大学卒業後、彼女は実家に帰り遠距離交際となった。
俺は新入社員としてがむしゃらな時期で、次第に連絡も途絶えがちになり
1年が経った頃には自然消滅化していた。
そんな時に、彼女が見合いをするらしいという噂が耳に入る。
おせっかいな友人が「おまえはいいのかそれで」と脅迫めいたことを言う。
当時は初任給にちょっと毛が生えたような収入で貯金どころかローン生活。
寝坊して遅刻しては怒られ、連絡や発送を忘れて騒ぎを起こしては怒られ、
この会社でやっていけるのかどうかわからないという不安を抱えている若造
には、結婚など考えられようもなかった。

しばらくぶりに彼女に電話してみると、噂は本当だという。
見合い相手は会社経営している方で、どこかで彼女を見初めたらしい。
「待ってもしょうがない人を待つより、望まれていく方が女の幸せなのよ」と、
母親からは言われたという。
勝ち目のない勝負に思えた。自分はなんと小さな存在なのだろう。
彼女を幸せにしてやれる自信などかけらも持ち合わせていなかったのだ。
もしかするとその方が彼女にとっては幸せかもしれない、と思った。

「行くな、とは言ってくれないのね」
「・・・・・・」
「わかった」

終わってしまった。いや、終わったかもしれないと思っていたことをはっきり
つきつけられてしまった。
つきあい始めた頃の彼女の笑顔が思い出される。彼女の笑顔が好きだった。
ライブコンサートや小劇場、一緒にやったアルバイト。
それまで自分のことでいっぱいいっぱいだった頭の中が、彼女との想い出に
反転していく。まるでオセロのように。

ある日、ふすまを開けると彼女が使っていた布団が目に入った。
ぽん、と顔を沈ませると、彼女の残り香がして嗚咽が止まらなくなった。