関ヶ原合戦はどうすれば西軍が勝てたか?Part23
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0001人間七七四年
2019/04/15(月) 07:50:51.22ID:AwHFP63g前スレ
関ヶ原合戦はどうすれば西軍が勝てたか?Part22
https://matsuri.5ch.net/test/read.cgi/sengoku/1549630474/
0677人間七七四年
2019/05/16(木) 18:09:05.66ID:s+S7HmVU不満というか、なんら説明になってなくないですか?それ
私が聞いているのは家康が先発隊へ疑心を持っていたかどうかであって、先発隊の戦意に対してではないですよ?
0678人間七七四年
2019/05/16(木) 18:19:55.17ID:c48RoH/X私の話の本筋は先発隊の戦意なんで別に家康が持っていないという話でも結構ですよ
本題は東軍の先発隊が西軍の後詰との戦いに望んでくれるかということだと思いますから
0679人間七七四年
2019/05/16(木) 19:05:29.04ID:s+S7HmVUそうでしたか
疑心を持たれているという要因があって東軍は引けないという話し方でしたので気になって質問いたしました
枝葉をつつくような質問をしてしまい申し訳ない
0681人間七七四年
2019/05/16(木) 19:23:10.30ID:c48RoH/Xいえ、こちらも全くの言葉足らずで失礼しました
煽ったにしろそうでないにしろ先発隊は渡河作戦を行った以上は軽々しく退くことは出来ないであろうことから
東軍が後詰決戦に応じる蓋然性が高いと思われ
煽られている云々は議論を突き詰める必要性が薄いのではないかというのが私の意見です
家康の扇動の有無については別に議論の価値はあると思います
どちらかというと真実スレか創作だった通説・俗説スレ向きですが
0682人間七七四年
2019/05/16(木) 19:47:21.56ID:LtkCB/wx岐阜助けたいけど宇喜多がまだ来てないから自力で篭城して頑張ってと腰が引ける石田・小西とか
関ヶ原本戦に輝元が来てたらとかね
どこまでも他力本願な西軍
もうね、どっちが勝つか明らかでしょこれ
0683人間七七四年
2019/05/16(木) 20:04:28.35ID:M/SuklYW0684人間七七四年
2019/05/16(木) 20:27:32.08ID:s+S7HmVUありがとうございます、では疑心云々については別の機会にでも
となると気になるのが、先発隊は何を判断して岐阜城を攻め落とせると判断し渡河したのかです
いくら旺盛とはいえ先発隊も渡河の危険は認識した上で行動してるものと考えます、その際秀信隊の兵数の少なさや後詰めがなさそうである情報をすでに有していたから渡河したのかどうかが気になります
もし判断能力があった場合史実と違い強固に防衛された岐阜城を見て渡河を踏みとどまる可能性はないか知りたいです
上記されてる覚書などを出先で確認できないためにトンチンカンなことを言っているやも知れませんがその場合ご容赦ください
0685人間七七四年
2019/05/16(木) 21:54:49.24ID:c48RoH/X確かに東軍先発隊には土地勘もあり軍備に関する情報も有していたでしょうが
これに関しては必ずしも合理的な判断を下したわけではないのかなと思います
というのは白峰氏の論文に濃尾における禁制が下された時期が西軍の方が早いことから
濃尾戦線においては当初西軍の方が優勢であったという一節があり
だとすると先発隊には(家康の扇動という話を抜きにしても)相当に逸る気持ちがあったと思われます
その状態で岐阜城が堅固だから一旦退却しますという判断を下すの難しいのではないかと
0686人間七七四年
2019/05/16(木) 22:34:24.19ID:dOoeZFbW0687人間七七四年
2019/05/16(木) 23:02:19.24ID:IVsLQIJ7その都度、主従双方が利益を授受するもの
関係が解消されたのなら義理が残る程度
0688人間七七四年
2019/05/16(木) 23:29:49.43ID:RnxbazAE織田家譜代だからこそ秀吉に洗脳されっ放しでまともな知能がない秀信が嫌なんだろ
こんなのが信長様の嫡孫なんて認められない、という思いが生まれても全くおかしくない
0689人間七七四年
2019/05/17(金) 00:00:33.11ID:y3cwmteV情報どうもありがとうございます
白峰氏は少し牽強付会の強い部分があり、すこし納得しかねる部分があります
禁制の早さから優勢劣勢を判断するというのも少し首を傾げる判断なように思えますし
濃尾方面の西軍影響力が強い、だから東軍先発隊は気が逸っていた、焦って攻めを急ぐはずというのは論理が一足飛びの歯抜けになってるように見受けられます
0690人間七七四年
2019/05/17(金) 00:19:24.22ID:LZrMwhgo先発隊には焦りがあり攻め急ぐはずというのは私の見解ですが
西軍は首都を占拠し各地を攻略中ですが
東軍は岐阜城を攻略するまで何も戦果がなくただ清洲まで引き返してきただけという状況です
名目上の主君である秀頼はもとより
家屋敷を不当に占拠され大名によっては家族も監視下に置かれている訳ですから
一刻も早く先に進みたいと考えるのはある意味当然の人情ではないでしょうか
0691人間七七四年
2019/05/17(金) 00:31:40.91ID:BunBDjdR感情を勝手に斟酌して、だからこうなるはずだ
というのはやるべきでないと考えます
感情なんてものは読み手が勝手にそうだろうと思い込んでるだけのもので確実性をなんら担保していない
それで感情を理由にするならばせめて先発隊の日記や書状にまさしく焦ってると書いてあるものを見つけるべきで、それもなしで当て推量は小説や物語と言ったものでやるべきと考えます
0692人間七七四年
2019/05/17(金) 00:37:23.68ID:nH85bSJc0693人間七七四年
2019/05/17(金) 00:43:47.22ID:TQEXXT3n書状の文字に残るようなのは本心ではないし本当の情報でもない
相手に知って欲しい情報、相手にこう思って欲しいという都合の良い建前にすぎぬ
0694人間七七四年
2019/05/17(金) 01:19:57.21ID:LZrMwhgoうーん、それは流石にどうかと
実際はガラシャの自死や西軍=豊臣公儀という構図化の失敗により頓挫しましたが
秀頼+家族を確保することで会津征伐参加の諸大名をこちらの味方に出来ると西軍が考えている以上
人質作戦で政治的心理的な圧迫感は与えられると考える他なく
そこに影響がないものとすると西軍の行った人質作戦は全く無意味な行為となってしまいます
0695人間七七四年
2019/05/17(金) 01:25:36.92ID:tSlocT5Wその考えはさすがに理解できかねます
西軍が人質を取ったのは西軍に同心してもらうためであって東軍先発隊を急かす目的では一切ないでしょう?
全く違う効果を見込んでいたものを、勝手に別の効果があるはずだと思い込むのは無理があるようにしか見えないです
0697人間七七四年
2019/05/17(金) 01:48:27.43ID:T59FLDZjどう考えるか判断できない、判断すべきでないと言っています
上記の通り、行動から勝手に気持ちを斟酌できるなんて自惚れにも程があります、受け手によって千差万別にねつ造だって出来てしまいます
ましてやその勝手に斟酌した気持ちからきっとこう行動するはずだなんてのはなんら信頼性のないアプローチの仕方だと言っているんです
0698人間七七四年
2019/05/17(金) 01:56:36.80ID:LZrMwhgoいえ、この場合は判断できるのでは?
関ヶ原前夜に妻子を西軍の手から逃れさせた大名は少数ですが存在しますから
ウェットな感情でなくともドライな判断として家族を敵の手に渡るのはよろしくないと考える向きがあるのは確認できます
0699人間七七四年
2019/05/17(金) 02:03:51.72ID:T59FLDZj仮に判断して渡すべきでないも何もすでに相手にわたっています
そしてそこから導き出される行動なんてそれこそ十人十色にねつ造できますよ
確実に相手を撃退するために警戒して敵状をしっかり偵察したうえで行動したかもしれないし
あなたのおっしゃる通り慌てて攻めたかもしれない
妻子のためだけに御家に不利益を被らせるわけにはいかないと余計に慎重になったかもしれない
何度も言いますが、勝手に斟酌した気持ちからきっとこう行動するはずだと断定する、それは信頼性のないアプローチです
それをやるなら文学としてやるべきで、史料を用いて最大限史学的なアプローチをすべきところで持ってくるべきではない
0700人間七七四年
2019/05/17(金) 02:11:10.93ID:T59FLDZj妻子の人質を取れば彼らはきっとこちらにつくために離反するはずだと思って実行しました
けど一切そんなことになってないでしょ?
ましてや限られた史料でしか当人に触れていない後世の人間が、勝手に気持ちを斟酌し斟酌した気持ちで行動を動機付けする
そんなもの当たってると思い込むのは自惚れが過ぎます
確実性の高い史料から行動を読み取ることを重視すべきで、気持ちを汲み取るなんて解釈はしてはいけない
0701人間七七四年
2019/05/17(金) 02:30:31.82ID:LZrMwhgo一切そんな事になっていない理由を切り捨てられたからだと説明できる史料が
逐一あるならばあなたの言い分にも納得も出来るのですが
内心を窺えるような書状や情勢を説明した史料が必ずしも残されるわけではない以上
想像で補わざるを得ない部分を否定するのはどうかと思われます
ましてIFを考察するスレなら仮定部分の史料など存在しないのですから尚の事です
そして私はこういう要素があるのでこういう風に考えられるのでは?という推察以上の事はしておりません
唯一断定したのは西軍が人質作戦の効果を見込んだということですね
0702人間七七四年
2019/05/17(金) 02:38:14.84ID:e5dH17Llそれを言うなら、小牧長久手で親父が討ち取られてるから、家康は親の仇なんだよね。
家康の娘「北条の後家」を貰ってるにしろ、池田は乾いた奴だよな。
単純に家康に付けばご褒美で、親の仇無視してる奴に織田家嫡流は意味ないだろ。
0703人間七七四年
2019/05/17(金) 02:44:42.49ID:e5dH17Ll俺が思うに、史実の流れだと幾ら動揺しても西軍に寝返る機会が無かったって事では?
史実の流れだと、岐阜落城の後に西軍に寝返る機会なさそう。
だけど、岐阜が簡単に落城する事自体可成り珍しい流れかも。
0704人間七七四年
2019/05/17(金) 02:48:53.95ID:T59FLDZjなるほど史料には限りがありますから推測で補わなければいけない部分も多くありますが
史学者で感情を勝手に忖度するようなアプローチをする方はいらっしゃらないでしょう
それこそ本郷何某みたいなタレントもどきはわかりませんが
そして推測で補うというのを最低限にしてこそのこのスレの醍醐味なわけで、あなたのそれは最低限に抑えたとも言い難い
わからないならわからないというべきで勝手に個人で埋めるべきじゃない
0705人間七七四年
2019/05/17(金) 02:58:33.31ID:mYnpXWkX「勝ち筋が見える」が理解不能。『勝てる』の?『史実よりマシ=結局負ける』の?
既に書いたように8月下旬の濃尾平野周辺の兵数は東軍優勢。伊勢路の毛利軍の
南宮山到着は9/7(>>2)で、岐阜落城が史実より1週間後になろうと間に合わない。
具体的に、どうすれば西軍が勝てると思うわけ?
籠城すれば史実よりは東軍先遣隊の戦力を削れたかもね、とそこまでは仮に良しと
して、それだけで兵数劣勢諸々を逆転すんの無理だと思うけど、出来ると思うんなら
具体的どうれば良いと思うわけ?
こういうの無視して「話を詰める」って、それ結局『史実との整合性も取らずに西軍が
ミサイル持ってたら勝てましたみたいな話』とあんまり変わらんよね。
持ち出すもんを「ミサイル」からロケットランチャーに変えてるだけでさ。
0706人間七七四年
2019/05/17(金) 03:10:28.35ID:LZrMwhgo私は東軍の大名が家族を気にかけるであろうことを西軍の人質作戦や東軍が家族の脱出に力を割いたことから推察しましたが
あなたのルールで私の推論を否定されるのであれば
東軍の大名が家族の事を慮外視したという史料を提示なされるのが筋かと思います
そしてこのスレの醍醐味をあなたが規定して他人がそれに従わなければならないとするのはいささか横暴かと
0707人間七七四年
2019/05/17(金) 03:11:11.71ID:T59FLDZj後詰って意味を理解されていますか?
意味を理解してたら籠城で先遣隊の戦力が削れたかもっていう認識にはならないと考えます
で、また籠城中に救援要請出してる味方に対しての救援として動くはずの軍として引き合いに出すのが毛利の南宮山着陣なんですか?
あなたの理解が足りてないだけにしかみえないです
それで相手を煽るよりもまずもう一度ちゃんと読み直すか知識をつけるのを優先してください
0708人間七七四年
2019/05/17(金) 03:19:21.81ID:mYnpXWkXだから具体的にどうすんのよ?
岐阜城攻城中の東軍を攻撃するわけ?
兵数だけの比較でも劣位の西軍がそれでどうして勝てるの?
0709人間七七四年
2019/05/17(金) 03:23:03.69ID:T59FLDZj筋で言うならば提唱した側が史料提示すべきで私にその筋はないです
東軍先発隊が相手の状況を読み取ったわけじゃなく焦っていたから強硬渡河したというあなたのおっしゃってることは推察というにはあまりにも牽強付会すぎていて仮説にすらなっていないと言っているんです
自分の率いてる家臣団全滅させる可能性と天秤にかけてでも家族を重要視するならそれこそ離反するでしょうに
また、実証を行うべきというのは史学の基礎的な前提かと
それこそ感情を勝手に斟酌して史学をアプローチしていいなんて規定こそないんでは?
0710人間七七四年
2019/05/17(金) 03:27:54.46ID:e5dH17Ll俺が思うに、こういうのは所謂三体問題みたいなもんに見えるんですけどね?
宇宙に天体が二つしか無いと仮定するなら、その動きは完璧に予想出来ます、でも三体以上有ると
完璧な予想は不可能に成ります。
初期状態での観測誤差程度の違いが無視出来無い様になるから。
0711人間七七四年
2019/05/17(金) 03:28:57.99ID:LZrMwhgo渡河作戦の決行には必ずしも合理的な判断が必要とされる訳ではないというのは
焦燥感に煽られるまま闇雲に突撃するだろうという意味ではないですよ
前述したとおり東軍が渡河作戦の可否に必要な情報をすべて集めているわけではない以上
合理的判断以外の要素も絡みうるということです
0712人間七七四年
2019/05/17(金) 03:33:55.96ID:T59FLDZj攻城中、つまり後詰に対して背を向けている可能性が非常に高い東軍について攻めかかるわけです
たとえ背を向けていなかったとしても隊を分けた応戦を余儀なくされます、東軍先発隊だけで蹴散らせる状況とは言い難いと思いますが?
また、岐阜城が1週間耐えた場合に後詰に来れる可能性の高い兵は大垣の石田らの隊の他に近江草津の宇喜多隊なども十分間に合う距離にいるように見受けられますが
それでどうして兵数劣勢と言い切るのですか?
0713人間七七四年
2019/05/17(金) 03:41:12.08ID:T59FLDZj渡河作戦決行前においてどの程度情報を仕入れていたのかもわからないままなのに
感情を優先したと言い切るのは無理やりがすぎると言っているんです
あなたが感情を優先したと主張するなら
渡河決行前に東軍先発隊が岐阜城の兵数や後詰が存在しないことを認識していないまま行動していたと証明するべきですよ
そうでないならあくまでもわからない、とすべきだと言ってるんです
0714人間七七四年
2019/05/17(金) 04:06:37.24ID:LZrMwhgoですから感情を優先して行動したと言い切ってますか?
私は計画の決行に家族の安否とか武家の面子といった私情が後押しする要素はありうるといっただけですよ
0715人間七七四年
2019/05/17(金) 04:24:40.93ID:T59FLDZj当然の人情とまで言っておいて言い切っていないと言うのはさすがにひどいでしょうに
ましてやかなり根拠の薄い想像であることを理解なさっているのであれば、一足飛びの歯抜けの論理ではないかという指摘に対してもはいそうですね、で済む話であったんじゃないですか?
ましてやあなたはその仮定の上に仮定を重ねた上で後詰のIFの話に際して東軍先発隊が岐阜城が堅固だから一旦退却しますという判断を下すの難しいのではないか
とまでおっしゃってる訳で、これで言い切りでないと解釈するのは無理があるように思えますが
あくまでもあなた一個人の感想である旨が理解できたのは良かったです
0716人間七七四年
2019/05/17(金) 05:56:03.12ID:QGZ/2XtsID:LZrMwhgo
0717人間七七四年
2019/05/17(金) 09:28:18.86ID:p577uZFg前線の拠点が籠城持久すべき期間の想定は半月、2週間。
岐阜に限定すれば1週間耐えれば宇喜多が到着するが、
北ノ庄だろうが岐阜だろうが桑名だろうが2週間あれば手空き隊や他方面からの隊の
移動が当該地域に到着できるであろうから。
そして後詰決戦により敵主力を撃滅できたらいいなぁという作戦方針に関するもの。
東軍から見た岐阜城については、8月22日付秋田実季宛佐々正孝書状には、
岐阜之事も中納言殿無人にて御座候間、日数五十日と被相抱候事成間敷と風聞候事
とあり、岐阜城の秀信は兵が少ないので、50日も持たないだろうと噂されている、とある。
また岐阜城については、太田和泉守記に以下のような記述がある。
岐阜城
中納言秀信公 居館并瑞龍寺山取出三ヶ所拵、
治部少臣下樫原左近父子人数千計楯籠、 とある。
史実でも秀信は居館と瑞龍寺山等に砦構築をしたとある。
(石田家臣、柏原彦右衛門、子は平介)
東軍先発隊の渡河決行については、通説だと、村越茂助がなにかしら煽ったから、じゃないの?
>>573にもある8月19日付井伊直政・本多忠勝宛黒田長政・徳永寿昌・奥平貞治連署状とか。
そして後詰決戦に応じるかどうかはわからないなぁ、半々と見るが。
応じても撤退決断してもおかしくはないと思う。
あと根本的に、石田か秀信が美濃衆に犬山城への加勢を指示したのは攻守両面考えて
いたからだと思われる。当然だが。
だから秀信が居館や瑞龍寺山に砦構築していたのも攻守両面考えていたからであろう。
0719人間七七四年
2019/05/17(金) 10:29:36.39ID:uTV36FP5美濃の生命線である木曽川を突破された上に濃尾平野に大軍勢を展開できなければ、岐阜城は戦わずして負けなのです。
0720人間七七四年
2019/05/17(金) 10:52:01.90ID:p577uZFg山上部の城郭だけで籠城しようとすれば、そりゃたしかに籠城には向かない。
だから城下町惣構も権現山砦、稲葉山砦、稲荷山砦、丸山砦、瑞龍寺山砦と
使えばいい。
なぜ山上部だけで籠城しようとするのか?
渡河迎撃を行うには兵力が足りない。
0721人間七七四年
2019/05/17(金) 11:24:44.96ID:gKBZAE2Vそっちのほうが普請しなおしなどで時間と兵力が足りなかったんだろう
木曽川を防壁にせざるをえなかったと考える
いっそ美濃防衛戦略自体を放棄しなければいけない状況だったが秀信の政治的価値があるからな
0722人間七七四年
2019/05/17(金) 11:28:16.56ID:3/JrLuA8三成 行長は岐阜城下に布陣
これ無くして勝てない
池田vs三成
福島vs秀信
まずこれに持っていきたいのですが
三成岐阜城全軍援軍
0723人間七七四年
2019/05/17(金) 11:30:31.79ID:daGOy2EV0724人間七七四年
2019/05/17(金) 11:46:03.87ID:5nJKtuG4後詰が来る前に一気呵成に岐阜城落とすという判断は理に適ってる
0726人間七七四年
2019/05/17(金) 13:03:21.28ID:vnp24/il岐阜城下布陣は無理筋
流石に2万以上を収容できる規模の砦の構築は二週間程度じゃ間に合わない
そうなると野戦になるけど伊勢方面軍から一部でも合流しないと勝ち目がなさ過ぎる
速攻展開で狙うなら可能な限りの速度で木曽川まで走っての封鎖戦術しかない
ただこの場合、仮に間に合っても東軍がバカじゃなければ先遣隊だけでの渡河には挑まないので睨み合いの持久戦になる
持久戦だと九州情勢が不穏な分、西軍に分が悪い
最悪、毛利が手打ちを選べば戦わずに実質の負けもあり得る
0727人間七七四年
2019/05/17(金) 13:03:32.25ID:6Dmy2kwy良かったんじゃね?
と思ってるがこれだと上杉が持たない、って
意見あるが実際持たすこと出来なかったんかね?
葵の再放送で知った程度の者の意見ですので御手柔らかに
0728人間七七四年
2019/05/17(金) 13:25:51.01ID:RnQyBt5v垂井まで来ていた立花がそのまま木曽川に布陣
大津で使っていたあれで池田を滅多撃ちの刑
0729人間七七四年
2019/05/17(金) 13:27:10.21ID:3q3oYJgAそこまで決起を遅らせると無理矢理西軍に加えた史実の味方が相当数上杉討伐軍に合流してしまうので西軍は戦力がかなり不足します
0730人間七七四年
2019/05/17(金) 13:27:39.52ID:p577uZFg2万も岐阜に集結する必要はないが、惣構内に5000〜1万は入る。
意図的に岐阜城の構造を無視するのをやめろ。
0731人間七七四年
2019/05/17(金) 13:34:32.75ID:i0r+QO0E宇喜多 毛利は間に合わないが
九州勢 美濃衆 小西で足りませんかね
池田戦は左近が軍師
福島戦は立花宗茂が大将で
0732人間七七四年
2019/05/17(金) 13:36:59.80ID:6Dmy2kwy東西から挟み撃ちって三成言ってたがこれなら
流石の家康も苦戦しそうだし無理矢理三成側になった
大名も様子見しそうだけどそこまで判断遅らす
訳いかんって事か
0733人間七七四年
2019/05/17(金) 13:48:49.98ID:3q3oYJgA西軍の決起戦力が少なすぎて誰も日より見してくれない
しかも上杉が引き受けなければならない戦力が史実より多くなるので自家の滅亡をかけてまで東軍を拘束し続けてくれるかはかなり疑問
0734人間七七四年
2019/05/17(金) 14:15:22.74ID:auyj/djS木曽川・合渡川の戦いまでに
杉浦重勝にあと5000
織田秀信にあと10000
なんとか援軍送りたいのだが
なんとかなりませんか
0735人間七七四年
2019/05/17(金) 14:49:09.18ID:/gkNEzVn岐阜城が全山を含めた大きな防御機構である時期があったというのは理解したんですが
13万石の秀信城主時にその防御機構を十全に維持できていたのでしょうか?
維持できていなかった場合普請のし直しがあり、上でも指摘されてる方がいますが、その時間.金などは足りていたのか
といった疑問があるのですが、あなたの意見をお聞きしたいです
0736人間七七四年
2019/05/17(金) 14:51:18.87ID:nH85bSJc上杉征伐開戦後って事は上杉は五路か同時侵攻受けてて
弱点の最上領からは北陸勢と奥羽連合軍による攻撃で背中ざっくりやられてる最中
上杉も粘るだろうけど押し込められはするから
そこから東軍が時間気にして一気に落とす、押さえの兵を置いて後退する、講和する等にしてもそこまで時間稼げる可能性は少ない
まして上杉が落ちたら奥羽連合、伊達、越後勢、秀康軍、中立決め込んでた佐竹のすべてが東軍として西軍を攻めてくる
いくらか稼ぐ時間と引き換えに小早川秀秋、吉川広家、織田秀信、脇坂安元、鍋島勝茂、美濃伊勢勢等が東軍に参加
史実での裏切者と役立たずが居なくなってすっきりするが東軍に最初から参加されるのも大いに痛い
そのいくらか稼いだ時間を使って大幅に西軍が有利になる「何か」を思いつかない限りは下策かな
0737人間七七四年
2019/05/17(金) 17:23:02.12ID:rD9+1wpK家康が関ヶ原合戦後に岐阜城・佐和山城・大津城を廃したのは、
そういう戦術上の要件が理由の八割だろうし
0738人間七七四年
2019/05/17(金) 17:28:07.87ID:p577uZFgわからんとしか言いようがない。
わからんからこそいまだに発掘調査が行われているのだと思うが。
とりあえず関ヶ原戦後、岐阜城は廃城にして櫓やら石垣は
加納城の資材として流用してるようなので、
おそらく解体しやすい山麓辺りには、現存状態よりもかなり多くの石垣が
あったのではないかと思う。
そして普請についてはどうするのが最適かは難しい部分が多いが、
各登り口部に土塁、空堀、柵、櫓の設置、丸馬出的なもの簡易普請するだけでも
けっこう違うのではないかと個人的には思う。
山頂周辺は岩山みたいなかんじで、地質的に短期間ではあまり工作できないように思う。
もっと竪堀や堀切があってもよさげだけど、地質が堅くてできないんだろうなぁと思った。
0740人間七七四年
2019/05/17(金) 17:42:16.22ID:ZdSsa/gl最前線のここを西方は死守
レーダー基地ですし
毛利 宇喜多が揃うまで
木曽川を超えさしてはなりません
0741人間七七四年
2019/05/17(金) 19:11:56.82ID:p577uZFg兵力に余裕があるなら渡河迎撃策もありだと思いますよ、
しかし兵力が少ないから籠城からの後詰決戦なわけで。
福束城:岐阜県安八郡輪之内町福束(大垣城南方7kmあたり、現揖斐川東岸)
高須城:岐阜県海津市海津町高須町(福束城南方約8.5km、揖斐川東側)
駒野城:岐阜県海津市南濃町駒野(高須城西方約3.5km、揖斐川西側)
津屋城:岐阜県海津市南濃町津屋(福束城南西約7km、駒野城北西約3km)
そして上記揖斐川流域諸城が8月19日までに市橋・徳永らに落とされています。
大垣としては難しい対応を迫られます。
この一連の東軍の攻撃は、大垣攻略の先手衆なのか、それとも犬山もしくは岐阜攻撃の
陽動なのか。
地図見ればわかりますが、大垣が狙われてると思っても不思議ではないです。
少し距離はありますが大垣南方の諸城を落とされていますから。
0742人間七七四年
2019/05/17(金) 19:20:39.35ID:e5dH17Ll普通に、渡河は困難って読みで美濃に兵力少なかったんだろうね。
この時代だと、陣形が整うまで防御力が極端に低いし、火縄銃も直後は使えないとかだろうし。
史実で岐阜が簡単に陥落したけど、もし待ち伏せされてれば全滅も有り得るんでは?
0743人間七七四年
2019/05/17(金) 19:25:18.24ID:nH85bSJc地域中核城は豊臣の出先機関として豊臣の手が入るから維持されててもおかしくない。
金の瓦でもあれば一発なんだが豊臣期のは残ってたっけ?
0744人間七七四年
2019/05/17(金) 19:36:39.81ID:0tRt3gXcそんな微力兵が繰り出す前に三成布陣ですよ
0745人間七七四年
2019/05/17(金) 19:41:18.96ID:BSVuGoQp美濃や伊勢の敵対 西方に来てくれないか
大津の京極と細川も
0746人間七七四年
2019/05/17(金) 21:05:08.61ID:rD9+1wpK総構は狭い上に金華山山麓のほんの一部分に過ぎない、まあ山上の曲輪も狭い
動員数が増えた織豊時代には対応できない
0747人間七七四年
2019/05/17(金) 21:07:17.18ID:rD9+1wpK尾張からの東軍は、犬山から伊勢までのどこにでも出れるから、
外線の西軍が守りに入ってはいけないとしか言えない
0748人間七七四年
2019/05/17(金) 21:21:01.14ID:9qkAasRvそれは立地的にそうですが
福島や黒田は一日も早く三成を打ちのめしたい訳で
清須から見える眼下の的は防衛も含めて攻めるでしょうに
過去の軍歴を見ると
勝てそうなら突き進むタイプですし
酒は呑め呑めで福島正則は槍とられた訳で
これを逆手に何か戦略ありませんかね
0749人間七七四年
2019/05/17(金) 21:25:57.63ID:rD9+1wpK少数でも各方面から尾張に攻め込んで刈田等を行う外線作戦が基本かと
その場合は西軍が早期に正則らを敵と判断する情報を得る必要があるけど
0750人間七七四年
2019/05/17(金) 21:44:08.84ID:CUUQAQt6そう言えば
三成も福島に田中を調略していたのですねえ
小田原あたりでしたっけ
毛利加えての決戦が当初の計画?
0751人間七七四年
2019/05/17(金) 21:50:59.65ID:rD9+1wpK0752人間七七四年
2019/05/17(金) 21:52:16.68ID:7uspMIK+道山でさえ大群
少数で木曽川渡って攻撃出来ますかね
織田秀信に官兵衛級の軍師がいれば
勝機もあるのですがねえ
(百々?)
0754人間七七四年
2019/05/17(金) 22:56:17.58ID:T59FLDZjお答えありがとうございます
やはりわからないですか、そこを仮定してしまうかどうかも考えるべきなんでしょうね
普請すべき箇所や地質などに言及していただけるのは城郭に詳しくない身としては非常に勉強になります
746コメの方のように
いやいややはり防御機構としては不十分であるといったこと具体的に説明した指摘もあるようですので
やはり岐阜城の防御能力・収容能力について話を詰めていく必要も感じます
0755人間七七四年
2019/05/17(金) 23:27:42.77ID:p577uZFg惣構、丸山砦を保持しておれば、水の手口から山上を攻撃されることはない。
大手門を保持しておれば、大手口、百曲口から山上を攻撃されることはない。
権現山砦、稲葉山砦を保持しておれば、尾根筋から山上を攻撃されることはない。
瑞龍寺山砦を保持しておれば、尾根筋から権現山砦、稲葉山砦、山上を攻撃されることはない。
瑞龍寺山砦正面は湿地帯。
以上の観点から、信長居館跡地を本丸とみなし、惣構が二の丸、山上及び諸砦を外曲輪と
見ればいいんじゃないかなと思う。
見たかんじ弱点は東側の達目洞の谷あいや尾根筋かなと思う。
(達目洞の谷あいを砦化できればかなりの人員が収容できそうではあるが時間がないだろう)
惣構、大手門、予想される攻勢正面は狭いんで、補充人員をどんどん送り込んでやれば
居館周辺の維持できると見る。
山上が落ちるとかなり苦しくなるが、敵も南方、東方の尾根筋に大軍で侵攻するのは
できないので時間は稼げると見る。
>>747
美濃・尾張・伊勢だけ切り取って、清洲起点で見ればたしかに東軍が内線、西軍が外線だが、
兵力劣勢方面で刈田出撃とかしてなんの意味があるのかわからない。
その時間を籠城準備、普請等に使ったほうが有効だと思うが。
0757人間七七四年
2019/05/18(土) 03:38:01.56ID:3WINdpMJ日本全土の地図が頭に有るなら、西軍が外線側東軍が内戦側だと思うんだけど。
欧州の七年戦争とか調べると解かるけど、内戦側は戦線が膠着すると詰むので勝利しても
占領地放棄したりしてますよ。
睨み合いは、東軍の方がきつい気が?
0758人間七七四年
2019/05/18(土) 06:26:28.63ID:wCstg/5o0759人間七七四年
2019/05/18(土) 08:25:18.73ID:PIIvK+TU瑞龍寺山砦は石田家臣がいたけど、浅野長政に討ち取られた
攻められないことはない
>>754
日本全土という戦略レベルでなく、東海地域に限定した話で、
目的は東軍に主導権を与えないための嫌がらせ攻撃なので
0760人間七七四年
2019/05/18(土) 11:50:21.07ID:y61jDM4X毛利(島津も)と北条は大国同士でも互いに遠すぎて戦になることはないと?
どこまでも平地の欧州と違って山だらけだからさらに遠く感じるのかな
0761人間七七四年
2019/05/18(土) 15:40:29.15ID:3WINdpMJ基本的に、内線側は全てを守る兵力は無いんで高速で移動しながら戦線から戦線に移動
するって作戦が多いです。
で、当然この作戦の前提として主導権を内線側が握って無いと無理なんですよ。
家康だって岐阜が陥落したんで主導権を持って美濃に出たんです。
西軍に何処かを攻められたから後詰めに来たじゃないでしょ。
0762人間七七四年
2019/05/18(土) 17:00:46.67ID:PIIvK+TU東軍先鋒の岐阜攻めはある意味、内線の基本を投げ売って博打に出たという自覚がある
この辺は黒田長政等書状でも
「一刻も急川ヲ越いか躰ニ成共可相果之由誰共なく就被申出」
とある
結果としてそれが奇襲となった
0763人間七七四年
2019/05/18(土) 20:59:55.82ID:QnZyMrnk史実の東軍先遣隊は大垣からの救援部隊を警戒して抑えの部隊を割いているわけで、
救援部隊が出てくる場合は、それを捕捉した東軍は岐阜城攻めを一旦停止して
籠城部隊と同数程度の抑え部隊を残して、救援部隊を迎撃すれば東軍が優勢では?
渡河した東軍は約4.3(>>5)に対して、大垣部隊約1.2万、岐阜城1.3万(>>4)。
仮に草津の宇喜多隊1万強を加えても西軍は数的不利。
0764人間七七四年
2019/05/18(土) 23:16:11.68ID:pgK1ahEZ0765人間七七四年
2019/05/18(土) 23:17:29.30ID:GD/eVaPRそうですね、1週間だと難しいですね
下で詳しくおっしゃってる方のいる半月か2週間程度の籠城が必要ですね
0766人間七七四年
2019/05/19(日) 00:25:32.78ID:1skelcZ78月22日に木曾川渡河した東軍は福島正則覚書41300〜44000+本多・井伊、と、
池田家履歴略記 巻之三には
上流渡河組18250余、下流渡河組16730余、とある。
つまり、34980+本多・井伊、とかなり開きがある。
この点には十分留意が必要。
それと宇喜多は草津の秀家と桑名・長島付近の明石を足して18000.
0767人間七七四年
2019/05/19(日) 00:30:20.44ID:q0tVDDg7抑えって少なくとも籠城側より多くの兵力を置いてくもんだと思ってましたけども
0768人間七七四年
2019/05/19(日) 00:33:30.22ID:NpiH5TtL0769人間七七四年
2019/05/19(日) 00:49:00.03ID:q0tVDDg7城側の動きにどうしても後手に回りやすいし
なんとなく思いつく抑えは大体守備側より多めに配置してるかなーと
0770人間七七四年
2019/05/19(日) 01:11:47.52ID:NpiH5TtL城に籠ってるから有利なだけ同数なら城を空にして出陣でやっと五分。一時的に抑えるなら十分なんでしょう
0773人間七七四年
2019/05/19(日) 01:38:31.88ID:NpiH5TtL0774人間七七四年
2019/05/19(日) 11:24:37.06ID:G7yJS+zP伊勢に明石以外の大身が出張ったという記述はないので
草津の1万とあわせても1万2,3千というところでは
ついでに小西も島津と兵数が同じくらいとの史料の記載もあるので
西軍の兵数見積もりは>>4よりも下に見た方がいい
0775人間七七四年
2019/05/19(日) 12:35:29.54ID:6Pbwar3e一応
西軍の兵力数は、主に石田の備え口人数を準拠しています。
備口人数だと宇喜多は18000なのと、
公家だかの日記の、醍醐の坂を宇喜多一万が通った
という記述から、明石8000もあり得るかなと。
0776人間七七四年
2019/05/19(日) 12:38:26.36ID:TOAVUHLo上杉のさらに外に伊達と最上、毛利のさらに外に加藤や黒田がいるわけだけど。
内線側である東軍が持久戦になると不利、って言うけど、九州を東軍が制圧して、
毛利本国や四国が東軍に攻められる前になんとかしないといけない、
って意味では西軍側にもタイムリミットはある。
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