戦国ちょっといい話40
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0293人間七七四年
2014/07/13(日) 10:45:58.03ID:409e/6Nw「石田三成からの手紙」を読んだら興味深い書状が載っていた
『内々進上するつもりで先日お目にかけた鷹ですが、その時には
獲物を取ることができず、残念でした(昨、御覧候所にて取飼い申さず候、遺恨)。
今日は私の鷹師を遣わして雁を一つ取らせたので、鷹と一緒に進上します。
この鷹は申し上げた通り私の秘蔵の鷹です(我ら秘蔵に候、)。青鷺を取るということで来たのですが、
私のところでは雁に力を入れてこの春、菱喰(別名オオガリ)を入れて雁を二十ほど取りました。
その手際は同行した城州(山城守)がご存知ですのでお聞きになってみてください。
(中略)
ところで先日貴方の手から飛ばせた若鷹は、私の手からは雁を二つ、鷹師からは七つ、
大崎方では青鷺を二つ取りました。この鷹は次の秋に確かに鶴を取るでしょうから、大崎方へ残しています。
夏の間は青鷺を取ってお遊びになるといいでしょう。秋に鶴を取ったらお返しください。
(いったん渡したものを返せと言うのは)おかしなことですが(鶴取り候ハバ御返しあるべく候、おかしく候、)。
恐々謹言 廿六日 三成(花押)』
(「年代未詳 某中納言宛て書状」 下条文書)
三成は真田信幸にも鷹をもらったことに対する礼状を送っているので、鷹狩が好きだったのは確からしい
「中納言」「山城守」と言えば思い浮かぶのは上杉景勝・直江兼続主従だが、
三成がこれほどくだけた手紙を景勝に送るのは考えにくいということで、
著者はこの書状は岐阜中納言(織田秀信)宛てではないかと推測していた。真相はいかに。
鷹について熱く語る三成が微笑ましいのでいい話に
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