部落解放同盟はこのような団体です。

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 ●十五時間にわたる激しいつるしあげ
 「糾弾集会」には、動員された「解同」の人たち約百五十人のはか、組合からは約八十人が参加。
金井、岡野両教諭は強制的に連行されてから約十五時間、玉石教諭は約十時間のあいだ、「お前たちを
社会的にまっ殺してやる」 「お前たちの生活を破滅させてやる」「こういう状況が続けはノイローゼに
なることもある」 「おれがなぐってやる」 「お前たちが認めなければ女房、子どもをここへつれてきて
よめはんにいわせてやる」などの怒号やば声をあびせられたうえ、こづかれたり長時間たたされるなど
のもとで監禁、脅迫をうけたのです。
 午後十一時ごろ、会場にきた解同府連書記長の上田卓三(反党分子)は「四名の首切りを要求する」とすごみました。
 三教諭はこの間、ほとんど無言で不当な「糾弾」に抵抗をつづけました。
 午後十時ごろ、安否をきずかった三教諭の夫人と友人たちが、酉井善一、石橋一晃、林伸豪の三弁護人を
ともなって同市民会館をおとずれ「夫にあわしてほしい」「夫をかえしてほしい」とつよく要求しましたが、
解同の一部幹部はこれを拒否し、しいには、市民会館の係員によって実力で館外に追いだしました。
 また、解同府連委員長の岸上繁雄氏は、三教諭の夫人らにたいし「金井等ほ差別者だから、本人らの
意思に反して連行してきた。差別であることを認めない限り何日かかろうとも徹底的に糾弾する」とのべ、
ひきつづき不法行為をつづけるとの言明をおこないました。
 たまりかねた三教諭の夫人は代理の弁護士をつうじて午後二時三十五分、大阪府警田辺署に保護願いを
出しました。その直後の二時五十ごろ、三教諭はやっと監禁がとかれましたが、夫人らの要請で南区・上二
病院に救急車で運びこまれるほど疲労こんぱいの状腰でした。