ルーマニアは石油資源に恵まれ、更に隣国ドイツの援助を受け、ドイツの指導下でDBエンジンのライセンス
生産に成功し、更に戦後もこの優れたドイツDBエンジンを継続生産していた。ちなみに日本はDBエンジンの
ライセンス生産を断念し、飛燕は5式戦に換えられた。このようにルーマニアの工業技術は日本を上回っていた。
まさに第二次世界大戦のルーマニアは、資源と技術の両方に恵まれた幸運な国だったと言える。

違うか?

|ルーマニア|戦犯無罪判決にロシア反発
【ブカレストIPS】2006年12月ブカレスト控訴裁判所は、ルーマニアのソ連侵攻(1941年)は
戦争犯罪には当たらないとして、1946年の共産党人民裁判で有罪判決を受けていた
イオン・アントネスク元帥を始めとする政府メンバー21人に無罪を言い渡した。
しかし、ロシアの外務大臣は3月1日、「ナチス共犯者を無罪にするとは、平和合意に相反する」
との声明を発した。モルドバ外務省も2月23日、同様の声明を発している。
1941年6月、ナチス・ドイツがソ連攻撃を開始すると、アントネスクは、ソ連からベッサラビア、
ブコビナを奪還しようと、ナチスと協力しソ連に侵攻した。(両地は、1918年以来ルーマニアの領土であったが、
1939年のヒトラー・スターリン合意によりソ連に併合されていた。ベッサラビアは現在のモルドバ。
ブコビナは現在ウクライナの大半を占める)
当時日独伊同盟に参加していたルーマニアは、第二次大戦中民族浄化を行ってきた。
歴史学者セルバン・ラドゥレスク・ゾナー氏は、「アントネスク自身、裁判でベッサラビア、ブコビナから
15〜17万人のユダヤ人を追放したと認めている。また、オデッサ虐殺の責任も認めた」と語る。
http://ips-j.com/entry/2897;jsessionid=D30CE1C93C216163239ECEACE09DC10F?moreFlag=true

ルーマニア
ルーマニア王国航空隊でBf 109E-3/4/7、Bf 109F-2/4、Bf 109G-2/4/6を戦後まで運用した。
一部は革命後のルーマニア人民共和国空軍にも引き継がれた。また、国内の航空機メーカーIAR社
でライセンス生産された機体Bf 109Ga-4/6は、戦後配備・運用された。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%83%83%E3%82%B5%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%9F%E3%83%83%E3%83%88_Bf109