>>122
まあ落ち着けよww
フーガなら、学習フーガをレッスンで習ったことあるから、相当知ってるけどね。

>フーガを和声理論(縦の配列)だけで分析することほど表面的で無意味な理解はないし、

うんうん、それはそうだね。フーガは、主唱と対唱とで普通分析するよね。
じゃあ、フーガは、それに固有の分析方法があるわけだ(まあ属調や、変応の概念が
ある以上、縦の要素が無意味だ、という主張は余りにも愚かしいが)。
結局、一つの分析系を取るわけだけど、それでフーガは説明できても、フーガを使った音楽の多様性を説明できるんですか?
と、結局同じ問題に帰着する。

>ただ和声理論という、音楽の数ある「見かた」のうちの一つのと、音楽そのものを混同してる時点で対等に論じる価値がない。

「音楽は和声で完全に分析できる」という主張が、音楽そのものと混同してるように思えたなら、
貴方も日本語というか、まあ、日本語は分かるんだろうが、行間読む訓練したほうがいいよ。
そうそう、音楽は、いろんな視点で分析できる。で、そのどれも、音楽そのものの多様性を分析することはできない、というわけだ。
つまり、音楽の多様性とは、和音の組み合わせや、はたまた形式面での構成など、の
いずれか一つの分析方法を取ったところで、説明できない、いわば分析の一つの系、ひとつのシステムでは
十全には説明できない多様性をもっている。

というのが、>>1に書いてある事なんだけど?だから、和声やリズムの分析から、ひとつメタレベルにあがって、
なぜ和声などのひとつの分析系では、音楽を十全に説明できないか?という、メタレベルの話をしてるわけ。
これでこのスレの趣旨がわかった?