>>291
石高と金塊は同列に比べられるものでは無いんだけどね
120万石の領地から大名まで納められてくる年貢が20万石〜30万石程度御料所にまとめられても換金する手段がない
(そもそも換金してしまったら蔵出しできなくなるので遠征で兵糧不足になる)

甲斐や信濃、上野は山岳地帯も多く米が取れない地域も多いから米以外の年貢も多かった
代替品で納められてるものについて相場はもちろんあるけど米より換金性は低くなる
(特産品などは国外まで持ち出して価値が出る)
金山から納められる金塊ですらそのまま使わざるを得なかったのが武田の実情なんだよ?

甲信の座を管理してるのは地域の寺社で武田の税はそこから間接徴収方式
※寺社と揉めないように信玄時代からの方針
領内に数ヶ所存在する市場のあがりをまとめてもとても二万貫には届かない

勝頼が二満貫に飛び付いたのもそういった事情があったのよ
理解できたかな武田厨の菅沼先生