伊達遠江守秀宗が通行の途中、旗本の某が強い馬に乗って通りかかると、
どういうわけかその馬が秀宗の方へ馳せて来た。供の士の大藤某という者は
速やかに立ち向かい、馬の口を取って動かさず、その間に秀宗は通り過ぎた。

その馬の脇の士が馬を抑えようと後から馳せて来た。その者は大藤が
馬の口を取って立っているのを見て、どのように思ったのか刀を抜こうとした。
しかし、伊達の供たちが大勢やって来てその者を取り押さえて動かさなかった。

その時、馬上の主人は槍を取ろうとしたが大藤は片手で槍をしっかりと握って
動かさず、「このような事はあるものです。御馬が感が強いために馳せ出たので
止めたのです。慮外は少しもいたしてはおりません」と言った。

これに馬上の主人が「こうして取り囲むのは慮外ではないのか?」と言うと、
大藤は「御家来が粗忽に見えましたので留めたまでのことです。慮外や無礼と
申すようなことはいたしてはおりません」と言い、一同は退いたので馬上の
主人もそのまま行き過ぎた。

この大藤某という士は大力無双の勇士で、よく物の義理に通じていたため、
大藤の一言で事件も無く済んだのである。

――『明良洪範続編』