江戸時代後期の津まつり

江戸前期の行列順序は毎年、「くじ引き」で決めていましたが、
中期頃からは西町を先頭として各町の順番が固定されてきたようです。

8月15日藩主の名代として加判奉行が津城の京口門を出て、
八幡町にある御旅所に向かいます。

これを合図にして、真榊(まさかき)・太鼓を先頭に各町の練り物行列、津町年寄伊藤又五郎、
神輿行列、八幡宮の神主が氏子らとともに町を巡行します。

この祭礼行列の一行は、八幡宮境内で一巡した後、再び京口門まで戻り、
午後からは城内に練り込みます。城内では、物見亭や桟敷に礼服を着た藩主、
家臣らが並び、祭礼行列の見物を楽しんだようです。
城内を内堀沿いに一周した一行は、城を出て町内を練り歩きます。

現在でも分部町唐人踊りや八幡獅子などは10月9日に八幡宮で一巡してから町内を練り歩きます。

祭礼行列の内容は、初期の頃には大名行列や仙人、山伏の真似など「もの真似」が多かったのが、
後期になると曳き屋台や釣り屋台を連ねた山車行列が主流になってきました。
また、各町の出し物に「能楽」に題をとったものが多く見られるようになり、
屋台に能役者の人形などが置かれました。