの支給品で足止めを喰らう可能性は否定できない。
それなら遠距離からメロに致命傷を与えただけで、近寄らずに退く事は、
一刻一秒を争う状況では妥当な判断だったと言えるだろう。
しかしメロのそれを見落とした事は明らかな失敗だった。
「ぐ……賭けに生き残った。それだけだ」
メロは胸元から、真っ赤に染まった布を取り去った。
梨花の死体を舞台装置として機能させるために、梨花と、メロの体には布が被せられていた。
その布を適度な大きさに千切り、ニケの血に浸した物がそれだった。
メロの胸元を染めた真紅の血は、ニケが使っていた血溜まりの一片だ。
それによりメロは偽りの致命傷を演出した。
それだけではエヴァの魔法を受けて生き残る理由になりえない。
「氷の攻撃なら、掠める位なら耐え切れるだろうと思ってな」
メロが着ているローブは賢者のローブ。
高熱と冷気と暴風から着用者を守る魔法のローブだ。
加えてメロに氷の刃は直撃していなかった。
左肩と左脇腹と右膝を掠めてはいたが、ローブに守られていた事もあって深い傷ではない。
メロは生き残った。
同時に、それでも不味い状況だと認識する。
命に別状は無くとも重なる傷は全身を消耗させている。
ようやく取れた睡眠も完全ではなく、疲労自体もかなりの物だ。
今も降り続く冷たく鋭い雨が傷に滲み込んで疲労を深くしている。
なにより手足に受けてきた傷が、不味い。
(左腕は殆ど動かず、指は三本だけ。左腕が動かないだけでも相当な痛手だ。
右手も縄抜けの際に抜いた親指が痛むな。握力はかなり下がっている。
物を掴んで運ぶ位は問題無いが、相手が一般人でも殴殺は厳しいだろう。
今受けた右足の傷も、深くは無いがさっさと応急処置をして逃げないとまずい。
右手でランドセルを掴んで来れたのは僥倖だが……クソ)
冷静に自分の状況を省みて、歯噛みする。
舞台に転がっていたメロのランドセルは、目ぼしい物を殆ど抜き取られていた。
恐らく舞台まで持ってきた所で中身を検分したのだろう。
残っているのはバカルディや食料などを含む基本支給品だけだ。
弾だけで無意味だったとはいえ弾丸は当然抜き取られたし、救急箱や薬品の類も無い。
チャチャゼロを失ったのも痛手だ。
恐らくは倉庫の方に転がったままなのだろう。
加えて、急いでここを離れる必要が有る。
エヴァをやり過ごす事が出来たとはいえ、彼女はご褒美を呼ぶはずなのだ。
数分もしない内にメロが生きている事が露呈してしまう。
0320創る名無しに見る名無し
2009/11/20(金) 02:31:53ID:TlKjQXDM0321遺。(後編) ◇T4jDXqBeas
2009/11/20(金) 02:32:31ID:kOUQiWG5「判っている。肩を貸せ。手当てをすれば治る程度だが、足が痛む」
「え。ええ、判ったわ」
すぐさまブルーが近づき、メロの右肩を下から抱え込む。
メロはブルーの肩を借りて歩き出す。
泥水を跳ねながら、歩いていく。
この場から離れていく。
急ぎ、思考をめぐらせながら。
今すぐに、とても重要な事を決めなければならないのだ。
ブルーを殺すかどうかを決めなければならない。
(肩を貸してもらうのも賭けだったが、咄嗟に切り捨てられはしなかったか。
だろうな。
身を挺して自分を守ってくれる人間だと判断したなら、この状態でも俺はまだ有用だ。
ブルーには俺を切り捨てるかどうか、ゆっくりと考える時間が有る。
そして俺にとってもブルーは有用……そう、ただ有用なだけだ。
感情は、抑え込める。
抑え込めなければならない)
媚薬によるブルーへの慕情はまだ存続している。
なにせメロは、今回の危機に当たって二度もブルーを助けているのだ。
どちらも自分の為に繋がる行為であったが、それだけと断言する事はメロ自身にも出来ない。
だが。
それでも、どうしても必要ならば、メロはブルーを切り捨てられる。
ニアを出し抜いてLを超えるためならば。
メロは自分が決して理性的な人間ではない事を理解している。
メロが持つ殆どの動機の根幹は、ニアへの対抗心によるものだ。
ニアを超えなければ、メロはLに届かない。
羨望か、嫉妬か、嫌悪か。
向上心か、虚栄心か、名誉欲か。
何にせよそれは、メロの全てと言っても良い。
その為ならば、家族や恋人でも切り捨て“なければならない”と考える。
だからメロはじっくりと考えた末に必要であれば、慕情さえも押し込めて。
ブルーを、殺せる。
今ここで三人目の殺害によりご褒美を貰う必要が有ると考えたならば、ブルーを殺せる。
最初に殺した大柄な少年に火事の現場に放置し放送で呼ばれた江戸川コナンを含めれば、
次の殺害でご褒美がもらえるのだ。
殺害方法は容易い。
今メロが肩を借りている……つまりメロの腕の中に有るブルーの首を、抱き締めて。
絞めれば良い。
右手の握力は落ちているが、腕力への影響は無い。
ある程度は鍛え抜かれたメロの膂力なら、片腕でも女子供くらいは絞め落とせる。
風の剣を展開されると不味いが、絞めに入ってからなら勝算は十分に有る。
奇襲と呼吸困難による混乱から立ち直るのは難しいからだ。
それこそ絞めに入った時点で腕に握られてでもいなければ七割、いや八割方は殺せるだろう。
そうしてブルーを殺せば、ご褒美で傷を治す事が出来る。
全身の消耗を回復して両腕も万全にすれば、行動の選択肢はかなり広がる。
ブルーを殺すメリットは他にもある。
ここまで負傷が重なったメロは何時ブルーに切り捨てられてもおかしくない存在だ。
安全の確保という意味でも、メロにはブルーを殺すメリットが存在している。
リスクとリターン。
メリットとデメリット。
メロは考えに考えて。
ニアを超える為にどうするかを決めた。
0322創る名無しに見る名無し
2009/11/20(金) 02:32:44ID:/HQcmm640323創る名無しに見る名無し
2009/11/20(金) 02:33:32ID:kOUQiWG5さっきの場所からは十分に離れていた。
エヴァが追撃に出てきても、足跡が消え視界も悪い豪雨の中での捜索は困難だろう。
事を起こすなら、今だ。
だからメロは、言った。
「さっさとやれ。その手に握った風の剣でな」
「なっ!?」
ブルーの手には自らの首に巻きつくマフラーの一端が握られていた。
即ち風の剣の一端だ。
ブルーは既に、メロを殺す為の凶器を握り締めていた。
「ち、違うわよ、メロ、これは……」
メロを放り出してあとずさるブルー。
その瞳に浮かぶのは激しい迷いと、動乱。
ブルーはメロを殺すかどうか迷っている。
一方のメロは放り出されて泥水に膝を付く。
前のめりに倒れそうになり、辛うじて右手をついた。
親指が、痛んだ。
泥飛沫が舞った。
メロは仰向けに倒れ込む。
木々の枝を抜けてくる冷たい雨に顔を打たれながら、ブルーの姿を見上げる。
借りていた肩を避けられれば地に叩きつけられる程に、今のメロは弱かった。
「言い訳は不要だ」
それでも言い訳はせず、させない。
迷うブルーを説き伏せようともせず、逆に言葉で畳み掛けていく。
「俺を殺す気なんだろう? いいだろう、殺せ」
ブルーよりメロにとって有り得ないはずの選択肢へと追い込みを掛ける。
「おまえになら託せるからな」
「託す……?」
メロは断言する。
ブルーの心情を、自らの言葉で定義する。
ああと頷いて、宣言した。
「おまえは信頼できる女だ」
困惑。そして惑乱。
理解できない。
まるで意味の通じない言葉の連なり。
ブルーは問うた。
「それが、今から自分を殺そうとする女に向ける言葉?」
首肯が返る。
それが確かな事がと知っている、そんな頷きが。
「確かにおまえは信用できる女じゃない。きっぱりと悪女だろうよ」
「なら、どうして」
見つめる視線。返る視線。
内に秘められた、量れない意思。
ブルーにはメロが何を考えているかわからない。
同じように、メロにはブルーが信じられる人間かなんてわからないはずだった。
それなのに。
「おまえは人を裏切ることができる女だ。
親しい人間にさえ嘘を吐き、翻弄することができる女だ。
騙り、偽り、謀り、誤魔化し利用して陥れることができる女だ。
化かす女だ。
なのに、想いを裏切ることだけはできない」
メロは言い放つ。
ブルーの内に秘められた本質を。
「だからおまえは、信頼できる女だ」
0324創る名無しに見る名無し
2009/11/20(金) 02:34:14ID:+UYrLeDu0325創る名無しに見る名無し
2009/11/20(金) 02:34:16ID:LoNp/PnP0326創る名無しに見る名無し
2009/11/20(金) 02:34:17ID:/HQcmm640327遺。(後編) ◇T4jDXqBeas
2009/11/20(金) 02:34:28ID:kOUQiWG5自らの想いを。
「俺の想いを託すに足る女だ」
わからない。
ブルーにはわからない。
風の剣を握る手が震えているのは寒いからだろうか。
それとも、怖いからだろうか。
(多分、怖いからだ)
そう理解する。
ブルーは彼の知恵を、洞察を、意思を恐れている。
刃を振り下ろす勇気さえも。
その後に再び歩き出す強ささえも危うく思えるほどに、圧倒されている。
「俺の目的は、俺の打った手がニアのそれよりも早くジェダの牙城を打ち崩すことだ。
だから俺はおまえに託すと言っている。
おまえに、俺のやったような事をやれとな」
だから、メロの言葉を返せない。
まるで染み入るように染み込んでいく。
ブルーを規定してしまうメロの言葉が入ってくる。
「足手まといは殺してもいい。もちろん邪魔な奴もだ。
親しい奴だろうと、自分を慕う奴だろうと関係無い。
手段は選ばず、だが俺の目的を継いでくれ。
俺を殺してな」
その言葉はこれから殺される人間とは思えないほどに力強くて。
思わず、ブルーは呟いた。
「……できないわよ、そんなの」
小さな弱音を吐いていた。
ブルーが自ら決意したのであれば別だったかもしれない。
自ら殺害を心に決めていたのであれば。
だけどメロから向けられた遺言で逆に、揺らいでしまった。
最初の出会いの時からメロに感じていた敗北感が、圧倒的な迫力を見せ始める。
意のままに操れば。あるいは殺せば、メロを乗り越えられると思っていた。
だが、大きな過ちだった。
実際にメロが、その慕情から命がけでブルーを守り、命すら差し出してきた時、思ったのだ。
メロを殺した後、自分はどうするのだろうか、と。
メロの遺言を無視して自分だけの為に生きることはできない。
それは解くことのできない呪いを生涯背負って生かされるようなものだ。
だが、メロの遺言に従い彼を継ぐ事などできるのだろうか?
殺意すらもメロに握られたこの有様で。
ブルーは堂々巡りの迷路に嵌る。
そんなブルーに。
「殺せ」
「できない」
「やれ。何なら酒の勢いに頼ってでも、踏み出せ」
メロは一本のボトルを取り出していた。
バカルディ・ラム。
0328創る名無しに見る名無し
2009/11/20(金) 02:35:01ID:TlKjQXDM0329遺。(後編) ◇T4jDXqBeas
2009/11/20(金) 02:35:26ID:kOUQiWG5ストレートで飲めば喉を焼くと共に理性をも焼くだろう。
メロはそれを軽く呷ってから、ブルーへと放った。
「飲め」
ブルーはそれを受け取り、戸惑い、躊躇いながらも。
それに、口を付けた。
初めて味わう高濃度のアルコールは、思ったより軽やかな味で喉を流れ落ちていった。
少し生っぽい泡を感じた気がして、だけどそれを気に留める暇もなく。
次の瞬間、腹にカッと火がついた。
「っ」
灼熱感とでもいうべき感覚。
戦いの中で炎に焼かれる痛みじみた熱さとは全く違う、なのに火に灼かれると表現すべき熱さ。
喉も胃も焼けるようだった。
ブルーは自分の支給品の水と噛み砕いた食料で喉を濯ぐ。
ストレートのバカルディは子供の体で飲みすぎれば酔い潰れてしまいかねない。
やがて少しずつ、酔いが回っていく。
気持ちが大胆になっていく。
「おさらいだ、ブルー。Q−Beeについての仮説は覚えているな?」
恐らく二人で考察を交わすのも最後なのだろう。
殺害と違ってこの行為に抵抗は無い。だから、素直に言葉が出てきた。
「ええ。あの復活劇は逆にQ−Beeの重要性を証明したって話でしょう。
次にすべき事は、Q−Beeを殺害した参加者を捜して情報を得ること」
「その通りだ。その参加者の居所についても考えてみたが、幾つか限定できる。
まずあの映像において、Q−Beeの死体は抉れた地面に転がっていたが、
あの地面にはアスファルトの破片が混じっていた」
流石、という感想が過ぎる。
つまりQ−Beeが殺されたのは、どこか道路が張り巡らされている場所だ。
「でもそれだけじゃ、殆ど島の全域よ? 何処を目指せばいいの?」
「砕けた地面について考えろ。
あの地面は元々砕けていた可能性も有るが、強力な攻撃で、
路面ごとQ−Beeの頭部から下を吹き飛ばした──そう考えても辻褄が合う」
「それがどういう……ああ、そういう事」
そういった攻撃は得てして轟音を伴う。
強力な爆弾を炸裂させたようなものだ。
ブルーの知識なら、マルマインの大爆発を一斉に炸裂させたようなものだろう。
「この近辺の奴じゃない。少なくともあの小坊主を殺した厄種の仕業じゃない。
それから、確率の話だが森の中や平地といった“移動中の道路”である可能性は低い」
これもブルーは理解した。
むしろブルーの得意とする領域の話だ。
戦場が開けた場所であれば、立ち回りによって狭い道路から外に移動する可能性は高い。
森の中ならば特に、遮蔽物を利用した戦いに持ち込むのは必然と言っても良い。
Q−Beeが殺されたのは恐らく市街地。
北東か、南西か、南東の廃墟か。
「八度目の使いという所からして、時間的には遅い時間帯のはずだがな。
夕方の六時時点でご褒美は四度だと言った。
その時点で一人〜二人の殺害分が残っているとはいえ、半分よりは後だろう。
九時以降というところか。
夜遅く、轟音の響く戦いが起きた街で、誰かが、Q−Beeを殺した」
確信を持ったメロの言葉。
ブルーは何度も流石だと身につまされる。
情報収集力と相手の裏をかく力には自信が有ったブルーだが、
その二つはともかく情報分析力においてはメロが圧倒的に上回る。
メロとブルーはしばらく言葉を交わす。
情報を纏めていく。
0330遺。(後編) ◇T4jDXqBeas
2009/11/20(金) 02:36:28ID:kOUQiWG5それがどちらであったにせよ、メロにとっての問題にはなりえない。
何故ならブルーの選択の如何に関わらず、メロの意思は続くからだ。
ブルーがメロを殺せなかった場合の理由は言うまでも無い。
数時間後にブルーの中で膨れ上がる『メロへの慕情』が掻き消えたとしても、
その頃にはメロの広く浅い傷と消耗もマシになり、切り捨てられる理由はなくなる。
メロからブルーへの想いも醒めているだろう。
メロは再び優位に立つ。
何よりそれまでの間、彼女の愛を受けられるというのは好ましい。
今、この瞬間のメロは、ブルーを愛し、穢し、貪り尽くしたいとすら想っているのだから。
メロにとってこちらの結果が最良である事は語るまでも無かった。
だがしかし、それが叶わなかったとしても。
メロを殺せばブルーはその死に呪縛される。
例えしばらくして『膨れ上がるメロへの慕情』が掻き消えたとしても、
それまでにブルーは行動方針を確たる物にしているだろう。
ちょっとしたきっかけの一つが失われても既に歩き出しているはずだ。
死者への問いが解決する事は無い。
メロの意思は託される。
その成果を自分で確認できない事は悔しいが、ブルーが上手くやる確率はまあまあだろう。
既に武器を握り締めていたブルー相手にこれならば、上々と言っても良かった。
切った札は媚薬入りのバカルディ・ラム。
メロが口を付けた水と同じ、最初から封を開けられていた飲料。
メロはそれがそうであるという確証さえなかった。
ただ、ブルーが既に武器を握り締めていた以上ブルーの殺害はありえなかった。
ブルーに殺されない手段としても追い込む方が確率としては高かったし、
ブルーに託して現状の散々なメロより上手くやってくれる見込みはそれなりに有った。
メロは既に、ブルーに対して勝利していた。
メロとブルーの視線は絡み合い、そして。
* * *
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