【既出】の戦国ちょっといい話・悪い話を話そう
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0001人間七七四年
2012/10/15(月) 00:12:08.25ID:RhmDVWTD戦国ちょっといい話・悪い話まとめブログ
http://iiwarui.blog90.fc2.com/
書き込む際にネタがかぶっていないかなどの、参考にしてください
戦国ちょっといい話34
http://ikura.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1344541435/
戦国ちょっと悪い話33
http://ikura.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1344939207/
鎌倉・室町 ちょっといい話・悪い話
http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/history/1286650888/
このスレの武将などに対する愛称等の、用語解説はこちら
http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-2161.html
逸話に対する過度の真贋論争、揚げ足取りなどは、無駄に荒れるもとになります。
そのような議論はこちらでお願いします
【真?】戦国逸話検証スレ【偽?】
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1196778610/
0656人間七七四年
2014/11/04(火) 07:41:18.26ID:EsO0H7vH>豊後守は領内の鍋山が大八賀川に臨む天嶮の要害であると同時に、
>信州街道と平湯街道を抑える要衝である事に目をつけると、
>そこに以前築かれた砦を改修して鍋山城を置き、姓も鍋山と改め、
>その勢力を確固たるものとした。
>だが永禄の頃になると、近隣の三木自綱はまさに飛ぶ鳥を落とす勢い。
>抗し難しと考えた豊後守はこれに降り、自綱の弟・顕綱を養子として迎えた。
>ところがこの顕綱、生来貪欲な人物で、豊後守を毒殺すると、その一族を追放、
>みずから鍋山豊後守を襲名し鍋山城を乗っ取ってしまった。
>さらにこの顕綱、兄の自綱が飛騨国司・姉小路の名跡を継ぎ、
>帝から三位中将の位を賜ったのを見て、めらめらと嫉妬の炎を燃やし、
>いずれこれに取って代わろうと企んでいた。
>しかし、天正15(1583)年、ついに顕綱の野望は自綱の知るところとなり、
>自綱はこれに先んじて弟を成敗する事を決意した。
>さっそく家中でも屈指の剛の者である、長瀬甚平、土川新三郎を呼び
>計略を授けると、それにも劣らぬ腕利きの士卒十数名をつけて、
>鍋山城へと向かわせた。
>さて、鍋山城に到着した一行。甚平、新三郎は顕綱に目通りすると、
>ご機嫌伺いの口上を述べた後、あらためて平伏すると次のように言上した。
>「本日は松倉の中将様より格別の密書を持参いたしました。なにとぞ人払いを…」
>野心家の顕綱もまさか二人が刺客とは思いもせず、左右の近侍を別室に下がらせ、
>文箱を受け取ると、中の書簡をバラリと開いて目を通そうとした。
>ところが、この密書、字がまるで子供の落書きのように乱雑に書かれており
>読むに読めない。何度も巻物を巻き戻し、目を皿のようにしていると、
>突然、甚平がわっと躍りかかり、顕綱を組み伏せ、新三郎が刀を抜き放って
>大音声に叫んだ。
>「中将様の密書とは真っ赤な嘘。悪事千里を走るの言葉通り、豊後殿の
>御謀叛はすでに家中の知るところとなっておりますぞ。お覚悟めされいっ!」
>と言うが早いか、顕綱の首を一刀の下に刎ねた。
>騒ぎを聞いた近侍の者たちが駆けつけると、すでに座敷は血の海となっている。
>すぐに腕に覚えのもの数名が斬りかかったが、たちまち返り討ちにあい、
>あとのものはすっかりこれを見て戦意を失い、城中はたちまち大混乱になった。
(続く)
0657人間七七四年
2014/11/04(火) 07:45:13.81ID:EsO0H7vH>城内の侍が一人、二人と逃げ出していくのを見て、謀が成就した事を知り、
>一気に鍋山城を制圧するべく、門の中に駆け込もうとした。
>ところが、逃げ出す者の中にしどけない姿ではあるものの
>あきらかに身分の高そうな妙齢の婦人の姿があった。
>「豊後守の奥方に違いない!逃がすな!」
>すぐさま何名かが彼女の跡を追い、奥方はたちまち七夕岩という所に追い込まれた。
>すると、奥方はすばやく腰の帯を解くと
>「もしお前に霊魂があるのなら、大蛇となって我が仇に報いよ!」
>と叫んで、これを谷底に投げ捨てた。そして、その直後、
>追ってに捕えられた奥方は、あわれ滅多切りにされ果ててしまった。
>こうして鍋山城はわずか十数名のものによってあえなく落城した。
>顕綱亡き後、自綱の次男・秀綱が鍋山の名跡を継ぎ、新たな城主となったが、
>直後、自綱の嫡男・信綱が羽柴秀吉に内通し、自綱に誅殺されるという変事が起こり、
>秀綱が新たな嫡子として松倉城に戻され、代わってその弟・季綱が鍋山城主となった。
>その頃、鍋山に牙がすべて真っ黒な大蛇があらわるようになり近在の人々を驚かせた。
>人々はこれは自綱を呪って奥方が投げた帯が変化したものに違いない、いや
>奥方の怨霊が帯に乗り移って大蛇の姿となったのだと口々に噂し、
>これを「お歯黒蛇」と呼んで恐れた。
>さて、顕綱暗殺から2年とたたないうちに羽柴秀吉の命を受けた金森長近の軍勢が飛騨に雪崩れ込んだ。
>鍋山城も落城し、城主・季綱は松倉城の兄・秀綱とともに信濃に逃れようとしたが、
>落ち武者狩りに遭い非業の死を遂げた(http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-category-1053.html)。
>姉小路の一族は、頼綱と美濃遠藤氏の人質となっていた末子の近綱のみが残ったが、
>大名としては滅亡し、二度と歴史の表舞台には姿を現さなかった。
>それから幾星霜、顕綱の子孫の平野清心という者が、松之木村の郷士となって
>田畑を耕し暮らしていた。ところがある晩、見知らぬ女が枕元に現れ、清心を
>呼び起こした。驚く清心に女ははらはらと涙を流し、
>「妾はもと、鍋山豊後守顕綱の妻女であった。すでに白骨となって久しいが、
>未だ七夕岩のあたりに埋もれたまま、誰一人として供養してくれるものがおらぬので、
>成仏できず毎日苦しんでおる。どうか、どうか、早くこの苦しみから救っておくれ」
>と告げ煙のように消えてしまった。はじめは夢だとおもっていた清心も
>三日三晩同じ夢を見続けたので、七夕岩に行ってそのあたりを掘ってみると、
>確かにぼろぼろに風化してはいたが人骨が幾片か見つかった。
>さっそく高山雲龍寺の脱山和尚という人を呼んで、顕綱婦人の回向を催し、
>そこに供養の石塔を立て、ねんごろに弔った。
>しかしさらに後、脱山和尚の元に顕綱夫妻の霊が現れ、
>「どうか、毎日読経の声が聞こえるような仏縁深い地に移して欲しい」
>とまた懇願したので、和尚は檀家の村人とともに供養塔を雲龍寺の境内へと移した。
>後に、この石搭をさらに他所に移そうとした事が何度かあったが、
>いずれのものも怪死したり、家門が没落したたため現在も
>顕綱夫婦の供養塔は雲龍寺の境内に残っている。
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