>>328
訂正あり
宝暦年間大凶作→天保期連続大飢饉

当時のもっと細かいことを書くと
梅雨入りは6/18日と推定できそう

以下詳細
土用6/18の前日、それまで乾燥した晴れ続きで水不足だった陽気が一変、初春の様な寒さが襲った。
この寒さはかなりの物で、草取りや水田の手入れの際には厚い綿の入った衣服を纏わないと寒くて作業が出来ないほどになった。
鳥海山は降雪により煙って全く見えなり、更にこの寒さが毎日途切れることなく30日も続いた。
30日間、非常に寒い中(纏まった)雨が絶えず降り続いた
ようやく(纏まった)連日の雨が収まって来た7/18、ようやく稲穂が見えるようになった。
しかし寒さは収まることなく8/2には霰が降り12cm以上も積もってしまった。