>>870
>もし仮に国家権力というものが存在しない自然状態では

自然状態とは、国家権力も存在しないし、家族やムラ社会のような中間団体もない状態を指します。
こうして社会をいったん個々人のレベルにまで分解し、そこから再び個人の契約によって
社会を構成する。これが社会契約の考え方。

でもね、個々人のレベルにまで分解された状態を体験したことありますか?
いつの時代に存在しましたか?確認できますか?
社会契約論の前提である自然状態とは、あなたの言うように
「仮に」という空想上のものでしかありません。

自然状態が空想でしかないため、自然状態において人間は生まれながら自由と平等を備えていたということを
誰も確認できないんですよ。

アメリカ独立宣言などで神の存在と人権とが並べて書かれているのは、
この論理的空白を埋める必要があったからです。

「明白に誤った根拠あるいは論理またはおよそ反論可能性のない根拠に基づいた理論」
を、デムパな理論というそうです。