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【秀吉】豊臣家総合スレ【秀頼】 [無断転載禁止]©5ch.net

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0001人間七七四年2016/07/16(土) 18:21:00.64ID:woQdE5KQ
秀吉や秀頼、秀長、大政所や旭など豊臣家と一族やその家臣団
あるいは研究者・論文まで、豊臣に関する話題を包括して語る総合スレです。
都合が悪くなったり反論できなくなったりしたら
コピペ連投やレッテル貼りして逃げるのはやめましょう
0002人間七七四年2016/07/16(土) 18:34:42.74ID:woQdE5KQ
関連スレ

関ヶ原合戦の真実 Part3
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【太閤への道】明るい豊臣秀吉【近世の開幕者】
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もしも羽柴秀長が長生きしてたら
http://hanabi.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1424471305/

豊臣恩顧どもはカス(福島加藤浅野・・・)part2
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もしも秀吉が明ではなく蝦夷地以北を攻めていたら
http://hanabi.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1468660860/

石田幕府創立の可能性を徹底検証するスレ
http://hanabi.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1404090143/
0003人間七七四年2016/07/16(土) 18:48:12.13ID:EYu9mrmt
明るい豊太閤なのか、残虐狂気の独裁者なのか
はたまたそのどちらでもないのか
0004人間七七四年2016/07/16(土) 19:07:19.53ID:KBL93JB3
そのどちらもでしょう
0005人間七七四年2016/07/16(土) 19:08:42.19ID:SVpJ0Ya7
明るい秀吉しか語ってはいけないスレじゃないみたいだから、自分の好きな方でいいんじゃないかなぁ
0006人間七七四年2016/07/16(土) 19:12:08.27ID:KBL93JB3
単純に秀次事件は現代人の感覚でいくとドン引きだな
0007人間七七四年2016/07/16(土) 19:25:14.44ID:EYu9mrmt
>>6
同時代の人間もドン引きだぞ
0008人間七七四年2016/07/16(土) 20:07:16.09ID:ZkWMfPcW
●       
┠〜〜〜┐   戦えば勝ち攻むれば取る
┃  ●  ∫ 
┠〜〜〜┘    僅かに数年天下一統
┃         
┃           布衣(ほい)より起こりて四海を治む   
┃          
┃            御門(みかど)の震襟(しんきん)初めて安し   
┃           
┃             国家の隆盛是(これ)より興る     
┃               
┃              類(たぐひ)なき智恵 比類なき武勇      
┃                 
┃               嗚呼(ああ)人なるか 嗚呼神なるか       
┃                   
┃                嗚呼太閤 豊太閤  (`・ω・´)       
┃                     
0009人間七七四年2016/07/16(土) 21:00:05.52ID:Ye84lYp4
聖徳太子と同様に、生前から経歴の粉飾を行い、死後もそうなので、
オールフィクションの秀吉

聖徳太子に比べれば、一次史料や外国の記録があるからまだ分かるけど
0010人間七七四年2016/07/16(土) 21:44:01.98ID:KBL93JB3
でも甥を斬首して畜生塚はさすがに引くわ
0011人間七七四年2016/07/16(土) 21:52:19.12ID:N6YqAR/9
>>8って何からの引用?
0012人間七七四年2016/07/16(土) 23:26:22.60ID:ZkWMfPcW
>>11
滝廉太郎の豊太閤
0013人間七七四年2016/07/17(日) 01:05:14.32ID:i458kWpz
ワイは三英傑で一番すきや
0014人間七七四年2016/07/17(日) 08:08:03.56ID:Wm/h9Zwb
>>12
その年代なら、ホイって乞食を指すんじゃなかったっけ?
0015人間七七四年2016/07/17(日) 20:14:12.83ID:2lj2F0ZI
結局秀吉は最下層の出身なのか、それともある程度の階級の出身なのか
0016人間七七四年2016/07/17(日) 20:25:12.09ID:B+J+jRzx
ある程度の家のでなら父親の親戚筋が全く出てこないのは変な気がするな
織田家で出身が不明確で出世したのは他に滝川とか明智とかいるけど
それらを考えるとどんなもんだろうか
0017人間七七四年2016/07/17(日) 20:55:29.77ID:jD3bcEtB
最下層にしては教養有りすぎるよな
秀吉も秀長も福島加藤も
0018人間七七四年2016/07/18(月) 00:07:48.68ID:jkbmIN/S
秀吉がまだ20代だった信長の尾張時代に、既に奉行として文書発給しているくらいだから、織田家中でも若い頃から相当のエリートだったことは感ぜられる
0019人間七七四年2016/07/18(月) 00:31:55.49ID:Ku79vAIf
>>14
漢文的に庶民(平民)とか無位無冠くらいの意味でいいんじゃね?
0020人間七七四年2016/07/18(月) 18:59:56.28ID:m1SwDca1
異常に仕事のできる人間だったんだろうな
0021人間七七四年2016/07/18(月) 19:53:34.45ID:UzcRrj8j
脇坂安治宛ての書状で信長のこと呼び捨てにしているんだよね、秀吉
まだ本能寺から三年くらいしか経ってない頃の書状なのに
0022人間七七四年2016/07/19(火) 09:37:54.98ID:FmS3rBJY
秀吉が書かせた惟任退治記なんか、本能寺の変から大して日がたってないのに、
信長は色気違いで、本能寺の変では女どもを刺し殺した
とか書かせて、この本を各大名にくばっているよ。内心では、信長のことを嫌っていたわけね。
女好きとか残虐性とか似ているところが、気にさわったんじゃね
0023人間七七四年2016/07/19(火) 22:07:06.32ID:giN6eur7
前田家の記憶にある夢の中で秀吉が信長に織田家の扱いについて怒られ
寝床からずいぶん離れた場所まで動いてたという話も怪しいよな
そもそも夢の内容なんて実際見た秀吉しか分かるわけがないし
蒲生氏郷が次の天下人は前田利家と評価した話みたいに
前田家の記録は怪しいのが多いからな
0024人間七七四年2016/07/20(水) 06:07:32.54ID:RTflQff3
>>21
死んだ人・昔の人相手なら呼び捨てもセーフ説
今上天皇には陛下を付けるが昭和天皇には付けないようなもん
「あの頃とは違う」という文脈で使われてるし
悪意・敵意や不敬というよりも
単に信長を過去の人物扱いしたがってる印象
(それが悪意や不敬だというならばそうかもしれん)
0025人間七七四年2016/07/20(水) 07:46:31.96ID:KMnZ5jp6
>>24
あの書状は文脈的にどう見ても信長の名前を尊敬表現として使ってないからなあ。
「信長の頃みたいに甘いと思うな」
だもの
0026人間七七四年2016/07/20(水) 07:56:43.00ID:Gh41KMSN
信長公記では、欠字(名前の上下にスキマをあける)や、上様という表記をつけたり、
信長公とか公をつけたりするが、
なにしろ、信長公記は信長の死後に清書されたものが大部分なので、あんまりへりくだって書いてない。

むしろ書いた当時は家康が天下をとっていたので、それまで呼び捨てだった家康を、家康公と
書き直したり、「家康、陣をかける」を「家康公、陣をけさせられ」と、表現まで書き換えたり
して太田牛一は忙しい。都合の悪い信康事件は丸ごとカット。
0027人間七七四年2016/07/20(水) 08:00:41.29ID:Gh41KMSN
ちなみに、太田牛一は秀頼の教育係になるほど(守り役ほどではないが。)
秀吉に重用されている。

で、太田牛一は秀吉のことも信長公記などで大量に書いてはいるのだが、一度も、「猿」とは
書いてない。ネズミだの6つ、だのも書いてない。自主規制したんだな。もし紙に書いてあるのが
見つかったら、耳そぎ鼻そぎさせられる。
0028人間七七四年2016/07/20(水) 08:06:16.73ID:Gh41KMSN
秀吉が、ハゲねずみに似ているかどうかはともかくとして、
秀吉は、猿のモノマネをしていた、という証言は残っている。

三河の松下加兵衛に仕えていたときのこと。そこの松下家の親類の女の子の前で、
猿のように柿の皮を歯で剥いて、猿のような身振りでかじって食べる、
という一発芸を披露している。それを見てた女の子が、老女になったころ証言して
本に残っている。出典名は知らんがググれば見つかるだろう。
0029人間七七四年2016/07/20(水) 21:11:16.44ID:CPIXlbOq
最下層の出身説を主張している研究家だと服部英雄とかがいるけど
逆にある程度の階級の出身って主張してる研究者だと誰がいるかな
0030人間七七四年2016/07/20(水) 21:17:39.74ID:KMnZ5jp6
丸島和洋『戦国大名武田氏の家臣団』より

p361「羽柴秀吉は尾張の百姓(おそらくは豪農か地侍)の出身である。
0031人間七七四年2016/07/20(水) 22:05:27.31ID:Gh41KMSN
お寧との結婚が、家柄を重視する見合いであれば、
身分などもそれなりに釣り合いがとれるようにするから見当がつくが(=豪農か地侍)
秀吉とお寧は恋愛結婚みたいだからなあ。
妻の実家の名前をとって木下と名乗ることから、元の木下家よりは秀吉は下層階級ではあったろう。
0032人間七七四年2016/07/20(水) 23:33:33.47ID:nMsEvtnS
単純に実家の姓を名乗りたくなく縁があるなら何でもよかった可能性も
0033人間七七四年2016/07/21(木) 08:59:02.36ID:5rrgbdl8
笠間書院から出た「秀吉の虚像と実像」って内容的にはどう?
まともな研究本なのか、それともトンデモ本なのか
0034人間七七四年2016/07/21(木) 10:17:28.82ID:tBa6rRhV
>>33
○北政所の名は「ねい」でなく「ねね」と再確認!
○ひょうたんの馬験に隠された秀吉の出生の秘密とは?
○高松城の水攻めは実は沼の大きさに過ぎなかった!
○明からの「日本国王」への任命を一旦は受け入れていた!
○秀吉信仰と地震や靖国との意外なつながりとは?
タイトルを見る限りでは、ややまともそうだ。
0035人間七七四年2016/07/21(木) 10:21:16.73ID:tBa6rRhV
目次

本書の読み方

○序
虚像編・編者より
秀吉の「夢」、語り手の「夢」[井上泰至]
実像編・編者より
実像と虚像、歴史学と文学、どちらも面白い[堀 新]

1 秀吉の生まれと容貌
実像編[堀 新]
生まれ―秀吉の生年月日/天文五年か天文六年か/容貌―木の下の猿関白/猿か禿鼠か/外国人の見た秀吉/むすびに
虚像編[湯浅佳子]
はじめに/出生をめぐる奇瑞/異常誕生譚と特異な容貌/放逸な少年時代/まとめ

2 秀吉の青年時代
実像編[北川 央]
太閤様のご先祖/秀吉の父/秀吉の兄弟姉妹/秀吉生家の生業/家を出た秀吉/秀吉と陰陽師集団
虚像編[湯浅佳子]
はじめに/忠義と信の人、秀吉―『太閤記』巻一より―/策謀家としての秀吉―『真書太閤記』より―/おわりに

3 浅井攻め
実像編[太田浩司]
小谷落城と秀吉/堀・樋口氏の誘降/姉川合戦と秀吉/志賀の陣と秀吉/横山城主として/野一色家の秀吉仕官/箕浦合戦と湖北一向一揆/元亀二年から三年の戦い/虎御前山城の城番へ
虚像編[柳沢昌紀]
理想の信長・秀吉・家康を造形―甫庵『信長記』/竹中重門の『豊鑑』と林家の『将軍家譜』/浅井氏三代の事蹟を記す軍書―『浅井三代記』/智将秀吉の誕生―『絵本太閤記』/万能なる智将へ―『真書太閤記』/『日本戦史・姉川役』と山路愛山の『豊太閤』
0036人間七七四年2016/07/21(木) 10:21:45.41ID:tBa6rRhV
4 秀吉の出世
実像編[太田浩司]
秀吉の改姓と名乗りの変化/「木下」から「羽柴」への改姓/「筑前守」の官途を名乗る/播磨侵攻と黒田孝高の幽閉/「筑前守」から「藤吉郎」への後退/秀吉の城下町政策/再び「筑前守」へ/於次秀勝の独立と名乗り/その後の秀吉の叙位任官
虚像編[原田真澄]
秀吉と信長の出会い/墨俣一夜城/願望の鏡としての虚像

5 高松城水攻めと中国大返し
実像編[堀 智博]
はじめに/『高松城水攻め』に至るまでの過程―織田・毛利間戦争/『高松城水攻め』の実態/毛利勢との講和/『中国大返し』の実像/おわりに
虚像編[菊池庸介]
はじめに/『太閤真顕記』における高松城水攻め・中国大返しの構成/高松城水攻め/本能寺の変の発端としての秀吉の応援要請/毛利方との和睦/中国大返し

6 清須会議と天下簒奪
実像編[谷口 央]
清須会議と織田家家督/織田家を支える人々・その立場と運営方法/勝家と秀吉の対立/「織田体制」の改編―秀吉のクーデター―/織田家家督織田信雄と秀吉/秀吉・家康と関東諸氏/小牧長久手の戦い/北国攻めと信雄・家康/家康の臣従と全国統一
虚像編[菊池庸介]
はじめに/山崎の戦/清須会議/大徳寺焼香場―秀吉の天下簒奪
0037人間七七四年2016/07/21(木) 10:22:31.94ID:tBa6rRhV
7 秀吉と女性
実像編[堀 智博]
はじめに/ねねの実像/『淀』の実像/秀吉死後のねねと淀/おわりに
虚像編[網野可苗]
悲劇のヒロインにはなれなかった女性/徳川史観の被害者/事件の黒幕には淀/豊臣贔屓≠淀擁護/実録の力/近代文学の中の淀/淀の悪女像を押し出したもの/選ばれた悪女

8 秀吉と天皇
実像編[遠藤珠紀]
聚楽第行幸/『聚楽行幸記』の作成/近世に語られた聚楽第行幸/行幸の行列/公家の家業の興隆/何故「聚楽第行幸」か?
虚像編[森 暁子]
乱世の忠臣/主君利用パターンの類似/つれないそぶり/古代の天皇権威の利用/世論操作のための「忠臣」アイコン

9 秀吉はなぜ関白になったのか
実像編[堀 新]
秀吉の関白任官/このエピソードの問題点/家康の源氏改姓・将軍任官は特殊例/秀吉の関白任官と徳川史観
虚像編[森 暁子]
関白任官の打算/ 「下剋上」の回避/「朝敵」排除の思惑 /「朝敵」の烙印への恨み@―島津氏/「朝敵」の烙印への恨みA―後北条氏/ 枷からの脱却/政敵の排除

10 文禄・慶長の役/壬辰戦争の原因
実像編[米谷 均]
豊臣秀吉の本心を読み解くこと/朝鮮出兵の原因・目的をめぐる諸学説/朝鮮出兵の動機と目的/秀吉が成りたかったもの
虚像編[井上泰至]
「徳川史観」「皇国史観」「帝国史観」/林家とその後―徳川史観の形成/絵入歴史読み物と国学・後期水戸学―皇国史観/帝国史観―幕末の危機意識の中で/ナショナリズムか愛すべき英雄か
0038人間七七四年2016/07/21(木) 10:24:00.84ID:tBa6rRhV
11 秀次事件の真相
実像編[金子 拓]
はじめに/秀次事件解釈の新説/秀次事件の発端/秀次の高野山出奔/「公式見解」の形成と秀次切腹/「秀次事件」の成立/秀次の個性
虚像編[丸井貴史]
秀次事件を描いた作品/物語としての秀次事件/殺生関白秀次/秀次の妻妾たち/仏法僧―戦う秀次

12 豊臣政権の政務体制
実像編[谷 徹也]
「五大老」「五奉行」に関する通説/小瀬甫庵『太閤記』の記述/秀吉生前における奉行の役割/秀吉生前における大老の役割/政権内のその他の政務/秀次事件による政務体制の改変/「五大老」「五奉行」制の実態/乖離する名分と実態/そして関ヶ原の戦いへ
虚像編[藤沢 毅]
五大老・五奉行/太閤検地、刀狩りは描かれない/富裕の町人への処罰/武断派と文治派の対立

13 関ヶ原の戦いから大坂の陣へ
実像編[谷 徹也]
大坂の陣への道程/関ヶ原戦後の上方情勢/秀頼の立場/公儀のゆくえ/大坂の陣の始まり/豊臣方の民衆/関ヶ原の戦いからの道程
虚像編[井上泰至]
徳川寄りの軍書/関ヶ原モノの集大成―『関ヶ原軍記大成』/徳川贔屓の構図を引き継ぎ文芸化―『難波戦記』/大坂贔屓への転換―『厭蝕太平楽記』/徳川コードの消失とともに―
『名将言行録』と『日本戦史関ヶ原役』/民間史学から歴史小説・近代歌舞伎へ―山路愛山・徳富蘇峰・高安月郊・司馬遼太郎
0039人間七七四年2016/07/21(木) 10:25:44.47ID:tBa6rRhV
14 秀吉の神格化
実像編[北川 央]
神になった秀吉/秀吉の神格化と御霊信仰/織田信長の神格化をめぐって/秀吉神格化のモデル/豊国大明神の性格/新八幡と豊国大明神/豊国大明神の多様な信仰/大坂城への勧請/江戸から明治の豊国社
虚像編[井上泰至]
神社の荒廃とにわか震災神/対外的武威の神として―宣長の古道論の内面化と和歌/征韓論の神話的先例―幕末から明治

○コラム
北政所の実名[堀 新]
刀狩令[堀 新]
太閤検地[谷口 央]
「惣無事」と「惣無事令」[谷口 央]
破り捨てられた? 冊封文書[米谷 均]
二つの「キリシタン禁令」[堀 新]

○付録
秀吉関連作品目録
(軍記・軍書・実録・近代史論・歴史小説)[井上泰至編]

主要秀吉関連演劇作品一覧[原田真澄編]

あとがき[堀 新×井上泰至]


以上、目次だった。どうやら真面目な本のようだ。およそ3000円か。買うのはためらうね。
0040人間七七四年2016/07/21(木) 13:11:42.51ID:ttE4Q6P/
目次のところどころに徳川史観の文字が見える点が多少気になるけど、
実像と虚像を比較した真面目そうな感じの本だね
0041人間七七四年2016/07/21(木) 18:46:29.54ID:0DSlzxFQ
>>31
でもおねの実家って杉原じゃないの?
0042人間七七四年2016/07/21(木) 19:11:25.64ID:ff/4iI/E
浅野だろ
0043人間七七四年2016/07/22(金) 00:00:14.78ID:+O5AnT1o
木下は秀吉の名字だろ
ねねの父は杉原を名乗ってる
0044人間七七四年2016/07/22(金) 07:39:59.17ID:MV0MvU1K
>>43
そういう説もあるってだけだろ
広く伝わった説では、ネネの父親が杉原に養子に入る前の名字が木下。
ついでに、
ねねは、杉原から親戚筋の浅野に養子に入ったのが、現代の常識

杉原から出世したのがいないというのは、結婚に反対したことに対する意趣返しというのが通説
浅野への厚遇?は、結婚他を支援してくれたからというのが俗説
0045人間七七四年2016/07/22(金) 20:15:52.84ID:UM7OoflJ
ねねの家庭って、意外と複雑なんだね。
杉原と木下と浅野か。3つもあったのではややこしい。
0046人間七七四年2016/07/22(金) 20:20:01.74ID:UM7OoflJ
秀吉の父親と会った、という大名が皆無なんだよな。だれも会ったことも見た事実もないし、
家康へ妹と母を人質に送ったときに父は?と、徳川家から尋ねられただろうけど、
その時点では死んでいたか居なかったかは確実だろう。
0047人間七七四年2016/07/22(金) 21:20:15.51ID:bmJXFTn+
木下家定は石高低いが充分優遇されてるだろ
結婚反対の影響なんかねーよ
0048人間七七四年2016/07/22(金) 21:43:31.44ID:o9sYawCi
杉原孫兵衛 → 木下家定 → 羽柴家定 → 豊臣家定 (中納言)

関ヶ原、大阪の陣ではともに中立
子孫は廃藩置県まで所領を残す
0049人間七七四年2016/07/22(金) 23:28:10.63ID:9YYB7Q9Q
羽柴家定=豊臣家定だろ(マジレス
0050人間七七四年2016/07/23(土) 08:28:53.01ID:VoATocNc
>>48
木下家定は本当に権中納言になったのか?
公卿輔任にはないし
0051人間七七四年2016/07/23(土) 11:07:34.95ID:CyfSxpKt
木下家定をググったが、武将としての活躍は無く、所領の石高からみても
平々凡々とした人で、ただ健康にはめぐまれた人らしい。
0052人間七七四年2016/07/23(土) 17:36:52.23ID:alFuBQDQ
木下家定については桐野作人が
鹿児島ローカル新聞(南日本新聞)連載の「さつま人国史」で

立花宗茂が関ヶ原の戦い直後に家定の身柄を確保して大阪城に籠ろうとする
→ビビッて自分が兵を率いて護衛してた高台院(寧子)を連れて御所に逃げた
(高台院が関ヶ原後に御所に裸足で逃げ込んだと言われる事件はこの時)

的な説を展開していたような
0053人間七七四年2016/07/23(土) 18:59:05.87ID:/6GZzMh5
                     【PGo】     ニンテンドー     対     マイト レーヤ     【UFO】

   ∧,,,∧
  (´・ω・`) < ポケモンと任天堂株に群がるウジムシども、覚悟はいいか?
  (|   |)
   し--J


近い将来、欧米で株式市場が破綻すれば、マイト レーヤは直ちに出て来られるでしょう。


最初になくなるのは世界の株式市場でしょう。

差し迫る株式市場の暴落は、他の人々が飢えている間にお金を儲けることの結果です。かれらは自分の財産を隠し、犯罪的雰囲気さえも創出しています。
彼らはただ座って待っているだけです。世界を餌にして生きており、何も還元しません。 来るべき株式市場の崩壊は必然的に多くの失業者を出すでしょう。


日本から始まる世界的株式市場の大暴落

ウォールストリートの大暴落(1997年)につながったプロセスが、いま日本におけるプロセスの中に写し出されており、再び株式市場の暴落につながるでしょう。
終いには政府にも支えることができなくなり、どん底に落ちていきます。日本がアメリカ国債の25%を引き出すと世界経済が破綻し、マイト レーヤは出現するでしょう。
マイト レーヤは何百万の人々に話しかけることのできるようなやり方で、まずアメリカに現れるのです。それから日本です。
彼は日本人ではありませんが、日本語で話すでしょう。彼は、非常に物静かなやり方で話します。彼の最初の控えめな態度に混乱してはなりません。
非常に間もなくマイト レーヤを、テレビで見るでしょう。マイト レーヤは毎日テレビに現れ、質問に答えるでしょう。彼は「匿名」で働いております。
マイト レーヤが公に現れるにつれてUFOが、とてつもない数で姿を表すでしょう。


竹下雅敏「どうも日本人のレベルの低さというのは、ドイツはUFOテクノロジーを完成させていたのに、日本は戦艦大和で喜んでいたという感じなのです。」
矢追純一「宇宙人側からの申し入れは、核の利用と戦争をやめ宇宙人の存在を公表しなさい。ロシアという大国の首相がね、2回も言ってるんだからね。」
0054人間七七四年2016/07/23(土) 19:03:21.26ID:TEIcS8hE
木下家の連中って関ヶ原では西軍に付いた奴が多かったイメージがあるけど、実際はどうだったっけ
0055人間七七四年2016/07/23(土) 20:30:41.56ID:MAQugWbX
家定は豊臣宗家の家宰待遇だから浅野どころか
ある意味大和大納言家の秀長より優遇されてるだろ
0056人間七七四年2016/07/23(土) 21:29:21.22ID:vWr08OFt
>>54
東西半々って感じ
「西軍として関ヶ原布陣まで戦った東軍勝利のMVPさん」みたいな派手な活躍は、他の子息たちはしてないけど
0057人間七七四年2016/07/24(日) 22:01:30.82ID:WAXFwwXe
豊臣家は実際のところ、豊臣が姓で羽柴が苗字みたいだけど、
家康だと源が姓で苗字が徳川になるわけだが家康が源の姓で呼ばれるのは
朝廷の儀式の時くらいだったみたいだし
そう考えると秀吉や秀頼も普段は羽柴氏で呼ばれる方が多かったのかな
実際のところどうだろう
あと加藤清正が勝手に豊臣氏を名乗って咎められたって言うけど
諸大名が豊臣氏の姓を受けるって時は官位を授かる時の話みたいだし、
清正より下と思われる真田信繁とかも官位を授かる際豊臣の姓を貰ってる事を考えると
この逸話は怪しいと思うんだけど
0058人間七七四年2016/07/24(日) 23:39:13.76ID:NbCVMOc5
説明してやろう
苗字は公家が藤原だらけ等で紛らわしいから判別のため本家以外が名乗り始めたもので公家の本家は本姓を名乗る
なので豊臣家は豊臣の本家なので豊臣を名乗ってました。羽柴はまったく使わなくなりました。

1:豊臣譜代の最高位が諸大夫。参議以上は豊臣一門や旧戦国大名・旧織田大名などの大身外様大名専用
2:豊臣姓は官位をもらうと自動的についてくるおまけ。秀吉が豊臣姓をあげ始めたのは関白就任以降
3:清正や三成が諸大夫になったのは秀吉関白就任と同時
つまり清正や三成は秀吉が豊臣姓をばらまき始める前にいきなり最高位をもらっちゃったので
昇進してさらに上級の官位をもらうこともなく、ついでにおまけの豊臣姓をもらう機会もなかったわけです。
だから豊臣政権内では雑魚の真田信繁がもらえてて、当然持ってそうな加藤石田増田らがもらってないという現象が起きました。
おまけ。福島(や青木)は秀吉のいとこにあたるのでもう一段昇進できたのでその時にもらってます。
0059人間七七四年2016/07/25(月) 06:32:06.10ID:PjQo3EHz
>>58
おお!わかりやすい
0060人間七七四年2016/07/25(月) 10:31:13.85ID:8xAJT9gO
久しぶりに親切な人を見た
0061人間七七四年2016/07/25(月) 10:43:35.86ID:rkYUzG8S
でも藤原の本家も近衛になってなかったっけ
0062人間七七四年2016/07/25(月) 10:48:57.02ID:rkYUzG8S
本家だから本姓だけ名乗ったのではなく苗字を使う機会を喪失したといった方が近いのでは?
家康も開府以降は外交文書では「源家康」だし
0063人間七七四年2016/07/25(月) 23:15:48.60ID:Rbt9KpP+
>>58
非常に分かりやすくてありがたい
そうすると清正とかは豊臣姓名乗れないのは当然なわけで
俗説の加藤清正が豊臣氏を勝手に名乗って咎められたのは
豊臣氏を名乗った事が咎められたわけじゃなく
豊臣家の叙勲形式を犯したからって事なのかな
0064人間七七四年2016/07/25(月) 23:48:08.90ID:uNyYAesz
公家は本家嫡流も家名を名乗ってるわな


おそらく羽柴を使う機会がなくなったというだけ
羽柴の代わりとして豊臣を使ったわけでもない
いくら偉くなっても朝廷の公式文書に豊臣は出てくるが、偉くなれば羽柴殿とは呼ばれなくなる
理屈の上では羽柴のままだが、実際の使用例がないので難しいところ
0065人間七七四年2016/07/25(月) 23:57:38.69ID:/0rPB6U5
疑似一門を形成するに際して諸大名に羽柴を配りまくってるから
秀吉も自分が羽柴宗家だという自覚はあったんだろう
0066人間七七四年2016/07/26(火) 00:00:53.42ID:eLHQVq5T
咎めたのは三成だからな
じゃまな清正の独断専行を秀吉に訴えた補強として僭称も書いてあただけで問題になったかもどうかわからん
0067人間七七四年2016/07/26(火) 00:15:52.64ID:csK6i7Fm
58の1を補足すると

諸大夫成
秀吉の譜代家臣や、清華成大名の家臣が叙任されると諸大夫になる。
例外として、公家成大名の重臣が直臣扱いで諸大夫成することがある。
他に徳川の重臣である井伊直政や毛利の重臣である吉川広家、小早川隆景(後に清華成)、秀吉の親族である福島正則、青木一矩は例外的に公家成。
官職は本人の希望が通ったようで重複もする。
原則として豊臣朝臣として叙任される。

公家成
主に旧織田家臣や地方の有力大名から構成されていて、侍従以上に任官されると公家成となる。
序列はおおよそ五位侍従→四位→少将中将→参議。
公家成大名にはほぼ羽柴名字が与えられ羽柴○○侍従などと称する。
織田秀信は権中納言まで昇進しているが、おそらく清華成はしていないと思われる。

清華成
秀吉の親族および有力な大大名から構成されていて、参議以上で勅許がある場合に清華成となる。
序列はおおよそ参議→権中納言→権大納言→大臣。
家臣を諸大夫にすることができる。
0068人間七七四年2016/07/27(水) 20:55:39.14ID:Btx1n2JW
>>65
家康が羽柴姓貰ったのは文禄二年と遅めだし
島津義久が羽柴姓貰えたのは義弘の二年後だったり
かなり恣意的なところがあるな
0069人間七七四年2016/07/31(日) 09:22:34.92ID:9RvVlEGb
>>23
利家夜話なんて利家持ち上げの為の記録だろうに
この手の記録は自家上げか自家弁護が目的なんだし
0070人間七七四年2016/07/31(日) 10:40:59.84ID:SM/3HQiu
前田家なんてなんにもしてないよな
0071人間七七四年2016/07/31(日) 11:15:13.86ID:VnjnG89l
ベンチからアシストを決めたとかスタンドからゴールを呼び込んだとか

それくらいの活躍はあった

はず
0072人間七七四年2016/07/31(日) 12:00:07.21ID:r9Keqpb4
賤ヶ岳のファンタジスタ
0073人間七七四年2016/07/31(日) 13:22:34.44ID:SM/3HQiu
賤ヶ岳でも、関ヶ原でも途中でひきこもる前田スタイル
二代にわたって徹底してるよな
0074人間七七四年2016/08/03(水) 00:28:26.61ID:B9dFedVG
近年の大河ドラマを見ていても秀吉が耄碌したという描写でやたら失禁が出てくる気がするけど、そんなに定番になるほど信頼にたる出典がなにかあるの?
0075人間七七四年2016/08/03(水) 01:01:33.32ID:N+jyiMO4
>なお諸大名の前でのお漏らしは、本当は朝鮮使節の前で、鶴松がやった話のアレンジになりますね。
>丸島和洋 ?@kazumaru_cf 7月31日
真田丸に関してはこういう話かな
0076人間七七四年2016/08/03(水) 09:21:27.90ID:WKBYcWM+
>>74
晩年の秀吉の老害はひどいからね
まあ冷酷、残虐は若い頃からだったみたいだけど
0077人間七七四年2016/08/04(木) 23:20:05.20ID:JpMLBlHK
戦前は太閤といえば立身出世の代表格で、もっとも人気のある戦国武将の一人だったらしい。
それなのに昔から失禁の表現があったのか、かなり怪しいね。
人間味あふれる人たらしというイメージ強くて、若い頃の残虐、冷酷なんて逸話もあんまり思い浮かばない。
やっぱり朝鮮がらみで必要以上に貶められているのかね。
0078人間七七四年2016/08/04(木) 23:27:09.92ID:VYj16vrs
若い頃の残虐、冷酷というのは逸話ではなく書状や日記等の検証からわかった事実の類だから
0079人間七七四年2016/08/04(木) 23:34:52.40ID:JpMLBlHK
そうなんだ。なんかイメージと違うなあ。
例を挙げてもらえる?
キーワードだけでもいいから。
0080人間七七四年2016/08/04(木) 23:44:42.74ID:VYj16vrs
中国方面:別所氏・小寺氏に対し横暴を働き彼らの離反を招く
三木城攻め:「城兵は助命する」という条件で城主が切腹したにも関わらず城兵含めて皆殺し
信長:信長のマイナスイメージの初出が秀吉が作らせた天正記などが元であることが判明
0081人間七七四年2016/08/04(木) 23:48:06.99ID:VYj16vrs
まあ「若いころから残虐」と言われるようになった原因は三木城攻めだろうな
それまでは「城主の切腹の代わりに城兵を助命した秀吉」という美談が伝わっていたんだが、
書状や発掘によって実際は城兵が皆殺しにされてたことが発覚して、秀吉のイメージが一気に下がった
0082人間七七四年2016/08/04(木) 23:54:00.55ID:VYj16vrs
というか肝心の失禁についてだが当時の日記に記録されてたぞ
これの4月17日の条な
ttp://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1920418/286
0083人間七七四年2016/08/04(木) 23:56:24.28ID:JpMLBlHK
ありがとう。自分でも調べてみる。
でも時期的には意外と若くないな。
別所長治の件は、空腹で弱り果てていたのに一気に食べて死んだ人が多かったんじゃなかった?
念入りな供養の形跡もあるし、あれをもって他の武将よりも残虐、冷酷というのはいかがなものかと。
0084人間七七四年2016/08/05(金) 00:01:52.42ID:ycBLIbR5
>>83
宇喜多直家が家臣に送った書状に「城主たちは切腹し、残る者は一か所に集められ悉く殺された」
という記述があったため。ソースは『秀吉ではなく家康を「天下人」にした黒田官兵衛』
0085人間七七四年2016/08/05(金) 00:08:03.61ID:sS0/jm6T
>>82
あざっす
0086人間七七四年2016/08/05(金) 01:42:00.06ID:Nx/CRvgx
降伏したら助命or本領安堵と言っておいて、実際に降伏したら反故は豊臣政権のお家芸みたいなもんだ。
0087人間七七四年2016/08/05(金) 01:56:04.33ID:S+9sp0YW
最近は秀次を殺すつもりは無かった説とかあるけど、今までの秀吉のやり方見たらねぇ
0088人間七七四年2016/08/05(金) 21:47:59.84ID:3pP5I9xJ
家臣達切腹させた事や妻妾子女皆殺しにした理由をどう説明するのか
それこそ一部の研究家が言うように突発的に引き起こされた事とでも言うつもりか
0089人間七七四年2016/08/06(土) 02:16:56.35ID:7DOqC1WU
>>87
秀頼誕生後の秀吉の行動を見てたら確実に秀次を始末したかったとしか思えん
特に秀保の死は公式では病死だが高虎の日記では小姓が秀保を川に突落して溺死させたとなっているのが恐ろしい
また秀次に関しては2年掛けで用意周到に追い込んでいる
伏見城を築城し秀吉の居城とすることで秀次に靡いていた諸大名を引き剥がし
伏見城築城では秀次三家老らに難癖つけて秀次を無力化しようと試みたり
秀保の件で秀次の支えだった大和大納言家を取り潰したり
0090人間七七四年2016/08/06(土) 02:34:26.79ID:7DOqC1WU
途中送信

秀次謀叛疑惑の際には先に秀次の家臣らを切腹させ秀次の軍事力を無効化させ
その後秀次を切腹に追い込み(利休切腹の時と同じく3千の兵で取り囲む)彼の妻子妾らを聚楽第ごと処分した
以上から秀吉は間違いなく秀次を消したかったとしか思えない
よく秀吉が晩年に耄碌したと言われているがそれは間違いでむしろ全盛期以上に政敵を追い詰める思考が冴えていた

ただ秀吉にとって不幸なのは命掛けで諌言する者が秀長以外にいなかったこと
あれだけの権勢を極めていたにも関わらず僅か30年足らずで一族が滅亡したのはひとえに秀次事件が尾を引いたからだと言える
0091人間七七四年2016/08/06(土) 03:29:13.76ID:UdNcUueV
中国あたりの権力者と同じ末路だよな
猜疑心にとりつかれて親類縁者もかまわず粛正にはしる
やっぱこういうの老化現象なのかねえ
0092人間七七四年2016/08/06(土) 05:55:30.08ID:PJ5pulFk
>>90
それを耄碌と言うんじゃよ
0093人間七七四年2016/08/06(土) 07:53:24.10ID:BzcqbrpF
>>90
その割に、秀次の義兄でナンバーツーの池田輝政を助命するという
致命的ミスをしているけどね。池田輝政を生き残らせたら、秀頼に
とってどれほど危険か、判らなかったのかね。(事実秀吉の死後
最初に秀頼に敵意を剥き出しにしている。)

いくら父親の恩(山崎の合戦、清須会議)があると言っても、族滅すべき
だったと思うがね。余談だが、秀次の正室の若御前まで除名しようとした。
こっちは本人が助命の申し出を拒否し、処刑されたが。
0094人間七七四年2016/08/06(土) 08:02:59.38ID:ChKNp2cT
この妄想のひとずっといるな
0095人間七七四年2016/08/06(土) 11:54:02.55ID:SswW0OWg
秀頼に敵意を剥き出しにしていたのは三成だろ
三成は謀反を起こして秀頼を監禁して豊臣政権を崩壊へと追い込んだ
石田三成を生き残らせたら秀頼にとってどれほど危険か秀吉には判らなかったのかね
三成こそ事前に族滅すべきだったと思うがね
0096人間七七四年2016/08/06(土) 11:55:32.01ID:LtxnzKv3
だから秀吉は晩年に石田の権威を削いだんだろ
0097人間七七四年2016/08/06(土) 12:02:17.74ID:SswW0OWg
三成を殺さない限り豊臣への謀反は止められない
石田一族を滅ぼさなかったのは秀吉の致命的なミスだったな
0098人間七七四年2016/08/06(土) 12:22:31.17ID:pV9hirBW
では、豊臣体制の存続に向けて、三成を更迭して誰を据えたら良いか考えてみたら?

たとえば三成を小西と交代させるとか?ダメだな。
0099人間七七四年2016/08/06(土) 12:52:19.65ID:71kpyqE4
大谷、ならまだ。
0100人間七七四年2016/08/06(土) 13:14:50.19ID:PJ5pulFk
>>99
健康上の不安が
0101人間七七四年2016/08/06(土) 13:24:34.88ID:8H3JhciZ
三成より実跡もないのに過剰評価されている大谷こそ何が出来るんだ?
0102人間七七四年2016/08/06(土) 13:34:46.09ID:1K0wnKm2
豊臣は致命的に人材不足
0103人間七七四年2016/08/06(土) 16:00:21.77ID:71kpyqE4
>>101
大谷、実績ないかな
三成より戦績よいんじゃないのか
人望もあったので外交面になってたらしいし。
健康面は確かにあかんわな
0104人間七七四年2016/08/06(土) 16:08:03.35ID:Y+fzF5nB
多数の味方に裏切られて攻め込まれた大谷吉継に人望があった、とする根拠は何かな
0105人間七七四年2016/08/06(土) 16:09:25.39ID:71kpyqE4
なんかの本に書いてあったんだけど
確かにあれだけ裏切られまくってて人望もあったはないかもな
まあ三成にくらべたら誰でも人望あるわけだけど。
0106人間七七四年2016/08/06(土) 16:22:18.41ID:Y+fzF5nB
それに病気だからというのが原因だとしても
千人斬りの犯人が大谷吉継じゃないかという噂も結構広がってたしな
秀吉が否定したけど本当に人望があったらこうはならないんじゃないか?
吉継をやたらと持ち上げた小説が有るがな
0107人間七七四年2016/08/06(土) 17:10:50.07ID:Y+fzF5nB
病が原因で敬遠されていたという逸話はあるけど
人望があったという話は逸話レベルでも無いかな
0108人間七七四年2016/08/06(土) 23:53:29.97ID:M7zk2NuF
三成とか島左近とかと同じで
死後美化されたって奴だろう
0109人間七七四年2016/08/06(土) 23:56:10.01ID:PJzDl3ey
史料上の吉継は三成の下位互換+病弱ちゅうだけだからなぁ
0110人間七七四年2016/08/08(月) 10:30:43.69ID:qA03O3xE
秀吉が吉継に大軍の指揮を任せたかったという話も怪しいからな
0111人間七七四年2016/08/08(月) 11:27:56.19ID:aSfRti7L
それなんの史料に有るの?
0112人間七七四年2016/08/08(月) 11:55:40.53ID:NfEhADzu
>>111
無いぞ。江戸時代の創作だぞ。
0113人間七七四年2016/08/08(月) 16:11:58.68ID:Ik/aKqH9
北政所の名前は「ね」なのか「ねい」なのか「ねね」なのか
まあ吉子は儀式用の秀吉の名を一時貰って付けた名前だと思うけど
0114人間七七四年2016/08/08(月) 22:04:05.74ID:dyVRJRn6
「ね」じゃねいの
「ね」じゃ呼びにくいから「ねね」「おね」「ねい」等いろんな呼び方されてたとか
0115人間七七四年2016/08/08(月) 22:07:09.61ID:xm0pvFao
秀吉の虚像と実態でそこら辺に触れてた気がする
0116人間七七四年2016/08/08(月) 22:35:22.79ID:WnoMBXmV
>>114
呼び方がひとつって証拠もないよな
0117人間七七四年2016/08/08(月) 22:43:34.04ID:dyVRJRn6
持ち上げるとき「おね」
かわいがるとき「ねね」
どうでもいいとき「ねー」
こんな感じとか
0118人間七七四年2016/08/08(月) 23:32:05.45ID:pdtaFa9C
まぁ結局は「ねね」だろな
0119人間七七四年2016/08/09(火) 07:36:57.48ID:G/ZdjdOL
あのねー、そんでねー、ってか。
アーシェス・ネイというのもいたな。バスタードで。
0120人間七七四年2016/08/09(火) 21:47:01.84ID:0K2mSbHe
>>3
昔は人殺しが嫌いな明るく才知に長けた前代未聞の出世人ってイメージだったけど
今はどちらかと言えば、皆殺しや残酷な処刑を多々行った独裁者ってイメージに
なってきたんじゃないか
0121人間七七四年2016/08/09(火) 21:51:58.83ID:btdLeMF6
>>120
そういう「悪化」した秀吉のイメージを昔に戻して、秀吉にとって都合の悪いことは全部「徳川史観」のせいだと活動してるのが
山本博文たちだな。
0122人間七七四年2016/08/09(火) 23:46:32.51ID:/76shOCp
そうでもない
0123人間七七四年2016/08/09(火) 23:57:30.74ID:jFOMEBHv
淀って現代だったらプロ彼女とかやってそう
0124人間七七四年2016/08/10(水) 08:39:47.18ID:juRjG6QU
それこそ後妻業だろ…
0125人間七七四年2016/08/10(水) 21:43:37.73ID:4GHw0h0h
>>121
戦国時代の最終勝利者だし、江戸時代の最高権力者の始祖扱いだから
持ち上げられてる部分は多々あるだろうけど、判官贔屓の民衆の感情や
明治後の薩長政府による反徳川の豊臣贔屓史観を無視してるよな
0126人間七七四年2016/08/11(木) 22:17:06.60ID:Ncxd0e7+
秀吉って母方の祖父母に対しては太閤様御先祖御弔、
別名千僧供養と呼ばれる大々的な法要を行ってるけど
父方に対しては本当に冷淡だよな
加藤清正にしても福島正則にしても母方の親戚筋だし
0127人間七七四年2016/08/14(日) 21:34:45.33ID:YedmX+aE
>>126
父方は高貴な生まれということは設定でしょ
0128人間七七四年2016/08/15(月) 22:57:32.02ID:+LgOmx7B
>>127
>>126の文章の何処から父親は高貴って設定が出てくるの?
0129人間七七四年2016/08/15(月) 23:10:39.08ID:Kk86Mw9m
秀吉が流布したとも言われている御落胤説のことじゃない
大政所が朝廷に仕えていた頃にやんごとなきお方の手がついて秀吉が生まれたとかいう奴
だから父方の親戚には冷淡というかいないものとして扱われたとか
0130人間七七四年2016/08/16(火) 08:01:12.64ID:nInSCuq+
>>33
そんなに悪くはないけど、やっぱり徳川史観の否定に取り憑かれてる
研究家が多いのがね
0131人間七七四年2016/08/16(火) 08:39:27.65ID:ecJmVoGk
>>130
そのほうが何か主張してる感じになるからなあ。その代わり尽くクソみたいな結論になるけど
0132人間七七四年2016/08/16(火) 10:28:50.18ID:NccIXxFf
>>130
編者の代表格の堀新の他の著作や論文を見れば察せられるだろう
0133人間七七四年2016/08/22(月) 08:28:26.12ID:7uQ/Lq84
もう一人の井上の方もなかなかひどいけどね
0134人間七七四年2016/08/22(月) 16:03:33.24ID:WkU/w2OA
>>126
私生児だから父親が分からない
大政所はもちろん分かっていたと思う
0135人間七七四年2016/08/22(月) 16:13:33.32ID:nEAtRwm6
秀次は色々察して初期段階に出家しないと駄目だったな
0136人間七七四年2016/08/22(月) 19:47:59.88ID:kDafNx44
ねねは秀吉をどう思ってたんかな
女好きは仕方ないけど秀次は切腹、秀俊は左遷
愛情はあったろうけど増悪も凄かったろうなぁ
0137人間七七四年2016/08/22(月) 20:19:02.39ID:Hc39J1Im
北の政所からしたらやっぱ側室メインにされた時点で愛憎入り混じるというか憎悪拡大だろうな
誰だってないがしろにされて納得できるわけもない
だがそれなりの地位も築いていると目をつぶるところもあったろうな
淀がそれで報われたかどうかは別問題だが。
0138人間七七四年2016/08/22(月) 20:28:06.71ID:SuRKwiV4
>>135
中継ぎの役目もあるから、即出家もできない。
とりあえず娘と秀よりの婚約を自分から秀吉に申し出て、男子の処遇(他家に養子か出家)を秀吉に任せ、実子を後継者にするつもりがないことを明らかにする。
0139人間七七四年2016/08/22(月) 21:37:05.83ID:3U5HbYXP
朝鮮出兵中で資金難大名らの面倒見てる状態で出家は出来んだろ
0140人間七七四年2016/08/25(木) 10:57:51.91ID:rPvz/Bn/
>>130
三木城の城兵皆殺しとか、そんな話題はなかったな
0141人間七七四年2016/08/27(土) 07:05:51.62ID:1ufl7YGa
>>135
無理。秀次が出家したくても、秀次に連なる池田輝政、浅野幸長、木村重茲、
前野長康、田中吉政、中村一氏、山内一豊、堀尾吉晴らが強力な派閥を
なしていたからな。彼らがそれを許さない。だから、秀次には悲劇しか待って
いなかった。

秀吉も秀次を除かざるを得ない以上、義兄で秀次派閥のトップの池田輝政を
族滅すべきという鉄則をしなかったのは愚かだが。
0142人間七七四年2016/08/27(土) 07:20:37.32ID:1ufl7YGa
秀次を除くなら池田輝政をセットでのぞかないと、秀次残党は池田輝政を
擁立することは目に見えているし、実際に擁立した。そして、池田輝政は
秀吉死後、死ぬまで秀頼と敵対し続けた。

(秀吉の死後秀頼と敵対したのは浅野幸長も同様。秀頼にとって隣接する
池田輝政、浅野幸長は京都所司代、徳川の一族、譜代より性質が悪かった)
0143人間七七四年2016/08/27(土) 09:19:48.94ID:5VHbxWqX
池田は徳川の婿、浅野は寧々の実家だから潰せなかったんだろう。
0144人間七七四年2016/08/27(土) 10:46:41.39ID:nhgKyszP
とは言え秀次が出家すると言い出せば秀吉は喜んで話を進めただろ
無責任とそしられようが本人安泰権力者も納得で悲劇は回避される
0145人間七七四年2016/08/27(土) 10:52:31.41ID:1Pn7BIB9
そんな一方的に秀吉の都合だけを述べられてもねぇ
0146人間七七四年2016/08/27(土) 10:58:44.58ID:nhgKyszP
>>145
確かにそのとおりだが、耄碌秀吉には通じない
0147人間七七四年2016/08/27(土) 11:11:47.54ID:1Pn7BIB9
それなら何してもダメな可能性にも言及しなきゃ、秀次が引けば解決なんて夢見すぎでしょ
0148人間七七四年2016/08/27(土) 11:13:48.22ID:Eb5+WNTx
喜んで話して進めて、ほとぼりが冷めた頃にサクッと族滅ですね
0149人間七七四年2016/08/27(土) 11:17:54.79ID:SqEx60X5
IF話って結論出なくて堂々巡りになるからつまんないよね
0150人間七七四年2016/08/27(土) 11:32:31.12ID:O76FwmZ0
>>142
秀次の正室は池田輝政の妹だから助命

最上の駒姫(14歳)は秀次に嫁ぐ前だったけど京都に来てたのでせっかくだから処刑
とか処刑判断基準無茶苦茶だったからな

独裁者が癇癪持ち系ボケ老人になるほど恐ろしい事はない
0151人間七七四年2016/08/27(土) 13:32:28.86ID:nhgKyszP
有名な権力者は割と晩年に暴君化してるよな
劉邦やら孫権やら
0152人間七七四年2016/08/27(土) 13:36:35.18ID:Is2me+F6
秀吉は元々残虐性を持った暗い人間。
若いころから残虐だった。
豊臣家が滅んだのは必然。

・楠家嫡男嬲殺し
 →織田家の伊勢攻めに抵抗した伊勢楠家の嫡男を岐阜で嬲殺しにした。楠木正成の男子系子孫滅亡。
・万福丸串刺し
 →浅井長政の嫡男を関が原で串刺しにして殺す。お尻の穴から杭を差し込み、口まで貫通させる惨い殺し方。
・秀次一族虐殺
 →血を分けた甥の妻子を虐殺。甥の生首を置き、その前で妻子を惨殺。まともに埋葬もせず、穴を掘って埋めて「畜生塚」とした。

たまたま天下を取ったので、人たらしとかの物語が創作されただけ。
意図的に本人とは逆の明るく、人懐こい、誰からも好かれるような性格として創作された。
0153人間七七四年2016/08/27(土) 13:57:08.95ID:1ufl7YGa
>>143
家康の婿に関係なく族滅すべし、と石田三成、増田長盛は強く主張している。
確かに家康の婿+父親の恩はあるが、池田輝政は秀次の正室の兄で、輝政を
生かしておくと秀次の残党に擁立され、秀頼の害になることは明らかだと、
これも石田三成、増田長盛とも主張している。
中途半端な甘さが災いしたといえるだろう。

浅野は能登に流され秀吉の死まで許されていないので、ある意味それなりの
厳罰だったといえる。また、池田と違い秀次の残党が擁立するには弱かった。
0154人間七七四年2016/08/27(土) 14:10:02.03ID:1ufl7YGa
なお、池田輝政は自身が族滅は免れないと予想していたらしく、一族に身辺整理させ、
切腹の準備をさせていた。そして、沙汰が来次第一族揃って自害するつもりだった。
そういう意味では、若御前(秀次の正室、輝政の妹)の処刑と叱責、謹慎のみで
済んだのは、池田側でも大いに予想外だったといえる。
輝政は黙って沙汰を受け入れ、心の奥底で秀次の仇討ちの機会を待った。

なお、秀吉は若御前も許そうとしたようだが、若御前が側室がみな処刑されるのに
自分だけ助かることは出来ない、と助命を拒否し、処刑された。
0155人間七七四年2016/08/27(土) 14:20:29.66ID:O76FwmZ0
>>154
それ、一の台とごっちゃになってね?
若御前は処刑は免れてるはず
0156人間七七四年2016/08/27(土) 14:25:10.24ID:N4tmj4wc
>>152
万福丸の件は信長の命を受けてのことじゃないの?
0157人間七七四年2016/08/27(土) 15:28:49.90ID:5VHbxWqX
池田輝政としては、小牧長久手で父と兄が徳川に討たれたのは戦場で散ったんだからと諦められても、秀次事件は策略だから許せんということかな。
0158人間七七四年2016/08/27(土) 15:37:35.47ID:O76FwmZ0
>>157
族滅未遂だぞ、個人が戦死とかとレベルが違う
0159人間七七四年2016/08/27(土) 15:51:37.00ID:Is2me+F6
>>156
殺せという命令はあっただろうが、串刺しにしろとまでの指示があったか疑問である。
普通はそこまでの殺し方はしない。
秀吉ならではの残酷な殺し方だと思う。
0160人間七七四年2016/08/27(土) 16:41:14.09ID:NCb7wz9d
日本史上初の天下統一を成し遂げたのか農民上がりの豊臣秀吉だったという事実が燦然と輝いている。 
0161人間七七四年2016/08/27(土) 17:12:32.00ID:IaQCWgLo
まあ見せしめの意味合いとしてより残虐にというのもひとつの方法論だわな
0162人間七七四年2016/08/27(土) 21:21:16.61ID:XZmsCK8e
地方大名も基本的に国人をコロコロしてるしね
0163人間七七四年2016/08/28(日) 01:13:40.23ID:cCGjvtHT
>>152
秀次事件は秀吉晩年の出来事だし、敵対勢力の嫡男を殺すのは戦国時代では普通のことじゃないの
そもそも戦国武将って若い頃は血の気が多いもんだし(家康ですら堀川城撫で斬りをしている)、
秀吉が若い頃行っていたことも、せいぜい他の戦国大名と同じ程度の残虐度だった、というほどのものでは?
0164人間七七四年2016/08/28(日) 12:47:25.44ID:PI2EiPnP
>>163
いや普通より残虐だろう。
敵対大名の嫡男を串刺しにしたのは他にいるか?
近年の研究で三木城攻めは、城主の切腹と引き換えに城兵を助けたというのは嘘で、城兵を皆殺しにしているのが判明している。
鳥取城攻めの飢え死に地獄も好んでやったのだろう。
城兵が飢え死にするのを見て、大喜びしてたと思う。
0165人間七七四年2016/08/28(日) 13:33:43.08ID:ho6S002k
>>160
律令国家ww
各地に国司を置く程度には統一してたが。
0166人間七七四年2016/08/28(日) 14:20:42.27ID:yPvNKLv6
>>164
そもそも串刺しの刑が信長の命令か
秀吉が独断で行ったか分からない分
秀吉の残虐さを示すものと断定できない
信長は杉谷善住坊の例から見ても
時と場合によっては苛烈な処置を取る人間なのは確か

城兵皆殺しは秀吉や家康のほかにも
北条早雲・武田信玄・毛利元就・伊達政宗あたりも
行ってるし、普通より残虐とは言えんだろう
0167人間七七四年2016/08/28(日) 16:31:33.68ID:ReCox+vH
>たまたま天下を取ったので、人たらしとかの物語が創作されただけ。
>意図的に本人とは逆の明るく、人懐こい、誰からも好かれるような性格として創作された。

すぐに(反豊富の)徳川の時代に移ったから、
秀吉贔屓の創作を作るには限界があるのでは
0168人間七七四年2016/08/28(日) 16:32:22.42ID:ReCox+vH
↑は152へのレス
0169人間七七四年2016/08/28(日) 16:32:28.12ID:Osf5dQtq
秀吉としては成果あげないと干されるからな
必要以上にふるった面もあろうよ

ただ串刺しだろうが張りつけだろうが残虐さは大差ない
いちいちくらべることもない
0170人間七七四年2016/08/28(日) 16:36:16.65ID:Osf5dQtq
>>167
むしろあの秀吉のひとたらしの工夫抜群キャラは天下人になってからの創作だろ
でなければたかが一武将の幼少から小物時代なんて誰がおぼえているかと。

そもそも太閤立志伝あたりの影響大だし
0171人間七七四年2016/08/28(日) 16:53:06.82ID:b35NuMO9
ひとたらしが後付けなのは分かるが工夫抜群なのは事実だろう
悪魔の知略かもしれないが
0172人間七七四年2016/08/28(日) 17:21:14.32ID:+XPQQc1o
人たらし秀吉をなぜ研究者たちが肯定してるかというと
書状でおべんちゃら多用してたり武家公家の日記でも位が上がってもひょっこり屋敷に表れて親し気に歓談したりの
人たらしたる所以が一次史料でも多見されるからであって
厳罰主義の恐怖政治の暴君面も強いが状況や公私での二面性や飴と鞭の使い分けなんかどこでもよくある話だし
明るい無邪気なひょうきん者秀吉のイメージは絵本太閤記あたりから作られたものだけど
史料から十分にうかがい知れる人たらし面まで否定することはできないよね
0173人間七七四年2016/08/28(日) 18:45:11.64ID:PI2EiPnP
だから、明るい親しみやすい秀吉像は創作されたものだろ。
本人が意図的にそう演出していた分+後世創作された分で出来てるってだけ。
0174人間七七四年2016/08/28(日) 20:58:50.96ID:NSW+qQJ6
明るく笑いながら甥の首を切ってさらし首にしたあと、その前で一族皆殺しかよ
笑えないな
0175人間七七四年2016/08/28(日) 21:47:04.56ID:yPvNKLv6
いや、天下を取るまでは明るかったが
晩年は認知症?で狂った(秀次事件もその一つ)というのが
秀吉の一般的な人物像では

ついでに信長は、頭はいいが残酷
家康は、陰険だが我慢強く、長い平和をもたらした天下人
0176人間七七四年2016/08/28(日) 22:07:49.07ID:fkp4rPoG
実際は見せしめ的根切り策が多いと思うんだけどな
北条征伐でも利家や景勝が鉢形城かどこか降伏開城させたら
何手緩い事やってんだって叱責してきたんで
利家達は次の城攻めではかなり強引な力攻めで落城させたんだよな
0177人間七七四年2016/08/28(日) 22:26:54.68ID:Osf5dQtq
秀吉がひとたらしというより、たらされた側が金や領土に転んだだけなんだよな
それだけバラまきやってた秀吉はもっと配下へ自分を売り込まなければダメだったな
死んだらもう見限られすぎて。
0178人間七七四年2016/08/29(月) 00:28:45.80ID:whCMJbrN
本当の人たらしは家康だよ。
祖父と父親を暗殺しためんどくさい三河武士たちが、いつの間にか
「俺たちほどの忠義者はいない。武田の武士どもはダメダメだ」
と言い出すし、言われた武田の連中だって
「甲州崩れの時に、俺たちを匿ってくれて飯まで食わせてくれた恩に報いるんだ」って
鉄血の忠義を示すし、あの北条の武士団だって関東に入った家康が積極的に雇用
した恩に報いようと関が原では島津をして「親が死ねば親の屍を踏み越え、子供が
死ねば子供のの死骸を踏みつぶして進む坂東武者は化け物だ」と戦慄させるくらいの
忠誠心を得ることができたんだからな。
0179人間七七四年2016/08/29(月) 01:14:51.34ID:30G5pelg
関東や中央に比べればぬるい島津に褒められてもな
0180人間七七四年2016/08/29(月) 04:00:56.42ID:UQTRP2Ky
>>178
武田の旧臣についちゃ確かにひろってもらった恩義があるだろうな
三河武士は先祖代々ってだけで案外そこまで忠義者じゃねえよな
一揆で裏切るし
0181人間七七四年2016/08/29(月) 07:29:51.42ID:0VTUrk50
どっちかというと、若い頃の家康はブチ切れキャラのイメージだな
年食って修正してきた

秀吉の人たらしについてはよく知らなかった
一次史料に色々エピソードが有るのか
社交性と残虐性の二面を持ってた感じかね
0182人間七七四年2016/08/31(水) 16:05:03.03ID:4LGUqGSJ
秀吉の場合大軍で脅し欲望で釣ってる感じかな
本当に牽かれた者は少ないから、死後大多数が
好き勝手はじめるような政権だったけどね
0183人間七七四年2016/08/31(水) 16:31:45.46ID:+HWW+/kp
金につられて+時の施政者として力でねじふせた秀吉
その後は三成がいろいろ干し上げるわ、秀吉亡くなって怖い存在なくなるわ、で言うこと聞く必要なくなるもんな
0184人間七七四年2016/09/02(金) 22:06:49.67ID:ftxWEGGq
そう考えると家康の組織作りの才能は凄いよな
まあ家臣の質の差もあるかも知れないけど
謀臣でもトップクラスの弥八郎正信と
武臣でも東国一の平八郎忠勝をはじめ
譜代だけでも人材多士済々だからなぁ
0185人間七七四年2016/09/02(金) 22:42:51.25ID:I0CpelkZ
家臣もケチだケチだって文句言ってるからな
あれで一地方大名のままだったら先祖みたいに
家臣に刺されてたかもな
0186人間七七四年2016/09/03(土) 09:14:36.11ID:44OPGItB
なんでここに糞康のこと書いてんのん?
0187人間七七四年2016/09/03(土) 09:42:09.83ID:K223baAA
>>186
家康も「豊臣家」の重要な一員だったことを知らない馬鹿か
0188人間七七四年2016/09/03(土) 10:31:40.37ID:44OPGItB
>>187
ということは徳川家康は逆賊、逆臣だったわけね
0189人間七七四年2016/09/03(土) 10:56:44.92ID:K223baAA
>>188
あ、頭のおかしい人だ
0190人間七七四年2016/09/03(土) 14:32:37.66ID:tnQrrXe/
家康がいたから少なくとも大坂の陣まで豊臣が残れた
0191人間七七四年2016/09/03(土) 20:09:45.68ID:SlAumxMB
石田がいなけりゃ徳川は大老のままで終わったんじゃないか
0192人間七七四年2016/09/03(土) 20:22:06.00ID:oSBKFOgK
>>191
鎌倉時代の北条みたく、豊臣政権が三代続いた後
ようやく徳川政権になるとかかもしれん
0193人間七七四年2016/09/06(火) 04:38:00.61ID:8Z3N+VnY
秀吉は主君であった信長の遺児に自分がしてきた事を棚に上げ
秀頼の庇護を無様に諸大名に嘆願する
茶々は二人に父と母が誇り高く城を枕に自害したにも関わらず
無駄にプライドを振り回した挙げ句、最期には嫁を使って命乞い
秀頼は大坂城にひたすら引きこもり状態、牢人武将達の出馬要請にも
城から出ず、牢人武将達が全滅状態になって漸く城から出たかと思えば
蔵に逃げ込み命乞いと救いようがないな
0194人間七七四年2016/09/06(火) 07:56:46.00ID:N/kM4Ne+
秀吉が日本に残した功績は大きい
しかし、家康は国民をいかに効率的にと支配するか、それしか考えなかった
だから、日本人は相互監視の陰湿な国民性へと変化してしまった
0195人間七七四年2016/09/06(火) 08:41:42.28ID:90sKRwNY
昔から相互監視の陰湿だし、江戸時代以前はそれに加えてモヒカン集団ですが何か
0196人間七七四年2016/09/06(火) 12:41:37.32ID:yQcziTAM
秀吉は民草のことなんてみてねえよ
0197人間七七四年2016/09/06(火) 23:28:46.19ID:Y2QXIvPA
>>194
いかに効率的に支配するか?
「そうだ。役方の方は庶民でも能力があれば御家人コースから登用できるようにして勘定方の業務をやらせよう」
「検校に金貸しの権利を与えて、目の不自由な連中の福祉を任せよう」
「乞食にも鑑札与えて組織させよう」
「あ、それとね。各町内で知的障碍者の保護をするように」
「面倒なんで各町は自治で運営してね」
0198人間七七四年2016/09/07(水) 01:21:46.72ID:vGH/HP52
>>196
民草のことを見てたらわざわざ海越えてまで外征なんてしないわな。
秀吉と直轄の家来にとって関心があったのは権勢の拡大と維持ぐらいだろう。
0199人間七七四年2016/09/07(水) 06:18:23.13ID:BoIrcaSC
江戸時代の天領では、北条氏以来の善政承継だろ
0200人間七七四年2016/09/07(水) 06:30:55.65ID:c/RmJjbO
後北条は善政なんかしとらん
北条氏の善政を自称しながら、国中から民が逃げ出す悪政は
むしろ豊臣政権に相通じるものがある
0201人間七七四年2016/09/07(水) 10:23:26.84ID:hHblBvTm
大正時代の本なのにちゃんと出典引用してて凄い
徳富蘇峰「近世日本史 豊臣氏時代 乙編」
http://dl.ndl.go.jp/view/jpegOutput?itemId=info%3Andljp%2Fpid%2F960830&;contentNo=214&outputScale=2
五箇条詰問の中にて、奴隷売買の一件は、最も重大であった。しかもコエリョは、ただ言葉を濁して、申し訳したるのみにて、その事実を否定すること能わなかった。
それもその筈だ。これはポルトガル商人が公々然行うところの罪悪であったからだ。
その詳細の顛末はレオン・パゼーがマドリッド府の歴史学士院の文庫を捜索して得たる文書を、その日本耶蘇教史の付録に採録したるもので分明だ。
その一節に曰く、

ポルトガルの商人は勿論、その水夫、厨奴等の賤しき者までも日本人を奴隷として買収し、携え去った。しかしてその奴隷の多くは船中にて死した。
そは彼らを無闇に積み重ね、極めて混濁なるうちに籠居(ろうきょ)せしめ。
しかしてその持ち主らが、一度病に罹るや ――持ち主の中にはポルトガル人に使役せらるる黒奴も少なくなかった―― これらの奴隷には一切頓着なく、口を糊する食糧さえも、与えざる事がしばしばあった為である。
この水夫らは、彼らが買収したる日本の少女と、放蕩の生活をなし、人前にてその醜悪の行いを逞しうして、あえて憚(はばか)るところなく、そのマカオ帰港の船中には、少女らを自個の船室に連れ込む者さえあった。
予は今ここにポルトガル人らが、異教国におけるその小男、小女を増殖――私生児濫造――したる、放恣、狂蕩の行動と、これがために異教徒をして、呆然たらしめたることを説くを、見合わすべし。

と。しかしてムルドックの如きは、この奴隷売買を途絶したるは、秀吉及びその継続者の力にして、耶蘇会宣教師の力にあらざる事を特筆している。[ムルドック日本史]
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/960830/214
0202人間七七四年2016/09/11(日) 12:11:04.53ID:Wx6RNrkO
豊臣政権は「ならかし」とかいう
悪質な高利貸しもしてたみたいだしね
0203人間七七四年2016/09/12(月) 05:34:59.09ID:XVCZkg+U
秀次本人は聡明な人間だったのか?生きていたとして豊臣を担えるほどの武将なのか
0204人間七七四年2016/09/12(月) 11:22:02.17ID:zg+Dg6Qc
関白職に次代を担う側近もいるんだから、史実ほど外様大名の政権への影響力は無かっただろうから、不安要素は減る。
まぁ全部秀吉がぶち壊したんだがなw
0205人間七七四年2016/09/12(月) 13:02:47.78ID:6BAKCzfa
>>203
人物叢書をオススメする
0206人間七七四年2016/09/12(月) 21:13:16.07ID:U0skoEjY
秀次が関白になる前のままで
家康とぼぼ同格ならまだしも
関白となった秀次相手にはノーチャンスだっただろうね
そもそも政権に参画させてもらえないのだから地方で反乱を起こすしかない
0207人間七七四年2016/09/12(月) 22:36:26.20ID:Cyfst+eK
秀次は子供よーさんできてるし親戚化作戦も順調に行けそうだしな
0208人間七七四年2016/09/12(月) 22:38:52.17ID:NZiXz2ru
処刑された子供だけで5人だったか。秀次
0209人間七七四年2016/09/13(火) 04:14:22.10ID:GtGFEWCD
>>194
大名の家臣や妻をたらし込んだり蔵入地と称して各国を監視するシステムを構築するのは秀吉の得意技だろ
余程の危機でない限り地方分権の方が効率が良いことを理解していたのが徳川幕府
権威を傘に理不尽な中央集権を推し進め潜在的な反感を買ったのが秀吉と三成
秀吉の唯一の実績は誰でも立身出世を実現出来ると証明したことと例え最高権力者になろうとも人心を忘れ傲慢になると全てを失うという教訓ぐらい
0210人間七七四年2016/09/13(火) 06:12:48.52ID:VmrNa44v
三成は勘違いしてたよな
虎の威をかる狐の最たるもの
一官僚として現場をまわす努力をしてたならまだしも立場をかさにきた切り盛りは能なしと言うほかなし
なんでも押し通せば成り立つなら役職だけあって人物はいらないよな
0211人間七七四年2016/09/13(火) 08:37:19.92ID:TpMIdp4R
>>210の他者攻撃の仕方は、三成本人に似ている。
0212人間七七四年2016/09/13(火) 11:04:54.06ID:oGTlEd0c
>>211
おのれ金吾中納言
0213人間七七四年2016/09/13(火) 13:31:59.30ID:JzuO6Tw3
w
0214人間七七四年2016/09/16(金) 22:09:18.15ID:CwQMx9JI
黒田や蜂須賀をみてもわかる通り
一子は絶える
藤堂もしかり
ゆえに兄弟姉妹からの系統が最も重要な血になる
つまり秀頼からではもって7代
早くて5代で絶えたはず
それがわかっていて聚楽第と近江八幡城を破壊した
これはのちに大坂城と豊国神社にかえってくる
0215人間七七四年2016/09/17(土) 06:28:27.03ID:1yhmXPjk
ようは秀吉は馬鹿って事
0216人間七七四年2016/09/17(土) 12:39:32.47ID:uAzMzdhL
徳川も秀忠の男系は絶えるしな
0217人間七七四年2016/09/17(土) 23:14:52.63ID:S+gIxHNe
秀忠の息子は、家光。男色の傾向があったのか、子作りは大幅に遅れて
家光が死ぬときは、息子(4代将軍)はまだ幼かった。10歳で将軍に就任。
なんとか成人して、跡継ぎは作るには作れろうとしたが、できないまま40歳で亡くなる。
ここにて、直系の子孫は断絶。
0218人間七七四年2016/09/17(土) 23:16:34.56ID:S+gIxHNe
8代将軍吉宗は紀州出身のことで有名だが、すなわち7代将軍のときも
またもや断絶している。それによって吉宗を迎え入れる。
0219人間七七四年2016/09/17(土) 23:56:24.57ID:oNuk9+b6
>>217
綱吉、家宣も、秀忠、家光から見れば直系。
0220人間七七四年2016/09/18(日) 09:28:53.39ID:/b6yN8Dp
江の血は女系ということ
男系は絶えるようになっている
九条も女5人なんてことになった
こうして今でも続いているわけだから
日本史上最強の女系といっていい
0221人間七七四年2016/09/18(日) 09:37:40.97ID:xMJWNzAZ
朝鮮出兵で病没した秀勝は可哀想だよね
まだ23くらいだろ
0222人間七七四年2016/09/18(日) 10:07:27.89ID:5b0BYhFD
秀次事件に巻き込まれるよりは良かった気がする。
0223人間七七四年2016/09/18(日) 10:38:17.15ID:ZJD6L3xD
羽柴秀勝の死因は何であるぞ
0224人間七七四年2016/09/18(日) 11:25:13.53ID:WM2Pa/4v
秀次の娘で幼少なので見逃された お菊
この娘の人生がまた悲惨なんだよね。

父を秀吉に殺されたのに大阪の陣では豊臣方に味方し、
豊臣方についた嫁入り先への援軍を依頼しに、農夫に化けて大阪城に行く。
豊臣方からの返書を持ち帰る途中で敵に奪われ、そうこうしてるうちに豊臣方が敗戦。
潜伏するも捉えられて処刑。

享年20歳。
0225人間七七四年2016/09/18(日) 11:32:51.53ID:AWoFy84m
秀勝だけ官位が低いね
弟は大和大納言家を継いだのだから仕方ないのか
0226人間七七四年2016/09/18(日) 12:24:49.80ID:UzTumB8P
秀勝は、でも所領が少ないままだったが
出戻り妻だが迎えて、子供も生まれたので、はりきって、
戦で手柄を立てるべく、朝鮮へ渡る。
が、病気にかかり、子供のことを思いながら、そのまま死ぬ。
薄幸な男である。
0227人間七七四年2016/09/18(日) 16:44:43.68ID:UzTumB8P
「大坂、即秀吉之子秀頼之居也。秀頼時年十五。気岸雄偉。飲食之時、不廃声楽。
 以豪侈自娯。処事多柔、倭人謂之迂闊」

訳文 大坂は、秀吉の子の秀頼がいる所である。秀頼の年は15。気高く、体格は
頑丈である。飲食するときも音楽を絶やさない。しかし、事にあたるときは軟弱で、
これを日本語では迂闊(うかつ)という。(口は達者だが、実行力がない)

======================================

「其母為秀頼多行仏事、以祈後事。倭中伝言、秀頼之母、淫奸間夫、而生秀頼、
 秀吉死後、間夫事覚。家康欲正其罪、而慮其処置難便、只竄其間夫於絶島。
 国人至於作歌、以譏秀頼云。」

訳文 その母は秀頼のために後日のことを祈り、仏事に大変熱心だ。日本中の噂では、
秀頼の母は淫乱で、間男して秀頼を生んだ。秀吉の死後、間男のことが発覚し、家康
はその罪を正そうとしたが、その影響の大きいことを慮って、只密かに間男を絶島に
追いやっただけ。日本人は歌にして秀頼を風刺しているとか。
0228人間七七四年2016/09/18(日) 16:49:10.23ID:ZJD6L3xD
間男は大野修理亮治長で、絶島ではないが下総だか常陸だかに流したことを申すか
0229人間七七四年2016/09/18(日) 21:04:02.72ID:Oy/pR4h7
>>227
これ何が出典?
0230人間七七四年2016/09/18(日) 21:22:16.32ID:8qjl5HIH
朝鮮通信使の慶暹「海槎録」でいいのかな
0231人間七七四年2016/09/18(日) 21:47:53.40ID:Oy/pR4h7
>>230
ありがとう
0232人間七七四年2016/09/19(月) 09:03:28.99ID:6pd5ka0f
遠島という単語を見て、「絶島に追いやっただけ」と解釈したのだろうが、
それはそれで合っているが、実際は島ではないので
聞いたことをそのまま記録に留めた、といえる。
0233人間七七四年2016/09/25(日) 20:09:43.11ID:i27EhkZi
看羊録とかと同じで当時世間でどんな噂があったかとか
徳川とか豊臣、あるいは諸大名がどう見られていたかを
知る程度には役に立つか
0234人間七七四年2016/09/25(日) 20:17:27.15ID:PLnHaydP
街頭インタビューのまとめのようなもので豊臣家大老大野治長が秀頼の実父であると証言
0235人間七七四年2016/09/26(月) 21:32:32.28ID:fiAtPQ/K
「秀頼のことを頼みましたぞ、頼みましたぞ!」と悲痛な表情で
家康に念入りに頼み込んだのは、死期の迫った秀吉。
花の慶次のワンシーンだ。
自分の子ではないだろうに、秀吉の子煩悩ぶりは重症。

淀が最初に生んだ子は、大名を集めて盛大に御披露目したのに、二番目の息子のときは、
披露すらせず、淀が自分で勝手に育てろ、と半ば放置してた
のに、秀吉の心変わりはすごい。
0236人間七七四年2016/09/27(火) 15:11:33.71ID:aNxdvfZF
>>235
鶴松は余りに嫡男だからと極端に構い過ぎて反って災いを招いて早死にした、と秀吉は考えたので
秀頼の時は「子供は最初は粗末に扱う事で厄難を避ける」という当時の世間での慣習に倣っただけ。
0237人間七七四年2016/09/29(木) 04:45:45.28ID:CvqZprHD
突然だけど秀吉の性格って項羽っぽいよな
0238人間七七四年2016/09/29(木) 09:22:54.70ID:xu+4jpZG
あそこまでとは暴虐とは思わないが、秀吉死後の子飼いのグダグダを見るに
家臣を育てるのが下手なのは似てると思う
0239人間七七四年2016/09/29(木) 11:38:24.91ID:nTTS6shs
しかし秀次に謀反の罪を着せ、池田家出身を除く側室と子を悉く殺害するのは暴虐の所業
0240人間七七四年2016/09/29(木) 12:09:58.85ID:sSkD78Z2
殺すなら男の子だけで十分。
妻妾女子は尼だろうにな。
落書き事件で門番全員(非番で責任ない奴らまで)殺すだけのことはある。
0241人間七七四年2016/09/30(金) 07:21:35.42ID:L3jd68hT
妻妾や非番で責任ない奴まで殺すのは、
当時の一般感覚としての、連座 というものだな。今で言う連帯責任。
0242人間七七四年2016/10/01(土) 11:45:40.49ID:7a4qowgx
清盛が、頼朝見逃して平家滅亡したように秀吉も家康見逃して滅亡。信長が秀吉に家康を暗殺させてたら、秀吉天下が長期になった可能性。
それより大阪人は今の家康作った大阪城をよくも秀吉の大阪城として崇められるな。秀吉おこ。何千億かけても秀吉の大阪城発掘して再現しないと大阪は似非
0243人間七七四年2016/10/01(土) 12:10:57.06ID:NO70XQbJ
秀吉はあきかに異常な残虐性をもった人間。
若いころは上司や周囲を伺う必要があったから押さえていただけ。
権力者となるにしたがいタガが外れて、本性が出てきた。

甥一家を虐殺したり、他の甥も不自然な死に方をしている。
昔からの子飼いの部下にも非常な仕打ちを連発。
これでは、有力な一門など育たないし、忠誠心のある譜代家臣団も育たない。

秀吉の死とともにあっけなく崩壊したのは当然。
0244人間七七四年2016/10/01(土) 13:36:39.74ID:DjAAnCeE
大阪の人は感情的に許さないだろうが、徳川大坂城を再建してほしい。
三層櫓が8つくらいもあり、天守閣や縄張りは戦国時代安土桃山時代に蓄積された技術の粋であるから。
0245人間七七四年2016/10/01(土) 14:38:23.37ID:NNlkTQM5
現存の縄張りはまんま徳川大阪城だろ。天守も徳川天守台の上に
豊臣っぽい模造天守作っただけだ。
0246人間七七四年2016/10/01(土) 18:21:15.39ID:OvLHZ6bZ
>>245
縄張りは徳川のなのか?
まあ、できた当時の大阪城の堀とかえげつないところまで伸びてるからなあ。
谷町9丁目とかまで。
0247人間七七四年2016/10/01(土) 18:46:47.65ID:DjAAnCeE
>>245
だから徳川大坂城を再建せよともうしている
0248人間七七四年2016/10/01(土) 18:50:59.88ID:xWvRcvKp
豊臣大坂城をきちっと再建するってことは徳川大坂城の遺構を丸っとぶっ壊すことだから無理だでな
0249人間七七四年2016/10/01(土) 19:14:15.58ID:DjAAnCeE
なれば、今の縄張り石垣に塀と櫓と天守閣をつくるのみの徳川大坂城のほうがやりやすい
豊臣大坂城は別のところに作れば拝観料で二倍儲かる
0250人間七七四年2016/10/01(土) 19:31:09.86ID:XJ3rX8ok
天下普請の壮大な石垣の上に林立する櫓群・・・勃起もんだわ
0251人間七七四年2016/10/01(土) 19:44:49.49ID:DjAAnCeE
大阪市のあるロータリークラブが作成して大阪市に寄進した徳川大坂城の模型があるが、そりゃすごいもんだぞ。
0252人間七七四年2016/10/01(土) 22:15:49.94ID:o/6Ctmkj
2人に秀勝って名づけたからよほどその名前に執着があったんだろうが
さすがに2人とも早死にで縁起が悪いってことになったのか、
最後は秀頼にしたね。
頼とは武士の棟梁の源頼朝にあやかったものだろうか?
0253人間七七四年2016/10/01(土) 23:07:56.54ID:xWvRcvKp
秀吉も家康も頼朝大好きっ子なのが面白い
0254人間七七四年2016/10/02(日) 00:06:45.41ID:+I8Q7nYM
秀吉は利用できるもんなら何でもOKって感じだから
頼朝は別に好きでもないんじゃないかな
後白河の方が秀吉には合いそう
0255人間七七四年2016/10/02(日) 00:39:56.59ID:nGtc0eWd
秀吉も将軍になりたかったようだから、頼朝は目標だし
好悪がどうかといえば好きだったんじゃないの。
0256人間七七四年2016/10/02(日) 01:10:34.93ID:rixo+iDW
秀吉は将軍就任を断ってる。
0257人間七七四年2016/10/02(日) 01:51:38.39ID:i6AWlmos
>>256
義昭に猶子の話を断られたんだが
0258人間七七四年2016/10/02(日) 02:09:01.34ID:1cQiC8BD
>>256
局地戦とはいえ圧倒的優位な戦力をもってしても徳川に敗れた時点で「征夷」に失敗しているから将軍にはなれないだろう
0259人間七七四年2016/10/02(日) 07:24:12.51ID:6A9f9+dX
いや、秀吉には将軍任官の打診があったんですけど……
0260人間七七四年2016/10/02(日) 11:23:44.39ID:iItYmQAP
>>253
家康の頼朝好きは有名だけど、秀吉も頼朝好きだったのか?
0261人間七七四年2016/10/02(日) 15:38:47.49ID:6mifVuri
好きだったかはわからないけど、秀吉が鎌倉の白幡神社に寄った時に
神社が大切にしている頼朝像に近寄っていってこう言ったあとに
よりによってその頼朝像の背中を叩いたんだと

「微小な身の育ちでありながら天下をとったのは御身と吾だけである。
しかし御身の先祖は関東で威をはり挙兵すれば多くの兵が従い天下をとるのも
容易であったろうが吾は名もない卑属から天下をとったのだから吾の方が
出世頭である」

まあこんな不敬をしかも白幡神社でやればそりゃ滅ぶのは無理ない
0262人間七七四年2016/10/02(日) 17:05:22.06ID:nGtc0eWd
実話かどうかは知らんが、あくまでもオレが上な?ではあるモノの
親近感はあったと推察できる逸話ではあるな。
0263人間七七四年2016/10/02(日) 17:49:42.50ID:2z0wwyXW
>>261
あっ、その逸話か。
なんかで読んだけど、確かに完全な武家政権の初代には失礼な物言いだなw

家康は頼朝を、大久保利通は家康を政治家としての手本としたらしいが秀吉には誰かを敬い自分に足りないものを補おうとする姿勢が欠けていたのかもな。
0264人間七七四年2016/10/02(日) 18:46:33.30ID:qXEQPSlO
まぁ迂闊に将軍位受けてウザくてしぶとい義昭と揉めるのもなんだかなぁ
という考えも多少はあったんじゃないの
0265人間七七四年2016/10/02(日) 19:07:36.14ID:2JuFGwpt
>>258
全戦全勝でないと無理ということはなかろうに
織田だって各地で散々敗戦してるのに将軍推挙されてるし
0266人間七七四年2016/10/02(日) 19:10:24.75ID:i6AWlmos
秀吉の将軍推挙はいつのこと?信長の三職推任は有名なんだが。
0267人間七七四年2016/10/02(日) 19:39:33.48ID:6A9f9+dX
>>266
Wikiぐらい見ろ
0268人間七七四年2016/10/02(日) 19:43:49.80ID:rixo+iDW
「多聞院日記」天正十二年十月十六日条やろな
0269人間七七四年2016/10/02(日) 19:50:23.15ID:i6AWlmos
>>267
「説もある」
0270人間七七四年2016/10/02(日) 19:52:06.27ID:6A9f9+dX
>>269
噂話も多いとはいえ一次史料だぞ
0271人間七七四年2016/10/02(日) 19:54:03.83ID:+4E5AK0A
>>270
一次史料だろうがなんだろうが補完史料が大切
0272人間七七四年2016/10/02(日) 19:55:44.23ID:rixo+iDW
>>257
これ50年経ってから初めて出てくる作り話
>>269
確定してるわけではないけど否定する根拠は少ない
0273人間七七四年2016/10/02(日) 19:56:01.51ID:i6AWlmos
奈良の坊さんの耳に入った話の記録だから、これだけで断定はできんな。
0274人間七七四年2016/10/02(日) 20:09:40.79ID:+4E5AK0A
「多聞院日記」は、徳川家康が秀吉に臣従するために上洛した時『家康が征夷大将軍に成るらしい』って話を記録してるから
それと同じ程度の信憑性がある。
0275人間七七四年2016/10/02(日) 21:35:30.49ID:+I8Q7nYM
関白になれるんだったら敢えて格下の征夷大将軍になる意味無いと思うけど
0276人間七七四年2016/10/02(日) 21:42:49.85ID:i6AWlmos
関白も将軍も令外官だから、上下はない。
室町の将軍は、関白を従えたし、江戸の将軍も同じ。
0277人間七七四年2016/10/02(日) 21:44:22.06ID:i6AWlmos
将軍は世襲可能で、子供の任官の前例もあるが、関白は世襲ではないし、大人が前提。
0278人間七七四年2016/10/02(日) 22:11:51.75ID:+I8Q7nYM
摂関家になれば世襲と一緒でしょ
なることの難しさで言えば関白なんだから
秀吉にとっては征夷大将軍が格下だったんじゃない?
成人しかなれないってのは秀頼の誕生が想定外だっただけのことでさ
0279人間七七四年2016/10/02(日) 23:24:35.28ID:8U+ZKC7o
将軍家は当代に一つだが
摂関家は当代に五つ(豊臣を入れれば六つ)だから世襲と一緒なわけがない
0280人間七七四年2016/10/02(日) 23:53:33.68ID:+I8Q7nYM
秀吉の場合は摂関家は1つじゃないの
さっさと秀次に譲ったし世襲する気満々でしょ
0281人間七七四年2016/10/03(月) 00:00:52.61ID:pmg5v44s
>>274
家康は臣従後に権大納言、左近衛大将、左馬寮御監という、将軍クラスの官位に就いてることから
この時期に征夷大将軍に任じることも検討されていたかもしれないね
0282人間七七四年2016/10/03(月) 00:36:29.76ID:LfeUdMl/
関白制は世襲も可能とはいえ、幼少での就任は無理で他家も候補に含まれというのは不安定過ぎる
0283人間七七四年2016/10/04(火) 10:04:23.60ID:4gN/3Ak0
幼少時に将軍になって成人したら関白に
クラスチェンジすればええんやで
0284人間七七四年2016/10/04(火) 15:11:25.96ID:STTC81gi
摂家将軍か。
それを支える行政の頭を五大老みたいな外様中心にせざる得なければ結局同じだろうけど。

徳川幕府が続いたのは譜代、親藩以外を幕政に参与させなかったことがポイントだからな。
幕末の動乱で外様の意見伺い始めた時点で幕政は詰んだわけだし。
0285人間七七四年2016/10/04(火) 20:37:48.27ID:5Id/JDal
>>258
せやな
0286人間七七四年2016/10/06(木) 09:49:44.18ID:bE3J91Wn
>>257
それって林羅山が言い出したんじゃ無かったっけ
0287人間七七四年2016/10/10(月) 19:46:11.49ID:FYt6Q9nX
秀吉が死んだ途端、大老や奉行、子飼い連中が争いはじめるんだから、
組織として色々問題があったんだろうなぁ
0288人間七七四年2016/10/10(月) 20:09:09.29ID:i2cBGNT6
秀吉という重石が取れてまずは一息というところだろう。
当面は秀吉が遺した制度にしたがって政治は動くが、いずれは割拠経営になると見越して、上杉も毛利も宇喜多も島津も、まずは抱えていた有力土着国人の勢力削減と内政充実に動き出したが、
家康がかくも早く遺言を無視して多数派工作を始めたことと、前田の死が想定外だったこと、これである
0289人間七七四年2016/10/10(月) 20:38:35.64ID:Kxe+OeHx
関白職を空位にしたまま泥沼の海外遠征をやりっ放しで死ぬわけだし
秀吉が何も考えていないのは明らかだからな
実際は秀吉が遺した制度なんて何もないに等しい
後世では大老奉行制なんてさもきちんとした制度があったかのような呼称をつけているが
単に大大名と既存官僚の名前を列挙しただけで子供でも書けるくらい中身が全くない
むしろ家康が早く多数派工作をして統治体制を作らないと無政府状態になってしまうようなレベルだった
0290人間七七四年2016/10/10(月) 20:38:58.86ID:AEYpANw7
多数派工作しだしたのは石田側では
毛利と浅野を除く四奉行で誓紙を交わして行動を共にすることを誓い
遺言に無い合議制を提案し家康の権力に制限を加えようとしている
0291人間七七四年2016/10/10(月) 23:23:12.42ID:JPF2n/nD
しがらみのない関東に移された家康が、いち早く領国経営を固めて、国元を留守にできたことも大きい。
0292人間七七四年2016/10/10(月) 23:33:07.93ID:UOa/0LdK
>>288
やってることは単に各自の家の保全なだけだよな
油断してたら自家がやられるだけだし。
0293人間七七四年2016/10/10(月) 23:34:19.68ID:UOa/0LdK
>>289
五奉行はともかく五大老はなにそれってもんだしな
かといって五奉行は格下にしてるから余計バランス悪い
0294人間七七四年2016/10/11(火) 18:06:21.97ID:DzRVpz0w
>>287
別に関係ないよ
主君が子供しかいなくなったらそうなる
0295人間七七四年2016/10/11(火) 19:30:55.71ID:3OBwwBrw
4代将軍家綱が10歳、7代将軍家継が4歳で将軍任官
組織の徳川だな
0296人間七七四年2016/10/11(火) 21:46:53.47ID:ZeYhyGAc
石田三成が挙兵してなかったらどうなってたかね。
上杉も上洛してたらどうなってたかね。
家康は大義名分もなく豊臣の一家老として終わってたかな。
朝廷も征夷大将軍位を与える口実もないし。
0297人間七七四年2016/10/12(水) 09:36:21.17ID:kiJZ61FR
東の上杉を服従させたという形で出来なくはない
0298人間七七四年2016/10/12(水) 14:05:04.19ID:Wghfm3qs
まあ関ヶ原は起こらなかっただろうけど、その後もまだ秀頼幼齢もあるし、そのうち三成も機会を無くすし、で
徳川がより一層はばをきかせて体制は磐石になるだろ
で徳川判断の人事が横行し、結局秀頼はよくて足利義輝状態
悪くていつの間にか死んでましたで尾張
0299人間七七四年2016/10/12(水) 14:31:28.46ID:vdffcEJU
豊臣家に諸侯のバランス均衡を図れる家宰がいればなんとかなるかもしれないが、大野治長にはムリだな
0300人間七七四年2016/10/12(水) 15:23:53.12ID:u1SKTqpX
>>299
> 諸侯のバランス均衡を図れる家宰

家康クラスだろう
0301人間七七四年2016/10/12(水) 17:13:31.87ID:fXa9Pwm/
徳川による北条執権体制の再現かと
0302人間七七四年2016/10/12(水) 17:25:37.45ID:kzroX62y
大坂の陣的なものがあるとしても秀頼はもう少しいい条件でやれるだろうね
0303人間七七四年2016/10/12(水) 17:37:18.41ID:C6/eYU15
執権北条氏は相模守だが、家康は内大臣で官位が高過ぎ。
秀吉が公卿の地位を濫発しすぎた。
0304人間七七四年2016/10/12(水) 18:01:35.99ID:UZn8w0rO
>>299
上杉討伐軍や関ヶ原がなかったら大野治長は罪人のままで
片桐以外の大坂城奉行も健在のままになるから大野の出番はないのでは
0305人間七七四年2016/10/12(水) 18:08:48.11ID:8Fe9zrpY
>>303
そこで秀忠の出番だよ
0306人間七七四年2016/10/12(水) 20:38:52.91ID:m77nZRCd
家康か秀康か秀忠を、領地から切り離して豊臣執権にしていれば凌げたかも!
0307人間七七四年2016/10/12(水) 20:44:39.33ID:kCcxs8M/
上杉が上洛しても減封はされたんじゃないの?
仮にお咎めなしで済んでも毛利や宇喜多が次のターゲットになったのでは

史実よりは簒奪は難しくなったにしろ、もう流れは止められなかっただろう
0308人間七七四年2016/10/12(水) 20:53:14.27ID:OKkJ/EoV
>>306
秀康はない
0309人間七七四年2016/10/12(水) 20:54:57.55ID:OKkJ/EoV
だいたい簒奪が悪いことのように思うのがまちがってるよな
政権が弱体化するから簒奪されんだよ
文句言う前に体制を維持できるだけのことやっとけよな
0310人間七七四年2016/10/12(水) 21:24:57.68ID:ktSFSVBB
秀吉は秀家の何を見込んであそこまで引き上げたのかな
子供の時から面倒見ていたからとか、豪姫の婿だからって
理由じゃ、秀吉の人を見る目が無かったって話になってしまうし
0311人間七七四年2016/10/12(水) 21:28:18.84ID:5SsVQmmh
秀次粛正がなければ豊臣政権が続いてたろうしな。
0312人間七七四年2016/10/12(水) 22:12:20.71ID:kCcxs8M/
宇喜多の軍事力は秀吉の天下統一過程で役に立ったからじゃね
0313人間七七四年2016/10/13(木) 22:22:54.23ID:xAZHGKp5
秀吉と秀長の死ぬ順番が逆だったら
秀次が問題なく後代に繋いでいたんだろうか
0314人間七七四年2016/10/13(木) 22:54:43.38ID:EjRm339b
>>297
上洛させた、すなわち服従?
なら、秀頼が征夷大将軍だ。
0315人間七七四年2016/10/14(金) 01:43:52.70ID:dHeVL14l
天皇に対して上洛するので、関白でない秀頼にはなんの関係もないな
0316人間七七四年2016/10/14(金) 04:27:46.95ID:8p+AigD0
なら家康なんて更に関係ないね。
0317人間七七四年2016/10/14(金) 05:09:58.21ID:fgD9S1jr
>>310
秀家の母のお福が美人でおいしかったから。
側室みたいになってたからね。
秀吉はしょせんは猿だから、そんな理由で重用してしまうんだよ。
0318人間七七四年2016/10/14(金) 06:16:04.18ID:vojzoBAT
そう関係ない
徳川としては自力で征夷大将軍になっただけ
0319人間七七四年2016/10/14(金) 07:30:52.47ID:igqD5+Tn
>>318
自称ってこと?
朝廷が家康を征夷大将軍に任じる名分は何になるの?
0320人間七七四年2016/10/14(金) 08:00:40.05ID:ZP+Fohxx
>>319
源氏武士のトップなら、朝廷工作すれば普通に貰えるだろ
0321人間七七四年2016/10/14(金) 09:02:54.45ID:vojzoBAT
>>319
朝廷を補佐し、朝廷に忠を尽くし、夷敵を排除できる存在なら朝廷は征夷大将軍の位を任命してくれる
秀頼ではそれだけの実力もない
徳川はそれだけの実力がある
足利義昭後、仮に征夷大将軍が空位ならあとは働きかけ次第だろう
0322人間七七四年2016/10/14(金) 09:15:30.13ID:C7c4yXEW
戦国時代で、朝廷、公家は経済基盤を失ったから、朝廷のパトロンとしてしっかり支える実力があるものが関白や将軍になれた。
0323津川2016/10/14(金) 11:36:46.60ID:XHynOI3e
夷敵は、国内のみに、あらず。しかして、スペイン、ポルトガルから、皇国を守護し奉るも、征夷大将軍の務めにて、御座候はずや?
0324人間七七四年2016/10/17(月) 21:59:04.99ID:2KFbeORA
>>287
創業以来から支えてくれた蜂須賀は朝鮮の役で叱責し恨みを買い
前野は秀次事件で取りつぶしだし、秀長の大和大納言家も次代で
やっぱり取りつぶしと自ら首閉めてるとしか思えない
0325人間七七四年2016/10/18(火) 09:09:48.49ID:Al5IaoJP
秀吉の家臣団の人材層の薄さはどうしようもないな
有名な賤ヶ岳の七本槍にしても小豆坂七本槍パグって
秀吉が無理に宣伝した感じだし
0326人間七七四年2016/10/18(火) 09:14:00.90ID:b6iKf+J7
豊臣政権とやら自体が秀吉が好き勝手やるためのものだからな
家臣団もそれに最適化されてるから
秀吉が死ねば使いもんにならんのは当然というか
0327人間七七四年2016/10/19(水) 21:05:48.85ID:0V4bLQVg
>>325
五奉行にしたって玄以は元織田、正家は元丹波家臣だったのを
持ってきたわけだしね
0328人間七七四年2016/10/20(木) 00:14:23.51ID:05gcH2DL
丹羽の家臣ってことは相当優秀だったんだろうな
0329人間七七四年2016/10/20(木) 23:03:23.96ID:jPClmpdb
しかも唯一自前で育てた奉行は現場から最悪レベルで嫌われたトラブルメーカーだからな
0330人間七七四年2016/10/22(土) 08:21:15.21ID:lxmLbGpi
浅野は義弟で与力だったのが直参になった形だろうけど、増田も一応子飼いじゃなかったっけ
0331人間七七四年2016/10/22(土) 14:16:28.21ID:SoFkbHub
豊臣は人材が少なすぎるため奉行は15年間入れ替えなしで秀吉の死後も全員続投路線だったからな
ここまで硬直化してしまうと奉行への不満が増大するのも無理はない
こういう官僚連中は適度に入れ替えてガス抜きをしなければいけないのに
豊臣はそれをするには層が薄すぎるし三成のように政権へのしがみつきに執念を燃やす奴がいるのも致命的だった
0332人間七七四年2016/10/23(日) 11:55:21.77ID:zpGLZQSX
秀吉の家臣の育て方が基本的に競争させることによって成長させるって方法だから
個々の能力を伸ばすには有効かもしれないけど組織的に見たら問題があるよね
0333人間七七四年2016/10/23(日) 12:15:23.75ID:RevgBQVF
秀吉本人が競争原理の成功者で、他人への競争心で成長してきた人だったから、それ以外の人の育ち方が理解できなかったのかな?
どこかの野球部がこれをやり過ぎて破綻したって聞いたことがあるよ。
0334人間七七四年2016/10/23(日) 13:46:01.84ID:eT94abWs
>>332
いやそれ自体は問題ないと思うよ
競争させないとチンたらしてる連中は多いから
競争に取り残された無能どものフォローが足りなかったかな
あと勝ち組が頭に乗ってるのをいさめるだけの威厳がなかったか
0335人間七七四年2016/10/23(日) 14:02:21.54ID:OlfOBSY9
最大の問題は文禄の頃になると競争に勝つ方法が自分で手柄を立てることよりもむしろ
相手の足を引っ張ったり、相手の些細なミスを誇張して処罰に追い込むことに移行したことだろう
そのため競争の一番の勝者である三成は相手から尊敬されるどころか一番恨まれる存在になり内紛が激化した
豊臣は競争がマイナスに働いた典型例といえる
0336人間七七四年2016/10/24(月) 21:18:10.95ID:1re/Gaw4
自分の競争相手に勝つために派閥作る様な形にもなったしね
0337人間七七四年2016/10/27(木) 20:51:55.07ID:Vj4lUFwp
豊臣政権は秀吉が突出した位置におり、その下に徳川や毛利などの大名がいて
だいぶ下がって三成なり加藤なりの子飼いがいるって感じで
バランスが悪いんだよな
0338人間七七四年2016/10/27(木) 21:15:32.57ID:9H/86znN
いやバランスもなにも三成とか本来は名前も知らないくらいでちょうどいい
0339人間七七四年2016/10/27(木) 23:26:40.94ID:HVqii4YR
秀次殺しちまったからな
0340人間七七四年2016/10/29(土) 22:42:13.80ID:+XOz+nvK
蜂須賀家と並んで創成期の秀吉を支えてきた前野家もつぶしちゃったしね
0341人間七七四年2016/10/31(月) 11:04:44.98ID:CMkj3O79
宮田光次や神子田正治、尾藤知宣、戸田勝隆達初期の頃の功臣の内
神子田正治と尾藤知宣は暴言理由に粛清されちゃったしね
0342人間七七四年2016/10/31(月) 19:54:33.14ID:4+MIBYmF
初期の秀吉の家臣って羽柴四天王と仙石くらいじゃいか
蜂須賀前野竹中宮部浅野は与力でしょ
0343人間七七四年2016/11/01(火) 21:09:50.43ID:3movnKsf
突貫工事で造ったような組織だから、欠陥が多々あって
崩壊するときはあっという間だったからな
0344人間七七四年2016/11/02(水) 01:22:09.60ID:ci0eycYL
そもそも組織として成立してないかもな
0345人間七七四年2016/11/02(水) 01:29:12.25ID:kXcXCzAb
江戸幕府も初期の組織は簡単なものだったから、豊臣の組織がスカスカでもいいんだが、人が居なかったのは致命的
0346人間七七四年2016/11/02(水) 22:33:44.35ID:yvD/sN8c
戸次川の仙石にしろ根白坂の尾藤にしろ大局を見る目がないんだよな
組織が大きくなると生え抜きは使い物にならなくなって元与力衆や外様に頼るしかなくなったって感じだ
0347人間七七四年2016/11/03(木) 21:14:55.87ID:gJzGytZ2
仙石は小田原の役で宥免されたけど、尾藤は処刑されちゃったんだよな
まあ仙石の方は秀吉死後徳川に奔っちゃたけど
0348人間七七四年2016/11/03(木) 21:34:00.51ID:fgmP3zLT
仙石は小田原合戦で功績を挙げ、尾藤はただ赦免を求めただけなので大きな差がある
なお、仙石が陣借りを求めたのは徳川
0349人間七七四年2016/11/03(木) 21:43:22.72ID:W5RJhqwv
>>346
仙石も尾藤も軍監向きじゃないのに
0350人間七七四年2016/11/03(木) 21:48:49.25ID:+desxok/
仙石は譜代大名扱いだったが、1660年から柳間席、外様大名扱いに戻された
17世紀末には、信濃上田から但馬出石に移封を命じられた
0351人間七七四年2016/11/03(木) 22:13:29.45ID:5+aVGgwp
そして幕末にはお家騒動を起こして減封をくらい新政府側へ
ぐだぐだっぷりも身の変わりの速さもご先祖様そっくりなのであった
0352人間七七四年2016/11/03(木) 22:33:34.38ID:5C1Md4sS
優秀やな
0353人間七七四年2016/11/04(金) 07:33:18.85ID:bX2qVguB
子孫を含めた身の変わりの早さは藤堂家を連想させるな
一応藤堂家の方は祖先の恩を理由に日光東照宮の攻撃は拒否しているけど
0354人間七七四年2016/11/04(金) 08:58:06.03ID:3k/9OKbx
藤堂と言えば大和大納言家の秀保は暗殺説があるけど
信憑性はどのくらいだろう
0355人間七七四年2016/11/04(金) 10:01:28.93ID:0Vm1NJA+
ほぼ無いだろ
0356人間七七四年2016/11/04(金) 13:03:56.36ID:mZS88Ul8
>>354
どっちも半々
秀保が秀次の末弟(関白継承権あり)だと考えると秀吉の息のかかった(命じられた)者が彼を暗殺したとしてもおかしくない
ただ藤堂が従うのは秀長とその養子(秀保)であって彼らが死ぬと秀吉から遠ざかったというのは事実
0357人間七七四年2016/11/04(金) 14:52:20.66ID:3pEePjeo
秀保の死はかなり謎が多く、不審死だと思われる。
0358人間七七四年2016/11/04(金) 19:17:02.79ID:HS7Z1T+h
秀勝は朝鮮に行かなければ長生きしたかな?
0359人間七七四年2016/11/06(日) 20:36:55.34ID:nN6JPYdh
>>346
秀吉の人を見る目のなさでよく名前が挙がるのが秀家かな
豊臣に対する対する思いの強さは認めるにしても
家中すら纏められない男を五大老に加えるのはいかがなものだろう
0360人間七七四年2016/11/06(日) 22:17:23.51ID:N/K/KbMQ
宇喜多はさあ、豊臣とか言わなきゃ結構侮れないよな
0361人間七七四年2016/11/07(月) 16:38:06.24ID:3MBnGYMM
秀家は赤子の頃からの縁だし、無下にはできんよな
0362人間七七四年2016/11/07(月) 17:06:56.80ID:U+vmvTPy
秀家を中納言にしてるだけで十分じゃないの。まだ若いからということで大老からははずしておいても。
0363人間七七四年2016/11/07(月) 19:51:21.15ID:9P5aySdp
五大老の中に豊臣一門格は一人は入れておきたいという考えと、秀家は宇喜多家当主であり、秀頼にとって代わる野心もないと見て、弱冠24歳で大老に加えられたのである。
0364人間七七四年2016/11/07(月) 20:40:15.79ID:VJdsvBOc
他に五大老の候補となる大大名もおらんでしょ
伊達島津佐竹小早川鍋島を大老にするよりは宇喜多のほうがずっとマシ
0365人間七七四年2016/11/07(月) 20:57:51.77ID:KJ3YwSR5
人材不足だな。小早川隆景の死が惜しまれる。
0366人間七七四年2016/11/07(月) 21:10:37.82ID:E6dfrkcY
>>364
ここは小早川秀秋で
0367人間七七四年2016/11/07(月) 22:27:55.29ID:29BSb88w
秀吉は寧々側の親族は信用してないっぽい
寧々の実家は揃いも揃ってバカばっかだし
0368人間七七四年2016/11/07(月) 22:36:36.23ID:9P5aySdp
長久手の戦いでは木下一族が何人か討ち死にしているな
0369人間七七四年2016/11/07(月) 22:58:31.94ID:LvC6SLiP
長久手の戦いで戦死した木下と秀吉の木下と寧々の家系の木下の関係が不明
0370人間七七四年2016/11/08(火) 00:16:00.77ID:CX29A4+b
大河ドラマ天地人の小栗三成は、
「直江兼続は三十万石持っているから五大老になる資格がある」
などと妄言を吐いていたのを思い出した
0371人間七七四年2016/11/08(火) 00:23:20.78ID:gVZ/5Tcf
バカが脚本やると収拾がつかねえ
0372人間七七四年2016/11/08(火) 01:59:03.27ID:qP8OYzWY
その脚本家はすこしは歴史ものを読めと。
0373人間七七四年2016/11/08(火) 08:41:28.95ID:OL0QFbyS
小松江理子って時点で程度が知れるだろう
懲りもせず花燃ゆにも参加してたけど
0374人間七七四年2016/11/08(火) 09:43:24.23ID:qQktmJc4
>>寧々の親族筋というと木下、浅野、杉原あたりか
秀吉自身の親族見ても甥達は当てにならず
加藤、福島、小出はあの有様だし、
養女の豪も実家、嫁ぎ先も駄目だったし、散々だな
0375人間七七四年2016/11/08(火) 15:59:52.09ID:TSUruWQ8
秀吉の父親筋の親戚となると、いないも同然。
実際はシングルマザー育ち。秀吉の父親に面会した大名がいない。
0376人間七七四年2016/11/08(火) 16:53:37.78ID:CS9use7X
一応正則は父方のいとこ説あるし……
0377人間七七四年2016/11/08(火) 19:48:49.98ID:HfDL2J9S
秀吉の父親と大政所はあんまり祝福されないような結婚だったのかね
大政所に男兄弟が居たとも聞かないし家付き娘に変な虫がついたとか
0378人間七七四年2016/11/09(水) 07:00:03.59ID:lPx653Nd
秀吉の家臣団やら、徳川前田上杉毛利などの大藩残したのを疑問に思っている人達いるけど、
お前らと秀吉ではたぶん基準が違う。

ゲームやっているとして、家康とその家臣団を粛清したり、難癖つけて潰したり、厳封してどっか飛ばすか?
むしろ絶大な権限(官位)と領地と兵力を与えて使い倒すだろ?
天下統一前だからって、子供が困るからって粛清したりしないだろ?

逆に丹羽や蒲生みたいに父親は有能だったけど、若く無能な息子が後継いで100万石くらいもっていたら、
もったいないと思って減らして、有能な家臣のほうに渡すだろ?
例えそれが一門衆で義理の甥っ子とかでもさ。

佐々みたいに今まで敵対してて領地ほとんど没収してたけど、有能なら一国与えたりするだろ?
昔から忠勤してくれているけどステータス低いなら首か、そこまでしないにしてもそれほどの領地と権限は与えないだろ?

そういうことだと思うぞ。
秀吉からしたら天下統一してもまだまだ過程なんだよ。
もしくは無能な奴に領地や大権与えるのが嫌なんだよ。
一門や股肱の家臣も、最近下った大名も秀吉からすると同じなんだよ。
0379人間七七四年2016/11/09(水) 07:04:37.23ID:FQuNm2ED
>>364
福島と加藤は?
0380人間七七四年2016/11/09(水) 07:15:18.80ID:lPx653Nd
信長の場合はある程度天下が見えたら、佐久間(武官のトップ)林(文官のトップ)
をそれぞれ粛清して、自分の子供にでかい領地を与えて政権を安定させようとしていた。
敵と和議とかせずに潰して、その配下だけ拾う方法。大名家をそのまま取り込むとかしない。

家康の場合、秀吉死んだら、前田には暗殺疑惑つけて失脚させ、上杉には難癖つけて攻め込み、
反乱?した毛利と宇喜多を潰したことで他の大老を潰し、その後は豊臣も潰した。
末期養子の禁やらで外様はつぶしまくり、遠方に飛ばしして、政権を安定させた。
だがそれでも先祖代々仕えてくれたり、幼い頃からの付き合いであれだけ頑張ってくれた、
四天王のみなさんでもたった10万石しか与えていない、徳川家で800万石くらいあるのにね。
しかも外様の監視とは聞こえがいいが、いわば最前線で江戸からかなり遠い所に領地を与えている。
自分の親族に甘々だった信長と違い、家康は子供でも気に食わないなら容赦しないが、
自分の子供にしかでかい領地は与えていない。

家康は徹底的に守りに入っているし、信長は途中から守りに入ったんだけど、
秀吉は最後まで守りになんて入ってないんだよ。
秀次くらいのもんだし、それにしても応仁の乱みたいになるのを避けたかったと考えたらわりと納得する。
自分の家というか血統にさほどこだわっていないというか、自分が死んだあとの事まではあまり気にしていないんじゃないだろうか?
人質に来た子供達は可愛がっていたし、秀頼も溺愛していたのは事実なんだろうけど、
秀頼に全部継承させようとしていたとは思えないんだよね。
将軍家と老中みたいな関係で秀頼がバカでも大老が有能なら成り立つみたいなのを考えていたのかもしれんけどさ。
0381人間七七四年2016/11/09(水) 07:38:42.52ID:jV/n8f86
>>380
「俺達の統一はこれからだ!」

長らくのご愛読まことにありがとうございました。
秀吉先生の次回作(来世での征服事業)に乞うご期待!
0382人間七七四年2016/11/09(水) 08:20:55.07ID:lPx653Nd
>>381
なぜ統一が終わりだと思うんだ?
国内を安定的にそして生産性を高めて統治し、
国外へと広げていくという始まりという見方はできないのか?
明治維新の時に幕府倒したらFIN
あとは旧幕府軍の連中を苛めて再起不能にすればいい
というわけじゃないだろ?
0383人間七七四年2016/11/09(水) 09:45:03.50ID:Fu9P5DR7
>>382
そうだよ、だから、これからだ!なんだよ。
0384人間七七四年2016/11/09(水) 09:49:44.51ID:MtmorpDH
>>382
それをやるには致命的だったのは秀吉の寿命がそこまでとても保たなかったのと、
対外進出にいきなり武力使っちゃったこと、後継者とその周辺に豊臣家の方針として
きちんと継承しなかったこと、何よりもやはりそんな国家的プロジェクトを継承していくには
豊臣家の存在そのものがあまりにも脆弱だったことだろうなぁ
0385人間七七四年2016/11/09(水) 18:58:46.08ID:t04ur90O
>>384
最初は降伏勧告だったはずだぞ?もしくは貢物。
それを拒絶して初めて兵が送られる。
琉球は貢物を送り、朝鮮征伐でも兵糧を送った。
ルソンはスペインが争うのは不味いと判断して貢物を送って時間稼ぎした。
朝鮮は拒絶した。
0386人間七七四年2016/11/10(木) 15:11:33.85ID:jbFBm6Im
秀吉の娘娶ったらしい鳥井某さんの情報なさすぎなんだが
0387人間七七四年2016/11/10(木) 20:59:35.16ID:vbAGribS
>>377
文禄四年九月二十五日に京都の東山の大仏殿経堂で
太閤様御先祖御弔の法要やってるんだけど
その法要の対象は母方である大政所の父母だけで
父親及びその父祖は無視されているんだよなぁ
0388人間七七四年2016/11/10(木) 21:51:05.37ID:XLb6pj8a
その頃はご落胤説立ち上げちゃってたからなぁ
0389人間七七四年2016/11/11(金) 06:38:04.72ID:5VxSkRHq
日輪がどうの瞳がどうした馬小屋が
聖誕生秘話とごっちゃにしたのは誰か
大政所をマリアに見立てたということは父ちゃんも似たようなパターンか
明治期になるまで貞操観念など無かったからな
江戸なんか女の再婚再再婚なんぞザラ
女房の役者狂い娘の男狂いを嘆いた川柳もあった
農山村では昭和期まで夜這いがあったし
やる事ねえし減るもんじゃねえし他に楽しみねえし
0390人間七七四年2016/11/11(金) 09:32:15.93ID:donKB55g
日本の兄であり、先生であり、起源でもある朝鮮を侵略した
豊臣は滅ぶしかない
0391人間七七四年2016/11/11(金) 09:51:50.42ID:YTrkzbD7
関わっちゃいかんところに手を出して法則が発動しただけ。
0392人間七七四年2016/11/11(金) 12:44:04.71ID:msLX7d0y
>>390
通路が生意気いうな
0393人間七七四年2016/11/12(土) 11:12:24.87ID:EahFoBFd
>>387
そこまで父親不明だと逆に木下弥右衛門とか
竹阿弥とかの話はどこから持ってきたのかってなるが
まあ木下弥右衛門が信秀の鉄砲足軽だったとかあり得ないんだけど
0394人間七七四年2016/11/12(土) 12:16:26.70ID:pmQLzQAE
妻の家系のほうに木下姓の根拠があるとかいう説もなんかで読んだ
秀吉は姓をもたない流民の類の出自で結婚を機に妻のほうの名前を名乗りだしたのがホントだとか
0395人間七七四年2016/11/12(土) 13:14:52.16ID:TDuA4MTr
それは昔から言われてるが胡散臭い
ねねの実家は杉原だから
0396人間七七四年2016/11/12(土) 14:01:58.27ID:pmQLzQAE
杉原で浅野に養子にでてたんだっけか寧々
で木下はその後妻の家系の人間に秀吉が名字を与えた、みたいに言われてるが実はそれ逆なんだろって説らしいね

信頼度は知らんが。
0397人間七七四年2016/11/13(日) 03:08:45.13ID:V8IQ/o/X
秀吉が松下家に仕えていたのは事実?
0398人間七七四年2016/11/13(日) 06:23:43.94ID:TO4euJvT
今川じゃないの
0399人間七七四年2016/11/13(日) 07:53:44.91ID:FewjQx9d
今川の下請の又受け
父親の名前もわからんような身元不詳者を家来にしない
0400人間七七四年2016/11/13(日) 20:53:26.47ID:YM+SKMbr
今川が滅んだ後、家康に仕えていたのを長浜にいた秀吉が
呼び寄せて召し抱えてるからそれなりの恩は施したんじゃないかな
秀吉にも多少は他の家臣と違う扱いしてたらしいし
0401人間七七四年2016/11/14(月) 20:53:59.04ID:vfbUXgC/
蜂須賀に会ったのは松下家を出て織田家に仕える間かな
0402人間七七四年2016/11/18(金) 21:49:20.03ID:b/1QhSyr
最古参に近い蜂須賀家には裏切られ前野家は自分で断絶させた感じだし
譜代育てるのが本当に下手な感じだよね
0403人間七七四年2016/11/18(金) 22:42:44.56ID:z2OtCypN
蜂須賀も他の与力も裏切ってないだろ
0404人間七七四年2016/11/19(土) 11:02:01.80ID:/SjFHvAP
関白を殺したのも家康を招聘したのも秀吉の意思だろ
上手くいかなかったから下に向かって裏切りだとか責任転嫁しているに過ぎない
0405人間七七四年2016/11/19(土) 12:51:38.31ID:zHoS6ASR
政権を武力で入れ替えていく時代だしな
なにがあってもそれはただの結果でしかない
0406人間七七四年2016/11/19(土) 12:52:34.66ID:Jty1NjpR
秀次事件後、家康が内大臣に任じられたのは、秀吉の意思で家康を政権の支えとしようとしたもの。
公家の枠組みでは、大納言と内大臣の間には大きな地位の開きがあったし。
左右大臣欠員(関白左大臣秀次切腹、右大臣菊亭晴季解任)の状態で太政大臣秀吉死亡し、家康が唯一の大臣となったのは、秀吉が家康にリリーフさせる意思だったとしか考えられない。
0407人間七七四年2016/11/20(日) 21:19:52.25ID:k1t3pHM7
>>403
豊臣家見切って徳川家に従ったこと言っているんじゃ無いのか
結局大坂の陣では蜂須賀にしろ浅野や松下、仙石、小出と言った連中にしたって
豊臣攻めの徳川方に参陣しているわけだし
0408人間七七四年2016/11/20(日) 21:32:32.16ID:OTNhASjP
豊臣が彼らの言うことをまったく聞かないのが悪いだろう
秀頼だって絶対独裁者じゃないのだから我儘を言いたい放題では困る
0409人間七七四年2016/11/20(日) 22:00:33.71ID:BQMl6UZu
親の七光りを体現した存在だよな秀頼
せめて本人にまわりをひきつけるだけの魅力があったならともかく
恩顧にすら見限られて牢人衆あつめるしかないあたりに落ち目の最たるもんだよな
0410人間七七四年2016/11/20(日) 22:18:32.76ID:OTNhASjP
親の七光りを体現した存在なのに
その親に全く似ておらず血の繋がりすら疑われるレベルというのでは
救いようがないよな
0411人間七七四年2016/11/21(月) 20:07:56.27ID:offaYh2b
やるなら1610年くらいにやるべきだったね。
真田も有名な親父がまだ生きてるし。当時ほぼ無名だった幸村ではなくね。
これは大きい。
また前田や浅野加藤仙石なども存命。
彼らは助けはしないにしても、日和見くらいはしてくれる可能性はあるから。
他の恩顧大名も出兵しない言いわけにはつかえる。
神社仏閣に金突っ込む前だから結構余裕ある(もっとも落城したあとでも金銀五万枚も残っていたと言われているから、
資金的にはまだまだ余裕あったがね。

もっとも前田が死んで数か月後に鐘の件で難癖が入ったので、前田存命時に動くことはなかったとは思うが。
0412人間七七四年2016/11/21(月) 20:40:57.35ID:XGl87yAi
そうだよなあ
昌幸がどうとかいうなら存命中になんとかしろやと。
結局落ち目でそのまま死んだだけだな
0413人間七七四年2016/11/21(月) 21:00:04.24ID:Fe1gA+a8
だーから鐘の件は難癖じゃなくて残当だって
0414人間七七四年2016/11/21(月) 21:10:16.10ID:offaYh2b
>>413
秀頼が書いたわけでもないものでか?
家康本人への手紙とかならまだし、寺の鐘の銘でケチつけるのは異常。
0415人間七七四年2016/11/21(月) 21:27:05.98ID:Fe1gA+a8
>>414
末尾にしっかり「大旦那豊臣朝臣秀頼」と書いてある鐘銘に
当時の日本の最高権力者の諱を無作法に使うとか完全に豊臣家の責任問題だわ
0416人間七七四年2016/11/21(月) 21:34:49.61ID:z6TLnbqg
当時は籠名と言って寺社の境内などに憎む相手の名をかいて仏神に罰を与えてくれるように
願う呪詛があり実際家康の諱が使われてたんだから、その鐘銘を書く相手を
豊臣家が自分で選んだ以上、その人間が何を書いたか、知らぬ存ぜぬではすまないだろう
0417人間七七四年2016/11/21(月) 21:56:18.57ID:RcMB66lH
今で言えば、ライターに書かせた演説草稿であっても、政治家が読み上げれば、その政治家の言葉となる。
政敵から突っ込まれたときにライターに責任転嫁できないのと同じ。
ミスがいやなら、チェックしろということ。
0418人間七七四年2016/11/21(月) 22:08:48.56ID:aFwVojJ8
>>411
は?浅野幸長が日和見?
秀頼を憎み、一番喜んで秀頼を潰しにかかる浅野幸長が?
あり得ない。何のために浅野幸長を紀州に置いたと思っているんだ?
秀次派で、事件後秀吉が死ぬまで能登に配流されていた浅野幸長を
あそこに置くことが、秀頼への嫌がらせ目的以外に何があるというんだ?

(姫路に置いた秀次の義兄、池田輝政も同様)
0419人間七七四年2016/11/21(月) 22:32:58.84ID:NJ1MwwDC
TVで大坂脱出後の国松が木下家の養子と
なって,その証拠が位牌の裏の俗名が
本姓豊臣だからだと。
0420人間七七四年2016/11/21(月) 22:53:24.81ID:Fe1gA+a8
>>419
既に桐野作人につっこまれてたが、元々木下家は豊臣姓だという
0421人間七七四年2016/11/21(月) 23:25:11.87ID:offaYh2b
>>415
奉じたのが秀頼というだけ、考えたのは坊さん。
>>416
国家安康の何が家康に罰を与える内容なんですか?
>>417
だからそれ難癖だよな?
0422人間七七四年2016/11/22(火) 00:57:22.86ID:p2wZhrHN
>>421
任命責任というものがあってだな
0423人間七七四年2016/11/23(水) 19:28:18.05ID:9CXAOlhg
>>418
そんな秀次みたいなクソどうでもいいモブで秀頼を害するなら。
真田も木村も弑逆してるだろ
何を言っているんだお前は。
0424人間七七四年2016/11/24(木) 22:28:34.08ID:Vde9M+xO
>>421
>国家安康の何が家康に罰を与える内容なんですか?

籠名と言うのは相手の名前を寺社に書くことがそのまま呪詛になり
鐘銘を書いた清韓が家康の諱を用いたことを認めている以上
呪詛したととらえられても仕方が無いことだろうに
それとも何、単純に国家安康という四字の意味だけで問題ないだろうとか言ってるの
文章の意味理解できないのか、自分の主張に都合悪いことは受け付けないのか
知らないけどさ
0425人間七七四年2016/11/25(金) 12:05:36.30ID:dW93xG0X
>>424
なら豊臣の文字もあるから豊臣も呪っているな。アホじゃねお前。
0426人間七七四年2016/11/25(金) 12:08:08.07ID:dW93xG0X
>>418
池田が秀次の義兄で怨んでいるなら、親父と兄貴の仇は怨んでいないのかよw
お前も馬鹿じゃね?
0427人間七七四年2016/11/25(金) 12:09:33.37ID:BxSRDs7F
>>424はガチでアホだなwww
0428人間七七四年2016/11/25(金) 12:24:17.67ID:1ZkZUJ/k
秀吉が死んだらすぐ滅びる
後継者を秀忠のように諸大名に認知させておかなかったのが敗因だな
0429人間七七四年2016/11/25(金) 13:11:17.61ID:wDfhxRIY
>>425
一応、「家康の名前を分断」、「豊家の臣下の繁栄」という解釈なので豊臣の名字があってもおかしくない
そもそも豊臣のほうは諱じゃなくて名字
0430人間七七四年2016/11/25(金) 13:31:42.79ID:wDfhxRIY
>>428
五大老を後見として起請文起こしてるし、ある意味認知させてたうちに入るんじゃない?
ただそれを裏打ちするだけの実力が秀頼になかったからひっくり返されてるだけで。
0431人間七七四年2016/11/25(金) 17:18:14.90ID:dW93xG0X
>>429
それは曲解だろう。
豊臣を逆さにしているからうんぬんと何でもいえる。
そして諱より姓の方が大問題だと思うが。
0432人間七七四年2016/11/25(金) 17:20:05.04ID:XD6DLuky
>>431
諱がなんで「いみな」なのか考えれば、諱より姓の方が大問題なんて言えんぞ
0433人間七七四年2016/11/25(金) 17:47:30.74ID:dW93xG0X
>>432
一字与えるのと姓を与えるなら、姓の方が価値があると思うが。
0434人間七七四年2016/11/25(金) 18:03:11.66ID:XD6DLuky
>>433
秀の字を拝領した人間は有力大名の嫡子などに限られるのに対して、
豊臣姓はかなり広範の家が名乗っている。一字拝領の方が価値が高いと考えられる
0435人間七七四年2016/11/25(金) 18:36:27.35ID:dW93xG0X
>>434
それ人質だろ
0436人間七七四年2016/11/25(金) 18:48:04.59ID:XD6DLuky
>>435
それが?
0437人間七七四年2016/11/25(金) 19:03:51.87ID:btQ8vRrY
水掛け論は置いといて、なんであんな文にしたのかな?
あの時点まで豊臣家は徳川より目上のつもりだったのかね?
0438人間七七四年2016/11/25(金) 19:16:57.59ID:w5MoZe4B
豊臣を呪ってるって…。
仮にそうだとしても
徳川が清韓にいちいち言うわきゃねーだろ。

で、豊臣を名字とか言ってるガイジは死んでくれ。
もちろん、個人対象としては姓より諱の方が何倍も重要だろ。
0439人間七七四年2016/11/25(金) 19:33:31.87ID:dncH3TVN
>>437
真面目な文章考えてたら、縦読みできそうだったので組み込んだら
それがOUTなワードでガチ通報された

ってな感じなんじゃないの
0440人間七七四年2016/11/25(金) 19:54:26.95ID:XD6DLuky
そもそも一次史料上では問題になったのは諱の無断使用だけなので君臣豊楽は問題なかった
0441人間七七四年2016/11/25(金) 20:15:12.17ID:EisSlrZy
諱の使用は問題あるかもしれん
呪い云々は論外
てのが五山の見解だっけ
0442人間七七四年2016/11/25(金) 20:17:15.20ID:XD6DLuky
そもそも家康も幕府も五山も呪い云々とは言っていない
0443人間七七四年2016/11/25(金) 20:34:44.08ID:Ixtnsa9C
別にどーでもよかった。
なぜなら当時から今の今まで現存するからな。
0444人間七七四年2016/11/25(金) 20:46:44.61ID:WzjFlouL
幕府大工頭の中井家から奉納される棟札に自身の名前が無いとの訴え
その訴えを聞いた家康が常識が無いと不快に思ったところに鐘銘の問題が発生
鐘銘がダラダラと長く悪文らしいとの報告により写の提出を命じる
その写の中に自身の諱が刻まれている点を特に不快に感じたとある
その後文英清韓は幕府からの詰問に対して
喜んでもらえると思ってやったと答えており
家康は清韓についても本当に高僧なのか履歴調査をさせている

まあ呪詛云々ではなく不敬問題が発端だな
そうこうしてる内に秀頼が片桐を追放して宣戦布告し開戦に至ると
0445人間七七四年2016/11/25(金) 21:06:43.70ID:Wffz5vdu
>>444
まあ、鐘銘事件がなくても片桐追放で豊臣終わりだけどな。
なんで鐘銘事件をクローズアップするんだろうか、
片桐追放よりインパクトあるからかな?
0446人間七七四年2016/11/25(金) 21:38:33.16ID:ATuU+KEt
>>424
え?オレはてっきり老獪な家康の難癖に若い秀頼が激昂して罠にはまったと思っていたんだが。
迷信にはまった家康が呪詛されたと思って、大阪の陣を引き起こしたのかよw
麒麟も老いては駄馬に劣るというが家康酷いな。
0447人間七七四年2016/11/25(金) 21:40:09.37ID:JXLq0ZSM
ほんとそれな。
鐘銘事件から兵集めてたら間に合わねーつの。大名に協力要請は1年前からやってるし
0448人間七七四年2016/11/25(金) 21:43:23.82ID:JXLq0ZSM
あ、>>445宛ね
0449人間七七四年2016/11/25(金) 21:49:23.30ID:7v24vDjf
>>431
またそれが長いこと言われた説で
0450人間七七四年2016/11/25(金) 21:50:35.01ID:7v24vDjf
>>433
姓なんて価値ないよ
豊臣なのか藤原なのか、って話で本名には価値あるけどただの名字には価値なんてない
0451人間七七四年2016/11/25(金) 21:57:02.86ID:ATuU+KEt
>>444
僧侶集めて解読作業している時点でやる気満々だろう。
>>445
片桐が清韓に梵鐘の銘をかけと命令したんだけどね。
ついでに方広寺の再建を命じたのは家康だったりする。

なのになぜか秀頼が責任をとらされて、片桐も清韓も生存している。
片桐は大名として残った。
おかしな話である。呪ったというのなら、呪ったのは片桐と清韓なのに。
0452人間七七四年2016/11/25(金) 22:04:00.57ID:ATuU+KEt
>>450
日本においては昔から、姓>>>諱だぞ。
諱に重きを置いていたのは中国であって、日本では諱を避けるような風習はない。
天皇家くらいだよ。
0453人間七七四年2016/11/25(金) 22:07:36.16ID:JXLq0ZSM
>>452
珍説は他所でやれ
0454人間七七四年2016/11/25(金) 22:11:50.25ID:ATuU+KEt
>>453
武家で諱を避けるなんて風習を実践しだしたのは、江戸時代に入ってからだよ、
林羅山のような朱子学カルトがのさばって始めたこと。
0455人間七七四年2016/11/25(金) 22:14:22.07ID:JXLq0ZSM
諱名指しの書状が大量にあるパラレルワールドの話はしてないから
0456人間七七四年2016/11/25(金) 22:47:13.04ID:dW93xG0X
あーすまん豊臣は姓じゃなくて氏みたい。アソンが姓だ。
まあ氏だったとしても変わらんがな。
氏>諱
0457人間七七四年2016/11/25(金) 23:25:08.97ID:vxuEoSve
そもそも諱と姓のどちらが重要かではないだろ
0458人間七七四年2016/11/25(金) 23:26:43.98ID:wBqnFrup
ID:dW93xG0X が姓も名字も氏も理解していないのは本気なの?釣りなの?
0459人間七七四年2016/11/26(土) 00:10:19.01ID:gGTSi+3x
名字と姓は区別ついているだろ。
ついていないのは姓と氏。
名字と姓と氏の区別もついていないのは
ID:wDfhxRIY
ID:7v24vDjf
0460人間七七四年2016/11/26(土) 01:54:42.04ID:I7WbXJqR
まさかの、かばね
0461人間七七四年2016/11/26(土) 20:24:16.98ID:l1+QzpDt
秀吉は豊臣氏賜ってからは羽柴はあまり使ってないよな
秀吉的にはどうでもよかったんじゃないの?
0462人間七七四年2016/11/26(土) 20:26:11.38ID:P8lITdTV
>>426
家康は、滅ぼされそうになっていた自身を助けてくれた恩人だからな。
家康がいなければ、池田輝政は秀次とともに処分され、尾張池田家は
族滅となっていたよ。
0463人間七七四年2016/11/26(土) 20:27:49.22ID:P8lITdTV
忘れてた。
秀次事件の時、石田三成も、増田長盛も池田輝政の処刑と、池田家の
族滅を求めている。石田三成に至っては、督姫の処刑と家康の連座→
減俸まで求めている。

で、どっちにつくかって?バカじゃないの?池田輝政にとって、豊臣家の
恩義は秀次事件で吹っ飛んだんだよ。
0464人間七七四年2016/11/26(土) 20:49:21.91ID:l1+QzpDt
でも池田と徳川の間を取り持ったのは秀吉じゃなかったっけ
0465人間七七四年2016/11/27(日) 02:51:47.33ID:ZtDTjh+Z
>>463
あのな。その進言却下して池田を残して、池田家の娘はお咎めなしにしたのは秀吉。
池田家が孤立しないように、家康との縁戚を認めたのも秀吉。
親と兄貴殺されているけど、和解するように促したのが秀吉なんだよ。

石田を恨むのはわかるが、秀吉を恨むのはお門違い。
家康のおかげで助かったとか言っているけど、家康にそんな影響力はない。
とばっちりが来るなら見捨てるし、秀次だって弁護したけけど無視されてる。
秀次の処刑というか追放と、妻子の処刑をさせたのも、池田を残したのも秀吉の決定。
0466人間七七四年2016/11/27(日) 06:47:46.41ID:dzq3TtYP
池田なんて父親からして乳兄弟の子供を攻めるような輩だろ
そりゃその子供なんて節操もなく豊臣を裏切るわな。
秀次事件なんてあってもなくても結果は同じじゃね?
0467人間七七四年2016/11/27(日) 13:05:13.83ID:Czyt0EH9
家を残すのが目的だからな。
義理や人情で動けるのは何もない奴だけだ。
0468人間七七四年2016/11/28(月) 21:18:12.36ID:HbmtN8ro
>>418
意味がわからん。
浅野幸長は秀吉が死ぬ前に許されて、慶長の役には出陣しているぞ。
秀頼とも一応親戚
親父は家康に暗殺疑惑とかいう難癖つけられているくらいで別にどっち派というわけではない。
むしろ早死には家康が暗殺したと言われているくらいなのに。
ちなみに池田も暗殺説がある
両方とも家康から医者とか薬送られた後急死しててるからな、しかも同じ年。
0469人間七七四年2016/11/29(火) 11:53:45.70ID:4+wMdit6
秀吉のAAストーリー 意外とおもろいよ。
http://yaruosippu.blog.fc2.com/blog-entry-3207.html
0470人間七七四年2016/11/29(火) 22:24:07.74ID:YrXrEEUR
秀吉は羽柴姓を臣下に下賜してるけど、子飼い以外で喜んだ奴なんていないよな
0471人間七七四年2016/11/29(火) 22:46:06.63ID:CYKo0y0J
最高権力者の関白なんだから普通喜ぶでしょ
0472人間七七四年2016/11/29(火) 23:01:44.20ID:oszRqfHD
>>470
むしろ子飼いの大半は下賜されていないけどな
0473人間七七四年2016/11/29(火) 23:12:58.37ID:YrXrEEUR
源氏の大名に“羽柴”を下賜ってパワハラだろ
0474人間七七四年2016/11/29(火) 23:20:41.89ID:QQtSyqJ/
そういえば羽柴やら豊臣、他にも松平姓はばらまかれたけど、
織田姓は下賜されなかったな。
右大臣くらいじゃだめなのか?
0475人間七七四年2016/11/30(水) 19:10:57.54ID:A5rRj+z1
大名クラスでも家臣に自分の姓を名乗らせたりしてるよ
信長はそんなのダセえと思ってた
0476人間七七四年2016/11/30(水) 20:31:39.05ID:Ca6CV61K
信長はあんまり他姓の者や家臣を一門衆にしてないもんなあ。
それに家臣に官職のばらまきもそれ程にはしてないから、叙任ついでに一字拝領やら織田の名を授ける機会も少ない。
当の信長が晩年に右大臣辞めて他の官職叙任を断り続けてるから、それ程にはその手の名誉事業に拘わりはなかったろうね。
0477人間七七四年2016/11/30(水) 21:40:28.27ID:Az6vkn8m
信長は若いころはわりと権威も大事にしてたし、権威の復興も行っていた。
最初は義昭を補佐して室町幕府を再建させて、その中で権力と権限を拡大させ、
管領などの役職をえるような道を考えていたんじゃなかろうか。

晩年は権威なんてくそくらえになってしまったが。
0478人間七七四年2016/11/30(水) 22:00:55.48ID:6Ps6iq3h
蒲生さんとこは蒲生なんとか郷みたいなのが多すぎませんかね
0479人間七七四年2016/12/03(土) 11:08:30.05ID:f4UTqOgL
信長は一門が多かったから
0480人間七七四年2016/12/03(土) 11:21:18.08ID:f4UTqOgL
秀吉が羽柴を与えたのは国持以上の大名と元同僚だろ

武力で敵対大名を滅ぼしていった信長と、秀吉は元同僚や敵対大名を取り込んだ傾向が強く、急速に天下統一を進めた
そのため一門の少なさもあって擬似的な一門の形成を狙ったんだろ
天下人に一門と同様に考えてますと言われて悪い気はしないしな

だから譜代の家臣は原則として羽柴は与えられなかった
公家の家格を参考にしたこともあるだろう
菊亭あたりと相談して構想を練ったんだろうね
0481人間七七四年2016/12/03(土) 11:24:58.65ID:f4UTqOgL
家康も豊臣恩顧の大名を取り込む必要があった
そこで秀吉の作った家格秩序を参考にして改良を加えたのだろう
0482人間七七四年2016/12/06(火) 00:02:17.12ID:9wSD3Bt9
>>480
擬似的な一門の形成するつもりが
終盤は三成みたいに姓を貰ってない連中の方が姓を貰った連中の大半より政治権力が上の逆転現象になってしまい
三成が豊臣・羽柴一門より上にいる→三成は豊臣を乗っ取ろうとしている→謀反だ成敗しろ
という流れになって崩壊の道を辿ったのは皮肉としか言いようがない
0483人間七七四年2016/12/06(火) 08:04:35.92ID:5SlsDEOI
三成や清正は豊臣姓ばらまきキャンペーン前に昇進しきっちゃってたからなぁ
0484人間七七四年2016/12/06(火) 21:21:41.34ID:b7bPdTNI
三成たち諸大夫階級が実務を取り仕切って、羽柴名字をもらった公家成以上の大名は関わらないというのが当初の構想だったんじゃないの?
江戸幕府も大大名は幕政に関われなかったのと同じでしょ
秀吉の晩年に清華成である大老に権力を持たせたのがおかしいわけで



豊臣姓に関しては豊臣姓下賜後の武家の叙任はほぼ全て豊臣姓だから、豊臣姓かどうかはそれほど意味があったとは思えない
単に叙任のタイミングの問題だから
0485人間七七四年2016/12/07(水) 23:39:20.63ID:hgmLwoOg
秀吉は擬似的な一門形成にこだわったくせに本当の一門・親戚には冷たいからな
一門だと秀次は粛清されたし、秀秋は所領没収処分
親戚だと加藤は豊臣を名乗ったと讒訴されて処罰されたし、浅野は秀次事件に巻き込まれて息子が流罪
その結果。本当の豊臣一門・親戚ほど親徳川というねじれ現象が起きた
0486人間七七四年2016/12/08(木) 00:00:12.72ID:cOKb/vBP
寧々と木下家は親石田で生き残ったけどね
0487人間七七四年2016/12/08(木) 22:51:27.82ID:cfW063LW
寧々は西軍が負けた途端に最初から家康を支持していたように豹変したからな
世渡り上手だったのは確かだね
0488人間七七四年2016/12/09(金) 15:39:14.32ID:N6aYoR5Y
親子兄弟で争うのは戦国の常だし、身内も当然警戒するんじゃないのか?
親子兄弟で争っていない大名家のほうが珍しいだろう。北条くらいしか俺は思いつかない。
毛利だってわりとぐちゃぐちゃだし。
0489人間七七四年2016/12/09(金) 15:51:59.17ID:ln3YmI7q
島津も日新斎以降なら
0490人間七七四年2016/12/09(金) 16:29:21.37ID:K6XtOV7R
義久・義弘・忠恒の三派でずっと派閥争い
歳久、一揆の責任おっかぶって切腹
家久、勝手に秀吉の家臣になって義久激怒直後急死
0491人間七七四年2016/12/09(金) 19:52:56.43ID:7vIleQv6
家久は戦死してなかったか
0492人間七七四年2016/12/09(金) 20:22:32.04ID:N6aYoR5Y
北条なかなか子供ができない、養子をとろう。あれできた?というよくあるパターンがない。
親子や兄弟で方針めぐって対立というこれまたよくあるパターンもなかった。

さらに独自に私兵をもつ国人衆を解体して、直轄化に成功していたから、
後継者争いには国人衆の争いが結びつくのは世の常。
この国人衆の解体が太閤検地や刀狩で進んでいくのでなくなっていった。

そしてこの国人衆の権益を削減して主家の権利強化は鬼門。すんなりできた北条が凄いだけ。
大友島津毛利武田チョウソカベ佐竹伊達などは手も付けられなかった。
尼子は手をつけようとして毛利に国とられた。上杉は謙信が死んだら内乱。謙信も暗殺の可能性をわりと疑っている。
0493人間七七四年2016/12/09(金) 20:34:15.21ID:7vIleQv6
後継者問題は難しいな、ある意味徳川幕府が末期継嗣を認めなかったのも意味あったな
0494人間七七四年2016/12/09(金) 23:14:18.20ID:N6aYoR5Y
けどそうしたらバタバタお家断絶になったからな。
家康は三河以来の名門は特例で助けたりしてたけど、そうなると諸侯は不満に思うし、
そもそも徳川宗家も断絶してる。
家康も子だくさんだが、子孫をつなげたのは男では五人だけ。しかも三人は50くらいからの子供。
当時は50までも生きられないのが普通だったことを考えると、
これがどれだけ無茶な法かわかろうというもの。

養子問題で揉めたのはざっと思い出せるだけでも、
豊臣、足利、南部、毛利、上杉、三好もかな?
どっちを優先するかだねえ。足利なんて応仁の乱まで引き起こしたし。
0495人間七七四年2016/12/10(土) 01:01:36.50ID:y1LQoLaX
応仁の乱といえば畠山と斯波も
というかこいつらの方が応仁の乱の原因
0496人間七七四年2016/12/25(日) 08:18:34.55ID:XMcFUlbM
秀吉は過去に学ぶって考えがなかったのかなぁ
自分を支えてくれていた人が去り、崇拝する人だけが残って
自己肥大化して自滅した西郷とかと似ている感じがする
0497人間七七四年2016/12/25(日) 11:39:47.22ID:G3UoeSmz
>>496
秀吉は、学問がないからな。過去に学ぶには自分で歴史をまなばないといかんし、そのためには歴史書読みこなす読解力がいる。
秀吉は、頑張って手紙の読み書きができる程度(若いときに寧々に教わったらしい)。
若いときに徹底的に学問叩き込まれ(漢文が難なく読めるレベル)、吾妻鏡、貞観政要、はては医学、薬学書を読んでた家康との違いだな。
0498人間七七四年2016/12/25(日) 22:14:07.12ID:78gDcP/Z
>>496
従道や大山、川上などの側近が離れていった西郷と創業の側近を切り捨てていった秀吉とは違いがあると思う
>>497
まあ仮に漢文とか読めなくても学ぶ気さえあれば物読み坊主にでも読ませれば良いだけの話だが
秀吉の場合和歌とかそういった煌びやかな分野には興味があっても
実学的な分野は自分の経験から得た知識で充分と思ってそうな感じだよな
0499人間七七四年2016/12/26(月) 13:43:48.78ID:45KddEy9
>>496
室町幕府鎌倉幕府の失敗をみて、同じものをつくろうとは思わないだろう。
秀吉の政策はどちらかというと律令制度に戻すようなものだった。
武家の出でないから、とらわれなかったんだろうね。

そしてそれで失敗しておらず成功しているのだから、学ぶ必要はない。
0500人間七七四年2016/12/26(月) 23:25:41.01ID:QeVz7gc1
律令制度に則って権力を確立しようとしたのに鎌倉・室町よりも遥かに短命だった平家や建武を見たら
長期政権を作るには幕府しかないのは明らかなんだが
自分だけは大丈夫と高を括っていたんだろうね
0501人間七七四年2016/12/26(月) 23:53:25.11ID:HdZrIAGj
明や天竺を征服するつもりだったんだから、日本の統治なんか眼中になかったのかも
0502人間七七四年2016/12/27(火) 06:45:42.52ID:t2Cu77UP
そうだよなあ、日本国内もまともにまとめあげてないのに明を征伐とか内政というものがまるで出来てないよなあ秀吉
0503人間七七四年2016/12/27(火) 08:32:59.25ID:820AfcXB
>>500
奈良平安は長持ちしていると思うが、大陸の制度は基本的に律令制度。
明治維新も律令制度への回帰といえなくもない。
>>502
具体的に何をさしてまとめていないとか内政ができていないと言っているんだ?
秀吉の統治下においては九戸以降は乱はないし、あれにしても以前からあったお家騒動が原因。
内政においても問題はないだろう。むしろ国内の好景気を終わらせないためにも外征は必須だ。
多くの諸外国は国内をまとめたら外征に移っている。やらない方がおかしい。
0504人間七七四年2016/12/27(火) 08:45:44.11ID:820AfcXB
つかむしろ国内まとめるためにも外征は必須だろ。
外敵作って国内融和を図るなんてよくある話じゃないか。
0505人間七七四年2016/12/27(火) 08:51:00.77ID:QigAPrM9
>>504
「外征に失敗した」=「内政ができていない」→「内政をしていない」
↑こうなってんじゃないかな。彼らのなかでは。
0506人間七七四年2016/12/27(火) 09:06:01.41ID:Fva0Cz6e
陸続きなら外征もありだが、海を越えて朝鮮から明にまで攻め込むのは基地外。
朝鮮南部に橋頭堡を築いて時を待つのがせいぜいだったのに、あのザマ。
0507人間七七四年2016/12/27(火) 09:35:23.26ID:wI3/e6kU
結果としては唐入りは失敗に終わったが、さほど無謀な計画ではない

世界史の視点でみれば、辺境の異民族が大国を脅かした事例は多い
東アジアでは匈奴、女真、モンゴル、満州

海を渡ったケースでは、ノルマン人のイングランド征服

定説ではないが、朝鮮南端の小国が日本を征服して王朝を開いた可能性もある


秀吉としては、勝算有ったはず
日本の統治は、家康に任せればよい(その時点では、義理堅い忠臣)と考えていたかも
0508人間七七四年2016/12/27(火) 09:38:59.15ID:820AfcXB
>>506
英国はフランスの半分くらい占領してましたけど、何か?
オスマントルコも何百年もギリシャ占領してたぞ。
インドネシアの王朝とか、今のインドネシア+マレーシアくらいの広大な領域を支配していた。
むしろ海を伝わって広がったところも多い。
0509人間七七四年2016/12/27(火) 09:58:56.01ID:Fva0Cz6e
明本土までは無謀。朝鮮南部ならあり。
朝鮮北部まで行ったら冬は凍死する。鴨緑江越えなんて無理だろう。
朝鮮南部を確固たる橋頭堡とし、朝鮮北部と明本土の情報収集するのが先決。
イギリスは、もともとノルマンジー公国を保有し橋頭堡があった。
0510人間七七四年2016/12/27(火) 12:06:41.83ID:oEC0SUor
>>503
太閤検地だの、刀狩りだのやってるから、内政しっかりしてるからー、っていいたいのかね
でもねえ、有能とする人間にやらせてただけで人心はむしろ離れてたよね
だから死後すぐに背かれる。
外征をするなとは言わないが動員に無理があるわ、死後すぐに撤兵に動かねばならないわで外征内政両方グダグダだよね

内政やれてるなんてとても言えないよ
0511人間七七四年2016/12/27(火) 13:10:30.14ID:820AfcXB
>>510
人心が離れていたという証拠は?
秀吉存命時に九戸の乱以後、反乱、謀反や出奔など起きていないよ。
ああ、謀反なら秀次がいたかな?本当に謀反か疑問だが。

動員に無理があるというのも意味不明。
そもそも多くの大名は秀吉が決めた動員数以上の兵を出兵させている。
死後撤兵させたのは秀吉の遺命に背いた家康と他の大老の独断だろ?秀吉の命令でもなんでもない。
秀吉は第三次征伐を予定していたくらいだ。
0512人間七七四年2016/12/27(火) 13:36:36.57ID:oEC0SUor
>>511
動員に無理がない、ないしは進んで兵をだすような戦なら家康が申し訳程度の出兵しかしないわけはない
あれは成果をだしてごっそりもっていくタイプ
どの武家も大変すぎるのを知りつつ朦朧した秀吉を止められないのでいやいや出していた、だからこそ死後すぐに撤兵している
あと撤兵命令は五奉行からな、五大老はちがう
腰ぎんちゃくの三成ですら当初から外征に反対していた
そのうえ結果的に秀吉につたわる戦果報告もグダグダ
これで三次計画してたとしてもお話にならんよね
0513人間七七四年2016/12/27(火) 13:46:23.82ID:oEC0SUor
秀吉死後誰一人もう一回明征伐やりましょうの提案すら出てこない、戦勝俸禄のほしい武断派ですらそう
国内も一方的な転封しまくっていた秀吉は結局恐怖政治でおさえこんでいただけ
それで人心はなれてないなんてない

せめて恩顧連中くらいが秀頼様の下でもう一度明をくだして太閤さまの遺業を果たしましょうくらいの話があれはまだ人心とか言えるだろうよ
それがもうね、秀頼見限り連中ばかりときた
どんだけ嫌われてんだよと
0514人間七七四年2016/12/27(火) 15:37:10.81ID:YEoiuMru
>>511
島津歳久「あの」
0515人間七七四年2016/12/27(火) 16:19:20.83ID:osZSHB5S
なんだろ
豊臣も徳川もそれぞれのアンチがそれぞれのスレで必死になってて見ていると居たたまれない
0516人間七七四年2016/12/27(火) 17:11:20.23ID:oEC0SUor
なら読まなければよろしい
0517人間七七四年2016/12/27(火) 18:58:21.10ID:NmLNGa2S
世界征服とかならアホだけど、実際の秀吉の目的は領土獲得でしょ
1回目は皆ノリノリだったが失敗、それで関白粛清から2回目となればな
家中の亀裂もそこで生んだんだし。あと何より金吾
0518人間七七四年2016/12/27(火) 19:15:02.67ID:2aEAAgNB
>>517
諸説あるけど明征伐は領土獲得より有利な条件下での通商契約をむすぶのが目的ってのもあるよ
とにかく商売して儲けたい、からだとか。
0519人間七七四年2016/12/27(火) 20:08:05.87ID:B38SlbRH
小西行長、博多商人とかは商売目的だったろうがね。
おかげで冊封使が来ちゃった。
0520人間七七四年2016/12/27(火) 20:39:44.14ID:uePbq52q
>>510>>512
結局動員数が多かったのか少なかったねかどっちやねん。
0521人間七七四年2016/12/27(火) 20:54:59.81ID:t2Cu77UP
>>520
それはそれぞれの武家の規模や事情によるでしょ
0522人間七七四年2016/12/27(火) 21:27:53.41ID:uePbq52q
それぞれの事情で決められてるなら無理な動員とは一体なんのこっちゃ
0523人間七七四年2016/12/27(火) 21:58:39.14ID:frKyQTNm
無理な動員といってんのは>510なんだから、510に
訊けっつー話だな。

半島との近遠と豊臣家との疎遠で動員割り当ては
決まってるので、それから脇坂みたいに積み増したり、
小早川のように実数減らしたりは、諸家の判断だろ。
0524人間七七四年2016/12/27(火) 22:02:04.32ID:7iN1gRDe
>>522
量の価値観がちがうってことじゃん
0525人間七七四年2016/12/28(水) 04:29:20.88ID:18hPN6kB
>>518
なるほどね
まあ失敗したら人心離れるから失策だったな
0526人間七七四年2016/12/28(水) 09:04:56.25ID:pwIlmGyg
>>512
西国の大名は言われた例外がないわけではないが、申し渡された軍役よりも明らかに過大な兵力をみなもっていっている。
ただ東国の大名には基本的に渡海命令は降りていないし、
申請がでても却下しているので、軍功を上げようがない名護屋勤務に大軍を連れて行く必要がないだけ。
政宗みたいに見え張って倍の兵もっていく奴はいるけどさ。ただおかげで渡海できた。

嫌々だったなんて話はない。基本的にほとんどの大名はノリノリ。
国内で戦で領土が獲得できない以上。外からとるというのは当然の選択肢。
武家の人間がそんなことを恐れるわけがないし、実際恐れていない。
そして奉行集の政治的な決定権は大老には劣る。
0527人間七七四年2016/12/28(水) 09:12:34.00ID:pwIlmGyg
>>513
そりゃ関ケ原の直前でそんな余裕などない。
きな臭くなっているのは誰でもわかる。
家康は上洛を渋る上杉に朝鮮征伐やるから上洛してくれないか?
みたいな事を言っているが、おそらく本心ではなかろう。

関ケ原の後でも家康は恩顧大名や秀頼という仮想敵国が存在するのでそんなことをする余裕はない。
武断派諸将を寝返らせる為に、一人につき50万石くらいやってるからな。
徳川四天王ですら10万石前後だってのにね。

そして転封が恐怖政治?転封は国高が大幅に増加する恩賞だよ。
もしくは失態や代替わりで減らされるケース。
失態は言うまでもないし、幼い子供が90万石とか持ってたら問題だろ。
減らさないとな。

そして秀頼の元で朝鮮征伐で再開されなかったから、人心が離れていたとかw
馬鹿じゃねーのお前。
0528人間七七四年2016/12/28(水) 09:19:04.07ID:pwIlmGyg
>>514
お前は毎度おなじみの島津の内紛だろ。
>>517
首都と半島の大部分を占領していたわけで別に失敗していない。
ただ秀吉の主張が全てが通る講和がなったので、停戦に同意した。

>>519
そいつらが秀吉の主張の大部分を隠して貿易再開だけに絞って提案した。
彼らは領土よりも貿易利権狙いだから、占領した領土は返還しても問題なかった。
秀吉は当然そんなの知らないから、首都を返還し、兵を南端まで下げるようにいって、捕まえていた王子も解放させた。
そしたらアレですよ。
0529人間七七四年2016/12/28(水) 12:06:10.14ID:sE3111PK
>>527
おいおい、なんで起きてもいない関ヶ原やらを混ぜてモノ言うんだよ、明征伐あたりに家康ガーとかねえよ
ろくな計画もない明征伐にノリノリなわけねえだろ

転封加増がホントならもうそれでいいって話になるだろ、武家連中はもういいからいい加減おちつけよ猿って思うわ
それに秀吉は加増といいながら有力武家を左遷する、恩顧連中はまわりにまとめて贔屓
ろくな政策してないから死後そむかれてる
腰ぎんちゃく三成が明征伐に反対してたのもどう説明すんだよ

結論言えば無計画無謀な明征伐をやる秀吉、武家連中からより人心を離れる結果をうむ、そして明征伐失敗のまま死んだ結果無能秀頼の人生も終わらせた
朦朧老害秀吉
0530人間七七四年2016/12/28(水) 12:13:10.61ID:sE3111PK
>>528
おいおい明征伐の中途での朝鮮半島の占領で随分おめでたい評価だな
だいたい占領っていっても兵站も確保できてない状態で支配なんてできてない
日本式の強固な城をつくりました、ってだけでただの前線だわ
火力はあったので電撃戦として圧倒したが兵站確保できず結局明と講和に向かわねばならなくなっている
あげく高圧な明の主張を直接秀吉に伝えられない小西が内容を改変して伝える始末
こんなんで秀吉の主張が通ったとかお前は物を知らなすぎる
だから第二次明征伐が発生したというのに。
第二次も結局ろくに攻めきれず秀吉没で緊急撤収するほど誰も彼も厭戦状態
加藤も福島も三成をうらみまくるほど苦労した戦でノリノリとかねえ

少しは歴史を学べよ
0531人間七七四年2016/12/28(水) 12:19:39.70ID:0WHwCMYq
他スレで大暴れしてる子に構っちゃだめ
0532人間七七四年2016/12/28(水) 12:49:44.07ID:pwIlmGyg
>>529
関ケ原前なら、前田征伐(人質を差し出したので未遂)上杉征伐とかやってる。
余所から領土を取るんじゃなくて、有力大名潰して領地を奪って分配しましょうね。
に方針替えたわけで、こんなのを喜んでいる連中ほうが少ないと思うがね。
次はいつ自分が徳川に襲われるかわからんのだからな。

そして関ケ原の前にもこういう状況で明征伐などできるわけないだろ。
大老連中は覇権争いが忙しくて、明征伐という大義をなそうとしないのだからな。

>武家連中はもういいからいい加減おちつけよ猿って思うわ

具体的に一人でもいいからそう発言した奴をあげてみろ。
浅野にしても江戸時代に作られたものでしかそんな話はない。
その浅野にしても秀吉の渡海を諫めただけで、朝鮮征伐そのものに反対などしていない。

石田が明征伐に反対していたなんて話はないし、
家康にしても出陣する中いい奴に出陣をお祝いしてる。
で、誰だよ反対した奴はさ。

>それに秀吉は加増といいながら有力武家を左遷する、恩顧連中はまわりにまとめて贔屓

普通の政策だろ。家康も全く同じことしてる。豊臣恩顧大名はみな西国だ。
江戸のまわりは親藩譜代で固めた。信長にしても領地没収して親族に与えている。

>結論言えば無計画無謀な明征伐をやる秀吉

無計画でも無謀でもない。無計画で首都を半月で陥落させて全土を蹂躙して明領まで入れるわけないだろ。
0533人間七七四年2016/12/28(水) 13:08:46.99ID:pwIlmGyg
>>530
そもそも兵站確保してねーとかねーから。別に餓死者なども出ていないからな。

そしてお前馬鹿だなあ。秀吉が日本側の要求をだした。
小西や明側の担当者が、貿易の事以外を削って明にだして、明は冊封だけしてやるとした。
そんなことは日本側は知らないから、
日本側の主張がまるまる通る講和がなったのなら、秀吉は十分と判断してそりゃ兵は引くだろ。
ここまではわかるよな?

けどそれは、貿易権益狙いの小西が貿易権益以外の部分を削除して改ざんしたのが問題であって、
秀吉や他の諸将にあるわけではない。
小西は平和主義者で講和の為に秀吉が激怒するして見せられないから、改ざんしたんじゃないよ。
ただ自分たちの利益の為にすぎない。その証拠に他にもいろいろ改ざんしてる、自分の地位とかね。

まあそもそもあんなものを見せられたら、秀吉どころか家康や利家だって再征伐を決定するだろうが。それが武士というもの。
秀吉に恭順する事をよしとせずギリギリまで粘った家康が、あっさり明に降伏したら驚きだがw

>第二次も結局ろくに攻めきれず秀吉没で緊急撤収するほど誰も彼も厭戦状態

はい?上陸して一月で全羅道、忠清道を制圧して勢い余って当初の計画にない京畿道まで制圧してるんだが。
これは行き過ぎなのを除けばほぼ計画通り、その二州を制圧して倭城を建築、一部部隊を残して冬季は帰って、
翌年大攻勢をかけるというもの。そしてそのタイミング秀吉が死んだから計画が実行されなかった。

>加藤も福島も三成をうらみまくるほど苦労した戦でノリノリとかねえ

それは厭戦気分で恨んだんじゃなくて、勝ってて取れるはずの領土と武功を失ったらそりゃ三成を批判するに決まっているだろうが。
お前の中では三成は反対派なんだろ?なら撤退させた三成を恨むのは当然だ。
0534人間七七四年2016/12/28(水) 16:10:01.77ID:jIFmLFYg
>>532
なんで関ヶ原前で前田征伐なんだよ
それは関ヶ原後の話だし家康の判断じゃねえか
俺は朦朧老害秀吉の判断ミスと明征伐の話をしてんだよ
オマエは勉強足りん以前に知らないこと語るな
0535人間七七四年2016/12/28(水) 16:11:45.06ID:jIFmLFYg
>>533
兵站確保してないから朝鮮人海賊にひっかきまわされただけで破綻してんだろ
ホントにさ、知らないなら黙ってろよ
0536人間七七四年2016/12/28(水) 16:16:13.99ID:jIFmLFYg
あと三成反対は開戦前の話
結局腰ぎんちゃく三成は反対しきれなかった
開戦前から反対する三成、これもいい加減おちつけよ猿、ってことなんだよ
三成が武断派から嫌われたのは悪い報告を秀吉にしていると武断派に思われたから
実際は武断派も秀吉の朦朧差配にうんざりしてたが秀吉に直接言えないからそのうらみを腰ぎんちゃくの三成にあてがってたの
それくらいも知らないのかバカだな
0537人間七七四年2016/12/28(水) 16:17:43.68ID:j1GBM9FK
そもそも時系列すら把握してないバカは論ずる相手に値しない
0538人間七七四年2016/12/28(水) 19:49:17.97ID:JR1ykmZR
>>535
お前、本当に歴史を知らないんだな?

小説だけで世の中は出来て無いんだよ。
特に日本人は仕事が好きだからベストを尽くし勝ち。
0539人間七七四年2016/12/28(水) 20:57:29.53ID:jIFmLFYg
ついに反論もできず単なる言い訳
バカ極まる
0540人間七七四年2016/12/29(木) 05:13:41.98ID:fHWIxJqN
武断派が厭戦気分とか、三成が反対派とかどこの小説だ?
0541人間七七四年2016/12/29(木) 06:32:00.86ID:eUmnEE6a
>>534
利家が死んで、息子が加賀に帰国したあと家康が暗殺されそうになったそうなんです、
ほんとかどうかは疑問ですが、少なくとも家康はそう主張し、それの首班は前田と浅野だと主張して、
前田討伐を言い出したんです。その時に細川とかも巻き込まれて人質とらされました。
こうやって他の大老や奉行を追い出すことで大阪城を占拠して実権を握ったわけです。
大老と奉行の多数決なら、大老と奉行がいなくなればいいよね?ということ。
他にも武断派の三成襲撃で、武断派の方をもち三成を帰らせたり、宇喜多騒動で宇喜多の武闘派を引き抜いたり、
上杉にも難癖つけて上杉征伐をやったわけです。その途中で毛利と宇喜多と石田が挙兵した。
貴方はどうもこのあたりの騒動を知らないようだ。

>>535
プサンまでは問題ないよ。侵攻というか反攻してきた李舜臣も大敗して返っている。
ただプサンからソウルまでいこうとすると南部の群島地帯を抜けないといけない。
軍がいくならいんだが、補給部隊だと補足されて襲撃されてしまうんだよね。
ここがネックだった。

ただ慶長の役の時は李舜臣がプサン攻略とか無理だからと拒否ってたら、
解任されて別の人が攻略命令いわれてプサン攻略にいって、プサン沖で艦隊の九割失う大敗を喫して、
(もともとゲリラ戦の襲撃戦で勝てただけだったから当然だが)
補給の問題もなくなってるよ。
0542人間七七四年2016/12/29(木) 06:33:16.57ID:eUmnEE6a
>>536
それは歴史小説の話ですね。
石田三成も武断派も開戦前にそんな話はありません。開戦後もね。
0543人間七七四年2016/12/29(木) 23:20:07.89ID:M5vupUNK
むしろ三成は「加藤は蔚山城に篭って出撃しない臆病者」と告げ口するなど
言動だけはイケイケの推進派だった
だから武断派は口だけは勇ましい三成を嫌うようになった
0544人間七七四年2016/12/30(金) 01:36:15.67ID:4TGlcbWE
武断派は秀吉に直接文句言えないから三成を悪役にしたてたんだよ
0545人間七七四年2016/12/30(金) 08:22:33.55ID:lDTQ1ST1
本物の武闘派は普通に秀吉批判してるけどな。
北条攻めとかだと、こんなの戦じゃねーよ。
能とか茶とか興味ねーって、俺は首を取りにきたんだよ。
とか秀吉に食って掛かった。
ちなみに処罰はされていない、確か加増されていたはず。
0546人間七七四年2016/12/30(金) 08:46:16.57ID:xpkzg7Is
ところで武断派という枠組みは、いつごろから使われているのか誰か知っている?
0547人間七七四年2016/12/30(金) 11:43:57.46ID:oKbo9I2f
>>545
それは朦朧してないまだマシな秀吉相手だからな
それにそれは批判というより自分の武威をアピールしてるだけじゃん
0548人間七七四年2016/12/30(金) 22:03:18.33ID:uiuNA5My
石田は、初めは確かに出兵反対派だったけど、戦が始まるにつれて武断派を貶める告口したり、和睦を小西と組んで都合良く改竄したりやりたい放題。結局、自分の権勢を強めるために利用したんだろな。そりゃ、武断派から憎まれますわ。
0549人間七七四年2016/12/31(土) 00:02:09.33ID:LU2zvOdS
明征伐なのに朝鮮半島どまり、これではとても成功とは程遠い
少しは戦略というものがなかったのか
0550人間七七四年2016/12/31(土) 13:14:05.53ID:/yqBUJyz
秀吉は徳川に北条執権みたくなってほしかったんだろうけど
それなら徳川じゃなく、外戚の浅野を執権にすべきだったね
0551人間七七四年2016/12/31(土) 14:51:00.85ID:+X0U0ktx
いかに家康を律儀者と評していようが所詮他人だしな
自分の直系が無理ならせめてでも寧々の家系をなんとか、とは思うわ
まあそれまで冷遇してたからそんな力もありゃしないけど。
かえすがえすも秀次粛清がおしまれる
0552人間七七四年2016/12/31(土) 15:30:52.64ID:IaBBraAX
>>549
それは寿命が足りなかっただけだろう。

>>551
秀次が有能なら残してる。有害なので処分した。それだけだろう。
伊達政宗みたいな問題児でも残しているんだから、有能なら可愛がっただろうけどな。
0553人間七七四年2016/12/31(土) 16:17:54.96ID:O9UFovDP
家康って義弟やん?
0554人間七七四年2016/12/31(土) 16:18:17.84ID:aU4K+xYY
>>552
有能無能をさしおいてでも秀次を粛清してると思う
あれは秀頼をうえに持って行きたいがために愚かな判断したんだよ
我が子かわいさのために血族を殺す、ありがちな話だが完全に誤り
秀次の次に秀頼をすえるのを期待しておけばよかった
もちろん秀次が信用できないにしろ他人に期待するよりまし
0555人間七七四年2016/12/31(土) 16:27:24.13ID:IaBBraAX
>>554
わが子可愛さには疑問がある。
なぜなら秀頼は托卵。そして秀吉はそのことを知っている。
生まれた時に秀吉はお前だけの子供だから自分で育てろよと言い放っている。
さほど愛情があるとは思えない。

秀次が使えないから処分しただけだろう。応仁の乱みたいになりかねないしな。
0556人間七七四年2016/12/31(土) 16:29:38.68ID:i819oFHK
>>554

皇族だと、高位継承権のある同族より、皇位継承権のない外戚の藤原氏を後盾にしてきた摂関政治の歴史があるから何とも言えない。
徳川を豊臣の外戚にして後見させるのも一つの考え。
ただ、豊臣氏には皇室みたいな絶対的権威(交替不能)がないということを見落としていた、というか皇室並の権威ありとおごってしまったんだろう。
0557人間七七四年2016/12/31(土) 17:08:11.37ID:cLTqtSF5
秀次は先手を打って関白位を返上し、頭を丸めて山にこもり、秀吉が死んだときに挙兵して秀頼と勝負すべきだった

大海人皇子は優秀だったな
0558人間七七四年2016/12/31(土) 18:03:56.97ID:aU4K+xYY
おおあまのみこは伏竜だよなあ
なかなかのキレモノ
0559人間七七四年2016/12/31(土) 20:28:04.50ID:4htsX6rZ
関ヶ原で決戦か?
0560人間七七四年2016/12/31(土) 20:31:07.06ID:PsbOuj7a
関ヶ原には豊臣傘下2000人来ていた
0561人間七七四年2016/12/31(土) 20:32:22.17ID:tj5kiwpW
秀頼の義理の祖父だよな家康って
千が子を生んでれば秀忠は外戚
0562人間七七四年2016/12/31(土) 23:19:16.28ID:i819oFHK
>>561
秀頼は、千と早めに子作りに励むべきだったな。
0563人間七七四年2017/01/01(日) 02:30:32.53ID:fnHRKQTW
>>551
その「せめて寧々の家系」が秀秋だったんだと思う
お捨が生まれて、その計画も狂ったけど
0564人間七七四年2017/01/01(日) 06:27:28.33ID:+ncm1+3p
かえすがえすも晩年秀吉の判断は最悪を生んだよな
果たして秀次秀秋が天下人たれたかはわからないが幼年秀頼を他人の好意だけでなんとかなったわけはない
北条でも時宗につなぐ際に叔父などに一時執権をつないでいた、そういうことをやらないとな
0565人間七七四年2017/01/01(日) 06:47:10.38ID:epR1lidi
>>562
そうなれば滅亡は無かったろうね
0566人間七七四年2017/01/01(日) 08:26:28.83ID:fzvUnssu
>>564
後見役できるのは秀長だけだと思う

正直、能力微妙な前田利家もなくなっちゃって
家康に頼らざるを得ない時点で豊臣は詰んでる
0567人間七七四年2017/01/01(日) 08:48:23.73ID:aBPjcvMw
>>564
秀次が生き延びて、応仁の乱みたいなことになっていたらお前はなんてコメントしたんだ?
>>566
そりゃ堀や蒲生よりも家康が長生きするとは思わないって。
さらに加藤浅野息子池田前田息子秀秋などよりも長生きするとはね。
家康を粛清しておけばよかったんだろうけど、基本的に秀吉は粛清しないからね。
それこそ秀次くらいのもの。家康が50くらいで死んでたら、10万石くらいの小大名になってただろうけどさ。
0568人間七七四年2017/01/01(日) 08:54:51.58ID:fzvUnssu
>>567
堀蒲生は痛いよね
この辺と利家で秀頼支えると
完全に織田家復古体制だけど
0569人間七七四年2017/01/01(日) 09:03:36.68ID:hUsjC+Bw
家康にお寺と大仏を建立させて、鐘の刻名に難癖を付けて攻め滅ぼせばよかった
0570人間七七四年2017/01/01(日) 09:53:55.92ID:fnHRKQTW
その鐘の難癖と言うのも、諱を無断使用するという
武家にあるまじき行為をしたせいだから
難癖ではないんだよな
0571人間七七四年2017/01/01(日) 10:04:04.08ID:x8RxtcM0
>>567
粛清ってどういう口実ですんのよ、秀吉存命時点では律儀者の有能武将でしかないんだぞ

柴田に対する裏切り方とかを思えば利家なんかの方がよっぽど信用ならんと思うが
0572人間七七四年2017/01/01(日) 10:10:10.62ID:SOQocIWr
>>567
すくなくとも他人に期待するよりはマシってこと
0573人間七七四年2017/01/01(日) 10:39:58.38ID:aBPjcvMw
>>570
諱なんて難癖以外なにものでもないが、
百歩譲って難癖ではないとしよう。だがその鐘の銘を書いたのは坊さんで、
秀頼ではない、書状とかじゃないからな。
で、その鐘の銘を書けと坊さんにいったのは片桐であって秀頼ではない。
問題行為をした片桐は追放になった。
で、なんで秀頼問題にして、片桐は大名のままなの?
0574人間七七四年2017/01/01(日) 10:46:00.96ID:aBPjcvMw
>>571
探せば誇りなどはいくらでも出てくるもの。
たとえば国高をきっちり報告している大名はいない。
過少報告してたり、過大に見せようとしていたり様々だがわりといい加減。
このズレで減封させられた大名はわりといる。
賦役とかで家康が調達や作業に失敗したことはわりと記録にも残ってる。
他にも秀次をかばったとかで切腹言い渡されていたりするんで、やろうと思えばいくらでも可能。

ただ秀吉はのちに大老となる連中にはいろいろ甘くて、そのあたりを免責してた。
特に毛利なんて国高は過少報告だわ、秀次から大量に金借りてたわ、しかもそれ踏み倒したわで、
やりたい放題やってる。毛利でなければ改易喰らってる。
0575人間七七四年2017/01/01(日) 10:57:33.00ID:x8RxtcM0
>>574
そういう意味じゃなくて、秀吉が未来の歴史小説拾うとかしない限り秀吉にとって家康は危険人物たりえないでしょ
0576人間七七四年2017/01/01(日) 11:03:56.97ID:tch1r/y9
>>570
というか事前にそれを審査してOKを出したのは幕府であって
後に問題視するのは難癖以外の何物でもない
0577人間七七四年2017/01/01(日) 11:14:10.23ID:aBPjcvMw
>>575
それは否定しないよ。567で言っているように秀吉は家康を粛清するとは思えない。
仕事ができるなら使うだろう。
少々暴れるくらいなら少し政宗みたいにお仕置きをするかもしれんが、少し削減するだけだろうし。
秀吉はやろうと思った事は必ず実行するから、されていないということは何も思ってなかったはず。
0578人間七七四年2017/01/01(日) 11:17:16.97ID:7vtXug/B
>>573
別に家康は諱を大した問題にしていない
確認を求めたら、その繋ぎ役の片桐が豊臣に追放されたのが問題になったんだよ
戦の引き金となったのは片桐追放で、その発端が諱だっただけで、諱が戦の理由のようになったのは現代の判官贔屓による印象操作だろうね
0579人間七七四年2017/01/01(日) 11:19:25.03ID:ZT7j8zbf
>>573
鍾銘事件自体は責任者である片桐と清韓が頭を下げて終わりだよ
ただ事件の前年だか前々年だかに前田家に戦時の協力要請の使者を出して幕府が神経を尖らせてる中で
浪人を集めたり家康の諱を無断使用したりと幕府からすれば挑発的な行動を取ったから
家老である片桐且元が呼び出されて詰問されて両家の融和策を講じるよう求められたわけ
で例の献策を突っぱねて対徳川の交渉担当者である片桐を追い出したから戦になった
0580人間七七四年2017/01/01(日) 11:44:16.19ID:aBPjcvMw
>>578>>579
問題起こした片桐を追放するのはおかしくないと思うけど。張本人だぞ。
浪人を集めて諸国に激を飛ばしたのは、家康が宣戦布告してからの話。
真田や毛利などが入城したのはわりと直前だよ。
0581人間七七四年2017/01/01(日) 11:50:51.71ID:hUsjC+Bw
秀吉 「おう狸、よう頑張っとるなー。褒美に蝦夷をやるわ。切り取り放題な。関東はオレに任せてもらっていいから心配いらん。それと秀忠は出来が悪いから、大坂で数年預かって教育したるわ。何なら世継ぎは秀康か忠輝の方がいいんちゃうか。」
「あ、あと京都のお寺と大仏さん、悪いけど建て直しといて。お前そういうの得意やろ」


これくらい言えば、家康も決起したかな?
0582人間七七四年2017/01/01(日) 12:06:18.04ID:2SoBBVQw
つか弁明というと聞えは悪いが、交渉役がひとつひとつ一々確認とって誤解一切無いよう万全におし進めるのは今も昔も当然の常識じゃん
それを問題起こしたって事で解雇する豊臣が非常識以外の何物でもないんだろ
0583人間七七四年2017/01/01(日) 12:12:44.70ID:ZT7j8zbf
>>580
浪人は真田や毛利といった高名の士を指してるわけじゃなくて兵員のことね
前田の一件然り事件の前から徳川家との戦争準備とも取れる行動はしてるのよ
んで鍾銘事件はこの際問題ではないのそれは責任者が謝罪をして終わり
問題は交渉担当者である片桐を追放したということでこれは両家の手切れを意味するの
まして片桐は家康が秀頼の補佐をするよう指名した人物でも有るのだから
信雄が秀吉との内通を疑って家老を手討ちしたのが小牧長久手の開戦理由になったようなもん
0584人間七七四年2017/01/01(日) 12:51:10.73ID:SOQocIWr
>>581
そもそも秀吉は家康と戦をしても楽に勝てないと身にしみていたからそんな挑発はできない
0585人間七七四年2017/01/01(日) 13:43:18.35ID:hUsjC+Bw
小牧長久手の戦い時点では互角だったけど、あの時は秀吉包囲網ができていた
家康には信雄という同盟軍がいたし、北条も友邦だった

北條の滅亡後は、徳川が楯突いてももはや孤軍
秀吉は天下の軍勢を動員できた
勝敗は明らか
北条攻めと同じ状況


そもそも小牧長久手の戦いだって、秀吉本体は負けていない
負けたのは秀次
0586人間七七四年2017/01/01(日) 14:38:41.07ID:06ygmJjI
家康と完全敵対すると結局家康以外も翻身するから秀吉もただでは済まない
それをわかってるから懐柔にでた
家康も自分も壊滅に追いやられるからよほどたてつくことはしない

要するに秀頼みたいなことにはならん
0587人間七七四年2017/01/01(日) 15:22:25.67ID:hUsjC+Bw
そんな甘っちょろい考えだから、豊臣家は滅んだ
どんなに非難されようと敵が増えようと、あらゆる陰謀や言い掛かりをつけて将来の禍根を絶っておくべきだった

実際に家康はそのようにした
古くは清盛も、情け心を出したばかりに子孫が滅ぼされた
0588人間七七四年2017/01/01(日) 15:29:39.68ID:k9298HGa
>>587
実際そのとおりだよね
奇麗事言って義だの仁だの言ってるのは無知無能の連中
歴史はその積み重ね、でしかない
倫理で語ることのくだらなさ、を少しは豊臣信者は考えてみてほしいもんだ
0589人間七七四年2017/01/01(日) 15:38:24.75ID:fnHRKQTW
宣教師曰く
秀吉は逆らったものでも許し
さらに領地を加増するので諸将からは慕われていた
家康は1度逆らったものは決して許さず
弾圧するので諸将には恐れられていた
恐怖政治の方が長期政権になるんじゃないか?
0590人間七七四年2017/01/01(日) 16:59:30.42ID:gw/IFdc2
>>587
石田三成の息子たちとか余裕で見逃されてるんですが……
0591人間七七四年2017/01/01(日) 17:07:01.03ID:ZJl0E5if
大野治長
「俺も家康暗殺計画加担の罪で下総に流罪になったけど家康に許されて5000石加増とかされるまでに信頼回復してたんだよな……。
でも、運命とは無情なもんでさ……(遠い目)」
0592人間七七四年2017/01/01(日) 17:08:05.26ID:hUsjC+Bw
そんな小物は知りません
0593人間七七四年2017/01/01(日) 17:11:56.10ID:GVOH+Jmh
>>589
本多正信
「えっ!?殿って一度逆らった人間許さないの?初耳だ!ワシピンチじゃん!!」
0594人間七七四年2017/01/01(日) 17:20:40.39ID:hUsjC+Bw
>>590
石田家なんて将来の禍根とかいうレベルじゃないでしょ
子孫も大名としては存続してないよね

家康が甘かったとしたら、毛利と島津の処遇ぐらい
0595人間七七四年2017/01/01(日) 18:01:33.32ID:pGnycqRO
三成息子は三成が蟄居されても跡継ぎとして認められていたのにね
親父がバカなことするからお家断絶という
0596人間七七四年2017/01/01(日) 19:26:08.31ID:LYHNPQey
>>593
だな。結構、帰参認めてる。
0597人間七七四年2017/01/01(日) 20:04:32.46ID:gxWt/IS2
毛利は潰せないよ。潰されるなら徹底抗戦するだろうし、そうなると他の減らされる大名や家臣も一緒に反乱する。
0598人間七七四年2017/01/01(日) 20:08:32.74ID:gxWt/IS2
>>586
越中征伐の後に征伐されても誰も文句言わんだろう。
北条征伐の後に会津移動で拒絶して征伐されても誰も文句言わないだろう。当時家康と親しい大名いたか?
0599人間七七四年2017/01/01(日) 21:04:21.68ID:YXQFFVRM
講和を進めている相手を騙し討ちするんか?
誰も秀吉を信じなくなるだけじゃないの?
0600人間七七四年2017/01/01(日) 21:05:58.85ID:pGnycqRO
>>598
越中の後だと秀吉が家康を倒せるほど動員できない
北条の後なら関東も九州も秀吉側につくとは限らない、もういい加減にしろとなる
0601人間七七四年2017/01/01(日) 21:26:00.57ID:KVKfs9oa
現実は家康を粛清するどころか、徳川と豊臣の結びつきを強くしているわけで
0602人間七七四年2017/01/01(日) 21:38:49.91ID:hUsjC+Bw
秀吉本隊と上杉・前田・真田・佐竹で包囲
九鬼水軍で海上封鎖
別に九州の軍勢は必要無さそうだけどね

あの時点で、秀吉を敵に廻してまで家康に付く大名がいるかな?
毛利と宇喜田は基本的に親・豊臣だよね
島津や伊達は力不足だろうし

援軍が期待できないとなると、三河武士の結束もどうなることやら
有力家臣も逃げ出し始めるかもね
岳だの滅亡時のように
0603人間七七四年2017/01/01(日) 21:50:26.49ID:ubRKYdKn
>>589
カトリックの宣教師は基本的にプロテスタントを保護した家康に批判的だからなぁ
0604人間七七四年2017/01/01(日) 22:39:59.89ID:LYHNPQey
秀吉もキリシタン大虐殺やって、殉教者が26聖人に列せられたりしてる。
禁教の大元は秀吉なんだが、なぜか秀頼の所にキリシタンが集まったんだよな。
0605人間七七四年2017/01/01(日) 23:51:09.44ID:oHj/1spo
親父のやった事そして家康が継承してる事業なんて知っちゃこっちゃないで弾圧しなかったからな
0606人間七七四年2017/01/02(月) 00:45:28.23ID:2AKbXEKo
>>600
真田にすら返り討ちにあった当時の家康になにが出来るんだ?
越中征伐後なら15万は動員できるし、それに上杉と真田木曽小笠原など信濃の豪族まで敵になる。
石川などまで逃げ出しており当時の徳川なんて崩壊寸前だぞ。
0607人間七七四年2017/01/02(月) 00:57:22.58ID:xLXRPwkk
火葬戦記乙
0608人間七七四年2017/01/02(月) 00:58:54.87ID:3SuLfybx
真田に局地戦で勝てなかっただけで負けてない
地の利があっただけだよな
あと家康本人いねえし。
その後家康の寄騎につけられちゃうような真田になんの価値があるのか
日本三大過剰評価だよな真田
0609人間七七四年2017/01/02(月) 01:03:49.89ID:2AKbXEKo
四国征伐での軍は15万だよ
小牧長久手でも10万で信雄と越中が征伐された後なら更に増えるくらいわかるだろうに。
上杉真田も恭順して、木曽小笠原が秀吉に懐柔された後でどう戦うんだ?石川まで逃げ出して軍法変えてる最中なのに?
0610人間七七四年2017/01/02(月) 01:14:52.75ID:5QC/H0gC
しょーもない妄想仮想戦記はここだけにして
他所に迷惑かけんなよ
0611人間七七四年2017/01/02(月) 01:22:54.58ID:gItupdvG
秀吉から手打ちを持ちかけてまとまりかけてるのをわざわざ壊す必要があるの?
0612人間七七四年2017/01/02(月) 02:21:26.60ID:3SuLfybx
秀吉も家康さんそろそろ勘弁してください、と手打ちをかけまくりだからな
結局家康とことを構えたくないんだよな
0613人間七七四年2017/01/02(月) 05:42:38.88ID:2AKbXEKo
いつから降伏して臣下になるのを手打ちと表現するようになった?
0614人間七七四年2017/01/02(月) 06:08:20.55ID:gDi19yL3
降伏させる相手に自分の母親を人質として預けるんすか
0615人間七七四年2017/01/02(月) 06:24:27.27ID:5QC/H0gC
http://hissi.org/read.php/sengoku/20170102/MkFLYlhFS28.html

妄想駄文を撒き散らして他所を荒らすのにご執心の模様
実に豊臣信者らしくていいじゃない
0616人間七七四年2017/01/02(月) 06:29:40.02ID:2AKbXEKo
>>614
滅ぼすのは容易いが一兵も損なわないならそれに勝ものはなかろう。
0617人間七七四年2017/01/02(月) 06:41:17.53ID:gDi19yL3
>>616
ああ、極道社会でよく言う「手打ちで収める」ってやつね
0618人間七七四年2017/01/02(月) 07:53:39.92ID:xLXRPwkk
>>615
IDが「AKb 」、恥ずかしくないのかねwww
0619人間七七四年2017/01/02(月) 08:53:21.83ID:wVQJxPkt
家康信者が多いね
まあ神様だから仕方がないか


秀吉が健在のうちに徳川は潰しておくべきだった
両雄並び立たず

小牧長久手戦のときは秀吉と家康の力は拮抗していた
秀吉包囲網もできていた
和睦が現実的

小田原攻めの後は、秀吉の勢力が圧倒的になっている
家康は孤軍・新領地なので不安定
このときに難癖つけて開戦すれば秀吉が圧勝
0620人間七七四年2017/01/02(月) 09:26:36.83ID:e9a43SSe
難癖つけて滅ぼしてどうすんの
義理の義弟を滅ぼすなら、今後豊臣秀吉に
降参するより信用されず、全国大名
徹底抗戦されて面倒いわ。
それに天下統一を優先している途中に
秀吉でも何でも万能解決は出来んわ。
順番や段取りが居るわ。
家康を滅ぼす理由がない。
それに信長さんの同盟相手だから
信長の部下の秀吉は一歩引くわ。
秀吉が関白でも、信長の部下は多い。
家康の信長同盟は他の大名共通常識よ。
滅ぼしてどうすんの。

いくら戦国時代でも無法が正義は
ねえよ。戦国時代にも、戦国時代の
常識や社会ルールは有るんよ。
頭でっかちの妄想は自分だけよ。
0621人間七七四年2017/01/02(月) 10:09:46.43ID:gfBTxqqa
難癖つけて秀次をぶっ殺した秀吉に義弟が殺せないとでも思っているのかお前は。
つか家康のほうは嫡男すらぶっ殺しているんだぞ。
0622人間七七四年2017/01/02(月) 10:10:46.43ID:HUxIJLn8
小田原征伐後に徳川潰すの?いやそりゃ勝ち負けの話なら勝てると思うけどさ…
唐入りどうすんの?中止すりゃいいは無しね。九州征伐時点でそれ視野に入れてたっぽいし。
つーか義弟の徳川を危険だから殺すって…赤の他人でしかない上杉や毛利や
島津が信用出来るの?元同僚の蒲生や前田が信用出来るの?
いくら当主個人が信用出来ても代替わりしたらどうなるかわからんよ?
そうしたらまた殺すの?秀吉の寿命後10年ないんだけど。
まあ、みんな殺しまくって荒野の真ん中で一人平穏を叫ぶのが正しいと
本気で思ってんのならそうすりゃいいけどさ……
0623人間七七四年2017/01/02(月) 10:25:53.62ID:xLXRPwkk
秀吉の天下統一は、調略、交渉、こけおどしで成し遂げたので、家康とガチンコ勝負は考えてないでしょう。
0624人間七七四年2017/01/02(月) 10:37:11.63ID:wVQJxPkt
「義弟」って強調してるけど、そんなに強い絆なのかな?
0625人間七七四年2017/01/02(月) 10:42:30.97ID:e9a43SSe
それに家康さんは野戦の名人と
呼ばれた位戦上手。三河や甲州の野原で
キャリア積んどる
ベテラン戦上手と、数と金銭で敵降参の
秀吉では勝てないよ。経験回数が勝つ。
一代の成り上がりと小さいが武家家臣団
の家康では、家康さんを滅ぼすと、
家康家臣団が秀吉に反乱軍になるよ。
どれだけ経費係るか、バランス考えてると
マイナス大きい。秀吉に得が無い。
やらねーよ。
0626人間七七四年2017/01/02(月) 10:59:33.80ID:HUxIJLn8
義弟の絆?別に強くないよ。赤の他人よりマシってだけ。
身内になろうとした相手が信用できないなら誰を信じるのって話。
そりゃ息子だって嫁だって裏切る時はあるよ。殺しあいになる時はあるさ。
だからといってみんな信用出来ないって殺しまくったって意味ないだろ。
だから婚姻とか同盟ってもんがあるんじゃないか。
0627人間七七四年2017/01/02(月) 11:01:43.02ID:wVQJxPkt
野戦の名人さん、関ヶ原では格下の宇喜田と石田に苦戦したね

活躍したとしたら、三方原くらいか
0628人間七七四年2017/01/02(月) 11:03:42.68ID:3SuLfybx
>>623
まさにこれなんだよな、秀吉の武威には裏打ちされる実力がない
0629人間七七四年2017/01/02(月) 11:16:08.32ID:wSsmV8V9
ちゃんとした後継者さえいれば、3代ぐらいは続いたのに
0630人間七七四年2017/01/02(月) 11:16:13.12ID:cUL+4O+4
>>627
半日で大軍を壊滅させたのに苦戦というなら
秀吉なんて小規模な軍を相手に毎回苦戦しかしていないことになるな
だから政権基盤もボロボロだったのも仕方のないことだろう
0631人間七七四年2017/01/02(月) 11:20:16.12ID:BM26YL+H
>>624
なにしろ貰って嬉しい後添えでもありませんから…
0632人間七七四年2017/01/02(月) 11:21:23.37ID:e9a43SSe
義弟の絆と言うより、周りの人信頼評価。
どれだけ正当化しても、信長さんが義弟の
浅井長政を滅ぼした次点で、身内に辛い
天下人評価。
秀吉さんが甥を滅ぼした次点で、身内に辛い
天下人評価。
当時の家康さん評価は家康公は酷い事
なさらぬ、だから。
家康さんの信頼は
秀吉さんを超えていたから。
家康さんが息子を滅ぼしたのは、
家康さんの一生の後悔トラウマ。
0633人間七七四年2017/01/02(月) 11:33:59.52ID:3SuLfybx
家康の息子殺しは家康のせいにしろ一応家臣が暴走した結果だということに出来てるからな、うまくたちまわってる
0634人間七七四年2017/01/02(月) 11:57:50.19ID:e9a43SSe
家康が狸、偽善と呼んでも
家康は秀頼を滅ぼす気持ち
は初めは無いと思う、結果論だけど。
大阪城を出て、京都の豊臣関白家として
公家化していたら、藤原氏の一族として
存続して行けたかも。豊臣家が創始された
事は藤原関白家と同じ権利を得たと同じこと

でも、秀頼にしたら、父親の思い出の証
は大阪城だけ。大阪城を譲る気持ちは
捨てられる訳無いわな。
ならば、大阪城に滅びるしか無いわな。

秀長の大和大納言跡を得て、公家化豊臣秀頼
ならば、滅びる事無いでな。
それも無いなら、滅びるしか無いでな。

真田丸の働きなんか凄くない。
0635人間七七四年2017/01/02(月) 12:08:01.20ID:gfBTxqqa
>>628
秀吉が直接指揮して負けた戦いって思いつかないんだが。
0636人間七七四年2017/01/02(月) 12:41:41.59ID:gItupdvG
どうしても家康を倒したいなら小牧長久手の時に徹底的にやるべきだったんだよ
出来るかどうかはしらんけどね

取り込んだあとでは大きすぎて潰したら政権運営に支障をきたしてしばらくは混乱するんじゃないかな
0637人間七七四年2017/01/02(月) 13:06:21.96ID:HUxIJLn8
小牧長久手の時に家康潰すの?不可能じゃないと思うよ。
秀吉が自身による天下統一をあきらめる事が前提条件になるけど。
九州はほぼ島津の手に落ちるな。関東も北条の物確定だ。東北南部は伊達になるのかね。
そいつらも全部潰す?時間切れになるな。まあ、関東か九州制圧あたりで秀吉死ぬだろ。
で、その後の豊臣誰が支えるの?前田?宇喜多?それとも毛利?
0638人間七七四年2017/01/02(月) 13:48:07.72ID:JSlgTnsG
そもそも公家化なんてできたのか?
0639人間七七四年2017/01/02(月) 13:49:20.82ID:3SuLfybx
>>634
秀頼がテロリストだったからねえ、公儀徳川としては人情だけで見逃すわけにはいかなかったよな

>>635
秀吉に負け戦なしというか、物流まかせの包囲戦ばっかりで武威があったわけじゃないよね
それも軍師のいれ知恵だし
あと高松城はそれでも攻めきれず信長に援軍たのむ始末
ヤッパリ強いイメージはないわ
0640人間七七四年2017/01/02(月) 13:53:24.93ID:JSlgTnsG
秀吉は唐入りしたいから、唐入りすれば広大な領地が手に入るから
、大大名を潰さなかったんだろ

日本だけで満足するなら、体制を固めるため大大名の徳川は真っ先に粛清の対象になるわな

仮に秀吉が家康を心底信頼してても、次代はどうなることかわからん
0641人間七七四年2017/01/02(月) 13:58:43.67ID:JSlgTnsG
>>637
天下統一は遅れただろうが、島津や北条、伊達が屈服せず生き残れたとは思えないけどね
その場合は唐入りは不可能になるけど

しかし秀次粛清をする余裕もないから、豊臣政権は続いたかもね
0642人間七七四年2017/01/02(月) 14:30:55.43ID:QJ7FHIej
屈服はそりゃいずれするだろうさ。豊臣が一番大きい勢力なのは確かだし。
ただ秀吉が生きている間には間に合わんだろう。九州か関東のどちらかの征伐が精一杯だろうね。
そうなれば豊臣政権は史実よりさらに不安定になってしまう。
さらにいうなら秀次事件はそれでも発生する可能性がある。あの事件は、
秀吉が秀頼に確実に豊臣の家督を継がせる為に起こした可能性が高いと自分は認識しているので。
それとも徳川のみ殲滅して後は融和政策でいくのか?それこそ大大名が史実よりさらに増えて危険だぞ。
0643人間七七四年2017/01/02(月) 14:35:17.51ID:Tc4f1AJX
粛清粛清の恐怖政治は、恐怖の元締めが死んだ後の反動が恐ろしいぞ
呂雉が死んだ後の呂氏とかな
0644人間七七四年2017/01/02(月) 14:49:16.16ID:xt0y8JqT
徳川と講話しなかったら一戦増えて朝鮮役がキャンセルされるか、または北条と講話して朝鮮まで行くか。
どちらにしろ大差ないだろう。
0645人間七七四年2017/01/02(月) 15:11:30.09ID:3SuLfybx
豊臣は徳川が折れてくれたからこそ大中小のほかの武家もいうこときいたわけで。
あれがなければ北条に限らずそこら中から面従腹背すらならぬ状態になったろう
0646人間七七四年2017/01/02(月) 15:30:30.64ID:IuIFt+Kt
>638
豊臣家を過小評価してはあかん。
征夷大将軍より、関白の方が最高位。
上は天皇さんしかおらん、関白家は。
政権担当を徳川さんに頼み、豊臣家は
関白家を世襲化すれば良いこと。
公家化なんか何でもない。
秀吉さんが征夷大将軍にならないのは
嘘やね。関白の方が位が高い。
戦国時代でも身分秩序は有るよ。
征夷大将軍が最高は幻想。
0647人間七七四年2017/01/02(月) 15:36:09.63ID:QJ7FHIej
うーん。改めて考えてみると秀吉に残された時間って案外少ないな。
1582年から1598年まで16年しかないのか。
いやまあ信長はともかく家康はもっと短いけどさ。ただ家康と秀吉には決定的違いがある。
それは死んだ時に幼少ではないまともな後継者がいたという点だ。(これは信長もそう)
だから徳川や織田は次代に政策のやり残しを引き継げる。(織田は致命的な不運があったけど)
しかし秀吉にはそれがない。だから政治上の大きな課題はほぼ自分でやらねばならん。
やはりこの時代、トップのリーダーシップというのは必要だろう。

秀吉唐入りやってる場合じゃないじゃん!秀次殺したら駄目じゃん!
0648人間七七四年2017/01/02(月) 16:34:14.59ID:2ESsrhpG
家康も、関ヶ原が1600年、亡くなるのが1616年で、秀吉と同じ時間があった。太閤死亡時からなら1598年からか。
ただ74歳まで元気だとは本人も思ってなかったろうがね。
0649人間七七四年2017/01/02(月) 17:26:42.87ID:I5vWuLyv
>>642
そうだとするなら信長は本能寺で死んでなくても天下統一はできなかったな
0650人間七七四年2017/01/02(月) 17:32:56.14ID:gItupdvG
信長は甘いからなあ
0651人間七七四年2017/01/02(月) 17:33:57.81ID:2ESsrhpG
>>649
ガチンコ勝負の武力統一路線は労力と時間がかかる。
九州東北は手付かずだから、本能寺がなくても存命中に統一できてたかは疑問。
0652人間七七四年2017/01/02(月) 17:37:46.29ID:I5vWuLyv
織田信雄をあっさり改易にしたことを忘れてはいけないよ
信雄を改易しても不安定にもならなければ、何か反動があったわけでもないよね

秀吉は唐入りに備えて家康と信雄を試したんだろう
転封に応じるならとりあえずは信用して残す、応じないならそのまま改易してしまえ
小田原征伐で城ががら空きだから逆らうに逆らえない状況ではあったがね
0653人間七七四年2017/01/02(月) 17:39:28.81ID:QJ7FHIej
信長の天下統一?まあ微妙だと思ってる。
ただし家康問題が無いのは大きい。後、上杉は1582年までには滅亡だろうね。
毛利と四国も3年以内には片付くでしょう。
天下統一は……まあ70までボケずに生きれば可能だと思う。
まあ信忠に引き継がせればいいだけだと思うけど。信忠無能じゃないと思うし。
ぶっちゃけ信長無理しなくていいんだよね。後のことは後継者に任せりゃいいんだし
0654人間七七四年2017/01/02(月) 17:41:43.61ID:I5vWuLyv
>>651
ゲームじゃないんだから信長と言えど最後まで殲滅したわけはないと思うがな
本能寺のあと急速に天下統一のスピードは上がったと思うよ

ただ秀吉は唐入りをしたいがために、有力大名を取り込むのを優先しすぎた
それが秀吉死後の政権不安定化を招いたね
0655人間七七四年2017/01/02(月) 17:49:47.94ID:HAiDwhWA
>>650
信長は息子にもう少しだけ任せる権限を与えるべき、そしてあと一年だけでも生き延びるべきだった
0656人間七七四年2017/01/02(月) 17:51:08.41ID:e9a43SSe
信長さんは天下統一は無理と思う、
本願寺など敵を虐殺し過ぎてる。恐怖は
民衆から信頼されない。余りにも武力で
統一を急いでる。本能寺無くても、
誰がが反逆するよ。秀吉や家康でもする
可能性はある。誰も信長を信頼されないから。
力だけでは駄目なんだよ。

秀吉さんや家康さんの前に無防備で
出ても助かる可能性は多いけど、信長さん
の前に無防備に出たら助かる可能性が0。
こんなの、誰が信頼するんだよ。
怖いことだね。無理、無理。
0657人間七七四年2017/01/02(月) 17:52:01.86ID:HAiDwhWA
>>652
秀吉に試すとかそんな余地は無かったと思う
正直秀吉が天下人となれたのはかなり運だけの話とおもう
0658人間七七四年2017/01/02(月) 18:19:04.85ID:I5vWuLyv
実際に拒否した信雄は改易だよ
信雄も徳川も拒否したらさすがに躊躇するかもしれんが
信雄は承諾して、徳川が拒否してれば改易されたのは徳川だろう
0659人間七七四年2017/01/02(月) 18:22:11.97ID:HAiDwhWA
信雄が秀吉の圧力に屈したというか、現実をみたというか
折り合いをつけたからまだ生き残れた
秀頼はそういう頭がなかった、ってことだね
0660人間七七四年2017/01/02(月) 18:22:22.82ID:/8E5f/IK
秀吉って、単に知られてないだけで虐殺とかかなり命じてるし
(秀次事件があまりに強烈かつ理不尽すぎるせいで、ほかがかすむのか?)
特に晩年は、唐入りという妄想のために、天皇に反対されても対外侵略はじめたりしてるから
所詮、安定政権は無理だった
太閤になった秀吉と面会した宣教師の記録だと、悪霊みたいな容貌になっててびっくりした、なんて書かれてるし
0661人間七七四年2017/01/02(月) 18:56:49.50ID:QJ7FHIej
秀吉ってさ、次代を見据えるって感じが全然ないよね。秀頼誕生前までは。
なんでもかんでも一人でやろうとしてる感じがする。
側近とか部下はいるんだけどさ、最終的には自分の手でやってやる!みたいな。
織田家の家臣になって出世して主君のかたき討ちして豊臣政権作って天下統一して唐入りして…
70以下の寿命でこれ全部やるって改めて見ると無茶苦茶だよ。
んで秀頼生まれてようやく次世代のこと考えようとしたけど残された時間はわずか数年。
そりゃ間に合うわけがない。しかも中途半端にやったせいで政権にひびをいれちゃった。
どっかで落ち着くべきだったんじゃねーかなあ、秀吉。
0662人間七七四年2017/01/02(月) 19:08:08.92ID:SUR+O6zc
そうかな?唐入りをやっているから政権は安定し、強化されたと思うが?
上昇志向で有能な武将が生き残ったり重用されてきたシステムが構築されてきたのだから、恩賞のアテがなくなったら内乱だろ。
0663人間七七四年2017/01/02(月) 19:40:22.65ID:wnvgGj5R
唐入りのために、庶民は物価高騰に苦しんで
前線の将兵達は異国の風土と敵に苦しんで
挙句、秀吉自身は自分のはじめた戦役よりも、秀頼のための粛清に夢中
これじゃ、秀吉という剛腕暴君がいなくなった後、あっさり豊臣政権が瓦解しても当然だわ
0664人間七七四年2017/01/02(月) 19:45:09.38ID:BM26YL+H
豊後大友氏の除封改易は、大友吉統の敵前逃亡が主たる理由ではなく、長期化する朝鮮の役で、武器弾薬や兵糧を安定的に供給するため、
抜本的、一体的な財源改革により中国四国から集めまくり、それでも足らない財源については、名護屋に近い九州北部において、安定的に供給できる場所として、豊後一国が狙われたという説が有力である。
0665人間七七四年2017/01/02(月) 19:52:00.45ID:QJ7FHIej
いや、秀吉一代限りならそれでもいいんだけどさ。
そんな自転車操業何代にも渡って続けられるわけないじゃん。
つーか秀吉一代で失敗じゃん。唐入りは失敗だよ、諸大名の損失補填は?
負けたから責任として恩賞なし?じゃあ、総責任者の豊臣も
責任取ってトップを降りてね、って言われたらどうすんの?それこそ内乱じゃね?
どっかでこのループを止めないとマズいんじゃないの?
天下人秀吉にはこの問題こそ解決してほしかったんだが。
0666人間七七四年2017/01/02(月) 19:54:53.73ID:wnvgGj5R
晩年の秀吉は、信長の亡霊に悩まされる(幻覚症状だろうなぁ)状態の上
頭にあるのは、秀頼可愛さのみ
政権の行方どころか、自分が異国に送った将兵達のことすら意識にあったかどうか

秀吉が死ぬと、後に対立する連中すら揃って撤兵の合議に賛同する始末だから…
0667人間七七四年2017/01/02(月) 19:58:32.13ID:5QC/H0gC
羽柴政権てのは基本的に秀吉が好き勝手やるために
あくまで秀吉に最適化された組織だからな
秀吉がおっ死んでも機能するようなガチガチの組織にすると
今度は秀吉が好きに出来なくなるというジレンマ
0668人間七七四年2017/01/02(月) 20:04:01.05ID:2AKbXEKo
唐入り失敗させたのは家康だろ?秀吉の間は上手く行っている。
物価高騰で庶民が苦しんだ?物資が安定供給されだしたのは秀吉になって初めてだぞ。
また物資とは賃金なので庶民の給料も高騰している。
困ったのって貴族や僧侶などのニートだけ。
0669人間七七四年2017/01/02(月) 20:09:21.16ID:wnvgGj5R
>>668
家康は、唐入り実施を決める集まりからすらハブられてたんですが
無知晒しして楽しいのかな?
0670人間七七四年2017/01/02(月) 20:14:17.82ID:wnvgGj5R
つうか、コピペだったのか>>668
即NGでよかったんだな
0671人間七七四年2017/01/02(月) 20:27:40.23ID:QJ7FHIej
唐入り成功って…領土切り取れたの?取れてないでしょ?
そもそも唐入りすんなって言ってんの。国内の領国経営しろって言ってんの。
日本全国で長く戦が続いたんだよ?国内総疲弊状態だったんだよ?
ここで落ち着いて全国規模できちんと内政やれば国全体が豊かになるじゃない。
戦争よりその方がよっぽどいいじゃない。
できないとは言わせんぞ。徳川政権はできたんだから
天下統一したんなら戦乱で荒れた各地を復興して、内政に専念して国を富ませるべきだろ。
それこそが天下人である秀吉の、いや豊臣政権の仕事だろ
0672人間七七四年2017/01/02(月) 20:33:42.04ID:BM26YL+H
大名を動員して大坂城、伏見城、聚楽第をどしどし作り、挙げ句名護屋城を作らせて外国に派遣する大出費を強い、それが終わって徳川の世になったら
江戸城、駿府城、二条城、高田城、膳所城、伊賀上野城、徳川大坂城、亀山、篠山、彦根、名古屋と、次々動員されて、諸大名は苦しかったろう
0673人間七七四年2017/01/02(月) 20:39:44.78ID:e9a43SSe
秀吉さんとしては本人が唐入りして、
彼方で死にたかったんだよ。
秀頼は淀さんとセットで家康さんに渡し、
日本を頼む。遺言の秀頼頼むとは秀頼を
天下人でなく、長生きして欲しいと願い事
だから。淀さんと家康さんが夫婦で秀頼
後見人。三成は勘違いのスツトコドッコイ
野郎。漫画のへうげものが、真実近い。
だから、寧々さんも家康さんに
協力しろと豊臣武将を説得したんだよ。
だから、千姫を秀頼に与えたんや。
一族になれば、争いは不要になる。
0674人間七七四年2017/01/02(月) 20:58:04.70ID:onXBMH7z
秀吉は「海外出兵なんて無謀なことやめてください」って忠言する人々を排除して
平気で嘘つきまくる小西行長らを重用し続けたとかあったからな
しかも秀吉にも嘘ついてた、と知ってもそのまま使い続けるという
排除したせいで、まともに外国と対話できる人材が枯渇したせいなんだろうが
一番の原因は、秀吉のバカさだな
0675人間七七四年2017/01/02(月) 21:17:28.98ID:2AKbXEKo
>>671
それは上手くいっていたのに撤退させた奴が悪いんだろ?

内政のやってない?はあ?秀吉の時代は徳川よりもかなりいいよ。
河川や湾口整備で治水が大幅にすすんだし、流通も大幅に増えた。江戸時代になると架橋は禁止やら、関所復活やら、竜骨のある船や大型船禁止やら、街道での車輪のあるもの禁止やら、株仲間で独占化させ物価高騰させてるよ。
0676人間七七四年2017/01/02(月) 21:29:39.88ID:2AKbXEKo
>>674
小説ぬきでそれ言って遠ざけられた奴の名前あげてみろ。
浅野くらいのものでこれも江戸時代になってから作られたもので信憑性は低い。因みに浅野は遠ざけられるどころか五奉行筆頭だ。
0677人間七七四年2017/01/02(月) 21:37:07.44ID:BM26YL+H
片桐且元、浅野長晟、前田利常、池田利隆、池田忠雄、京極忠高、中村一忠、堀尾忠氏、生駒一正、蜂須賀家政、蜂須賀豊雄らが徳川方に参陣したことで、
他の諸将は、「ああ、豊臣家に縁の深い彼らですら、既に豊臣家をみかぎっているのか」と罪の意識を和らげでいたのであろう
0678人間七七四年2017/01/02(月) 21:40:47.56ID:onXBMH7z
天竺(インド)まで攻め入って支配する、という妄想をかましたのが秀吉
妄想するだけならともかく、実際に無益な海外侵略を行った
しかも、正確な海外情報とか把握してないものだから、日本軍は唐入りどころか、下準備である朝鮮征服すら失敗
秀吉が死の床にある時には、朝鮮半島南端から蹴落とされないのがやっと
ほんと、老醜の極みだわ
0679人間七七四年2017/01/02(月) 21:41:49.36ID:QJ7FHIej
……それは、永久に異国の地で戦い続けてろって事ですか?
代替わりしようがなんだろうが戦争戦争戦争戦争……みんなで仲良く地獄に行けと?
後、徳川の政策って最後の株仲間以外は全部内乱を防ぐ為の政策なんですが。
後、株仲間は商業の統制化のためですね。物価高騰は株仲間よりも
庶民の生活レベル上昇のほうが原因として大きいです。
あ、徳川政権が庶民の生活レベル上昇を喜んだかはまた別の話ですよ。
徳川政権によって太平の世が作られたからこそ庶民の生活レベルが上昇したってだけです。
あ、幕末の事とかは考慮しないでね。あの時はまた事情が違うし
0680人間七七四年2017/01/02(月) 21:45:55.66ID:onXBMH7z
天皇も、秀吉に無体な所業だからやめろ、といって制止してるのに(後陽成天皇宸翰御消息)
無理強いで強行した挙句、負けた
土台、無理な話なんだよ
0681人間七七四年2017/01/02(月) 21:52:43.75ID:2ESsrhpG
大陸の北方民族は、地続きだから中国の地理、政治情勢の正確な情報を持ってるし、自国が補給基地として機能するから、元、清のような異民族王朝を立てられた。
そういう条件のない日本がいきなり唐入りなんて土台無理。
0682人間七七四年2017/01/02(月) 21:53:59.05ID:onXBMH7z
ってか、秀吉の朝鮮出兵失敗擁護と家康への八つ当たりレスって、コピペじゃねぇかw
それもいくつものスレでひっかかる
どんだけバカなんだよw
0683人間七七四年2017/01/02(月) 21:57:19.55ID:2AKbXEKo
>>678
何故海外侵略が無益なんだ?スペインやポルトガルは海外侵略で豊かになったんだよ。
唐天竺が無謀?唐は満州族が制圧しさらにチベットウイグルモンゴル朝鮮ベトナムまで征服した。
天竺は英国が占領した。オランダフランスロシアなどこの時期に勃興した国も多い。
何故日本が出来ないと思うんだよ!
0684人間七七四年2017/01/02(月) 22:03:09.98ID:cUL+4O+4
日本の武士は数ヶ月遠征したら自分の領地に帰る土地帰属主義だから
遊牧民族や海洋民族と同じような海外遠征は出来ない
0685人間七七四年2017/01/02(月) 22:05:51.00ID:QJ7FHIej
それと、唐入り成功したんだって言ってる人がいますが…
じゃあなんで撤退したんですかね?誰も反対してませんけど。
無理やりやったの?誰が?(家康のせいにしたいんでしょうけど)
大体上手くいってたなら関ヶ原の後位に
『豊臣政権の事業として唐入りを再開しろ!』
って声が諸大名や兵士、豪商とかから上がりそうなもんですがそんなの聞いた事ないですよ?
一応言っときますが徳川がそういう意見を文字通り抹殺したってのはなしですよ。
特定の意見を完全に抹殺なんてのは時の権力者といえども不可能ですからね
0686人間七七四年2017/01/02(月) 22:07:37.23ID:2AKbXEKo
>>678
慶長の時の南端まで引くのは最初の予定通り、南部を征伐しその間に築城して橋頭堡確保と物資の備蓄が目的。
阻止しようと攻めたが明軍は大敗を繰り返した。1599に大規模攻勢の予定だったがその前に死んだだけ。
0687人間七七四年2017/01/02(月) 22:08:40.36ID:5QC/H0gC
現地の事ろくに調べもしないで外征とか頭おかしいんじゃないの?
という宣教師の記録もあるからな
0688人間七七四年2017/01/02(月) 22:09:34.54ID:e9a43SSe
実際種子島銃は当時世界一の日本保持数。
百年以上戦乱で世界一の武日本社会。
信長は地球儀見て世界は丸いを理解したんだよ。江戸時代は地球儀見てそれは地球は丸い
は、嘘と言ってるわね。
世界征服出来たけど、必要性が無いと
考えてた当時は。
0689人間七七四年2017/01/02(月) 22:27:07.55ID:FTNfBFz4
豊臣政権は「ならかし」とか高利貸しやってた話もあるしなぁ
0690人間七七四年2017/01/02(月) 22:34:27.43ID:2AKbXEKo
>>679
日本が現実から眼を背けている間、外国はみんな戦い続けて覇権争った結果が幕末なんだよ。
分かってる?
外国と埋められない技術格差が生じていた。植民地にならなかったのは運でしかない。
内乱を防ぐため?徳川の延命の為だろ。発展から眼を背けて流通コストを増大させた結果は餓死のオンパレード暗黒時代そのもの
0691人間七七四年2017/01/02(月) 22:46:15.79ID:cUL+4O+4
>>690
19世紀の産業革命までは別にたいした技術格差などないよ
それに土地帰属主義に縛られた武士制度を抱えている限り日本が大規模な海外遠征を成功させることは出来ない
海外遠征を成功させたければ武士制度を解体するしかないが16世紀の時点では不可能
むしろ徳川が250年かけて武士を官僚化させて解体可能な下地を作ったといえる
0692人間七七四年2017/01/02(月) 23:00:08.94ID:2AKbXEKo
株仲間が物価統制?
秀吉の時代は新規参入は自由だが二割の法人税のようなものがかかる制度だが、
江戸時代は株権と御用金を科す代わりに彼らの権利を保護するという競争性を排除するものだった。
やがてどうなるかくらい分かるだろう。幕府は金に困る度に御用金を請求し、商人はそれを商品価格に上乗せする。競争性がないから出来ることだが、庶民には最悪だ、新商品も中々でないしな。
0693人間七七四年2017/01/02(月) 23:00:27.28ID:2ESsrhpG
AKBが本拠地で何を遠吠えしようと自由だが、出てくるなよ!
0694人間七七四年2017/01/02(月) 23:12:24.33ID:QJ7FHIej
餓死が多いのは異常気象や寒冷期が原因ですよ。
それと江戸時代に日本の人口は大幅に増えてます。
後、今時、暗黒時代はさすがにねーわ…
戦争による人々の殺し合いがそんなに好きですか?いいご趣味をお持ちで。
戦争するなとは言いませんよ?無用な戦はする必要がないってだけです。
まあ、技術革新のことを言うなら確かに19世紀頭位には開国してもよかったかもしれませんね。
幕末を考慮するなって言ったのはそういう意味です。
それから徳川の延命をするなと?豊臣は延命の為の努力はしましたか?
延命したいんなら徳川に土下座したら?家康は豊臣にしましたよ?
どうせ難癖つけて殺されると?姻族が信用できないの?
それで有象無象の浪人信じたんですか?待ってたのは滅亡ですけど。
0695人間七七四年2017/01/02(月) 23:20:33.77ID:2AKbXEKo
>>681
ほぼ文盲の北方民族に大陸の充分な知識などあるわけねえだろ。
補給?現地調達に決まっているだろうが、チンギス・ハンやヌルハチがんな事するわけないだろ。
際限ない略奪で大陸を支配しただけだ。
0696人間七七四年2017/01/02(月) 23:36:14.82ID:wXqD2pN9
>>695
ぷっ、相手は常にバカ、攻めたら勝てる、と盲信するから負けたんだよ唐いりは。
0697人間七七四年2017/01/02(月) 23:52:13.61ID:QJ7FHIej
とりあえず、チンギスとかヌルハチを馬鹿にすんな。
彼らは大陸制圧を成功させたんだ。失敗した秀吉とは格が違うよ。
成功したとか言ってる人は685の質問に答えろ。
0698人間七七四年2017/01/03(火) 00:04:32.69ID:9Sd5pSuA
そうだよなあ
秀吉さまさま唐いり大成功、なら「亡き太閤さまの悲願を達成するために唐いりをなさねば」となるよね

それがもうw
誰一人とw
0699人間七七四年2017/01/03(火) 00:04:38.15ID:MzX5EQ9Z
>>684
だから秀吉は定期的に移封させて土地から切り離したわけ。
あとモンゴルと違って満州族やロシアは遊牧民ではない。牧畜と農業
西洋人も海洋民族ではない。
0700人間七七四年2017/01/03(火) 00:11:18.56ID:MzX5EQ9Z
>>685
明の末期に朝鮮割譲を条件に参戦案があったがヘタレタ。
家康や徳川は日本人から奪う事しか考えなかった
0701人間七七四年2017/01/03(火) 00:28:39.89ID:HXgR6uY1
>>700
申し訳ないが関わると3代で滅ぶ土地の併合はNG
0702人間七七四年2017/01/03(火) 00:31:27.35ID:MzX5EQ9Z
>>691
産業革命まで技術格差はない?
鉄砲や大砲がどれだけ進化したと思っているんだ?
なんでたった数千の長州に幕府軍12万が負けたと思っているんだよ。清国にならなかったのは幸運に過ぎないというのに。
そして土地に縛られない軍を作ったから秀吉は天下統一したわけ。
二十万以上の大軍で兵糧攻めなんて今までの軍には出来なかった。太閤検地とはなんなのかを理解すべき。武士を土地から切り離す為だ。
0703人間七七四年2017/01/03(火) 00:36:17.37ID:MzX5EQ9Z
>>694
戦国時代も寒冷期で夏に雪が観測されているが人口は増えている。1600年頃には2000万以上といわれ室町時代の倍近くになっている。
江戸時代は中期からは人口は増えてないよ。明治になって倍増したけどね。幕府の圧政のせいで餓死しまくりだった。
0704人間七七四年2017/01/03(火) 00:39:03.56ID:MzX5EQ9Z
>>697
チンギス・ハンもヌルハチも一代ではない。家康が止めさせ、天下とってからも止めてしまったからだろうが。
日本人同士で戦い奪う道を選んだんだよ。
0705人間七七四年2017/01/03(火) 00:48:02.14ID:MzX5EQ9Z
>>701
ならインディアンのように追放してしまえばいい。そして日本人を植民させる。
今から1500年くらい前は実際日本の植民地域だった。
0706人間七七四年2017/01/03(火) 01:02:18.23ID:9KcuNXDu
とりあえず、幕末の話なら幕府軍の武器は部隊にもよりますが薩長より性能いいですよ。
あれはどちらかというと戦術や戦略で敗北したって奴ですね。
それと明末期の件だけどそれじゃ話にならん。せめて大陸北半分もらわんと割に合わんな。
つーか成功せんだろ。奇跡が起きて成功しても待ってるのは復興した明との
果てしない泥沼の戦争だな。参戦しなかったのは正しい判断だな。
それからもう一度言うけど、みんなが望んでたんなら家康が止めた程度で唐入りが止まるわけがない。
止まって、その後再開もしなかったって事はみんな嫌がったって事だよ。
家康が時の権力者だったとしても反対意見を完全抹殺なんて無理なんだから
0707人間七七四年2017/01/03(火) 01:18:32.01ID:9Sd5pSuA
そうそう、太閤様ガーとか言い出せばいいんだよ恩顧武家、唐いりに前向きなら。
誰一人言わない不思議
0708人間七七四年2017/01/03(火) 01:25:09.83ID:MzX5EQ9Z
>>706
なら大名による反対意見を一つでもあげてみろ。
家康が完全に支配していないように秀吉も完全支配などしていない。
大名はみな乗り気であり渡海希望は多かった。
渡海できた人にはめでたいと祝してるいるくらいだ。
0709人間七七四年2017/01/03(火) 01:27:25.68ID:MzX5EQ9Z
そして戦術や戦法も戦争しているからこそ進歩するわけ。
ライフリングと散兵戦術を翌日からできるわけもない。
0710人間七七四年2017/01/03(火) 01:43:18.60ID:9KcuNXDu
スタート時点ならそりゃ乗り気な人が多かったんじゃないですかね。
大陸というまだ見ぬ世界の広大な領土を支配ってのは武士には魅力的に見えたでしょう。
問題は現実はそう甘くなかったって事です。
戦線が膠着して領土が増えず、持ち出しは増えるばかり。
もう辞めたいと思っても秀吉に一度は賛成した以上引き下がることもできず。
だから秀吉が死んだときみんな撤退したんですよ。
多分ですけど『コンコルド現象』に近いものがあったんじゃないかと。
だからまあ、正確にいえば
『乗り気だったけどうまくいかないんで嫌になった』ってとこじゃないかな。
そこから転じてそもそもそんな計画たてた秀吉が悪いになったと
0711人間七七四年2017/01/03(火) 01:57:56.17ID:MzX5EQ9Z
>>710
ならそういう事言った奴の名前あげろよ。
もしいたのなら上げれるだろ?
因みに日本軍が苦戦していると聞き渡海希望した蒲生のような全く逆の奴ならいるけどな。
当時の武士にとって戦で武功を上げるのは当たり前、嫌がる奴は武士止めて帰農してるよ。
0712人間七七四年2017/01/03(火) 02:21:46.38ID:9KcuNXDu
行動が何よりの証拠だと思いますけどね。
渡海希望?そりゃするでしょう。秀吉の覚えめでたくなるんだから。
武功上げるのが当たり前?嫌なら帰農してる?そうでしょうね。
だから『何も言わない』んですよ。言ったら武士失格で秀吉の覚え悪くなるんだから。
自業自得とはいえ、一度は賛成してしまったんだから。
で、秀吉が死んで撤退指示が出たと。そこで彼らはこう考える
『上から撤退命令が来たなら仕方ないな』と。
これなら『逃げた』のではなく『命令に従った』事になりますからね。
で、その後もまだやる気があるならみんなで家康に
『渡海を命じてください!』って言えばいい。でもやる気がないから言わない。
家康も諸大名の気持ちわかってるから言わない。そこで諸大名はこう考える
『上が渡海しろと言わないんなら仕方ないな』と。
当然、何もいわないんだから『記録にも残らない』
0713人間七七四年2017/01/03(火) 03:30:58.19ID:MzX5EQ9Z
>>712
多くの大名が渡海希望を出し、認められたもの達は渡海して武功をあげ、抽選に当たり渡海したものは友人からは祝福されてる。
これで行動が伴っていないというのか?
お前さんのはただの憶測、大名が支持したのは書状などで残っている。
0714人間七七四年2017/01/03(火) 03:52:39.97ID:MzX5EQ9Z
秀吉の処置に反対した人物がいないわけではない、秀次や小西の弁護した人はいるし記録もあるが、朝鮮征伐反対はない
0715人間七七四年2017/01/03(火) 05:30:16.04ID:9Sd5pSuA
>>711
じゃああなたは乗り気だった人間の発言を紹介してごらんなさいな
0716人間七七四年2017/01/03(火) 05:32:48.14ID:9Sd5pSuA
あとなんで第三次外征が発進しなかったかも納得のいく理由をあげてみたらいい
それも書かずに相手にどうこう言うのは卑怯そのものだね
まあできないからそんなムキになってるんだろうけど。
0717人間七七四年2017/01/03(火) 07:10:54.19ID:EzI8fJC2
と言うか秀吉の時代に海越えて支配なんて不可能
中国も台湾ですら統治できてなかったんだから
0718人間七七四年2017/01/03(火) 07:31:00.44ID:+EcDkErN
>>705
明治前に半島全体を支配していたことなんてあるの?
0719人間七七四年2017/01/03(火) 07:37:51.63ID:/xnL7mwd
結局、秀吉の誇大妄想で無益な外征を行い、大勢の人命を犠牲にしただけで日本史に「失敗した侵略」という汚点を残しただけ
西洋船のコピーを作ろうとして失敗したあたりが、当時の日本の国力と技術の限界を示してる
0720人間七七四年2017/01/03(火) 08:09:26.31ID:JSOl36Qq
>>702
先込め滑空なのは基本的に変化ないし、移動してもその領地から離れられないのも事実
0721人間七七四年2017/01/03(火) 08:24:11.61ID:ZRdCgJCi
ああ、すいません。寝てました。
で、713に言いますけど。行動は伴ってないですね。
『秀吉死後に諸大名が渡海したいと希望した』事実がないからです。
だから『みんな行きたがってた!これが証拠だ!』とか言われても困るんです。
だって秀吉が生きてるんですから。秀吉生前の行動は証拠にはならんのです。
書状がある?書状ってのはね、『誰かに見せる物』なんですよ。
唐入り反対なんて書状に書いて、それがなんらかの原因で秀吉に見られたらどうなると思います?
本人が罰受けるだけで済めばいいけどね。
まあ、要するに『秀吉死後に』、『全国の諸大名や兵士、豪商の多くが』、
『先を争って唐入り再開を希望した』話は聞いたことないって事です。
0722人間七七四年2017/01/03(火) 08:33:05.52ID:9T0ez7z7
>>637
半年遅れるくらいだな。
さして影響はない。北条との交渉が長引いた事を考えると変わらない可能性のほうが高い。
信雄が降伏するのは時間の問題なので、信雄が降伏した場合徳川単独で戦わないといけなくなる。
そうなると尾張からも追い出されるし、120万石はあった信雄が抜けると兵力は半減する。
とても徳川単独では抵抗できんよ。
越中攻めの後なら三か月で徳川は消える。
九州のほとんど占領していた島津や、関東の大半を領有していた北条とか比べ物にならないくらいの雑魚。

>>639
武威とはなんぞや、寡兵で野戦で勝利したり、圧倒的に不利な状況かで勝つことか?
そうなっている時点で愚将なんだよ。
敵の何倍も用意して、迅速に動き要地を素早く確保して、敵を包囲して圧する。そしてその大軍を養う、
時軍の被害をほぼなくして、敵の心を折り戦わずに勝つ。
これが武威ではなくて何が武威なのかね?
0723人間七七四年2017/01/03(火) 08:33:40.10ID:/xnL7mwd
秀吉の暴走に限ったことじゃないが
失敗した侵略の正当化なんて、無理だし空しい話だ
0724人間七七四年2017/01/03(火) 08:37:34.65ID:/xnL7mwd
家康に臣従してほしいので、妹を無理矢理離婚させて嫁(人質)として送り込み
さらに、最愛の母すら家康に差し出す
その上で、やっと上洛した家康をこっそりとたずけて、天下のためという大義名分を出して臣従してくれるよう重ねて頼む
そういうなりふりかまわなさが、秀吉の強さなんだけど
それが失われて、単なる権力に溺れた暴君になって晩節を汚したのはホント…
0725人間七七四年2017/01/03(火) 08:37:57.00ID:/xnL7mwd
たずけて→訪ねて
0726人間七七四年2017/01/03(火) 08:46:47.63ID:9T0ez7z7
>>645
すでに長宗我部も佐々も上杉も臣従しているから関係ない。毛利も人質送って臣従してるからね。
>>660
国内を統一したら外征をするのは諸外国でも一般的に行われている常識的な事だぞ。
国内トーナメント終わって、海外トーナメントに参戦しないほうがおかしい。
世界はずっと戦国時代であり、それが続いているんだよ。
大量の武器弾薬と膨大な兵士がいる、それを使わないでどうするんだよ。もったいない。
0727人間七七四年2017/01/03(火) 08:52:07.51ID:9T0ez7z7
>>723
秀吉が失敗したんじゃなくて、後任者が失敗しただけ。退却することでな。
順調にいっていたのにね。
>>724
交渉で臣従してくれるならそれでよしとするからね。
朝鮮も嚮導していれば征伐されなかっただろう。
琉球は臣従して朝鮮征伐の時に兵糧を送っている、ルソンのスペイン総督も貢物を送っている。

そしてこっそり尋ねたうんぬんは、徳川実記の記載なのでかなり胡散臭い。
0728佳那晃子2017/01/03(火) 08:57:44.79ID:gkyG8kle
加羅(任那)のみの平定なら、朝廷には痛く、お慶びになったろう
0729人間七七四年2017/01/03(火) 09:05:31.75ID:9T0ez7z7
>>718
1500年前という話なら百済とか新羅の時代だろう。
その両国は日本に朝貢しており、日本人が多く植民していた。
新羅や百済ももともとの王族は日本からの植民の可能性があったりする。
ただ当時の朝鮮というのはソウルよりも南。女真族などの北方民族の高句麗が朝鮮半島の半分以上を支配していた時代。
日本は百済や新羅を率いて、高句麗と争っていた時代だ。

>>719
誇大妄想でもなんでもない、現実的な戦略だよ。
日本のような小国で引き籠る事こそ愚かな選択ではないかな?
0730人間七七四年2017/01/03(火) 09:15:05.90ID:9T0ez7z7
>>663
物価高騰は基本的に悪い事ではない。
江戸時代のように規制でがんじがらめにして物価が高騰したのではなくて、
需要が増えた事で物価が上昇しているというのは、それは景気がいい事に他ならないからだ。
高度経済成長期のようなもの。
当時日記を残していたのは、大名の他には公家さんや寺の坊さんなので、
彼ら京都にすむ働いていないニートみたいな連中は困ったかもしれないけど、
多くの人達には良い事だったのですよ。だから多くの人達から支持されたのです。
日清日露に反対した日本人なんてほとんどいないように、
当時朝鮮征伐に反対した人なんてほとんどいないのです。

膨大な武器弾薬を製造する能力があり、数千隻の船を作る造船能力、50万はいる兵士。
兵士となってあちこち出兵する時代が終わり、農業に専業するようになったので、
食糧供給も大幅に増えていた。
アメリカが定期的に戦争するように、需要よりも供給が上回っているなら、戦争しないと景気が悪くなるんです。
>>672
労働力と供給量が有り余っているからね。
有効需要を作らないと景気が悪くなる、豊臣から徳川に移っても天下普請が続いたのはそういう事情。
閑人閑居して不善をなす、仕事がない連中が増えるとそいつらは問題行動を起こすだけ。
0731人間七七四年2017/01/03(火) 09:21:58.17ID:9T0ez7z7
>>684
それは間違いだ、秀吉の軍隊なんて毛利征伐にいって数年間はどう考えても遠征してた時間のほうが長いし、
そのあとも、明智、柴田、信雄と徳川、紀州、四国、佐々九州、関東、東北、朝鮮、居残り組も名護屋だ。
領地にいるようなことが珍しい。
つか海洋民族なんて、ポリネシア人とヴァイキングくらいのもんだろ?
どちらも大したことない。英国の事いっているなら、当時のほとんどの英国人は農民だ。

英国ができるなら日本も挑戦すべきだろう。殖民地獲得競争にね。
0732人間七七四年2017/01/03(火) 09:41:21.64ID:VMdl+sLw
戦争って基本的に赤字ですよ?それによる見返りを考慮しなければですけど。
戦争で好景気?戦争特需なんてたかがしれてますよ?
そんな事で好景気になるんなら人間は戦争による殺しあいでとっくに滅びてるんじゃないですかね。
それと、唐入りスタート前の時点での人々の考えがその意識のまま永久に変わることがない
ってことはないんですよ。やって後悔する例なんていくらでもあります。
つーかね、秀吉にはまさにそこを改善してほしかったんですよ。
『武士』をむやみやたらと戦争に駆り立てるんでなく、江戸時代のように
『業務内容の転換』、それこそ天下普請や新田開発の方向にね。
0733人間七七四年2017/01/03(火) 09:46:35.50ID:9T0ez7z7
>>685
家康が支配しているのにそんなこと言えるわけがないし、
家康は秀頼は恩顧武将という仮想敵国がいるわけで、
彼らを少しづつ潰さないといけない。
そういう状況ではないってこと。
秀吉の時みたいに政権は安定していない。
秀頼潰した時には安定したかもしれんけど、すぐ家康は死んだしな。

というか江戸幕府は守りの政権なので無理だろう、大阪に出てくるのですら、兵士に十分な飯食わせられなかったくらいだし。
幕末でも長州征伐の時でも一回いったらそれで財政破綻してしまった。
あの時使った金は1000万両。

街道に架橋しないとか、車両の乗り入れ禁止とかアホかと言いたい。
0734人間七七四年2017/01/03(火) 09:52:32.89ID:gkyG8kle
貨幣の質を下げることばかりやっていたから1000万両になったのかの
0735人間七七四年2017/01/03(火) 10:00:19.10ID:9T0ez7z7
>>732
供給に余裕がある限りじゃんじゃん戦争していいんだよ。
でないと需要不足になって、物が売れなくなって、物価が暴落して、失業率が上がり、
景気が悪くなる。
アメリカが大恐慌を抜けられたのは戦争になってから。
秀吉は生産性を向上させた、余裕が生まれただから戦争をして需要を満たす必要がある。
戦争の為に生産性を向上させたのかもしれんが、同じこと。
なお江戸時代は逆に生産性を悪化させて、雇用を守った。
街道の車両通行を認めたら、既存の流通業者が失業して困るから、やらないとか言っていたのが江戸幕府だからな。
既得権益もった利権集団のいいなりだ。
工場を機械化したら労働者の多くは解雇されるかもしれないが、そうしないと競争に勝てないだろうに。

新田開発も天下普請も秀吉の時代に大規模に進められたことなんだが何を言っているんだお前は。
京都や大阪なんてそれまでは湖や海がけっこう広がってて、それを埋め立てたり堤防作ったりして、
大規模に干拓して農地に変えた。
そして他の大名にも河口に都作るようにいいわたし、家康は江戸、毛利は広島などに無理やり作らせて、
そこを整備をさせたんだよ。
0736人間七七四年2017/01/03(火) 10:04:10.59ID:VMdl+sLw
何度でも言うが、諸大名や兵士、豪商が唐入り再開を望んだのなら
当時の徳川に止められるわけがない。
豊臣恩顧が仮想敵国?本気でそう思ってたのならそいつら朝鮮半島に
置き去りにすりゃ良かったんじゃないですかね。『家康が本当に当時の日本を完全支配してたのなら』
そうしなかったって事はそうじゃないって事ですよ。
後、幕末と戦国を一緒にするな。
それから、江戸時代の内乱防止策がそんなにお嫌いですか?
世の中が戦国時代に逆戻りして隣近所同士で文字通りの殺し合いを続ける世の中が理想だと?
素晴らしいご趣味をお持ちですね。
0737人間七七四年2017/01/03(火) 10:10:37.94ID:9T0ez7z7
>>736
当時の徳川に逆らえるわけねーだろw800万石持ってんだぞ。
秀吉の時ですら倉入り地は220万石しかなかったのに。

>世の中が戦国時代に逆戻りして隣近所同士で文字通りの殺し合いを続ける世の中が理想だと?

それを終わらせたのが秀吉、再度始めたのが家康だ。
前田や上杉討伐いいだしてな。
他国から領土とるんじゃなくて、他の大老潰してその領土奪おうとしていたわけ。
0738人間七七四年2017/01/03(火) 10:25:24.36ID:9T0ez7z7
>>734
10万以上の大軍を維持するというのはとても大変なのです。
なおわずか二か月間の出来事。
征伐決定から動員を含めてもわずか半年。

その倍の大軍を動員して小田原を兵糧攻めにした北条征伐の異常さがよくわかる。
そりゃ心折れるわ。
0739人間七七四年2017/01/03(火) 10:25:58.81ID:VMdl+sLw
みんな唐入り望んでたんなら再開するでしょう?
たかが1大名家の反対だけで唐入り再開の空気が消えたと?そりゃねーよ。
前田と上杉討伐?そいつら豊臣政権軽んじてるんだから当然じゃないですかね。後、関ヶ原の西軍もか。

いくら徳川が他と隔絶した力があっても、その他多くの諸大名や兵士、豪商は敵に回せんよ。
0740人間七七四年2017/01/03(火) 10:29:06.61ID:JSOl36Qq
>>738
大坂の陣は突発的に発生しているし、かと言って兵糧の問題は一時的なものでしか無い
0741人間七七四年2017/01/03(火) 10:39:43.00ID:9T0ez7z7
>>739
前田征伐は家康が暗殺されそうになったとか言い出して始めた事だぞ?
そんな事実ねーのに。もしあっても前田がするわけがない。
上杉についても同じこと。そうやって他の大老つぶしするから、宇喜多や毛利は危機感を覚えて挙兵した。
そうやって天下大乱に持ち込んだんだよ、短期的でおわったのは偶々に過ぎない。
三成が野戦築城して長期戦に持ち込んでいたら、一年やそこらじゃ終わらんよ。
家康は何もせずにいれば天下静謐だったというのに。

そして関ケ原で天下とったあとの家康には逆らえないし、
家康は秀頼を抹殺しないといけないからね。
0742人間七七四年2017/01/03(火) 10:45:20.70ID:CeYMKdW/
>>741
前田征伐で家康暗殺云々は後世の憶測
実際は暗殺計画すら実在したか怪しいレベル
0743人間七七四年2017/01/03(火) 10:47:39.39ID:9T0ez7z7
>>740
なーにを言っている、鐘問題で揉めてた時に西国の大名に誓紙とってるよ。
九月にはもう征伐する気まんまん。
収穫が終わった後で兵糧もあるしな。
ただ輸送がへたくそで大阪に届かなかった。
0744人間七七四年2017/01/03(火) 10:53:06.26ID:9T0ez7z7
>>742
暗殺計画はなかったが、暗殺計画があったと家康が主張して、
討伐を言い出したんだよ。
利長が帰国した翌月には早速な。
0745人間七七四年2017/01/03(火) 10:55:00.33ID:VMdl+sLw
前田は無断帰国が原因ですよ。上杉は堀家の訴え無視が原因です。
他の大老がそうやって豊臣政権を軽んじるから家康が豊臣政権維持のため動いたんですよ。
それから毛利は関ヶ原での動きをみてる限り豊臣政権を否定してるとしか思えん。
宇喜多は天下国家を語ってる暇があったらまず自分とこの領地をどうにかしろ。
三成は奉行首になったんだから領地でおとなしくしてろ。以上。

後、秀頼は死にたくないんなら徳川に頭下げろ。
生き残る為の努力もしない奴に生き残る資格なんざない。
0746人間七七四年2017/01/03(火) 11:02:35.92ID:9T0ez7z7
>>745
無断帰国どころか、家康の勧めで利長は帰国してんだよ。
つか無断帰国で征伐とか少しはおかしいと思えw
そして無断帰国が原因なら、浅野や大野はなんの理由で処罰されたんだよw

堀家の訴え?築城の事か?領内の築城に制限などは当時はないぞ。
家康がやっていた無断姻戚は普通にアウトだけどな。
0747人間七七四年2017/01/03(火) 11:04:41.86ID:CeYMKdW/
>>743
小田原の陣は動員を命じたのは11月の終わり、山中城の戦いは3月の終わりなので、
小田原の陣の方が準備時間は長い
0748人間七七四年2017/01/03(火) 11:05:22.28ID:CeYMKdW/
>>746
その家康の勧め云々は前田家の資料でしか確認できない話
0749人間七七四年2017/01/03(火) 11:15:49.10ID:VMdl+sLw
無断帰国って大問題だよ。謀反を疑われても仕方ない位には。
後、婚姻は政権の許可あれば問題ないから家康の許可で問題ないね。
つーかそうじゃなきゃ誰に許可取るのさ?まさか一律禁止?
諸大名みんな後継者作らず滅亡しろと?豊臣政権は自殺志願者か何か?

そもそもさ、豊臣家の弱点って一門が少なすぎる事なんだから
姻族とはいえ一門の徳川が政権維持の為に婚姻政策で政権強化に走るのってそんなに悪い事?
むしろ反発する方が豊臣滅亡を望んでるとしか思えんぞ。
0750人間七七四年2017/01/03(火) 11:17:31.40ID:9T0ez7z7
>>747
11月の半ばに城が襲われて、それに激怒した秀吉が即刻上洛して釈明しろといった。
北条側の使者が12月に弁明にきたけど上洛は延期させてくれといいだした、
秀吉がそれを蹴って北条征伐を決定して総動員令をだしたのが、翌年の一月八日
なので時間的にはあまり変わらんよ。
0751人間七七四年2017/01/03(火) 11:32:40.39ID:9T0ez7z7
>>748
そりゃ徳川がそんなの残しているわけないからな。
つかだまって帰国するわけねーだろ。大勢の連中に挨拶しなきゃならんのだから。

>>749
他の大老や奉行に黙ってやっているから無断だよ。
合議でやれとなっているのに、家康の独断で隠れてやったから問題になった。
0752人間七七四年2017/01/03(火) 11:42:33.33ID:zL0B/9UD
麒麟も老いては駑馬にも劣る、というけど
豊臣秀吉の場合、衰えた分、残虐性とか妄想癖が強烈になってたな
インドまで征服とか、無実の秀次事件での虐殺と、それに絡んで古くから献身してきた家臣を切腹改易とか
何かヘンな薬をやっちまったのか、と疑うほど
0753人間七七四年2017/01/03(火) 11:59:49.52ID:9T0ez7z7
そうだね。農民の子供で乞食やってた奴天下とるくらいありえないかもねw
0754人間七七四年2017/01/03(火) 12:00:19.40ID:VMdl+sLw
合議でやれ?誰がそんなこと言ったの?
後、時の権力者がなんでもできるって理論はやめた方がいい。

つーかね。前田征伐(未遂)も上杉征伐も実行されたって事はさ、
多くの人がそれを『認めた』って事なんだよ。家康はたかが1大名に過ぎないんだから。
本当に家康の行為に問題あるんなら家康は権力を失って追い出される筈なんだ。
で、『家康による豊臣政権の運営』を否定した関ヶ原西軍はあっさり崩壊した。
それは多くの人がそれを『認めなかった』からだ
結局さ、世の中の流れってやつが家康を望んだんじゃねーかなって思ってる。
秀頼も素直にその流れに乗ればよかったんだよ。
0755人間七七四年2017/01/03(火) 12:05:02.33ID:9Sd5pSuA
家康の場合は勝手にやった
秀吉の場合はそんなことはない、
都合のいいことばっかりだな
0756人間七七四年2017/01/03(火) 12:15:13.61ID:9T0ez7z7
>>754
合議制でやれというのは、家康を大老に任じた秀吉ですよ。

そしてなんでそれが通ったのかというと、家康が利家が死去した後、
三成を首にして、他の大老や奉行を帰国させた後、大阪城に兵を入れて秀頼を担いで権力を独占したからですよ。
大老一人しかいないなら、合議しなくてもいいよねということ。
豊臣家という命令システムを秀頼を使うことでのっとって、前田征伐やら上杉征伐を言い出したのです。
0757人間七七四年2017/01/03(火) 12:36:44.94ID:9Sd5pSuA
秀吉死後はまだ利家も生きてる
家康が専横とかいうが毛利も上杉も前田も宇喜田もなんで大坂にいてちゃんと合議しなかったんだよ責任放棄か
合議ってのがそもそも有り得てない
0758人間七七四年2017/01/03(火) 12:41:21.69ID:VMdl+sLw
太閤遺言の事か?
それってどんな事でも家康と利家の言うことを聞けじゃなかったっけ?
利家死んだんだから家康の許可だけでいいじゃん。
利家存命の時の騒ぎでも利家は家康の言い分を認めたんだし問題ないね。
後、三成首にしたのは家康の要求じゃないぞ。
0759人間七七四年2017/01/03(火) 12:43:59.30ID:Ze0K7u4+
でも現実問題秀吉後、家康に並ぶ大名は居ない
信長同盟相手、秀吉義弟の家康に誰が対等
と言うんだろ。戦国大名はリアリストだよ。
家康さんに逆らうは、反逆者だよ。
豊臣家康の名前貰ってるんだから。

秀頼抹殺はねえよ。信長、信玄、秀吉と
一代の英雄を真近に見た家康さんから見たら
それ以外は小物類。
孫婿の秀頼を抹殺する必要性はない。
大阪城を出るは降伏でねえよ。

京都で寧々さんを養母、淀さんを実母
京都豊臣関白家で存続していけた。
0760人間七七四年2017/01/03(火) 12:51:06.04ID:9T0ez7z7
>>757
だから合議しろよ言われていたのに、他の奉行や大老に黙ってやったわけ。
利家に詰め寄られて、すんませんと誓紙だしたけど、
利家が死んだら、他の大老追い出して権力を独占したわけ。

>>758
そんなルールはない。ただ政務のトップは家康で伏見につめることになり、
利家は大阪城で秀頼を守り、奉行集を統率していた。
毛利は法を追加したり改定する場合の責任者だった。
上杉もなんかあったはず覚えてないけど。
0761人間七七四年2017/01/03(火) 13:01:26.75ID:9Sd5pSuA
>>760
なんで他の大老やら武家はそれで家康許してるわけ?その後も基本的変わってないよね
要するにみな家康を迎合してたんだろう
家康が独断だのなんだのまるで説得力ないよ
大なり小なりの中身の差はあれど日本全体が家康に采配を預けてたってことはもう結論でてるよね
施政者として家康しかいないと誰もが思ってたんだよ
0762人間七七四年2017/01/03(火) 13:02:44.15ID:Ze0K7u4+
理想と現実を理解してんの?
前田利家は豊臣一門親類でないよ。
豊臣家康は豊臣一門秀吉義弟代理。
前田利家と対等でない。合議制なんか初め
から成立しないよ。前田利家でも家康に 
面と向かって対等に会話出来るわけねえよ。
信長部下の前田利家に。
0763人間七七四年2017/01/03(火) 13:07:07.52ID:CeYMKdW/
>>750
11月終わりの時点で動員令を出している
>>751
徳川だけでなく他の家にも無い
0764人間七七四年2017/01/03(火) 13:08:33.13ID:yVC8qtF2
自分の幼い娘を、老醜の秀吉の側室に奪われた前田利家が
どうして、秀頼を心底から守ろうとすると想像できるのか…
健康だったら、家康と並ぶ天下取りレースに参加してただろうよ
0765人間七七四年2017/01/03(火) 13:08:56.44ID:sEAL/kAD
婚姻問題って政務の一部じゃん。結局家康問題ないじゃん。
利家も死んじゃったし。その業務利長が受け継ぐの?
受け継ぐんならますます利長帰国しちゃダメじゃん。豊臣政権馬鹿にしてるの?
秀頼護衛も放棄してさ。最低だな利長。
まさか家康に言われたから帰国したとか戯言言わないよね?
それって家康の発言を太閤遺言より優先するって事だよ。
それこそ利長は天下の謀反人だよ
0766人間七七四年2017/01/03(火) 13:13:48.48ID:yVC8qtF2
実力あっての天下人であって、逆ではない
現に秀吉が天下の権を譲る、と公言した豊臣秀次は
その秀吉の一方的な猜疑心から切腹させられ、一党は虐殺や連座で滅茶苦茶な被害に
だから秀吉が死んだ後、力あるものが天下を継いで当然
それが嫌なら、幼君でも大丈夫な徳川幕府並のシステムを作っておくべきだったけど
秀吉にその力量や構想はなかった
0767人間七七四年2017/01/03(火) 14:34:54.05ID:A418c/x/
利長の無断帰国については上杉家の記録に残ってるから可能性高いな
0768人間七七四年2017/01/03(火) 14:39:35.06ID:zfJ+o63K
秀次事件後、現任の大臣は太政大臣秀吉のみになり(関白左大臣秀次切腹、右大臣菊亭晴季解任)、家康が内大臣に任じられた。
秀吉死去で、大臣は家康のみ。
豊臣政権が朝廷の枠組みを用いている以上、政務を司れるのは唯一の大臣である家康のみ。
朝廷を代表し、政務を行う大臣が天皇以外の臣下であるはずがない。
この時点で豊臣が徳川の主というなら、皇位の簒奪に等しい謀反、反逆。
0769人間七七四年2017/01/03(火) 15:12:21.31ID:HbcGjyHd
>>760
家康が天下の政務を一人で出来るというんだからやらせてあげればいいんだよ
一人で出来る仕事に役立たずの9人を付けてやるのは非効率なだけだ

だいたい他の大老はともかく官位や石高の低い奉行は政務に必要だという大義名分だけが唯一の存在理由なのに
5人全員いなくても政務が出来るなんて言われた時点で存在価値はゼロになった
秀吉の権威を振りかざして威張るだけで政務に必要ない奉行など全員リストラされて当然
自分たちの存在価値を証明できなかった三成たちが全面的に悪い
0770人間七七四年2017/01/03(火) 15:20:44.97ID:zfJ+o63K
まあ、奉行は、豊臣家内々の家政だけしてれば良かった。
北条家の御内人みたいなもんだろう。
0771人間七七四年2017/01/03(火) 15:26:42.98ID:Ze0K7u4+
まあねえ、現実問題秀吉後の政治責任は
家康以外に出来ないからね。唐入り戦後処理
新しい平和秩序の建設、内政、外政の責任
一切を処理するんだから、実際大変だよ。
忙しいから、秀頼だけ相手してるわけに
行かんけど、家康の変わりが居ない。

豊臣家は滅ぼす必要がないからね。
豊臣太政大臣家で秀頼を朝廷担当で
良かったんだから。豊臣家を滅ぼす事
は家康は望まない事。
千姫孫娘婿だから、滅ぼす事を望む
訳はないよ。
0772人間七七四年2017/01/03(火) 17:07:03.53ID:L8r6Ykkj
千姫を嫁がせたあたりはホントに豊臣家をたてていくつもりだったろうね家康
それを秀頼のアホは世を乱すわ秀吉の朦朧政治のせいで国派疲するわと苦労の連続
特に秀頼は情けない
0773人間七七四年2017/01/03(火) 17:09:43.89ID:CBHZIDWt
秀吉がだいたい悪い
淀殿の専制状態だった秀吉没後の大坂城だけど
その淀殿、気鬱の病にかかってたんだから
発病時期がよくわからないが、秀吉が無理に子を産ませたせいのが原因なら…
0774人間七七四年2017/01/03(火) 17:20:03.49ID:OPUZCBgb
豊臣は猪熊事件の時も事後報告のみで
既に朝廷から距離を置かれてた節もあるからなあ
0775人間七七四年2017/01/03(火) 17:39:41.90ID:zfJ+o63K
秀頼も参内すれば良かったのにな。
聚楽第、伏見城といった京の拠点が豊臣関白家政庁であり、大阪はあくまで武家木下家の経済、軍事拠点に過ぎない。
京都の豊臣家の拠点として京都新城は残っていたわけだし、北政所が京都新城に移ったのも朝廷との関係を重視した秀吉の遺命だったはず。
豊臣の権威は朝廷との関係あってこそだということを完全に忘れてる。
0776人間七七四年2017/01/03(火) 17:48:14.36ID:CBHZIDWt
秀頼が大坂城に移ったのは、秀吉の遺命
0777人間七七四年2017/01/03(火) 18:17:11.51ID:L8r6Ykkj
そういやジュラクダイって壊さなくてもいいのにね
殺生関白秀次ガーとかいって壊したわけだけど数年前の自分のイメージで遺せばよかったのにね秀吉
もう暴君すぎてまわりも困っただろうな
朦朧秀吉は完全にアウト
0778人間七七四年2017/01/03(火) 18:20:57.88ID:Ze0K7u4+
伏見城に戻っても豊臣家の権威は
低下しないし、大阪城出ても低下しないし、
実質を伴わないで、天下平和秩序の為と
政権担当を徳川家に移すと宣言したら
豊臣家は滅びず、公家化なら徳川の大名
取り潰し政策から無関係になれた。
それで、豊臣家の権威は低下しないよ。
徳川家の下でもないから。
0779人間七七四年2017/01/03(火) 18:55:06.69ID:XQ3qkNLy
聚楽第が残ってれば世界遺産認定間違いなしの観光名所になったろうに、もったいない話だ

安土城も惜しいことをした
燃やしたやつ謝れ
0780人間七七四年2017/01/03(火) 18:59:24.22ID:EzI8fJC2
利家があれだけすぐに死ぬとか利長が勝手に加賀に帰るとかを預言者でもない秀吉が予想できるはずもない
現実には秀次を殺しておくことによって後継者争いを防ぎ五大老五奉行制で家康を完全に孤立させてたんだから
秀吉が晩年に耄碌したとか完全に徳川史観の軍記物の世界だぞ
0781人間七七四年2017/01/03(火) 19:25:47.41ID:+EcDkErN
そっかあ、家康は豊臣政権内で孤立してたのかあ
その状況をひっくり返して天下人になっちまうとか、やっぱり只者ではないな
0782人間七七四年2017/01/03(火) 19:30:21.54ID:5JODuiAT
>>780
晩年の秀吉の乱行って、耄碌したのでなければ自爆願望でもあったとしか思えないものばかりなんだが…
秀次事件とか、朝鮮出兵とかろくなことしてない
0783人間七七四年2017/01/03(火) 19:45:21.02ID:Ze0K7u4+
豊臣絶対の妄想。
家康が孤立化なんて妄想。
孤立化してる意味は同じ言葉でも、
家康一人勝ちと言う意味の孤立化だよ。
家康と他の大名に平等と考えてるは妄想。

後継者争いも何も身内が少ない秀吉が
秀次殺害で自爆してる。
豊臣家を支える身内が消滅なんだから。
0784人間七七四年2017/01/03(火) 19:49:17.19ID:5JODuiAT
朝鮮出兵が原因で仲たがいした豊臣子飼い同士が争って、家康がおさめたりしてるわけだしなぁ
0785人間七七四年2017/01/03(火) 19:52:41.20ID:+EcDkErN
結局、秀吉ってトップに立ちたかっただけなのかね
0786人間七七四年2017/01/03(火) 20:05:07.25ID:EzI8fJC2
>>782
朝鮮出兵は信長時代から引き継ぐ政策なんだが

>>783
身内が少なかろうが姉の子なんかに自分の子供を殺されるのは誰でも嫌だ
実際に四大老五奉行が全て利家中心にまとまってんだから君の珍説は無理がある
0787人間七七四年2017/01/03(火) 20:08:32.83ID:5JODuiAT
>>786
信長から引き継いだ、という昨今流布してる嘘が本当だとして、秀吉がやらかした行為が何か変動するのか?
織田の天下を奪ったが、海外侵略も引き継いだ、とかなんだそりゃ、としか…

>姉の子

秀次がそんなことしようとした気配はまったくない
秀吉御用の売文屋と化した太田牛一すら、秀次謀反は濡れ衣とはっきり記録している
0788人間七七四年2017/01/03(火) 20:18:01.40ID:EzI8fJC2
>秀吉御用の売文屋と化した太田牛一すら、秀次謀反は濡れ衣とはっきり記録している

まあ生きてるうちは謀反を起こさないかもしれないが秀頼を殺さないと秀次シンパは権力を失うわけだから後の大海人皇子を殺しておくのは大正解だったな
秀吉は別に晩年になって急に朝鮮出兵を思い立ったわけでもないし政権にとって邪魔な人物を粛清するようになった訳でもない
0789人間七七四年2017/01/03(火) 20:22:27.86ID:5JODuiAT
>>788
大正解どころか、連座で豊臣家を守る藩屏や古くからの家臣団が壊滅して
その弁護に走り回った家康に、人望が集まったんだが…

>晩年になって急に

実施に移したのは、晩年やん
今頃自分の所業を後悔して、信長の亡霊みて怯えはじめたのも(前田利家の語り書きより)
0790人間七七四年2017/01/03(火) 20:25:16.48ID:5JODuiAT
まぁ、「城を落としたら動物も含めて生きてるものみんな殺せ」とかはそれまでもやってたけどさ
残忍に残忍、無謀に無謀を重ねて善後策もこうじないようになったのは、耄碌やボケじゃなければ何のせいなのかねぇ
0791人間七七四年2017/01/03(火) 20:28:37.03ID:EzI8fJC2
>残忍に残忍、無謀に無謀を重ねて善後策もこうじないようになった

こんなんお前が軍記物出典のお話信じてるだけだろ
実際に千利休や秀次周辺などのきな臭いやつしか殺してないやん
0792人間七七四年2017/01/03(火) 20:30:35.11ID:5JODuiAT
>>791
お前、秀次事件で殺された人物がどれぐらいにのぼるか、もしらないのか
古参家臣の前野氏ですら切腹させてるんだぞ

ああ、無知で、自分の妄想に適合しないのは全部軍記だと思い込めるから
そんな恥ずかしいレスできるんだなw
0793人間七七四年2017/01/03(火) 20:32:32.64ID:EzI8fJC2
>>792
前野とか木村とか一番の責任者だろww
まあ側室まで全員殺すことはなかったと思うが
0794人間七七四年2017/01/03(火) 20:48:35.03ID:zfJ+o63K
関白殺していいわけはないだろう。
天皇の代理人、臣下最高権威者だぞ。
関白がとち狂って天皇の暗殺でもしようとしたのなら別だが。
0795人間七七四年2017/01/03(火) 20:52:12.64ID:Ze0K7u4+
秀次殺害事件後、側室の娘親達30人前後は高貴な公家や、大名達だよ。
娘を殺された大名達が豊臣家離反の正義を
与えられ、豊臣を捨てる正義が成立する。
徳川支持に廻る。それからみれば、豊臣
を支える身内を秀吉が無くし弱らせた。

豊臣を支えてとお願いしても、
豊臣身内不在、大名達敵対心、
後継者争いの防止策なんか、成立しない。
0796人間七七四年2017/01/03(火) 21:24:09.37ID:gkyG8kle
秀次派だった池田輝政が西の播磨姫路、浅野幸長が南の紀伊若山を与えられ、これに北には篠山城、亀山城の築城がされ、東は二条城、伊賀上野城の築城がされ、豊臣氏は完全に包囲された。
かつまた、大坂冬の陣では徳川方総大将に池田輝政が擬せられていたが、病により輝政も幸長も他界したため、池田利隆、池田忠雄、浅野長晟が大坂城にせめかかることになった
0797人間七七四年2017/01/03(火) 21:25:09.29ID:EzI8fJC2
>>795
俺は側室まで殺したことは失敗だったと思ってるんだがそもそも伊達や最上は秀次の天下になることを見越して娘を差し出してるわけだから秀頼の時代になるのは彼らにとって不都合なわけだ
秀頼の時代になれば当然傅役の前田らに権力が移るわけだがそれを避けようと思うなら家康につくしかなくなる
秀吉はそこまで考えて最善の手を打ったんだよ
0798人間七七四年2017/01/03(火) 21:26:42.60ID:MzX5EQ9Z
嫡男ぶっ殺して、6男も改易して、後見人も蟄居や追放して、石川などに秀吉に逃げられた家康ほどではなかろう。
家康が天下とれたのは長生きだったこれだけ。
0799人間七七四年2017/01/03(火) 21:28:34.66ID:EzI8fJC2
>>796
浅野幸長は利家が生きているときは前田側に付いてるよ
そもそも秀次派とか言ってるけど池田や伊達が秀次に心酔してたとでも思ってるの?
もうちょっとマンガとか小説とか以外も読んだほうがいいぞ
0800人間七七四年2017/01/03(火) 21:30:56.63ID:gkyG8kle
>>799
そういうわけのわからないこと言っていても話にならないから
0801人間七七四年2017/01/03(火) 21:38:20.36ID:w9/YF99W
>>798
家康は忠輝を改易してはいないぞ
0802人間七七四年2017/01/03(火) 21:46:41.37ID:MzX5EQ9Z
つか浅野は家康暗殺疑惑で蟄居させられてたな。
0803人間七七四年2017/01/03(火) 21:58:57.88ID:CeYMKdW/
>>798
家のために子を殺す家康と、我が子可愛さに後継者と家臣団殺す秀吉
為政者として正しいのは前者
0804人間七七四年2017/01/03(火) 22:02:40.17ID:nRhaetZJ
>>786
なら最初から関白なぞにせずに秀次を殺しておけよ、と。
朦朧したからあんな愚行してんだよ
0805人間七七四年2017/01/03(火) 22:09:43.86ID:MzX5EQ9Z
秀吉が我が子可愛さとか言ってる馬鹿がまだいるのか。
あれはお家騒動を避ける為だよ。
そもそも秀頼は実子ではないし秀吉もそのことを把握している。
秀吉は淀に自分で育てろと言い捨ててる。
0806人間七七四年2017/01/03(火) 22:18:45.62ID:HbcGjyHd
お家騒動を避けるなら秀頼の方を殺せばよかったのにな
0807人間七七四年2017/01/03(火) 22:30:02.92ID:MzX5EQ9Z
秀次は朝鮮征伐や蒲生騒動で対立してたからだよ。
0808人間七七四年2017/01/03(火) 22:32:39.10ID:wdh0rLyF
秀次は安定路線だから秀吉に排除されるのは仕方ない
0809人間七七四年2017/01/03(火) 22:38:38.88ID:CeYMKdW/
>>807
後継者なら秀次を立てて主張を認めないとな
0810人間七七四年2017/01/03(火) 23:18:39.05ID:MzX5EQ9Z
今で言えば中学生に90万石の大藩を任せられるのか?
周りは伊達最上上杉佐竹徳川だぞ。
家臣団も氏郷のカリスマでまとまっているだけで、対立が凄かった、江戸時代になっても揉めてた。
秀吉の言うように畿内に数万石にして家臣団は解散させるべきだったと思うがね。
家康の娘を嫁にして後見人させてたが、結局その後も内乱寸前だったじゃねーか。
0811人間七七四年2017/01/03(火) 23:28:45.12ID:T8jto4b+
そうなると幼児の秀頼に大領も政権の長としての大権も与えることはできないとなるわな
秀頼だけは特別としたかったのかもしれないけど
0812人間七七四年2017/01/03(火) 23:35:44.17ID:HXgR6uY1
図に乗った>>810に容赦無くカウンターをぶち込む>>811君に草
実力がない者は減俸されても仕方ないね
なお蒲生騒動の発端となった家臣は処罰されるどころか小西家臣として栄転したため秀吉が騒動を扇動したものと思われる模様
0813人間七七四年2017/01/03(火) 23:53:35.75ID:MzX5EQ9Z
>>811
だから秀頼に権力を与えず大老と奉行に権力を移譲したんだよ。
秀頼が大人になるまで秀頼には何もさせないようにさせてただろ。
0814人間七七四年2017/01/04(水) 00:02:19.60ID:N4ySqPjj
そのシステムで壮大な内紛が起きたんだから同じことが繰り返されないように
家康が将軍に任ぜられて統治責任が明確になったわけだ
0815人間七七四年2017/01/04(水) 00:03:26.86ID:CouYr9iR
石田の家臣で栄転なのかね?
大藩蒲生の筆頭家老の方が普通に上だろうが。
0816人間七七四年2017/01/04(水) 00:14:17.16ID:CouYr9iR
秀頼みたいな子供が権力を握っても石田ら奉行が回すシステムにする事も可能だった。家継が将軍でも回ったようにな。
だが幼君が権力を握るのを秀吉は嫌ったからな。
争いのもとだ。
家康みたいら輩簒奪を企むからな
0817人間七七四年2017/01/04(水) 00:25:02.44ID:N4ySqPjj
その奉行が率先して家康を敵視して追い出そうとしてるからなあ
家康からしたら自家の安定のために対立者を排除する方向に動かざるを得ない
0818人間七七四年2017/01/04(水) 00:31:49.83ID:CouYr9iR
そりゃ隠れて姻戚関係作って派閥作りしてたら嫌われる。
0819人間七七四年2017/01/04(水) 00:39:29.63ID:N4ySqPjj
いやいや派閥作り自体は三成もやってるからね
浅野を除く四奉行と毛利で誓紙交わしたのは
大名間の婚姻には秀吉の御意を得ることという秀吉の死後が想定されていない法度なんかより
余程明確な御掟違反だけど自分の事棚に上げて他者を批判したらそりゃ反発されるよ
0820人間七七四年2017/01/04(水) 00:41:23.64ID:x09fEpJ3
三成の派閥形成は綺麗なグループだからokみたいな現代の報道でもよくあるスタイル
0821人間七七四年2017/01/04(水) 00:48:23.90ID:CouYr9iR
なら黙ってやらなければいいだろ?
0822人間七七四年2017/01/04(水) 01:02:08.42ID:N4ySqPjj
別に家康自身は隠れているつもりはないんだよね
縁談話があった段階で媒酌人が既に許可を貰ってるだろうという認識だったという話だから
その辺を指摘するなら死文化した条文について
今後どうするか決めましょうかと相談する程度にしておけば
あれほど紛糾することもなかっただろうにいきなり問罪の使者を送ったりするから
家康の警戒心が跳ね上がるわけよ
0823人間七七四年2017/01/04(水) 01:11:45.24ID:rmRfAVK/
>>821
秀吉死後に秀吉の御意に従う事なんていう法をどうやって遂行すればいいんだよ
元を辿ると朝三暮四な人治主義で法の遵守を軽視した秀吉とその権威を背景に敵対勢力を蹴落とそうとした三成が悪い
それに家康や武断派と言われる連中に惣無事令を無視してまで先制攻撃を仕掛けようとしたのが三成らだろ
七将襲撃事件であっさり返り討ちにあったが
0824人間七七四年2017/01/04(水) 01:31:35.05ID:CouYr9iR
派閥作りでもなく後ろくらい所ないなら他の大老や奉行に報告したらいいんじゃないの?
0825人間七七四年2017/01/04(水) 01:37:34.12ID:CouYr9iR
許可がいるのは他家と結ぶ場合のみ。
島津家久なんか娘はみな家臣にやってる。何故しなかったのだろうか?
0826人間七七四年2017/01/04(水) 01:38:41.97ID:N4ySqPjj
だから家康は媒酌人がその辺の手続きを行っているだろうと思っていたいう釈明
逆にこの程度の瑕疵で大老を退けとはどういうことかと反問してる
0827人間七七四年2017/01/04(水) 01:48:15.44ID:GqF70aYe
明らかに三成の難癖とわかるしな
0828人間七七四年2017/01/04(水) 01:57:19.25ID:P5Bu8a0R
豊臣政権ってそもそも徳川抜きで出来るの?
前田は利家はもう限界だし、利長は豊臣政権明らかに舐めてるし。
毛利と上杉は関ヶ原での動き見てる限り、政権無視して領地広げる気満々だし。
宇喜多はまあ真面目な方か。それ以前の問題だけど。
こんな状態で徳川を除くの?誰が政権運営するの?
奉行でまともに動けそうなの増田と長束位しかいないけど。
0829人間七七四年2017/01/04(水) 02:14:14.24ID:N4ySqPjj
>>825
豊臣政権では陪臣でも万石以上の家臣は大名扱いしているから
大名間の婚姻禁止って言うのは現実的じゃないんだよ
例えば上杉家だと景勝が自分の娘を兼続の息子に娶わせるなんてことができなくなる
家康みたいな超がつくほどの大大名だと大身旗本程度の家を相手にしなきゃいけない
0830人間七七四年2017/01/04(水) 04:50:09.98ID:GqF70aYe
>>828
できない

三成あたりがいくらいきがっても誰もいうことを聞かない
それを理由に討伐だ、となってもまともに相手を圧倒できる軍はもう揃わない
そしてヘボ采配でむしろ負ける

徳川という看板あっての豊臣末期政権なんだよな
0831人間七七四年2017/01/04(水) 06:25:38.71ID:0NRJ/3kn
豊臣信者が寝言をいくらぶっこいても、朦朧秀吉の愚判断、秀頼の無能無知のテロ準備はゆるがない事実
家康がいかに姦物の側面をもとうと、日本を泰平に導いた結果もふくめ重要な人物だったことは変わらない
せめて豊臣に意味があるとしたら織田がある程度固めていた天下をまとめたことか
それは意味があった
ただ驕らないでほしいのはそれは下地ができていたもの、を仕上げただけという点
まあ学も智も秀吉には足りてなかったから仕方ない
黒田、竹中を使役できたのは運がよかった
0832人間七七四年2017/01/04(水) 07:14:46.99ID:KTLP65cU
まあね、実際家康以外に天下人いない。
家康の関東移封だけでも影響は関東全域。
旧領土の武田甲府、信州、三河、静岡も
家康いなくても、家康影響はあるから、
単純に日本半分が家康領土。
源頼朝以上のポジションだから、江戸か
鎌倉か、小田原かなんか対した違い無い
豊臣政権の家康権限が他の大名と平等は
有り得ない。名前は同じでも1人勝ちは
変わらん。秀次、秀頼争いなんか
身内争いぐらいに考えてたさ。
前田利家で家康に対等に口聞けねーて。
0833人間七七四年2017/01/04(水) 09:42:30.19ID:M8sdZ7Zl
>>819
その場合は大老や奉行の許可になり、大老や奉行は独裁せずに合議でやるようになってる。
だまって進めるのは明らかにおかしいし、他の大老や奉行から批判される。
明らかな越権行為であるし、徒党を組むなという遺命に反する。

中には妻を離縁させて徳川家との婚姻をさせた事例すらある。
妻離縁させてまでやるとは結婚できなくなるとかいう理屈には明らかに反する。
>>823
家康にリーガルマインドなんてねーよw
秀吉死んだらやりたい放題だったし、
天下とった後もやりたい放題。末子養子の禁で譜代や親藩が断絶した場合、
復活させまくってたくせに。
0834人間七七四年2017/01/04(水) 09:43:17.85ID:M8sdZ7Zl
>>831
日本国内は普通に太平だったんだよ。
家康が騒乱を起こした。前田征伐上杉征伐と言い出してな。
0835人間七七四年2017/01/04(水) 09:52:06.51ID:M8sdZ7Zl
>>828
何もしないのなら、実は奉行だけで回る、
大老は実はいらない。大陸への出兵をする場合、戦争指導や講和交渉、条約締結など諸侯の判断も必要なのだが、
出兵をやめた場合いらない。
徳川も鎖国中は諸侯の意見なんて聞かなかったが、開国するときには全国の大名に意見聞いてたのと同じ。

家康は秀吉に取り入って関東もらって出世した人物なので、
秀吉という保護者が薨御されたことで焦って武断派と派閥作りを急いだのだろう。
武断派は戦がなくなると立場が弱くなり粛清の対象になるからな。
政治にも介入できないようになってるし。
0836人間七七四年2017/01/04(水) 09:57:57.07ID:P5Bu8a0R
徳川が問題起こしたんなら徳川征伐を秀頼の名義で実行すりゃいいんじゃないですか?
出来ないとは言わせないよ。だって問題を起こしたんでしょう?
その行為が本当に問題行為なら諸大名が『徳川討伐軍を起こせ!』って騒ぎだしますよ。
そうしたら徳川がいくら権力を握っててもどうにもなりません。日本全国相手なんて不可能ですし。
それと、天下取った後に天下を治めるための方策とっちゃ駄目って……
永遠の乱世を望むのは勝手ですけどそういうのはゲームとかだけにしてくれませんかね?
それから前田と上杉の征伐はやらなかったらむしろ豊臣政権存続の危機です。
関ヶ原の西軍の方も同様です。あいつらの行為認めたら豊臣政権崩壊ですよ?
0837人間七七四年2017/01/04(水) 10:14:06.19ID:P5Bu8a0R
ついでに書き込むけど、835は話が逆です。秀吉が死んだ時点では『徳川が豊臣の保護者』です。
何故なら家康は秀吉の義弟であり、秀頼の外祖父だからです。(千姫と秀頼の婚姻は秀吉生前に決まっている)
豊臣の大きな弱点は一門が少ない事。(秀吉の自業自得だが)
秀頼はまだ幼少ですから当然後見をする必要があります。候補は前田利家と徳川家康かな?
で、この2人から選ぶなら普通は家康です。だって利家は赤の他人ですし、しかもすぐ死ぬし。
奉行で政権を回す?面白い事をおっしゃる。
徳川という強大な後ろ盾を抜きにして諸大名がまともに豊臣政権の言うことを聞くとでも?
史実で徳川が後ろ盾になってさえ前田や上杉、そもそもの奉行集が勝手なことしてるのに?
0838人間七七四年2017/01/04(水) 10:53:18.22ID:pRTxBCnM
大老の宇喜多家でお家騒動が勃発して、家康が調停する始末。
豊臣政権は、組織ではなく秀吉個人のカリスマで成り立っていた個人商店だったんで、秀吉が死ねばガタガタ。
存命中の諸大名で政権を維持できるカリスマがあったのは、家康だけ。
250万石の領地、唯一の大臣、信長の盟友、秀吉の義弟、秀頼の義祖父予定、存命中の諸大名中最多の戦歴(特に、小牧長久手)。
新領地にもかかわらず家臣団の統率が良く、領地を長期間留守にできた。
家康が居なかったら政権は空中分解だろう。
0839人間七七四年2017/01/04(水) 11:02:17.55ID:0NRJ/3kn
そんな家康の苦労も知らず、三成や秀頼は騒ぎをおこしてばかり
0840人間七七四年2017/01/04(水) 13:00:11.38ID:M8sdZ7Zl
>>836
だから大老と奉行を追い出して大阪城乗っ取ったからそれができなくなったわけ。
前田やら上杉やら潰して独裁するつもり満々だった。
>>837
利家は秀吉に娘嫁に差し出しているので義父ですよ。
>>838
宇喜多は養子だし、秀吉の養女を嫁にもらっている。つか宇喜多騒動で宇喜多家の武闘派引っこ抜いたんだけどね。

そして250万石の領地とか、唯一の大臣とか義弟とか義祖父予定とかは全部秀吉が与えたもの。
その信頼を見事に裏切って秀頼征伐したんだよ。
0841人間七七四年2017/01/04(水) 13:03:41.96ID:0NRJ/3kn
乗っ取るとかw
兵で制圧したわけでもあるまいに
豊臣側は口ひとつついてねえのかよ
0842人間七七四年2017/01/04(水) 13:41:13.08ID:P5Bu8a0R
豊臣政権の言う事聞かなかったのは前田、上杉、毛利、反家康派の奉行です。
前田は秀頼を見捨てて無断帰国する。上杉は政権から呼び出しがあったのに無視する。
毛利は関ヶ原の時に瀬戸内周辺を領国にしようとする。上杉は最上領を攻撃する。
反家康の奉行は豊臣政権の言うこと聞かない上杉征伐に向かった家康を排除しようとする。
宇喜多は宇喜多騒動起こして天下国家どころか自領すらまともに経営出来ない。
ひどすぎる。真面目に豊臣政権維持しようと努力してるの家康だけじゃないか。
これで『秀吉の信頼を裏切った』だ?ふざけるな!そんなセリフは反家康の連中に言ってやれ。
少しは家康に協力しろ!天下国家の事を真面目に考えろ!
自領の経営位自力でやれ!豊臣政権の維持の為に尽力しろ!
0843人間七七四年2017/01/04(水) 13:55:54.49ID:6I11DgEH
>>840
家康は朝鮮から兵を退いたりトラブルを繰り返す奉行をリストラしたりと
むしろ豊臣を立て直す改革をしてあげている
三成たち反家康派こそが秀吉の信頼を裏切り謀反を起こして豊臣を破壊した
0844人間七七四年2017/01/04(水) 15:57:28.45ID:+nQR0dDF
>>843
なんか滅茶苦茶言い出すと話が面白くなるから止めてくれ
0845人間七七四年2017/01/04(水) 17:36:07.09ID:9YJPsPAn
>>842
ホントまとまりのかけらもねえな豊臣の臣ってやつは
そうか、誰もが自分が豊臣の臣だとは思ってなかったんだな
0846人間七七四年2017/01/04(水) 18:18:38.20ID:wzfa1VMH
実際秀吉後の天下秩序の総責任者は家康
だからねえ。秀頼が成人した後家康が
天下人を秀頼に帰すだろ。
そうするとすぐ他の大名に秀頼暗殺でも
されるさ。二十歳の若僧に家康の仕事は
出来ねえから。
戦国時代に逆戻りさ。
秀吉の子供では無理なんだよ。
二十歳の若僧に天下人は無理なんだよ。

全国の、戦国の荒武者大名達を黙らせる
武力は家康以外ないからね。
家康が消えるだろ、又戦国時代に逆戻りさ。
0847人間七七四年2017/01/04(水) 18:53:05.62ID:vxy0j2nH
そうだよな
大坂城でもまともに意見できない秀頼
こんなやつは他人に食いつぶされるだけの愚図
まあ望まずとも高い位置につけられてしまった不運かもしれないが。

なんにしろ秀頼は自分じゃなんにもできないのに騒ぎだけはでかくしたバカ
0848人間七七四年2017/01/04(水) 19:16:48.87ID:pYcYdhZo
秀吉がバカだっただけだよ
0849人間七七四年2017/01/04(水) 20:13:02.41ID:2SBLuf2i
女好き…というか女狂いの秀吉だからな
淀殿を無理矢理側室にした以外にも、大名の妻に手をだそうとしたり
暴君としての秀吉を恐れても、尊敬した奴は時期が進むごとに減りまくってただろうな
まして、秀頼を立てろ? はぁ? 自分が織田家を簒奪した経緯忘れたの? だろうなぁ
0850人間七七四年2017/01/04(水) 20:45:08.33ID:BsSbqEWJ
暴君秀吉ってことか
そりゃ死後ことごとくそむかれるわな
0851人間七七四年2017/01/05(木) 06:37:51.63ID:/3j2pI0Q
秀吉に背いた奴って誰かいたっけ?
0852人間七七四年2017/01/05(木) 11:29:32.52ID:ajiEwKjv
すべての武家が豊臣信者がお題目にして生きる糧としてる遺命とかいうのを守りませんでした
0853人間七七四年2017/01/05(木) 16:54:43.23ID:1zM/JA91
織田の当主に幼少者を推して、織田の勢力簒奪するということやらかした秀吉
その秀吉の遺児を、他の者たちが立てる筋合いって全くないよな
因果応報というか
まぁ、朝鮮出兵とか秀次事件とかやらかさなければ、少しは本気で豊臣を守ろうって奴は出たかもしれんが
0854人間七七四年2017/01/05(木) 17:34:31.86ID:4akOK1uP
第一に、秀吉は大恩ある主家である織田家を簒奪した逆賊で、その支配に正当性がない
第二に、関白職は700年も五摂家が持ち回りしていた職であり、秀吉がだまし取った経緯がある。それを伝統無視で世襲とか世迷い言を言っても正当性がない
第三に、豊臣の専横で関白が虐殺され、公家が大臣から締め出され、ステップアップ官位にも付けなくなり、宮中行事すらまともに出来ない状態になっていた
第四に、2度の外征に失敗し、文武官のあいだが対立し、政体そのものがガタガタだった
第五に、天皇を君主に朝政の主席として豊臣は権勢をふるったわけだが、秀吉の専横で秀吉死亡時の大臣職は内大臣徳川家康のみという異常事態だった
第六に、その徳川家康は小牧長久手で勝利していたが、、関白の母親と妹を人質に、天下のために関白に従った経緯があり、天皇の家臣で、豊臣の家臣ではない
第七に、徳川家が征夷大将軍に任じられた以上、武家の豊臣家は天皇公認で徳川の臣下に組み込まれる。臣下の礼を取らないのは逆賊
0855人間七七四年2017/01/05(木) 17:41:23.89ID:lWn2NVka
>>853
実際それだよな

ただ三法師推しは実は家中が全員納得してた説もあるみたいだよ
柴田からなにから全員信忠嫡男が妥当だろ、って。
三法師を肩に担いでなんちゃら、ってのは結局太閤記の創作なんだとか。
もちろんその後信雄信孝柴田が秀吉に反目していったのは事実だろうけど。
0856人間七七四年2017/01/05(木) 19:34:18.74ID:1wcGz+S0
どの大名も自分の家が最優先だからなぁ
豊臣恩顧という言葉のもとに無限の忠誠を求めるのは無理がある
0857人間七七四年2017/01/05(木) 19:41:38.83ID:gyrFO7VU
うーん、あまりに秀吉を叩きまくるのもなー……豊臣家総合スレなんだし。
晩年の秀吉に問題が無かった、とは言わないけどさ。秀吉って改めて見ると、やっぱり凄い人だよ。
織田家に入ってからだけを見てもさ、秀吉ちゃんと活躍してるじゃん。
あの信長が認めて出世させた人だぜ。ただのご機嫌取りやおべっか使いで無い事は確かだ。
なんかうまく言えないんだけどさ、『秀吉すげえ!』って所も語ろうよ。
0858人間七七四年2017/01/05(木) 19:45:20.42ID:qeu6RMtY
家康スレで豊臣をネタに対立荒らししてる馬鹿がいるから飛び火してるだけだろ
0859人間七七四年2017/01/05(木) 20:00:11.62ID:wOy16e++
いやぁ、戦国時代っていう殺し合い騙しあいが当たり前の時代で天下とった人間が
悪党じゃないわけないじゃん
大悪党だよ、天下人なんて
問題はその後だ
馬上(戦)で天下をとることはできても、馬上で天下を治めることはできない、というから
対外侵略にまで手を出したりして、戦漬けから脱却できなかった秀吉政権が行き詰るのは仕方ない
0860人間七七四年2017/01/05(木) 20:49:14.18ID:lWn2NVka
>>857
全盛期秀吉を貶めることは基本的にないでしょ
朦朧秀吉はお話にならんけど
0861人間七七四年2017/01/05(木) 20:57:04.75ID:gyrFO7VU
うんまあ、別に秀吉を聖人君子だと思ってる訳じゃないんだ。
生まれのスタートすらはっきりせんような男がさ、いつのまにやら関白だぜ。
批判もあろうがこれは確実に凄い事だ。
織田家で出世したのも、仕事が出来て優秀だったからだろう。
魅力もあった筈だ。だからこそあれだけ優秀な部下が揃ったんだから。
なんだかんだいってもさ、『英雄』だとは思うんだよ、秀吉。

ま、そう思ってるからこそ、晩年の秀吉を見て、
『なんで…こうなっちゃったんだろう……』って思うのも事実なんだけどさ。
0862人間七七四年2017/01/05(木) 21:00:10.28ID:lWn2NVka
なにより秀頼の使い物にならなさ感が足を引っ張ってるよな
黒田長政はそれなりに使える息子だった、だからこそ官兵衛の評価を落とさなかった
真田の兄弟もそう
秀頼が間抜けすぎるから余計秀吉の価値をおとしてる
0863人間七七四年2017/01/05(木) 21:10:57.85ID:LQkhqQ2T
織田信長「禿ネズミの女好きのいきすぎは駄目だ。お陰で、嫁さんをなだめるお手紙を書くことに…」
0864人間七七四年2017/01/05(木) 21:22:06.22ID:nzXFt7q1
秀吉は公家の一族で初めから、藤原氏だよ。
関白は無理矢理でないよ、家職だから。
無学ではないよ寺で勉強して、針売りで
経理を身に付け、寧々さんの紹介で信長仕官、
桶狭間で情報将校専門職。
信長墨俣城築上で建築身に付け。
薪奉行で、組織行動論身に付け。
信長を教授として、国統治論身に付け。
本能寺の変で信長の意志理解第一人者。
日本統一で平和秩序建設。
体外遠征で世界帝国スペイン野望撃破。
武威を外国へ轟かす。
淀を家康に渡し、秀頼後見人願う。
千姫と秀頼で徳川と豊臣一門和平。
関白家は秀頼、将軍家は千姫と秀頼の子供。
その先は秀吉では不可能未来。
これが秀吉の歴史に選ばれた歴史意志。
0865人間七七四年2017/01/05(木) 22:34:47.19ID:gSgRupfw
それ羽柴秀吉は野人の子、もともと馬前の走卒に過ぎず。
しかるに、いったん信長公の寵遇を受けて将帥にあげられ、大禄を食みだすと、
天よりも高く、海よりも深きその大恩を忘却して、公の没後ついに君位の略奪を企つのみか、
亡君の子の信孝公を、その生母や娘とともに虐殺し、今また信雄公に兵を向ける。
その言語に絶した大逆無道 黙視するあたわず、
わが主君 源家康は、信長公との旧交を思い、
信義を重んじて信雄公の微弱を助けんとして蹶起せり。 
もしかの秀吉が、天人ともに許せぬ悪逆を憤り、義の重きを思うものあらば、
父祖の名誉にかけて、この義軍に投じ、以て逆賊を討伐し、海内の人心に快せん
  
  天正十二年                榊原小平太康政
0866人間七七四年2017/01/07(土) 21:39:31.93ID:+5qPlyOI
24歳のとき、11歳のねねちゃんと結婚した藤吉郎さんは恋愛結婚らしい
たぶんねねちゃんが8歳くらいからねんごろな関係を築いたのだろうな

11歳というと小学6年生
8歳だと小学2年生

21歳の成人男性が8歳の女児を口説いていたと思うと猟奇的な犯罪ですね
0867人間七七四年2017/01/07(土) 21:52:17.01ID:+5qPlyOI
「ほーら、寧々ちゃん金平糖だよぉ」
「あっ藤吉郎さん!今日もくれるの?」
「ほらほら、美味しいよ。お食べ」
「ありがとう!藤吉郎さん大好き!」

「ほら、寧々ちゃん、蜂蜜を手に入れたんだ。おなめ」
「ペロペロ美味しいよぉ。藤吉郎さん気持ちいい?」
「気持ちいいよ。寧々ちゃん可愛いね」

              「 ̄ ̄了
              l h「¬h < はーい藤吉郎が通るからどいて
       / ̄ ̄\__,ト、Д/____
     /   / ̄Yi. /  jテ、      f ̄ヨ
    /   /∧ / /  /.i l iー――‐u' ̄
   ./  / Д` / /  / / l l
   i'  /   l ヽ../  レ'  l l
.  /  _/ \  !、 lヽ____」 l
.  !、/ \. \ \l      ト./
   ト、__\/ト、/ト、  y   l
   l    ̄(  )y )  /l   i
   l   l   Y''/ー'  / .l   l
   !、  l  l./   /  l   l
   /  /  l/   ,/  i'    l
  /_  ./l   l`ー‐〈   ト.__」
  L_``^yト._」、ー"   `ヽ_」
   `ー' `ヽ_」
0868人間七七四年2017/01/08(日) 09:18:31.30ID:ArqXJwba
結婚したのは数え14だから、12から13歳だよ。
そのくらいの女の子は背伸びしたがりなので、
大人の男性から口説かれたら落ちる。

10歳〜11歳で結婚したのはまつだな。
従兄妹で一緒に暮らしていた、しかも翌年には出産。
やべえ。まじやべえ
0869人間七七四年2017/01/08(日) 09:30:23.30ID:kewOAzr8
現代でも通用する可愛い名前の寧々ちゃんは勝ち組だよな
0870人間七七四年2017/01/08(日) 09:34:36.02ID:rIYw6dYU
ちゃちゃちゃんもなかなか
0871人間七七四年2017/01/08(日) 09:45:49.29ID:MKgfo5Hp
茶々さんは無能なのにあちこち出しゃばり過ぎて
「茶々を入れる」なんて諺まで出来ちゃったからな
0872人間七七四年2017/01/08(日) 17:40:25.76ID:4m5srQov
なんか大河ドラマとかをネタ元にしてるやつ以外いないの?
いまだに朝鮮出兵は秀吉が耄碌したからとか信じてるやつばっかりなのが驚き
0873人間七七四年2017/01/08(日) 17:45:00.05ID:rIYw6dYU
司馬遼太郎作品がバイブルです
真田太平記も読み耽りました
0874人間七七四年2017/01/08(日) 19:35:09.10ID:OiAcKYva
>>872
朝鮮出兵も秀次粛正ももうろくした結果の愚
0875人間七七四年2017/01/08(日) 21:38:10.19ID:4m5srQov
馬鹿しかいないからしょうがないけど秀次が近江で善政を行ったとか全部嘘だからな
ドラマや漫画を信じないほうがいい
0876人間七七四年2017/01/08(日) 22:06:50.24ID:UIbsn/N9
秀次が善政してようがしていまいが、秀吉朦朧でせっかくの身内をころしてしまう愚行
秀頼の味方を失うアホさ
0877人間七七四年2017/01/08(日) 22:44:17.55ID:4m5srQov
>>876
秀次が秀吉に無断で派閥工作を進める
  ↓
秀吉が秀次を粛清することにより浅野細川毛利などが秀頼(前田)陣営で固まる
  ↓
秀吉が秀次事件の再発を防ぐため五大老五奉行制と御掟を定める
  ↓
秀吉死後に孤立した家康が無断婚姻を繰り返す
  ↓
家康は御掟違反を四大老五奉行に追求されたあげく向島に遁走せざるをえなくなる
0878人間七七四年2017/01/08(日) 22:54:14.50ID:wA5CKipE
ボランチ多いのも左右CBにコンバート予定だったりしてな
0879人間七七四年2017/01/08(日) 22:58:30.55ID:Cgj1xLRs
>>877
こうしてみると三成たちが家康への敵視行動を繰り返し孤立させようとしたのが悪いんだよな
こうなると家康は自分の安全確保のため五大老五奉行制を解体するしかなくなる
家康が気持ちよく他の大老・奉行と協力できるような体制にしなかったのが最大の問題だよ
0880人間七七四年2017/01/08(日) 23:02:14.10ID:wA5CKipE
oh誤爆
0881人間七七四年2017/01/08(日) 23:12:51.34ID:U+/YZaLW
>>879
徒党を組んで家康を排斥しようとした側が御掟違反で家康を責め立てること自体が筋違いだよな
0882人間七七四年2017/01/09(月) 00:10:47.80ID:zo0U9UBV
>>877
家康孤立ではなく、他が職務放棄しただけ
0883人間七七四年2017/01/09(月) 01:21:04.39ID:zySAnwvI
>>879
秀吉が死んですぐに無断婚姻を繰り返す輩を奉行筆頭の三成が糾弾するのは当たり前
利家が生きている限り四大老五奉行同盟は崩れないし三成襲撃七武将もバラバラだから家康はジリ貧になるだけ
それもこれも秀次を首尾よく殺しておいたからのこと
秀次が生きてたら秀頼の傅役利家に対抗する手前家康に接近することは容易に想像できるし
0884人間七七四年2017/01/09(月) 01:30:31.14ID:jM0ZgpCh
浅野が筆頭じゃろ
0885人間七七四年2017/01/09(月) 02:00:45.42ID:X5pg/X/y
>>874
ヌルハチは耄碌したから明征伐したとでも?
0886人間七七四年2017/01/09(月) 07:51:44.30ID:ww6897NB
>>883
だったら、秀次のナンバーツーの池田輝政をセットで除くべきだった。
池田輝政がいなければ、秀次残党がまつまることはなかった。
池田輝政を除き損ねた段階で、火種はくすぶってしまった。
0887人間七七四年2017/01/09(月) 07:52:45.21ID:ww6897NB
池田輝政は統率力が優れていたため(これは数々の戦功から判りきって
いたこと)、秀次残党を統率できる、危険な存在だった。
0888人間七七四年2017/01/09(月) 08:01:06.70ID:zo0U9UBV
>>885
なんでそこでヌルハチとか絡めるかね
そういうところが豊臣信者のバカさたる由縁
大陸つながってて明弱体化してるならヌルハチも攻めるだろうよ
秀吉のはただの自信過剰無計画のアホ丸出し、少しは考えろよバカ
0889人間七七四年2017/01/09(月) 09:55:24.73ID:5Kyzc9HH
でも、実際秀次を除いて豊臣政権が続くと
本気に考えたのだろうか?秀次の子供なら
政略結婚政策出来て、豊臣一門増やせたろ。
数少ない秀吉の親類除いてどうするの?
秀頼が病気など亡くなる計算とか無いの?
秀次が罪有るとしても、豊臣一門増やす
効果を得と考えてないのかな、秀吉。

前田利家が絶対裏切る保証は無いのに。
加藤清正も豊臣の血続く親類だろ。
期待無いのかなあ。清正は文武ある
筋肉馬鹿ではないよ。馬鹿では、熊本城
建てれませんよ。
0890人間七七四年2017/01/09(月) 11:06:54.75ID:pTmKvOSA
>>888
普通に船でいけるのに何を言っているんだお前は。
大英帝国やスペインはなんで海外領土を得られたんだよw

そして人口が日本の10分の一もない女真族でできたことがなぜ日本にできないと思っているんだ。
馬鹿かお前は、
0891人間七七四年2017/01/09(月) 11:07:02.90ID:diW6xHFW
利家って律儀者どころか柴田に対して小早川秀秋級の裏切りやらかしてる風見鶏だからな
0892人間七七四年2017/01/09(月) 11:12:48.22ID:pTmKvOSA
小早川級なら柴田襲っているから、せいぜい戦わないで退却した毛利級にすべき。
0893人間七七四年2017/01/09(月) 11:40:10.75ID:CQDWRxjE
>>890
なんだろう、当時の朝鮮よりも日本は全てにおいて優越していたという前提
0894人間七七四年2017/01/09(月) 11:47:25.04ID:G30LqWJT
ヌルハチ命か。
陸続きで、隣国の政治・軍事情勢が入ってきて橋頭堡を持ってる奴らと比べてもな。
0895人間七七四年2017/01/09(月) 11:57:28.54ID:diW6xHFW
後金(女真)は征服した漢民族を吸収して 自分の勢力に組み込めたのに対し、
秀吉は半島や大陸にロクな同調勢力を作れなかった。 このへんが問題なんじゃないかな
0896人間七七四年2017/01/09(月) 12:18:02.65ID:zo0U9UBV
>>890
普通で船でいける、なら秀吉以前でももう何度でも何度でも侵略しあうくらいあってもいいのに元寇くらいがまともにあっただけじゃねえかよ
あとたかが朝鮮海賊にちょっかい出されただけですぐ破綻する海外出兵が「普通に船でいける」とは言えない

少しは事実をみてモノを言えバーカ
朝鮮半島に出兵以後の江戸時代ですら陸にそった船の移動がメインで海路などの発達すらしてなかったとか知らないとかマジでお前はモノ知らずすぎる

バカはだまってろ
0897人間七七四年2017/01/09(月) 12:35:18.12ID:zo0U9UBV
あげくに朝鮮半島どまりで明に到達すらできない秀吉軍
ヌルハチガーとか比較するのがどんだけ無意味かってことだよな
兵站も確保せず前線をのばすだけのばす無謀さといい、ホントに秀吉は無計画
火力面で圧倒的だったくせに結局撤退するはめになるのだからどんだけ

そんな無謀、無鉄砲、無計画な出兵で日本を疲弊させた秀吉はホント耄碌ジジイ
0898人間七七四年2017/01/09(月) 13:45:35.37ID:5cfN7G7k
>>883
大老・奉行は同盟を組んではいけないのに
三成たちは秀吉が死ぬとすぐに政敵を排除するための同盟を組んだ
三成たちの露骨な遺言破りが大老奉行制を破綻させたといえる
0899人間七七四年2017/01/09(月) 13:55:34.38ID:ctMFRBtt
秀吉のいまわの際に頼んだことは基本的に遵守させるだけの根拠も理由もないんだよな
俺に忠誠するためにこうしろ、って言うだけのたわごと
0900人間七七四年2017/01/09(月) 15:29:05.74ID:zySAnwvI
>>889
だから秀頼が病気で死んだらとかそんな悠長なことを言ってられる段階じゃないんだって
秀頼が生まれて一番貧乏くじを引いたのが秀次一派であり秀頼が死ねば最も利益を得るのがこの連中なわけ
足利義視なんて将軍になってないのに日本を半分に割る乱を起こせた
秀次を生かしておくのなんて天智天皇が大海人皇子に大友皇子の後見を頼んだり足利義政が義視に義尚の後見を任せるようなもんだよ
よっぽどの馬鹿でもないかぎりそんなことはしないし事実秀吉もしなかった
0901人間七七四年2017/01/09(月) 15:58:50.10ID:Ouecda6B
秀次に関白職譲っておきながらその節操のなさ
家督でもめるのを危惧するのは確かにある
だがその代案がもめる原因を殺して他人に嫡子の面倒を頼むというネタの弱さ
あてにならん他人に任す、だけの取り組みもできてない
死ぬまで時間なかった、のは事実だろうけど判断が甘いんだよな

まあ耄碌ジジイでは仕方なかったか
0902人間七七四年2017/01/09(月) 16:43:48.61ID:IlZ7RYQc
>>897
それは首都を落とした後現地軍が勝手に秀吉の命令を待たずに、朝鮮分割決めて、
現地軍が勝手に分散して好き勝手やったこと。
それで補給が大変になった、
当初の予定通り明へ行くだけなら十分だった。

そのあとは小西が条件隠して講和したのが悪い。首都攻略して王子も確保して全土の七割は手中にしてたのに、
帰る事になったからな。
秀吉の預かり知らない所で物事が進んだだけ。
だから再征伐ではきちんと始めた。
0903人間七七四年2017/01/09(月) 17:37:31.83ID:Y4bt+kK9
秀頼押しで、貧乏くじも何も秀次否定して
豊臣政権成り立たんよ。秀次がなんで秀頼
否定すると考えるんだよ。
秀頼は赤ん坊で、秀次は成人だから、争い
なんてナンセンス。
秀吉の姉ちゃんや母ちゃんから観たら
身内を信じない、馬鹿秀吉になる。
その時生きてないとか無しな。

清正が利家後、伏見会談まで頑張ったのは
秀吉の親類だろ。三成、利家より、
親類の責任感だろ。
0904人間七七四年2017/01/09(月) 18:32:43.94ID:GmPF3Hdu
>>902
現地が勝手にやった、というだけの無能のトップ
0905人間七七四年2017/01/09(月) 18:42:08.02ID:H74xdGpP
部下の手柄は秀吉の手柄
部下の落ち度は秀吉の落ち度じゃない

こういう、贔屓の引き倒しにもならんアホって、秀吉を貶めたいのか褒め殺ししたいだけなのか、本気でわからんからあぼんだな
0906人間七七四年2017/01/09(月) 19:05:45.25ID:gVQ4h34s
>>904
そりゃ現地軍が秀吉の指示を無視して、唐入りよりも領地の切り取りしたことをもって、
兵站がなってないというのは、明らかに間違いだからな。
そのまま唐入りする分には問題なかった。
つか別に餓死が出ていたわけでもないので、兵站にはさほど問題はない。
>>905
命令通りやった事については司令官の手柄であるが、
命令通りやらなかった事についての問題は司令官の落ち度ではない。
この程度もわからんのなら、レスするな低能。
0907人間七七四年2017/01/09(月) 19:20:08.03ID:GmPF3Hdu
>>906
勝手な行動したから兵站破綻した、とか随分言い訳がましいな
繰りかえすが海賊にちょっかいだされる程度で破綻する兵站がそもそも成ってないんだよ
戦略がちゃんとしてないからそんな統率のない動きになる、とか秀吉がだらしないの一言につきる
小西の暴走とか言って免罪符にもならんわ
その小西を処罰することすらもできない

秀吉はホントなめられまくりの御輿だな
0908人間七七四年2017/01/09(月) 19:23:11.83ID:GmPF3Hdu
>>906
あと兵站で餓死者とか見当ちがいのこと言うのもおかしい
死ななきゃいいのか、ってことだ
食うに困るだけで士気はさがる、攻めるも守るもきつくなる
武器弾薬についても兵站のうち
そこがかきまわされて滞ったから朝鮮から先へ進めなかった
明をめざしてるのに朝鮮どまりってまだどんだけ先があると思ってるのか
大失敗だわ、唐入りは。

それもこれも戦略もたない秀吉がバカだったから
0909人間七七四年2017/01/09(月) 19:29:01.98ID:HfHyb80s
部下の功績はトップがその部下を推し量る数値のようなもの
部下の失態、暴挙はトップの管理不足そのもの、つまりはトップが言い逃れるのは見苦しいの一言
もちろん暴走した部下は処断し、トップも采配管理の甘さを反省するべきことだ

とにかく唐入りは成果もだせずにおわった
これは全て秀吉の戦略のなさ、部下の管理不足が原因
自分が老齢ならそれを管理できる人間をしっかり育ててやらないとダメだし、権限を与えないとだめ
それをやってない
単に兵数そろえろ、兵粮そろえろ、と言うだけのバカでは当然の結果か
0910人間七七四年2017/01/09(月) 19:36:49.79ID:gVQ4h34s
>>907
兵站が破綻したとは?
海賊なんて討伐されてんだろ。プサンまでは問題ない。
プサンからソウルまでの陸路輸送が半島の街道整備が貧弱で、派遣兵力に限界があったというだけの問題。
もっというと、そのあと現地軍が勝手に切り取りして分散してしまったからな。

戦略がなっていない?首都を落として、そのまま唐入りするというのが当初の目的。
首都を落とした後で、秀吉から追加の指示が来る前に勝手に領土の切り取りしてしまったのが現地軍の問題だ。
0911人間七七四年2017/01/09(月) 19:40:34.38ID:gVQ4h34s
>>908
攻める、つまりこれ以上延ばすのは問題があるが、守る分には問題はない。
実際反攻してきた明軍が返り討ちにしている。
そもそも失敗させてしまったのは秀吉の落ち度ではない。

小西にしても、ウソをついて勝手に占領地と貿易再開で手を打ってしまった。
外交官が勝手にやった分は秀吉の問題じゃねーだろバカか。
小西は武功で罪をあがなうということで許されただけ。
0912人間七七四年2017/01/09(月) 19:46:28.51ID:gVQ4h34s
>>909
現地で領土を切り取りに向かって、小西を救援しなかった大友は改易になっているよ。
きちんと処罰されている。何か問題でもあんのか?

そして成果出せなかったのは家康のアホが取りやめにしたから。
日本軍は半島できちんと成果を上げていた。
再征伐でも半島南部を蹂躙して、その間に築城をする。
築城した城で明軍を撃破しつつ食糧と弾薬をためる。
その目的をきちんと果たしている。
再征伐の軍が編成中だったのに、秀吉が死んだ程度でやめてしまった家康が最大の戦犯。

ヌルハチは明征伐の途中で死去した。
後継者は指名されていなかったが、ホンダイジが後を継いで明征伐を成功させた。
家康が無能でできなかった事をもって秀吉批判とかねーわ。
0913人間七七四年2017/01/09(月) 19:49:37.00ID:gVQ4h34s
おっと明を完全に征伐したのはホンダイジじゃなくて、ホンダイジの子供だから、孫か。
もうホンダイジの頃にはほぼ崩壊してるけどな。
0914人間七七四年2017/01/09(月) 19:57:51.06ID:q0mEGJiG
>>911
勝手にやった、で済ますバカがいるか
武功で補ったとかどんなファンタジーだよ
なにひとつ勝ち取れてないのに。

海賊は討伐できてない
だから朝鮮人がやたらとその連中英雄視してんだ
やっつけられてたらそうはならん
兵站ってのは安定して運び運用できてはじめて成立するの
オマエはまるでわかってない一回運びました、終わりますじゃねえんだよ
海路を海賊に絶たれまともに前線に送れなくなったから講和するはめにもなった
あと朝鮮から明までどんだけあると思ってるのか朝鮮なぞ半分程度制圧しただけではまだ道なかばも言い過ぎなくらいだ
明に到達すらできない、朝鮮漢城おさえてそこから進めない、大失敗だわ
0915人間七七四年2017/01/09(月) 20:01:09.92ID:q0mEGJiG
>>912
また家康ガーかよ
家康ひとりがどう言おうがそこに成果が望めるなら結局第三次は行われるんだよ
おさえこめるわけねーだろ

それが誰ひとり第三次やりましょう太閤さまの遺業です果たしましょうと言い出すやつすらいねえ
もうどの武家もうんざりしてたからだっての
負け戦そのものだ
少しは頭つかえよバーカ

あとヌルハチヌルハチとやたらこだわるがそれと耄碌ジジイの秀吉となんの関連もない
そこらへんもすこしはわかれな?妄想ばかりのアホが。
0916人間七七四年2017/01/09(月) 20:14:22.61ID:gVQ4h34s
>>914
李舜臣死んでんじゃん。
つか朝鮮海軍なんて慶長の役には初戦で壊滅してる。

海賊に補給路を断たれた?文禄の時もプサンに攻めてきたけど返り討ちにして朝鮮水軍は壊滅してて、
邪魔など一切できていないぞ。
そのあとの陸路輸送が大変だっただけ。
0917人間七七四年2017/01/09(月) 20:16:06.28ID:gVQ4h34s
>>915
家康が無能だから、とても事業を引き継げませんって事だろ。
ヌルハチの事業は他の奴が引き継いできちんと征服したのにな。

つか負け戦?負けた戦いなんてほとんどねーだろ、連戦連勝。
お前朝鮮人か?
0918人間七七四年2017/01/09(月) 20:24:13.14ID:q0mEGJiG
>>916
指導者がいなくなってもまた次の世代がって言ってるのはおまえなんだけどな
海賊もそう。排除なんて、できてねえっての。
あと自分で陸上輸送に苦労した、とか書いてどうすんだよ
それが兵站確保できてねえってことなの。
そのラインがしっかり確保できて戦闘ってのははじめて成立すんだよ

あと家康ガーにこだわるが別に家康が当主じゃねえんだが。
家康が引き継ぐも何もない
豊臣の恩顧連中誰一人出兵の行動にでない、これが真実をしめしてるんだよ
わかれな?
いい加減秀吉の愚行はおまえも認めるべき真実
攻めるだけ攻めて途中で息切れ、あげく追い立てられるように撤退、いっさいの領土も得られず、明征伐の目的も果たせてない
成果ゼロ、大失敗
こんな無謀な計画を戦略もなく、おしすすめた秀吉は暗愚な耄碌ジジイ
0919人間七七四年2017/01/09(月) 20:28:56.88ID:q0mEGJiG
>>917
連戦連勝なんて局地戦の話
電撃戦で漢城まで無謀に戦端をのばしすぎ、領土経営にいたる配慮がなく、膠着のうえ兵站をかきまわされて講和

こういうのは勝ったとは言わないんだよ

俺は朝鮮の味方なんてしていないし、むしろ朝鮮人は嫌い
ぶっちゃけ明どころか朝鮮どまりだった秀吉のふがいなさと耄碌ぶりが情けないだけだ
明征伐にしろ明の国力すら把握してないだろ秀吉は。
0920人間七七四年2017/01/09(月) 20:31:15.36ID:IhzNGfek
豊臣政権がそんないい物ならなんで秀頼に誰も味方しないんだ?
家康が無能でロクデナシの屑なら諸大名で一斉に襲い掛かって討ちとりゃいいだろ。
いくら徳川でも全国で一斉に反乱が起きれば対処出来まい。

秀頼も大坂の陣で宣言すりゃよかったのに。
『亡き父の志を継ぎ唐入りを再開する!再び豊臣の栄光を望む者よ!逆賊家康を討ち取れ!』って。
なんで言わなかったんだろうな。
諸大名みんな秀頼に忠誠誓うだろ。豊臣が素晴らしい幸福の時代なら。
0921人間七七四年2017/01/09(月) 20:31:53.14ID:gVQ4h34s
>>918
ヌルハチが明征伐を宣言して明との全面戦争に入ったのは60歳の時だよ。
ヌルハチだって自分が生きている間に成功するとは思ってないよ。

そして家康は頭首ではないが、後見人だろ。
明征伐を続行しないなら、家康なんて大老に入れたりしない。
そもそも大老が必要ないしな。
0922人間七七四年2017/01/09(月) 20:34:00.17ID:q0mEGJiG
むしろなあ、秀吉が日本の国体を疲弊させず、はやいうちに徳川政権になっていたならむしろ家康による大陸進出は成っていたと思う
それくらい家康の戦略眼は秀吉よりずっと冴えている
金やる領土やる文句いうなら大軍で攻めるかもよ、と上げ下げしてただけの秀吉よりずっと攻めに根拠も説得力もある家康
ただおしむらくは歴史はそうならなかったし、家康が明征伐するにしろ高齢の不安がある
なんにしろ海という難所がある点で日本から攻めるには時代がおいついてない
ヌルハチでも女真族でもいいが大陸のなかで争ってることと日本の攻めにくさ、攻められにくさを混ぜて言うだけでバカ丸出しだぞ
0923人間七七四年2017/01/09(月) 20:36:14.90ID:gVQ4h34s
>>920
そりゃ800万石もっている大大名には逆らえんだろ。
家康は朝鮮や明ではなくて、同じ日本人を殺して領土を奪う政策をしていたからな。
襲われたらたまらん。
0924人間七七四年2017/01/09(月) 20:38:20.56ID:q0mEGJiG
>>921
大老必要ない、は別にどうでもいい
それを望んだのは耄碌秀吉だから。
そして耄碌秀吉は秀頼を頼むだの、言ってるだけ
もう役立たずそのもの

なんでもいいが秀吉により近い恩顧武家はどうして第三次言い出しもしないのかね
やりたくないから、だよ
0925人間七七四年2017/01/09(月) 20:42:06.98ID:q0mEGJiG
>>923
さからうもなにも他にあれだけ大身の武家、たとえば五大老の他の家もあるわけで。
いくら領国がでかくてもそこを無視して家康が無事にやれる訳もなし。

都合のいい時には家康は当主じゃなくて後見人だから、とかまた別の時は家康がこわくて言えない、だとか

ぶれすぎだ
0926人間七七四年2017/01/09(月) 20:46:19.06ID:gVQ4h34s
>>922
海を渡った征伐なんて歴史上よくあるだろうに。
英仏だってどれだけ争ったと思っているんだ。
日本にしても神功皇后の三韓征伐以来の行動にすぎん。明治になっても行われたしな。
0927人間七七四年2017/01/09(月) 20:46:31.96ID:G30LqWJT
>>916

> そのあとの陸路輸送が大変だっただけ。

そこらへんの輸送事情無視して攻め込むのは無謀。
兵站のプロの秀吉の名折れ。
0928人間七七四年2017/01/09(月) 20:47:48.51ID:IhzNGfek
>>923
関ヶ原前なら250万石だろ?毛利と上杉合わせりゃ250万石以上あるから楽勝じゃん。
家康はただのバカなうつけなんだろ?簡単に倒せるだろ。

唐入りも秀頼がやるっていえばみんな大喜びで行くだろ。成功したんだろ?
諸大名もみんな徳川なんか見捨てるさ。幕末の時みたいに。
0929人間七七四年2017/01/09(月) 20:48:44.67ID:gVQ4h34s
>>924
当時朝鮮征伐やりたくないなんて誰も言っていない。
ただ秀吉なら征服できただろうが、家康では無能なのでできないと不安に感じた物がいたのかもしれんな。
>>925
800万石の大大名に誰が逆らうんだよw
0930人間七七四年2017/01/09(月) 20:51:24.88ID:gVQ4h34s
>>928
920で秀頼うんぬんで大阪という話が出ているのになんで250万石なんだよ。あほかお前は。

関ケ原前なら家康の暴政に反発して、上杉や毛利などが反乱しただろうが。
そして秀頼は60万石しか持っていないのだから無理だろ
秀頼から奪った領地、鉱山返せよ。
0931人間七七四年2017/01/09(月) 20:54:04.36ID:q0mEGJiG
>>920
まさにそれ

秀頼も幼年のうちに暗殺されたわけでもなく成人をむかえることすらできた
明征伐にうまみや利点があるなら秀頼でもそれを再考することはできたし、そこに豊臣家の発展を見いだせた
少なくとも豊臣恩顧武家はそこに夢を見られたはず

だが現実は秀頼はしたわれず、外征する気概もなく。
秀頼個人のカリスマの欠如はともかく明征伐の有用性の確認ができていたり、前回までが半成功という総括があったなら誰ぞでも第三次に出るわな

それがない
だって大失敗でみなうんざりしてたから

俺はやりかた次第では成功してたとは思う
失敗したのはなんの戦略ももたずにとびだした秀吉の失策、それにつきる
部下のせいにするとかトップの資質すら疑わしいし、処断もできないなんてやはりトップ足り得ない
0932人間七七四年2017/01/09(月) 20:55:35.65ID:q0mEGJiG
>>926
日本国内と海外の話をごっちゃにするなバカ
大体艦隊ひきいる西欧の話はもっとあとだ

それと三韓征伐とかあんなファンタジー持ち出すな
神話の話だ
0933人間七七四年2017/01/09(月) 20:55:58.57ID:5cfN7G7k
>>930
三成の謀反を鎮圧してあげた恩賞として領地や鉱山を貰ったのに返せとは理不尽極まりない
なら豊臣が自分で三成の謀反を鎮圧すればよかっただけ
家康に鎮圧してもらって後から文句を言う権利などない
0934人間七七四年2017/01/09(月) 20:56:30.31ID:q0mEGJiG
>>929
家康当主じゃねえんだろ なんで家康に遠慮すんだよバーカ
0935人間七七四年2017/01/09(月) 20:59:02.75ID:q0mEGJiG
>>930
おまえが家康800万って言ってるんだが。
実際は秀吉没時は250万
だから諸勢力が背けば家康もかなわん、っていってるんだろ

大坂60万は関ヶ原後だし。

そんな程度のこともわからないで妄想ぶっこいても袋たたきだぞバカ
0936人間七七四年2017/01/09(月) 21:00:08.32ID:gVQ4h34s
>>931
だから60万石でどうやってやるんだよ。
豊臣家に領地を返還してからいえよ。

そもそも大失敗とは?負けた戦いなんてほとんどねーだろ。
外交で味方にウソついて講和結んだのが、部下のせいにした?
んじゃ誰のせいなんだよwそんなのまで想定できるわけねーだろ。
武功で返すことで処断を許されたにすぎん。だから小西はそのあとは頑張ってるだろうが。
0937人間七七四年2017/01/09(月) 21:03:28.63ID:q0mEGJiG
>>936
60万になるまえでも第三次やればいいだろ
なんでヤるという奴がいなかったんだよ
それはね、もうあんな無茶な負け戦はごめんだよと秀吉の愚行でみながウンザリしたからだよ
戦果を得られない戦争の結果

それは全て秀吉のせい
家康はそんな疲弊した日本を立て直したまともな施政者
秀頼は矮小バカで尊大だからそれを許せずテロリスト化する真正バカ
0938人間七七四年2017/01/09(月) 21:04:00.42ID:IhzNGfek
>>930
ああ、そうだね。悪かった。
でもなあ、家康がバカなら別に何万石あろうが怖くないがなあ。
鼻歌歌いながら瞬殺出来ると思うけど。
だって唐入りは成功したんだろ?そんな事が出来る位豊臣と諸大名が優秀なら
徳川800万石位楽勝だろ。
大陸全部より日本の大半の方が簡単だろ。しかも相手は無能の極みなんでしょ?
0939人間七七四年2017/01/09(月) 21:04:16.07ID:gVQ4h34s
>>932
アルマダの会戦は双方数百程度だが、秀吉が朝鮮征伐で作ったのは数千隻にも及ぶ。
三韓征伐がファンタジー?お前朝鮮人かよ。
朝鮮南部が日本の支配下であったのは、日本書紀や朝鮮の三国史記にも記されているし、
高句麗の公開土王碑にも朝鮮南部の連中率いて、高句麗と戦った事が記されているだろうが。
>>933
鎮圧する必要もないのだが?家康がいなくなるだけだろう。
0940人間七七四年2017/01/09(月) 21:08:47.13ID:q0mEGJiG
>>936
戦果が得られないで撤退する戦争でなにが勝ちだよバカ
完敗に等しいというか完敗そのものだ

はっきり言って現代の価値観からして朝鮮半島なんてまるで必要ないがせめて朝鮮半島を制圧して完全に統治下においてそれがはじめて勝利
追い出されて勝ちなんてねえのバーカ
あと明にいくはずが国土すら踏めてない
どんだけおまえはお花畑なんだよ

あと小西のやったことを事実とするなら最大の戦犯だ
これを許すとかねえから
現実には小西は無理攻めのなかなんとか明と講和して自軍の被害をおさえようとした
なので明から威圧的な講和条件をだされた、それを秀吉にまともに伝えられず改変、グダグダのうえ第二次につながった
すべては部下の報告すらまともにうける度量のない秀吉の責
小西暴走じゃねえんだよバーカ
0941人間七七四年2017/01/09(月) 21:09:02.19ID:gVQ4h34s
>>935
おいおい日本語くらい読めよ。923は920へのレスで、
920で秀頼が大阪の陣でうんぬん言ってるだろ?この時の秀頼は60万石で、家康は800万石。
>>937
60万石に7歳でなっているんだが、どうしろと?
つか負け戦って?どこで負けたの?
最後の三路の戦いでも圧勝してるだろうが。
0942人間七七四年2017/01/09(月) 21:09:40.84ID:q0mEGJiG
>>939
おまえは日本書紀にあることが史実とでも思ってるあほか
0943人間七七四年2017/01/09(月) 21:11:17.32ID:q0mEGJiG
>>941
いい加減俺の書き込み嫁な、日本語読めるなら
金ばっかつかいまくり人もたくさん死にました、でもなーんにももらえません
それは勝ったとは言わないんだよ

バカ
0944人間七七四年2017/01/09(月) 21:16:26.69ID:gVQ4h34s
>>940
戦果を得ているのに占領地を放棄して撤退を決めたのは、家康であって秀吉ではない。
そして日本を大陸から防衛するためにも必要だろ?
韓国が赤化せずなんで存在していると思っているだ?日本の防波堤としても必要だ。本土を戦場にしないためにな。
そして加藤は普通に明まで到達している。ほんとお前何を勉強したんだ?

>小西
基本的に秀吉は寛大だからな。武功で返すなら許してやるくらいの度量はある。
そして小西は明と講和して被害抑えようとしたんじゃねーよ。
小西の目的は日明貿易の復活であって、明征服ではない。
だから秀吉のだした要求を隠して貿易再開だけにした。そして明側の要求も隠して、成立させたんだよ。
被害とかそんなことの為にやっていない。そもそも強硬派なんて征伐軍にも、
名護屋駐留してて志願者も大勢いたんだよ。

部下の報告をまともに受け入れる度量がない?
貿易利権を独占するためにウソついているだけだろうがwバカかお前は。
0945人間七七四年2017/01/09(月) 21:19:39.20ID:gVQ4h34s
>>942
日本書紀、朝鮮の三国史記、高句麗の公開土王碑。
中国の宋の史書にも日本が半島南部を制圧しており、その領有を認めたものが記載されている。
三国の歴史書全てが、日本が半島南部を属国としていたとしているのに、
なんで否定できるんだ?
0946人間七七四年2017/01/09(月) 21:21:03.52ID:gVQ4h34s
>>943
だからそれは家康が途中でやめたからだろうが。
ホンタイジみたいに続ければよかっただけ。
当時の日本の動員兵力は50万以上。清とは比べ物にならない。
余裕ですよ。
0947人間七七四年2017/01/09(月) 21:28:19.22ID:IhzNGfek
ああ、豊臣政権が完璧な物ならいっそ秀頼が
『唐入りを再開する!諸大名の領地も関ヶ原前の状態に戻す!』って言うのもありだな。
毛利や上杉なんか即座に寝返るな。領地が3〜4倍になるし。
諸大名も喜ぶだろ。大陸の領土を手に入れるチャンスが再び手に入るんだし。
徳川なんか誰も見向きもしないだろうな。無視されて孤立するだろう。
何、気にすることはない。家康はバカで無能の屑らしいから適当にあしらえばどうとでもなる。
0948人間七七四年2017/01/09(月) 21:36:20.65ID:X5pg/X/y
馬鹿で無能というよりただの外道なだけだよな。
0949人間七七四年2017/01/09(月) 21:46:15.30ID:T9Gi7qVf
そーいえば、秀吉って死に当たって外征について何か遺言残してたの?そのまま続けろとか撤退しろとかさ
よく見るのは秀頼のこと頼む頼むとか家康利家の地位とか国内のことばっかりで外征のことは何も言い残して
ないみたいなんだけど
そもそも生前から秀吉の構想がどの程度家康たちと共有化されてたのかも疑問だし
そんないわばほったらかしの状態で死なれて家康たちも困っただろうし、ほとんど唯一の推進力だった
秀吉が死んだらとりあえず撤退するのは当然なことと思うが

大体家康が邪魔した、外征は成功したはずだって言うが家康が推進して成功したとして、
そうなったらなおさら家康の勢威が強くなるだけで豊臣家なんて消し飛ぶでしょ
家康でも利家でもない、秀吉直系の秀頼か一門が主導しなきゃどのみち豊臣はジリ貧だと思うが
0950人間七七四年2017/01/09(月) 21:47:56.12ID:q0mEGJiG
>>946
成果あがってるのに家康が撤退だと言ったら消滅すんのかよ
バカかお前は。

まともに領国経営まで至ってない、明から攻められる、朝鮮すらそこら中で反旗
攻めとれてないっての
敗戦して撤退、しただけだ
0951人間七七四年2017/01/09(月) 21:48:42.80ID:q0mEGJiG
>>949
ボケてるから外征したことすら忘れてる
0952人間七七四年2017/01/09(月) 21:51:14.39ID:q0mEGJiG
>>945
で、どっから日本の支配から離れてるんだよ
あの時分の記録は神様が降り立ちましただの、支配はこうでしただの、まるであてにならん
歴史ロマン程度にとらえるのが正解なんだよ

正確にはよくわからないけどそういう説もあります、内容はよくわかりません、ってやつなんだよ
0953人間七七四年2017/01/09(月) 21:54:21.37ID:YJVOgkza
そもそも朝鮮撤兵って秀吉の遺言じゃなかったっけ
0954人間七七四年2017/01/09(月) 21:54:50.66ID:CQDWRxjE
>>949
秀頼が成人するまで撤退とかだったはず
0955人間七七四年2017/01/09(月) 22:02:15.15ID:X20EdWzt
終わりが見えてきたけど次スレは>>980くらいかな
0956人間七七四年2017/01/09(月) 22:05:34.10ID:IhzNGfek
>>954
それ本当?本当ならますます秀頼が言い出さなかった理由がわからんな。
成人って事は15歳位か?1607、8年辺りかね。
豊臣恩顧とやらも結構生きてんじゃね?なんで唐入り再開希望しなかったんだろ。
『父の遺言に基づき、唐入りを再開する!諸大名よ、我に従え!』
って言えばよかったのに。唐入りが成功してるのならだけど。
家康?ほっとけ、あんな奴。バカで無能で屑で外道でカスの暴君なんだろ?
何も出来やしないよ、『本当にそうであるなら』だけど。
0957人間七七四年2017/01/09(月) 22:09:10.05ID:CQDWRxjE
>>956
正確には「高麗之儀被引取之由候、乍去おひろい御存分出来候ハゝ、
弓矢ニめされ候するも可為御気分候」とある
0958人間七七四年2017/01/09(月) 22:24:29.92ID:IhzNGfek
>>957
うーん、朝鮮からは一旦兵を引く、
秀頼が大きくなったらどうするか自分で決めろ、って事でいいのかなこれ?
すると一度撤退する事に関しては陰謀も何もなく確定事項っぽいね。
そうすると唐入り再開しない理由は秀頼かもしくは側近が
乗り気にならなかったって事かな。
しかしこれだと秀吉が唐入りをどう思ってたかがわからんな。
多分大陸を切り取ってはいないとは理解してるんだろうけど。
(明、もしくは唐から撤退とは書いてないようだから)
0959人間七七四年2017/01/09(月) 22:24:34.60ID:N53e/M7M
撤退するのは勝手だが、失敗したときや逆に攻め込まれたときはどうするんだろう?集団合議でやってくの?
0960人間七七四年2017/01/09(月) 22:48:23.26ID:ww6897NB
>>900
そういう考え方はありだけど、秀次の義兄(正室の兄)でナンバーツーの
池田輝政を生かしておいたのは痛恨のミスだったね。
0961人間七七四年2017/01/09(月) 22:56:51.42ID:ww6897NB
秀吉が池田輝政を生かしてしまった理由として、父恒興の恩があった。
天王山と清須会議で2度も助けてもらったというものだ。だから、重い
処分に踏み切れなかった。

(実は輝政の妹の秀次の正室、若御前も上記に該当するが、こっちは
一の台との権勢争いが周囲を巻き込み混乱させたという理由で、あっさり
他の側室、遺児と一緒に処刑されている。)
0962人間七七四年2017/01/09(月) 23:10:15.00ID:IhzNGfek
>>961
妹だけ処刑って最悪のパターンな気がする。
別に秀吉が正しいとは思わんが、そんな中途半端な対応する位なら
族滅した方がいっそマシだったろう。
しかし、秀吉意外と織田家臣時代の事気にしてるんだな。信長死んでから10年以上になるけど。
末期の秀吉、織田家臣時代をどう思ってたんだろ。信長の亡霊にうなされたなんて話もあるけどさ。
0963人間七七四年2017/01/09(月) 23:37:09.34ID:Z43DelYz
若御前処刑のソースってあんの?
三条河原で殺された39人の中に入ってないんだけど?
0964人間七七四年2017/01/10(火) 00:01:21.90ID:G6q2xLGx
>>957
撤退は太閤遺命か。

>>946 www
0965人間七七四年2017/01/10(火) 10:32:24.16ID:d3LdScsK
そもそも家康は父恒興の敵ではないのか?
0966人間七七四年2017/01/10(火) 11:03:45.80ID:BpZNl1LU
>>965
父親を討った家康の家来本人に身分や石高を聞いて
意外とショボくてがっかりするエピソード好き
0967人間七七四年2017/01/10(火) 12:05:24.54ID:AaqeE8hu
戦場で討たれた場合は、武運つたなかったということであまり恨まないらしいね。
今川氏真も信長は恨まず、同盟破って侵攻してきた信玄を恨んでた。
他国に攻め入ったり、攻め入ろうとしたりして討たれるのは諦めもつく。
0968人間七七四年2017/01/10(火) 12:34:51.35ID:d0QnY6B1
さすがは池田90万石
0969人間七七四年2017/01/10(火) 14:11:37.21ID:Udh7696R
討つも討たれるもお互い様か、なにより頼りになるかどうかだよな
0970人間七七四年2017/01/10(火) 17:31:00.32ID:lCKPuMfX
基本戦国大名達は現代なら、中小企業主。
関ヶ原も大阪も、家存続が至上命題。
豊臣政権に尽くすも、徳川政権に尽くすも
対して変わらん。負けては意味ないからね。
明国征伐も豊臣政権裏切りも、家存続が
出来れば、その政権に尽くすだけ。

秀頼では家存続が保証出来ないから、
徳川政権に変更しただけ。
裏切りも正義もない。三成や小西や大谷
や真田でも、家を滅ぼしたからあの時代
まともな評価はないよ。
0971人間七七四年2017/01/10(火) 17:54:01.06ID:d0QnY6B1
全体としては同感だけど、真田は大名として存続したよ
0972人間七七四年2017/01/10(火) 18:29:29.21ID:XxYVMrFZ
豊臣も、秀次が家康軍、秀頼が淀軍と別れて戦えば家が残ったのに
0973人間七七四年2017/01/10(火) 18:32:42.57ID:QRX/u2pr
真田は兄貴の家だからと、考えてる。
真田幸村家としては存続許されないよね。
勿論伊達家とことかあるけど、公に
誇れて江戸幕府時代過ごせないよね。
0974人間七七四年2017/01/10(火) 18:33:23.35ID:Qe963H7w
秀次を粛清せずとも家康に秀頼を任せればバランス取れたんじゃね
0975人間七七四年2017/01/10(火) 18:41:07.01ID:vT51PRX5
朝鮮出兵やめれば、子飼いの武将達が仲たがい起こして家康らにつけいる隙を生じさせることもなかったな

…晩年の秀吉が余計なことしなければ、それでよかっただけって話
0976人間七七四年2017/01/10(火) 18:43:21.66ID:AaqeE8hu
>>973
弟は正式に分家してないだろ。
0977人間七七四年2017/01/10(火) 18:55:01.39ID:Udh7696R
>>971
西軍についた真田は消えた、ということでしょ
強きについた信之は先を見る目があかるかったということで。
0978人間七七四年2017/01/10(火) 21:14:52.34ID:DShNCoUp
うんそう、
真田の家は兄貴が居るから、大丈夫。
弟の幸村の俺は大阪を死に花道だあ。
幸村家臣
(旦那様、笑われても、我々家臣の家族
 をお考えください。心の叫び)

秀頼では、ダメなんだよ。
豊臣政権ではダメなんだよ。
0979人間七七四年2017/01/10(火) 21:56:17.70ID:vMVNHgID
>>973
いっそ豊臣姓羽柴氏をなのれば面白かった
秀次経由で太閤の血筋でもあるからやろうと思えば
資格はあったよな
0980人間七七四年2017/01/10(火) 22:39:21.54ID:/LONr0Hb
隆清院が秀次の娘だというのは眉唾では
0981人間七七四年2017/01/10(火) 23:05:11.94ID:RW3ZVVtP
結構伸びるの早いし、次スレ立ててみようか
0982人間七七四年2017/01/10(火) 23:12:07.83ID:RW3ZVVtP
次スレ立てました
検索しやすいようスレタイに二人付け足ししました

【秀吉・秀次】豊臣家総合スレ2【秀頼・茶々】
http://hanabi.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1484057381/
0983人間七七四年2017/01/10(火) 23:13:35.63ID:RW3ZVVtP
ところで>>2にある関連スレのリンクっていります?
自分はあまり必要を感じなかったので
貼らなかったですけど
0984人間七七四年2017/01/11(水) 01:43:36.27ID:DcbEXSaF
大儀であった
そのようなリンクなぞ要らぬわ
0985人間七七四年2017/01/11(水) 06:56:48.10ID:KJ3PsZnZ
必要ないんじゃないかな
0986人間七七四年2017/01/11(水) 20:42:28.53ID:ufd5My6l
>>949
秀吉は撤退するなと遺命しているので続行だな。
家康は国内というか東日本対応なので関係ないんだけどね。
東北とかでトラブルがあった場合処理するのがお仕事。そのために250万もプレゼントされた。
>>950
半島南部を制圧して築城して補給物資をためながら、
明軍を撃破して、領域を拡大する。おおむね順調だよ。
家康には国家100年の計がわからんかったんだよ。
>>952
白村江の戦いを知らんのかお前は。
唐に負けた事で半島から追い出されたんだよ。
0987人間七七四年2017/01/11(水) 22:25:57.93ID:A17ejj+/
>>986
家康は上杉が東北で謀反の準備をしているのが明らかになった時に
会津征伐を決めるなど真面目に仕事をしているんだよな
石田や毛利がその隙に豊臣を乗っ取ろうとして謀反を起こしたことで豊臣は崩壊した
石田や毛利なんて入れずに家康に全てを任せておけば豊臣も存続できただろうに
0988人間七七四年2017/01/11(水) 22:43:10.88ID:A17ejj+/
秀吉の遺言どおりに日本の仕置きは家康に任せて
石田・宇喜多・毛利は朝鮮出兵を続行しなければいけないのに
連中は秀吉の遺言を破り家康が秀吉から任された地位と権力を奪おうと謀反を起こした
石田・宇喜多・毛利のような奸臣がいなければ豊臣の存続どころか朝鮮支配も可能だった
0989人間七七四年2017/01/12(木) 00:19:46.04ID:YvnxwpR9
ついにねつ造まではじめた豊臣信者
0990人間七七四年2017/01/12(木) 06:52:18.68ID:fpahsErX
でもねえ、秀吉の命令て言うけど、
実際戦国大名達は朝鮮や明国に何時まで
居なければ駄目なん?
戦国大名達だって人間やで、家族や日本に
帰りたいがや。
朝鮮半島占領戦争続行なんて、三成みたいに
言うんやな。
戦国大名達も三成に言うたよ、お前はあほか、
俺達を早く日本に帰せよと。
だから、帰国を慰めた家康に支持が
集まったんや。
0991人間七七四年2017/01/12(木) 07:24:22.50ID:uHh69gch
しかもなんの戦賞もない、攻め損の負け戦だしな
0992人間七七四年2017/01/12(木) 08:23:43.03ID:KqSGkR0G
埋め
0993人間七七四年2017/01/12(木) 08:24:07.89ID:KqSGkR0G
0994人間七七四年2017/01/12(木) 08:24:38.34ID:KqSGkR0G
うめ
0995人間七七四年2017/01/12(木) 08:24:59.93ID:KqSGkR0G
埋め
0996人間七七四年2017/01/12(木) 08:25:03.10ID:hMLAWyQr
それは止めたからだろう。
チンギス・ハンやヌルハチの後継者が勝手に止めて、恩賞がでないといわれてもな。
0997人間七七四年2017/01/12(木) 08:25:31.29ID:KqSGkR0G
0998人間七七四年2017/01/12(木) 08:26:21.89ID:KqSGkR0G
埋め
0999人間七七四年2017/01/12(木) 08:26:52.83ID:KqSGkR0G
999
1000人間七七四年2017/01/12(木) 08:27:47.64ID:VSHNrhR4
1000だと今年も平和
10011001Over 1000Thread
      /    `ヽ、
      ー┬――─‐ァ
      / ̄ ̄ ̄ ̄,l,
    _/     ,、r'" _」
.    | ̄ ̄ ̄ ̄ ,、r:''゙ヽ、
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   /  秀家    ゙ヽ:::::::::',   ごくろう。このスレはみごと統一された。
  ゙|゙゙゙'''   ‐‐''""'  ';:::;r==,、  さすればおぬしらには次スレの攻略を命ずる。
.  |エi> ,'  イiエ>  レ'゙,r .,l }  
  i.  /         Y./ノ   さあ泳いでゆけ、現代のもののふたちよ!
  l  {  .、          /      
  ',  ` ''  '       rTヲ
   '、 `'ー‐''"    / lzュ、__
---‐ヽ  -'     /  〃ィ ヾ'‐,--        
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