>>327
備前屋の名の由来
さて、それではこれからご挨拶代わりに、ごく簡単ではございますが、「備前屋の名の由来と伝馬宿との関わり」について、少しご説明させて頂きたいと思います。

私が商売の事で人に一番よく尋ねられますことは「備前屋さん、お宅のご先祖は岡山から来られたのですか?」という質問です。

備前屋と言う屋号から連想されるごく当たり前の質問だと思いますが、いくらルーツを調べても岡山と関係ある事柄は何も出てまいりません。
何か岡崎に備前という文字で関係ある事柄はないだろうかと調べていく内に岡崎城の外囲いの建物に「備前郭(曲輪)」という名称がついているのを知リました。

この「備前郭」は「伊那備前守忠次」という方の名前を顕彰してつけたものと思われます。

伊那備前守は慶長五年、岡崎の城主であった田中吉政が九州の柳川に五十二万石の大々名として転封された後に徳川家康の命を受け派遣された代官です。

家康が関東八ヶ国へ移封後、豊臣秀吉の意を奉じた田中吉政が、岡崎における家康の足跡を消すため、徳川家ゆかりの神社仏閣の移転取り壊しや所領安堵の破壊等、
苛斂誅求とも言える施策を行いましたが、これらを改める為に赴任してきたのが伊那備前守という人物です。