中学生の頃、親と喧嘩し、自転車に乗って家を飛び出した。
60km余り離れた叔母の家に行こうと思い立ち、道が判らないので、線路
伝いの道を走った。が、川を渡る時に大きく迂回しなければならず、そこで
方向すら判らなくなってしまった。時間は夜8時を回り、人通りも少なく
なっていた。
閉店しようとしているケーキ屋を見付け、そこの小父さんに道を尋ねた。
小父さんは、目的地を告げると、「え〜!そりゃあ自転車じゃ無理やで〜」と
言い、「お金出したげる。自転車も預かっといたげるから、電車にしとき」
とまで言ってくれた。元はと言えば、自分の我侭で親と喧嘩した事が発端
だったので、見ず知らずの人のそんな厚意に甘えるわけには行かなかった。
自転車で行く意志が堅い事を見て取り、小父さんは「ちょっと舞ってな」と
シャッターを開けて店の奥に引っ込み、やがて戻ってくると、小さな紙袋
を差し出した。「これを食べながら行きや」
開けると、中は甘い匂いのするクッキーだった。

その日、そのクッキーを頬張りながら、3時間走り、なんとか叔母の家に
辿り着く事が出来た。翌日、自宅に帰ったのだが、親から大目玉を食らった
事は言うまでも無い。