【疑問】スレ立てるまでもない質問10【戦国時代】
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0002人間七七四年
2012/09/15(土) 00:24:21.12ID:B/qLTJ73・老衰死
・敗死(負傷死・切腹含む)
・内科的直接要因での病死(ガン・心疾患その他)
これらに当てはまらないのが、暗殺の可能性高いと定義。
「裏工作だから、3英傑の親類多数ほか史実の何十倍も実在した」はず。
0003人間七七四年
2012/09/15(土) 08:42:07.66ID:b40tmjGL0004人間七七四年
2012/09/15(土) 08:52:17.41ID:fg19uC2/「戦国時代」と言う言い方は明治になってから。
ただ同時代から「戦国の世」という認識も言葉もあった。
0005人間七七四年
2012/09/15(土) 10:28:48.20ID:KXx5NeR00006人間七七四年
2012/09/15(土) 12:15:59.81ID:yZt04MJ50007人間七七四年
2012/09/15(土) 23:09:42.59ID:D+jQjERx信長について質問です
信長の伝記漫画に道三と会談する時、信長達は
『全裸で男性器の形の飾りを馬に乗せて極めて卑猥な事を言いながら町を歩いた』
そうですが、歴史番組では
『袖を片腕だけ通して、腰からひょうたん下げて、カキを食べながら』
としていました、どっちが正しいのでしょう?
それとも資料によって書いてることが違うのでしょうか?
0008人間七七四年
2012/09/16(日) 00:50:00.34ID:Z1YkyDI5信長公記は編纂物、いわいる後世に書かれた書物なのですが
信長の部下だった人物が桃山時代に書いた同時代資料と言ってもいい物で
内容も一次資料との差異が少なく信頼できる史料です。
(ただし正徳寺の会見は首巻に書かれいて、首巻は後から書き足されたものとも言われ
信長公記の記述の中では若干信頼性が落ちます。)
そして正徳寺の会見に関する資料で最も古いのも信長公記であり
信頼性からのも後者が事実に最も近いものだとされています
それを踏まえて前者に関してですが出典はわかりませんが
内容的にほぼ後世の人物の創作、または捏造と見ていいでしょう
0009人間七七四年
2012/09/16(日) 08:49:34.78ID:oeakW6zhもうここにはいられないと逃避行するのは落ち武者っていうんでしょうか?
0010人間七七四年
2012/09/16(日) 08:50:48.83ID:OaS8+f8c0011人間七七四年
2012/09/16(日) 08:59:43.31ID:vbDa0kFEだから自領でも追剥ぎみたいなの警戒するw
0013人間七七四年
2012/09/16(日) 23:18:13.44ID:53u1/GrQ江戸期はどうなって行ったの?
0014人間七七四年
2012/09/16(日) 23:36:10.00ID:OaS8+f8cその統合レベルは大名によって様々。
家中の官僚機構にがっちり組み込まれたものもあれば、
伊達みたいに半独立のまま幕末まで行ったものもある。
0015人間七七四年
2012/09/17(月) 00:05:13.03ID:E8p4a0fx0016人間七七四年
2012/09/17(月) 13:52:26.02ID:jBufAYMd上州に土屋某の墓があって、武田家の遺産を預かっていたという話がありました。
三つ巴なので金丸系の土屋氏の一族だと思うのですが。
0017人間七七四年
2012/09/17(月) 13:55:11.03ID:MkFOmeOq0018人間七七四年
2012/09/18(火) 05:18:10.32ID:FWFSqyAR0020人間七七四年
2012/09/18(火) 17:46:38.76ID:apTRm8//古代中国の「戦国時代」は戦国策という書物に由来する。
0022人間七七四年
2012/09/18(火) 18:26:29.95ID:VDwBAGhVあんまりウソばっかり言いなさんな
中国の「戦国時代」という名称が使われるようになったのは
17世紀の清代からです。
0025人間七七四年
2012/09/19(水) 08:59:19.70ID:eOvDlqr9http://dailynews.yahoo.co.jp/fc/entertainment/sereal_tv_drama/?1348008714
良いやん!
0026人間七七四年
2012/09/20(木) 11:28:19.45ID:TBipoF2X0027人間七七四年
2012/09/21(金) 15:35:59.53ID:R9JnpGbPhttp://1st.geocities.jp/sengokujidai_sougou/D-500_sengoku.htm
0030人間七七四年
2012/09/22(土) 11:29:30.32ID:tcxKQCVGソースとなる一時史料はわかりますか?
また、本当だとしたらどのような政治的な事情があったのでしょうか?
豊臣家への忠義立て、だけとも思えませんし
0031人間七七四年
2012/09/27(木) 20:58:12.46ID:bM1hHVva0032人間七七四年
2012/09/27(木) 21:03:58.74ID:9It+jQ9aどっから中立守ったなんて珍奇な話が出てきたんだ?
0033人間七七四年
2012/09/27(木) 21:09:29.84ID:NErhFr3o脇坂安治個人が参加してないだけ。
これって中立か?
0034人間七七四年
2012/09/30(日) 20:41:21.19ID:DP5Me6bG0035人間七七四年
2012/10/02(火) 18:37:01.57ID:GLgdIXzLってどんなのが居るの?
男はたくさん居るけど、、、
0036人間七七四年
2012/10/02(火) 20:51:38.32ID:hCHVNpzi領主の子息を抱えて逃げて片腕切り落とされながら逃げ延びたみたいな記述をみたような…
死んだわけではないけれど
0037人間七七四年
2012/10/03(水) 12:26:36.47ID:KRCsBAI2大名は立花家くらいだよな。
0038人間七七四年
2012/10/03(水) 14:41:38.35ID:crXgtU2m0039人間七七四年
2012/10/03(水) 22:53:46.07ID:FiMMMGmk0040人間七七四年
2012/10/13(土) 21:15:51.26ID:1HUwngB10041人間七七四年
2012/10/18(木) 13:31:18.54ID:/jrfKVrS関東は田は少なくて畑中心だったのじゃないか?
江戸時代を通じて米は北陸などからの輸入に頼ってたはず。
0042人間七七四年
2012/10/18(木) 14:01:37.12ID:ovYf0ydAあった
>関東は田は少なくて畑中心だったのじゃないか?
そんなことは無い
>江戸時代を通じて米は北陸などからの輸入に頼ってたはず。
輸入に頼っていたのは江戸であって関東では無い。
0043人間七七四年
2012/10/19(金) 08:38:06.89ID:QnwN6wzW0044人間七七四年
2012/10/19(金) 13:35:39.91ID:x84+M6WA関東は畑中心だよ>大石新三郎
0045人間七七四年
2012/10/19(金) 14:08:29.29ID:Z8QFrMpQ0046名無しに人種はない@実況はサッカーch
2012/10/19(金) 14:55:55.69ID:xElriWwF気がするんだけど 気のせい?
曹操VS袁紹 官渡の戦いなら鳥巣の食料庫襲撃でほぼ決着つきました。
関ヶ原や大坂の役で10万人以上の食料庫を襲撃してしまえば形勢も
逆転できたのでは??
0047人間七七四年
2012/10/19(金) 15:25:37.92ID:B4gC78hG恐ろしい事にあの時代の兵糧は「各大名家で自前でヨロシク」だったりする
なので1ヶ所焼けば逆転出来るような兵糧集積地なんて無いです
現地調達分も大きいんで大名屋敷の備蓄を接収したり、買い占めしたりはしてますね
0048人間七七四年
2012/10/19(金) 15:41:39.11ID:Z8QFrMpQ決死の使者にだした契機が食料庫を奪われたからだとか
三増峠の戦いで北条がまず襲ったのが小荷駄隊だとか
川中島屏風絵で小荷駄隊がゲリラに襲われてるとか
補給線に打撃を戦術はそれなりに行われてますよ。
守る側も補助部隊なのにあえて精鋭を持つ重臣や高名な武将に
小荷駄奉行を担当させ守らせているので簡単にはいきませんでしたが
0049名無しに人種はない@実況はサッカーch
2012/10/19(金) 15:49:41.05ID:xElriWwF0050名無しに人種はない@実況はサッカーch
2012/10/19(金) 16:03:48.96ID:xElriWwFしかし官渡の戦いみたいに歴史的転換となったほどのレベルではないよね。
個人個人レベルで食料携帯であれば 荷駄隊の襲撃はほとんど局地戦レベルでしょう。
0052名無しに人種はない@実況はサッカーch
2012/10/19(金) 21:49:16.62ID:xElriWwFそれ以上になると購入・乱捕り・・・
これが本当だとすると、
日本の陸軍事学って世界でも最弱レベルかもしれないよ
戦争のほとんどは移動か寝るか食べるかだから
0053人間七七四年
2012/10/19(金) 22:03:52.90ID:2gmdden5おかげ国家レベルの戦争なのに数万しか動かせない
0054人間七七四年
2012/10/19(金) 22:26:15.32ID:Z8QFrMpQ同君連合を一国と数えれば別ですが
食料自弁、足りない分は現地調達は中世では何処もたいてい同じですね。
あと軍事学的に現地調達だから単純にダメってことは全く無いんですね
現在のアメリカ軍も現地調達に力を入れています。輸送費削減になりますから。
0055人間七七四年
2012/10/20(土) 01:54:25.32ID:Ufi3c7Jf補給線が伸びきるとそれこそ太平洋戦争みたいなことになりかねない
であるからこそ拠点をいくつも設けてあるとも言えるわけで
0057名無しに人種はない@実況はサッカーch
2012/10/20(土) 08:07:34.43ID:WjZRDeZzかれらのおかげで北条滅んだのに 挙句の果てに周りからボロクソに言われたのは
当時の陸軍事学が兵站を軽視していた証拠だよね。
中国では、漢楚の戦いで100万人の将兵の食料補給を絶やさなかったショウカが韓信を差し置いて
建国第一になったというのに。
0058人間七七四年
2012/10/20(土) 08:15:12.74ID:k7nn88Y00059人間七七四年
2012/10/20(土) 08:30:07.56ID:qmuCdkAy兵站の確保は政治的な意味合いも強いからな。
特に現地での購入は予め、敵地の商人や豪族を懐柔する必要があるし。
0060人間七七四年
2012/10/20(土) 09:40:38.75ID:OjTnBRaUえ?まだ北条攻めで豊臣の兵站優れてるとか信じてるの?食料不足で足軽の脱走続出してたのに。
すこしは軍談講談の世界から離れようや
0062人間七七四年
2012/10/20(土) 14:12:31.09ID:h3GVE5Wn100万は虚構だよ
せいぜい5万って事だな
あの国はなんでも数字を大盛りするからな
南京も3千人程度なのに30万人にしたからな
0064名無しに人種はない@実況はサッカーch
2012/10/20(土) 16:51:09.09ID:WjZRDeZzしかし、日本は全面に出て戦うやつしか評価しないから困りますよ。
賤ヶ岳でも光成が兵站確保してくれたから
大垣から木之本まで1万5千人が全力疾走で裸で走れたのに
正則が兵站の重要さを理解していたら光成との仲も改善されていたはず
中国なら光成・吉継・正家は建国第一功労者になっていたと思うよ。
0065人間七七四年
2012/10/20(土) 17:39:48.37ID:OjTnBRaUずっと光成って変換してるし
0066人間七七四年
2012/10/20(土) 17:51:43.81ID:+4iEbw9rこの時代にも当てはめたいだけなんだろ
0067人間七七四年
2012/10/20(土) 17:57:45.92ID:OjTnBRaU(つまり兵隊の戦闘能力は敵よりも優秀だった)
って言うんだよな。
ちなみにドイツも右派ほど、戦争に負けた原因は「「兵站が貧弱だったから」と言っておる。
0068人間七七四年
2012/10/20(土) 20:09:15.81ID:m3oAq9KIそれで負けたかどうかは別にして
0069人間七七四年
2012/10/20(土) 20:21:03.13ID:OjTnBRaUアメリカが異次元だっただけだ。
0070人間七七四年
2012/10/20(土) 22:36:47.05ID:pchZocik軽視というより過大評価したのかな
0072人間七七四年
2012/10/21(日) 14:06:28.53ID:DvwCBrAcイメージなんですが成功した戦いってありますか?
0073人間七七四年
2012/10/21(日) 15:54:41.47ID:/m7kD9I/0075人間七七四年
2012/10/22(月) 09:36:16.22ID:xtqO3Sji0076人間七七四年
2012/10/22(月) 19:14:12.43ID:VD3JQJsG徳川をつぶせる可能性が最も高かったのは次のどれだったのでしょうか?
また、実現していたら、最もではないけれども、つぶせた可能性が高いと思われるのはどれだったのしょうか?
1.小牧長久手の戦いに純粋に軍事的に勝利した。
2.秀頼が生まれても、秀次をそのまま家康と同じ寿命まで関白として生かしておいた。
3.橋渡し役の前田利家に家康が死ぬまで寿命があった。
4.家康嫌いの蒲生氏郷に家康が死ぬまで寿命があった。
5.関ヶ原で小早川が裏切らなかった。(合図とともに松尾山から出撃していた)
6.関ヶ原で立花宗茂の1万5千が時間通りに到着していた。(宇喜多・大谷の陣近くへ布陣)
7.会津征伐で家康が退却時、上杉軍が追撃をおこなった。
8.大谷吉継が生まれた時から健康だった。
9.夏の陣で、天王寺の合戦で真田幸村の最後の突撃で家康を討ちとった。
10.石田三成と福島正則の仲が生まれた時から良かった。
0077人間七七四年
2012/10/22(月) 19:34:43.56ID:47DS0Mbs0078人間七七四年
2012/10/22(月) 19:48:45.38ID:airw8vTR徳川の代わりに北条が残るか九州が手遅れになるか・・・
0079人間七七四年
2012/10/22(月) 20:34:17.93ID:VD3JQJsG合戦があったのは1584年3月〜9月までですので、その戦いで勝利をしたという意味です。
(つまり1584年9月以降という意味だと思います)
北条・徳川をあらゆる方向から挟撃しても軍事的に完全屈服は無理でしょうか?
0080人間七七四年
2012/10/22(月) 20:37:50.44ID:RHeXKvrS0081人間七七四年
2012/10/22(月) 21:12:19.51ID:VD3JQJsG0082人間七七四年
2012/10/22(月) 23:43:55.00ID:CBp+XTX6というか信長の死後以降は徳川が滅ぶって展開は考えにくい
0083人間七七四年
2012/10/23(火) 12:53:57.25ID:N1CAU1cGもっともであれば2 秀次が関白でありつづければ徳川も臣下でしか生きながらえなくなる 秀頼が幼いを理由にはできない
その後トイレの壁を勝手に修理した言いがかりをつけて改易すればいい
可能性が高いのは4 蒲生が会津にいれば上杉は越後で二大強国に背後と中央から江戸城を襲える
基本的に秀忠 家光は軍事的にも家康には到底及ばない
関ヶ原までに家康を討ったばあい徳川を滅ぼせるのかというのが最大の論点だとおもふ
家康を討ちとる=徳川滅亡の方程式が成り立つか?
それによって変わってくると思う 成り立つのであれば9以外は可能性はある
0084人間七七四年
2012/10/23(火) 15:52:50.10ID:MfPwQ5Y2蒲生が一番可能性高いと思ってた人が居たなんて感激!!
0085人間七七四年
2012/10/24(水) 07:49:00.62ID:TbUT54cG0086人間七七四年
2012/10/24(水) 12:10:11.70ID:545ZMovE0087人間七七四年
2012/10/26(金) 12:47:14.80ID:zR9pu2jsあえて家康は豊臣を滅ぼす必要があったのでしょうか?
0088人間七七四年
2012/10/26(金) 13:19:07.50ID:/7ddS9bR当然何らかの影響はあったと思います。
また完全に無力化して、たとえば公家として存続なら
歴史にたいした影響を与えることは無いでしょう。あったとしても朝廷以下です。
そして史実では豊臣方が無力化を拒否したので幕府としては滅ぼさざるを得なかったのです
0089人間七七四年
2012/10/27(土) 05:45:40.07ID:0YD+4Rc665万石のままということでいいよね? 無理だろ?30年もたなかった
と思うよ。加藤清正なんて二条城会見で、秀頼様に何かあったら家康を殺すと
いってるんだし。それだけ秀頼の求心力はすごかったんだ。
あのままだったら家康が死んだ後、秀忠では統制がきかず、幕府の将軍は秀頼に
なってたはずだよ。そしたら関ヶ原前と何もかわらん状態になるよ。
0090人間七七四年
2012/10/28(日) 16:57:12.06ID:ipwurZv+関ヶ原の戦い時に、使用されたという2人がかりで撃つ程の
大きな銃が出てきたのですが、ご存知の方いますか?
普段どこかに展示されているのか知りたいです。
0091人間七七四年
2012/10/28(日) 17:07:22.51ID:7yx1X8afそれは大筒、あるいは大鉄砲だと思うけど、普段どこにあるかは、主催の関ヶ原町の地域振興課に聞いたほうが早いと思うぞ
http://www.kanko-sekigahara.jp/jp/contact/
0092人間七七四年
2012/10/28(日) 17:16:23.61ID:ipwurZv+ありがとうございます
実は月曜にメールフォームから問い合わせたんですが返信がまだ来なくて…
もうしばらく待って返信がなければ電話してみます
0093名無しに人種はない@実況はサッカーch
2012/10/29(月) 15:18:44.61ID:Gt7DJqpfであれば根拠を教えてください。農民より正規兵の方が断然強くないでしょうか?
0094人間七七四年
2012/10/29(月) 17:07:26.64ID:dgW5jpdN0095人間七七四年
2012/10/29(月) 19:07:19.65ID:twjjUuR3ウィキペディアで「永楽通宝」について調べてたんですが、解説に「中国、明朝第3代皇帝・永楽帝の時代に作られた銭貨。」と書かれてる一文を見つけました
もしかして日本でも中国でも同じ価値のお金として使えたという事でしょうか?
0096人間七七四年
2012/10/29(月) 19:17:17.88ID:FBgcykdN同じ価値ではありません。銅銭はあくまで信用通貨なので、同じ通貨でもその国や次代によって設定が違ってきます
0097人間七七四年
2012/10/29(月) 21:39:49.97ID:3bOBiEhJなるほど同価値では無かったんですね
けれど使う事は出来たという感じのようですね
答えて頂いて有難う御座いました!
0098人間七七四年
2012/10/30(火) 07:43:29.56ID:Z9M9mstI>農民より正規兵の方が断然強くないでしょうか?
一揆の構成員が農民だったのは、江戸時代のことです。
戦国期は、武士、足軽階層も主構成員です。
0100名無しに人種はない@実況はサッカーch
2012/10/30(火) 21:00:52.36ID:2fuf6RKO0101人間七七四年
2012/10/30(火) 21:53:04.46ID:Rgn5Goix0102人間七七四年
2012/10/30(火) 22:23:25.96ID:91nEuati0103人間七七四年
2012/10/30(火) 22:43:24.86ID:pG2/+zo6数千で籠城したら永久機関で無敵だと思うんだけど
そういう事例って無いの?
0104人間七七四年
2012/10/30(火) 22:59:23.05ID:91nEuati0105人間七七四年
2012/10/31(水) 00:08:36.47ID:7aHzrjyy0107人間七七四年
2012/10/31(水) 01:33:01.40ID:rRsX61iA0108人間七七四年
2012/10/31(水) 09:37:50.05ID:nRHMqVBm実際には防衛ポイントは数える程度だと思うのだが?
0109人間七七四年
2012/10/31(水) 10:32:19.42ID:rRsX61iA防衛ポイントの限られる要害かつ水の利が良い地形
一騎当千の精兵
条件をどんどん加えていけば何時かは可能になるかもしれませんね。
0110人間七七四年
2012/10/31(水) 12:54:45.99ID:t+WYE72M0111人間七七四年
2012/10/31(水) 13:04:53.02ID:x3MY+h960112人間七七四年
2012/10/31(水) 14:47:33.32ID:nRHMqVBm結局は狭苦しいところに密集した敵さえ撃退し続ければ良い籠城戦
なんてそんな兵数居なくても大丈夫じゃね?
火薬はともかく、弾や武器なんて敵の死体からリサイクルできるしw
0113人間七七四年
2012/10/31(水) 16:57:16.08ID:DWP8o7750114人間七七四年
2012/10/31(水) 17:05:08.42ID:x3MY+h960115人間七七四年
2012/10/31(水) 17:05:13.68ID:s/DXDplQなので信長との講和で石山を引き渡すという時、そう言った傭兵連中が「今まで山越で妻子を養ってきたのに
これからどうすればいいんだ!」と騒ぎ、この連中が徹底抗戦を主張する教如を支持して本願寺が父子で
分裂することになった。
大阪の陣の豊臣家と似たようなことが、石山合戦でもあったってことだ。
0116人間七七四年
2012/10/31(水) 20:43:16.96ID:Mlhks+4zそれにしても日本の合戦は兵糧攻めにされて
城からうってでる夜襲が少ないのう
戦い自体が低レベルなんだよ
中国の武将は夜襲が得意な武将が多い 兵糧攻め中で油断している間に夜襲かけて殺すこと多いし
まあ中国だったら兵糧攻めして油断している秀吉の1人や2人は討ち取られてただろうな
0117人間七七四年
2012/10/31(水) 20:45:31.30ID:s/DXDplQ0118人間七七四年
2012/10/31(水) 21:32:31.08ID:Mlhks+4zだれだって長期に滞陣していたら油断くらいするだろう
そこをガツン狙えといってるんだ。
何故日本ではそんなこともできなかったのだ?
103のどうやって無敵の籠城しますかって
そんな質問って中国ではありえないな
どうやって包囲を突破しますか
どうやって撃退しますかだろ?
日本人はあまり事を荒立てたくないからそんなことしか思い浮かばんのだろ?
0119人間七七四年
2012/10/31(水) 21:53:03.86ID:rRsX61iA0120人間七七四年
2012/11/01(木) 00:13:39.40ID:0Nk5v0yW賄えるだけの農地擁して、少数精鋭で負けないさ。
0121人間七七四年
2012/11/01(木) 00:16:46.15ID:Q9fnfTrw0122人間七七四年
2012/11/01(木) 21:31:30.51ID:X9QMi2Ik支配下に置けば既得権安堵⇔軍役になるので主従関係が発生しますよね??
0123人間七七四年
2012/11/01(木) 21:38:41.72ID:wa9MXoK4武士の家臣化というのは家中のシステムに組み込まないといけない。
いわば在地領主からその大名家の役人になって初めて家臣化が成立する。
0124人間七七四年
2012/11/02(金) 08:41:16.25ID:/rxaetBm0125人間七七四年
2012/11/02(金) 08:57:12.00ID:eA13ez8c0126人間七七四年
2012/11/02(金) 09:18:37.02ID:ZSlyWsU90127人間七七四年
2012/11/02(金) 09:43:15.32ID:HHZxeIE2昔、津本陽が小笠原長治のことを小説に書いていた。
その中で、確か琉球に渡り、三節棍かなにかの用法を学んび、後年日本に戻ってきたというような内容だった。
(読んだのはかなり以前なんで、いろいろうろ覚え)
今思えば、多分伝説の技「八寸の延べ金」をヒントに、作者が脚色したものだと思う。
史実では小笠原長治は、明に渡り、向こうの武術を取り入れたりしているわけだから、
著名な剣客の中では、ヌンチャク的なものを使った可能性が確かに一番高い。
0129人間七七四年
2012/11/02(金) 09:54:59.63ID:8EOhu1ER戦国時代の武士や農民はそれらより強力な脇差を
護身用として肌身離さず持っていたので
たとえ入ってきても流行る余地は無なさそうだな
0131人間七七四年
2012/11/02(金) 11:39:22.09ID:HHZxeIE2>身近な農具や馬具を即席の護身武器として使う護身術らしいから
似たような発想で生まれた鎖鎌は、結構普及したよ。
ちなみに、漫画等で鎖が異様に長く描かれるから誤解されているけど、
鎖鎌術で使う鎖はものすごく短い。
使い方も、多節棍にちょっと似ていたり。
0132人間七七四年
2012/11/02(金) 13:30:53.87ID:8EOhu1ER一定数あるなら普及してたと言えるけどねぇ
0134人間七七四年
2012/11/02(金) 18:53:27.31ID:cdqiwclf頭のいい人なら色々工夫してヌンチャクみたいな物を使っていたかと
だから無いとは言い切れない
0135名無しに人種はない@実況はサッカーch
2012/11/02(金) 21:39:42.30ID:P6NaUXfxそんな鎖鎌なんてたいそうなもんあるわけないだろw
0136人間七七四年
2012/11/02(金) 22:04:28.73ID:8EOhu1ERこんなところにも来るんだw
0137人間七七四年
2012/11/02(金) 22:36:54.93ID:X4ifrGnh0139人間七七四年
2012/11/02(金) 23:29:38.09ID:HHZxeIE2>頭のいい人なら色々工夫してヌンチャクみたいな物を使っていたかと
杖とか棒の先に仕掛けをして、強く振ると分銅が飛び出すような武器は確かあった。
で、一度飛び出したらそのまま使い続けると、ある意味長柄の長いヌンチャクっぽい動き。
相手から間合いを読まれにくいというメリットがあるんだよね。
0140人間七七四年
2012/11/02(金) 23:36:04.43ID:AAXDpVNnどこまで本当だったかは知らんけど
0141人間七七四年
2012/11/03(土) 04:32:34.19ID:l6rLnvt20142人間七七四年
2012/11/03(土) 05:11:26.41ID:DFqegWAy遊びとはいえ、本物の武器で攻撃をしまくるハラハラ動画
ユーチューブからー無双だお
0145人間七七四年
2012/11/03(土) 08:41:10.54ID:YB2xDlLk0146人間七七四年
2012/11/03(土) 09:44:26.45ID:ooH14SdB0148人間七七四年
2012/11/03(土) 14:10:55.59ID:DFqegWAy0149人間七七四年
2012/11/03(土) 18:26:27.47ID:hIz2pTpk合戦で使うかどうかの議論じゃないだろ?
特定の武器が存在して実際に使われたかどうかの話なだけで
0150人間七七四年
2012/11/03(土) 19:06:06.49ID:bWgQyRhL0151人間七七四年
2012/11/03(土) 21:32:13.93ID:tCoPHbaKそれがいつの時代に追加されたか探るすべがないため、
正確なところを突き止めるのは難しい、というだけの話。
剣術や槍術といった表芸ではないので、こうした武器術に関する
記録は極端に少なくなりがち。
柔術でさえ、江戸期以前に存在したことが確認できるのは
一流派しかないのだから。
0152人間七七四年
2012/11/03(土) 23:03:26.94ID:bWgQyRhL0153人間七七四年
2012/11/03(土) 23:48:11.46ID:tCoPHbaK柔術は、表芸じゃない武術の例として出しているだけ。
0154人間七七四年
2012/11/04(日) 00:07:31.16ID:9p6rpRJB0155人間七七四年
2012/11/04(日) 00:19:03.46ID:9WFrkSKl>九頭竜川の戦いは、朝倉の軍勢、数千人が一向一揆の数万人の
>軍勢に勝利したといわれていますが
>これは両陣営、協議をして、合戦の決着を一騎打ちを何セットか
>やって(引き分けが無いように奇数のセット)
>勝った数が多いほうが合戦が勝利で、現場一帯を制圧でき
>負けた側は引き上げる、と決めて
>一騎打ちの団体戦をやって、朝倉側が大多数の一騎打ちに勝ち
>一向一揆は撤退をした、といわれています
これマジ?
0156人間七七四年
2012/11/04(日) 00:34:37.71ID:paGg5hwm俺の>>120 みたいなのにも、的確な反論出来ないと
フェードアウトして、低脳みたいにファビョら無いだろう?
0157人間七七四年
2012/11/04(日) 00:35:18.63ID:768deTpfヌンチャクは本土の武術だから、表芸も何も無い。
表芸じゃないのは、鎖鎌や柔術などの、剣(or 槍・弓・馬)以外の武技。
0159人間七七四年
2012/11/04(日) 01:16:55.55ID:9p6rpRJBありがとう。誰がどういう基準で決めた分類なのか気になる
>>156
>>120は相手にされてないだけに見えるけど
0160人間七七四年
2012/11/04(日) 02:05:02.90ID:oknsyBEx朝倉氏側…軍勢を約3千づつ3つに分けて九頭竜川の対岸に陣取る(+後方待機として反本願寺勢力3千が後詰)
本願寺側…軍勢を4つに分けて九頭竜川の対岸に陣取る
宗滴控える朝倉本陣以外の2軍勢に対して本願寺側が渡河攻撃を仕掛け、その際に名乗り出た甲斐氏浪人と朝倉側の武将とで一騎打ちが数件勃発
朝倉側の武将が全て勝利しその後軍勢どうしの乱戦から再度の睨みあいへ
数日後に宗滴が渡河攻撃を決断し朝倉本陣が対岸に攻め込む→朝倉本陣の勝利が他の3つの本願寺勢に伝わり恐慌状態となり本願寺勢敗走
朝倉側の布陣はある程度離れた位置にあり各所で行われた一騎打ちの結果が即時伝わるような状態ではなく上記のレス内容には無理がある
朝倉氏の情報はかなり見てきたけどそんなルール決めて一騎打ちしたなんて見た事無いけどな
0161人間七七四年
2012/11/04(日) 02:19:09.42ID:xoFDy1vi0163157
2012/11/04(日) 08:17:32.53ID:768deTpf間違えた。
× ヌンチャクは本土の武術だから、表芸も何も無い。
○ ヌンチャクは本土の武術じゃないから、表芸も何も無い。
0164人間七七四年
2012/11/04(日) 08:43:53.63ID:McEhs2lf0165人間七七四年
2012/11/05(月) 09:06:49.44ID:pckKVgXJ0166人間七七四年
2012/11/05(月) 11:58:46.86ID:za1qBudr0167人間七七四年
2012/11/05(月) 13:11:11.60ID:B47pGWCq0168人間七七四年
2012/11/05(月) 13:38:46.30ID:PNfze7vp十人だと1ha(100m×100m)となる
これをぐるりと城壁で囲むと城壁長は400m
一人で40m防衛仕切れるか、考えるまでもないかと
千人すると、100ha千m四方が必要となり城壁長は4km
小田原城の城壁長が5km強で数万人で籠城してるので、
いかに無茶かわかると思う
0169人間七七四年
2012/11/05(月) 14:05:01.53ID:TMLjoXGt何が聞きたいのかが分からないから誰も答えないんじゃないのか?
小田原だって大阪だって、物理的に城を破られたわけじゃなくて、
その前段階の政治的駆け引きや人間同士の問題で落ちざるを得なかったんだし。
君の言う通り食料と防備が整っていれば、あとは中に籠る人の士気次第で
かなり長いこと篭城できるんじゃないか?
その士気をどう保って内部崩壊を防ぐかが難しいんだろうけれど。
0170人間七七四年
2012/11/05(月) 14:05:31.42ID:za1qBudr餓死しない程度のカロリーを、
効率良く補給できる食料と
目の前で作物育ってる士気の高さなら
何とか持ち堪えられるだけの兵数で頼む!!
0171人間七七四年
2012/11/05(月) 14:21:17.12ID:t+R0UhyI仮にそんな城が存在したとして、城の中にオッサン兵士だけ立てこもって、
嫁と子供は放置ですか?
嫁はレイープ、子供は奴隷として連行されようとしてるのに、
黙って城の中に篭ってるんでしょうか?
何のために戦って、何のために城にこもってるの?
0172人間七七四年
2012/11/05(月) 15:30:31.97ID:PNfze7vpあれば麦科作物が全世界でここまで普及してない
それと米だけで計算したのはかなり緩い試算だぞ
水や塩は絶対必要だし、
照明、自炊や暖をとる燃料なんか一切考慮してないんだから
0173人間七七四年
2012/11/05(月) 17:41:05.51ID:OU98NFPU高カロリーで玄米で食べればビタミンミネラルも多種摂取できるスーパー作物なんだけどな
味とかも含めたら米以上に効率の良い作物なんて正直無い
米に並ぶ作物の芋類でもカロリーベースで二倍の収穫があるが
栄養価を考えればどのみち副菜を作らなくてはならないから大差ない
あと狭い要塞を大量の兵でがっちり守ってるから兵糧攻めや調略が重要になってくるだけで
防衛線がスカスカなら力攻めで速攻突破されて落城、終わり。
そもそも兵糧攻めや調略で落ちる城の方が少なく、
大体は断続的に攻めながら合間に交渉をしての
このまま戦っても勝ち目無いでしょ身の安全は確保するから撤退しとけ的な
交渉開城が大多数と言われている。
また大量の食料を貯蔵し少人数で何年でも持ちこたえれる体制をとったとしても
攻め側も少数の兵か付け城で包囲して無力化すれば何の脅威も無く
周りの領地を征服し統治するだけなのでその施設は全くの無価値。
0174人間七七四年
2012/11/05(月) 18:10:03.55ID:OU98NFPU交渉開城が大多数と言われている。
↓
交渉開城と、自落と言われる自主撤退が大多数と言われている。
0175人間七七四年
2012/11/05(月) 18:25:19.18ID:OxQloqSH米は一時期に大量の水が必要&適切な時期に一斉排水必要なんだぞ
0176人間七七四年
2012/11/05(月) 18:40:10.12ID:OU98NFPU0177人間七七四年
2012/11/05(月) 20:21:37.35ID:4R9zL7AU燃料も結構必要そうだよねー。
籠城するなら篝火は絶やせないし、補修用の材木も必要だし、
もちろん煮炊きのタキギも必要。
水も飲み水はもちろん、田畑にも、火攻めの備えも必要だもんなー
0178人間七七四年
2012/11/06(火) 01:11:19.80ID:ZT4NF8NB0179人間七七四年
2012/11/06(火) 02:26:24.62ID:oYomYdvA雨や井戸水は豊富な城くらいあるだろうけど
木材は盲点だったわ。
だから小さい独立勢力とか無かったんだろうな。
離島とかならあってもおかしく無いのに、、、
0180人間七七四年
2012/11/06(火) 06:10:44.12ID:rpZYpfNc0182人間七七四年
2012/11/06(火) 12:13:36.62ID:BHEDAtAy臣下の礼とってない喜連川藩くらいか。
0183人間七七四年
2012/11/08(木) 09:09:11.65ID:LuNIZ6fN本当に戦国武将が馬鹿なのでしょうか?馬鹿じゃないのならどう説明すれば良いのでしょうか。
0184人間七七四年
2012/11/08(木) 09:35:44.97ID:tz2j+MD10185人間七七四年
2012/11/08(木) 10:27:12.00ID:fbQh3E9f中世から近世へと移行させた幕末と並ぶ時代の転換点です
西洋という手本が無かったので幕末より困難なことを成し遂げたと
言い換えれるかもしれませんし、まず馬鹿では出来ません。
正直その人の馬鹿の基準が分からないと答えようも無いのですが
幕末にも戦国時代にも詳しくないであろう事は分かりますので
鼻で笑って聞き流す感じでいいんじゃないでしょうか。
0186人間七七四年
2012/11/08(木) 10:27:25.69ID:uhp3MaH1そう定義する限り戦国武将は馬鹿です
0188人間七七四年
2012/11/12(月) 01:31:27.97ID:0/yCSKCi畑にカロリーメイトが生えて不死身の兵士が防衛する城を想像してぐんにゃりしてしまった・・・
これSFとかオカルトの領分だな。
まじめに答えてる人、大人だわ・・・
0189人間七七四年
2012/11/12(月) 01:51:26.64ID:9glQUIx80190人間七七四年
2012/11/12(月) 10:56:59.33ID:ySxq7m7Zなんで殺すんだよ
幕末は戦は最小限だったよ
0191人間七七四年
2012/11/12(月) 11:07:06.81ID:q+iZs2c2武力行使の口実を作る為に江戸の町に放火したりな
どこのタリバンだよ
0192人間七七四年
2012/11/12(月) 20:53:26.16ID:aES1S0BB0193人間七七四年
2012/11/12(月) 21:10:07.51ID:9glQUIx8水計・・・備中高松城水攻めとか
0194人間七七四年
2012/11/13(火) 02:03:12.86ID:4K1tOLsvことごとく(またはほとんど)が裏目になった裏切り損の戦国武将はいますか ?
特に、回数部門のナンバーワンが知りたいです。よろしくお願いします。
0195人間七七四年
2012/11/13(火) 10:21:11.92ID:EqWvWjNZ当主義継を見限って三好三人衆に付く→仲違いでピンチ
義継に付く→三人衆と筒井に挟撃されてピンチ
信長に付く→一武将としてこき使われる
第一次信長包囲網参加→信長に攻められ降伏
第二次信長包囲網参加→信長に攻められ滅亡
0196人間七七四年
2012/11/13(火) 16:23:53.18ID:zY/hAM1A0197人間七七四年
2012/11/13(火) 18:48:29.14ID:zTJiC/oF北条の重臣中の重臣、松田憲秀の長男(ただし松田家は弟が継いでいるので妾腹か?)
武田戦の重要拠点を任されるも城ごと武田に寝返る、北条側に残った義弟とかぶっ殺す
武田が滅んで路頭に迷うも、親父が頭丸めて氏政にとりなしてくれたおかげで北条に復帰
小田原の役で秀吉に内通(単独内通説があり、その場合親父は巻き添え)が露見して斬首
0198人間七七四年
2012/11/13(火) 20:28:39.01ID:jMurOrKn話し合いで解決できないから馬鹿
それが好きな奴も馬鹿
0199194
2012/11/13(火) 21:19:45.61ID:4K1tOLsv分かりやすい説明感謝です。
>>197
この武将の転落っぷりは凄いですね…。
勉強してみます。195さん197さん、ご教示ありがとうございました !
0200人間七七四年
2012/11/14(水) 00:50:35.94ID:IF36DeA50201人間七七四年
2012/11/14(水) 01:37:25.59ID:pvqqziGl0202人間七七四年
2012/11/14(水) 02:19:02.77ID:IF36DeA5わかりましたありがとうございます
0203人間七七四年
2012/11/15(木) 12:42:28.83ID:xUfZyPmg何しにここに来てるの?
0204人間七七四年
2012/11/15(木) 13:00:28.34ID:PFd0sJIa居つくから
0205人間七七四年
2012/11/17(土) 00:32:55.32ID:9pLQ5Vq0毎日7時間も歩けば余裕じゃね?
何が凄い事なの?
0206人間七七四年
2012/11/17(土) 00:56:04.52ID:rDn7rsE9速攻で近畿に近いところまで来て存在感を表し
そのままでは明智に付くしかなかった近畿諸将を引き止めるのが第一目標だったわけで
第一目標を果たしてからは戦いのために余力を残したスロー行軍になり
全期間を合わせれば当然大したことなく見える。
0207人間七七四年
2012/11/17(土) 12:42:26.94ID:41t4rrdl何か?
0208人間七七四年
2012/11/17(土) 13:13:49.47ID:h+CH1kJU秀吉の 光秀もまさかあんなに早く戻るとは思わなかったんだろう あの早さで光秀を討つ大義名分を
得て、清州会議で勝家を凌ぐ発言権を持った 仇を討って求心力を得た
天下統一の歴史が動いた瞬間だ
0209人間七七四年
2012/11/17(土) 14:42:49.16ID:/AkB7V0O「サルが織田家操るに決まってんだから後見は次男三男」
とか出来んかったのが不思議。
みんな織田家への忠誠心は無かったのか?
>路までは1日で70キロの超高速強行軍
なるほどね!!
0210人間七七四年
2012/11/17(土) 14:56:10.12ID:TrRLS7Sn一次資料では清州会議で紛糾した事実はなく、最初から三法師の擁立で
織田家の意思は統一されていたと考えられる。
そもそも清洲会議よりも前、徳川家康が伊賀越の後、光秀征伐の軍を起こした時に
既に三法師を旗印に立てることを明言しており、本能寺後は三法師が織田家の継承者であるという
認識はごく常識的なものだった。
ついでに言うと、三法師擁立は秀吉にとってはむしろ織田家を操るに当たっての障害であり、
結果賤ヶ岳の前に秀吉・丹羽長秀・池田勝入斎の三人によって、重臣による合議という名目で信雄に家督を移している。
0211人間七七四年
2012/11/17(土) 18:58:55.11ID:h+CH1kJU立場が逆転した会議であったことに違いはあるまい でないと
賤ヶ岳の戦いへ進まない
0212人間七七四年
2012/11/17(土) 19:08:25.94ID:TrRLS7Snそのあたりは解釈により違ってくると思うが、個人的には清洲会議は、秀吉があくまで「織田家」の中で
最大の実力者になったことを認めたものであり、秀吉が実力として織田家を凌駕したのが賤ヶ岳の戦勝であると
考える。
ちょうど秀吉没後の徳川家康の、関ヶ原前と後の立場の違いに重なると思う。
0213人間七七四年
2012/11/17(土) 19:52:57.34ID:50ACPM3p0214人間七七四年
2012/11/17(土) 22:14:50.62ID:rDn7rsE90215人間七七四年
2012/11/18(日) 10:35:05.70ID:zKsNvRLW0216人間七七四年
2012/11/18(日) 15:13:46.28ID:pR5dB8bD「武田信玄の市を隠したが、織田徳川にはすぐにばれた。
だが、北条はずっとだまされ続けた。」というナレーションがあったんですけど
これって本当ですか?ググってもよくわからなかったんですが。
0218人間七七四年
2012/11/18(日) 19:45:33.63ID:uukB3FHG北条の情報収集力はそんなに悪くない
織田徳川上杉とちがって、北条はなんといっても同盟者だし、
勝頼が信玄の路線を継承してくれりゃ特に問題もないからね
知っていたって変なリアクションは取らないでしょうよ、味方が騒ぎ立ててどーする
0219人間七七四年
2012/11/19(月) 00:41:43.75ID:bEA60BWGゲームの世界ではどの大名もクリア条件は天下統一であるものの
当時の大名の多くが自分の領地をどう守って生き抜くかなどを考えており
天下統一まで考えていた人物など実際はほとんどいなかったと思うのですが
明らかに天下統一を意識していた大名って誰がいたのでしょうか?
秀吉や家康は実際に取ったので意識していたとは思うのですが
0220人間七七四年
2012/11/19(月) 01:01:51.74ID:ANGF9j/N足利将軍家、細川京兆家、三好家、織田家あたりでしょうか
織田信長は東北や九州の大名とも文書や進物のやり取りなんかしてますし、
本能寺前の時期にはそのつもりはあったと思われます
0221人間七七四年
2012/11/19(月) 02:02:55.16ID:6EiMhShW畿内政権は言ってしまえば畿内という一地方の地方政権にすぎない
それらの勢力の基盤となっている地域はともかく、その他の地方に特に関心を示してないしな
秀吉にしても家康にしても、天下を意識したのは信長死後だろうしね
0222人間七七四年
2012/11/19(月) 02:58:24.35ID:CVbmfkHB0223人間七七四年
2012/11/19(月) 09:50:29.30ID:1AcfpWIL0224人間七七四年
2012/11/19(月) 18:04:58.52ID:CXnklRiP徳川家の存続しか考えてなさそう
0225人間七七四年
2012/11/19(月) 18:06:18.65ID:tDbmY3PK0226人間七七四年
2012/11/20(火) 01:32:45.36ID:5X5f1plp来週上田、長野方面に旅行で行く事になり、
上田城址にも寄ることになりました。
日本史に疎く、サムライディーパーKYOの幸村程度の知識しかないのですが、
おすすめの小説(漫画でも)を教えて頂けないでしょうか?
真田太平記はちと間に合いそうにありません…
のでそれ以外だとうれしいす!
0227人間七七四年
2012/11/20(火) 01:42:31.16ID:TjoO8Ta00229人間七七四年
2012/11/20(火) 14:15:14.53ID:9QXa7FOa図書館子供エリアの歴史小説で充分。
0230人間七七四年
2012/11/21(水) 11:25:23.23ID:zUzuoJ7R他に鞍替えした合戦はありますか?
0231人間七七四年
2012/11/21(水) 12:32:58.57ID:6pAeQzF3明智光秀による丹波征伐の黒井城包囲戦で波多野秀治が
城方に寝返るなど無い事は無いが少ないな
大抵は山崎の戦いでの前田利家の敵前逃亡みたいに
味方を見捨てての戦線離脱になる
理由としては陣形を組んでる中で寝返ったら回りは敵だらけになるから
リスクが大きすぎるとか考えれられるけど
関ヶ原は合戦の中でも経緯や規模が特殊で
小早川は安全に裏切れる条件の揃った稀有な例ということだろう
0232人間七七四年
2012/11/21(水) 16:18:23.65ID:qW3kH+LE情報の把握と通信の技術が未熟だから
戦場で何の連絡もなく突然裏切って今までの味方に襲い掛かっても
それまで戦っていた側からしらたそれが必ずしもこちらの味方になった証拠にはならない
不明なまま攻撃を止めたり、味方と思い込んで背中を向けたらまた襲い掛かられた、
なんてなったら目も当てられない
はっきり言って戦場において混乱をもたらすだけで利益がないんだ
なので、裏切る場合は事前に相手に連絡し、かつ相手側も上層部だけでなく
味方の前線の武将に「アイツは途中で裏切る予定だから、行動起こしたら
お前らも友軍と認識してよし」と通達しておかないとダメなんだよ
関が原の小早川も(途中で逡巡したとはいえ)事前に裏切りの通達をしていたから問題なかった
もしされていなかったとしたら、小早川裏切る>情報が本陣の家康に齎される>
そこからもう一度最前線の味方武将に「小早川は裏切って味方になったから」と連絡する
とまあこれだけの手間が必要になる、無線技術なんてない、人が直接赴くしかない時代にはね
0233人間七七四年
2012/11/22(木) 09:14:10.83ID:gEHWYYBJ0234人間七七四年
2012/11/22(木) 11:28:34.24ID:0z27ZZsI0235名無しに人種はない@実況はサッカーch
2012/11/23(金) 23:08:52.84ID:n+JceVHX民度が低い証拠だよ 中国の場合はそんなことないんだがな
0236人間七七四年
2012/11/23(金) 23:11:14.96ID:fFM+Tc/10237人間七七四年
2012/11/23(金) 23:16:50.24ID:JIgdTvcw0238人間七七四年
2012/11/24(土) 00:43:13.35ID:DQ7Mp3LZその辺の戦だったら、巨大メガホンで叫ぶとかw
0239人間七七四年
2012/11/24(土) 01:08:10.99ID:iBkBtpn40240人間七七四年
2012/11/24(土) 03:34:55.34ID:ouS/Ndmm0241人間七七四年
2012/11/24(土) 06:33:19.60ID:92RLEBuV0242人間七七四年
2012/11/24(土) 16:43:14.34ID:EehUsb3N合図くらい多数決めてて当然だと思うのだが、、、
0243人間七七四年
2012/11/24(土) 23:05:31.12ID:HrsRSLnj間違ったり、聞こえなかったりしたらそれで戦場は大混乱なんだから
>>242
事前に裏切りの話があれば、合図を決めておくくらいはそりゃできるだろうね
0244人間七七四年
2012/11/27(火) 12:45:50.52ID:C4ulcpgaいくさの中で合図がなくとも裏切れるような印象だったからね。
鉄砲三段撃ちってかなりできないことがわかった。弾丸の補充の時間
には個人差があるし、「撃て!」っとの掛け声は撃ち方用意の千人全て
には聞こえないことが分かったし。
0245人間七七四年
2012/11/27(火) 12:49:01.64ID:SwUk9bgw何の為に鉄砲奉行や組頭がいるんだって話だし
0246人間七七四年
2012/11/27(火) 14:46:15.84ID:RlSYW8AF積極的に否定する根拠も無いよね派だけど
一人が旗を振ってそれを見た小隊長が手元の部下に号令を掛ければ
何人だろうが一斉射撃できるよね
0247人間七七四年
2012/11/27(火) 15:35:47.78ID:eahOQBlN撃って、装填してる間に弓矢を射るなり別の鉄砲を打つなりで間隙を埋めることはしてた
ただ鉄砲の場合は黒色火薬の煙が凄いのであまり連射しすぎると見えなくなる
軍記物でちらほら出てくるんだよね、煙で視界が遮られる描写
0248人間七七四年
2012/11/27(火) 23:11:35.85ID:npbd2njBあそこの土地は平地にはなっていなかったはず 騎馬はむりだ
0249人間七七四年
2012/11/27(火) 23:29:19.13ID:UbDSylm20250人間七七四年
2012/11/27(火) 23:32:58.62ID:npbd2njB0251人間七七四年
2012/11/28(水) 10:35:58.67ID:3bs3XBzX信長は戦前から意識的に鉄砲を集めて集中運用を図っているし
戦後に勝頼が鉄砲を何より意識するようになった手紙も残っているし
0252人間七七四年
2012/11/28(水) 17:35:08.32ID:uajq5A46いやいや武田軍1万五千といっても長篠城を包囲したままだったから
織田軍と戦っていたのは実質1万くらい、兵力差は1:3以上
0253人間七七四年
2012/11/28(水) 21:03:08.54ID:uDNk8JOH三国志・戦国
中国英雄
戦国時代
歴史難民 板あたりって、全部住民ダブってると思うんだけど
過疎り過ぎてるんだから、これを統合して活性化しようぜ!!
みたいな事ってどうしたら出来るの?
0254人間七七四年
2012/11/28(水) 21:14:10.38ID:hxqGvG8V2ch批判要望
http://engawa.2ch.net/accuse/
0255人間七七四年
2012/11/28(水) 21:39:05.45ID:GhKzzbLH0256人間七七四年
2012/11/28(水) 21:47:37.34ID:GhKzzbLH0257人間七七四年
2012/11/28(水) 22:13:54.71ID:7WblR5eNその結果 武田の騎馬隊は情報も伝わらず、個々におびき寄せられて鉄砲を含む陣城の攻撃に
撃破され壊滅した 信長の作戦勝ち
幸村はこの敗戦を糧に冬の陣の真田丸で同じことをやった
0258人間七七四年
2012/11/28(水) 22:40:01.38ID:dRY4zOIi0259人間七七四年
2012/11/28(水) 23:21:58.61ID:xvXPbHwF今更あいつらと統合は勘弁してほしい
0260人間七七四年
2012/11/29(木) 12:56:32.30ID:L/8LIUoC0261人間七七四年
2012/11/29(木) 16:33:30.06ID:fn5sbd/h0262人間七七四年
2012/11/29(木) 17:08:17.70ID:gGNs/h/I0263人間七七四年
2012/11/29(木) 20:23:52.11ID:qrCtzOqw0264人間七七四年
2012/11/30(金) 07:00:23.88ID:icGDMRCi0266人間七七四年
2012/11/30(金) 13:42:49.62ID:M5osB1HA武田の諸隊の中もで、騎馬で有名な部隊も関東(上野)勢だしね
なので武田の騎馬の運用も平均的で、
追撃や乗入、乗崩で騎馬を抽出して運用するし、逆に歩兵が足りないなら馬を降りて徒歩で戦う
0267人間七七四年
2012/11/30(金) 14:06:15.59ID:cVvlFGQ+0268人間七七四年
2012/11/30(金) 14:23:32.93ID:M5osB1HAこのくらいだと全国で見ても特に多くはない
0269人間七七四年
2012/11/30(金) 15:00:48.73ID:cVvlFGQ+ソースプリーズ
北条14%、武田12%、上杉10%、豊臣期九州大名6%前後、慶長徳川10%
以前調べた時はこのくらいだったが。
天正三年軍役帳で具体的な数字の分かる上杉は基準してみても
上杉が甲斐や安曇野や上野の牧のから続く馬の産地を持つ武田以上
日本一の馬の産地関東の北条と同等になる計算は可笑しいじゃないかな
0270人間七七四年
2012/11/30(金) 15:37:11.10ID:M5osB1HAあれ〜と思って載ってるはずの本を見たら鉄砲含有率しか書いてなくて、
探し直す必要があるのでちょっと今は出せんです
ただ九州の大名に関しては初耳だったので、その点は特に申し開きはないな
0271人間七七四年
2012/11/30(金) 20:36:04.10ID:icGDMRCi騎馬の比率を増やして勝ったとか全く聞かない
馬に乗って戦うのと地に立ってる人とどっちが強いの?
検証したことある?馬上の不利ってあるし。10%ぐらいって合理的かもしれない
0272人間七七四年
2012/11/30(金) 21:35:31.00ID:cVvlFGQ+突っ込んでく騎馬は強い。止まってる騎馬は弱い。
0273人間七七四年
2012/12/01(土) 10:53:49.35ID:WMROmBzC騎馬の優位性は殆ど無くなってしまったからな。
全国的に有名な南部馬を産出する南部でも
戦国時代は騎馬隊ってなかったみたいだし。
0274人間七七四年
2012/12/01(土) 14:23:02.29ID:13+AGtlE馬に乗りながら弾こめて精度高く撃つってできるん?
0275人間七七四年
2012/12/01(土) 14:24:45.92ID:McOacutt0276人間七七四年
2012/12/01(土) 14:39:10.10ID:ixRW/Hwi信頼できる史料では騎馬鉄砲隊の存在は確認できない。
ただ馬上筒自体はある程度普及していたので小規模部隊で運用した可能性はあるが
大々的に使ってた大活躍したというなら、まぁ嘘だな
0277人間七七四年
2012/12/01(土) 19:44:36.02ID:qIODbergそいつに弾込めさせれば良いだろう?
0278人間七七四年
2012/12/01(土) 20:56:15.71ID:HHbnuqeEカラコールなんかを見ればわかるけど、騎馬としての機動力がなきゃ意味ねー
いやまあカラコール自体アレなんだけどさ
0279人間七七四年
2012/12/01(土) 21:25:41.56ID:qIODberg0280人間七七四年
2012/12/01(土) 21:32:57.81ID:Ss79z7lEアホか。三十年戦争で大活躍したグスタフ・アドルフのスゥエーデン騎馬隊の馬なんて、
日本の在来馬以下の体格だぞ
0281人間七七四年
2012/12/01(土) 21:42:23.44ID:HHbnuqeEモンゴル騎兵の馬だって分類で言えばポニーだしな
我々が連想するポニーはシェトランドポニーという比較的小柄な馬で体高100cmほど
日本の在来馬は体高135前後でそんなに小さくない
0282人間七七四年
2012/12/01(土) 23:14:00.71ID:0bRvafCPblogimg.goo.ne.jp/user_image/25/96/84912046d3342e270817eb33891e5a21.jpg
小さくて可愛いな(^-^)
0283人間七七四年
2012/12/02(日) 05:16:42.47ID:S0aGib9iその辺の普通の在来馬と戦国時代の軍馬を一緒くたにするのはナンセンスだよ
メタボで腕の細いその辺の典型的なおっさんの写真見て、現代の軍人は弱いって言ってるようなもんだ
甲州和式馬術保存会で「軍馬」として訓練された木曽馬は、こんな感じ
ttp://wasikibajyutu.txt-nifty.com/tankyukaikousyu/images/h_2.jpg
ttp://wasikibajyutu.txt-nifty.com/tankyukaikousyu/2005/06/post_688f.html
素人目にも戦うのに十分な大きさ・迫力があると思うけどね
0284人間七七四年
2012/12/02(日) 06:32:22.37ID:VaAqDRGP結構立派なもんだな
でも、長槍を構えた歩兵をぶつければイチコロなんちゃう?と常々思う
馬を突かれただけでも落馬は免れないだろうし攻撃を受けるとまずい面積が増えてるじゃん、と
0286人間七七四年
2012/12/02(日) 08:25:29.37ID:VaAqDRGP随分と馬鹿にした物言いだな 普通に会話もできんのか
案山子が槍を構えてるんじゃあるまいし、横から突っ込んでくるなら方向転換すればいいだろ
一かたまりの槍隊の規模によっては方向転換に時間がかかるが規模を調節すればいいし、
所詮は重荷を背負った馬の速度で廻り込んでくるんだから突然横から突っ込んでくるわけじゃない
正面のA軍部隊と交戦中のB軍槍隊の側面をA軍騎馬隊が突くって想定なら、一隊vs二隊の話であって、騎馬隊優位って話じゃない
0287人間七七四年
2012/12/02(日) 08:27:43.77ID:DhGJv2v5集団の槍兵の方向転換がそんな簡単にできるわけねーだろ。
ただ向きを変えればいいってもんじゃないんだぞ?
0288人間七七四年
2012/12/02(日) 09:09:00.85ID:nA/QW6Fi0289人間七七四年
2012/12/02(日) 09:09:31.66ID:nA/QW6Fi0290人間七七四年
2012/12/02(日) 09:27:05.67ID:O60TThDZ0292人間七七四年
2012/12/02(日) 09:37:32.65ID:QSpOzqXx実際は鉄砲以降の近代でもライフルが標準になるまでは生き残ってるわけで
0293人間七七四年
2012/12/02(日) 13:43:40.74ID:CHvzGJUo騎馬が強いってのが理解できん。
やっぱりちょっとした機動力だけだろ?w
0294人間七七四年
2012/12/02(日) 14:34:51.99ID:WHuJOZkt騎馬隊に期待されてるのは延翼や迂回といった機動とか、
槍衾などの陣形が崩れたところへの決定打だから
>>293
騎馬隊の衝撃力は近代まで有効とされてる
機関銃が出てからその火力を騎馬の突撃で突破するのは不可能になったけどな
0295人間七七四年
2012/12/02(日) 14:49:05.74ID:6+GGojwC正面から歩兵部隊にぶつけるのは金をドブに捨てるのと同じこと。
騎馬の役割は奇襲とか本陣への強襲といった
遊軍的な任務の方が多い。
0296人間七七四年
2012/12/02(日) 15:05:23.08ID:QSpOzqXx0297人間七七四年
2012/12/02(日) 16:40:52.61ID:WHuJOZkt0299人間七七四年
2012/12/02(日) 16:45:49.19ID:NAmIn8cp0300人間七七四年
2012/12/02(日) 16:51:55.66ID:QSpOzqXx乗入とか乗崩とかは正面突撃じゃね
フランス重装騎兵同様に、従者や徒歩武者と行動をともにしてる日本騎馬に
機動力発揮できる面は無いだろう
0301人間七七四年
2012/12/02(日) 20:05:29.82ID:WWhCitKX槍しか見たことない 槍だと突撃で突きがミスったら終わりだから馬は利用価値がなかったのかもしれん
0302人間七七四年
2012/12/02(日) 21:05:56.38ID:QSpOzqXxこの手の輩はなんでいつもそれらを無視しようとするのか。
0303人間七七四年
2012/12/02(日) 21:10:43.63ID:NAmIn8cpごめん、打撃系ってのはメイスとかだけじゃなくて
火器や弓以外の、刀も含めた棒状の物理兵器全般を言いたかった
0304人間七七四年
2012/12/02(日) 21:27:12.57ID:WcIsPrTN例えば、消費税みたいなのがあれば、
売買が活発になるのは、利益につながるでしょうが、
当時そんなものありませんし。
0305人間七七四年
2012/12/02(日) 22:16:47.27ID:GXEHz+P7んでお前らは、近所へ斬合いしに行くのに
わざわざ自転車に乗りながら戦うの(;¬_¬)?
0306人間七七四年
2012/12/03(月) 04:12:50.30ID:jsZX5toG後世に名を残した服部半蔵氏て
スゴイんでしょうか?スゴクないんでしょうか?
本当のその道のプロなら名を残さず陰で偉業を
達成してると思うのですが・・・
0307人間七七四年
2012/12/03(月) 09:50:51.96ID:dLZF7wKj服部半蔵自身は忍者じゃないですよ。普通の武士です。本能寺の変の時に、伊賀の出身という縁で
家康の伊賀越えの手配をした。そして後に伊賀越えを縁として家康に使えるようになった伊賀同心の
統率をまかされた。CIAの長官だってスパイじゃないでしょ?
0308人間七七四年
2012/12/03(月) 10:19:56.22ID:jsZX5toGなある、よくわかりました、まあ服部氏は例えとして
百地や風魔などはどうなのでしょう
やはり頭領クラスは名が残って然りなんでしょうか?
0309人間七七四年
2012/12/03(月) 11:43:30.26ID:tFfy3vT7かなり裏働きな武士なのは事実だろ。
0310人間七七四年
2012/12/03(月) 12:40:50.72ID:dLZF7wKj風魔は風魔忍軍の事じゃなくて風魔小太郎の事でしょうか?風魔小太郎とか百地三太夫とか名前は
有名でも実体は全くの不明で、むしろ虚名を広める事で実体を隠しているものと思われます。
0311人間七七四年
2012/12/03(月) 12:59:17.21ID:wOiAf7Pr現代でも超優秀な技術者が現場に居たりしますが、私達が名前を知っているのはせいぜい社長くらいのものです
ですので百地さんが有名でよく知られていても問題は何らありません
あ、あと風魔さんは失業後に盗賊になってから捕まって処刑されてます
0312人間七七四年
2012/12/03(月) 16:49:30.50ID:jsZX5toG頭領クラスなら名は広まってるが
実体はよく判らないということですね
謎が多いということですね
0313人間七七四年
2012/12/03(月) 23:40:49.53ID:aVt6poIV当時の人物で「茶なんて別に全然良くない」
なんてこと主張した人物って誰かいますか?
反発するような人もいたと思うのですが
0315人間七七四年
2012/12/04(火) 00:25:02.35ID:3i1SuDZe酒飲み同士で企画の骨子固まってるみたいな会議w
0316人間七七四年
2012/12/04(火) 01:24:50.54ID:oGM9Rvfxなるほど、茶は今でいえばゴルフや飲み会のように
人脈を作ったり会談を行ったりするのに必要ようなもので
文化や芸術としての価値があるかなどは
当時は特に知識人や文化人の間では議論対象にはなっていたなかったのですね。
ありがとうございました。
0317人間七七四年
2012/12/04(火) 02:32:57.77ID:r5cuQqeC文化や芸術としての価値がある前提(もしくは建前)での、政治の道具です。議論の対象にはなりません。
0318人間七七四年
2012/12/04(火) 20:59:49.73ID:MSLYeKxc寝返ったり裏切ったやついるんですか?
0320人間七七四年
2012/12/05(水) 21:11:40.35ID:eJ+CjFDX楽市楽座という規制緩和を行い、在郷の商人や工業者を
城下に集め大名に権力を集中させるための一手段となった。
0323人間七七四年
2012/12/05(水) 21:25:38.58ID:wHqvdWwLそれが領主の想定したように集まればそこで楽市楽座と云う名の優遇策はストップするし、
そのかわり参入済みの者たちは既得権を認められる。
信長の岐阜での楽市楽座なんて3年後には有名無実になっておる。
本当にタダの呼び水政策にすぎん
0324人間七七四年
2012/12/05(水) 21:29:09.38ID:eJ+CjFDX特区って書いた方がよかったかも。
0325人間七七四年
2012/12/05(水) 21:42:23.58ID:TbTEEZxY0326人間七七四年
2012/12/05(水) 21:47:12.34ID:iTA+UPTa指定された区域以外は商業活動に制限くわえられたような所も
0328304
2012/12/06(木) 01:08:42.79ID:JZtBSiwYよくわかりました。ありがとうございます。
0329人間七七四年
2012/12/06(木) 01:32:03.88ID:xEO1eQ7J0330人間七七四年
2012/12/06(木) 02:54:38.70ID:EoTQ4867そうじゃなくてしがらみのない新しい取引の場を作ったから、みんなあつまれーって話
0331人間七七四年
2012/12/06(木) 10:02:59.25ID:2CDraz850332人間七七四年
2012/12/06(木) 10:35:07.78ID:WFOZtp5Rそれ連動して活性化させたから信長のケースが特筆されているって感じだわね
0333人間七七四年
2012/12/06(木) 19:11:01.32ID:rqcPPmn5経済活性化ってより旧勢力の既得権を剥奪する要素の方が強いかと。
農村にいる商工業者を呼び寄せ、公家や寺社、国人衆の影響力を
弱めるのが主目的だったかと。経済活性化とかはその後の話し。
0335人間七七四年
2012/12/06(木) 20:02:57.67ID:QCID/cFz> 経済活性化ってより旧勢力の既得権を剥奪する要素の方が強いかと。
> 農村にいる商工業者を呼び寄せ、公家や寺社、国人衆の影響力を
> 弱めるのが主目的だったかと。
無い無い無い。ありえない。それこそ後付の理屈だわ。
それが主目的なら信長が、既に座のある地域では、その利権も含めて全て丸呑みに認めた理由がわからなくなる。
楽市楽座に、単純な商人の呼び水以上の意味なんて無い
> 331 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/12/06(木) 10:02:59.25 ID:2CDraz85
> ショバ代も無くしてるよ。
無くしてない、少なくとも信長は一種の売上税を取り上げている
0336人間七七四年
2012/12/07(金) 02:39:09.94ID:o6KA/aQ/>>楽市楽座に、単純な商人の呼び水以上の意味なんて無い
何のために商人を城下に呼び寄せるのかを少しは考えた方がいい。
0337人間七七四年
2012/12/07(金) 13:30:16.84ID:Tg3x1Ndt意のままになる商人を集めるためだろ、いわゆる御用商人の走りを集めてた
座は支配者層の影響力も及びにくいから、影響力を行使しにくい
0338人間七七四年
2012/12/07(金) 16:21:11.57ID:WUX+uaI2当時の座というのは基本的に寺社などの庇護を受けていた存在
0339人間七七四年
2012/12/08(土) 19:44:17.95ID:HE9+7PYBわざわざ自転車に乗りながら戦うの(;¬_¬)?
0340人間七七四年
2012/12/09(日) 00:24:08.66ID:145pND5Y0341人間七七四年
2012/12/09(日) 08:44:35.55ID:6/JC3ddL0342人間七七四年
2012/12/09(日) 09:10:31.89ID:2wvUOPq5特に参勤交代の格式で幕府が『だいたいこれぐらいの石高だろ?』と決めつけることもあった
『4万石だから3割の1万2千石は税金納められるな』というところから
一揆がでた すべては外様の虚栄心からきたものだ
0343人間七七四年
2012/12/09(日) 09:24:37.17ID:6/JC3ddL句読点の代わりにスペース使ってるあたり外国の方かな
0344人間七七四年
2012/12/09(日) 13:29:04.02ID:RniiJ3Xi0345人間七七四年
2012/12/09(日) 20:07:56.70ID:v5KgHJPk0346人間七七四年
2012/12/09(日) 20:36:39.48ID:YBCVCXkp句読点が〜って、自分も句点つかってないんだから、読点云々と突っ込めば?
しょうもないことに突っ込みいれるなら、せめて自分は正しく日本語を使えば?
>>342の内容も十分わかるし、お前が日本人か怪しいレベル
0347人間七七四年
2012/12/09(日) 21:24:29.38ID:2gZ6utziというジョークなのだと思うぞ。
0348人間七七四年
2012/12/09(日) 21:30:10.47ID:6/JC3ddLごめんごめん、
ハングルキーボードとか句読点出すめんどくさいらしくスペースで代用するから
てっきりそっちの人かと思ってしまった。
0349人間七七四年
2012/12/09(日) 21:32:11.16ID:6/JC3ddL0350人間七七四年
2012/12/09(日) 21:44:04.96ID:AVZPFXC+0351人間七七四年
2012/12/09(日) 22:58:32.67ID:YBCVCXkp謝られるとは思わなかった
もっと嫌な奴、煽りレスの類かと思って厭味なレスをして申し訳ない
嫌な奴なのは完全に俺でした・・・失礼します
0352人間七七四年
2012/12/10(月) 12:00:21.76ID:7Q3A6g71剣道やってた者としても斬りにくいと思うのだがw
0353人間七七四年
2012/12/10(月) 13:53:15.10ID:WR8vgCU3首などに刺突できることだけど、そんなメリットあんまり無いと思うよ
逆手持ちをしていた人が居なかったとは言わないけど、
あれはお芝居の演出で誇張された表現かと
0354人間七七四年
2012/12/10(月) 14:21:48.97ID:ruhzacVj創作の世界のものなのであまりアテにならない
よく甲賀やら伊賀の忍術なるものが
忍者村等のテーマパークで公開されているが
出典が『万川集海』等の荒唐無稽な内容が多い書籍であったり
書いてはあるもののその技術が
当時用いられたかは甚だ疑問な内容が多々あったりする
水蜘蛛など江戸時代に成立した『万川集海』に記されてはいるが
当然だがあのような道具では十分な浮力を得られないので
実験すらせずに記載されていることがわかる
0355人間七七四年
2012/12/10(月) 17:32:05.57ID:I38dt31Z0356人間七七四年
2012/12/10(月) 18:47:46.78ID:Rqjzw49h0357人間七七四年
2012/12/10(月) 20:32:41.04ID:7k7yQD/80358人間七七四年
2012/12/10(月) 21:31:51.52ID:FTcSkARG豊臣軍は、事前に駿河に兵糧を備蓄したと聞きました。
でも、豊臣軍は東海道沿いに進んだ部隊だけではないですよね。
北方隊についても、何処かにそういう補給の拠点は置いてたんでしょうか?
0359人間七七四年
2012/12/10(月) 21:37:46.01ID:cHrP/gax無いです。というか清水に備蓄したのも販売用の穀物の倉庫と思った方がいい。
アレは豊臣家の金儲けのための集積。
ついでに言えば豊臣軍は東海方面からの軍隊でも、兵糧不足で足軽の逃亡が続出していた。
豊臣は兵糧の運用で勝ったわけでは全く無い
0360人間七七四年
2012/12/10(月) 21:47:21.37ID:kHyQnDiM忍者が持つ刀は脇差みたいに短く、片手で扱うものだから
あながち逆手持ちが出鱈目だとは言えない。
それに短刀だと逆手持ちの方が有利な場合が多々ある。
流石にテレビみたいな立ち回りはないけどな。
0361人間七七四年
2012/12/11(火) 11:56:58.09ID:QmhEt8hH0362人間七七四年
2012/12/11(火) 12:40:50.78ID:lLYUjkQN0363人間七七四年
2012/12/11(火) 14:37:08.66ID:2b6mEal9万川集海を引用して忍術を紹介していることもザラだしなぁ
0364人間七七四年
2012/12/11(火) 16:55:10.16ID:4l1qI7urこんあとこかな
0365人間七七四年
2012/12/11(火) 18:29:29.48ID:MDsAJeiJ茶道具名品展に行こうと思うんだけど
戦国板民的には何に注目してみれば良いですか?
九十九髪茄子は当然チェックするとして
http://www.seikado.or.jp/fl_01_2013_01a.jpg
http://www.seikado.or.jp/010100.html
0366人間七七四年
2012/12/11(火) 18:47:22.54ID:Y33O/GC2普通の図書館だとどこかの信長公記と東洋の三河物語と甲陽軍鑑ぐらいしか思いつきません
これが漢籍だったら普通の図書館でも豊富なのに
0367人間七七四年
2012/12/11(火) 19:56:07.79ID:MDsAJeiJ太閤記系の小説だと戦国時代網羅してて良いぞ
0368人間七七四年
2012/12/11(火) 20:06:02.97ID:wMrRmq/a0369人間七七四年
2012/12/11(火) 20:19:15.13ID:nrQ6vcxt近代デジタルライブラリー
http://kindai.ndl.go.jp/
ここで「國史叢書」か「日本歴史文庫」で検索。幸せになれる。
0370人間七七四年
2012/12/11(火) 20:58:10.19ID:wLpGZuhI慶次とお友達の直江兼次が出てくるのは分かるんだけど、
何で伊達政宗も一緒に居るんだろう?
原作とパチンコと歴史に詳しい方、お答えください。
0371人間七七四年
2012/12/12(水) 00:24:32.32ID:1CcS3Bjgありがとうございます。
なるほど。ありませんか。と、すると、
「なで斬り? 出来るわけないだろ。自棄起こされて、兵糧焼かれたら詰む」
ってーお話は、結構正鵠を射てたかもしれないww
0373人間七七四年
2012/12/12(水) 09:28:22.47ID:ul1o/GbN戦国板的には判らんが美術的には曜変天目です。世界中で、日本に伝わる三点しか無いお宝で
もし一堂に会するとしたら豪勢な事です。以前有ったけど。
油滴天目も素敵だけどね。
>>370
政宗は上杉の仮想敵だからじゃね。
0374人間七七四年
2012/12/12(水) 20:30:52.20ID:gUKgVwhZつうか忍者うんぬん関係なしに、得物が短いときに逆手で使うんだろう。
現在でも軍人、傭兵はナイフ・ダガー類を逆手で使うらしいから。
取っ組合いでは圧倒的にメリットがあるのは逆手だし
順手では重たい太刀や棒の攻撃を受け止めた際に落としてしまうが
逆手は重い一撃を受け止めてもポロリしないしな。
0375人間七七四年
2012/12/12(水) 21:59:06.33ID:p8wEpweFお前の親指はどっちについてるんだwwwwww
0376人間七七四年
2012/12/12(水) 22:09:41.47ID:j+rWurv3それはケースバイケース
状況や流派によって変わる、一概にどうとかは言えない
0377人間七七四年
2012/12/12(水) 22:31:12.44ID:gUKgVwhZ冗談でしょ?てこの原理って小学校で習うことだよ。
順手は逆手に比べて、支点と作用点の距離がないから簡単にポロリする。
嘘だと思うならペンでもなんでもいいから自分で試してみな。
0378人間七七四年
2012/12/12(水) 22:39:06.29ID:voeWGotBなんて問題ではなく忍者の場合は
そもそもそのような武器を使っていたのか
また実在したのか
ってそのレベルの話だからなぁ
魔女はどうして箒で空を飛ぶのかって話で
魔女や魔法が実在するのかの前に
箒で仮に空を飛べばどうなってしまうのか議論するようなアホらしさ
0380人間七七四年
2012/12/13(木) 01:49:30.35ID:SbfBUOgCあと忍者の破壊工作や強行偵察の技術てのは、山賊夜盗強盗の業と大部分で同じだから、
彼らを無罪にする代わりに忍びとして徴用するケースもある(例:上田氏)
その場合、もちろん忍者刀なんて使わず思い思いの獲物を持ってるわけで
0381人間七七四年
2012/12/13(木) 02:10:59.34ID:IMr4653lweb上のソースはwikipediaくらいしか見つからなかったけど
忍者の刀の構え方とか卍型の手裏剣なんかのルーツは60年代に忍者ブームを起こしたテレビドラマの「隠密剣士」だよ
プロデューサーの西村俊一氏(水戸黄門のPとしても有名)が考案したそうな
ttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A5%BF%E6%9D%91%E4%BF%8A%E4%B8%80#.E4.BA.BA.E7.89.A9
自分はこのドラマ見たことないし西村氏と直接の面識もなかったけど、
映像業界の歳がいった先輩方の間では有名な話だったよ
一般にはあまり知られてないんだなぁ
0382人間七七四年
2012/12/13(木) 05:53:02.63ID:00k5tS9n0384人間七七四年
2012/12/13(木) 08:56:20.99ID:JW5CEKYO斬りあいなんて最後の手段だわ。
0385人間七七四年
2012/12/13(木) 16:37:17.75ID:WGD2pFwh銃を横向きに構えたりするのと同じで、
役者の顔が隠れないし、構えだけでケレン味を出すことができる
0386人間七七四年
2012/12/13(木) 18:31:13.84ID:yjCfw0+O0387人間七七四年
2012/12/13(木) 19:06:31.49ID:M2ffKdI/0388人間七七四年
2012/12/13(木) 19:59:12.84ID:eARRf91F逆手は西洋の短剣みたいなものでこそ真価を発揮する。
0390人間七七四年
2012/12/14(金) 09:46:54.16ID:CZZIuD8A0391人間七七四年
2012/12/14(金) 10:04:23.63ID:V2K+nPrm0392人間七七四年
2012/12/14(金) 12:17:46.99ID:CZZIuD8A40cmのとかもあるよなw
0393人間七七四年
2012/12/14(金) 13:15:08.51ID:Mld+2kR9戦国時代はどうだろうな
0394人間七七四年
2012/12/14(金) 16:47:32.46ID:k+zTgVId戦国時代はその中間・・・と言いたいところだけど
規定なんて無いし変革期だわで様々だったというところじゃないかな。
0395人間七七四年
2012/12/14(金) 20:49:23.46ID:4jQEhxxK0396人間七七四年
2012/12/14(金) 20:57:59.79ID:TRymkyTw普通じゃねえよ。絵画資料でも日本人の記録にも外国人・宣教師の記録などにも武士は二本差しが基本だということが出ておる
0397人間七七四年
2012/12/14(金) 21:47:44.24ID:Mld+2kR90398人間七七四年
2012/12/14(金) 23:50:43.54ID:QTiD71ve逆手持ちは格闘技と相性がいいから軍隊でも取り入れてる技法の一つ。
打撃系の格闘はもちろん、短剣を使いながら
関節技を掛けるなどの技もある。別にファッション目的で
考案された技術じゃないから。
0399人間七七四年
2012/12/14(金) 23:51:14.98ID:V2K+nPrm0401人間七七四年
2012/12/15(土) 01:35:33.62ID:yhE3MPIW0402人間七七四年
2012/12/15(土) 01:55:57.46ID:6GEP7xdf>385が言うような見た目だけのものではない、といっているだけだろ
0403人間七七四年
2012/12/15(土) 03:09:04.01ID:RLXxoO1j0404人間七七四年
2012/12/15(土) 03:41:33.86ID:27x5PiCd0405人間七七四年
2012/12/15(土) 07:59:59.94ID:6AX1q4Bh忍者の任務は潜入工作がメインであって戦闘は二の次なんだし
太刀や小太刀といった長物を携帯してたわけじゃないだろ。
そんな重くて目立つもの携帯してたらメインの業務に支障をきたすわ。
0406人間七七四年
2012/12/15(土) 10:46:23.44ID:5v0Wtm+x潜入に丸腰って逆に目立つんでないかい?w
0407人間七七四年
2012/12/15(土) 12:59:41.06ID:JdZhUVQv0408人間七七四年
2012/12/15(土) 19:33:39.01ID:1Uvai3H1江戸時代の単なるガードマンになっちゃった時代でも自分達の記録に残さなかったって言うくらいだから
戦国の忍者がどう活動していたかなんて分からんので何とも言えんと思うが
0409人間七七四年
2012/12/15(土) 22:08:38.35ID:QZE2ppro0410人間七七四年
2012/12/15(土) 23:04:41.01ID:mgoak4Mg原作の漫画では、前田慶次と伊達政宗は「拳で語り合った仲」です。
小田原攻めへの参加を促す使者として、直江兼継に頼まれて前田慶次が向かった、
という設定です。で、使者としての口上述べる前に殴り合う(w
※その前にも互いに知らぬままに殴り合ってるが
0413人間七七四年
2012/12/17(月) 21:18:30.25ID:XDe7ojVpクレヨンしんちゃんアッパレ戦国大合戦で、籠城側は城壁の内側に足場を組み上げているんだけど、
これはなんて言う設備なんでしょう? 適切な単語があれば教えてください
↓鉄砲持った足軽達や木の盾が並んだり、
http://uploda.cc/img/img50cf0cc1b422a.jpg
↓下の人にとっては屋根にもなる
http://uploda.cc/img/img50cf0cd9e4abe.jpg
0415人間七七四年
2012/12/17(月) 21:28:26.45ID:GKQTqu1j0417人間七七四年
2012/12/17(月) 21:55:11.52ID:XDe7ojVp本は持ってないけど、石打で調べたら姫路城にも射撃用の足場として石打棚(武者台)というのがあるそうで、また一つ確信させて頂きました。
ありがとうございました
0418人間七七四年
2012/12/17(月) 23:53:22.59ID:nW10KUIU刀カチャってやる作法って本当?
0419人間七七四年
2012/12/18(火) 01:13:14.93ID:L1Wr70zp戦国時代でも本当にしていたのかは知らないけれど、
江戸時代はよく行われていたことは確か。
講談や歌舞伎でもする場面があるなど、
かなり庶民にも浸透していた。
0420人間七七四年
2012/12/18(火) 19:23:05.04ID:20U4iIi4現在、知られている合戦以外に大きな合戦があった可能性はありまつか( ´・ω・)?
有力な資料がなくてもその合戦はあったと断定されている事もありまつよね( ´・ω・)
だったら資料が無いから現在まで知られていない合戦があっても不思議じゃないでつよね( ´・ω・)
0421人間七七四年
2012/12/18(火) 19:33:44.75ID:2llT84WC例えば今現在恐竜が居ないことを証明するには、
地球のあらゆる場所を同時に(恐竜は動物で移動するため)探索しなければならない
しかし地上だけじゃなく海底や洞窟といった地球の内部まで同時に探索するのは無理
つまり居ない証明は出来ない
存在し無い可能性を示すのは不可能、設問を改めるのを要求する
0422人間七七四年
2012/12/18(火) 22:29:00.09ID:HBdLLGZQ土豪時代の松平家の戦いとかは資料には残らないだろうけど
別に大名でもないしね。
大名同士が戦って、やっぱり無かった事にしようってのは流石に無理では?
0423人間七七四年
2012/12/18(火) 22:45:37.19ID:VVM0q08f東北の南部家の跡目争いは相当大きな内乱だったらしいけど
後世に残ってる資料は殆どないことから、意図的に隠されたと思われる節がある。
歴史ってのは勝者が書くし大名クラスの争いでも
無かったことにされてる合戦は多いと思うぞ。
0424人間七七四年
2012/12/19(水) 00:25:33.98ID:Dgt5InDI実質的に相手がもう独立して久しかったのにあくまで内乱で処理していたりとか
0425人間七七四年
2012/12/19(水) 03:24:45.92ID:GpwiIWr0実は大規模戦闘でしたってのは有るかも
つっても詳細が不明なら憶測にしか過ぎないよね
0426人間七七四年
2012/12/20(木) 02:41:50.62ID:6Z5iYq+G色々と新説とかも出ているようですし、いったいどの情報からまずは大まかに知っていこうか非常に悩んでいます。
一番は新品で最新の本を買う事だとは思うのですが、好きな大名家とか興味の対象がまだ絞れてない状態なんで、あまり散財せずにまずは広く浅く知りたいのですが。
0427人間七七四年
2012/12/20(木) 02:51:37.89ID:15efHeW2大まかな概要を知る程度であればもちろん役に立つのだが
それ以上は怪しい情報のオンパレードなので信用しないのがいい。
よく言われることだがウィキペディアは
「地球は宇宙人が作ったのだ」という説が書かれた書籍や論文があれば
それを出典として載せることができてしまうサイトだから、
出典があったところで信頼のおけない情報も多い。
そしてその出典すらない情報はなおさらのこと。
0428人間七七四年
2012/12/20(木) 11:13:50.84ID:1UXA/TkZわからないことはこういうとこで聞けばいいしね。
それにウィキが信用できないということを知るというのも
また有益かも。
0429人間七七四年
2012/12/20(木) 20:19:23.29ID:1bgHUVPS強いて言えば国府台合戦か?
これは利根川(現江戸川)を挟んで行われた二つの合戦がごっちゃにされて伝わっていた時期がある。
0430人間七七四年
2012/12/21(金) 00:59:34.56ID:dw9RGdXw広く浅くなら、歴史雑誌でいいんじゃない?
本屋に行けば何種類も売ってるよ。そんなに高くないし。
0431人間七七四年
2012/12/21(金) 14:50:15.52ID:9CyN3gnX内容はともかく、図と表とイラストの見やすさからくる分かりやすさは入門書としては良質
戦国合戦大全の上下や決戦関ヶ原と激闘大坂の陣あたりを読んでおけば426の希望を叶えられると思う
そこから興味を持った人物や大名、あるいは地方史に移行していけばいいと思う
0432人間七七四年
2012/12/21(金) 15:36:46.23ID:uAAnS6nb和種馬乗ったことあるけどこんな感じだったな
人載せて山道走るのも問題なくこなしてたし、
装備込み80キロ強の重量が乗ってダッシュしても問題なさそうだった
近寄ると思ったより大きいので、これに人が乗って集団で突っ込んできたら
その衝突力はもちろん士気に対しても相当なプレッシャーになると思われる
0433人間七七四年
2012/12/22(土) 17:58:40.82ID:fax7t+CZ心酔してる武将の生誕・命日とかって
お前らはどんなお祝いしてる?
0434人間七七四年
2012/12/22(土) 19:34:58.47ID:qtwe6dmj騎馬の役目ってのは敵の追撃や、敵を側面から討ち、
陣形を乱すなど遊撃的な任務が主。
0435人間七七四年
2012/12/22(土) 21:16:24.61ID:Kjmx+Vy83m以上もある棒切れを適切にぶちあてるのは、そうそう簡単にできるものなんでしょうか?
物干しざお程度の長さでも扱いに苦労するのに。
まして当然、相手も案山子じゃないでしょうに。
0436人間七七四年
2012/12/22(土) 21:52:49.22ID:vzRpbaBlあれくらいは出来るでしょう
0437人間七七四年
2012/12/22(土) 22:19:12.80ID:3rxImnAm0438人間七七四年
2012/12/23(日) 04:53:06.60ID:ZODUu8Lf0439人間七七四年
2012/12/23(日) 11:19:47.92ID:RTCAKSDD情けを持たないヤツらめ<`ヘ´>
0440人間七七四年
2012/12/23(日) 12:26:54.00ID:ZODUu8Lf新暦だとニワカっぽいし、旧暦だといちいち割り出すのが面倒だし
0441人間七七四年
2012/12/23(日) 21:36:38.32ID:DN+o/23C0442人間七七四年
2012/12/23(日) 21:38:25.94ID:DN+o/23C少しだけ勘違いしてたわ
0443人間七七四年
2012/12/24(月) 12:36:55.94ID:7M8aIzBy0444人間七七四年
2012/12/24(月) 12:39:17.13ID:ceZ9Sijd信長好きなら本能寺の5/12とかで良い。
実際問題盆あたりの武将だったら、
実際には涼しくなった後に生まれてるって事なのか?
0445人間七七四年
2012/12/24(月) 14:34:30.16ID:L6D772zbひと月後ろ倒しになるから、旧暦で盆あたりに生まれた武将なら新暦では9月中頃ってことになるね
問題はこの下がり幅が一定ではないのが問題なんだよ
0446人間七七四年
2012/12/24(月) 18:23:04.30ID:PqEJRNGH養子が家督を相続したら家臣から反発とかないん?
御館の乱で景虎が勝ってたらその後北条氏に乗っ取られる可能性はあったん?
0447人間七七四年
2012/12/24(月) 18:24:43.46ID:WMhzXkBsそのあたりはケースバイケースとしか言いようがないが
> 御館の乱で景虎が勝ってたらその後北条氏に乗っ取られる可能性はあったん?
これはありえた。勝頼はその危険性を危惧して景勝寄りになったといってもいい
0448人間七七四年
2012/12/24(月) 18:40:35.99ID:D8jrBbGT0449人間七七四年
2012/12/24(月) 21:11:14.74ID:PqEJRNGH縁戚を大事にしてる割には裏切りとかよくあるしあくまでも政略的な物が多いのかな
0450人間七七四年
2012/12/24(月) 21:40:09.95ID:tTryVbAy0451人間七七四年
2012/12/24(月) 23:37:37.25ID:PqEJRNGH0452人間七七四年
2012/12/25(火) 23:52:52.70ID:nvL4OHto政策や軍略まで易や占星術を参考にしていたような人です
0453人間七七四年
2012/12/26(水) 01:01:26.57ID:M5xTJAei儀礼的な占いを重視なら九州大名全般だが、
占い任せみたいのはあんまりいないねぇ
0454人間七七四年
2012/12/26(水) 22:42:32.95ID:Iz5c/vYD織田家の郡司の一人として越前統治にあたっていた朝倉景鏡が越前大野の平泉寺に逃げ込んだ際
占星術に拠り寺に籠り周囲の防備を固め籠城策を主張
だが平泉寺僧兵達は占星術を嫌い近隣の一向一揆が籠る砦急襲策を主張し実行に移して壊滅し
逆に一向宗に寺を急襲され景鏡は子息諸共討取られてしまった
0455人間七七四年
2012/12/26(水) 22:57:20.07ID:8gK2j1Flあまり詳しい事は解らないけども、武田と北条はこの頃まだ同盟してませんでした?
どちらかと言えば賄賂抜きにしたら景虎勝った方が良い気がしますが…
0456人間七七四年
2012/12/26(水) 23:20:12.48ID:2R6c4WA7武田は事実上、北条に従属せざるを得ないしそれを嫌ったと聞いたことがある。
0457人間七七四年
2012/12/26(水) 23:26:38.91ID:bQPO+qfH0458人間七七四年
2012/12/26(水) 23:36:11.15ID:m2IdOMctただ結果だけ言えば織田・北条・徳川で三方囲まれて、
頼みの上杉も新発田の乱と織田の攻勢に首も回らない状況で同盟者として頼りにならず、
武田が詰んだ直接のきっかけになっちゃった訳で
歴史にイフはないけれど、景虎に着いたままなら勝頼はどうなったかちょっと見てみたい
0459人間七七四年
2012/12/26(水) 23:44:06.09ID:9RIpu08E武田が仮に北条側に事実上の従属になったとしても滅びなければマシだったと考えられるしね
北条から独立するきっかけも小田原攻めみたいな感じの合戦の時であったと思うし
0460人間七七四年
2012/12/26(水) 23:48:14.82ID:M5xTJAeiよく調べてみると影勝についたのは正解っぽいけど、ただの短期延命だな
0461人間七七四年
2012/12/27(木) 00:06:20.44ID:ssEIRtwR例えば勝頼の求心力が決定的に低下した高天神城の後詰失敗は、
北条とドンパチやってて徳川に西方に手が回らなかったからだからね
北条と同盟結んでたら、少なくとも援軍は出せたかと
長篠で疲弊した状態での二正面作戦とかもう無理ぽ
0462人間七七四年
2012/12/27(木) 00:24:35.02ID:v0TQOqbS0463人間七七四年
2012/12/27(木) 05:32:46.76ID:eNd5PEUc信長は同盟は案外破らない良い奴だし
0464人間七七四年
2012/12/27(木) 15:07:57.80ID:J+NCvd/dそれだけ正直だったって言い方もあるもんね。
さらに裏切った人を許すいい人とか。
同盟破らないのは家康で律儀って言われるけど
豊臣にはまともに・・だしなぁ。
0465人間七七四年
2012/12/27(木) 15:26:46.61ID:3+fiz0xGこれが
> それだけ正直だったって言い方もあるもんね。
何故こうなるのかわからん。信長はパッパラパーだったと言いたいのか?
0467人間七七四年
2012/12/27(木) 16:17:49.50ID:v0TQOqbS0468人間七七四年
2012/12/27(木) 17:06:57.55ID:FitW9go3せめてこいつらが死んでれば長篠後もやり易かっただろうに
0469人間七七四年
2012/12/27(木) 20:15:17.42ID:oyqisjL4信長が武田領に侵攻したのは北条が織田に誼を通じたのが大きい。
畿内から甲斐信州に進軍するのはかなり面倒だしな。
それよりは秀吉のように中国、四国、九州から片づけて
東国に乗り出すのが普通。
0470人間七七四年
2012/12/27(木) 20:23:01.51ID:v0TQOqbS0471人間七七四年
2012/12/27(木) 21:30:14.44ID:ssEIRtwR0472人間七七四年
2012/12/28(金) 02:24:31.88ID:xRS+j+kx例えば秀吉なら大儀名文に拘って汚い事は出来ないけど、その参謀の黒田官兵衛なら罪被って悪に手を出すとかあるのでしょうか?
もっと低身分ならば殺しも陵辱も略奪も何でも有りなのが想像出来るんですが、意外に大儀名文を気にしないで行動した武将は三好主従くらいしか思いつかなかったので。
ちょっと前に話あった勝頼が賄賂を貰った同盟破棄等も戦国時代なら許される範囲なのか、あの時代ならマナー違反だったのかとかそういう倫理観を知りたいので教えて下さい。
0473人間七七四年
2012/12/28(金) 12:02:25.63ID:Y60eeujY無法地帯と化してたわけではないので倫理を重視する人もまた多かったのです。
ですからいろんな考えを持つ集団を同じ方向に向けるには
大義名分を掲げる事が手っ取りはやいわけです
そして集団を率いる人はいわゆる身分の高い人なので
身分の高い人ほど大義名分にこだわったと一面では見えるのでしょう
0474人間七七四年
2012/12/28(金) 12:12:13.83ID:/VWf/rLzより上位の権威権力と繋がることが必須条件だったとされる。
戦国期はたしかに実力主義の動乱期だが、それでも一定のルールに則らないと、実力だけでは何も出来ない世界でもあった。
0475人間七七四年
2012/12/28(金) 17:24:35.18ID:C6nUyaNj龍造寺は蒲池の粛正で求心力を失った
正当な理由や下準備はマジ大事
0476人間七七四年
2012/12/29(土) 08:52:55.96ID:k8ZAaIRo当面は北条の盾として援軍を送ってもらいながら信長の関東制覇を防ぎ、
織田、北条間のキャスティングボードを握れてたらなあ。
歴史にIFはないけど、上手く立ち回れたら甲斐と南信濃くらいは
安堵されそうな気がする。
0477人間七七四年
2012/12/29(土) 08:56:31.34ID:gScdDeGi進んでいるのでジワジワ家中が北條のシステムに取り込まれて、気がついたらそのシステムの一部にされちゃう。
0478人間七七四年
2012/12/29(土) 08:57:29.52ID:NmWqEc4vifを想像すると第四次川中島や駿河進攻くらい遡りたくなる
0479人間七七四年
2012/12/29(土) 17:12:13.38ID:h2pGziBiそれはそれで北条氏を過大評価しすぎ
北条家内部はたしかに制度が発達していたが、その外にはほとんどおよんでいない
具体的に言うと伊豆相模に武蔵の南部までで、それ以降は精々従属大名というところで
北条氏だろうとかつての管領上杉氏だろうとその内部に介入することはできなかった
それくらい関東豪族たちの独立性は高い
これが解体されるのは秀吉の北条征伐で豪族たちが取り潰されたり移動されたりしてようやく
0480人間七七四年
2012/12/29(土) 17:19:07.55ID:xHil9DLmそこまでいくと過小評価し過ぎ
北条にかぎらない常套手段ではあるけども、養子に入れたり親類衆に引き込んだり、
或いは小山領を奪取したり由良氏の本拠を直轄にしたりして、
最終期の北武蔵〜上野・下野への影響力は相当なもんだよ
もちろん成田や上田といった諸将の独自性はそちらの言うように維持されたままだったけどね
476みたいに硬一辺倒ではなく、あなたの言うように軟一辺倒でもないよ
0481人間七七四年
2012/12/29(土) 17:58:51.17ID:h2pGziBi影響力と、制度を内部に持ち込ませることは別でしょう?
あと影響力も判定するのは人それぞれだろうけど、
正直表向きは強いが実質はかなりもろい面がある、というのが私の評価なので
成田氏なんてかなり自由に動いて、北条氏の方がその待遇にそうとう気を使っている
時には一族を譲歩させても成田氏の要求に応えたりね
0482人間七七四年
2012/12/29(土) 18:22:01.48ID:k8ZAaIRoそういう話じゃなくて勝頼が上手いこと立ち回れば、宇喜多直家のように
対北条の先兵として生き残れたんじゃないかなと思ってるだけ。
勝頼は合戦は強いから後顧の憂いがなければ織田・徳川とも
それなりに渡り合えたと思うんだよ。
0483人間七七四年
2012/12/29(土) 18:32:29.18ID:h2pGziBiあ、すまん今気づいた
>479は>477宛ってことで
勝頼がうまく立ち回れていたら、という点には同意
たとえば景勝の相続は認める代わりに上野を北条に譲渡する(全部でなくとも)ような仲介が取れたら
上杉武田北条による対織田同盟の結成も、簡単ではないだろうが絶対に不可能ではなかったと思える
(後は身柄を無事に引き渡すとか)
0484人間七七四年
2012/12/29(土) 18:45:43.70ID:4SuBWgEP御館の乱の時も勝頼が調停を名目に越後に居座ってても出兵が遅れるし
新三国同盟は武田に利は全くない。北条は利ばかりだから同盟破棄せず目指すべきだったが
0485人間七七四年
2012/12/29(土) 18:56:01.89ID:h2pGziBi武田にとって北条との同盟は直接的な利は少ないが、敵に回すととてつもなく大きい不利があるのは史実が証明している
正直、あの時点で武田と北条を並べたら武田の方が風下に立つことになるのは仕方のない現実であるわけで
0486人間七七四年
2012/12/29(土) 19:09:19.49ID:xHil9DLm例えば佐野氏や大田氏は乗っ取った(反北条派が家を出ざるを得ない状況になってる)
また古河公方家は実質氏照の管理下にあったし、関宿一帯、旧小山領を直接支配して、
由良氏本拠の金山城を直轄にして由良領の南部を分割させて当主兄弟を小田原に移すなど、
北条の関東北部への直接支配はかなり進んでる
その点で、氏康時代と氏政時代はぜんぜん違う、かなり深化させてる
ただまあ繰り返しになるけれども、
そちらの言うように自分に味方する関東諸将のそれぞれの支配権は尊重してるのも確か
0487人間七七四年
2012/12/29(土) 19:54:24.10ID:4SuBWgEP一次史料上では確認は取れないが多額の軍資金を得た軍鑑にはあり
北条からは東上野全土、北武蔵と西武蔵の一部、伊豆の一部を獲得
当時の訴状から間接的に見えるよう再軍備のための重軍役で恩賞問題が表面化してたから
一連の領土獲得でなんとか一息つけた。
さらに伊豆では北条評定衆の重臣笠原氏が武田の味方に付ついて
さらなる侵攻も容易になっていたし
北条と敵対したことで佐竹を通じて中央との交渉も可能になるなど利点は数多かった
逆に北条は勝頼の侵攻に窮地に陥り北関東攻略は停滞。
このままでは関東全域が武田のものになる部下への書状の中で嘆き、
たとえ織田の属国になっても関東だけは確保したいと誓詞を出し神にすがり、
甲州征伐は北条に無報告で連携することもなく織田が単独でやったから、
火事場泥棒的だが自力で取った上野甲斐駿河の諸城は全て、
滝川川尻徳川に返還させられるという無残な結果で終わるという事態になるくらいなら、
同盟破棄せず武田に譲歩してでも新三国同盟を組み武田を盾替わりにして、
関東制覇を進めるべきだった。
そうすれば中央軍の進出までに北関東も北条のものになっていたはず。
0488人間七七四年
2012/12/29(土) 20:04:48.81ID:4SuBWgEP滅亡もなかった可能性まで出てくる。まぁそこまで行くとIFを重ねる無意味な仮定だけど
一次史料上の勝頼は同盟破棄するまでは終始一貫和議の取り持ちとしての行動しかしてなく
事を荒立てない余地はありまくりだったのに、武田との同盟破棄は北条最大の失策だと思うな
0489人間七七四年
2012/12/29(土) 20:37:39.13ID:h2pGziBiあの時期の武田と北条の違いは、武田は織田と講和できなかったのに対して北条は織田に対しては外交上の因縁がなかった
つまり北条にとっては武田と織田どちらと組むかと外交選択の幅が武田よりも多かった
武田は軍事的にどれほど北条を上回っても、外交的には頭を下げるしかない相手だったんだよ
勝頼はそこに考えがいたらなかった
信玄も今川侵攻で北条を敵に回した結果軍事的には北条を圧倒できても結果として三年の時間を無駄に費やして寿命に追いつかれた
結論として、武田の身命は北条に強い影響を受けていたことを信玄も勝頼も気づかなかったんだな
0490人間七七四年
2012/12/29(土) 20:52:47.11ID:4SuBWgEPそして北条織田同盟は最後の最後まで機能しなかった物
0491人間七七四年
2012/12/29(土) 21:32:24.21ID:h2pGziBi0492人間七七四年
2012/12/29(土) 22:00:11.68ID:4SuBWgEP0493人間七七四年
2012/12/30(日) 00:10:43.50ID:zAAgwjJf滝川一益を関東から追い出した際には5万とも6万ともいわれる
大軍を繰り出すほどの大勢力だったからな。北条は。
西に織田。東に北条に挟まれてる時点で3面作戦は自殺行為だったと言わざるを得ない。
0494人間七七四年
2012/12/30(日) 04:13:37.92ID:6jMNVIl2全体通して勝頼は究極の二択に追いやられた段階できつい状況だったんだろうな
相当相互のバランスを取らないとあの状況では巻き返せまい。それほどのリスクがあったわけだ
0495人間七七四年
2012/12/30(日) 04:31:10.09ID:/LjnlQgP0496人間七七四年
2012/12/30(日) 22:14:14.87ID:KIyeko25そうだったら朱元璋超えの世界一の大立身になりまつね( ´・ω・)
仮に非人だったら主君が能力主義と言われる信長以外では足軽にもなれなかったんでつか( ´・ω・)
0498人間七七四年
2012/12/31(月) 02:37:12.76ID:RdunyM4Yその割には秀吉は読み書きもできたようですよね。
彼は人生のどこかで猛勉強してそうした教養を学んだのでしょうか。
それとも実は最初からその程度の教養はある階層の出身だったのでしょうか。
0499人間七七四年
2012/12/31(月) 07:58:29.60ID:yEczM5Nn仮に本当に足軽だったならば村の正規の構成員だから水飲みなわけ無いんだけどね
0500人間七七四年
2012/12/31(月) 17:44:54.45ID:nCqyXGWw元からそういう学ぼうという意思を持っていたのは確かなような気がする
0501人間七七四年
2013/01/01(火) 02:59:48.36ID:tA48EPXC誰かいますか「?
0502人間七七四年
2013/01/01(火) 20:21:06.58ID:awIUwCaaまあ強いて言うなら78年の勝頼と同じ状況下で上手く立ち回れる名将どんだけ居るだろうね?
もう俺は誰が何をしても積んでたと思うよ
家臣も言うこと聞かないし
0504人間七七四年
2013/01/01(火) 22:49:20.30ID:Hzyh8hgR0505人間七七四年
2013/01/01(火) 23:34:18.05ID:SnNpslcs0506人間七七四年
2013/01/03(木) 17:48:32.70ID:98nUeG2b秀勝の死亡時は秀次と秀勝どちらが上だったのですか?
0507人間七七四年
2013/01/03(木) 18:23:27.60ID:OneTaXlc生きてたとしても血縁にこだわる性質のある秀吉は秀次を後継者にしたんじゃないかな
0508人間七七四年
2013/01/03(木) 18:36:54.95ID:uMnamYfe秀次はあくまで一門衆の重鎮として引き上げられていた身といえるので、生前の地位は秀勝が上と言えるかな
もっとも秀勝が長生きしていても、鶴松が生まれたら史実の秀次事件と同じことが起こったかもしれんが
0509人間七七四年
2013/01/03(木) 21:51:31.57ID:noGfkMgW小早川(毛利)、北条、佐竹とか
0510人間七七四年
2013/01/03(木) 22:51:12.83ID:efRseqiX0511人間七七四年
2013/01/04(金) 01:46:20.52ID:j4jUMdJS0512人間七七四年
2013/01/04(金) 10:31:20.70ID:MNJJMAWx伊賀の忍者は信長と敵対してたし、甲賀に関しても武田自体が信長と敵対してたのでむしろ協力関係でも良さそうな気が…
0514人間七七四年
2013/01/04(金) 11:14:05.47ID:nFGygn5k0515人間七七四年
2013/01/04(金) 11:28:47.04ID:QiomR+fq山田風太郎の功績、といわんかい。
多数の作家や漫画家その他に飯の種を与えた。
っていうか対立の構図って山田風太郎が初出なのかな?
0516人間七七四年
2013/01/04(金) 16:07:53.82ID:MNJJMAWx要約すると山田風太郎の著書が有名になり過ぎて伊賀VS甲賀という設定が浸透したんですね。
という事はやはり伊賀と甲賀は別に史実では険悪では無かったという解釈で良いんですね?
疑問解けましたありがとうございました。
0518人間七七四年
2013/01/04(金) 20:31:51.78ID:7YxRwun20519人間七七四年
2013/01/04(金) 20:50:49.49ID:owH5s4pe0520人間七七四年
2013/01/05(土) 21:50:20.20ID:CwbiMDrb現代日本でも警察犬とか居ますし、何かしてたんじゃないかと思いまして。
0521人間七七四年
2013/01/05(土) 22:35:26.53ID:ED6j3YYo0522人間七七四年
2013/01/05(土) 22:46:40.27ID:CwbiMDrb伝令犬ですか!
捜査や門番的な感じの解答が来るかと予想してたのですが想像外でびっくりしました。
戦国時代は漫画とかのせいか鳥で伝令してるイメージが強いんですが犬だったんですね。
0523人間七七四年
2013/01/06(日) 08:10:20.78ID:9+pPvxRW0524人間七七四年
2013/01/06(日) 20:51:14.49ID:jjTivbqv0525人間七七四年
2013/01/07(月) 00:19:45.90ID:jbCJrDxj0526人間七七四年
2013/01/07(月) 00:22:26.47ID:J4LeEIrk0527人間七七四年
2013/01/07(月) 00:23:08.35ID:uqLjhkgN0528人間七七四年
2013/01/07(月) 00:32:53.88ID:N0px7LL/武士が切腹する時に腹を十字に切って腹から内臓を取りだしていたとか
かなり凄い切腹の仕方が描写されていますが
これは実際にやっていたことなのでしょうか?
大抵の人間はそこまでする前に体が動かなくなると思うのですが
0529人間七七四年
2013/01/07(月) 02:25:49.02ID:J4LeEIrk根性のある人はやってました。普通は横一文字に切ったところで介錯します。介錯というのは
首を切り落とす事です。そうしないで腹を切っただけでは死にきれないので大変苦しむ事になります。
平和が長く続いた江戸中期になると短刀の代わりに扇子で代用する(つまり実際には腹を切らない)
扇子腹が一般的となるらしいです。
0530人間七七四年
2013/01/07(月) 02:48:49.66ID:AWo55cjq0531人間七七四年
2013/01/07(月) 05:48:32.51ID:mZR+AbrY何処の藩でも切りまくっている
0532人間七七四年
2013/01/07(月) 09:22:51.71ID:adcowTLf>大抵の人間はそこまでする前に体が動かなくなると思うのですが
人間ってなかなかしぶといから、根性座った人間なら可能。
逆に、時代劇とかで切ったらすぐ死ぬっていうのがフィクション。
頸動脈を切ったり太い血管を切ったりすると出血多量で比較的短時間で動けなくなるけど、
腹を切っただけの場合っていうのは割とすぐには死ねない。
だから介錯で首を切るわけ。
時代劇でも「陰腹を切って主君に諫言する」ってシチュエーションがあるでしょ。
死を避けられない行動をする前に、いさぎよくあらかじめ切腹しておくっていうこと。
もちろん普通の切腹よりは切る範囲は狭いんだろうけど、根性があるとそこまでできる。
ただ、やっぱり根性座ってないと内臓抜くとかなかなかできないから、凄惨な切腹した時って
いうのは、すごい切腹をした奴がいたっていうことで伝説になる。
0533人間七七四年
2013/01/07(月) 09:34:55.55ID:adcowTLfそういえば陰腹の実例って知らないなーと思って検索してみたら、どうやら歌舞伎とか浄瑠璃の世界の
話で、実例はないみたいね。
0534人間七七四年
2013/01/07(月) 14:55:12.24ID:n5Cg6zn20535人間七七四年
2013/01/07(月) 16:05:24.37ID:6Jn/AfONかなりの人数死んだアキバ事件の死因って、
ショック死と失血死とか、何だと思う?
0536人間七七四年
2013/01/07(月) 16:33:19.97ID:onGUch4I少し調べた限りでは、同時代に既に呼ばれていたわけではなさそうなんですが、初出はいつ頃か分かっていますでしょうか?
0537人間七七四年
2013/01/07(月) 23:57:41.46ID:LgvaumIQ戦場物は斬られるとすぐに倒れるけど
そっから数十分は、うぇ〜、と苦しみまくってる
人たちがいっぱいかと思うとおそろしいわな。
0538人間七七四年
2013/01/08(火) 01:38:01.32ID:m7heS+gB老臣の一人が陰腹しつつ宗治に対して色々と今後の進退について意見してた記事を
清水宗治について詳しく書いてたブログで見た記憶がある
なので探してみたけど記事が見つからない…
0539人間七七四年
2013/01/08(火) 02:32:21.66ID:1tO8LqgK0540人間七七四年
2013/01/08(火) 09:53:00.46ID:G06A9Ynvすぐそばの順天堂や三井記念その他が救えなかった不思議だ。
通り魔なのに「次から次へと」複雑に斬ったのか(′・_・`)?
0541人間七七四年
2013/01/08(火) 10:34:27.45ID:isMYQouZ一度に大量出血すれば血圧が急激に下がってそのまま死んじまう
俗に言う出血性ショック死
>>540
出産の時に出血死してしまう妊婦さんもいまだに何人もいるし
まさに病院が現場の場合ですら死ぬ時は死ぬ
0542人間七七四年
2013/01/08(火) 14:52:36.36ID:NjRW4eIw「致命傷を負ってもしばらくは動くことができる」という話をしてるときに
秋葉原の通り魔事件のことを持ち出して、何を不思議がってるんだ?
まったく違う話だろうに。
「傷を負っても死なない」という話をしてるんじゃないよ。
0543人間七七四年
2013/01/08(火) 19:31:16.15ID:XDCP2XOxよく失血死しなかったものだと思う。
普通にとまったりするものなのかな
きつくしばったりとか。
0544人間七七四年
2013/01/08(火) 19:44:22.25ID:kOzxQh/Zもちろん医者が手当てしながら観察した訳だけど。
腕はともかく指くらいではそうそう死なない。そのまま放置したら判らんけど。指切りは元々遊女が馴染みの客に
小指を切って渡したらしいし。
0545人間七七四年
2013/01/08(火) 21:19:51.33ID:eeXvkveq極道が指を詰めるような(落とし前をつける的な)論理で詰めたり、
殉死の代わりに指を詰めて哀悼の意を表したりしたらしい
切腹の一段回前みたいな感じだな
0546人間七七四年
2013/01/08(火) 23:51:28.23ID:6iIxlW470547人間七七四年
2013/01/09(水) 13:16:16.68ID:xZG/udf5まだ視聴率稼げると思わないか?
0548人間七七四年
2013/01/09(水) 13:19:01.86ID:oR2HpywD0549人間七七四年
2013/01/09(水) 15:43:49.69ID:stVZz0V4だがそんな大河は見たくない
0550人間七七四年
2013/01/09(水) 18:40:11.15ID:MrQbX0iG九州四国やれば知らない事いっぱいあって楽しいのに、、、
0551人間七七四年
2013/01/09(水) 18:43:40.02ID:oR2HpywD見栄えになるシーンてんこ盛りにすれば数字取れると思うよ
0552人間七七四年
2013/01/09(水) 19:31:18.92ID:mHOyCPhm0553人間七七四年
2013/01/09(水) 20:00:46.39ID:a2N8di2E思いつかない。
マニア受けはするかもしれないけど。
立花宗茂くらいなら大河の題材になりそうだけど、一般向けでは
ないような気がする。
0554人間七七四年
2013/01/09(水) 20:11:35.05ID:MrQbX0iG0555人間七七四年
2013/01/09(水) 20:18:38.03ID:mHOyCPhm0556人間七七四年
2013/01/09(水) 23:07:07.80ID:58V8Hf/c一位と二位が島津と前田だった時点で
もう戦国武将はやり過ぎたのがありありと分かる
0557人間七七四年
2013/01/09(水) 23:51:06.20ID:+Sb2NeDOドロドロのグダグダだろうけどあれこそ正に戦国時代って感じだし
0559人間七七四年
2013/01/10(木) 01:25:04.84ID:+W4w4+sU・過去に激しくダブって無い(山内一豊不可w)
・何かと大大名に関わる(マイナー過ぎない目安?)
・歴女にウケが良い
他にある?
てか復興なら今年は佐竹やるべきだったよな。
0560人間七七四年
2013/01/10(木) 01:56:30.39ID:TucliJ4j0562人間七七四年
2013/01/10(木) 07:11:46.78ID:INhiLW3bどのようなパターンが考えられるのか、また実際にそのような状況が起きた武家を良ければ教えて下さい。
0563人間七七四年
2013/01/10(木) 09:46:25.20ID:f2RxPKWG>>560
毎日レスある大河スレ頼むわ!!w
0564人間七七四年
2013/01/10(木) 11:08:01.78ID:fdvyB0lX歴史小説にしても、織田、豊臣、徳川が重要なポイントに登場しない本は売れないとされている。
だから売ろうとする歴史小説作家は、なんらかの形で必ず話に絡めてくる。
四国は、三好辺りを松永弾正と絡めてなら、中央と直結した話なんでやれないことは
無いかもしれないが、つまらなそう。
鳥なき島の蝙蝠なんて言われている長宗我部なんて論外。
女を出せば人気が出るってんで、鶴姫を中心に水軍の話をやるのが一番視聴率稼げそう。
九州は、島津は別格だから置いとくとして、これもやっぱり女頼みで吉岡妙林尼を使うのも手かも。
ただ、当然エピソードが数話分しか無いんで、立花とか、ザビエルとか、メンデス・ピントとか、
アルメイダとか大友領内の特定個人じゃなくて、キャラが立っている何人かを組み合わせて
複数の主人公にする必要がありそう。
それだったら、朝鮮シーンを撮らずに島津を使えるし。
0565人間七七四年
2013/01/10(木) 12:14:15.38ID:f2RxPKWG>歴史小説にしても、織田、豊臣、徳川が重要なポイントに登場しない本は売れないとされている
だよな!! そうすると後北条・朝倉・三好・長宗我部
くらいしか居なくなりそうだw
この中からキムタク他視聴率キラーの美形で
対応可能なの選べば良いなw
0566人間七七四年
2013/01/10(木) 15:54:43.67ID:L684tDx0直家は秀吉との友情みたいな描き方できるし、
義光は後半上方情勢抜きに描けない上、義光自身はハッピーエンドで死ぬから綺麗に終わる
0567人間七七四年
2013/01/10(木) 16:32:20.65ID:/Z5xUrS9晩年の部分を大幅カットしてまとめた大河があったな
0568人間七七四年
2013/01/10(木) 16:51:49.64ID:HM4CNX05どっち主軸にしてもそれなりに夫婦愛(?)描けるし、中央との絡みもしっかりしている
0569人間七七四年
2013/01/10(木) 22:48:36.89ID:ETpxSSeb0570人間七七四年
2013/01/11(金) 06:14:37.79ID:O1hq2Sgrあいつらの思い通りの結果になりそうだから
あいつらの勝ちだな
0571人間七七四年
2013/01/11(金) 23:01:46.21ID:nWsK1aOJそんなイメージに慣らされたせいか江に出てきた秀吉の悪っぷりに歴史ゲーム系の秀吉ファンは不快感を抱いてたそうだ
0572人間七七四年
2013/01/12(土) 03:24:03.72ID:LXvk8H0fそれとも侵略自体はよくあることで、問題だったのは江戸中期から行われた搾取の方でしょうか?
自分は歴史の知識が浅いのにも関わらず、
中2小説を書いており、
島津義弘を「義理人情に厚い正義武将☆」というキャラクターにしてしまったので、困惑しております…。あと、他の軍より島津軍は略奪などが激しそうというイメージがあるのですが、どこの軍でも略奪バリバリだったのでしょうか
0573人間七七四年
2013/01/12(土) 08:05:54.77ID:hdhh0wrj教えて欲しければ「義理人情に厚い正義武将☆」をうpしなさい
てか小説程度なら好きな解釈すればいいと思うから細かい事気にせず書けば?
今流布してる一般イメージの武将って義理固いが嘘、不敗神話が嘘、暗愚が嘘ってのも平然とあるのに一般イメージの為に合わせてる嘘が多いし気にするな。
大河クラスでも嘘を平然とやってのけるんだから武将なんか著作権フリーのキャラだと思って好きに弄れ。
0574人間七七四年
2013/01/12(土) 11:57:59.86ID:LXvk8H0f正義感の強い黒豚という設定です。焼豚にされそうになったところを平川動物園の飼育係の主人公に助けられて、動物園の平和を守る戦士となる…という、どっかでありそうな話です。
でも、島津一族が怖い集団だと思ってきたので、 むしろ敵の方がいい気がしてきて…。
せっかく鹿児島に引っ越したので、色々調べようと思ったのですが、近所の本屋は西郷どんの本が多く、
島津氏の奄美大島侵略とかはどう調べてよいかわからなくて、悩んでおりました。
図書館がクッソ遠いのですが、色々調べてみて、そこそこ史実に近そうな島津義弘が書けたらいいな、と思います。
ありがとうございました。
0576人間七七四年
2013/01/12(土) 13:53:59.78ID:LXvk8H0f男は中身が大事だ、と身をもって諭す豚なのです。
なので、しっかりと人物像を作らないと説得力がないかな、と思いました。
不快に感じたのなら申し訳ありません。
長々と数レス、失礼しました。
0577人間七七四年
2013/01/12(土) 13:56:06.90ID:VHJSTtgh史実に拘らず一般的な脳筋な義弘イメージでガンガン行った方が面白そうだけど
0579人間七七四年
2013/01/12(土) 17:41:29.98ID:XkAULdP0そんなことよりも小説うpまだー?
0580人間七七四年
2013/01/12(土) 22:53:20.12ID:nasvoJVKたぶん、その設定ならしっかりした人物像を作りたいなら物語内のエピソードで
固めていくべきであって、史実を持ち出しても人物的な厚みは出てこない。
0581人間七七四年
2013/01/12(土) 23:10:31.74ID:y/PEzlsrプロデビューしてアニメ化されたらいいなw
スレチになって申し訳ありません。
アドバイスありがとうございました。
0583人間七七四年
2013/01/13(日) 00:51:43.87ID:6F4d+Jgn↓以下普通の質問スレでお願いします。
0585人間七七四年
2013/01/13(日) 01:14:49.56ID:o/CuvHrd0586人間七七四年
2013/01/14(月) 03:58:11.41ID:gAPcRbKy髪飾り?とかで派手に成ったのって、
江戸時代以降だよね?
0587人間七七四年
2013/01/14(月) 04:10:25.39ID:yvhtNGJN0590人間七七四年
2013/01/14(月) 18:02:57.88ID:R3qSvKPR江戸期の小大名姫のほうが偉く見える不思議www
0592人間七七四年
2013/01/14(月) 19:40:37.95ID:6xRJAISg大名間の政略結婚とかは制限されてたわけだから、自然とお姫様扱いになったの
では?
0593人間七七四年
2013/01/14(月) 19:47:21.36ID:/r/KRSzc対して江戸時代は絶対的な上位者だからね
自分たちを蔑ろにして贅沢するなんて!、と思われたら終わる
またそういった権力・権威の差異はもちろん、可処分所得の差もでかいと思う
天災人災で収入が安定しない上、戦争でアップアップの状況に対して、
その分贅沢に金を回せるだけの余裕は出来たわけだし
0594人間七七四年
2013/01/14(月) 23:07:57.21ID:FsQJbHHbけど醜女は貰い手がつかなくて大変だったみたいだけどね。
0595人間七七四年
2013/01/14(月) 23:27:59.72ID:WgBdNwsT財政が逼迫して大変だったって話を聞いたことあるな
0596人間七七四年
2013/01/15(火) 00:43:59.65ID:CmAjnbifwikipediaを始めとして、ネット上では、貞慶が小田原の役で戦功を挙げたため、
讃岐半国を与えられたが、尾藤知宣を保護したため、秀吉の怒りを買って改易された
といった事柄が紹介されています。
これの出典は、なんという史料なのでしょうか?
手元の小笠原家に関する江戸時代の編纂史料には調べた限りではそうした記載が見当たりません。
例えば、笠系大成では、小田原の役の後、徳川氏の関東移封に伴い、
前年家督を譲り受けていた小笠原秀政が上総に転封となった際、
貞慶も共に関東へ移り下総葛飾郡の古河城へ入ったとされています
(小笠原秀政年譜、天正18年9月10日の条)
寛政重修諸家譜にも寛永諸家系図伝にもそうした記載はありません。
また吉川弘文館「戦国人名事典」の「小笠原貞慶」の項目(片桐昭彦著)
人物往来社「家康の臣僚武将編」中村孝也著など
出典が付されているような研究者が著した書籍では、そうした記載が見当たらず、
新人物往来社「戦国人名事典コンパクト版」には、
貞慶が讃岐半国を与えられた後、改易されたとの記事がありましたが、
出典が付されておりませんでした。
秀吉がらみの何かの軍記なのかなと推測しているのですが、
御存じの方、どうぞよろしくおねがいいたします。
0597人間七七四年
2013/01/15(火) 01:00:04.22ID:IUfM7Y3nなるほど!
>将軍の姫なんて貰っちゃうと、大名はお迎え用に散財しなきゃならないから
大藩が絶大な安定を得た上で、リストラすれば睨まれる事も無く
地位向上出来るじゃ無いか!!
0598人間七七四年
2013/01/15(火) 11:51:34.03ID:EpuYc93+>奄美大島侵略って悪質なものだったのでしょうか?
侵略するよりはしない方が当然倫理的には善だけど、当時の国際慣行から見ても
別に島津が目立って悪質だったわけじゃない。
支配された側は、当然非難するだろうが。
>それとも侵略自体はよくあることで、問題だったのは江戸中期から行われた搾取の方でしょうか?
どっちかと問われれば、こちらの方が問題だろうね。
ただ、これも更に過酷な取立てを行っていた藩もあるわけで。
どこまで特別視すべきものかは難しい。
>どこの軍でも略奪バリバリだったのでしょうか
基本的にそう。
それが目当てで兵になるんだから。
薩摩は、比較的記録が詳しく残っているから目立つけどね。
>島津義弘を「義理人情に厚い正義武将☆」というキャラクターにしてしまったので
貴族と言うものは、一般人を自分たちと同じ人間だとは思って無いから。
現代人からすると矛盾するように見えても、本人の内部では整合性は取れていて全然矛盾は無い。
0599人間七七四年
2013/01/15(火) 12:01:06.06ID:CKUAA+Mcその信長配下の秀吉の元にも秀吉配下って居たと思うんですけど、
この秀吉配下にとって信長の事も殿と呼んで敬う対象だったのでしょうか?
更にその配下にも配下とか居たりした場合の関係とかどうなるんでしょう?
例として秀吉を挙げましたが、一般的な認識として教えて頂きたいです。
0600人間七七四年
2013/01/15(火) 13:36:01.50ID:hvLSFkF0欧米のような契約社会だと、自分の主君は契約した直属の
主君だけで、その人が誰と契約してようがまた別、のような
発想も見られるけど、日本の場合は主君の親兄弟親戚というような
関係まで主従関係が影響したりする。
もちろん個々の例はいろいろだし個別の話はともかくとして
おおまかにはこういう理解でいいとは思う。
現在でも上司の家の引越し手伝われされるとか
公私混同は見られたりするけど、上下関係一般として
日本には独自の上下ー主従関係が発生する、という例えで
欧米を例に出した。
師匠ー大師匠とかいろんなところで見られるからね。
会ったこともないような上司の上司でも関係が
発生してしまうということで。
0601人間七七四年
2013/01/15(火) 14:40:14.75ID:5HxKZfBvそらそうよ。
家来の家来を陪臣、又家来という。
直接の主従関係は無くても当然敬意を払う対象になる。
家老が大名に頭を下げてるのに、その横で家老の家来が突っ立ってるとか有り得ないでしょ。
ただしあくまでも家来の家来なので大名が陪臣に直接命令は下せず、
何かやらせたい任務があるときは家来を通して「お前のところの○○にあの仕事をさせろ」というか、
直接領地を与えて直臣化させる。
0602人間七七四年
2013/01/15(火) 15:45:28.72ID:G9i+x2t5直接の主従関係はないので距離はもちろんある。
秀吉と信長が対立した時はどっちにつくかとなると、
もうそいつが個人的にどちらと利害関係が強いかとかそういう話になる。
0603人間七七四年
2013/01/15(火) 17:14:56.77ID:p2mlS9uT当時は戦国の遺風が残ってたって言うし
こちらの感覚の方が一般的かと
0604人間七七四年
2013/01/15(火) 17:23:36.42ID:VRTqoe0jその人は大石の家臣であって浅野家の家臣ではない
もし何らかの事情で浅野家がそいつに命令を下したい場合は、直接命令することは出来ず、
大石に命令を出させる命令を下すことになる
あと赤穂浪士は基本的に赤穂浅野家の直臣だから、内匠頭に忠誠を誓うのは当然
0605人間七七四年
2013/01/15(火) 17:25:08.49ID:oSG56CQV0606人間七七四年
2013/01/15(火) 17:38:00.10ID:G9i+x2t5当時の儒学者にも言われていないから
やはり直接の主への忠誠の方がもてはやされたことはある
0607人間七七四年
2013/01/15(火) 17:55:45.75ID:Md74QxJX自分の主が忠誠を誓ってるから自分も従う、という間接的なものになるんじゃないかな。
だから本能寺の変では明智光秀の家臣(=信長から見ると陪臣)の斎藤利三等は光秀の
意向・利益を最重要視して、信長に襲いかかった。
つまり、信長よりも光秀自身に従う、という面が強かったと思う。
もちろん平時なら直接の主とその主(この場合は信長と光秀)の利害が一致している場合は
斎藤利三等は信長に対して敬う態度になるだろうけど。
だからこそ、陪臣で有能な人材がいたら、主君はその陪臣を直臣にしたがったのだろう。
直江兼続は秀吉から見ると上杉家の家来、つまり陪臣にあたるわけだけど、その能力を
ほしがって直臣にスカウトした。(これが本当に史実かどうか知らんけど)
0608人間七七四年
2013/01/15(火) 20:24:30.89ID:7d6BFPyF黒糖地獄より酷い藩があったのですか…知りませんでした。
個人的に侵略自体は…奄美大島の方には申し訳ありませんが、当時の状況かを考えると、特異なことではなかった、と598さんのレスを拝見して、心の整理が着きました
> 貴族と言うものは、一般人を自分たちと同じ人間だとは思って無いから。
なるほど!自称毘沙門天もいますしね。
恥ずかしながら、自分は、そう言う想像力がありませんでした…。
略奪したり、侵略したり、本当に恐ろしい時代ですね。
0609人間七七四年
2013/01/15(火) 20:50:54.04ID:xd8vELeX>何がでもなのかわからんが
将軍家→浅野家 の主従の事じゃ無いのか?
あとあのまま弔い合戦してたら
死者圧倒的(数百)だろうってのも
いまいちピンと来ないよな。
討ち死<浪人化 だろうに、、、
0610人間七七四年
2013/01/15(火) 21:15:34.65ID:Xl/bjn/80611人間七七四年
2013/01/16(水) 00:21:48.84ID:UHUxHXPo長谷堂の戦い?では確か最上義光に負けたし、関ヶ原でも西軍を選んでしまったし…。
どういうところが凄いのですか?行政手腕でしょうか?
0612人間七七四年
2013/01/16(水) 02:00:57.30ID:izi0i5+6単なる武将ブームということでしょう。
少し関心を持ってみてみると、アレ、というのは普通です。
自分はこんな人の凄さを知ってるんだぞ〜すごいだろ〜
というのが「凄い」という表現になってるんでしょう。
史実の話とはまた違う世界ということで。
0613人間七七四年
2013/01/16(水) 05:36:01.75ID:hDKt7a7D判ってませんねぇ。長谷堂は負けてないけど関ヶ原で西軍が負けたから退却しただけの事です。
退却戦は下手をすると総崩れになる危険が有ります。そうならないでうまく退却できるだけでも
たいした指揮能力です。
そして関ヶ原の時に家康に正面から喧嘩を売るという事自体並大抵の者には出来る事では有りません。
0614人間七七四年
2013/01/16(水) 07:05:01.87ID:UHUxHXPoありがとうございました。
>>613
退却の件は納得できましたが、家康に喧嘩を売る必要はなかったんじゃないかなと思います。
0615人間七七四年
2013/01/16(水) 07:50:02.06ID:hDKt7a7D家康に喧嘩を売った件が実際どういう事情だったのかは判りませんが、一般的に信じられているように
「謙信公以来の義を貫くため」であり、その為には上杉家を滅ぼす事もやむなしという事なら、そしてそれを
上杉景勝も了承していたなら、それはそれで君臣共にただ者ではないでしょ?
補足すると、謙信はある時点までは助けを求められれば出兵するけど領土的な野心は無かったと言われています。
長年それでやってきて、家臣団がそれでは不満を募らせていると知って初めて領土獲得に乗り出したと。
史実は判りませんが。
そしてその所為で120万石から30万石に減封(四分の一です)されて財政破綻するところを首切りしないで乗り切った
行政手腕もただ者では有りません。その極めつけは高禄の直江家を断絶させた事です。直江家は上杉家中では
名門で高禄です。それを婿養子の分際で断絶させてしまうのもただ者では出来ません。
0616人間七七四年
2013/01/16(水) 08:19:46.65ID:zI+kfP92ここで俗説語るなよ
後付の理由全てが「義」に結びついただけだろ謙信のやり方は
0617人間七七四年
2013/01/16(水) 09:00:10.82ID:N2S1DbJQ家康によって復興された名門の家はどこかあるでしょうか?
0620人間七七四年
2013/01/16(水) 11:51:01.68ID:EPHXgZF8>家康に喧嘩を売る理由
そもそも売ってないけど。
直江状追記の事を言ってるのだろうけどあれは後世の創作。
0623人間七七四年
2013/01/16(水) 20:32:30.26ID:EPHXgZF8まともな学者は支持してるしほぼ確定でいいんじゃね
0624人間七七四年
2013/01/16(水) 21:44:21.17ID:DOvWAfbx赤穂城で討ち死にはOKなのに
年単位で狙うのはNGだったのが不思議な提案はスルーかw
まぁ現代でも、戦闘で死ぬのはOKだが
北朝鮮の捕虜は嫌って自衛官は多そうだが、、、
0625人間七七四年
2013/01/16(水) 22:09:18.34ID:sBCfPP6Y0626人間七七四年
2013/01/16(水) 22:10:44.96ID:BQmHz69d早く論破してみろよwwwwww
顔真っ赤にして敗走か?wwwwww
悔しいのうwww悔しいのうwwwww
0627人間七七四年
2013/01/17(木) 14:04:42.30ID:zrrdmkA80628人間七七四年
2013/01/17(木) 14:19:33.76ID:Dosjfbejほぼ確定、というのが一般的だけど
断言してるのは2ちゃんぐらいだからね。
何か新しい史料とか出たのかなと思ったが
結局断言の根拠は出てないのでしょ。
0629人間七七四年
2013/01/17(木) 15:02:31.13ID:cNWNQgHD0631人間七七四年
2013/01/17(木) 19:07:59.18ID:fvnJrRFy0632人間七七四年
2013/01/17(木) 19:22:00.96ID:nNrO67xx0633人間七七四年
2013/01/17(木) 22:33:09.45ID:TlHtGuBe0634人間七七四年
2013/01/17(木) 23:14:48.91ID:xJ2V7wyL関羽に憧れて髭を伸ばしてたとか。
0636人間七七四年
2013/01/18(金) 18:08:01.09ID:ui00bS1b画像が無いんだけどw
0637人間七七四年
2013/01/18(金) 18:33:33.21ID:WyyoI67O0638人間七七四年
2013/01/18(金) 19:45:41.28ID:0akepcXb祖父のときは、三河国全域所有していたので
元は、うちのものなので三河国統一
三河国を統一し、今川勢を追い出したので恨みを買い
今川の脅威から守るために武田と組み、侵攻する
自分を守るために織田信長に振り回され、忠誠を見せるために
妻と子を殺さなければならなかった。
織田信長がなくなり、自分を守るために秀吉に使えた。
秀吉は家康を気に入り、五大老筆頭で、息子の面倒を頼むといった。
幕府が成立した後も豊臣家の地位を守り、10年以上保った。
家康のほうが上だと誰の目にも明らかなのに臣下に降らなかった。
ほかの戦国大名と比べて、殺戮が少ない。
家康は、腹の中ではどう思っているかしらないが
こう並べてみればものすごくまともだと思うわ。
現代から見てもものすごくまともに見えるから、
戦国時代では結構、人格者として人気あったのかもしれんな。
0639人間七七四年
2013/01/18(金) 19:46:30.04ID:9r6Gn5yu0640人間七七四年
2013/01/18(金) 19:50:48.45ID:EdnRcaAg0641人間七七四年
2013/01/18(金) 19:57:38.13ID:0akepcXb処刑しろとはいってないけど、暗に家康を試しているともとれるよね?
ここで下手な対応すれば、信長は頭イカレてるから
のちのち家康が何かされる可能性も決して低くはない。
0642人間七七四年
2013/01/18(金) 20:12:18.49ID:lkb5ykJu今更も何も信長主導説は別に覆されてないぞ。
家康が徳川の都合で殺したっていうのはあくまで仮説の域を出ていない。
0643人間七七四年
2013/01/18(金) 20:18:09.34ID:EdnRcaAg0644人間七七四年
2013/01/18(金) 21:06:49.70ID:ui00bS1bバイトとして働くなら豊臣家だが、
本業として働くなら徳川家みたいな感じだよな。
織田家は、、、他人に勧める感じ?w
0645人間七七四年
2013/01/18(金) 22:05:58.50ID:EdnRcaAg信長もなんだかんだで家来に命がけでつくさせる魅力をもった君主だったし
0646人間七七四年
2013/01/18(金) 22:07:46.62ID:9r6Gn5yu0647人間七七四年
2013/01/18(金) 22:17:13.79ID:EdnRcaAg0650人間七七四年
2013/01/19(土) 07:13:50.67ID:TUppaXcR実際は本願寺側に参加する国人や支援大名が鬱陶しいだけで
本願寺法主自体は加賀ですら手勢をコントロールできていないしただの神輿に過ぎないのではないしょうか?
寺社としても東大寺のような広大な荘園も持ちあわせていませんし、
非主流派のつけこんで不満を煽って暴走させるいわば暴動の周旋屋ですよね?
0651人間七七四年
2013/01/19(土) 11:20:53.61ID:hDd55e0C本願寺は僧兵や寺侍を養う広大な寺領を持たず武力が無いので国人たちを兵力を使いたい
国人たちは小勢力をまとめる為に、一向宗の名と信仰心を団結の中核として使いたいし
大名のように小勢力の家臣化を目指してない本願寺は味方になっても安心。といった具合です
越前のように本願寺が支配力を強めようとすると一揆内一揆を起こして反攻したり
本願寺が近畿信徒に細川氏を攻めろと命令したら、俺たち細川氏と仲いいからヤダねと
誰も命令を聞かずに面目が潰れかけたりと、
あくまでも共存関係なので利害一致して無いときは機能しません。
0652人間七七四年
2013/01/19(土) 12:02:43.58ID:WxUZdLz60653人間七七四年
2013/01/19(土) 17:42:52.87ID:VA7hiMvNあった。自兵を多く持たずともイザという時は
金で雇えばいい。とすると武力を持っているのと同義。
それが巨大勢力として存在するので
信長のように自分がナンバー1になりたいのにとっては
邪魔。
普段は平和に畑耕して暮らしてるだけなので
暴動の斡旋屋、というのもそれを頼みに来る方に
問題があるわけで、その存在自体は善とも悪とも
色分けできるものでもない。
ただ、ドロボーが逃げ込んだりすると助けたりするような
面はあるので、施政者にとっては邪魔ではあったかもしれないが
その施政者もまた力を借りたりすることもある。
存在基盤が異なる勢力があった場合、常に複雑な緊張状態が
保たれる、ということであまりレッテル張りせずに広い視点で
とらえていくことが必要だろう。
0654人間七七四年
2013/01/19(土) 18:49:16.88ID:vzDrZNxh自前の兵力は限られてたけど、財力はそれなりにあった。
信長が本願寺とぶつかるようになったのも、
既存の座の廃止、関所の撤廃っていう寺社の権益を剥奪しようとしたからであって。
0655人間七七四年
2013/01/19(土) 19:01:38.26ID:yQ0kJIpu> 既存の座の廃止、関所の撤廃
信長は既存の座を廃止したこともないし、関所も撤廃したのは軍事関係だけで、経済関所は温存しておる。
0656人間七七四年
2013/01/19(土) 19:16:12.32ID:VA7hiMvN654の言ってるのは、本願寺の持つ座や関所に信長が
手を出そうとしたからモメた、という個別の例の話であろう。
一般論で、信長はなんでもかんでも座や関所を廃止したのではない
というのはこれも正解。
0657人間七七四年
2013/01/20(日) 00:17:13.72ID:FH9nC42R0658人間七七四年
2013/01/20(日) 00:57:05.18ID:IXVB0xUd0659人間七七四年
2013/01/20(日) 13:30:35.69ID:K8JzKfE70660人間七七四年
2013/01/22(火) 00:36:31.51ID:Jigz35rL酒肉女やってたのは定説なの?
0661人間七七四年
2013/01/22(火) 01:06:53.28ID:l+cJAMJcさらに発展して流通の要所になり、地主の寺社はがっぽがっぽ
それとお布施だな。
0662人間七七四年
2013/01/22(火) 01:20:14.95ID:KEco3LSnむしろそれがストレスになって奔放にって事なんかね
0663人間七七四年
2013/01/22(火) 07:54:20.69ID:hvDBxcp5寺は自前の領地も持ってた。
>>661のように門前の土地で商売してれば税金もかけられる。
信者が多ければお布施も多かった。
一般信者以外でも、大名に保護されていたり大名自身が帰依している寺社は
その大名から莫大な寄進があった。毛利家と厳島神社の関係とかが有名かな。
酒色におぼれていた件については、全部の寺社がそうだった訳じゃないけど、
当時の日記などの記録から確定的。
0664人間七七四年
2013/01/22(火) 11:03:05.22ID:7mwCf09oところが本願寺は新興宗教なのでそういう利権は持っていないし、貧乏人の不満を煽っている手前貧乏な信者が多く信者の布施は大したことなかった。
初期の頃は協力関係の国人の武力を背景に近隣地域有力者を恫喝して寄進させて搾取したり、協力者に組み込んでいったヤクザのような傾向が強いよ。
0665人間七七四年
2013/01/22(火) 11:10:47.30ID:7mwCf09o低利ながらも「踏み倒したら地獄に落ちるわよ」と脅すのでとりっぱぐれが少ない寺院にとって利殖産業だった。
ただし通常の徳政令では棒引きの対象にならないので、土一揆で真っ先に標的にされ私徳政の要求されるなど火薬庫だった。
要塞化するのは当然といえば当然。
0666人間七七四年
2013/01/22(火) 22:08:12.79ID:dOQRw2lr0667人間七七四年
2013/01/22(火) 22:27:41.85ID:e1TzfBPV寺社がルートを開拓し、制度や仕組みを作り、人材を育成し、事業として成立させた。
武士なんかは後からその利益を狙いに来た強盗みたいなもんだ
0668人間七七四年
2013/01/23(水) 10:00:37.42ID:GB3D7pTq多い、普通、少ないの基準が知りたいので教えて下さい。
可児さんが16個ほど首を取ったのが多いと漫画(名前忘れました)に書いてたので10超えたら多いくらいでしょうか?
0669人間七七四年
2013/01/23(水) 10:02:11.90ID:weTpr0ej基本的に物頭以上の首じゃないといくら首をとっても手柄にはならん。
重要人物の首なら1個だけで大手柄。
0670人間七七四年
2013/01/23(水) 10:02:47.08ID:2GwMkXWkそもそも荘園ってのは自己完結した独立した閉鎖経済ではないので、外部との交易が絶対に必要な共同体だった
0671人間七七四年
2013/01/23(水) 10:05:09.65ID:weTpr0ej> 武士ってのはもともと農民や商人が武装したものだから
それはもうとっくに否定された大昔の見解だな。
現代では武士は、地方の治安維持・軍事機構だった国衙軍の世襲化に、中央の軍事貴族が合流したものだというのが
一般的な定説。
つまり武士は、最初から農民承認とは別の階級。
0672人間七七四年
2013/01/23(水) 10:25:31.70ID:GBS6JNzt0674人間七七四年
2013/01/23(水) 10:28:05.28ID:weTpr0ej下からの武士化って在村給人のことか?
あれは正確には武士じゃないぞ。
百姓や商人が武家被官になったのは権利擁護・利権確保のためだが、これも室町期の現象だな。
0675人間七七四年
2013/01/23(水) 10:29:20.21ID:weTpr0ej「一番槍」というのは一番に敵に槍を入れることではなく、一番に敵の「名のあるもの」に槍を付ける、
ということだけどな。
0676人間七七四年
2013/01/23(水) 10:52:45.33ID:IWiUt7f8一首から手柄。
ただし自分の身分と同等以上じゃないと手柄にならない
雑兵が雑兵の首を取れば手柄で侍の首を取れば大手柄だが
侍は雑兵の首を取っても手柄にならず、侍以上の首じゃないと手柄にならなかった
また武士は脇武者や従者を率いて数人のユニットで戦うので
手柄といっても一人で取ったわけじゃない場合も多いから注意
0678人間七七四年
2013/01/23(水) 13:44:15.00ID:a89ESkyf殿軍みたいな捨て石部隊って
なんでモチベーション持てるの?
0679人間七七四年
2013/01/23(水) 14:24:35.25ID:IWiUt7f8殿が敗れると全軍崩壊の危機に瀕するから、
精鋭や鉄砲隊を優先的に付加されて強力な部隊になる。
逆に負け戦で唯一武功稼げるポジションと言える。
また明らかな捨石なのに士気が保ててる場合は
勇戦して生きて帰ればその後の評価につながるし
たとえ死んでも残った家は主君が優遇してくれるという計算と、
戦士としての意地と使命感が理由だろう
0680人間七七四年
2013/01/23(水) 17:22:10.57ID:2GwMkXWkそりゃ農民や商人を現代風に受け取りすぎだ
その世襲化した元国衙軍はどうやって生活していた?その構成員の社会階層は?
0681人間七七四年
2013/01/23(水) 17:32:45.76ID:HMDK0N41国衙機構は鎌倉末期まで機能してたんだぜ?
国衙軍は中世になり天皇家や公家、寺社の地方荘園の治安維持などを委託された。
その荘園管理が一種の利権となり彼らの収入となった。
これが「武士の地域化」だ。在地に利権を持つようになったわけだな。
このように荘園の管理利点が彼らの収入だ。
それが出来たのは、「武士」がそもそも国衙軍として軍事や治安維持の専門家だったためだ。
農民や商人が武装した所で専門的な知識もノウハウもない。組織力もない。
そんな連中に組織的軍事行動が出来るわけがないだろ。
武士は最初から、「軍人」だったんだよ。
0682人間七七四年
2013/01/23(水) 17:39:57.34ID:2GwMkXWkそれと、そんな人たちに軍事ノウハウを教えたのが中央の人たちであるということは否定していませんよ
0683人間七七四年
2013/01/23(水) 17:42:39.87ID:2GwMkXWkその国衙機能を維持してきた元軍人は、同時に農民(農場経営者)であり
生産物を流通販売する商人でもあるということ
近代以降じゃあるまいし一つの面しか持っていないなんてまずないから
(僧侶が聖職者だけでなく知識人・学者や商人の側面を持っていたのと同じ)
0684人間七七四年
2013/01/23(水) 17:44:33.64ID:HMDK0N41だから、元々、律令時代に在地から徴兵されたであろう国衙軍人が、時代とともに世襲化・家職化して
「武士の家」になったんだよ。
「武士」が成立した当時はすでにかれらは世襲の軍人だった。
商人や農民じゃない。
0685人間七七四年
2013/01/23(水) 17:49:37.56ID:HMDK0N41少なくとも、「武士」で商業や農業経営が主要要素ということはなかったはずだよ?
例えば後世、鎌倉期から江戸時代まで、大規模豪族や大名は商工業や貿易で利を得ていたけれど、
彼らを商人とはいわないでしょ?
あくまで「武士』が主体であり、それ以外はサイドビジネスと考えるべきではないかな?
少なくとも本質として農民だったり商売人だったわけではないのだから。
0686人間七七四年
2013/01/23(水) 18:07:10.37ID:2GwMkXWkまったく同意ですが、サイドだからって無視していい側面だともいえませんよ
後の近代軍人のように給料もらって「武」だけに専念できるような身分ではなかったのですから
当時の武士たちがどうして武力を発動したかといえば、土地(農業)であり販路(商業)のためが大きなウェイトを占めていたことも事実です
まあ多分双方の言っていることは同じで、そのサイドをどの程度の大きさと見るかの違いなんでしょうけど
0687人間七七四年
2013/01/23(水) 22:59:01.91ID:YpK8O+DN「大名であり商人であった」と評するのが適切かってのがある
0688人間七七四年
2013/01/24(木) 10:29:05.28ID:HI2XV5Hn0689人間七七四年
2013/01/24(木) 11:50:35.86ID:DDA9y06I0690人間七七四年
2013/01/24(木) 11:55:13.07ID:zI9eyCt0これは公家や僧侶も同じだけどね
0692人間七七四年
2013/01/24(木) 12:09:19.19ID:DDA9y06I0693人間七七四年
2013/01/24(木) 16:52:42.99ID:HI2XV5Hn0694人間七七四年
2013/01/24(木) 18:11:40.56ID:3nj2brXXその業績の中に金銭面の施策が含まれるのは当たり前の話だと思うが。
民政や公共事業や外交その他諸々も含めて。
つまり、武家政権においては大名は武士の面と為政者の面を併せ持つので、
どの業績を注目するかで商売っ気が見えてきたり、軍人に見えたりするだけ
だと思う。
それらを全部ひっくるめて「大名」という存在だということ。
その点で、大内氏を「金儲けメイン」というのは一面からしか評価してないのだと思う。
0695人間七七四年
2013/01/24(木) 20:16:05.54ID:jYDkRlDi大名自らが商売に乗り出すのはかなり稀有な例だった。
0696人間七七四年
2013/01/24(木) 21:26:31.15ID:ABbkugDD領国経営なんだから商売奨励してるよ?
0697人間七七四年
2013/01/25(金) 09:52:39.23ID:ggFTAbso西の職能論は少し不利じゃなかったかな。
武士の家とか世襲とかそういうのを示す直接的な
史料がはっきりしない、という点で。
武装農民説は意外と生き残ってる感じもするなぁ。
0698人間七七四年
2013/01/25(金) 19:11:52.50ID:djISq+br開拓者になった官人崩れみたいな層がそのまま在地の主になったのが始まりなのかもしれないけど、
それ自体はまあ別の話
0699人間七七四年
2013/01/25(金) 22:35:02.46ID:HMc093//奨励と規制を使い分けてたって感じだろ。
戦国時代に限ったわけじゃないけど
武士の収入の基本は農産物だから農民が
本文を疎かにするのは禁じてたし。
0700人間七七四年
2013/01/25(金) 23:16:36.97ID:hXINDvWi惣領とその子供たちは、どこかで天皇と繋がっているやんごとなき血脈かもしれないが
その他大勢の手下はどこの馬の骨かわからんやつらだろ?
そいつらってもとは農民とかかな
0701人間七七四年
2013/01/25(金) 23:21:40.06ID:1XAQkbOF武士団というのはいろいろな要素で構成されているし、鎌倉と室町でも内実はかなり違うが、
基本は家の子という親族と世襲の家内奴隷、そして1代の忠誠心で惣領と繋がる郎党、というのが鎌倉期の
武士団構成だな。
室町期はもっと複雑になる
0702人間七七四年
2013/01/25(金) 23:26:47.88ID:hXINDvWi0703人間七七四年
2013/01/26(土) 02:51:51.51ID:GjSvAOV0秀吉への降伏を最初に言い出したのは彼です。
それなのに、最後はその秀吉に頑なに抵抗して死ぬ、というのに矛盾を感じます。
人生が嫌になったのでしょうか。
0704人間七七四年
2013/01/26(土) 05:42:56.43ID:5o4yRsHH引き返せるところともう引き返せなくなっちゃうところがあるんです
0705人間七七四年
2013/01/26(土) 13:27:02.77ID:3/yrkVwk0706人間七七四年
2013/01/26(土) 17:48:11.80ID:8ocjhyOp江戸期の大名は毒味をしたものしか食べられなかったようですけど、ドラマではパクパク食べてたので。
0708人間七七四年
2013/01/26(土) 18:06:43.89ID:3/yrkVwk0709人間七七四年
2013/01/26(土) 19:16:37.70ID:rO+/i1mK食の歴史ドラマなんだからとは思った。
政宗で毒見関係の描写しなけりゃ、違和感持つのと同じだろ?w
0710人間七七四年
2013/01/26(土) 20:08:42.05ID:8ocjhyOpそうですよね、演出ですよね。
0711人間七七四年
2013/01/26(土) 21:09:40.85ID:fcuo7NWW実は影武者だったとかトリックがあるかも知れんな
0712人間七七四年
2013/01/26(土) 21:14:59.21ID:uKaeAjNM0713人間七七四年
2013/01/27(日) 02:42:34.82ID:fXOQNNplありがとうございました。部下がつっぱしったのでしょうか?
桐野何とか先生の本だと、あえて犠牲になった説もありました。
普通の家久の死に方とか、亀寿ブス説&美人説とか、島津家も謎の多い一族なんですね。
0714人間七七四年
2013/01/27(日) 03:16:44.81ID:kXsxQVloまあそういったのちの大名レベルまで厳密にやったかどうかは今一つ分からんけどな
信長に関しては三好家お抱えの料理人をひっとらえて料理をさせたようなこともある
そのドラマは原作を少ししか知らないが、特別に抱えられた料理人のはずだから監視もあるのではないかな
0715人間七七四年
2013/01/27(日) 06:22:54.81ID:HtYDsnIw武家が警察的護衛を、公家が荘園領主としての持ち津もたれなんだけど
武家がもう、武力で公家領主から土地を奪わなかったのはなぜなんだ?
まだ、やんごとなき血筋の人たちに敬意を払ってたのからか?
0716人間七七四年
2013/01/27(日) 14:17:59.01ID:qwo3V9E80717人間七七四年
2013/01/27(日) 14:25:13.33ID:7zAyEVUi現代社会で警備員が警備しているからという理由でその会社乗っ取るか?
当時の武家は所領運営のノウハウが殆ど無い。そんなのが武力で土地奪ったって何の意味もない。
0718人間七七四年
2013/01/27(日) 14:39:37.96ID:+bRpS6CU何を言っているんだ?
0719人間七七四年
2013/01/27(日) 14:52:53.16ID:7zAyEVUi無いんだよ。荘園経営のノウハウが。
つまり行政能力が無い。
武士が行政能力を獲得するのは室町以降だ
0720人間七七四年
2013/01/27(日) 15:53:13.35ID:+bRpS6CU0721人間七七四年
2013/01/27(日) 16:48:59.59ID:5tG+MV+U諱で呼ぶのは恐れ多い事なので普通はしません。だから、むしろ有名人でも諱は不明という事がよく有ります。
0723人間七七四年
2013/01/27(日) 16:58:21.80ID:z8IcJoAA0724人間七七四年
2013/01/27(日) 20:35:21.44ID:qwo3V9E8諱を口にするのは憚られることや、お互いを輩行名や官職名などで呼び合っていたことは知っています
お聞きしたいのはそこではなくて、
「現代では多くの戦国武将が諱(法名の場合もありますが)で知られるなか、なぜ上記の三人などは通称の方が有名」なのか
です
0726人間七七四年
2013/01/27(日) 21:19:22.74ID:HtYDsnIw0727人間七七四年
2013/01/27(日) 22:02:53.42ID:gzNFhahB単純にメジャーになったきっかけの作品がどう呼んでいたか、じゃないかな。
黒田孝高と竹中重治は最初の出典はわからないけど、前田利益はいわずとしれたアレで
有名になったからでしょ。
真田幸村なんて生きてる間に「幸村」なんて呼ばれてなかったそうだけど、軍記物や立川文庫あたりで
真田幸村という名前が有名になった。
つまり、当時本人がどう呼び合っていたかより、後世にどのような名前で紹介されたかで、一般的な
呼び方が変わってくるのだろう、と。
後世の伝記作家などはそれほど厳密に当時の呼び名にはこだわってなかったのだろうね。
0728人間七七四年
2013/01/27(日) 22:18:23.48ID:z8IcJoAA租庸調をやってれば朝廷は文句は言えなかったでFA
っていうか板違いの話しはそれくらいにしておけ。
0729人間七七四年
2013/01/27(日) 23:13:48.81ID:W5sbl1fx@どうして戦国時代は天皇の話題が全然ないのか、話題になるような事を何もしないのか?
Aどうして戦乱が百年以上も続いているのに争いをやめるよう命令して戦乱が終わったりしなかったのか?
確か科学が発達していない時代は天皇=神で絶対的なものとして崇めていて
征夷大将軍は天皇の下の存在で、天下統一とか天下に君臨すると言っても所詮
はナンバーツー争いに過ぎないんですよね?
じゃあ信長は別にしても天皇陛下が各大名に戦争をやめるよう言えば
みんな言うことを聞くんじゃないの?
B上記の質問に付随するけどもしかして戦国時代の武士たちって現代の若者みたく
天皇の事なんか全然尊敬してなかったんですか?
0730人間七七四年
2013/01/27(日) 23:39:24.80ID:5tG+MV+U>確か科学が発達していない時代は天皇=神で絶対的なものとして崇めていて
それは古代だな。天武天皇の頃はそういう理解でも良い。
>征夷大将軍は天皇の下の存在で、天下統一とか天下に君臨すると言っても所詮
>はナンバーツー争いに過ぎないんですよね?
そういう時代になると天皇は御神輿として担ぐものであって、権力は無い。それ以前の時代に藤原氏なんかの貴族や
天皇をやめた上皇とかが権力を握る時代が長く有って、天皇が権力を持たないのが普通になっていた。
また、戦争をやめるように言って、誰かが従おうとしても敵が従わなければ一方的にやめる事は出来ない。
命令したのに従わないとなれば天皇の権威はさらに失墜する事になるから、確信も無く命令する事も出来ない。
>天皇の事なんか全然尊敬してなかったんですか?
尊敬してない者が多いけど尊敬してる人もいた。
0731人間七七四年
2013/01/27(日) 23:45:33.41ID:kXsxQVlo財政難などもあって簡単にいってしまえば「それどころじゃない」状態
そのため祭祀でなんとかならないかというような形で、立て直しが行われていた
ただ、織田信長が京都に入って以降は勅命を名目に各個の戦については和睦とするくらいには回復した
政権がある程度安定しないと権威もあった物じゃないのです
0732人間七七四年
2013/01/28(月) 01:07:17.48ID:4urvDOU/「やめるように言えば」というのが平和でいいわね。
歴史というより、どうして毎日女の子が夜に一人歩きできるか
考えたほうがいいんじゃないかな。
0733人間七七四年
2013/01/28(月) 01:24:06.72ID:DisVsPFd既に形骸化した権力を無理に行使しようとして上手くいかないことが続いたら
暗殺されたり隠居をせまられたりする危険性はあった
というか実際にそのような目に合った天皇はかなりいる
結果として現在でも天皇は存在するからといって
当時の天皇や皇室が絶対に安全だったわけでもないのだから
そんな無茶な真似をするわけがない
0734人間七七四年
2013/01/28(月) 01:42:58.82ID:bLv+N/ob0735人間七七四年
2013/01/28(月) 08:38:15.60ID:Ylt006KR「帝を愚弄するか!!」
「たかだか武将の分際で!!」
「天皇の上に立とうなどとなんとだいそれた!?」
みたいなのって原作者の創作か一部の天皇崇拝者の弁で、実際は信長じゃなく
ても腹の中じゃ「天皇だからって何をえらそーに」な感じだったんですか?
0736人間七七四年
2013/01/28(月) 13:06:05.62ID:hkQkcJ2Yどんな作品でそんな台詞があった?
どちらかというと、信長モノでいえばそれは足利義昭の台詞だと思うけど。
いずれにしろ、ドラマや漫画や小説の描写をそのまま真に受けない方がいいよ。
天皇の権威はある程度は存在してた。
信長包囲網で信長が窮地に陥ったとき、信長が乗り切るのに利用したのは天皇の勅令だった。
まぁ、みんな膠着状態でにっちもさっちも行かないときに天皇の勅令を口実に「ち、しょうがねーなー」という
ニュアンスかもしれないけど、少なくとも事態打開の口実として利用価値はあった。
ただ、主体的に全国の戦を止めたり独自の政策を実施する実力はなかった。
上の信長包囲網解除の勅令にしても、朝廷が信長の庇護を受けてそれなりの活動ができたからこそ
発せられたわけで、信長入京前には御所は荒れ果てて子供が入り込んで遊んでいるくらい、どうでも
いい存在だった。
最終的に信長が朝廷をどう扱おうかと構想していてのかは研究者の間でも説が分かれるし、腹の中で
どう感じていたのかはわからん。
少なくとも表面上は信長は朝廷に対して丁重に接していた。
信長以外の人物にしても、地位や地域によって大きく違うだろうし。
どういう感じだったか、なんて一律に判断しようとするのが間違ってると思うよ。
天皇崇拝者に至っては意味不明だし。
0737人間七七四年
2013/01/28(月) 21:01:35.35ID:RWj0xARwそして武将が天下の大半を治めるなりして領地の実権を得たあとは、
征夷大将軍にしてもらうなりの権威付けに利用するとき必要だし、
自分の権威を守るためにも天皇は奉っておく必要がある。
仮に天皇家を滅ぼせば逆賊って大義を他の武将に与えることになるから良いことは何もない。
0738人間七七四年
2013/01/29(火) 00:26:31.21ID:ESzy4Aw+0739人間七七四年
2013/01/29(火) 10:18:03.31ID:D+D0aHRr戦国時代の天皇には権威は存在していたが低下していたことや
権力に関してはほとんど実が伴っていなかったことには異論がないから
天皇が積極的に勅令で争いを止めることなどは不可能だったとみていい
0740人間七七四年
2013/01/29(火) 19:41:14.57ID:+3y+sNr0だって紛争なんて両者に言い分があるでしょ。
戦争止めなさいって言っても奪われた領地を奪還しようとしてる人達は泣き寝入り?
それとも家康は岡崎城以外は全部没収とかすんの?もしかしたら岡崎城も返せって言い出す人が居るかもね。
もう収拾つかないから「勝手にしろ」が天皇の本音でしょ
0741人間七七四年
2013/01/29(火) 21:19:50.36ID:+2hwUF5d0742人間七七四年
2013/01/29(火) 21:46:26.49ID:nfaWdNrnその幕府が機能停止してるから朝廷はどうしようもない。
0743人間七七四年
2013/01/29(火) 23:55:22.68ID:DR4eEHdW戦国時代にかかわらず天皇より上位の存在ってあるん( ´・ω・)?
0744人間七七四年
2013/01/29(火) 23:59:22.20ID:qQuTu7U/「わしら朝廷が祈祷したからでおじゃる」なんて
よくブチ殺されなかったよな。
0747人間七七四年
2013/01/30(水) 00:14:43.47ID:yzs0Ix7o朝廷がどうやって祈祷するんだよ。アホか
多分元寇のこと行ってるんだろうけど、鎌倉幕府も盛大に寺社に祈祷させとる。
そもそも当時の宗教意識をまるでわかってない。
つまり歴史を勉強してないってことだ。
0748人間七七四年
2013/01/30(水) 00:15:51.38ID:eHkKNaXi>権威が無くても天皇が最上位の存在だったという事にはかわりはないん( ´・ω・)?
yes
>戦国時代にかかわらず天皇より上位の存在ってあるん( ´・ω・)?
no
0749人間七七四年
2013/01/30(水) 00:18:18.37ID:MFNtCQEkあ、あのさ・・朝廷が自分でしたかどうかじゃなくて
そういう論理でことを処理してきた、という普通の
話なんだが・・
勉強とかじゃなくて常識の話な。
0750人間七七四年
2013/01/30(水) 06:54:52.21ID:tb0j4yWj他のサイトでは1569年に織田の援軍として来て討ち死にだけどどっちが正しいのですか
0751人間七七四年
2013/01/30(水) 09:20:30.67ID:QxapI4dOあれは神仏が凄いって方向に話を持っていこうという流れだけどね。
というかだいたいの史料でも、
祈祷を頼んだ朝廷や幕府が凄いなどという記述ではなく、
神仏の加護の偉大さで話をまとめている通り
それが当時の常識
0752人間七七四年
2013/01/30(水) 09:39:58.51ID:Kd1ESTbM0753人間七七四年
2013/01/30(水) 09:41:42.88ID:w+1+FOrP0754人間七七四年
2013/01/30(水) 14:08:02.35ID:KeRTlWRP43 :藤田信吉 2006/11/11(土) 14:10:28 ID:FP8iAXO1
>>42
柴田は秀吉に「織田家中で争うより、北条を攻めようぜ」って手紙送ってるよ
秀吉はこの機にどうしても柴田を叩きたかったから無視してたけどな
とりあえず高柳の本でも読め
0755人間七七四年
2013/01/30(水) 15:16:20.58ID:w+1+FOrP0756人間七七四年
2013/02/01(金) 05:43:42.87ID:99vptk7fという反論はさすがにないか。
0757人間七七四年
2013/02/02(土) 15:06:54.30ID:jJhghU+y漬物とかありますけど冷蔵庫がないとすぐに悪くなってしまうし・・・
0758人間七七四年
2013/02/02(土) 15:27:17.57ID:WgR6AssG今時の人は漬物といえば浅漬けをイメージするからすぐ悪くなる物と思っちゃったんかな
0759人間七七四年
2013/02/02(土) 15:46:05.68ID:jupgIv17城の堀で大量のレンコンを栽培したそうだ
0760人間七七四年
2013/02/02(土) 16:49:31.01ID:1waofJ25大した敗因を想像出来なかったぞ<`ヘ´>
0761人間七七四年
2013/02/02(土) 16:59:02.01ID:Yp8Hd7hg0762人間七七四年
2013/02/02(土) 18:31:32.98ID:WgR6AssG0763人間七七四年
2013/02/02(土) 21:17:51.49ID:jJhghU+y第一次大戦とか第二次大戦ではビタミン不足に
日本兵が苦しめられたあったので。
0764人間七七四年
2013/02/02(土) 21:19:24.23ID:0yfSWvZHあの流れと今の流れは同じじゃないよ、全く違う
松(燃料用)竹(矢種・建材用)梅(副菜)はいろんな城で好んで植林されたし、
759の言うようにレンコンを育てたり、762の言うような大々的ではないけど副菜の畑は確かにあった
補給がきかないからこそ、少しでも城内で補給出来たほうがいいからね
でも籠城した全員が食べられるだけの食料、例えばコメの栽培はスペース的にできないし、
松や竹に頼りきるよりは、薪や矢を備蓄しておいたほうが効率が良い
城内で供給する場合はあくまで緊急用のもので、それをすべて賄うのは不可能
結局何でビタミンやミネラルを賄ったかといえば、
玄米、つけもの、ミソ、塩だろうね
0765人間七七四年
2013/02/02(土) 21:39:07.87ID:xN/SHUqw赤穂47浪士みたいな決死隊が籠城したら
一般的な撤退開始期間で
いったいどれだけの兵まで負けないか?
って妄想戦だっての!!
0767人間七七四年
2013/02/02(土) 22:46:50.40ID:0yfSWvZH攻め手側の事情と守り手側の事情次第だから、その程度の仮定で想定なんてムリムリ
どうしても短期間に落とす必要性が無いなら付城で圧迫して終わり
0768人間七七四年
2013/02/03(日) 00:03:35.59ID:u46gZzgk0769人間七七四年
2013/02/03(日) 01:59:36.87ID:g89eK3G3自落した月山富田城は士気が高かったのか
士気が高いと自分から降伏するんですね、知りませんでした
0770人間七七四年
2013/02/03(日) 02:52:52.38ID:yMhbIycA数ヶ月単位のビタミン不足なら病気にもなるけど、籠城戦の場合はその前に
兵糧つきちゃうんじゃないかな。
脚気などの病気の原因がビタミン不足という認識はなかったわけだし、食事を
豊かにするということ以上の目的で野菜を備蓄することはなかったと思われ。
0771人間七七四年
2013/02/03(日) 03:22:07.67ID:4Ks3w0ks(今でも城跡に行くと、タンポポが多かったりする。)
タンポポの栄養価は意外と高い。
http://www.arctic-flavours.fi/jp/info/124951254012502/12495125401250239006/12383124351241312413/
タンポポの葉には推奨一日摂取量からみて、十分な量のカルシウム、鉄、リボフラビン、
ビタミンC、ビタミンB6、ビタミンA、ビタミンE等が含まれている。
0772人間七七四年
2013/02/03(日) 08:43:08.80ID:ERdL85qMミネラルは昆布やヒジキで
摂取していたと聞いたことがある。
0773人間七七四年
2013/02/03(日) 10:25:56.77ID:4Ks3w0ks戦国期はそういうのかなり贅沢品だよ。
0774人間七七四年
2013/02/03(日) 10:58:35.65ID:dBDNDSNl敵対勢力なのに堂々と案内しても無問題だったん( ´・ω・)?
0775人間七七四年
2013/02/03(日) 13:43:43.68ID:ta5goAi/低くても3年持つなら無敵だな( ´,_ゝ`)
低くても3年持つなら無敵だな( ´,_ゝ`)
0776人間七七四年
2013/02/03(日) 14:33:25.34ID:9Ies6hBt勢力の境界付近はどっちにも味方する勢力があったんさ
境目の村とか境目の地侍とかいわれる人々なんだけど
完全にどちらかの勢力の家臣になると弱小だから滅ぼされる可能性が高くなるし
勢力としても完全に敵に回られるくらいならあいまいな立場で居てほしいとかで
頼まれればどっちの道案内もするし道案内くらいなら多目に見られる
0777人間七七四年
2013/02/03(日) 15:11:37.86ID:dBDNDSNlそうなんでつか(´・ω・`)
案内に対価はあったんでつか( ´・ω・)
対価があった場合は案内人個人、村全体、領主など誰に対して払われたんでつか( ´・ω・)
0778人間七七四年
2013/02/03(日) 15:21:42.99ID:9Ies6hBt0779人間七七四年
2013/02/03(日) 15:45:10.91ID:ta5goAi/0780人間七七四年
2013/02/03(日) 15:50:11.10ID:9Ies6hBt0781人間七七四年
2013/02/03(日) 16:18:55.55ID:ESd/mKt/コストが割に合わんならそーしたほうがええちゅこって
0783人間七七四年
2013/02/03(日) 21:27:50.74ID:ERdL85qM0784人間七七四年
2013/02/03(日) 21:42:51.12ID:g89eK3G3例えば武田征伐の時、信長からの連絡がないことに焦った北条が
武田との境目の村々に対して情報収集を活発化させてる
双方に通じてるってことは、双方の事情にある程度通じてるってことだし、
そこを足がかりにさらに武田領内の村へ情報収集の拠点にされるわけだ
上方の情報と、それらの情報を合わせて、信長の出兵を確信して北条も兵を動かした
メリットが無いようで、境目の村にも領主側にも一定のメリットがある
0785人間七七四年
2013/02/05(火) 08:42:26.47ID:0zyD1fnu今の大河ドラマ見ても思った事ですが、遠間は弓、近間は槍でとか……
戦国時代、信長が大量の鉄砲を使って有用性を示したり、それから他の大名も使うようになって
関ヶ原、大阪の陣は鉄砲や大筒が大量投入された銃撃戦らしいですし
時間がかかる以外は弓より威力も射程も訓練効率も上の銃は戦国時代後期は重宝されていたとも聞いています
・飛び道具は卑怯→弓矢も飛び道具。
・南蛮ものは駄目→伝来から200年、独自に改良した国産銃はたくさんある。
・弓矢よりすぐれている事は明らかで戦国時代がそれを証明している。
また、失礼な質問かもしれませんが戦国や江戸の武士は、軍人なのに優れた武器が
あっても使わず伝統にしがみつき戦況を不利にするほど頭が固かったんですか?
0786人間七七四年
2013/02/05(火) 10:38:22.93ID:eYety+Pe別に鉄砲は軽んじられてない。
だから質問自体が無意味。
戦国期も江戸期も優れた武器があれば、経済力に応じて取り入れてた。
(江戸期の場合は、江戸幕府の意向で新しい武器の発明などは抑圧されてた、という
背景はあるけど)
0787人間七七四年
2013/02/05(火) 14:58:57.60ID:brFVIaj6鉄砲は単価が弓矢に比べて高くて経済力がないと数を揃えられないというのが一点
運用コスト(弾丸や火薬、特に硝石が大量に消費される)が高いってのが二点
なので経済力に余裕が無い大名はキツイ武器
現代でも空母が強いからって、空母の建造・運用コストを考えれば保有しない選択をする国があるくらいだしね
戦争はお金がかかるのさ
0788人間七七四年
2013/02/05(火) 15:27:48.72ID:uQM7zeB40789人間七七四年
2013/02/05(火) 16:31:51.55ID:7ta7wxHK戦国期では大名自ら銃を撃った記録もあるから軽んじられてはいないよ。
太平の世に入ると足軽の兵器と蔑む気風も出てくるが
0790人間七七四年
2013/02/05(火) 18:25:34.69ID:uQM7zeB4江戸時代中期以降の将軍ですら鉄砲の稽古してる訳だが
0791人間七七四年
2013/02/05(火) 18:29:48.13ID:ytqKMuJn> 太平の世に入ると足軽の兵器と蔑む気風も出てくるが
それ明治維新後に、江戸時代を貶めるために作られた話の一つだよ
0792人間七七四年
2013/02/05(火) 19:24:39.55ID:7ta7wxHK0793人間七七四年
2013/02/05(火) 19:25:27.80ID:uQM7zeB40794人間七七四年
2013/02/05(火) 19:25:40.69ID:0zyD1fnuフィクションと思っていいでしょうか?
今やってる大河ドラマでも銃が馬鹿にされていますがあれも嘘ですか?
0796人間七七四年
2013/02/05(火) 19:31:02.27ID:ytqKMuJnありゃ単純に全員に新式銃が行き渡るだけ揃えられなかったってだけだ。
図体が大きいから、そのへんへの対応も時間とカネがかかるんだよ
0797人間七七四年
2013/02/05(火) 19:31:50.34ID:uQM7zeB40799人間七七四年
2013/02/05(火) 19:38:13.33ID:ytqKMuJn図体がでかいってことは、それだけ声を上げる人間も多かったってこと。
その辺に上手く対応できず、指導力を発揮して一点集中で精鋭部隊を作れなかったのは幕府の失敗だな。
0800人間七七四年
2013/02/05(火) 20:49:53.15ID:tLKQXB5k銃はコストがかかるから全員が持ってられないし、平和な時代になって気軽に打てないから流行らなかったんだよ。
それよりは刀の方が武士の魂としてわかりやすかっただけなんじゃないの。
ちなみに外人の社会学者の本で、日本は危険な最先端技術(銃)を一度捨てたって褒めてたな。
0802人間七七四年
2013/02/05(火) 21:10:35.48ID:brFVIaj6江戸時代においても鉄砲は非常に警戒されてる
刀なんて目じゃないくらいに危険な武器って認識されてるからこそだよ
本当に鉄砲を軽視していたなら、そんな事態にはなってないよ
0803人間七七四年
2013/02/05(火) 22:16:57.55ID:Fo0h595q長州もある程度余裕があったし、佐賀もかなりの精鋭を揃えられる状態だった
そのあたりもあるんだろうね
0804人間七七四年
2013/02/05(火) 22:24:12.05ID:brFVIaj6アレ、マジ無駄
0805人間七七四年
2013/02/05(火) 22:40:35.48ID:82H3aL/n純潔性とかはあるだろうが
性病予防、という説があってなるほどなぁと思ったことがある。
複数の意味のあるそれなりに価値の高い
システムだったんだろなぁ。
0806人間七七四年
2013/02/05(火) 23:20:16.03ID:brFVIaj6805の言うメリットもわからんでもないが、さすがに歳出額がおかしいだろ
ベリー来航以降でもいいから、その半分を軍事費に突っ込めたら歴史は変わったと思う
0807人間七七四年
2013/02/05(火) 23:27:40.62ID:82H3aL/nしかし幕府維持には不可欠だからなぁ。
ペリー以降はすぐに消滅しちゃったから
それはまた別のタラレバだろうけどね。
0808人間七七四年
2013/02/06(水) 01:08:51.27ID:lrW78Szg本州最北端の南部ですら鉄砲を導入し、大名自ら鉄砲を使用してた記録もある。
鉄砲の重要性は何処の大名も認識してたから。
0809人間七七四年
2013/02/06(水) 08:39:26.99ID:ymNhTfOXセリフなんだろうけど早くも歴史誤認の
影響が出てるということは大河の影響は
アレだなあ。
こないだまで、戦はいやでございます、だったのに
鉄砲大好きガールの話ではさすがに
まずいんだろうけど。
0810人間七七四年
2013/02/06(水) 14:58:13.72ID:YLRDq2CLなるべく小さいとこが良いw
0811人間七七四年
2013/02/06(水) 15:39:40.55ID:GpFgiqzI奥御殿自体は近世の大名の居城ならほぼ全部に有ったと思うが、現存しているものはほぼ無いんじゃないかな?
0812人間七七四年
2013/02/06(水) 17:27:52.68ID:M7P+pAaF0813人間七七四年
2013/02/08(金) 11:18:35.50ID:VacHaxzf華厳宗の東大寺や天台宗の延暦寺のほうが皇族の御用達で格式高いし歴史もあるのに。
0814人間七七四年
2013/02/08(金) 11:56:42.66ID:07343PjP0815人間七七四年
2013/02/08(金) 12:03:38.96ID:l3AgsuuA0818人間七七四年
2013/02/08(金) 17:56:35.76ID:iVCH3vBb0819人間七七四年
2013/02/08(金) 21:17:17.56ID:a7uOHRDU聞いたことがありません
0820人間七七四年
2013/02/08(金) 22:12:10.38ID:M2L/nB3X0821人間七七四年
2013/02/08(金) 22:24:54.90ID:iVCH3vBb0822人間七七四年
2013/02/08(金) 23:04:49.17ID:qWN1ekmw0823人間七七四年
2013/02/08(金) 23:10:09.30ID:ORMmNu+U0824人間七七四年
2013/02/09(土) 00:20:35.12ID:zSOdlz7N0825人間七七四年
2013/02/09(土) 00:38:40.57ID:ZoDVXAGl家来が勝手に派閥作って争い始めるから
0827人間七七四年
2013/02/09(土) 10:56:46.99ID:ywP01cwI0828人間七七四年
2013/02/09(土) 14:27:08.46ID:4R5dGqO+ギャグ漫画だけど信長の事が凄く詳しくてトリビアや豆知識、家臣や当時の
資料を交えつつ信長の少年時代を
おもしろおかしく描いているのですが、道三と謁見する時のシーンで
信長達が全裸で馬に乗って男性器の飾りを馬に乗せて歩いてます。
そして作者コメント、というか作者解説の注釈書きとして
『この時の信長達は全裸に極彩色の男性器の立像を背負った姿であった
さらに極めてひわいな言葉をさけびながら富田の町をねりあるいた。
遠くから見ていた者は「何千本ものちん○が群れをなして移動しているのかと
思った」という。
法規制のきびしい昨今ではとても誌面にのせられるものではなく、その点
読者諸兄のご理解をいただきたい。
このド下品な地獄絵図をお届できないのは切歯扼腕の思いである』
としてモザイクをたくさん使っています。
でも前見たテレビでは
『着物をだらしなく着て、腰からひょうたんを下げて、カキを食べながら馬にのってきた』
と言っていました。
普通に考えれば前者は漫画オリジナルでしょうが、最初に書いた通り
歴史資料の豊富な漫画なので、作者が少数派の資料を採用したのかとも思いました。
前者の事は何か資料があるのでしょうか?
最初に書いた通り、ギャグ漫画ですが当時の細かい知識や資料、信長公記の
文や、風俗、生活などの知識を豊富に使った内容なので
漫画なんか信じるなよ、というレスはお許しください
0829人間七七四年
2013/02/09(土) 14:58:45.25ID:ywP01cwI0830人間七七四年
2013/02/09(土) 18:42:44.48ID:fIaQxePb明治大正辺りのうちの村でも、一人は死産だった、みたいな例が
よくあって何が起きたかは推してしるべしだ。
0833人間七七四年
2013/02/09(土) 21:38:37.82ID:4R5dGqO+良く見るけど本とかで読んだ事はないですね
0834人間七七四年
2013/02/10(日) 00:20:13.62ID:PlcQSMGZ横レスですが、結城秀康が双子であったことは、幕府の公的史料である柳営婦女伝系に記録として残ってますよ
それを受けて、徳川家康研究の大家である中村孝也先生の「家康の族葉」にも、
秀康が「双生児であった」旨の記載があります。
ただし、出生時に死去したことになっています。
秀康の双子が実は死んでおらず永見貞愛と名乗って生き残ったっていうのは、
まぁ伝説の類いになってしまうと思いますが。
0835人間七七四年
2013/02/10(日) 00:23:12.32ID:2KV2ayS9> 幕府の公的史料である柳営婦女伝系
柳営婦女伝系が史料!?記録!!???
影武者徳川家康でも楽しんでろ君は
0836人間七七四年
2013/02/10(日) 00:46:01.13ID:PlcQSMGZ> 幕府の公的史料である
失礼、その部分は削除し忘れでした。お詫びして訂正いたします。
柳営婦女伝系の信用性はともかく、編纂史料に記録が残っていることと
それを受けて真っ当な学者が双生児であったらしいとの記載をしていることを指摘したまでです。
影武者徳川家康は読んだことがありませんので、あしからず。
0838人間七七四年
2013/02/10(日) 09:16:02.71ID:f8YFJ/Vz今の流れだと事実うんぬんじゃなくて
そういう記録があるかないかだけだから
別にいいんじゃないの
0839人間七七四年
2013/02/10(日) 10:03:17.44ID:VGo0xDkRこめん読み返してみたら
老人雑話では「背中にチンコが書かれた着物を着ていた」だった。
元ネタの元ネタな感じかな
0841人間七七四年
2013/02/10(日) 11:29:56.42ID:6ofS2da9ありがとうございます。
じゃあ大和田秀樹先生が何を見たかはわかりませんが
信長が道三との謁見の時に男性器関連の格好で行ったという話はあるんですね
信憑性は別としてですが
0842人間七七四年
2013/02/10(日) 21:39:34.26ID:Pk9ftlsp0843人間七七四年
2013/02/10(日) 21:59:26.45ID:VGo0xDkR高知城も本丸御殿は残ってるけど奥御殿はないし。城のは現存してないかもね
0844人間七七四年
2013/02/11(月) 01:35:18.10ID:pp8gT7yVほか画像検索しても出て来ないんだけど。
0845人間七七四年
2013/02/11(月) 10:18:58.48ID:mcx97o3d0847人間七七四年
2013/02/11(月) 21:57:45.56ID:yMQkPhP6リアル姫の生活妄想したいw
0848人間七七四年
2013/02/11(月) 22:38:03.65ID:mcx97o3d0849人間七七四年
2013/02/11(月) 23:03:56.47ID:yMQkPhP60850人間七七四年
2013/02/11(月) 23:07:52.67ID:+YqTz4/J0851人間七七四年
2013/02/12(火) 00:12:05.61ID:Vgh5K7J70852人間七七四年
2013/02/12(火) 08:13:13.51ID:IpzAFeBD0853人間七七四年
2013/02/12(火) 18:15:37.88ID:0t/TVVFH原理主義武装組織みたいなものですか?
又、種子島鉄砲って現代の核兵器に匹敵する武器ですか?
友人が酔っ払って力説してた。
0854人間七七四年
2013/02/12(火) 18:20:03.95ID:RFSdLQ7a寺社勢力は支配体制を構成する要素の一つ。「権門体制論」でググれ。
テロでも何でもない
あと鉄砲は、戦国期の段階だと威力で言えば 弓>鉄砲 だった。
しかし鉄砲や弓ほどには練度が要らないので用いられるようになった。
その友人は2ちゃんの、それもVIPかなんかのまとめサイトの聞きかじりの知識を力説していただけだろう。
0855人間七七四年
2013/02/12(火) 19:50:40.56ID:6y7D1tna攻め手の兵にとっては核兵器の恐怖に匹敵すると思うよ
0856人間七七四年
2013/02/12(火) 19:52:53.75ID:RFSdLQ7a命中率低いし弾入に時間かかるし
0857人間七七四年
2013/02/12(火) 19:59:54.05ID:u6tH82ZN威力は至近距離なら鉄砲の方が上だろ
弓は急所に当たらないと致命傷にならないが、
鉄砲を至近距離で被弾するとかすっただけでも致命傷になる
鎧兜もほとんど役に立たない
0858人間七七四年
2013/02/12(火) 20:07:21.11ID:RFSdLQ7a連射が効かないし命中率悪いから近距離だと逆に怖くねえんだよ。
近距離なら圧倒的に弓のほうが恐い(勿論練度の高い射手に限るが)
0859人間七七四年
2013/02/12(火) 20:27:13.86ID:z6xsSZKL防げるが鉄砲はそうはいかない。
その為に攻城側は竹束なんてものまで使って対鉄砲に備えてたんだから。
0861人間七七四年
2013/02/12(火) 21:31:29.51ID:Ea0SnInY0863人間七七四年
2013/02/12(火) 22:05:57.09ID:Ea0SnInY急所に当たらなくても相手の動きを鈍らせるのには十分の威力があるそうだ
0864人間七七四年
2013/02/12(火) 22:19:42.44ID:uSnf6Fuj弓では成人男性に何年もの訓練が必要なレベルに
女子供でも短期間で到達することが出来る事だという
0865人間七七四年
2013/02/12(火) 23:06:21.83ID:Vgh5K7J70866人間七七四年
2013/02/13(水) 00:17:32.19ID:nqQWCqd+鉄砲を同一視するなんて想像力の欠如としか言い様がない
0867人間七七四年
2013/02/13(水) 08:24:28.86ID:S1+L9KQ1ありがとうございます。
友人が言うには
「一神教信者は、教義のために倒れれば神の元へ行ける。
石山本願寺も信者をそのように利用した。」
「戦勝五カ国が核兵器を保有して他の国は持つなというのは、
徳川幕府が他の大名にしたのとそっくり。
つまりそういう武器なのだ」
だそうです。
これって本当なの?
0869人間七七四年
2013/02/13(水) 10:16:40.00ID:b+SHx4Zd鉄砲が弓矢に比べて勝る点としては、音がある。
一斉射撃されると、相手は逃げ腰になりやすいんじゃないの?
戦場では、脅かすだけでも結構意味あるし。
人はもちろん、馬はそれ以上に驚くし。
0870人間七七四年
2013/02/13(水) 10:22:58.37ID:xNo1CdgE大人の男が戦死したり出兵していたりで兵力が足りなければ女子供が戦う
戦国に限らず古今東西当然のことだ
0871人間七七四年
2013/02/13(水) 10:46:55.34ID:+r+0x8e/0872人間七七四年
2013/02/13(水) 10:56:05.09ID:COCyeREp意味合い、というのを限定して抽出してしまえば
そんなに変ではない。
ただ武器として「核と鉄砲は違う」という話になると
「比較、同定するほうがおかしい」ということになる。
初歩の引用、例えをすると、誤解、曲解を招いてしまうという
いい例だな。
特にネット上で聞くとボコボコになりやすい
例えではあるなぁ。
0873人間七七四年
2013/02/13(水) 16:58:08.57ID:bnwSs6rD置き盾・持ち盾を使ってる
0874人間七七四年
2013/02/13(水) 18:46:06.13ID:tinslEQ8>徳川幕府が他の大名にしたのとそっくり。
つまり君の友人の歴史観では薩摩藩は火縄銃を禁止されたという訳か。
0875人間七七四年
2013/02/14(木) 05:37:17.06ID:1WYuAdv0少なくとも、その友人とはもう歴史の話はしない方がいい。
付き合うのもやめた方がいいと思うけど、それは本人の判断に任せる。
0876人間七七四年
2013/02/14(木) 07:29:08.32ID:aar/d4YGもともと武士は騎乗の戦士、しかも騎射がメインだったからね
だもんで盾の機能は大鎧に組み込まれて、袖の部分が盾に当たる
MSでいうと、ザクのショルダーシールドみたいな感じだな
時代が下って騎射が廃れて武士も徒歩で戦うようになった時代の鎧、
つまり当世具足なんかはその盾の部分が退化してるのがわかって面白い
ついでに言うと刀も騎乗に適した太刀から徒歩に適した打刀に変化してる
あとはまあ>873の言うように置き盾や持ち盾も使用されてる
0877人間七七四年
2013/02/14(木) 08:26:59.79ID:94FqxCX2以外と面白い話をするので付き合いを止める事は無いと思いますが、
半分くらい聞き流すことにします。
ただし、どの部分を聞き流せば良いかが難しい。
流す部分が分からなくなったら、またレスしますので
その時はよろしく。
ありがとうございました。
0878人間七七四年
2013/02/14(木) 14:08:19.42ID:5yXk+rLN@戦国時代、硝石が採れず、輸入に頼っていたと聞く一方で
糞尿に草を混ぜて埋めると硝石ができる、とも聞きます
土草糞尿で硝石が作れるなら、なぜ硝石を輸入しなくてはならないのでしょうか?
Aまた、ドリフターズ、というファンタジー戦記漫画では
信長が敵兵の死体と糞尿、草土(便所、家畜小屋、土間の土)を混ぜ
硝石丘なるものを作って硝石を作っていますが、ただの土ではなく便所や家畜小屋の土
そして人の死体を混ぜた方が硝石は取れやすくなるんですか?
死体を使うのは実際でも使われていましたか?
B硝石丘の方法は幕末に海外から入ってきた方法で、明治以前は床下の土から
作っていたと下記のサイトにありますが、ではAのドリフターズを含め
戦国作品で糞尿から硝石を作る描写は全部時代考証が間違っているのですか?
ttp://www.geocities.jp/shimizuke1955/370hinawajuu.html
Cこれはスレチかもしれませんが、床下の土とか糞尿と草とか、どちらにしても
ものすごい手間ひまをかけて硝石を作っていますが、科学の発達していない時代
にどうやって思いついたんでしょうか?
古代中世の発見は偶然によるものが多いようそうですが
偶然糞尿を肥料に使わず土に埋めて草を混ぜて数年放置してから、なんとなく
その土を鍋で煮込んでみたくなった……なんて人がいたんですか?
0879人間七七四年
2013/02/14(木) 15:25:30.99ID:SB5HxREcちなみに(4)は、どうとでも考えられるんじゃない?
いきなり効率の良い方法を見つけたり、生産できたりするわけじゃないだろうし。
0880人間七七四年
2013/02/14(木) 16:27:21.53ID:/D9Y1P7uそれまでは連歌や歌会じゃなかった?下剋上や槍一筋で成り上がった大名増えましたし
秀吉の師匠になった細川幽斎なんかは蛍鳴かないのに褒めてたと記録ありましたよね?
0881人間七七四年
2013/02/14(木) 17:02:26.40ID:aar/d4YGBに関しては、土硝法が日本に広まったのが慶長年間(1590年代)っていうのが通説なので
1582年に死んだ信長が知っているのはおかしいということになる
ただ一説ではもっと早くから国内で生産が始まっていたという話もあるので、一概にどうとかは言えない
@は上記のことから戦国時代にはそもそも国内で生産されていなかった、
或いは国内の需要を全て満たすほどには生産量が追いついていなかった為に不足分が輸入で賄われた
Aは土硝法で(硝石の原料となる)硝酸カルシウムを生産するのに必要なのが、
動物性タンパク質や糞尿等の窒素化合物とされる
それらがバクテリアの作用で変質したり、酸化したり土中のカルシウムと化合したりして硝酸カルシウムになる
なんで死体は当然動物性タンパク質の塊なので、有効ではないかと
実際に行われていたかはしらんけども
Cはしらんなあ
0882人間七七四年
2013/02/14(木) 18:59:43.60ID:Q1SHwUMZ茶道は時代の転換期だったから新しいものがもてはやされたのと
重要人物が供も連れず密室に集まっても怪しまれない。
いわゆる密談しやすい。とかで流行ったもの
また教養を隠そうにも連歌などは引き続き当然の教養として地位を保ってたし
下克上の代表的人物の秀吉でも何度も連歌会を主催してる
0883人間七七四年
2013/02/14(木) 21:33:48.39ID:xFvGtVOi4
便所の周囲の土壁や、縁の下に、結晶が偶然に出来るらしい。
初期はそれをこそげ落として硝石としていた。
0884人間七七四年
2013/02/16(土) 00:16:18.07ID:Wa63qKxOそーす 花の慶次
大坂の役はキリスト教新旧派の代理戦争の面もあったのは本当?
そーす 山岡荘八 徳川家康
0885人間七七四年
2013/02/16(土) 00:20:15.16ID:eRPrsEYq> 秀吉の朝鮮出兵はキリスト教の陰謀というのは正しいですか?
嘘だよ
> 大坂の役はキリスト教新旧派の代理戦争の面もあったのは本当?
ねーよ
0886人間七七四年
2013/02/16(土) 00:20:15.41ID:ctFzKn3j0887人間七七四年
2013/02/16(土) 00:52:01.37ID:Hoeyod+u徳川は英蘭といった新教国に親しかったのも確か
でもそれで代理戦争ってのはねーな
0888人間七七四年
2013/02/16(土) 03:10:22.46ID:Wa63qKxO朝鮮の役の先方が小西や有馬等のキリシタン大名だったのはたまたま?
大坂の役では豊臣方に明石カモンやなんかもう一人ぐらい旧教カトリック大名がいたらしいんだけどさ。そりゃ表面上は徳川vs豊臣だけど少しくらいキリスト教新旧派の対立は存在したよね?代理戦争つうのは言い過ぎた
0889人間七七四年
2013/02/16(土) 06:30:19.98ID:ygJygv3J>土草糞尿で硝石が作れるなら、なぜ硝石を輸入しなくてはならないのでしょうか?
質が劣るのが一番の理由だと思う。
0890人間七七四年
2013/02/16(土) 07:53:57.39ID:V2yehkYe>朝鮮の役の先方が小西や有馬等のキリシタン大名だったのはたまたま?
たまたま
>リスト教新旧派の対立は存在したよね?代理戦争つうのは言い過ぎた
ねーよ
っていうかお前、キリスト教新旧派ってなんのことだか理解してないだろ
0891人間七七四年
2013/02/16(土) 08:24:38.39ID:64i/c/4J日本に布教に来たのはイエズス会だからカトリックだろ。
プロテスタント系のキリシタン大名なんて居るのか?
0892人間七七四年
2013/02/16(土) 12:02:03.01ID:HZ++G3Gkありがとう
漫画ドリフターズだと、信長が硝石丘のことを「一向宗どもが使った手だ」
とか言っていたから本当だと思ってました
>>883
最初に発見した人がすごい、便所の白い粉を汚れやカビとは思わず
「なんだろう」と思ってわざわざ採取して、色々調べて
「おー燃えた、これただのゴミや汚れじゃねぇなあ」とかやって硝石って
いう有用性のある物質だと発見した人の探究心に驚きます
0893人間七七四年
2013/02/16(土) 12:17:49.21ID:Hoeyod+u追記させてもらえば881で書いた「一説によれば」ってのは、
まさに一向宗が使ったと言われてる説だからな
だもんで、本当かどうかはこれからの研究次第
現状では疑わしいって程度だよ
0894人間七七四年
2013/02/16(土) 12:52:05.93ID:Wa63qKxO書き方が悪かったかな?
キリスト教の
旧教徒派=カトリック、スペイン・ポルトガル
新教徒派=プロテスタント、イギリス・オランダ
確かにプロテスタント系大名はいなかったけど家康が三浦アンジン(新教徒派)を側近くに置いたのは事実だよね?旧教徒側からしたら焦るんじゃない、権力者に対抗勢力がいたら?
0896人間七七四年
2013/02/16(土) 15:41:38.16ID:B7WR8Ce1高級品だったから似たもんで
代用出来ないか探しただけだろw
0897人間七七四年
2013/02/16(土) 15:48:22.86ID:eRPrsEYqそして硝石生産の専門家集団が存在し、これが全国を回りながら硝石づくりをしていた。
毛利元就の書状に、近くそういう硝石作りの職能集団が来るからきちんと処遇するように、と家臣に
当てた書状が残っている。
0898人間七七四年
2013/02/16(土) 16:35:06.41ID:LKpDVQtI書き方の問題っていうか、「大坂の役はキリスト教新旧派の代理戦争の面もあったのは本当だ」って
言って欲しいだけだろ?
最初に「ねーよ」って回答もらったんだから、それで納得しろや。
自分の中に最初から答えがあって、その回答を欲しがってアレコレ「でもこうじゃない?」って粘るから
書いてることがおかしくなるのだし、うざがられる。
0899人間七七四年
2013/02/17(日) 15:52:22.09ID:x81696Y8どちらも尼子(の残党)や大友と喧嘩し、朝廷・公家や将軍に献金して無駄なバラマキをしています。
なぜ毛利元就は称えられて大内義隆は暗愚とされているのでしょうか?
0900人間七七四年
2013/02/17(日) 16:01:31.16ID:P20N/DcH0901人間七七四年
2013/02/17(日) 16:06:25.83ID:2LLqAbwL滅ぼし覇権を握った。
大内義隆は尼子攻めに失敗して勢力を弱体化させたあげく家臣(陶晴賢)に滅ぼされた。
やった事は同じでも結果が違う。
0902人間七七四年
2013/02/17(日) 17:06:16.66ID:0PQ2YMr/それがイコール鉄砲伝来前から
ということにはならないけどね。
0903人間七七四年
2013/02/17(日) 18:19:50.37ID:04/yDBxd戦意喪失させるとか、微妙過ぎる「実際の謀略?」
みたいなのってどんなのがある?
0904人間七七四年
2013/02/17(日) 20:16:40.74ID:lYmDkPt8籠城中の城に糞尿、動物の死体を投げ込む。
地味ながら士気は削がれるし衛星面にも影響が出るので城内で病が流行るしで意外と大変。
0906人間七七四年
2013/02/17(日) 21:56:36.05ID:2LLqAbwL最終的には運です。
0907人間七七四年
2013/02/17(日) 22:11:49.70ID:1EqPGAfJ一部分だけ同じことをしただけなのに評価が違うと言われてもどこから説明すればいいかわかりません。
0908人間七七四年
2013/02/17(日) 22:36:31.37ID:+lYzTP6Eここまでの過程同じじゃね?って言うくらいアホ
0909人間七七四年
2013/02/18(月) 06:24:40.52ID:fco8Fw2w大内みたいな一般就職者→避ける
毛利みたいな賢い就職者→むしろ狙う
同じ現象で取った対応がまるで違う例だが
結果はウン年後に「同窓より1ランク良い待遇」と成って出て来るだろう。
東電クラスに成ると存亡問題があるがw
0910人間七七四年
2013/02/19(火) 00:10:11.29ID:I8P7jaLhあの頃はよほど位が高くないと武将の娘でも名前がはっきりしないと言われていて
瀬名も実は本当の名前では無いという話も
どっちなんですかね
0911人間七七四年
2013/02/19(火) 00:48:58.29ID:j2wQy1hN少し話題がずれるけど、戦国時代は名前がコロコロ変わりすぎだと思う。
他の時代って変わっても、幼名と元服後の名前と、死んでからの法名(戒名)くらいじゃないか?
0912人間七七四年
2013/02/19(火) 00:53:52.99ID:I8P7jaLh女
としか記載されてないっていうのを見たんで
0913人間七七四年
2013/02/19(火) 04:08:03.09ID:zf7uLHpE逆にその〜は本当の名前じゃ
ない証拠でしょう。
平安の昔から女性の名前は目下の
ものが呼べるものじゃない。
だから出身地や来歴にかこつけて
〜姫みたいに言う。
築山は出自がはっきりしてるから
幼名だったんでしょうね。
茶々、みたいなもん。
0914人間七七四年
2013/02/19(火) 10:36:00.55ID:gfRq/oFL実名(諱)がよく分からない人がたくさん居ます。
まして現代に残るような政治的な書状を発給したりされたりすることの無い
女性は余計に分からないものです
次に家の記録ですが、当時の家は今で言う会社みたいなものだったので
社長や社員に当たる男性の名前や経歴は残しますが、
その奥さんの名前や経歴までは記載しません
単に部外者だから記載されなかったともいえます。
たとえば秀吉の正妻の北の政所のねねさんは
知名度抜群、従一位でそこらの男どころか日本で何番目かに位の高かったのですが
未だに名前が確定してません。まぁほぼ確定ですが。
女子は低く見られてたので名前が残らないとの見方は
間違いとはいえませんが一面的ともいえると思います
0915人間七七四年
2013/02/19(火) 11:50:25.22ID:lIBBhp/k信長の一番のお気に入りで長男次男を産んだと言われている生駒家の類ちゃん
彼女は吉乃(きつの)という名前でもあったらしいです。
でも『恋する信長』という信長の子供時代を書いた歴史漫画では信長は
祖父江家のお豪ちゃん、にゾッコンで一番のお気に入りで彼女も吉乃(きつの)
と呼ばれいたらしいです。
生駒類と祖父江豪は同一人物ですか?
それとも別人だけどふたりとも吉乃という名前だったんですか?
吉乃は『吉法師の物』という意味らしいですが、そうなると信長は
気に入った女性には手当たり次第に吉乃という名前をつけたんですか?
0917人間七七四年
2013/02/19(火) 19:13:21.64ID:eM3C3fcqこれを元に有名な小説や番組が多く作られたので
一般化してしまってるけど、ほぼ偽書であることは確定なので
信憑性はほぼゼロ。
また、類、というのも生駒家の伝承とか言われてるけど
武功あたりが出所なのでやっぱり意味がない名前。
質問がマンガコミックの話なのでこれ以上は
答えようがなくて、今は信長の家臣がビーチバレーまで
してるらしいから、質問を理解するにも難儀するようになってる・・
0918人間七七四年
2013/02/19(火) 20:36:49.56ID:lIBBhp/k吉乃というのは偽書に出てくる名前だから実際はそんなふうに呼ばれてない
だから豪と類は別人
類という名前も信憑性は無い
信長の長男次男産んだ生駒家の女性は名前不明
という事でしょうか?
0919人間七七四年
2013/02/19(火) 20:38:34.69ID:Nr6+gYY60921人間七七四年
2013/02/19(火) 22:52:32.56ID:eM3C3fcq名前不明どころかほぼ何も事跡が残ってない。
信長に子供がいるのは確かだから
生んだ女性がいるのは確かだろうが
ルイやらゴ〜やらキッチーと言われると
それが同一人物かとか一番お気にだったとか
もう答えようがない・・ということで。
ちなみに、ここ30年ぐらいの偽造歴史で一番
罪が重いのはこのブコウ事件とキッチーとかだろうなぁ。
公金使って観光用のものまで作ってるから
それを「信憑性ゼロ」と言っても逆に変なおじさん扱いされる・・
もう一つはツガルね・・
0922人間七七四年
2013/02/20(水) 01:31:18.78ID:Wh/jYvAW関係あるのかなとふと思った
0923人間七七四年
2013/02/20(水) 01:59:49.06ID:d2M+9Oe10924人間七七四年
2013/02/21(木) 06:14:39.06ID:eU2UJ7Qh結果としては
陶晴賢→旧大内時代の大陸貿易の喪失により周囲の利権に与る勢力に失望され不満を持たれる。
尼子晴久→新宮党や国人を粛清し権力を拡大。
毛利元就→陶への不満を利用し大内を倒す。尼子も晴久の死で燻っていた国人衆の不満を利用して倒す。
大友も国人の不満につけ込んだもの最終的に失敗。
逆に朝鮮交易などの博多利権を完全喪失し、大内輝弘の乱により山口の復興も頓挫する。
毛利元就は不満を利用して取って代わるまでが得意。
ただし内政面は意外と苦手で大友宗麟にはいろいろ出し抜かれている。
>>900
これにつきる。後世の毛利関係者が滅亡した周囲のネガキャンを行なった結果
新宮党粛清に嵌められた尼子晴久や奇行の多い大友宗麟といった風に刷り込まれた傾向もある。
また長州藩は重税で一揆が多いことで有名。半世紀前までは日本一繁栄した地域ではあるが
交易利権を失ったらただの30万石程度の痩せた山地。関が原以降は家臣領民に至るまで貧しい生活を強いることになった。
この不満を鎮めるには大内時代は当主が極めて暗愚であると都合がよかった。
0925人間七七四年
2013/02/21(木) 20:46:36.22ID:pHLsw27Zttp://livedoor.blogimg.jp/hamusoku/imgs/e/e/ee9e2a0e.jpg
本物でしょうか?
0926人間七七四年
2013/02/21(木) 21:38:53.17ID:b8l2sSNK0927人間七七四年
2013/02/21(木) 21:40:55.05ID:i3sdm+dZ0928人間七七四年
2013/02/21(木) 22:20:27.00ID:eZSnulg00929人間七七四年
2013/02/22(金) 00:29:25.97ID:iAWedvjn真田昌幸に食わせてもらってた盲目の拝み屋が生き残ってたはず。
0930人間七七四年
2013/02/22(金) 00:51:31.45ID:Bga/P6eG0931人間七七四年
2013/02/22(金) 07:55:50.61ID:V1Bbz32p0932人間七七四年
2013/02/22(金) 16:55:56.27ID:uSsVpLhuかなりメジャー系なのがいっぱい出てた。
現在の職業がラーメン屋さんとか床屋さんとか
ギャップでウケてたな。
0933人間七七四年
2013/02/23(土) 10:56:15.16ID:OgaW2/NTそのせいで具体的に何が消失したとか、何が永遠の謎になったとか
わかってるんですか?
大事なお寺だったみたいだし、たぶん貴重な資料や書物、国宝級の物とか
あったと思うんですが
0934人間七七四年
2013/02/23(土) 11:02:52.60ID:xWZEwDXf・信長は3人目
・焼けた痕跡は一部にあるが、詳細な年代はわからない
・延暦寺は一つの寺では無く、多数の寺院の集合体
0935人間七七四年
2013/02/23(土) 16:43:24.92ID:0rzRpFim意味は違うけどw
0936人間七七四年
2013/02/23(土) 21:50:59.29ID:umhE1IZf戦国時代に替え玉を使った事例ってあるんでしょうか?
0937人間七七四年
2013/02/23(土) 22:50:05.87ID:QpPxuiEW0938人間七七四年
2013/02/24(日) 00:07:51.50ID:51niJb38名前を出さずに
あの家の姫
というふうな意味で言ってることは他でもあったような?
0939人間七七四年
2013/02/24(日) 01:34:26.61ID:FV8rEN3nそりゃなくなったものはわからないけど
最澄は個人国宝指定ではトップクラスなので
相当な貴重なものが失われたでしょうね。
現在残るもので、信長の焼き討ちの時持ち出した
なんて記録に残るのもあるし、過去にも焼き討ち
されたからそれなりに用意はしてあったろうね。
公家さんの家も貴重な日記類は普段から車で
保存してあってイザという時持ち出しやすいようにしてある。
清盛の頃だが、車2台分焼けた、なんて記録もあるぐらい。
それと延暦寺の焼け跡調査では案外小規模だったなんて
意見もある。京から見えたというからその印象で山ごと焼けた
イメージがあるがそこまでではなかったらしくて。
信長が京の半分焼いた時の跡はしっかり大規模で
残るから、こういう記録はイメージとは違うという意味で
貴重なものだとは思うなぁ。
0940人間七七四年
2013/02/24(日) 13:56:16.05ID:xoUi/v4Y0941人間七七四年
2013/02/24(日) 14:09:48.26ID:4j+05YP1あれだ、暴君の記録に「妊婦の腹を割いて胎児の性別を調べた」って記述が出てくる並にうさんくさい
0942人間七七四年
2013/02/24(日) 14:26:11.89ID:EdNDYa28http://homepage1.nifty.com/kitabatake/kani82.html
右近衛大将があり、田中が右近衛大将になれば「田中右近衛大将」と呼ばれるとおもいます。
では鈴木が府生や使部になれば、その人は「鈴木府生」「鈴木使部」と呼ばれるのでしょうか?
また、下の方には籠持ちの「丁」というのがありますがこの場合は「鈴木丁」と呼ばれるのですか?
もし「鈴木丁」などと呼ばれないのであれば、そう呼ばれるものと呼ばれないものとの簡単に区別が付く方法も教えてください。
0943人間七七四年
2013/02/24(日) 17:47:21.91ID:eshK/EB3正妻が嫉妬したとか側室が逃げ出すとかあったみたいですしある程度のモラルなどあったのかと思いまして。
0945人間七七四年
2013/02/24(日) 18:16:27.72ID:xoUi/v4Y馬鹿殿は速攻で当主交代される時代だから
財政に負担をかけるほどのあほな事はそうそう出来ない
0946人間七七四年
2013/02/24(日) 19:06:53.01ID:B54fN3kWそうしたら正妻が、この娘なら大丈夫だって側室を用意したって話があるからな
戦国期における正妻の地位ってのは俺達が思うよりは高い
正妻を蔑ろにして側室を持つと
最悪、福島正則みたいに生涯最大の恐怖を味わうことになる
0947人間七七四年
2013/02/24(日) 19:10:04.86ID:KfCYJF5t0948人間七七四年
2013/02/24(日) 19:17:31.84ID:0FkbmlCI0950人間七七四年
2013/02/25(月) 15:20:50.52ID:rwb6+I7Q>>939
>>940
ありがとう
でも廃仏毀釈、もったいないというか、失われた国宝って色々残念だなぁ
と思う
まぁ日本は人種的に記録魔なのか
西洋に比べれば書物や記録が多く残っていて当時の正確な情報が分かる方らしい
からマシだけど
0951人間七七四年
2013/02/25(月) 18:32:01.46ID:P3YVKcUd中国人に比べたら大した事ない
0952人間七七四年
2013/02/25(月) 19:38:25.18ID:veP9qHIB上杉にも武田の末裔居るよね?
埼玉でバーや飲食店3店舗経営だとさ
0954943
2013/02/25(月) 22:58:13.49ID:t2JGE8LY基本的には経済的な問題と正妻が認めると言った事が大きく必要なわけですね。
教えて下さって有難うございました。
あと福島正則のエピソードは知らなかったんですが、ggったら笑ってしまいましたw
戦国時代の女性って子供生む道具で発言権も何も無いという認識が強かったんですがそんな事何も無かったんですね。
0955人間七七四年
2013/02/25(月) 23:08:47.41ID:i6N7Z1J20956人間七七四年
2013/02/26(火) 00:26:54.20ID:kZr82zgy0957人間七七四年
2013/02/26(火) 06:17:35.05ID:XsIuiETHやっぱ男が上でないと。
0958人間七七四年
2013/02/26(火) 16:56:12.95ID:PAGzknwChttp://awabi.2ch.net/test/read.cgi/mnewsplus/1361827783/
【芸能】話題の“武田信玄の末裔”モデルは偽者!? 武田家末裔者の会が否定 「その様な方はいない」
http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/mnewsplus/1361863497/
0960人間七七四年
2013/02/26(火) 22:59:06.70ID:tUz2y0AM0961人間七七四年
2013/02/26(火) 23:13:59.62ID:lAxqAaAH0962人間七七四年
2013/02/28(木) 16:40:27.36ID:5hIO8evb0963人間七七四年
2013/02/28(木) 16:41:41.95ID:rQcx44QG0964人間七七四年
2013/02/28(木) 21:05:18.13ID:6pTFdFDl0965人間七七四年
2013/02/28(木) 21:13:58.15ID:pEkKkRXL銃撃されて死んだって話は完全に創作なんですか?
0966人間七七四年
2013/02/28(木) 21:16:25.74ID:dh2WKYlt0967人間七七四年
2013/03/01(金) 09:27:07.37ID:vrU/eNPjほとんど政略結婚なんでしょ?w
0968人間七七四年
2013/03/01(金) 10:37:59.43ID:AgSfvIFCたとえば秀吉とねね、利家とまつなんかは恋愛結婚だけどねー
あと政略結婚でも北条氏政夫妻とか、今川氏真夫妻、武田勝頼夫妻、毛利元就夫妻など、
関係良好な大名も多いよ
まあ島津家久(悪)みたいに凄まじく悪い例もあるから一概には言えないけど
0969人間七七四年
2013/03/01(金) 13:05:03.64ID:0k87x9nx政略結婚じゃなくても、庶民でも顔も見たことない人と結婚とかよくあった。
それでもうまくいく夫婦はたくさんあったわけで、政略結婚だから旦那が死んで
清々するなんてのはものすごく浅すぎる見方。
第一、実家がちゃんとしてるならともかく、基本的には大名夫人の権力の背景は
旦那の権力な訳で、いわば失業状態になって清々するなんてのはよっぽど
仲の悪い夫婦だけだろ。
0970人間七七四年
2013/03/01(金) 14:59:02.25ID:PVd8NIxy>北丸を陥落させ落城寸前まで追い詰めたが本丸の防御が固く落城させることは出来なかった。
と書いてますが、これは一体どういう状況下なのでしょうか?
ウィキペディア以外でも似た記述が書かれてる事がありますが、本丸が堅いとか落ちにくいとはどう言った状況下なのでしょうか?
他の書籍では城内に敵を入れた時点で敗北だとか、三の丸や二の丸が占領された時点で敗北だとかよく記載されてたように思うんですけど、江戸期になるとおういうの変わってしまったんでしょうか?
島原の乱についての情報ではなく、本丸がどうしても落とせないという状況下に陥った他の戦いなども知りたいので教えて下さい。
どういった理由からなるのか知りたいです。
0971人間七七四年
2013/03/01(金) 15:03:10.32ID:13Bk368R簡単にいえば防御側の攻撃が激しく近寄れなかったってこと。
鉄砲や弓、石なんかもそうだが、そういう激しい抵抗をされて近寄れなかったということ。
0972人間七七四年
2013/03/01(金) 15:05:43.94ID:vrU/eNPjそりゃ表向きそうだろうけど
嫡子産んでりゃ乗っ取り成功みたいなモンじゃ無いの?w
嫁が怒り狂って敵討ち強行した例ってあるの?
0973人間七七四年
2013/03/01(金) 15:10:14.32ID:13Bk368R「家」を単位にしていた時代と現在を一緒にするなアホが。
正妻というのはその「家」の共同経営者みたいなもんだ。単純な家族関係じゃねえ
0974人間七七四年
2013/03/01(金) 15:16:42.86ID:AgSfvIFC例えば滝山城の戦いでも二の丸まで敵の進行を許したけど、そこでなんとか迎撃してる
あれは滝山城の縄張り(二の丸で集中迎撃する構造)と、武田方の事情もあってだけどね
基本的に本丸部分が重要施設なわけで最も堅固に作られているし、
敵の進行を漸減するような縄張りがされてる事が多いので、攻め切れない場合もあるかとう
ただ外郭部分を簡単に突破されるくらい力差があるとそんな小細工無駄になる事のほうが多いと思うけどね
0975人間七七四年
2013/03/01(金) 15:20:17.61ID:AgSfvIFC仇討ちはしてないけど、共同統治者として家を守った例はあるよ
寿桂尼とかね
安易に草を生やすような偏見をどうにかしないと、君の疑問は解決されないと思うよ
0976人間七七四年
2013/03/01(金) 16:42:26.77ID:tBwddQdW「何が何でも仇討ちじゃ! 異論申さば斬る」
何て事例はやっぱり無かったの(′・_・`)?
ラブラブ政略婚って、浅井長政以外は誰?
0978人間七七四年
2013/03/01(金) 16:51:19.83ID:5c9UZQ3gほとんど夫婦仲は良好だっつーの。
つーか浅井長政とお市の関係がラブラブだたという証拠は一切ない。
ゲーム脳かお前は
0979人間七七四年
2013/03/01(金) 16:52:41.98ID:dVSQViwP0980人間七七四年
2013/03/01(金) 17:21:04.39ID:PVd8NIxyなるほど。
やはり守る側は有利で兵糧と士気さえ充分なら粘り勝てる可能性も充分あったという事でもあるんですね。
滝山城の戦いは知らなかったので知りませんでしたが興味深い合戦なので調べてみる事にします。
お答え頂き有難う御座いました。
0981人間七七四年
2013/03/01(金) 18:06:04.37ID:tBwddQdW>ほとんど夫婦仲は良好だっつーの。
>あの時代の家庭内のなりそめは表に出さないからなんとも言えんよ
そもそも現代でも夫が先立つった方が奥さん長生きだよな。
夫で酷い検索候補出るの知らん、幻想持ってる連中多そうだw
>ゲーム脳かお前は
姫多出のシミュゲーあるなら教えてくれ。
0983人間七七四年
2013/03/01(金) 18:18:55.88ID:SGpO814R0984人間七七四年
2013/03/01(金) 20:29:34.79ID:9uLmwbZMつ天翔記
デフォルトの姫武将モード+有志の顔グラキット(色々なノブヤボの画像集)あてたら姫まみれよ
0985人間七七四年
2013/03/01(金) 20:49:24.84ID:tBwddQdW10年くらい前の忙しい頃に複雑化してから
面倒になって信ヤボやらなくなったけど
最近だと画期的なシステムあるの?
月額取られるのは意地でもやらんけどw
0986人間七七四年
2013/03/01(金) 21:01:42.19ID:ewGvA8GA二階堂盛義
『盛義の死後当主となった二階堂行親は夭折し、その跡は盛義の未亡人であり、伊達政宗の伯母にあたる
阿南の方(大乗院)が継いでいた。そのため政宗も幾度となく降伏を薦めたが、阿南の方はこれを頑強に拒否。
天正17年(1589年)10月26日政宗に攻められて、須賀川城は落城した。阿南の方はその後政宗を嫌って甥の
岩城常隆を頼り、常隆の死後は佐竹義宣の元に身を寄せた。佐竹氏が出羽に移封されると病のため須賀川に
留まることになり、1602年に62歳で没したという。』
0987次スレ頼むぞ!!
2013/03/01(金) 21:26:32.24ID:tBwddQdW気骨のある姫も居たんだな!!
氏真んとこに身を寄せてた信虎とかの居候って
どんな生活してたのか気に成るなw
0988人間七七四年
2013/03/01(金) 23:16:25.11ID:VDm7pMYu改易魔、南部利直の魔の手から由緒ある家を守るために
孤軍奮闘した女大名って設定が斬新だった思い出がある。
0989人間七七四年
2013/03/02(土) 00:02:00.70ID:0ocu/L8I政略結婚する価値が全くない二人だからな
方や家業を継ぐ宛てもなく将来どうなるかわからない四男坊、
方や家が消滅して前田家で養育された孤児
お互いに家という枠組みからは外れてるからね
>>983
下級武士や庶民の政略婚は、いとこ同士がやたら多いのが日本の結婚事情の特徴だそうな
お互いの家の事情がわかってるから良いんだそうな
0990人間七七四年
2013/03/02(土) 11:35:15.34ID:VJ9AFEpr井伊直弼って人数増やせないまでも
ビビって逃げ出さない精鋭で登城するとか
桜田門から騒動を収める兵とか出なかったの?
0991人間七七四年
2013/03/02(土) 11:45:13.81ID:oCQm6Lie0992人間七七四年
2013/03/02(土) 12:02:22.79ID:JA1CC74Z0993人間七七四年
2013/03/02(土) 12:09:53.01ID:VJ9AFEpr数千倍くらい遠い伊賀越え成功したけど
とでも付け加えれば良いのか?w
0994人間七七四年
2013/03/02(土) 13:09:37.40ID:Ft8L93Qq最後の行の質問してる辺り漫画で十分でしょう
詳しい解説するなら江戸後期の状況にモロに踏み込む事になるので本気で板違い
0995人間七七四年
2013/03/02(土) 17:49:09.12ID:Zax8Sa0Y井伊直弼は事前に警告を受けていたにもかかわらず特別な警戒はしなかった。暗殺上等。
たとえ死んでも男子の本懐なり、という事だろう。
逃げ出したかどうかは俺は知らないが、雪が降っていたので刀の柄に覆いが掛けてあってすぐには
抜けない状態だったとは聞いている。
0996次スレ頼む!!
2013/03/02(土) 19:20:36.30ID:VJ9AFEpr精鋭ばかりで護衛も出来たのに、
柄までとか陰謀論色々と勘繰りたくなるよね!!
小人がうるさいから徳川家スレにでも投げかけて見るかw
【疑問】スレ立てるまでもない質問11【戦国時代】
ttp://ikura.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1362228842/
0999人間七七四年
2013/03/02(土) 21:56:14.19ID:LJu17D0L1000人間七七四年
2013/03/02(土) 21:56:46.23ID:LJu17D0L10011001
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