『人間がいっぱい』  ハリイ・ハリスン  (1966)

ハリスンとくれば『ステンレス・スチール・ラット』などのコメディタッチな作品が
まず頭に浮かぶが、珍しやこれは徹頭徹尾シリアスを通したSF。

人口爆発、そしてそれによる環境の悪化――物語の背景は実に暗澹たる設定。
そこで起こったありふれた殺人事件。しかし被害者が大物だったために、担当刑事は
人で溢れかえった街を彷徨する羽目に。とことん救いのない未来警察小説。
まぁ未来への警鐘として書かれた作品なので、読み手の心にダメージが溜まるという
ことは、作者の言わんとしたいことが伝わっているということでもあるのだが。

当時、人口問題にこれだけシビアに取り組んだ作品は他にはないのではないか。
現在の先進諸国では少子化が問題になっているが、人口爆発に悩むアフリカや中国では
まさしくこの小説の舞台が現実の物になろうとしている。
ハリスンの鋭い、先験的な幻視の力がうかがえる。

物語の運びは実に濃厚で、よくぞこのページ数にこれだけの内容を詰め込んだと感心。
ユーモアを廃しても娯楽作品に仕上げるあたり、大した作家だと思う。
『ソイレント・グリーン』という名前で映画化もされた。
原作とは切り口もストーリーもまったく違っていたけれど、救いのない未来社会を描い
ている点では同じ。

「かまうものか。結果が出るのは何年も先の話で、俺の知っちゃこっちゃない!」
この言葉は、今この世界でこそ重く響くように思う。