速読ってどう? part6
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0325SF
NGNG読破したとしたらすごいことですね。基本的に「逆さに読む」というのは
「見る」に徹するために行うものであって「理解」しては意味がありません。
右脳速読では、「見る=記憶する」ですので、これでもしっかり頭に入る
らしいのですが、左脳速読では「逆さにする=見る」と思っていいです。頭
の体操にはなりそうですが。
>>321
「音声化」という直接的な行為でなくても「理解しよう」という意識が視
野を思い切り狭めます。教室では、明瞭認識の測定でスピードが伸びない人
に、本を逆さまに持たせて測定させます。すると3割り増しから2倍程度ま
でスピードが上がります。つまり、見るだけのつもりが、なにかしら意識の
ブレーキがかかってしまっているんですね。同じように九九を唱えながらし
てもらっても、やはり1〜3割程度スピードが上がります。
この「理解しよう」という気持ちが視野を狭め、行に沿った、必要以上に
丁寧な目の動きを作ってしまい(ぎくしゃくします)、結果として「速読」
に到達する「広い視野とスムーズな視野の移動」を阻害することになるわけです。
>>322
フォトリーダーにはなれると思いますが、そうとう時間がかかります。ヤ
フー掲示板の「フォトリーディングってどうだい?」というスレに有益な情
報がたくさん書かれています。
ただし、高速リーディングはきちんとした速読トレーニングをしないとだめですね。
>>324
ただでさえ主観的・感覚的な言葉を、他団体の著作権を侵害しないよう
に注意しながら表現しようとするために、非常にわかりにくくなってしま
いますね。しかも日常的に使う言葉を特殊な用法で用いるため分かりづら
い。さらに同じ言葉をいろいろな場面で微妙にニュアンスを変えながら使
うために分かりづらい!!!
>>>文字に集中しつつ、読まない、という状態が必要
>>この「読まない」は「黙読しない」という意味ですね?
その通りです。
>>>「九九を唱えつつ、読む」
>>これも黙読をしないためと思われますが
>>「けっして理解しようとしてはいけない」のですね?
これは微妙です。九九を唱える場合、九九に意識の大部分がいってしま
うと本当に意味がなくなるため、九九を唱えながらも理解しようという気
持ちを持つことが必要になります。
ただし、明瞭認識測定で九九を唱えるのは「見る」に徹するためです。(理解を排除する)
>>>「後頭部に集中しつつ、読む」
この場合も微妙です。「後頭部に集中しつつ」という表現は本当に「読書
(味わって読む)」する時にしか使いません(私は)。ですから、この場合
「理解しようとする意欲満々」です。ただ、その理解しようという意識を分
散させるために行うわけですね。
伝わりました?
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