>>628 知らんがな(・ω・)! 

  問いはどこまでも終わらない。付き合う必要はない。真実を知っている人かどうか知るために、宇宙の成り立ちまで尋ねてみる、
 そこまで知った人の回答でないと安心できないのはわかる。ブッダの直答がほしいというわけだ。
 それはよくばりだ。真実を追求するというのも欲張りだ。真実など別にいらん。知ったところで確認するすべもあるまい。
 実態は必要だろう。判断するために。しかも確認も簡単だ。現実的で、具体的で、物質的だ。
 実際に自分の心、カラダで、十分に味わって、使って、世界を知ればいい。
 アタマを使えば、誰もかれも、所詮は、妄想の中の住人にしかなれん。
 具体的に行動をとれば、それでいいんだ。努力。