捕鯨なんかいらない 〜3幕〜
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0001名無電力14001
NGNG捕鯨なんかいらない
http://yasai.2ch.net/test/read.cgi?bbs=atom&key=964245546&ls=50
捕鯨なんかいらない 〜2幕〜
http://society3.2ch.net/test/read.cgi/atom/989933440/
さぁ、熱く語りましょう
0764下げのひと
NGNGそれならそれでかまわないんだが、「古来から日本の食文化だったから云々」という
言い方が誇大表示だということは確かだろ?
それをふまえて、んじゃ禁止される直前の時点ではどういう位置づけだったかみたい
な話になるなら、漠然とした食文化論よりは一歩踏み込んだ話が出来るんじゃない
かという期待ももてるね。
0765名無電力14001
NGNGレトリックの話と言われるかもしれないが、
「日本にあった食文化」としては間違っていないと思うんだが
そもそも山間部では魚なんてほとんど食えなかった
都とかでは鯖寿司とか多少下降して魚食ってたけど、
一般的に山では川魚しか食えなかった
では「海魚を食べることは古来からの日本の食文化である」
というのは誇大広告だろうか
米だってそうだ。日本全国津々浦々で米が食えたわけじゃない。
あーと、つまり言いたいことは
「クジラを食べるというのが当然」と言える文化があれば
そういう食文化があったと言ってもいいんじゃないか、と。
0766下げのひと
NGNG全国津々浦々であたりまえのように食っていた、という前提で論じるのでなければ、
おれ的にはOK。あとはまーニュアンスの問題かね。
そのニュアンス問題で、特定の誤解を引き起こそうという流れはあると思っていて、
食文化を論じるにあたり、まずその誤解はつぶさないと会話が成り立たない、という
印象は強く持っているが。
0767名無電力14001
NGNGまあ、これだけワンパターンだと返って分かりやすい馬鹿だな。w
0768名無電力14001
NGNG鯨料理が歴史上に登場するのは室町時代。
本膳料理の汁に鯨がみえます。
江戸時代なって捕鯨が盛んになるに従って、 料理書にも利用法があらわれます。
日本で刊行された最初の料理書である「料理物語」一六四三年刊)には、
たまり醤油か味噌仕立ての鯨汁が記されています。
0769名無電力14001
NGNGhttp://shofu.pref.ishikawa.jp/shofu/kitamae/mirai/tunagari/tunagari_2.htm
遠く離れた大阪に、北海道や東北の一部でしか産出されない「昆布」
が、なぜ根付くようになったのか。
それらの疑問を解くカギが「北前船」。
日本海を舞台に、北海道や東北の産物を大阪、京都に運んだ交易船
である。
0770名無電力14001
NGNG魚肥が上方、コンブは北陸に向けられたと書いてある。
北海道釧路以東のコンブの行先が薩摩にもたらされたり、さらに薩摩
から沖縄に送られていた。
蝦夷地のニシンやイワシだけでなくマスも魚肥にかえられた。北前船で
輸送のパイプがふとくなった。一方、需要にあわせたコンブや魚肥の
生産のため、漁場では多くの労働者を必要とする。
北前船の発展は蝦夷地のコンブや魚肥の需要にみあったものである。
0771名無電力14001
NGNG室町時代の後半には、例えば延徳元年(1489)の『4条流包丁秘伝書』
に、鯨肉は鯉より格が上の食材として取り上げられたように、高価な食材と
されていたようだ。
0772名無電力14001
NGNG一方で、食用としての鯨肉の用途も江戸時代に次第に広まり、寛永20年
(1643)刊の『料理物語』をはじめとする多くの料理書に鯨料理が
取り上げられるようになった。
さらに江戸時代後期に刊行された『鯨肉調味方』のような、鯨専門の
料理書も登場する。
0773名無電力14001
NGNGYahooBB2190520*****.bbtec.netクソは行動までも単純でつね。(クスクス
0774名無電力14001
NGNGすごく面白い新説なんだが。。
0775下げのひと
NGNGまあ、ありがちな展開だなあと思ってみてる。でも、簡単に言っちゃうと、そういうのっ
て「詭弁」の部類だとも思う。
0776名無電力14001
NGNG1.ダムスレとクジラスレに休日平日問わず一日中常駐する。
↓
2.お馬鹿なコピペ繰り返してバカにされる
↓
3.頭の悪い「オマエ」を妄想し、それよりマシだと言い訳してみる
↓
4.ますます頭が悪くなる
↓
1.に戻る
お馬鹿の見本でつな(w
0778名無電力14001
NGNG現在の北海道で獲れないのは、日本の伝統的文化を破壊してますか?
0779名無電力14001
NGNGワシやラッコに絶滅の危機がなく、
捕獲しても問題ない、と科学的に判断されているのに
それを管理の上でさえ捕獲できないのであれば
伝統的文化を壊しているといえよう
でも捕鯨ほど一般的な話じゃないよね
0780名無電力14001
NGNGhttp://www.asahi-net.or.jp/~uk5t-shr/simazaki.html#3月
『本朝食鑑』によれば、「榧子油(かやのみのあぶら)」は吉野(奈良県)が
おもな産地であること、また「榧子油」も「胡桃仁油(くるみのあぶら)」も
生産量は少なく、値段が安くはないことにも触れています。動物性の脂の
「鯨(くじら)」や「鰯(いわし)」は価格が安いとありますが、これはおもに
灯油として使われていたようです。
0781名無電力14001
NGNG鯨料理が歴史上に登場するのは室町時代。本膳料理の汁に鯨がみえます。
江戸時代なって捕鯨が盛んになるに従って、料理書にも利用法があらわれます。
まず日本で刊行された最初の料理書である「料理物語」一六四三年刊)には、
たまり醤油か味噌仕立ての鯨汁が記されています。
0782名無電力14001
NGNG0783名無電力14001
NGNG駒形どぜう(どぜう、創業享和元年)
東京都台東区駒形1-7-12
03-3842-4001
ところで、駒形どぜうでさらし鯨を出すのはなぜでしょうか。
鯨について調べていたら、面白い記述を見つけました。
天保年間(1830〜43)から文久3年(1863)にかけて書かれた、
加藤雀庵の『さへずり草』には、「江戸の市中泥鰌を煮売る家には、
必ず鯨のはなるゝことなし。されば鯨汁・鰌汁はあたかもむつましき
妹背のごとし。つきてをかしき暗合の義あり。それ鰌という小魚は、
そのかたち鯨に似たり。故に漢土にては鯨を海鰌と号く。
すなはち鯨を海の鰌といへる義なり」 と書かれています。
0784名無電力14001
NGNGどぜう一筋二百年
「駒形どぜう」
1840年(天保11年) 二代目助七が世帯を譲り受ける。商売は衰微。
店の再建を考え、どぜうが一番小さい魚なら、 一番大きな魚も
売ってみようと思い、くじらなべ、 くじら汁を売り出す。
以来、160年間、くじらを売りつづけています。
0785名無電力14001
NGNG「鯨汁喰てしまえばいとまごい」 江戸川柳
江戸時代には煤払いの後の身体を温めるためにクジラ汁を食べる習慣が
あり、町を流すクジラ売りの声は冬の風物詩であったという。
0786名無電力14001
NGNG例によって、江戸時代中期に編さんされた誹風柳多留(はいふうやなぎだる)
の中から句を幾つか取り出すことにする。
「鯨汁椀を重ねて叱られる」
柳多留の時代には、煤払いのあとに鯨汁を食べる風習があったらしい。
捕鯨が原則禁止されている現在では鯨の肉は滅多に我々の口には入ら
ないが、江戸時代は庶民階級であっても手の届く食べ物であったこと
がうかがえる。
0787名無電力14001
NGNG0788下げのひと
NGNG残されず、特殊なものだけが記録に残され、そして構成の歴史家が頭を抱える、ての
はありがちな風景だ。
でもまぁなんだ、強行突破氏が鯨肉食について、たかがWebレベルであるとはいえ、
いろいろと調べようという気になったあたり、一歩前進と言えるかもしらん。
0790下げのひと
NGNG牽強付会をやろうというのならばそれはそれでかまわないんだが、特定の結論を導
くためだけにバイアスかけて資料を集めたところで、それは自らの誤謬を深めるだけ
に終わるのが常だ。そのわだちにはまらないように注意くらいはしてほしいと思う。
0791名無電力14001
NGNG0793名無電力14001
NGNGこの歌からは、それが特別なことだったのか、
それとも日常でも食われていたのかは
少なくとも、鯨を獲っていたところ以外の都市部で鯨を食う風習があった
ということはわかるんじゃないのか?
資料さえ出せない感覚だけの議論よりは何百倍もましかと
0794下げのひと
NGNGそれを論じるのだったら、断片的に歌をひとつふたつ出してきて論じるのではなく、
江戸時代の食文化に関する詳細な文献調査くらいやってから論じた方がいいと思
うわけだが。
それから、ちょっと前の「捕鯨モラトリアム直前の日本における食文化」問題はどこ
にいっちゃったんだろうという感想を持っている。
0795名無電力14001
NGNGそもそも今の東京で「煤払い」なんつー文化はないのに、
その附随物としてのクジラ汁にこだわってどーするのかと。。
0796名無電力14001
NGNG0797名無電力14001
NGNG0798名無電力14001
NGNG0800捕鯨反対
NGNGずーと東京の下町に住んでる80歳以上の人に聞いたら、
『戦前に鯨喰ったかって?鯨なんて喰ってないよ』という
答えが返ってきたんだけど、こういったことも業界プロパーの
連中によってかき消されていってしまうんだろうなあ・・・。
江戸、つまり東京は昔から鯨食文化が盛んでありました、なーんてね。
今の内に聞き取り調査でもやってくれればいいのに。
歴史家ガンバレ、いねーかそんなやつ。
0801下げのひと
NGNGただ、原因はそういった業界プロパーな連中によるノイズなんだけども、そのあたり
を確かめたりせずに教えられたこと(「日本では以前から鯨肉を食べていた」という
情報のこと)を信じる人々が多いことも、けっこう問題だと思う。
おれの知り合いにかなり反政府傾向が強いやつがいるんだが(笑)、そいつも昔は、
捕鯨賛成派だったらしいのね。
ある日ふと考えたらしい。「なんでおれは、こと捕鯨に関しては、国が言うことを信じ
ているのだろう」と。それからいろいろ考えて否定的な方向に傾いたとのことなんだ
が、ことほどさように神話が広まっているのでありました。
おれ、この話聞いて、悪いけど大笑いしちゃったもん。そーいや共産党も捕鯨推進
側なんだよな。まあ、組合問題とかいろいろあっから、そっち方面で考えれば、共産
党的にはあたりまえの選択ではあるんだけども。
0802名無電力14001
NGNGhttp://www.dozeu.co.jp/ayumi/index.html
どぜう一筋二百年
「駒形どぜう」
1840年(天保11年) 二代目助七が世帯を譲り受ける。商売は衰微。
店の再建を考え、どぜうが一番小さい魚なら、 一番大きな魚も
売ってみようと思い、くじらなべ、 くじら汁を売り出す。
以来、160年間、くじらを売りつづけています。
0803名無電力14001
NGNG>年に一度縁起物でダシ程度に食う文化なら
http://www008.upp.so-net.ne.jp/edonokai/yorozu/yorozu-kujira.htm
今では珍しい鯨汁も、江戸時代には家庭でも普通に食べられていたようです。
天保年間版行と推測される『日用倹約料理仕方角力番附』というおかずの
番付では、夏の前頭十六枚目に位置付けられています(『論集 江戸の食』)。
では鯨は夏の食べ物かというとそうとも限らず、俳諧では鯨は冬の季語になって
います。特に鯨汁は、年末の煤払いに欠かせない料理でした.
0804名無電力14001
NGNG>年に一度縁起物でダシ程度に食う文化なら
http://www008.upp.so-net.ne.jp/edonokai/yorozu/yorozu-kujira.htm
江戸味覚探訪の「駒形どぜう」の紹介の中でも書きましたが、なぜか
江戸時代にはどぜう料理屋で鯨を扱っていました。
重複になりますが、天保年間(1830〜43)から文久3年(1863)にかけて
書かれた、加藤雀庵の『さへずり草』を引用すると、
「江戸の市中泥鰌を煮売る家には、必ず鯨のはなるゝことなし。されば
鯨汁・鰌汁はあたかもむつましき妹背のごとし」といった具合です。
『守貞謾稿』にも、「江戸ハ葺屋町川岸、堺屋某、竜閑橋……数寄屋橋御門外等、
鰌汁、鯨汁ニ名アリ。(中略)鰌汁、鯨汁トモニ一椀十六文、鰌鍋四十八文也」
と当たり前のように記されています。鯨汁は十六文だったんですね。
0805名無電力14001
NGNG江戸時代「土用の丑の日にウナギを食べる」風習がありました。
これからわかることを下の問いから選びなさい。
ア)日本にはウナギを食べる伝統はない!
ホ)江戸時代には「土用の丑の日」しかウナギを食べなかった!
メ)日本には当然ウナギを食べる伝統がある
0806下げのひと
NGNGまあ、いちおう読者向けの解説。
江戸時代には、当然のことだけど、冷蔵冷凍技術というのはなかった。よって、生物
は基本的に、捕ってすぐ食える範囲でしか流通させられなかった。
例外的に、「干物」「塩蔵」などの保存手段によって、それなりの遠隔地まで流通させ
た場合もあった。鯨類の場合は、千葉にはいまも残されているタレと呼ばれる干物の
ほか、塩蔵のものが流通していた。ただ、塩蔵ちゅうたって塩がそもそも安いもんで
はなかったわけで。
どの程度流通させることができたのか。あとは各自考えられたし。
ついでなんだが、「鯨を刺身で食う」なんてのは、当然のことのように捕鯨地でしかで
きないものだった(いまの「鯨刺し」なんてものはわりと新しい調理法だということだ)。
このあたりもまぁ、ちっと想像してみてほしいな。
現地調査にいって地元のひとに話を聞いたら目鱗だったんだが、ツチクジラなんか
はもともと加熱調理用の食材であって刺身で食うもんじゃなかったとのことである。
ツチクジラの刺身というのは決してうまいものではないんでおれは常々疑問に思っ
ていたのだが、地元のひとに「刺身なんて最近のはやりよ〜、やっぱツチクジラは
生じゃちょっと」とかあっさり断定されてしまい、眩暈がクラクラしました。
0807名無電力14001
NGNG沿岸捕鯨だろうが、捕鯨再開を認めるわけにはいかないよ。
捕鯨禁止こそが世界の流れ。
鯨食は野蛮な風習であって、文化とは違うからね。
0808名無電力14001
NGNG0809名無電力14001
NGNG0810名無電力14001
NGNGなにがいいたいの?
802-805ではひとことも鯨の刺身の話なんて出てないんだけど
恣意的に話題を捻じ曲げようとしてる?
そういうこと言うなら、すべての魚の刺身だって同じじゃん
港の周辺でしか食ってなかったんじゃないか?
じゃあ刺身や寿司は日本の伝統食じゃないのか、って話だろ
>>807
お前は牛の屠殺場見学してから血の滴るステーキ食ってこい
0811名無電力14001
NGNGこっちでは正月には今でも売ってるし。
0812名無電力14001
NGNG思っちゃ大間違いだしな。。。
0813下げのひと
NGNGそうだよ。んで、そうそう大量に流通してるものではなかった、ということだけわかれ
ばOK。
ちなみに、鯨汁がわからないひとに解説しておくと、おれが食ったやつは「あぶらみ
だけを入れた豚汁」に近い食感のものでございました。
0814名無電力14001
NGNGおいおい>>803は無視か?
> 『日用倹約料理仕方角力番附』というおかずの番付では、
> 夏の前頭十六枚目に位置付けられています
だぞ。これは特別な料理ではなく、日常食べる料理を集めたものじゃないのか?
でさ、ここからわかることは、冬の煤払いの後だけではなく、夏も食ってたってこと。
鯨の皮の塩漬け食ってたってのは、保存がきかんからしかたあるまい。
京都で鯖寿司食うようなもんだ。
鯖寿司をさして「あれは鯖を食ってるとは認められない」と言ってるようなもんだ。
干物や乾物だってそう。加工されていようが、部分だろうが、食ってたことには変わりない。
少なくとも江戸に鯨を食す文化はあったし、
それに江戸で食われてなくても、鯨とってたところでは肉も余すところなく
食ってたわけだから、鯨肉を食う文化がなかったわけではない。
あと、明治以降は肉そのものも流通してたみたいだね。
ここ面白いよ
ttp://www008.upp.so-net.ne.jp/edonokai/yorozu/yorozu-kujira.htm
0815下げのひと
NGNG無視だよ。どの程度流通しておりどの程度食われていたかなんか、その資料からで
はわからないもん。
たまたま鯨に関する記載があったという程度でいちいち喜ばれても(ためいき)。
ところで、江戸で鯨が食われてたとして、その鯨はどこから来たものだと認識してい
るか?
0816名無電力14001
NGNG『日用倹約料理仕方角力番附』ってタイトルからだけでもいろいろわかると思うが。
日用っつーことは日ごろ使ってるもの、わりとありふれたもの。
倹約っつーことはそれほど高価ではない。
番付ってことは順位がついてるわけだから、
あんまり突拍子もないものは入っていない、とか。
いろいろ推理できるだろ。
少しは想像力や推理力働かせたら?
はっきりしてないからわからん、で終わるなんてつまんないやつだなぁ。
少なくともこの記述から「鯨は日常的に食べられていたであろう」ってことは言えるが、
「鯨は日常食ではなかった」という結論は導き出されないことだけは確かだね。
それとも鯨が当時非常に珍しいもので、庶民の口には入らなかったし、
鯨を食うということ自体、一般的に認められていなかった、なんて資料ある?
食べていたという推論を反証したいなら、
文句言ってるだけじゃなくて資料かなんか出してきたら?
ってーか都合の悪い者は無視、ってなんか底が知れるわ。
0817下げのひと
NGNGである。たとえばいま「常識辞典」という本があったとして、それがほんとうに常識で
あるのならそんな本にはニーズがなく、出版されないのである。
おれは当該本が出ていたことをもって「鯨が常食されていた」とも「鯨は常食されて
いなかった」とも断言できないと判断する。その本の性格が「あまり知られていない
賢い料理法の紹介本」である可能性は否定できまい(つか、そういう本である可能性
の方が高いのではないか)。
おれの知る限りでは、東京に鯨汁の伝統が伝わっているかつうと、伝わっていない
ように思われる。それが「すたれた」のか「もともとたいして食われていなかった」の
かは、未調査にて断言はできない。
しかし当該本の存在をもって、「江戸時代には江戸でも鯨が常食されていた」という
結論に至るのは早計というものだ。
0818名無電力14001
NGNGたとえば今の日本人がウナギやカニを食べる程度ならどう?
あるいは変わりものでいえば鴨や羊なら?
スキヤキは日本的な食べ物だと思うけど、
一般的日本人は年に何回くらい食べる?
スキヤキとキムチ鍋、いまだと後者の方が食われてると思うけど、
そういうのはどう?
普通に「あれば食べる」習慣があったとしても、
四六時中食ってないと日常食とは認められないのかな。
0819下げのひと
NGNGごく時々思い出した程度に食うものを「死守」せにゃならん理由を、逆に聞きたい。
なお個人的には、祭礼食材程度であれば、めくじらを立てるほどのこっちゃないと判
断している。ただ、その程度なら現状の調査捕鯨などからの供給で十分であり(とい
うか、けっこう余ってるのよ)、あえて「捕鯨推進」を声高に叫ぶ必要があるとは考え
ていない。
0820名無電力14001
NGNGだからさー
「ごく時々思い出した程度に食うものを」
こういう根拠もないわけだろ?
鯨が特別な祭礼食だったってどっかに書いてあるのか?
「煤払いのときに食った」とあるが、夏にも食ってるぞ?
少なくとも捕鯨禁止前は、給食に出るくらい日常的、一般的に食ってたわけで。
それにマグロだって、金持ちはともかく、そんなにしょっちゅう食うもんじゃないぞ?
日常食って言うほど食わんぞ。寿司全般がそうだな。
ウナギだってカニだって鴨だって羊だってメロンだってスイカだって
年中しょっちゅう食べるものでもないぞ。
そういう全部禁止されても問題ないってわけか?
だいたい反反捕鯨は、
「獲っても問題ないのに獲らせないというのはおかしい」
という立場に立ってる。
それをどう流通し、利用、消費するかは業者や消費者の判断するところだろ。
0821名無電力14001
NGNG結果的には調査捕鯨レベルの消費になるかもしれんけど、
それが商業捕鯨に移行しない理由にはならんでしょう。
数量の如何にかかわらず、ちゃんと管理下での商業捕鯨として
やるべきなんじゃないの?
0822名無電力14001
NGNG見苦しいからもう少し論旨を整理してくれや。
>「煤払いのときに食った」とあるが、夏にも食ってるぞ?
>少なくとも捕鯨禁止前は、給食に出るくらい日常的、一般的に食ってたわけで。
0823名無電力14001
NGNG日本で、ごく少量生産の「管理下での商業」漁業が行われている
例があったら出してみ。
0825名無電力14001
NGNG「日本だけ」が獲ることができると思うのは大間違いだね。
http://www.gotsu.co.jp/news52/data/akinai_suisan.html
http://www.jfta-or.jp/Ippan/minichishiki_yunyu.html
0829名無電力14001
NGNG管理下における少量生産の商業漁業が行われていない理由が、
なぜ「全面禁漁…の例がない」になるのか?
多少なりとも論理的な説明を。
0831名無電力14001
NGNG捕鯨に限っていえば、どんな必要性があるのかね?
0833名無電力14001
NGNG多少なりとも論理的な説明を。
0834名無電力14001
NGNG無管理の状態では個体数が激減することが危惧されているから管理が必要ですよね?
質問が短すぎて意図を汲めていないかもしれませんが。
もうすこし具体的な質問を。
0835名無電力14001
NGNG823から読み直せ
0837名無電力14001
NGNG0838名無電力14001
NGNG0839名無電力14001
NGNG管理とか規制とかの元でも一般に商業活動は行われる訳だが。
0840名無電力14001
NGNGさあみんなで稼ぎましょう! って?
0841名無電力14001
NGNG自主的に禁漁期間を設ける「管理」を行っているし、
ほとんど地元でしか食べられない「少量生産」だけど
商業的に成立してるじゃん。
0842名無電力14001
NGNG0843名無電力14001
NGNG>>821
日本で、ごく少量生産の「管理下での商業」漁業が行われている
例があったら出してみ。
827 :名無電力14001 :04/08/20 18:00
>>823
そもそも、全面禁漁すら検討されるような魚種の例がないんだから、
あるわけないじゃん。
0844827
NGNG正直すまんかった。
0845名無電力14001
NGNG完成していて、かつ乱獲による資源量減少(所得減少)を彼ら自身が経験しており、その上で
種苗放流技術が確立したために、「漁獲しながら資源をふやす」ことに目処がついた。
地域漁民の生活の必然に根ざした、大きな痛みをともなう努力の結果だよ。
0846名無電力14001
NGNG0847名無電力14001
NGNG0848下げのひと
NGNGたし。でもまあ、あれは「管理漁業は可能だ」という主張についてのかなりの金字塔と
いえると思う。
もっとも、あれが成功したのはかなり特異な条件があったせいだと思う。地場密着型
漁業というか、外部からの「捕れなくなったらよそいきゃいい」型収奪的漁業産業が、
大きな力を持っていなかったとか。一発成功したからって他の分野でも成功するとは
言いにくく、どうやればあのくらいの体制を広められるのかは改めて考える必要があ
るだろう。
0849名無電力14001
NGNG江戸時代、刺身は山間部では食べることが困難でした。
そこで干物や塩漬けの保存できる状態の魚を食していました。
これからわかることを下の問いから選びなさい。
ア)日本には魚を食べる伝統はない!
ホ)いくら干物や塩漬けの魚を食べても、刺身じゃないので日本には魚を食べる伝統はない。
メ)日本には当然、魚を食べる伝統がある
0850名無電力14001
NGNGまず、そんな成功例は無いと言い張り、
成功例を出されると例外扱いで無視無視。w
いくら鯨に関する川柳があっても「伝統じゃない」。
鯨汁が16文で食された事例を出されても、結論は「伝統じゃない」
まあ、自分に都合の悪いものは全部無視で、結論は「伝統じゃない」で決定済み。
わかりやすいアホだな。w
0851名無電力14001
NGNG江戸時代、鯨は「煤払いの日」の定番料理として食されていました。
また、夏には庶民のオカズとして番付表に載るほどのものでした。
さらに、鯨料理に関する江戸川柳が多く残されています。
これらからわかることを下の問いから選びなさい。
ア)日本には鯨を食べる伝統はない!
ホ)いくら干物や塩漬けの鯨を食べても、刺身じゃないので日本には鯨を食べる伝統はない。
ヤ)日本には当然、鯨を食べる伝統がある
0852名無電力14001
NGNGいきなりレベル下げるなやアホーBB2190520*****.bbtec.net
0853名無電力14001
NGNG1.ダムスレでいじめられたのでクジラスレに常駐する。
↓
2.お馬鹿な質問繰り返してバカにされる
↓
3.ありえない選択肢を捏造し、それよりマシだと言い訳してみる
↓
4.ますます頭が悪くなる
↓
1.に戻る
お馬鹿の見本でつなw
0855名無電力14001
NGNG無駄だね。w
うらみ骨髄に達するという香具師だからな。(笑
反論できるほどの知性も教養もなく、カキコできるのはこの程度のレスのみ。
その事実を指摘すれば、それを恨んでまたカキコ。w
0857名無電力14001
NGNG元本も確認せずに、想像と妄想で断定したり、
自分の都合の悪い資料は無いことにしたり、
そんなレベルに降りる気はないがね。(笑
0859名無電力14001
NGNG0860川柳
NGNG江戸川柳 無いことにして 反捕鯨
くじら汁 知らぬ存ぜぬ 伝統文化
川柳と この文字読めずに かわやなぎ
0861意訳
NGNG加藤雀庵の『さへずり草』には、
『江戸の市中でドジョウを煮て売る店には、必ずクジラも扱っています。
いわば、ドジョウ汁とクジラ汁は、まるでなかの良い夫婦のようなものです。
これは非常に興味ある物事の一致といえるでしょう。ドジョウという小魚は
その形がクジラににています。そこで中国ではクジラ「海鰌」、つまり
「海のドジョウ」と書くのです。』
と書かれています。
0862意訳
NGNG『江戸は「葺屋町の川岸」「堺屋某」「竜閑橋」……「数寄屋橋の御門外」などなど
各所にクジラ汁、ドジョウ汁の有名な店がある。(中略)ドジョウ汁とクジラ汁は、
ともに一杯で十六文の値段で、ドジョウ鍋は四十八文だ。』
と当たり前のように記されています。
クジラ汁は十六文だったんですね。
0863捕鯨反対
NGNG一般的に肉・内臓などは喰ってなく喰ったとしても皮脂だけを喰ってたってこと。
皮脂だけ、肉なしね。
つまり江戸においては少なくても鯨肉文化なんてもんはなかった。
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