武田勝頼って信玄以上の名将だったんだな
レス数が1000を超えています。これ以上書き込みはできません。
0001人間七七四年
2011/10/06(木) 03:56:28.59ID:qQIbazcahttp://v.youku.com/v_show/id_XMTM4MTc5OTQ4.html
0002|ω・`)
2011/10/06(木) 04:59:05.09ID:WFwNXJhk0003人間七七四年
2011/10/06(木) 06:48:20.99ID:xrUyExs0結果だけ見れば滅びた人間が名将とかどういう基準なんだか
0004人間七七四年
2011/10/06(木) 07:52:00.76ID:JvHu0lPc>誰が
信奉者
>基準
身近な名将(今回は、当然信玄)
長篠合戦のみを捉えれば、無理ぽ、で引き返す余裕があるとは思えない人間から見ると
ああなった時点で詰んだようなもの。
じゃあ、あの状態に追い込んだのは誰だ?ってなったら
先代頭首だろ。
先代が名将の誉高いんなら
勝頼だって名将でも良いんじゃね?
0005人間七七四年
2011/10/06(木) 09:57:42.90ID:xrUyExs00006人間七七四年
2011/10/06(木) 10:42:03.55ID:BPYIXoRZ信長や家康よりずっと上ですが何か?
0007人間七七四年
2011/10/06(木) 11:10:24.85ID:ODGKCwbm0008人間七七四年
2011/10/06(木) 11:31:28.87ID:JvHu0lPc弱そうな所にだけ突っかけて
挙げ句、時間ばかりかけて敵ばかり作って
嫡男を廃嫡紛いのことまでやった馬鹿に責任が無いわけないだろ?
葡萄と桃しか残らなかった上に、金丸や置き石を輩出した山梨の英雄だから
過剰評価したい気持ちはわかるが
瓜の蔓から茄子は生らんの喩え通りの親子だろ
0009人間七七四年
2011/10/06(木) 11:58:49.29ID:xrUyExs0嫡男は仕方ないというかあそこで是が非でも今川潰さなきゃ武田が潰れるだけだし
0010人間七七四年
2011/10/06(木) 12:00:03.68ID:xrUyExs00011人間七七四年
2011/10/06(木) 12:04:36.86ID:xrUyExs0それで評価を低くするのはおかしいんだよな
0012人間七七四年
2011/10/06(木) 12:11:00.81ID:xrUyExs0戦国時代の誰が名将 なのかそうでないのかみたいな基準ってなんなの?
なにをすれば名将でなにをすれば愚将なのかおしえてくれよ>>1
0013人間七七四年
2011/10/06(木) 12:27:04.07ID:xrUyExs0まあそれは勝頼だけじゃなくて重臣達も賛成したらしいから勝頼だけがアレだという話でもないがかといって信玄がすべての原因つうのもおかしい
0014人間七七四年
2011/10/06(木) 12:51:28.07ID:E5HWuzcuそもそも尾張一国すらもってなかったからなあ。
同格かそれ以上の力をもった敵が国内にいたわけだし。
0015人間七七四年
2011/10/06(木) 12:58:08.01ID:o0ltHILb0016人間七七四年
2011/10/06(木) 17:08:18.82ID:nvdxwVvM信玄公に能力も人望も名声も勝てなかった信長厨がまぐれで勝てた勝頼公をひきあいに
信玄公に勝った!と自分を慰めるための糞スレ
0018人間七七四年
2011/10/06(木) 17:32:06.60ID:pWRwSclEしっかりあったようには思えないな
まだ子供の信勝を諸侯が守り立てて未来永劫続くとでも思ってたのだろうか
自分が武田家乗っ取りやった張本人のくせして
認識の甘さにびっくりする
0019人間七七四年
2011/10/06(木) 17:33:40.94ID:xrUyExs0それ以降の敵をそこまで大きいと評価してもな
朝倉、六角、北畠が積極的に尾張美濃に介入してきたならともかく
実際に信長の人生の半分は尾張美濃取りだった訳で、そいつらが全部連携して信長の敵になったのは信長が近畿も押さえることが出来てからだし
0020人間七七四年
2011/10/06(木) 17:38:20.40ID:xrUyExs0そういうのはこの板を武田で検索してから言うべきだな
武田関連のif系スレの多いこと多いこと
逆にああいう後世からみてああしてればこうしてればなんてのは正直信玄や勝頼を馬鹿にしてるだけな気がするけどな
0021人間七七四年
2011/10/06(木) 18:12:49.62ID:nvdxwVvM信雄は信長より名将だった!
輝元は元就より名将だった!
これが信長厨の脳内ワールドです
0022人間七七四年
2011/10/06(木) 19:28:45.02ID:JvHu0lPc武田信玄がらみのifはw
まさか、いくら京都人が腹黒でも滋賀の人間に京都で石ころを転がさせた織田信長を
disるために武田信玄を持ち上げるのも面倒くさいだろうし
0023人間七七四年
2011/10/07(金) 10:18:38.13ID:nWvuET2T0024人間七七四年
2011/10/07(金) 11:46:49.42ID:kMS99pOH同意。
つまり800万石とか持ってたのに一瞬であぼんしたうつけは雑魚だろww
0025人間七七四年
2011/10/07(金) 15:42:04.36ID:UVoyDIct0026人間七七四年
2011/10/07(金) 15:57:11.98ID:0yavfweU0027人間七七四年
2011/10/07(金) 16:31:49.30ID:i5uJpvgD武田厨乙
武田厨のダメなところは信長の上洛後の急速な所領拡大の成功の要因を
運の良さだけで片付けることであります!
0028人間七七四年
2011/10/07(金) 16:37:26.27ID:0yavfweU0029人間七七四年
2011/10/07(金) 16:56:14.92ID:UVoyDIct信玄も謙信も不運だから愚将という事になる
0030仙台藩百姓
2011/10/07(金) 17:11:28.01ID:OlrERXhS運が悪い=チャンスをものにする力がない=機を見るに愚鈍で視野が狭くバカ
って事かお?
( ^ω^)
0031人間七七四年
2011/10/07(金) 17:28:10.45ID:puFg3ddg0032仙台藩百姓
2011/10/07(金) 17:38:58.98ID:OlrERXhSもともとそんな気なんてなかったんだからお
( ^ω^)
信長は天下とってるお
長くはなかったけおね
┐ (´ω`) ┌
0033人間七七四年
2011/10/07(金) 17:40:24.78ID:UVoyDIct0034人間七七四年
2011/10/07(金) 17:56:09.95ID:koSJx6Grもう凄すぎ・・・
信玄ファン辞めますw
0035人間七七四年
2011/10/07(金) 18:19:16.98ID:0yavfweUあんな間抜けな最後を迎えずにすんだのにな
0036仙台藩百姓
2011/10/07(金) 18:27:35.47ID:OlrERXhS┐ (´ω`) ┌ヤレヤレ
0037人間七七四年
2011/10/07(金) 18:30:19.75ID:IG4UOj7H0038仙台藩百姓
2011/10/07(金) 18:33:01.75ID:OlrERXhS( ^ω^) おっおっおっ
0039人間七七四年
2011/10/07(金) 18:34:35.48ID:IG4UOj7H0040仙台藩百姓
2011/10/07(金) 18:38:22.62ID:OlrERXhS武田を滅ぼしたんだお
( ^ω^) テストニデルオ
0041仙台藩百姓
2011/10/07(金) 18:38:58.21ID:IG4UOj7H0042仙台藩百姓
2011/10/07(金) 18:49:11.69ID:OlrERXhS漏れはいかにも英雄らしくて劇的だと思うお
( ^ω^)
0043人間七七四年
2011/10/07(金) 18:55:48.83ID:RBwoXjXg信秀の代から今川に喧嘩売ってたのに、継いだ時点で4万石ってことはない
信行ら反抗勢力もあくまで信長の家臣であり、反抗されたのは自業自得
0044仙台藩百姓
2011/10/07(金) 19:17:44.39ID:OlsRm8n8あんな国賊を英雄扱いするなよ非国民( ^ω^)
0045人間七七四年
2011/10/07(金) 20:09:08.49ID:i5uJpvgD田舎者の信玄が馬鹿にされてるのでまた苦し紛れに
織田厨を煽り出しましたね
長年山国の甲斐で育ったお猿さんが上洛しようなんて
まあそんな大それたことをやろうとしたものですね
田舎者の信玄に雅た街京の水は合いませんよ
0046人間七七四年
2011/10/07(金) 20:13:22.98ID:Z+jOU68Aカタワ政宗でもマンセーしてろw
0047人間七七四年
2011/10/07(金) 21:27:09.97ID:SjvbWdc5美濃と尾張が出てくるけど
今でも治水工事に都道府県でトップの支出出してる県が当時、どんな地形だったか知ったうえで話してるんかね
0048人間七七四年
2011/10/07(金) 22:19:28.37ID:UJlBUaBl強大な織田家に真っ向から立ち向かった勝頼の方が好感は持てるな
0049人間七七四年
2011/10/07(金) 23:22:10.76ID:bsrGHk5+ifスレの半分以上が武田関連じゃねえのか・・・
0050人間七七四年
2011/10/07(金) 23:35:17.75ID:kMS99pOHはぁ?
信長がいつ天下を取ったよ?織田厨や朝鮮人みたいに平気で捏造すんのかお前も
0051名無しさん@12周年
2011/10/08(土) 00:03:56.74ID:5DnL4jts0052人間七七四年
2011/10/08(土) 00:35:47.09ID:so/f0jhf三好長慶だっていわゆる天下人の1人と言われるじゃん。
0053人間七七四年
2011/10/08(土) 00:51:18.94ID:dzCFAvBPえ?
信秀死亡前の石高は十数万石
でも信秀死亡時に分裂して
信長が継いだのは四万石以下だと言われてるんだけど?
君の言ってることは信玄の敵対勢力の村上義清が
信玄家来だと言ってるようなもの
0054人間七七四年
2011/10/08(土) 00:54:57.62ID:GmXsgmoJ0055人間七七四年
2011/10/08(土) 01:42:37.01ID:AxQBe/wX0056人間七七四年
2011/10/08(土) 02:11:26.48ID:ZFt6zstD勝つ戦するほうが名将。
信長に負けて、部下を沢山死なせて領地の女を織田の兵士の慰みものにされた。
正々堂々戦えば評価されるなんて、アホの発想。
0058人間七七四年
2011/10/08(土) 09:20:54.51ID:MSIxQszSまあ親父信長も信玄公に殺される予定だったけどな
0059人間七七四年
2011/10/08(土) 09:28:27.76ID:5v2FMRTQ0061人間七七四年
2011/10/08(土) 10:34:47.11ID:0ahGsive武田の剛勇ぶりのほうが光ってる 神風特攻にアメ公が驚愕したみたいなもん
0062人間七七四年
2011/10/08(土) 11:36:11.28ID:qUdp6yqK0063人間七七四年
2011/10/08(土) 11:39:59.09ID:0ahGsive0064人間七七四年
2011/10/08(土) 11:44:32.87ID:qUdp6yqK今の時代首都圏を抑えないでどこが天下を取ったんだこのヤローw
0065人間七七四年
2011/10/08(土) 11:49:47.73ID:qUdp6yqK死んだら即行でバカ息子に燃やされてるしw
0066人間七七四年
2011/10/08(土) 11:58:12.62ID:xw3MopqZ0067人間七七四年
2011/10/08(土) 12:10:14.17ID:UV+GY/+5愛知県の開けっぷりと山梨県の農家っぷり見たら
まあ、農家らしい粘着気質だが
0068人間七七四年
2011/10/08(土) 12:12:27.82ID:xw3MopqZ0069人間七七四年
2011/10/08(土) 13:10:07.78ID:AxQBe/wX馬鹿にすればするほど武田一族が惨めになるだけ
0070人間七七四年
2011/10/08(土) 13:11:52.52ID:y5027pibおまえは知能足りてるの?
0071人間七七四年
2011/10/08(土) 13:27:13.19ID:kV2fPIQo信長の悪名は天下に響いた
0072人間七七四年
2011/10/08(土) 14:03:04.96ID:3fyUSIGp勝頼公がいかに名将であったかの証拠。大兵力で堂々と戦えばいいだけなのに。おまけに長篠後であっても7年間も攻め込めなかったのはビビッていた証拠。
包囲網を敷かれていた時でさえ浅井朝倉は一気に滅ぼしたのにおかしいね。
弱った相手は容赦なく潰す信長がまさか情けを掛けるとは思えないし、家康が自力で取った駿河も恩着せがましく御礼言上に来させた信長が武田領は家康に好きにさせるとも思えないよな。
本願寺や毛利は積極的に打って出て来るわけでもないし、それほど手こずっていた訳でもない。
その間武田は勢力を盛り返し、徳川領を圧迫しつつ、北条には優位に立って氏政は信長に臣従する始末。
武田攻めの後のあのはしゃぎ様と油断は如何に信長が武田を畏れていたかがよく分かる。
仮に先に滅ぼしたのが上杉か毛利だったら本能寺の変のような隙は生じなかったんじゃないかな。
信長厨もその辺を察してるから武田スレにばかり沸いてくるんだろうw
>>69
威信崩壊してるのに朝敵にさせた上で家康や氏政を露払いに10万以上の大動員に
こそこそ後から付いて行っただけだけどな。
結局信長って独力では一度も信玄公、勝頼公に挑めなかった屁たれチキンだよなw
0073人間七七四年
2011/10/08(土) 14:15:27.89ID:8wZJ/Cjx信長って4万石も持ってたの?
親父の信秀が
守護・斯波家の下の、尾張南半守護代・織田家の家老でしょ?
0074人間七七四年
2011/10/08(土) 15:43:18.17ID:kV2fPIQo家康招いて宴会ひらいてたら家臣に親子ともどもブチ殺されたでござる
下手すりゃふたりともあの世行きだったわけだw 惜しい
0075人間七七四年
2011/10/08(土) 15:57:22.41ID:nUuQy1INスレ違いの話題出して話逸らしたいのは武田厨が底なしのアホだからか?
0076人間七七四年
2011/10/08(土) 16:25:17.04ID:kV2fPIQo0078人間七七四年
2011/10/08(土) 17:20:54.11ID:NzdVqAwT0079人間七七四年
2011/10/08(土) 17:33:57.35ID:G0OGANEM長篠の兵力差は信玄といえどキツイ
とは言うものの、バカ正直に戦いすぎて人材失ったから、コイツのせいで信長シリーズの1580年前半のシナリオで武田はキツイ
最後だって小山田じゃなくて真田昌幸についていけば裏切りに合わなかったのにね
0081人間七七四年
2011/10/08(土) 17:49:14.29ID:G0OGANEM0082人間七七四年
2011/10/08(土) 19:25:24.37ID:NzdVqAwT少なくとも信忠は戻らんだろ
後勝頼は結局甲斐、信濃の国人連中にことごとく見限られたからあんな悲惨な最後だった訳で本能寺後まで生きてたとしても、徳川、上杉、北条の甲信争奪戦を指くわえて見てただけだと思うよ
0083人間七七四年
2011/10/08(土) 20:21:10.76ID:vIg0UEWM先代が残した莫大な借金の返済に追われ続けたような人生だった
0085人間七七四年
2011/10/08(土) 20:53:05.51ID:amLeImFK織田による甲信支配は苛烈だったわけでその結果が甲斐の国人による河尻殺害だと思うけど
上杉が信濃侵攻の尖兵として勝頼を利用するだろ
0086人間七七四年
2011/10/08(土) 20:53:30.88ID:jf9R659S一番の原因は御館の乱
これで北条を敵に回したのが痛い
景虎の味方をし北条との関係を確固たる物とし
信長が本能寺で死ぬまで我慢すればチャンスは十分あった
かつよりが死ななくても本能寺の変は間違いなく起きたから問題ない
0087人間七七四年
2011/10/08(土) 20:55:41.87ID:NzdVqAwT昌幸がやる気あっても真田の家臣連中がついていくわけないからな
0088人間七七四年
2011/10/08(土) 20:55:50.66ID:jf9R659S0089人間七七四年
2011/10/08(土) 20:57:16.12ID:GmXsgmoJなんとかうまいこと織田傘下に入って関東を切り取ればよかったのに
そうすりゃ徳川になりかわって豊臣政権最大野党になり、その後天下を狙えた
0091人間七七四年
2011/10/08(土) 20:58:48.17ID:jf9R659Sそういやずっと前の三戦板で「織田信行が家督を継いだらどうなるか?」
というようなスレがあって、
ほとんどは「今川に潰されるだろう」というような予想だったが、
一人「歴史なんてものは一人の人間の能力で変わらない、
信行が家督ついでもちゃんと桶狭間の戦いで今川は撃破され今川義元は死ぬ」
とか言った奴がいて物笑いの種になった。
「信行桶狭間」とか言われてたな。
0092人間七七四年
2011/10/08(土) 21:00:47.73ID:amLeImFK源氏の武田が豊臣の臣下になるとも思えないが
織田傘下なら甲斐信濃くらいは持ってるだろうし武田、徳川、豊臣、柴田の争いになりそう
徳川は単独では武田と正面衝突して勝てるとも思えない
0093人間七七四年
2011/10/08(土) 21:05:10.05ID:NzdVqAwTだから求心力のない勝頼使う理由は?
後上杉は信濃総取りは狙わないと思うよ
北陸織田軍(柴田軍)は全然崩壊してないのに、更に徳川まで敵に回すことになるし
0094人間七七四年
2011/10/08(土) 21:14:19.06ID:NzdVqAwT0096人間七七四年
2011/10/08(土) 21:31:37.04ID:jf9R659S0097人間七七四年
2011/10/08(土) 21:44:10.84ID:9bCSNH3Yやはり信玄公あっての武田だな
0098人間七七四年
2011/10/08(土) 21:56:56.62ID:9bCSNH3Y0099死
2011/10/08(土) 22:18:00.25ID:vGPndi5Kは?長篠で無策で敵に突っ込むド阿呆でしょ
とてもじゃないけど信玄と比較できんわ
0100人間七七四年
2011/10/08(土) 22:23:55.59ID:9bCSNH3Yまあちゃんとした大将のもとで戦いだけに専念すれば一番能力を発揮したタイプでしょう
0101人間七七四年
2011/10/08(土) 22:25:13.20ID:qUdp6yqK死ぬ覚悟が出来て集まった忠臣達や息子に相思相愛の幼な妻と華々しく散った勝頼公
と、
いきなり寝首を掻かれて息子の謀反かと錯乱する状態でいきなり絶望状態。従者は忠臣というよりたまたま居合わせたとばっちりの可愛そうな者達とホモ相手。
本能寺前後の格差は滅亡したよりある意味悲惨極まりなく、直系が高家として残り、準じた家臣の末裔も江戸時代に報われた武田の方がマシなんじゃないかと。
0102人間七七四年
2011/10/08(土) 22:27:42.82ID:9bCSNH3Yあいつはその絶頂期に討ち取られるという大チョンボやらかした無能だ
0103人間七七四年
2011/10/08(土) 22:28:42.24ID:qUdp6yqK未だにこんな無知な奴居るんだな
0104死
2011/10/08(土) 22:30:12.21ID:vGPndi5K清正のが智謀あるか
真田雪村より遥かに下だと思う
毛利勝永よりも劣るだろうね
そうだな〜森武蔵くらいの武将じゃないのか
滝川一益や柴田権六よりも格下だろうな
0105人間七七四年
2011/10/08(土) 22:43:29.25ID:9bCSNH3Y0106人間七七四年
2011/10/08(土) 22:45:56.64ID:ce8SBhO0武勇一辺倒ではない。
0107人間七七四年
2011/10/08(土) 22:50:34.61ID:NzdVqAwT意味がわからんが木曽なんかは人質が勝頼にいたのにそれを見捨ててまで織田に味方した訳で
少なくとも勝頼の人望はあの段階でそこまで堕ちてた
更にその木曽に惨敗して地の底まで行った訳だが
0108人間七七四年
2011/10/08(土) 22:56:57.66ID:9bCSNH3Yなまじ自分の武勇に絶対の自信があるぶん部下の意見を聞くとかそういう
大将の器量が足りなかったような
0110人間七七四年
2011/10/08(土) 23:22:48.67ID:AxQBe/wX大名としては北条氏政以下なんだから
0111人間七七四年
2011/10/08(土) 23:25:10.54ID:QeTDChLF0112人間七七四年
2011/10/08(土) 23:48:31.92ID:jf9R659S長篠ではそれほどの死者は出なかった
その証拠に長篠のあとでも武田信豊が2万の軍勢を動員してるからな
0113人間七七四年
2011/10/09(日) 00:13:24.99ID:hDBPmzx30114人間七七四年
2011/10/09(日) 00:24:52.14ID:YaoFfZ/n0115人間七七四年
2011/10/09(日) 03:20:28.83ID:f1ru7MuB長篠では実はそれほどの敗けではなかった
山県とかいっぱい死んだから大敗北っぽくおもわれてるけど、実はあれ山県らの自爆死ね
勝頼政権下での自分たちの居場所のなさと、年齢を考えて先もないから信玄の後追いしたのよ
0116人間七七四年
2011/10/09(日) 03:46:37.71ID:SB7OhFSY出来れば穴山も死んで欲しかった
勝頼の新体制を確固たるものにするために新しい人材を優遇する必要があった
0117人間七七四年
2011/10/09(日) 03:49:47.57ID:SB7OhFSYこれを見てもわかるとおり勝頼はよく頑張ったよ
0118人間七七四年
2011/10/09(日) 07:20:39.85ID:kWXiuvcgどんな城でも一つ落とすのにも相当大変なんだしさ。
0119人間七七四年
2011/10/09(日) 07:21:21.34ID:3KLFFiSh武田家みたいなしょっちゅう当主の引き摺り下ろしが起こる家で
バランスを取る能力にはかけてたんだろうなあ
はじめも悪いし仕方ない部分もあるんだろう。
0120死
2011/10/09(日) 08:47:12.34ID:aidXqJZw壊滅的な敗北したのは間違いないだろう
0121人間七七四年
2011/10/09(日) 09:19:12.55ID:r07zyxWn武田には失敗から学び体勢を立て直すだけの時間が残されていなかっただけ。
勝頼公は素質は十分だったから生きながらえてさえいれば家康を破って天下を取っていた。
0122人間七七四年
2011/10/09(日) 09:33:45.92ID:Eu5rWhou当時の首都圏と山ばかりの国だから人口、GNPなど桁が違ってたかも
そもそも桁違いの大国に正面から戦いを挑むのが大失敗
もっともっとうまいこと狡猾に立ちまわるべきだった
源氏のプライドが、いやレイプされて生まれた子という劣等感が勝頼を突き動かして
いたのだろうか・・・
0123人間七七四年
2011/10/09(日) 09:48:28.22ID:YaoFfZ/n織田が滅びるのは自明の理だった あとEu5rWhouもレイプで生まれた子ゆえの劣等感から
>>122のようなレスをしてしまったのだろうか・・・
0126人間七七四年
2011/10/09(日) 21:31:40.09ID:SVTR0YIkなかったのなら勝頼の意思はどうあれ重臣達の総意で決めたことになるよね
0127人間七七四年
2011/10/09(日) 21:34:36.75ID:hDBPmzx3単にその国力差がわかんなかっただけだよ
豊臣に挑んだ北条氏政と同じ
侍大将としては氏政以上
経営者としては氏政以下
勝頼なんてその程度、信玄の10分の1にも満たないガキ
0128人間七七四年
2011/10/09(日) 22:31:09.24ID:r07zyxWn0129人間七七四年
2011/10/09(日) 22:43:04.58ID:hDBPmzx30131人間七七四年
2011/10/09(日) 22:52:43.31ID:r07zyxWn誰が負けだって?凡夫君
お前ごときが上から目線で何様だって思ったからレスしてやっただけだよ
笑わせんなw
0132人間七七四年
2011/10/09(日) 23:15:30.59ID:1S7TWVXc0133人間七七四年
2011/10/10(月) 00:06:32.95ID:idmMYvPT朝倉浅井三好などが粉砕されて包囲網が崩壊した時点で方針転換すべきだった
最低でも長篠で大敗した時点でやるべきだったと思う
宇喜多のように空気読めていれば自分を高く売ることも出来たはず
0134人間七七四年
2011/10/10(月) 00:12:13.32ID:3sVAUIFR割りとコンパクトだから出来たのかもしれない 勝頼は100万石超えてたし、家臣団もたくさんいた
ある程度大きくなってしまうと急にどこかの勢力の家来になりますって出来ないのだろう
その点家康はずっとどこかの勢力の家来だったから、小牧長久手のあと秀吉には勝てねーと
思ったらすぐに家来になれた このようなことは勝頼には無理だろう
いや、能力がどうのこうのじゃなくて、あの信玄の後を継いだものとしてはどうしても無理・・・
0135人間七七四年
2011/10/10(月) 00:17:22.32ID:bINmE8ex信長のような執念深い卑怯者に屈服とかそれこそ自殺行為
謙信や毛利、本願寺と組んで戦ってたんだから状況判断としては間違ってない
謙信が便所で死んだのが悪いw
最初っから甥の景勝を跡目に決めとかないし本当こいつは疫病神
0136人間七七四年
2011/10/10(月) 00:41:05.35ID:vR78fGeS許してもらえるわけないのにね
やっぱり勝頼なんてその程度、信玄の10分の1にも満たないガキ
0137人間七七四年
2011/10/10(月) 00:56:44.21ID:bINmE8ex0138人間七七四年
2011/10/10(月) 01:42:58.37ID:8zTMutCw勝てる戦しかしない時点で負け組
信長みたいに負けても何度でも戦いに挑むぐらいでないと添加は取れない
0140人間七七四年
2011/10/10(月) 03:04:35.50ID:8zTMutCw何度でも戦いに挑んで物流作戦で数で意押し切るのが一番強い
負けない戦しかしないのは保守的で結局天下なんか無理
0141死
2011/10/10(月) 04:30:54.07ID:17HZZB2xこれで勝頼の無能さが分かるね、
外交でも織田・徳川・に加え、北条まで敵に回すし
ド下手くそ、サッカー選手に例えたらまっすぐにしか走れない岡野みたいな奴だったんじゃないの
足は飛び切り早いけど、それ以外全然ダメと
0142人間七七四年
2011/10/10(月) 06:06:30.16ID:6Oy0DQme0143人間七七四年
2011/10/10(月) 07:10:53.72ID:5IAVYHn7謙信は気まぐれだからなぁ…基本的に強い方にはつかない感じにも見えるけど
0144人間七七四年
2011/10/10(月) 09:17:49.70ID:bINmE8ex奴のほうが失点も数知れずだったのに補充が利いたから致命傷にならなかっただけだろ。
0145人間七七四年
2011/10/10(月) 11:02:26.82ID:uIrViqmqステレオタイプのイメージと能力数値が刷り込まれてて、頑なに考えを改めようとしないんだから。
0147人間七七四年
2011/10/10(月) 14:22:55.10ID:GR0cYK3eそれに気づいたから穴山はさっさとバックレた
もちろん表面的には勝頼も穴山も信頼しているフリをしていた。が、腹のなかではお互い隙を伺っていた
なぜ武田が不利な状況で突撃したか
実は敵は織田ではなく、信玄だった
0148人間七七四年
2011/10/10(月) 17:26:34.16ID:5IAVYHn7それを軽視するのは自己理論に陶酔してるとしか見られんのだけど
後、極論いうのも馬鹿の証拠な
それ以前に何で信長に絡めるんだろうねこのアホは
勝頼と信玄を比較するスレなのにメインが信長の叩きとか馬鹿でしかないだろ
0149人間七七四年
2011/10/10(月) 17:28:11.72ID:mFxIWJUe0152人間七七四年
2011/10/10(月) 18:32:27.62ID:f+TwCjvQ武将が優秀とかいうレベルを超えた国力差
0153人間七七四年
2011/10/10(月) 19:08:11.50ID:uIrViqmq結果は大事だよね
光秀は名将だわw
0154人間七七四年
2011/10/10(月) 19:13:51.03ID:r2Z19yIoその人達の他にも、真田昌輝、信綱、土屋昌次とか、
大功ある有能な家臣も失ってるし、それはないのでは?
仮にそうだとして、その後の展開ってどうなると思う?
0155人間七七四年
2011/10/10(月) 21:35:55.25ID:mDvj4DhI0157人間七七四年
2011/10/10(月) 22:34:34.29ID:+2pDUYSX何も成果あげてないしねw
真田昌幸は優秀だったのは認めるがこの二人が優秀というのはソースがないw
0158人間七七四年
2011/10/10(月) 22:36:55.98ID:BGDX2jJG0159人間七七四年
2011/10/10(月) 23:03:44.76ID:vR78fGeS昌幸だって兄2人死ななければ活躍の場があったかどうか
昌幸を使いこなせない勝頼は無能で決まりだけどね
0160人間七七四年
2011/10/10(月) 23:13:10.69ID:r2Z19yIo裏切りもの?信玄の代からの功臣なのでは。
信綱は川中島にも参加してるし、
その後は兄弟ともに父の幸隆と信濃先方衆として転戦してるし功績はあった。
将来有望な若い人材をわざと死なせるような事はあり得ないと思う。
0162人間七七四年
2011/10/10(月) 23:23:25.30ID:mFxIWJUe0164人間七七四年
2011/10/10(月) 23:28:58.50ID:BGDX2jJG二人が生きてたらどうなったかわからんよ
0165人間七七四年
2011/10/11(火) 00:16:44.98ID:FbQqtnFN徳川領土を長篠以降削れなくなった
0166人間七七四年
2011/10/11(火) 00:18:54.66ID:FbQqtnFN0167人間七七四年
2011/10/11(火) 00:50:27.29ID:gwWE0WDG0168人間七七四年
2011/10/11(火) 00:58:51.16ID:jAU3wkfo0169人間七七四年
2011/10/11(火) 08:33:30.61ID:Ef/GINFx0170人間七七四年
2011/10/11(火) 14:59:11.30ID:PxcnIdNC非常に優秀な武田兵だったが長篠で大量に失うと簡単には回復できなかった
軍事面だけじゃなく、内政面でも大きな影響がでたようだ
0171人間七七四年
2011/10/11(火) 18:55:37.14ID:XoOhUC8z0172人間七七四年
2011/10/11(火) 21:30:34.38ID:J/Z2QN3j信玄相手に土下座して、勝頼破ったのを超大喜びして喜んでた信長だから
話題に出るのは当然だろう?
まさか、お前みたいな織田厨が好きなだけ捏造妄想で武田叩いておきながら、
織田の無様さがさらされないとか虫のいい話考えてたわけじゃないだろうなww
>>165
二俣は攻略できなかったんで城主と兵の命を全員助命を条件に退去してもらったものだし、
高天神陥落は長篠から6年後の1581年ですが
0175人間七七四年
2011/10/11(火) 22:16:06.33ID:HJDLQnqn0176人間七七四年
2011/10/11(火) 22:26:07.15ID:ebZ2CNVaそういう人員配置をしたあたり、勝頼は大将の器では無かったのかな。
それとも、それを補佐する周りの武将達が悪かったのか。
0177人間七七四年
2011/10/11(火) 22:33:54.16ID:1HZwZ+iN0178人間七七四年
2011/10/11(火) 23:06:11.01ID:gYKzgy8E指をくわえて観てるだけのチキン・信長www
0179人間七七四年
2011/10/11(火) 23:15:24.31ID:YUtljllKカンナエの戦いを参考にするなら両翼包囲戦術としては間違ってないと思う
左右両翼に精強部隊(この場合は山県隊&馬場隊)を配置して敵両翼を突破して背後に回って包囲殲滅
ハンニバルの場合も中央はあまり頼りにならない弱兵のケルト兵を配置した
しかしハンニバルのときは両翼突破まで中央は持ちこたえたが勝頼のときは持ちこたえられなかっただけで
ただカンナエの戦いのときのローマ軍と違って織田徳川軍は鉄砲を多数揃えていたから両翼突破が可能だったかは大いに疑問だけど
個人的には天王寺の戦いの信長みたいに縦隊に編制して相手の薄いところに突撃するのが一番有効だったと思うが
実際信長はこれで雑賀衆鉄砲部隊を粉砕して大勝利した
鉄砲大部隊に対する対処法を知っていた信長と知らなかった勝頼の差ではないかと
0180死
2011/10/11(火) 23:33:53.84ID:UVOBs5Jgもう武田は半分死にかけてるからな
戦って大敗北(史実は)
戦わなければ、調略されて内部崩壊(斉藤家が攻略されたように)
この状況を切り抜ける手段があったかどうか
0181人間七七四年
2011/10/11(火) 23:44:01.72ID:ebZ2CNVa穴山信君は親族衆だし信頼してただろうにな。
織田勢は左右両翼に鉄砲隊を集中配備してたってのも効いてたのかも。
0182人間七七四年
2011/10/12(水) 00:34:50.54ID:m/yljxNG三方原で家康討ち取るか浜松城落とすかできてれば、信玄死んでも可能性はあったよな
浅井朝倉もまだ健在だし
0183死
2011/10/12(水) 00:38:57.35ID:F6eg4QiG家康と刺し違えるくらいの戦略練って欲しかったね
信長倒すのは無理だろう、時間がかかり過ぎる
でも家康ならやれた、三方ヶ原の後完全にやれた
信長の代わりに家康倒しとけば遠征の戦果はあったのにな
0184人間七七四年
2011/10/12(水) 01:40:11.52ID:RS6/atxD毛利、上杉、島津、伊達あたりも簡単には秀吉の家来にはなれず、けっこう
ヤバいところまで追い込まれた でも武田勝頼もお家が大事という気持ちがあれば
織田信長の傘下に入るチャンスは何度もあったと思うんだけどね・・・
0185人間七七四年
2011/10/12(水) 05:03:09.16ID:YDX8l6vI0186人間七七四年
2011/10/12(水) 05:23:32.72ID:cxPq/0hM長篠の時点じゃ別に内部工作の形跡はない
なんか1582年に内部崩壊したという結果を見て、
過去をそれにあてはめるのは無理があるだろ
あれは勝頼の外交失敗による連戦と他ならぬ長篠の損失で
疲弊が蓄積された結果なのに
>>182
長篠の時点じゃ全然その後は読めん状況だったはず
なんか無理やり結果論つける奴がいるが、現実と同じで
常に状況は流動的だったってわからんか?
>>183
ぶっちゃけ一年あれば信長は殺せた
それが達成されてたほうがメリットは大きい
0187人間七七四年
2011/10/12(水) 05:28:04.00ID:cxPq/0hM戦略的に領土確保できる状況だったから、わざわざ犠牲の出る戦いしなかっただけ
第一、その言い方だと謙信を低く見てるようだけど、
信玄に土下座しまくりの敗戦数十に及ぶ戦下手のどっかの尾張のうつけが
まさか謙信より戦で勝るとかおもってんじゃないよな?w
和睦詐欺してすら幼君に負ける尾張のうつけ相手なら謙信とは比較にならんなw
現に対等な相手の斉藤義竜相手になら信長は完敗して手も足もでずw
0188人間七七四年
2011/10/12(水) 05:31:58.75ID:9Fwh65J30189人間七七四年
2011/10/12(水) 06:10:37.86ID:fnROoD+g結局、力攻めなんて際どい橋は一切渡らず、自分の寿命も考えず、
アチコチに喧嘩を売っただけの迷将が武田信玄ってことだろ?
思い切って信玄が死んだ時に、信玄の遺体を持って、
信長に和平を申し込んでれば、戦国時代の動乱が少しくらいは伸びたかも
0191人間七七四年
2011/10/12(水) 07:15:55.37ID:HI44IELq長篠の信長も策の中に閉じ込められた羊の群れに見えてたまらず襲いかかった 猛将
0192人間七七四年
2011/10/12(水) 10:17:54.93ID:eERfZj9f信長は坊主に奢り強者に土下座し
信玄は坊主を恐れハゲになり強者と戦った
0193人間七七四年
2011/10/12(水) 15:26:22.03ID:nQpuxHXk長篠と御館はあまりにも痛い。
0194人間七七四年
2011/10/12(水) 16:03:19.25ID:q0602iz5政治家としてはダメダメじゃないの?
0195人間七七四年
2011/10/12(水) 16:04:36.59ID:YDX8l6vI同盟者の勝頼に援軍頼んだわけだが、勝頼からすれば北条の本軍が来ないのに武田だけで援護するってのは嫌だったろう
このとき既に北条にも舐められてた感がある
景虎側が勝てば、甲相同盟の力関係はさらに差が出る
勝頼の行動もわかる気はする
0196人間七七四年
2011/10/12(水) 16:46:43.01ID:6XXo4ZsV御館の乱なんて武田には何の利も無い相続争いでそんな事に手こずってたら織田徳川が攻めてくるから
和平を取り持って引き上げたのはあながち間違った判断ではない。
北条が手切れをして徳川と手を結んだのは口実に過ぎない。
0197人間七七四年
2011/10/12(水) 17:38:24.08ID:krMDAYmfその二つをなんとかこなしたら関ヶ原まで名前残ってたろうな
0198人間七七四年
2011/10/12(水) 17:43:31.50ID:JMxr3UWh長篠に関していえば中央隊を任せられた親族衆の信廉、穴山信君が
何もしないうちに撤退したせいで戦線が崩壊してるし、
勝頼のせいだけとは言えまい。左翼に居た信豊も速攻で逃げたようだし。
信玄が勝頼体制になった後の武田家のことを考えて調整してなかったってのがなあ。
大体、信勝が継ぐまでの後見人ってなんだよ。そういう事してるから
纏まらなかったんじゃないのかな。
0199人間七七四年
2011/10/12(水) 17:55:09.64ID:HI44IELq0200人間七七四年
2011/10/12(水) 20:54:53.30ID:JMxr3UWh名将というのは、この場合やっぱ武田家の当主として。
という意味でスレを立てたんだろうけど、信玄以上って事はないかな。
ただ政治家として駄目って程でもない。
信玄没後の状況があまりに厳しすぎたってのが真相なのでは。
0201人間七七四年
2011/10/12(水) 21:40:41.76ID:YDX8l6vI自分亡き後の武田家をどう考えていたのか・・
あれだけ領国経営に力入れた人とは思えない
0202人間七七四年
2011/10/12(水) 22:36:28.99ID:2PUOrrTw信玄死後の武田家書状はほとんどが信勝名義になってる
0203人間七七四年
2011/10/12(水) 23:08:11.98ID:fvRCqruW評価されず、御親類衆からは血縁上は俺達と同格かそれ以下としか看做されていなかったんだろうね。
長篠城陥落間際に織田徳川の大軍を前にして結局群議で意見が纏まらず、各自勝手な行動をして結果甚大な被害を受けてしまったのが真相かと。
0204人間七七四年
2011/10/12(水) 23:33:08.88ID:kHw9Zp5l最後の最後であぼんしちゃってる北条が一番のネタキャラだよな
0205人間七七四年
2011/10/12(水) 23:36:43.70ID:JMxr3UWh出来なかったという事なのかもしれんが、単純にそうも言えない事情があるしなあ。
やはり、信玄がもうちょい考えていてくれれば、、
0206人間七七四年
2011/10/12(水) 23:41:58.25ID:kHw9Zp5l上杉みたいな危機一髪で生き残ったって例があったかもしれないと思う
0207人間七七四年
2011/10/13(木) 00:47:47.82ID:S5iL+MLHかりに牢概だったとしても、1、2年は生きれると思ってたんだろ
逆にあと 僅かの命だから何とか上洛して天下とりたかったのかもね
つまり自分はもうすぐ死ぬから死ぬ前に自分がここまでにした武田を自分の夢に使いたかった
だから死んだあとのことなんて知らんがなっ て感じじゃないか
父親追い出し、妹の娘をレイプして逆らった3000人の首を城壁に並べる狂人の考えなんてそんなものだろ
時代が時代なら英雄どころか超危険人物だ
0208人間七七四年
2011/10/13(木) 00:56:37.16ID:vcAcmGGS後のことなんも考えてないんだよな
家中が混乱するのも無理ない。
癌だったみたいだから死期を悟っての出兵かと思ったが
そうでもなかったのかなあ。
0209人間七七四年
2011/10/13(木) 01:11:28.68ID:cjFd2xsE北条家みたく、勝頼名義の安堵状とかも出てるよね
信長包囲網に関わらなければ、上手く引き継げたんじゃないかなとも思ったり
0210人間七七四年
2011/10/13(木) 01:39:00.73ID:S0Aq1V9bお前が武田アンチのクズだって事はよく分かったが間違いが幾つか有ったんで訂正しといてやるよ。
諏訪御料人は頼重の側室の娘だから血縁関係は無い。
お前はレイプって言葉が大好きでお里が知れるが、権力者が女を我が物にするのがレイプならこの時代みんなやってる。
側室として十分な待遇をしてるんだから批判は当たらない。
それから志賀城攻めを例に出して批判してるけど、合戦で討ち取った兵士の首を並べて威嚇したら狂人扱いなら、敵方の老若男女の区別無く大虐殺した信長はどうなるんだろうな。
0211人間七七四年
2011/10/13(木) 02:46:42.57ID:a6SFBNcD信勝って信長の子供のあれか
たしか小説出てたな
信勝が東軍と西軍の間にいて領土を広げていったやつが
0212人間七七四年
2011/10/13(木) 06:39:31.57ID:GV9kQmQrどうやったらそんな解釈になるんだかww
同格の斉藤義竜に手も足もでず、完敗しまくりで
幼君になってからもさえも負けまくりの信長が
同格以上の強敵と戦って領土を広げた信玄の何を語るんだかw
力攻めだかなんだかしらんが、それでさえ、信長はまけまくりだろうがww
対等相手にはろくに勝てず、領土もとれなかったくせに何をいってんだかw
挙句の果てに信玄謙信の西上でパニックw
これでよくそんなご都合主義に解釈できるもんだなww
>>195
ふつうにその後で北条は動いてるんだけどな
それで勝頼は景勝に味方したらそりゃ怒るだろ
>>202
まあ、例によって書状例よろしく
結局前のスレでも勝頼書状ばっかだったって事で
信勝書状全然出せずに逃亡したお前が何いってんだかw
>>208
普通に考えてるだろ
勝頼は信玄生存時から普通に武田家の継承者として政務代行とかしてる
>>209
というか、書状で見れば勝頼がはっきりと家督を継承したことを宣言していて
勝頼時代の当主書状は勝頼名義ばっか
>>202みたいな妄想万歳の腐れゴミニート織田厨が捏造して大恥かいて逃亡してるだけw
>>211
勝頼の息子の信勝だろ
0213配信
2011/10/13(木) 07:11:59.17ID:jq2t0dop勝頼が景勝と景虎の仲を取り持とうとしたのでなく一方的に味方したってのはいつ頃からなの?
0214人間七七四年
2011/10/13(木) 08:45:09.51ID:KIdjEsQk随分、早起きのヒキオタだw
寿命も分からずヒキコモった姿に自分を重ねたんだろうが、
所詮は当時の都まで届かなかった暗君。
それぞれの本拠地の寂れっぷりをみれば山梨の不毛っぷりが良くわかる
0215人間七七四年
2011/10/13(木) 08:50:35.04ID:k738ycx60216人間七七四年
2011/10/13(木) 08:54:41.88ID:6E4LSzfBつか対徳川が上手くいかなかった理由は本拠地が甲斐から全く動けなかったってのが一番大きいだろ
対徳川を本気でやりたいなら駿府に移すべきだったんだと思うよ。まあ出来なかったんだろうけど
0217人間七七四年
2011/10/13(木) 08:57:38.91ID:k738ycx60218人間七七四年
2011/10/13(木) 08:57:46.04ID:6E4LSzfB0219人間七七四年
2011/10/13(木) 09:00:32.19ID:6E4LSzfB君主権が弱いなら謀反なんか起こさんでも主君を操るとか出来るんだから
0220人間七七四年
2011/10/13(木) 09:01:27.91ID:k738ycx60221人間七七四年
2011/10/13(木) 09:04:05.20ID:k738ycx60222人間七七四年
2011/10/13(木) 09:04:44.06ID:6E4LSzfB織田も家中統制には問題ない訳じゃないけどこの状況の武田よりは大分マシだと思うよ
0223人間七七四年
2011/10/13(木) 09:06:09.40ID:k738ycx60224人間七七四年
2011/10/13(木) 09:07:03.27ID:6E4LSzfB0225人間七七四年
2011/10/13(木) 09:08:08.85ID:k738ycx60226人間七七四年
2011/10/13(木) 09:10:19.14ID:6E4LSzfB0227人間七七四年
2011/10/13(木) 09:12:09.02ID:k738ycx6逃亡先のホテルでジリジリ焼かれた変死体信長
0228人間七七四年
2011/10/13(木) 09:16:44.71ID:6E4LSzfBむしろ信濃で上杉と戦う時も、遠江で徳川と戦う時もずっと本拠地甲府の武田の方がおかしい
臆病以前に糞めんどいだろこれ
0229人間七七四年
2011/10/13(木) 09:23:59.14ID:mF3ABIP/0230人間七七四年
2011/10/13(木) 09:26:31.83ID:6E4LSzfB0231人間七七四年
2011/10/13(木) 09:30:20.42ID:6E4LSzfB0232人間七七四年
2011/10/13(木) 09:35:11.56ID:mF3ABIP/0233人間七七四年
2011/10/13(木) 09:37:21.84ID:6E4LSzfB0234人間七七四年
2011/10/13(木) 09:39:53.89ID:6E4LSzfB0235人間七七四年
2011/10/13(木) 09:40:12.06ID:mF3ABIP/人は石垣 人は堀 情けは味方 仇は敵なり
0236人間七七四年
2011/10/13(木) 09:47:03.65ID:FAdSYXZe0237人間七七四年
2011/10/13(木) 09:54:57.66ID:mF3ABIP/上野にまで領土を広げた分高天神がお留守になっただけのこと
本拠地は関係ない
0238人間七七四年
2011/10/13(木) 10:01:20.00ID:FAdSYXZeじゃなきゃ遠江が攻められてるのにそこ空にして上野攻めてる勝頼が救いがたいアホという事になる
0239人間七七四年
2011/10/13(木) 10:03:09.54ID:FAdSYXZe本拠地を甲府なんかに置いて上野攻めなんかやってる時点で武田のどっちつかずっぷりがよくわかる
0240人間七七四年
2011/10/13(木) 10:07:02.67ID:FAdSYXZeだけの事じゃないだろこれ
0241人間七七四年
2011/10/13(木) 10:07:46.62ID:mF3ABIP/0242人間七七四年
2011/10/13(木) 10:08:00.34ID:xfHoyFsa施政方針演説ってかんじだ
勝頼も徳川との戦いに集中するなら駿府に居城を移したほうがよかったかも
0243人間七七四年
2011/10/13(木) 10:09:41.79ID:mF3ABIP/0244人間七七四年
2011/10/13(木) 10:10:05.51ID:FAdSYXZeつか本能寺だとしても京都なんだからどう見ても毛利だろうに
地理もわからないのか武田厨は…
0245人間七七四年
2011/10/13(木) 10:11:07.26ID:mF3ABIP/論理破綻してる
0246人間七七四年
2011/10/13(木) 10:13:00.89ID:FAdSYXZe0247人間七七四年
2011/10/13(木) 10:13:06.38ID:mF3ABIP/高天神落城のせいで滅びたとか信長のプロパガンダですから
0248人間七七四年
2011/10/13(木) 10:17:34.90ID:FAdSYXZeつか北条と敵対するならせめて徳川あたりとは仲良くしとかないと
一方に集中してもう一方に領土掠め取られてるなら何の意味もないじゃん。
北条は武田領土に興味はないが(関東思考なので)徳川は興味ありありなんだから
どっちを優先すべきかは自明だろ
0249人間七七四年
2011/10/13(木) 10:20:37.57ID:FAdSYXZeなんでわざわざ手を切ったの?
0250人間七七四年
2011/10/13(木) 10:25:57.08ID:mF3ABIP/0251人間七七四年
2011/10/13(木) 10:29:50.22ID:FAdSYXZeそもそも甲府にいる以上徳川攻めを完璧にやるのは無理だ
徳川は武田軍がくれば即効撤退、武田が仕方なく甲府に戻ったら即効で出撃をしていればいいだけの話だし
0252人間七七四年
2011/10/13(木) 10:33:13.05ID:EXo7NyVi最後は朝倉や大内と似ている
0253人間七七四年
2011/10/13(木) 10:36:32.69ID:FAdSYXZe実際に新府城とか作ろうとしたしな。
結局君主権が弱いままだったから好きなように出来なかっただけでしょ
0254人間七七四年
2011/10/13(木) 10:39:39.64ID:FAdSYXZeだからこそ井伊みたいな遠江出身の豪族を家臣団筆頭に出来たわけで
0255人間七七四年
2011/10/13(木) 12:40:10.76ID:Oe7PwqKo0256人間七七四年
2011/10/13(木) 13:22:57.52ID:a6SFBNcD0257人間七七四年
2011/10/13(木) 15:44:40.74ID:cjFd2xsEまあ、本拠地変えるってのは簡単なもんじゃないよね
信長がおかしいだけ、家康もそこは真似たけどよーやったよ
レス進みすぎて飛ばした
0258人間七七四年
2011/10/13(木) 16:39:48.69ID:FAdSYXZe浜松から一歩も動かなかったわけで
それだけの覚悟を見せてる大名と一回一回遠い甲斐まで戻っていくような大名
遠江の豪族勢からすればどっちが信頼に値するかってことだね
0259人間七七四年
2011/10/13(木) 16:40:56.43ID:mn/DTtHS本拠地本拠地言ってる信長厨は発狂すんな
0260人間七七四年
2011/10/13(木) 16:52:44.34ID:FAdSYXZe目的がさっぱりわからない
0261人間七七四年
2011/10/13(木) 16:58:38.70ID:FAdSYXZe清洲→小牧 美濃進出
尾張→美濃岐阜 上洛
岐阜→安土 近畿圏防衛
徳川
三河岡崎→遠江浜松 遠江の死守
遠江浜松→駿河駿府 北条への折衝ないしは北条攻め先陣
ちゃんとそういう目的があるわけだが
武田は東海道上洛を目指すならせめて本拠地駿府に置くべきだったろうし
上野攻めたいならなんで徳川と敵対したの?って話になる
0262人間七七四年
2011/10/13(木) 17:12:42.01ID:FAdSYXZeそれでも出来なかった理由として武田は君主権が弱かったんじゃないかっていう話
信玄なんかは家臣から担ぎ上げられたようなもんだしな。難しかったろう
0263人間七七四年
2011/10/13(木) 17:20:32.81ID:3TpQXiiL御館の乱が起きたのも痛かった。
謙信亡き後だったし、景虎支持で北条との連携を強めるべきだったのかな。
0264人間七七四年
2011/10/13(木) 17:44:29.56ID:iSuiKCvx所詮は山賊の頭領、としか思えないんだよねぇ
戦略眼が全くないとしか思えないような喧嘩の売りようしてるし
武田と上杉はホンマ戦略的に意味不明
戦術的には単純明快だけど
0265人間七七四年
2011/10/13(木) 17:59:01.73ID:vcAcmGGS上野固めたほうが武田にとってよかったようにおもうんだがなあ
0266人間七七四年
2011/10/13(木) 18:07:27.85ID:mn/DTtHS家臣に力を与えすぎて滅びたうつけは所詮尾張の糞味噌でしかない
0267人間七七四年
2011/10/13(木) 18:09:40.78ID:mn/DTtHS武田とだけ戦えばよかった地の利があっただけ 本能寺があと数ヶ月早ければ
滅びていたのは徳川だろ
0268人間七七四年
2011/10/13(木) 18:23:40.70ID:HGaEDWf4同罪だわな
0269人間七七四年
2011/10/13(木) 18:57:14.21ID:6E4LSzfB織田がどういう理由で滅びようが武田には関係ないだろ
0270人間七七四年
2011/10/13(木) 19:04:33.53ID:6E4LSzfB更に言えば徳川にとって高天神落とされるのは厳しい状況なのにそれでも浜松から逃げなかったから遠江の豪族からの信頼を落とさなかった
上野攻めてたから間に合いませんでしたみたいな武田と一緒には出来ねえよ
0271人間七七四年
2011/10/13(木) 19:13:08.08ID:6E4LSzfB最初っから織田と徳川が同盟組めてたとでも言うの?
0272人間七七四年
2011/10/13(木) 19:17:50.08ID:6E4LSzfBむしろ家臣を縛り付けすぎたが故の乾坤一擲の謀反だろ
0273人間七七四年
2011/10/13(木) 19:25:25.15ID:myNz4kIi普通に考えれば、徳川の後ろの織田が敵だったら
徳川も岡崎なり浜松なりを見殺しにする羽目になってたろうな
てか、遠江でも三河でも武田の侵攻で徳川が何度救援できなかった事があるとおもってるんだか
浜松でカタツムリしてるだけで信頼がおちないわけないだろ
高天神が武田に攻略されたときも、どうせ助けてもらえない、という判断があっての降伏だったし、
高天神攻略されたときの徳川はパニックで
長篠直前じゃ「今度駄目だったら織田やめて武田に寝返ろう」とか言い出してる有様
結果論だけでどんだけ飛躍した妄想してやがんのかと笑い話にもなりゃしないわ
当時の国力比でいえば北条>>>徳川なんだから
武田がそっちに主力割くのは当たり前だろうが
周囲敵だらけ?ああ、確かに織田は自業自得だよな
0274人間七七四年
2011/10/13(木) 19:26:22.83ID:myNz4kIi史実でもろくに領国に指示ださず丸投げ統治で
部下の武将の軍役人数すらろくに示せなかった織田が?
冗談やめとけよ
0275人間七七四年
2011/10/13(木) 19:28:59.51ID:6E4LSzfB北条に主力割かれてるからその間に徳川に領土掠め取られても仕方ないよねとかどんなアレだよ
0276人間七七四年
2011/10/13(木) 19:32:06.85ID:myNz4kIi6時台が早起きとかww
さすがはニートだけあってワロスw
ニートのお前はとっくに社会人の通常始業時間過ぎてる8時45分前後が普通の起床時間なんですね、わかりますww
甲斐周辺に円周上に120万石以上の領土を拡大したのが引きこもりとかww
斉藤義竜が生きてれば一生尾張で終了で、結局本能寺で家ごと崩壊した姿にまぶしさでも感じてる破滅主義者のようだが、
都いって悪評ばらまいて、孫までとばっちり与えてちゃどうしようもないよなww
0277人間七七四年
2011/10/13(木) 19:32:38.71ID:HGaEDWf40278人間七七四年
2011/10/13(木) 19:33:02.11ID:6E4LSzfB信長の君主権が弱いならそもそも光秀みたいなのがあそこまで出世出来るわけがない
ましてや譜代の佐久間追放した後の後釜になんざな
0280人間七七四年
2011/10/13(木) 19:35:00.21ID:HGaEDWf40281人間七七四年
2011/10/13(木) 19:36:06.36ID:myNz4kIiああ、ろくに指示も出来ないのに君主権強いんですか
それじゃあ細かく領土に指示出したり、農民の子や下級武士を重臣に取り立てた武田は君主権鬼強だな
めでたしめでたし
0282人間七七四年
2011/10/13(木) 19:37:17.83ID:6E4LSzfB上手く織田を凌げても北条の下僕にならざるを得なくなる
0283人間七七四年
2011/10/13(木) 19:38:54.12ID:HGaEDWf40284人間七七四年
2011/10/13(木) 19:38:58.57ID:myNz4kIi上杉景虎の後ろ盾に山之内上杉憲政がいたことや、
上杉家臣が結構な数で周り固めてることからして
そう簡単に上杉景虎が北条の傀儡になるとは考えにくいが
0285人間七七四年
2011/10/13(木) 19:41:27.70ID:6E4LSzfB0287人間七七四年
2011/10/13(木) 19:45:01.14ID:myNz4kIiそれいったら明智なんかもともと美濃の名門の出身で
幕府将軍家や奉公衆とのつながりすらもっていた男だろうが
百姓出身の香坂や、下級武士出身の教来石よりもよっぽど重臣になれる理由があるな
0288人間七七四年
2011/10/13(木) 19:45:54.84ID:3+2Vvze20290人間七七四年
2011/10/13(木) 19:47:53.45ID:vcAcmGGS0291人間七七四年
2011/10/13(木) 19:48:20.45ID:3+2Vvze20292人間七七四年
2011/10/13(木) 19:50:18.85ID:myNz4kIi徳川は駿府に本拠を移したのは晩年だぞ
隠居した家康個人の趣味
織田が移動した場所はどこを見ても、領国の中心地点という、どこの大名家でも当たり前の立地
武田の場合は甲府が5カ国にまたがる領国の中心点だから動く必要がないだけ
勝頼時代に上野のほうに傾いた結果、新たな中心点として新府が築城された
てか、もともと甲府自体が信虎の時代に移転されたもんだしな
0293人間七七四年
2011/10/13(木) 19:56:44.00ID:6E4LSzfB後武田が現状維持だったり上野攻めるだけなら甲府のままで良かったろうが徳川攻めるなら甲府のままじゃ不便だろって事
結局どっち付かずって事だろ
後信虎を追放した家臣達に担ぎ上げられた信玄に信虎と同じ事は出来なかったという話だろ
0294人間七七四年
2011/10/13(木) 20:01:58.49ID:6E4LSzfBただ景虎が勝った場合分割の混乱納めるのに北条が出てくる可能性は高い訳で
0295人間七七四年
2011/10/13(木) 20:03:52.03ID:3+2Vvze20296人間七七四年
2011/10/13(木) 20:05:44.74ID:3+2Vvze20297人間七七四年
2011/10/13(木) 20:07:30.14ID:6E4LSzfB直接対決では負けてないのに領土だけジリジリと奪い返されるとかよっぽどアレだわ
0298人間七七四年
2011/10/13(木) 20:11:16.19ID:3+2Vvze20299人間七七四年
2011/10/13(木) 20:14:51.76ID:6E4LSzfB少なくとも三河からは完全撤退だし(あとついでに美濃からも)
更に二俣や高天神も少しずつ奪い返される訳で(しかも徳川単体に)
0300人間七七四年
2011/10/13(木) 20:18:17.35ID:3+2Vvze2徳川のようにジリジリと匍匐前進しくる奴など上野平定がすんだら征伐されてるだろ
0301人間七七四年
2011/10/13(木) 20:21:33.66ID:6E4LSzfB上野攻めてるから遠江は奪われても仕方ないねじゃすまないだろ
0302人間七七四年
2011/10/13(木) 20:23:09.80ID:3+2Vvze20303人間七七四年
2011/10/13(木) 20:26:35.48ID:6E4LSzfB実際に徳川に遠江を奪われつつあったというのがアレだって話
0304人間七七四年
2011/10/13(木) 20:27:43.06ID:sdoEcLeW手強い徳川との戦いを避けて、弱い北条から勝ちを拾う必要があったのさ
0305人間七七四年
2011/10/13(木) 20:30:06.69ID:3+2Vvze20306人間七七四年
2011/10/13(木) 20:32:08.48ID:3+2Vvze20307人間七七四年
2011/10/13(木) 20:34:19.94ID:6E4LSzfB0308人間七七四年
2011/10/13(木) 20:36:39.64ID:6E4LSzfB上野を取ればすぐに征伐できるなんてのは妄想でしかない
0309人間七七四年
2011/10/13(木) 20:37:20.28ID:jr/BMd3V0310人間七七四年
2011/10/13(木) 20:38:30.74ID:6E4LSzfB0311人間七七四年
2011/10/13(木) 20:39:32.82ID:jr/BMd3V0312人間七七四年
2011/10/13(木) 20:40:48.41ID:9mVORKyE0313人間七七四年
2011/10/13(木) 20:42:27.14ID:jr/BMd3V0314人間七七四年
2011/10/13(木) 20:50:13.70ID:9mVORKyE信玄みたいに逃げ回ってないでさ
0316人間七七四年
2011/10/13(木) 20:50:51.56ID:6E4LSzfB0318人間七七四年
2011/10/13(木) 20:57:49.28ID:6E4LSzfBそうなりゃ佐竹なんかの反北条勢力に加えて徳川の援軍も見込めるし
どうしても織田と戦いたいなら北条を屈服させて関東を手に入れてからの方が見込みはあったかも
0319人間七七四年
2011/10/13(木) 20:59:46.88ID:jr/BMd3Vその後は浜松でも焼いてやればいい
0320人間七七四年
2011/10/13(木) 21:13:21.42ID:sdoEcLeW御館までは北条と組んでたけどあの有様
勝頼的に対徳川戦は北条との同盟維持の理由にならないんじゃないかな
0321人間七七四年
2011/10/13(木) 21:19:13.64ID:9mVORKyE0322人間七七四年
2011/10/13(木) 21:20:45.88ID:a6SFBNcD0323人間七七四年
2011/10/13(木) 21:25:53.28ID:sdoEcLeW有益と思ってるのは>>321だけかもしれないし
0325人間七七四年
2011/10/13(木) 22:22:01.90ID:fIKa6+lh0326人間七七四年
2011/10/13(木) 22:34:22.63ID:9mVORKyE0327人間七七四年
2011/10/13(木) 23:02:04.94ID:3TpQXiiL穴山信君、武田信廉を信用してたのが運の尽き。
お陰で大事な人材を多く失う羽目になった。
信玄は遺言で、勝頼に謙信を頼れとかじゃなくて、
そういう一門衆に勝頼を支えろとか頼めば良かったのに。
0328人間七七四年
2011/10/14(金) 01:36:23.61ID:KcEohK8M氏康にしろ信長にしろ家康にしろ佐竹義重にしろ自身は身を引いて息子の後見となり権力の安定に尽力した
晩年の信玄は明らかに老害と言える
0329人間七七四年
2011/10/14(金) 01:45:07.56ID:r+ZmlWhGその両名って別に戦線が膠着したときに離れた
奸臣だったわけじゃないしな・・・
少なくとも82年までは共闘してたわけなんだけどな
0330人間七七四年
2011/10/14(金) 10:53:55.55ID:YYFTNXDs知れば知るほど信玄そんなに強いか?って気がしてくる
代々重臣が幅効かせてるし、戦上手な相手には負け続けてるし、後継ぎに関しても問題を取り除けなかった
なんか軍法を変える前の徳川に地をつけた一点で過大に持ち上げられてそう
0332人間七七四年
2011/10/14(金) 13:06:18.33ID:N0MOzOe00333人間七七四年
2011/10/14(金) 14:53:16.01ID:JJtM3jGc0334人間七七四年
2011/10/14(金) 15:48:21.30ID:0gKRemKl浅井と朝倉を倒した辺りから急に差が開いたんじゃないか
斎藤を攻めてる10年くらいは、武田>織田+徳川 だったからな
0335人間七七四年
2011/10/14(金) 16:47:36.29ID:YYFTNXDs0336人間七七四年
2011/10/14(金) 17:40:10.22ID:r+ZmlWhG0337人間七七四年
2011/10/14(金) 19:19:14.22ID:3DijJNgc影虎ってなぜか勝頼に北信濃の割讓を要求してるんだよね。
たぶん、信濃衆の支持を取り付けるためだろう。
さて、こんな要素まであれば、いくら北条と同盟していても、
影虎を支援していくのは、武田家としても無理になってくる。
甲陽軍鑑は基本的に「武田滅亡は勝頼のせい」にしたがるし、
御館も勝頼側近が賄賂によって上杉に買収されたことにしているし、「失策」としたいのだろう。
だか、この領土割讓要求については、むしろ勝頼が影虎を見限ったことを正当化する内容。
案外、ホントに影虎は領土割讓を要求したし、そうなると勝頼も影虎を支援することは難しくなった。
そういう点も強かったんじゃないかねぇ。
0338人間七七四年
2011/10/14(金) 19:56:54.68ID:m+NMiEvF高坂弾正がその二人は腹切るべきって怒ってたじゃん。
奸臣とまでは言わないが、勝頼を盛り立てて行こうという気持ちは無かったろ。
0339人間七七四年
2011/10/14(金) 20:10:05.51ID:b6sLKe+Tつか高坂がそれだけ強気なのは長篠に出なかったからだしな
0340人間七七四年
2011/10/14(金) 20:12:42.54ID:b6sLKe+T対外戦争やってる場合じゃない
0341人間七七四年
2011/10/14(金) 20:32:59.28ID:m+NMiEvF無理に戦う必要はなかったのかもしれないけど、
勝頼としては強い当主をアピールする事で求心力を高めようとしてたのだろうか。
そして、武田の為に命を捨てて戦った家臣は死んでしまい、
勝頼の為に命は賭けられないという者達は残ったと。
ここからじゃ再起は難しいな。
0342人間七七四年
2011/10/14(金) 21:23:35.33ID:r+ZmlWhG高坂が言ったのは長篠での後続の撤退に対してだからね
前田利家みたいな離反とは次元が違うからな・・・
0343人間七七四年
2011/10/14(金) 22:21:27.40ID:Mid58O/a勝頼って武田一門というより諏訪衆って感じだからなぁ
そこは信玄さん何とかしてあげないといかんかったんじゃ
0346人間七七四年
2011/10/15(土) 02:21:16.72ID:qiyjnIzE・織田徳川連合軍がその実数を正確に掴めないようにしていた
・あの場での対陣で膠着すると補給路の長い武田のほうが不利
・長篠城を攻めていた部隊が敗北したことで退路を遮断され、本隊が包囲される危険性が出てきた
・前方に敵軍を迎えての退き陣は敵の攻勢を呼び込み大敗北に直結する可能性がある
もう前に出て連合軍を打ち破るしかないって思ったんじゃないの
父親以上の軍功、大戦果を挙げたいって欲求もあったにはせよ
0347人間七七四年
2011/10/15(土) 02:55:19.33ID:CO9Cmsw+0348人間七七四年
2011/10/15(土) 04:16:28.22ID:4fBT7H9d過度な賦役で国人層を中心に造反を招いた挙句に天目山で甲州武士の大半がみなはし
みじめな最後を遂げたことをどう感じて折るのだろうかな
0350人間七七四年
2011/10/16(日) 01:13:25.60ID:pYRn7/3Qというか信玄の死が速攻でばれたのを見ると武田の情報面の能力って最低レベルだったんじゃね?
0351人間七七四年
2011/10/16(日) 01:39:07.32ID:tauknxb+長篠城獲られた→勝頼「想定内。あんなのは(゚听)イラネ」みたいな展開だった気がするが
あれは笑うとこだろうか
0352人間七七四年
2011/10/16(日) 02:32:11.83ID:mfs7y6Gs家康が元康から義元の元を捨て家康と名乗り今川との決別を表明した事と比べると諏訪に未練があるかのようだ。
これでは諏訪を滅ぼすのに加担した武田の家臣達が勝頼を白い目で見るのも当然だろう。
いつ復讐されるか分かったもんじゃない。
おまけに無位無官だし。
100万石を超える大大名なのに無位無官、甲斐守にも任命されない。
親父が甲斐守信濃守だったのと比べると情けないにも程がある。
家康が朝廷に金を積み三河守を手に入れたように、勝頼も朝廷に金を積み甲斐守を手に入れれば良かったのに。
家康と勝頼は10年間戦い続けたライバルだったけど、一方が天下を取り、一方が滅亡した理由もこの辺にある。
0355人間七七四年
2011/10/16(日) 12:45:20.76ID:tauknxb+子が武田の通字「信」と勝頼の「勝」で名前になってるから彼が正式な後継者でしょ
まあ曖昧な形だけどね、平和な時代ならいざ知らずさ
0356人間七七四年
2011/10/16(日) 13:02:05.63ID:V9RWJfzxあちこちに工作したけど都を抑えてる信長と対立してたから邪魔されてできず、
勝頼って正式にはなんの官位も役職ももってない!
超馬の骨!ど百姓!
0358人間七七四年
2011/10/16(日) 13:03:51.58ID:erWGzail0359人間七七四年
2011/10/16(日) 13:19:30.79ID:tauknxb+そうなんだ
勝頼後継にするときって、まだ信玄と信長は仲良いよね
当時なら信長のせいで官位貰えないってことはなかったのでは
0360人間七七四年
2011/10/16(日) 13:52:58.50ID:oneCVtjG調べてみたけどわからなかったし、あまり見かけないから自称くせーけど
0361人間七七四年
2011/10/16(日) 14:01:19.99ID:fDgAJ0Jn甲陽軍艦のあの遺言の部分を信用するかしないか。ってことですな。
陣代説はやや弱い。やはり官位が買えなかったのがね。
0362人間七七四年
2011/10/16(日) 16:38:01.56ID:L6ITrY2f川中島の合戦にしてもそうだし。
0363人間七七四年
2011/10/16(日) 17:00:34.34ID:fDgAJ0Jn当時の手紙や書状なんかと照らし合わせてみていかないと。
勝頼側に厳しい内容になっとるし。
0364人間七七四年
2011/10/16(日) 19:41:35.58ID:tauknxb+「9月10日に川中島で激突」と「信繁が戦死」ぐらいしか確認できない
軍艦は武田家の運命を知ってる人が手を加えてるから、勝頼に厳しいのはごく自然だよね
0365人間七七四年
2011/10/16(日) 20:42:38.50ID:v+QZio3X家が残ったなら当時のことを記録してるだろうに
甲陽軍鑑が正しいまたは自分たちにも都合がいいと口をつぐんでいるのかな
まあ武田家も家はなくなっても家臣がごっそり生き残ってるし軍艦の記述はだいたい合ってるんだろうな
0366人間七七四年
2011/10/16(日) 20:57:05.36ID:oneCVtjG0367人間七七四年
2011/10/16(日) 22:12:42.21ID:v+QZio3X0368人間七七四年
2011/10/16(日) 23:14:16.67ID:qTGWZ7wd勝頼は少ない負け戦が致命的なダメージを受けたのが痛かった。
あと大名として必要な戦略的才能を持っていなかったのが輪をかけた悲劇となった。
長篠の戦いの負け戦の後もやりようによっては十分滅亡は避けられたと思うよ。
兄の義信が生きていたら名武将として評価された人かなと思うと切ない。
0369人間七七四年
2011/10/17(月) 00:08:24.72ID:JOJZrQd7敗戦ってのは信玄も謙信も信長も結構ある、だが彼らは致命的になる手前で踏ん張ってる
0370人間七七四年
2011/10/17(月) 00:16:17.77ID:TcmqP44x吃驚。
まさかこういう板に「陣代説」を未だに信じている輩が居るなんて・・・
ドウモン先生の事務所の方ですかー?
0371人間七七四年
2011/10/17(月) 00:19:38.54ID:+gZuYONt0372人間七七四年
2011/10/17(月) 00:26:13.15ID:MZIfvLqq0373人間七七四年
2011/10/17(月) 01:56:43.85ID:wAbgVXUWその後の滅亡を知る観点からの若干の過大評価という言い方もおかしいが
そういう色眼鏡の部分を差し引いても痛いと思うよ。
特に人材的には痛過ぎると思う。
勿論その分風通しが良くなった部分もあるだろうけど、それを上手く
活かせなかった気がする。
0374人間七七四年
2011/10/17(月) 04:46:26.36ID:JOJZrQd7あれ以降信長と戦うの避けてるし徳川単独にも苦労することになる
致命的なのは高天神陥落でしょ
0375人間七七四年
2011/10/17(月) 05:14:55.75ID:PvKFNj9c織田の援軍はいない徳川のみの軍にも
もう武田は負けると解りもう武田には往年の力はないと皆にわかり
木曾義昌や穴山信君の裏切りにつながったからなぁ
0376人間七七四年
2011/10/17(月) 09:33:23.01ID:TcmqP44x近隣各国に跡目相続の書状を出していた勝頼は
「決して陣代では無かった」のに、
未だに「陣代説を信じている人が居ることが、信じられない」ということを
書いたので、別に勝頼の力量にまで言及はしていない。
0377人間七七四年
2011/10/17(月) 11:06:44.20ID:P/7jXr8L0379人間七七四年
2011/10/17(月) 15:37:36.68ID:iPp+Yz6B「強すぎる大将」というのも、「弱い大将」よりは、
そもそも比べようもなく良い。むしろかなり良い評価だ。
しかもノウキンでもなく、性情は常に沈着冷静、とまで評している。
勝頼を非難したければ、単に「筋肉バカ」とでもしておけば良いのに、である。
武勇は比類無きほど高く、それでいて常に荒ぶることなく冷靜
これが甲陽軍鑑におけり勝頼という人物。
これって、まさに名将というイメージだ。
そして滅亡につながる個々の事象は、「佞臣」が主導してるように描かれ、
その佞臣を重用してしまったことが勝頼のダメなところとされている。
なんで甲陽軍鑑は、こんなまわりくどい方法でしか勝頼を批判しないのか。
なんで単純に「勝頼は無能」、としないのか。
0380人間七七四年
2011/10/17(月) 17:47:46.83ID:uuFALM3T0381人間七七四年
2011/10/17(月) 18:15:51.00ID:GXi6MjRH0382人間七七四年
2011/10/18(火) 00:12:21.42ID:QVSagWTS信長が家康へ高天神城の対応について自分ならこうするという内容
(深読みすれば家康への指示だろうけど)
の手紙を読んだ事があるけど、その信長の読み通りに歴史が動いていた
のに驚いた。完璧に信長は先を読んでいた。
こういう人間を敵にする勝頼は気の毒だと思った。
0383人間七七四年
2011/10/18(火) 08:26:25.50ID:whotkApN0384人間七七四年
2011/10/18(火) 10:06:49.11ID:i37FePV9信長など鼻糞
0385人間七七四年
2011/10/18(火) 10:25:48.98ID:i37FePV90386人間七七四年
2011/10/18(火) 11:09:29.85ID:AgeA6eQb本能寺を起されるあたりは、やはり信用する武将を間違えたということであるし、
自分の死後、有力家臣のほとんどが織田家を見限っているあたり、
実は武田と同じ様な末路になっている。
0387人間七七四年
2011/10/18(火) 13:03:47.57ID:+v/JN6dt何か聞きたいことありますか
0389人間七七四年
2011/10/18(火) 15:46:28.78ID:+v/JN6dt前20歳になったとき小さな寺でひらかれた親戚の集まりに呼ばれて先祖は勝頼だと言われた。
時代が時代で"武田"と名乗れなくて別の名前を名乗ったとか
寺に系譜?もみたけど何が何かわかんねー。
ま 何かの間違いだと思う。
ただ俺の入る墓はでかい
全員が何かの宗教に入ってるかも。
0391人間七七四年
2011/10/18(火) 21:06:46.56ID:QVSagWTS>>自分の死後、有力家臣のほとんどが織田家を見限っているあたり、
実は武田と同じ様な末路になっている。
戦国時代なんてそんなもんじゃない。
現代人から見たら薄情な気もするけど、当時はお家を守るのが一番大事。
主家なり主君に一生懸命使えるのもお家安泰に繋がればこそだよ。
天下を取った豊臣家でさえも大阪の陣では有力大名はほとんど味方しなかったし。
0392人間七七四年
2011/10/18(火) 22:31:12.58ID:aanO3Rbs人質とか取られてると仕方なく従わざるをえないけど、案外人質を見捨てて裏切った例は数多くある。
俺は母親だけは裏切れないぜ!
0393人間七七四年
2011/10/19(水) 00:19:32.05ID:8BW8Tcq/>先祖は勝頼
あー、笑えるw、その親戚らに聞いてごらんよ、
『龍宝って誰?」って。
で、マトモに答えられる人が居なかったら
勝頼の子孫話もしっかり眉唾だよ。
だいたい、勝頼はああいう滅亡の仕方をしたから、
「実は生き延びていた勝頼の子』逸話はほとんど「村の伝説レベル」
なので山梨県内には勝頼の子孫を自称するような家は何軒かあるかもな。
勝頼の子で生存と去就が史料的に明確なのは宮原氏室になった姫一人だけ。
明治大正になって、政府が信玄を顕彰することになり
正統な信玄末裔子孫を調べたが、
やはり正室の三条氏腹の龍宝の家系で江戸時代は高家となった武田家が
信玄の正統子孫の武田家と認めれらて現在に至る。
0394人間七七四年
2011/10/19(水) 01:14:35.31ID:oiKTq5tf0395人間七七四年
2011/10/19(水) 01:46:47.99ID:iO4LSr0M武田の滅亡というか勝頼の最後ら辺りは殊に哀れを感じる。
あの滅亡寸前の集団ヒステリーのような続々の離反、裏切りと
名家の御曹司が最後は僅かな供だけを従えて山中は彷徨うなんて
悲劇だわ。
0396人間七七四年
2011/10/19(水) 02:01:02.30ID:dtKtHBiT信じられないわ
0397人間七七四年
2011/10/19(水) 02:31:58.17ID:5lgAMSc0更に周りも敵だらけとくればチェックメイト。
俺が勝頼の家臣なら真っ先に寝返る。
0398人間七七四年
2011/10/19(水) 07:01:29.54ID:oV5RpHQL0399人間七七四年
2011/10/19(水) 08:20:34.07ID:raEeLsyk2 >>397が勝頼を裏切った
3 勝頼は人質だった>>397の家族を皆殺しにした
4 勝頼が負けた
5 信長は真っ先に勝頼を裏切った>>397を不忠者として成敗
>>397はぜんめつした
完
0400人間七七四年
2011/10/19(水) 08:35:30.95ID:oV5RpHQL0401人間七七四年
2011/10/19(水) 08:46:31.87ID:upAbrO4Wそんなに同情してもらえるとm(_ _)m
ただ、現代の平民からするとスゲェ家柄だが、当時の感覚としてはねぇ
(そもそも、甲斐源氏嫡流ったって、清和源氏の主流の河内源氏から系図を引っ張って来て甲斐の国のryだし)
実際、武田自体、小笠原だの何だのって信濃勢を切り従えてきたし。
因果応報ってやつだろ。
0402人間七七四年
2011/10/19(水) 08:52:17.39ID:oV5RpHQLましてや戦国のポッとでの馬の骨とかさ
0403人間七七四年
2011/10/19(水) 12:49:06.33ID:dtKtHBiT新羅三郎義光も草場の陰で泣いたことだろう
0404人間七七四年
2011/10/19(水) 12:54:39.43ID:n0LYD1N9と少し思った
滅亡した大名家なんてわかんないしな
0405人間七七四年
2011/10/19(水) 16:34:31.66ID:e2MQ/ZtB0406人間七七四年
2011/10/19(水) 17:22:04.85ID:eH8Oa/eB義光の嫡流は佐竹だから問題ない
武田の系譜は義光から言えば庶流だからな
>>405
要地ってのもあるんじゃないかな
木曽が裏切らなきゃ信濃進行はちょっと辛い
0407人間七七四年
2011/10/19(水) 17:56:16.52ID:dtKtHBiT↓
勝頼は人質殺して木曽討伐
↓
織田が木曽救援を名目に信濃へ侵攻
小山田のような土壇場での裏切りは信長じゃなくても気に入らんだろう
木曽は人質殺されるのも覚悟で、最初に織田側に付いたからな
これを殺しちゃあ信長の評価ガタ落ちよ、全力を持って救わなければならない
信忠の行動からそれがわかる
0408人間七七四年
2011/10/19(水) 21:23:33.12ID:cngoHg2y裏切ったなんて心外もいいところなんじゃないの。むしろ家を守るための当然の行動
甲斐国内においては武田家は有力豪族・地侍の同格筆頭みたいな位置づけで
権力基盤はそんなに強くない
それだからこそ信玄も死ぬまで自家への中央集権化に苦労する羽目になったんだし
0409人間七七四年
2011/10/19(水) 21:29:15.97ID:SSjV7Cnw仁科盛信は最後まで戦ったじゃねえか。
0410人間七七四年
2011/10/19(水) 21:57:55.48ID:YTPQYMZ1本能寺の変で明智軍に捕まってぶっ殺されたのは勝頼の怨念によるものだったのだろうか・・・
0411人間七七四年
2011/10/19(水) 22:20:32.06ID:UTILzoKl三・四ヶ月遅いってのはデカいわ
0412人間七七四年
2011/10/19(水) 22:28:08.42ID:UTILzoKl翻意があるってだけで秋に織田家と話つけてたなんてどこにもねえや
0413人間七七四年
2011/10/20(木) 01:11:38.74ID:znMOwdKS仁科は弟だしね。境遇も勝頼と似たところがあるから仲良かったのかもしれない
でもそんな仁科も見捨てた勝頼
高遠城を速攻落とした織田信忠に完敗の図だ
0414人間七七四年
2011/10/20(木) 01:38:50.23ID:MTH7mQoZ0415人間七七四年
2011/10/20(木) 01:40:23.33ID:tqvol3Gb0416人間七七四年
2011/10/20(木) 02:16:57.46ID:vq4yPNK60417人間七七四年
2011/10/20(木) 08:11:38.61ID:LPAHVC8z0419人間七七四年
2011/10/20(木) 10:18:53.51ID:Bvhcs5kO完全に偶然ってわけじゃなとは思うな。
武田滅亡後の信長の動きはちょっと緩みが見受けられるな。
まあ、本領といってよい美濃の安全が確保されたんだから
当たり前だけど。
0420人間七七四年
2011/10/20(木) 10:35:54.98ID:3WHpkI/Yほぼ同意。
勝頼、盛信贔屓だけれど、累代の家臣でもなんでもない小山田家が
武田とともに滅びる選択を避けたかった行動は良くわかる。
武門は家を滅ぼさないことが何より重要だしな。
母は信玄の姉妹・南松院、妻は信玄次女の見性院である信君が
勝頼滅ぶなら自分こそが・・・と考えたのも、
戦国乱世なのだからうなづけることだ。
>>413
別に勝頼は高遠城を見捨てたわけじゃないだろ。
人の心を推測するのは何だが、盛信とて要衝の城を任され
武田のために身を賭すつもりで闘い果てたのだろうから。
勝頼と盛信の仲は良好だった確証として
昇仙峡の奥にある金桜神社に、二人がともに奉納した能面がある。
0421人間七七四年
2011/10/20(木) 13:17:35.42ID:zsMQBVIv実は具体的に不仲だったのって、この二人だけだよね。
信豊とも仲は良好だっだと伝えられるし、
信玄の兄弟とも、特に不仲だったという事蹟は残っていない。
また小山田にしても、小山田一族がみんな勝頼を見限ったわけではなく、
小山田信茂以外の小山田氏は、勝頼と一緒に玉砕している。
むしろ信茂の裏切りはあまりにも突然で、だから信茂の本位ではなかったとも言われている。
結局、積極的に裏切ったのは、木曾と穴山だけ。
他は風見鷄だったのが実態であり、北条と上杉に対する関東衆の行動を見ればわかるように、
風見鷄は戦国時代の常識。
しかも天目山で勝頼と一緒に玉砕したのはたった50人足らず、などと
勝頼の哀れさを強調されるが、
その50人足らずって、実はみんな所領を持つ名のある武将。
そうした武将が最後まで50人近く従って一緒に玉砕したというのは、
むしろ驚嘆すべきことだったりする。
0422人間七七四年
2011/10/20(木) 13:47:02.82ID:xW99sG0Q首級にされて後、信長さんに飛び蹴り喰らわされた奴だろ
0423人間七七四年
2011/10/20(木) 14:05:35.77ID:A1VEYxn+まああの信長公のことだからもう何しても驚かないけど
0425420
2011/10/20(木) 16:44:31.11ID:3WHpkI/Y小山田家、小山田平佐衛門、弥助、掃部らは郡内小山田家の一族だが
天目山で勝頼に殉じているね。
>>424
高遠で討ち死にした小山田備中、大学の兄弟らの小山田家は
北山筋の石田を本拠とした小山田家だよ。「石田の小山田」
0426人間七七四年
2011/10/20(木) 16:54:29.56ID:znMOwdKSもちろん見捨てる気じゃなかったろう。助けたかったろう。
だが出来なかった。この場合「出来なかった」は周りからすれば「見捨てた」と同じ。
>>421
関東の国衆とはちょっと事情が違うんでないかな
武田家は信玄以来20年以上に渡って甲斐信濃を治めてきた。数々の動員にも応じてきた。
関東のように今日は上杉明日は北条という歴史ではない。
それらが織田の侵攻でほとんどが裏切る・・まあ風見鶏だとして・・のは、既に勝頼の統治に耐えられなかったからに他ない。
俺は木曽や穴山の裏切りは悪いと思っていない。勝頼の力と人望のなさが原因。
敵国と接する国衆としてはよくある行動だ
武将が沢山いたのは結構だが、兵がいなければ意味がない。戦国無双とは違う
武田家の、中央政権体制のハンパさを意味してるのではないか?
0427人間七七四年
2011/10/20(木) 17:24:34.20ID:zsMQBVIv最後に従っていたのは武将ばかりで兵がいないのは、
確かに中央集権体制のハンパさを意味してしてるのは確かだろう。
でも、この逸話は一般に、勝頼の人望の無さを強調するために語られてるので、
実は逆に家臣団からは人望があったんじゃないか?と反論するために言及してみた。
戦国時代に滅亡した勢力は多いが、
最後にこれだけの武将が運命をともにした例って、他になかなか思いつかない。
小宮山友晴のように、蟄居を命じられていながら、わざわざ死地に駆けつけるのも、
物語では良くあるが実際にはなかなか無いことだろう。
0428人間七七四年
2011/10/20(木) 19:37:11.73ID:MTH7mQoZ北条夫人が最後まで一緒に付き添った事とか、勝頼が長篠の戦いの最中に側室へ
送った手紙を読むと基本はそれなりの器量の持ち主ではあったんだとは思う。
人望が無かったわけではけどカリスマ的な力というかなそういう類のものとは
無縁の人だったのかなあとは思う。
0429人間七七四年
2011/10/20(木) 21:38:43.40ID:znMOwdKSまあ残った面子は勝頼直轄みたいなもんだから命運共にするのはそれなりにいてもいい
新府城で集めた兵は何万何千か・・
1ヶ月足らずで50人になってしまうのはやはり哀れだよ
0430人間七七四年
2011/10/20(木) 22:48:11.32ID:A1VEYxn+フツー籠城して城のなかで最後の儀式やって火ィつけて腹斬らね?
なんで難民になるんだよ・・・
0431人間七七四年
2011/10/20(木) 23:07:07.37ID:Fvri82jR最後の哀れさとか
身内に裏切られるとか
女にはもてるとか
戦には強いとか
0432人間七七四年
2011/10/21(金) 00:01:33.94ID:YcH7Wq85「信玄公が無茶やったツケを押し付けられて可哀想な勝頼公…」
みたいな。
0433人間七七四年
2011/10/21(金) 01:12:30.21ID:p/C6ahDlなるほど。今度聞いてみる。
ある人物の子孫ってことはたしかみたいだけど
その人物が勝頼の子孫ってのはネットで検索しても3件くらいしかヒットしないぜ。
0434人間七七四年
2011/10/21(金) 05:01:23.74ID:9c+7Ql6fhttp://toki.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1319140795/
0435人間七七四年
2011/10/21(金) 08:29:39.03ID:u/2Sz0az0436人間七七四年
2011/10/21(金) 09:02:27.82ID:mbC3XXR4いや、竜宝は勝頼の兄で信玄の次男。
生まれながらの盲目だったので、後継者になれなかった。
(三男は夭折、で四男勝頼が跡を継いだ)
竜宝自身は武田討伐で死んでいるが、その子孫が伝わっていて、
江戸時代は高家として伝わり、明治時代に武田宗家として認められた。
勝頼の子孫ってことは、可能性は3種、かねぇ。
一は土佐の方に伝わる勝頼生存説。まぁすごく怪しいw
二は勝頼の三男「勝三」生存説。その子孫がいる、などという伝承はある。
三は、勝頼の娘が誰かに嫁いでいて、その子孫。
だけど、一番確かなのは三だが、この場合、普通は勝頼の末裔は名乗らないよね。
0437人間七七四年
2011/10/21(金) 09:27:40.95ID:KvnX8c3r0438人間七七四年
2011/10/21(金) 12:42:21.17ID:GFZ8wAtx武田家総領に記録に残されていない男子の一人や二人居てもおかしくない。
側室の子とか。
よって4。
0439人間七七四年
2011/10/21(金) 12:53:33.25ID:+JIaBId2混乱の時代に農民が武田を名乗って
子供に「実は俺は〜」とよた話をしたのが信じられてしまった
ってありがちなの
0440人間七七四年
2011/10/21(金) 17:33:49.39ID:M2IzwbLr自分は393だけどね。
>その人物が勝頼の子孫ってのはネットで検索しても3件しかヒットしないぜ
「その人物」ってのは龍宝?
それとも、自分が393で書いた「勝頼の娘」? どっちなんだw
申し訳ないが、信玄の子について (ネット頼りでも仕方無いのだろうけど)
この板に書き込むような歴史好きの心があるのなら、
武田氏研究家の書いたちゃんとした「本」を買うなり借りるなりして
一度読んでみてくれよ・・・。
れっきとした信玄の子の龍宝に、信玄の娘の松姫
その松姫と行動をとも八王子に逃れ生き延びた勝頼の姫など
基本的なことを知っといたほうがいいと思うよ。偉ぶってゴメンだけど
>>436
勝頼の娘で、高家・宮原家に嫁いだ貞姫に子は居たそうで
また宮原家のご子孫は現在まで続いているそうだ。
ただその家系的な血の存続までは不明だし
(名家なんて養子につぐ養子は普通だから)
また「武田勝頼の子孫」とは称さないと思うよ。
山梨県内の「勝頼の男児伝説」って、天目山への逃避の途中で
・一行と離ればなれになり、死んだ
・幼い子が道連れになるのを惜しまれて、乳母とともに一行から離させた。
が、その後、間もなく死んだ。または誅された、
・・・という展開の「伝説」で、その子が成長したってのは無い様子。
で、「幼い命を憐れんだ村の人々が建てたのが、○○塚」で、終わる。
勝頼の落しだねが居て生き延びて子孫を作ったって話を
全否定する気はないけど、
その手の話って「平家伝説」「落ち武者伝説」と変わり映えのない
いくらでも作れる話でもあるよな。
0442人間七七四年
2011/10/21(金) 21:15:31.33ID:CFDsc5ml明智の名前だからって明智一族の嫡流という証明は何もない
傍流の傍流、その成れの果ての1人に過ぎないだろう。信長と同じで自慢できる血筋じゃあない
0443人間七七四年
2011/10/21(金) 23:29:35.00ID:izOvns9wアメリカと戦った日本みたいなもんか
0444人間七七四年
2011/10/22(土) 01:32:32.46ID:nS/tyMNj近所のお寺を抱き込んで、勝頼と信勝の位牌を作って古色仕上げして
「勝頼の位牌、発見!」とブチ上げて、過去帳も捏造。
で、実際に見たい人が居ても「門外不出」として見せなければイイ。
その辺の路傍にある自然石を「勝頼公供養塚」と命名して
ひたすらに吹聴していれば、
五十年後くらいには立派な由緒ある「生存伝説」に成長するぞ。
町おこしの一環として商工会や市町村の観光課を巻き込んで、
町の話題作りのため!とすれば、マジに検証する郷土史家も出てきにくいしな。
0448人間七七四年
2011/10/22(土) 13:16:46.91ID:3GJEuzB1明智さまより下っ端
0449人間七七四年
2011/10/22(土) 14:18:45.27ID:1SzFqULo尾張守護代に連なる一門が馬の骨?
まあ、土岐源氏なんて言葉を作る人からそう思えるんだろうがなw
名門の子孫を名乗りたけりゃ、それなりの事績を作って、
自分の本家があるところに引っ込めば良い。
頼まなくても、源氏か平氏か藤原の一門にしてもらえる。
(相当、高いもんにはつくがなw)
0450人間七七四年
2011/10/22(土) 14:43:43.47ID:uZTORxB50451人間七七四年
2011/10/22(土) 17:31:39.05ID:171ycXL3どちらも当主が有能過ぎて、次代がダメダメ扱いされるけど、
徳川だって秀忠はボロクソいわれる。
勝頼も景勝も輝元も親より評価低い。
つまり最初からハードルが高いのよ、
あんまり悪く言わないで、良いトコ探しなよ。
0452人間七七四年
2011/10/22(土) 17:40:33.28ID:IFmuZ3Fc0453人間七七四年
2011/10/22(土) 17:53:58.44ID:/fID3Ug80454人間七七四年
2011/10/22(土) 17:55:10.33ID:/fID3Ug80455人間七七四年
2011/10/22(土) 19:05:17.41ID:qvXhXElX後の天下人徳川家康を圧倒し、当時日本最大大名になった信長がビビってガチンコ勝負できなかった男
戦国史における呂布
0456 忍法帖【Lv=36,xxxPT】
2011/10/22(土) 20:07:52.86ID:+tXPlx0K勝頼のほうが数段優秀
0459人間七七四年
2011/10/23(日) 00:22:04.52ID:PTcHhUuS結局書状出せずに敗走
0460人間七七四年
2011/10/23(日) 12:14:07.30ID:VRDj2c/K桶狭間を自分が食らった
0462人間七七四年
2011/10/23(日) 14:41:12.62ID:F7mHgQte0463人間七七四年
2011/10/23(日) 14:53:31.41ID:lysIbSEE勝頼は首にされて蹴られるのが望みでしたかね^^^^^^^^^^^^^
0464人間七七四年
2011/10/23(日) 14:55:02.14ID:F7mHgQte0465人間七七四年
2011/10/23(日) 15:03:53.42ID:lysIbSEE灰を畜生の厠に関連させたいのはおめーの思い込みに過ぎないしなww
0466人間七七四年
2011/10/23(日) 15:05:45.92ID:F7mHgQteそんなんだから灰になって犬猫のトイレになりたいと願うハメになるんだよw
0467人間七七四年
2011/10/23(日) 15:09:23.48ID:lysIbSEE畜生の厠云々なんざどうだっていいからよw
0468人間七七四年
2011/10/23(日) 15:13:20.58ID:F7mHgQte0469人間七七四年
2011/10/23(日) 16:18:33.82ID:ZAssG72A糞尿のことばかり考えて生きてるんだろうな
0470人間七七四年
2011/10/23(日) 18:28:11.83ID:lysIbSEE0471人間七七四年
2011/10/23(日) 18:47:33.49ID:PTcHhUuS間違いなく半島出身だろうよw
0472人間七七四年
2011/10/23(日) 18:51:06.57ID:xv4efLj60473人間七七四年
2011/10/23(日) 19:37:05.74ID:F7mHgQte0475人間七七四年
2011/10/25(火) 12:29:33.14ID:o1Teqvyr0476人間七七四年
2011/10/25(火) 22:28:04.12ID:oN4JGwTk先鋒武田信豊軍が壊滅し、後詰の軍も打ち破られ惨敗だった。
新府城内に響く失望のため息、どこからか聞こえる「もう武田は滅亡だな」の声
無言で敗走の準備を始める兵士たち。大将の武田勝頼は独り城内で泣いていた
三方ヶ原の合戦で手にした栄冠、喜び、感動、そして何より信頼できる武将と官吏たち……
それを現在の武田家で得ることは殆ど不可能と言ってよかった
「どうすりゃいいんだ……」勝頼は悔し涙を流し続けた
どれくらい経ったろうか、勝頼ははっと目覚めた
どうやら泣き疲れて眠ってしまったようだ、冷たい床の感覚が現実に引き戻した
「やれやれ、軍議で対織田戦の準備をしなくちゃな」勝頼は苦笑しながら呟いた
立ち上がって伸びをした時、勝頼はふと気付いた
「あれ……?外に人の気配がある……?」
天守から飛び出した勝頼が目にしたのは、新府の城内を埋めつくさんばかりの武田軍兵士だった
千切れそうなほどに風林火山の旗が振られ、地鳴りのように兵士の喚声が響いていた
どういうことか分からずに呆然とする勝頼の背中に、聞き覚えのある声が聞こえてきた
「四郎殿、出陣です、早く行きますぞ」声の方に振り返った勝頼は目を疑った
「ば・・・梅雪?徳川に寝返ったのでは?」 「なんですと勝頼殿、梅雪殿が裏切るなどど・・・居眠りでもなさってたのですか?」
「ま・・・昌景?」 「どうしました勝頼殿、われら悲願の織田家との決戦の始まりではないですか」
「信春……」 勝頼は半分パニックになりながら部隊配置を見上げた
先鋒:山県昌景 土屋昌次 内藤昌豊 次鋒:馬場信春 真田信綱 原昌胤
本陣:武田勝頼 穴山梅雪 武田信豊 鳶ヶ巣山:河窪信実 三枝守友
暫時、唖然としていた勝頼だったが、全てを理解した時、もはや彼の心には雲ひとつ無かった
「勝てる……勝てるんだ!」
跡部勝資から軍配を受け取り、設楽ヶ原へ全力疾走する勝頼、その目に光る涙は悔しさとは無縁のものだった……
翌日、天目山で冷たくなっている勝頼が発見され、吉村と村田は病院内で静かに息を引き取った。
0478人間七七四年
2011/10/25(火) 22:41:21.09ID:jMPRlEXE横浜ベイスターズの有名なコピペだなw
コピペるなら最後も直すようにw
0481人間七七四年
2011/10/26(水) 14:20:36.18ID:0rNsYEnE0482人間七七四年
2011/10/26(水) 19:57:47.43ID:LvJoxCgf0484人間七七四年
2011/10/30(日) 21:28:57.62ID:kxjn1tNj0485人間七七四年
2011/10/30(日) 23:29:56.23ID:OfDpSGu4コピペにけちつけるわけじゃないけどさ
長篠の戦いの布陣じゃなくて三方原の戦いの布陣のほうがよくないか?
長篠の戦いでは負けてるわけだし
穴山じゃなくて信玄が出てきて「父上!?」
ってなったほうがいいかと
0486人間七七四年
2011/10/31(月) 00:15:19.81ID:r7pZ93Iy勝頼と劉禅ってたびたび無能後継者の典型として並び称されるよなぁ
最近の研究では両方とも無能じゃなかったと判明しつつあるのに未だに暗愚のイメージが強い。
0487人間七七四年
2011/10/31(月) 01:18:50.40ID:jrs6SZey義信を補佐する異母弟としての立場をわきまえながら成長したのに
突然に武田の跡目の後継者として迎えられ、
膨れ上がった信玄の領国を納めるまでの教育を受けられた時間も少なく
またまた信玄が勝頼の補佐をする重臣団の育成も心がけないうちに
あのように死んでしまった。
・・・などなど、かなり負を背負った跡目相続であるので、
それらを加味して解釈せねばならない人だ。
0488人間七七四年
2011/10/31(月) 02:42:57.38ID:w5mwOHtK相手は
あの織田信長と徳川家康だからな
0489鯱鉾
2011/10/31(月) 07:22:20.22ID:M5zGbxIV家臣の反対押し切った結果だもんな、山県生きてれば勝算はあったな天目山
0490人間七七四年
2011/10/31(月) 11:20:24.48ID:1spl4okZ0491人間七七四年
2011/10/31(月) 11:24:29.14ID:137XztY9だからと言って降伏しても許されるとも思えないし
生き延びるには海外に高跳びでもするしかないな
0492人間七七四年
2011/10/31(月) 12:34:30.22ID:tkfAV1ae諏訪勝頼として下って、武田攻めの尖兵とさせてくれ!って信長に談判するってのはどうだろ?
どうせ、武田にとっちゃ余所者なんだろうし
0494人間七七四年
2011/10/31(月) 16:43:58.93ID:l/U2t/5H母ちゃんに似たんだな。
0495人間七七四年
2011/10/31(月) 19:03:31.13ID:jrs6SZey天正十年の状況まで追い込まれていては、
一人の名家臣の存在で凋落の家が上向くとかありえないと思うけどね。
時勢、大局の中の武田家の立ち位置を考えてみればさ。
べつに山縣を貶してるわけでは無いよ。
>>494
そういう容姿の憶測って下らねー
0496人間七七四年
2011/11/01(火) 00:12:46.74ID:uyD5b0CJ局地戦で勝てたって話だろ
0498人間七七四年
2011/11/01(火) 01:44:13.30ID:Go0qZC290500人間七七四年
2011/11/01(火) 07:23:43.52ID:SUJ1s/v2戦いの様相が変わってしまったから同情の余地はある。
彼の経験してきた戦いは赤備えで威嚇すればなんとかなる睨み合いに毛が生えたような戦い。
織田の戦いは殲滅戦。
0501人間七七四年
2011/11/01(火) 09:39:57.79ID:pzDjGr4W0502人間七七四年
2011/11/01(火) 11:39:28.27ID:lTwxIDx90503人間七七四年
2011/11/01(火) 14:55:49.57ID:fgfjAJXw石器時代の勇者の集まりだったんじゃねえの?
0504人間七七四年
2011/11/01(火) 15:13:44.86ID:o1YxZil/0505人間七七四年
2011/11/01(火) 22:33:31.55ID:iiokxc9Mちょうど島津義久義弘のような関係になる
信玄義信殺さなければなぁ
0506人間七七四年
2011/11/01(火) 22:46:20.39ID:UB0NZyI50507人間七七四年
2011/11/02(水) 08:58:41.53ID:QPFqqH7fこのスレでも書いてあるけどあの段階で今川と決別出来ないと武田は詰んでた訳で…
義信殺しは決して失策ではないんだがなあ
0508人間七七四年
2011/11/02(水) 09:01:53.68ID:u4505EAo0509人間七七四年
2011/11/02(水) 09:28:02.28ID:QPFqqH7f攻めてくるならともかくね
0510人間七七四年
2011/11/02(水) 09:46:21.20ID:u4505EAo赤見だったかなんだか北条の侵入を阻止したって感状があっただろ
北条と一緒に越後攻めて、落として、なお手詰まりというなら、なにしても手詰まりだ
0511人間七七四年
2011/11/02(水) 09:49:26.65ID:QPFqqH7f0512人間七七四年
2011/11/02(水) 10:13:10.06ID:wzYsb0JH当時の視点で考えるとやはり今川攻めを選択せざるを得ないだろう
0514人間七七四年
2011/11/02(水) 11:12:30.88ID:QPFqqH7fわざわざ嫡男殺してまで 今川攻めざるを得なかった訳で
結局北条との上杉分け取りが出来そうもなかったか出来ても武田には旨味がなかったとかそういう理由だろ
0515人間七七四年
2011/11/02(水) 11:38:08.91ID:WiH/8zFw何度戦っても勝負つかない上杉と、内部分裂起こして衰退している今川とどっちと攻めるかといったら今川でしょう
それに放置してたらどうせ今川は織田徳川に食われるし、そうなったら益々不利になる
どちらかと言うと東海に出てから織田方を攻めたのがまずかった
織田と結んで徳川を押さえ、そこから北陸へ転進するべきだったな
0516人間七七四年
2011/11/02(水) 11:58:33.86ID:u4505EAo>>515
上野武蔵まで支配下に置いた上杉を共同で越後に押し込んでおいて、勝負が付かない?
西上野を奪取しておいて?
北条は上野東部と武蔵を奪還して?
0517人間七七四年
2011/11/02(水) 14:26:14.05ID:WiH/8zFw実際、勝負つかなかったじゃん
十数年北条と共同で北信濃や上野に進攻して僅かに北信濃の一部と西上野を支配しただけ
それに北条が北上すると東関東の諸将が北条の側面を突くから、北条の動きは鈍い
越後を制圧できるにしても何十年かかかるだろう
一方、駿河侵攻は僅か2年で制圧に成功している
今川自体はたった一週間で壊滅
こんなおいしい相手を見逃す手はないかと
0518人間七七四年
2011/11/02(水) 19:37:34.38ID:auhBw4jT上杉に対して費やした謀略の費用を全部ドブに捨ててるんだけどね、この今川攻めって
結果論から言うのは何だが、この今川攻めって相当デメリット大きいんだけど
0520人間七七四年
2011/11/03(木) 08:30:53.92ID:BBKN2LKk十数年戦ったとか言うとまた武田厨が・・・
慶長検地でもそれほど隔絶した国力さがあるわけでなし、十年程度かかるのは別におかしなことじゃないだろ
永禄の今川攻める前の段階で
北条の協力も理解も得られ、ムスコとも協調でき、戦いを有利に進めている上杉攻め
下手すれば四周を包囲されかねない三国同盟の破棄を伴い、息子とも対立する今川攻め
これで今川攻めるとは大英断だな
0521人間七七四年
2011/11/03(木) 11:01:38.93ID:qkEkBwwk自分が信玄や氏康より名将だとか思いたいの?バカみたい
0522人間七七四年
2011/11/03(木) 11:03:54.53ID:qkEkBwwk本気で言ってるなら恥ずかしい
0523人間七七四年
2011/11/03(木) 21:25:00.96ID:BBKN2LKk他者に確実に言えるのは、彼がどう思っていたか「自分はこう思う」ということのみ
0524人間七七四年
2011/11/04(金) 10:38:17.49ID:T+q1+INK0525人間七七四年
2011/11/05(土) 00:27:28.39ID:G9kB5aXW0526人間七七四年
2011/11/05(土) 09:31:23.52ID:1DvAYVBa結果論で生まれた自分の考えなら武田は滅びなかったはずとか恥ずかしげもなくよく主張出来るな
0527人間七七四年
2011/11/05(土) 09:37:12.53ID:36A5WyWg0528人間七七四年
2011/11/05(土) 10:15:33.44ID:25LX/+I6数ある選択肢の中で駿河攻めを選んだ「のかもしれない」し、
それ以外に選択肢が無い中で駿河攻めを選択「せざるを得なかった」のかもしれないし
信玄の思考なんざわからんわな
後者に限定できる材料なんか無いから
0529人間七七四年
2011/11/05(土) 10:55:19.55ID:G9kB5aXW0530人間七七四年
2011/11/05(土) 14:19:42.25ID:lLx76hV40531人間七七四年
2011/11/05(土) 16:53:00.23ID:9mvJv5Hzそれはこっち側っぽいな
謀反と継承じゃあ違うけどさ
武田が今川に攻め込まず、嫡男義信が家督を継いだら
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1316433042/
0532人間七七四年
2011/11/05(土) 21:43:46.51ID:yobyyvk/勝頼の方がずっと優勢だったのに、最後の最後でポカして負けちゃったそうです。
0533人間七七四年
2011/11/05(土) 21:45:57.80ID:9mvJv5Hz0534人間七七四年
2011/11/05(土) 21:55:40.51ID:6SzE8hCZまるっと背負わされてたので継いだ時点で滅亡確定!
ってのを見たんですけどどういうことですか?
とりあえずWikiとか読んだけどどうにもわかりません。
0535人間七七四年
2011/11/05(土) 22:28:28.57ID:yobyyvk/そして孫子の具現者だけに勝つ戦争(上杉謙信は超人だから別)しかやってこなかった。
つまり、勝てる状況が整うまで戦わない事から領土拡張が遅い。
そういう事じゃねっすか?
0536人間七七四年
2011/11/05(土) 22:29:28.77ID:yobyyvk/しかも領土はそれを跳ね返すほど大きくなかった。
0537人間七七四年
2011/11/05(土) 23:04:58.04ID:TwFYGtUu信玄が同盟破って周辺国を侵攻しまくって死んだせいで
勝頼が継いだころは周辺国が敵だらけになっていて
頑張ってはみたが、どうしようもない状態になってたとかかな?
0538人間七七四年
2011/11/06(日) 00:27:07.14ID:VjTgW9mBしかも秋山があんなことしたし
0539人間七七四年
2011/11/06(日) 00:41:00.20ID:MJcCWS5iって簡単に言えばこういうこと
金山なんかも相当掘りつくされて財政的にもキツい、なんて話も聞くけどこれは未確認情報なんでそうだとは言わない
0541人間七七四年
2011/11/06(日) 06:26:35.67ID:juWyYHA6なんであんな無茶したんだろう。
最後の侵攻作戦が信玄好きな人に夢を抱かせるのはわかるけど
あれが半端におわったことが
武田のその後の運命をきめてしまったように思う。
0542井戸魔神F ◆Tny1JrNujM
2011/11/06(日) 08:53:42.30ID:ENqxMHxb0543人間七七四年
2011/11/06(日) 09:01:54.08ID:hfSGak8Tそうすれば家臣や周辺大名に信頼してもらえたかも。
0544人間七七四年
2011/11/06(日) 10:46:40.97ID:M2pfJRlbその人ってずっと前にチャンネル桜に出ていた人で
姉川の戦いはカンネーの戦いの再現て言ってた人?
0545死
2011/11/06(日) 22:33:53.77ID:WrBRTzOSという意味では信玄の評価は低くなるね
0546人間七七四年
2011/11/06(日) 23:35:58.79ID:FnLiyotf0547人間七七四年
2011/11/07(月) 00:26:52.66ID:A9UxDVWAしかもあっさり裏切られた
0548人間七七四年
2011/11/07(月) 02:23:55.04ID:4LGOgCk6当時は関東平野なんて八王子とか少し内陸部がメインだからな・・・
0549死
2011/11/07(月) 03:05:18.28ID:UMSTyjYP0550人間七七四年
2011/11/07(月) 07:34:56.61ID:rAMKjOUK北条ほど強くも賢くもない証だと思うが?
余所者が下田制圧、遠い親戚の姓を借りて関東掌握。
なかなか、簡単にできることじゃない。
信玄さんには甲斐で引きこもるのがお似合い。
0551人間七七四年
2011/11/07(月) 08:08:16.71ID:FE15y8L6頼るべき親類は死に絶え、おまけに色々折り合いの悪い家臣団を抱えて
何をどうすれば切り抜けられたんだろう?
0552人間七七四年
2011/11/07(月) 10:20:26.63ID:fwJRbPv+これしかない
0553人間七七四年
2011/11/07(月) 15:11:12.73ID:kYV8lgVe弟をはじめ一族がこぞって敵対
さらに今川、斎藤にはさまれてた
尾張統一が出来なきゃ道三も娘を嫁に出さなかっただろうし
家督をついで最初が肝心だな
負け戦は誰でもする
勝頼は途中までは良かったが、やはり長篠が痛かったかな
あそこでかってりゃそのあとはもうサクセスサクセス
0554人間七七四年
2011/11/07(月) 16:32:47.74ID:4LGOgCk6現地調達してたら行軍が遅くなって織田が体制を立て直すと思う
0555死
2011/11/08(火) 01:30:37.78ID:XBtFD3qT関ヶ原にしたってたった一日で決着がついてしまった
信長・家康が落とせないくらいの堅城を建ててそこで時間を稼ぐべきだった
それしかないと思うなぁ
0556人間七七四年
2011/11/08(火) 01:43:28.33ID:03zA4oFR駿河に本拠地移して腰を据えて対徳川に全力を注ぐのが一番現実的
0558人間七七四年
2011/11/08(火) 06:28:07.09ID:tzQLKzBEあくまでタラレバなら、
今川の家臣団を吸収すれば良いだけのこと。
(じっさい氏真を見限って武田に寝返った奴もいるんだろ?)
能力は別にして、松平に出来たことが武田に出来ないはずがない。
まあ、能力が別にならないからタラレバで終わるんだけどw
0559人間七七四年
2011/11/08(火) 07:59:50.45ID:n8rBGt+p0560人間七七四年
2011/11/08(火) 20:27:00.82ID:W0WEFANq0561人間七七四年
2011/11/08(火) 22:06:51.98ID:2tnls7gX0562人間七七四年
2011/11/08(火) 22:49:16.39ID:FfVsboCN0563人間七七四年
2011/11/08(火) 22:51:00.15ID:73a5BSQB勝頼は各勢力とたとえ1vs1で戦っても勝ち切れない。
0565人間七七四年
2011/11/08(火) 23:27:55.18ID:8oXtvw+3駿河攻めのときに暴走して徳川に喧嘩売るわ信長の叔母を嫁にするとか斜め上なことやるわ信長の息子を拉致して人質にするわ
これじゃ信長が激怒したのも仕方ない
私見だが武田を滅亡に追いやった戦犯一位は信玄で二位は秋山だと思う
木曽や穴山はこの二人に比べたら大したことないな
0566人間七七四年
2011/11/09(水) 02:16:48.22ID:KGHEiBiT信玄以上は無いって感じかな。
0567人間七七四年
2011/11/09(水) 03:08:30.10ID:MiyURelLこういう裏切りをさせるかさせないかは投手の戦略の範囲なんだよな
0568人間七七四年
2011/11/09(水) 19:42:41.30ID:we/6OeI1ノブの心証をかなり悪くした感があるな
命欲しさに相手に寝返って、また命欲しさにこちらになされるがままな城主なんて
俺でも容赦なく処断するわw
0569人間七七四年
2011/11/09(水) 21:11:34.73ID:gg1jsw2G0571人間七七四年
2011/11/10(木) 02:24:59.15ID:czBhiIDl0572人間七七四年
2011/11/10(木) 03:18:58.60ID:ogZ85IYM長篠の時に秋山が岐阜侵攻の動きを見せて牽制できなかったのかな?
0573人間七七四年
2011/11/10(木) 09:08:55.96ID:X7yWrVph信玄厨は捏造マンセーがほんと大好きだなぁ
0575人間七七四年
2011/11/10(木) 12:21:06.26ID:GBiK9Vpd0577574
2011/11/11(金) 10:28:46.18ID:xGN/hy4z呼称は伝わってない。
ただ「村の伝説」みたいな形でお直の方とかおつやの方とか伝わってるだけ。
そういう伝承だけの名でも具体的に名前をつけといたほうが、
町おこしの祭りとか土産物に利用しやすい。
「女城主」としての概要も、実は『甲陽軍鑑』にあるだけで
その内容を裏付けるような確実な史料は今のところない。
年齢も嫁いだ年もわからない状況。
劇的な「女城主」というものが秋山との関係もともなって
詳細もわからないのにドラマチックに一人歩きをし始めて
今や観光資源になっているということだ。
0578人間七七四年
2011/11/14(月) 18:44:14.03ID:bf+TT6j5照姫の墓、実は身元不明者の供養塚らしいというのに
近代になって落城と悲劇の姫を創作した小説が発表されて
それを真に受けての伝説を誰かが語り出し一人歩きし、
いつしか商魂逞しい町おこしのお祭りネタに成長していた・・・という。
0579人間七七四年
2011/11/15(火) 22:15:29.76ID:luVMUO1Zwww
0580人間七七四年
2011/11/16(水) 00:40:28.19ID:ab5mzbWy0581人間七七四年
2011/11/17(木) 07:56:31.78ID:yT1hPKIq0582人間七七四年
2011/11/19(土) 15:43:56.86ID:UGw0NG3R信玄や秋山がノブとの関係を決裂させたとかって非難しているが、やらなきゃやられるだろ。
ノブ相手じゃぁ。
0584人間七七四年
2011/11/19(土) 23:52:17.06ID:rqfsLmTi武門の名家の名折れ
0585人間七七四年
2011/11/19(土) 23:55:55.36ID:y8lOFZKP0586人間七七四年
2011/11/22(火) 00:49:28.98ID:ZnFg2gjM信長に対して、それは甘い。
>>585
それも対峙している武将の器量や思考、
背景となった戦いの発端や過去の因縁、版図問題により様々。
0587人間七七四年
2011/11/22(火) 11:08:21.30ID:cLpYTXn2信長が相手だと、降伏しなければ家臣もろとも100%殺される。降伏しても99%殺される。
1%に掛けられるかだね。
0588人間七七四年
2011/11/22(火) 22:03:46.42ID:QU2/ato2でもないだろう
三好や宇喜多や雑賀の鈴木一派なんかは信長に反抗していたけど許されているし
問題は降伏の仕方とタイミングではないかと
0589人間七七四年
2011/11/22(火) 23:01:01.07ID:iUcAnBdUあっけなさすぎて消滅しちゃったけど。
0590人間七七四年
2011/11/22(火) 23:09:40.90ID:J9/VIHMh0591人間七七四年
2011/11/22(火) 23:19:47.09ID:GjWv/wbR一応跡継ぎは織田の血を継いでるはずだから、信長としては残したかったんでないかと思うんだよね
身内にはクソ甘いし
>>590
あれは信忠をこそ褒めるべきとは思うけどねぇ
0592人間七七四年
2011/11/23(水) 04:26:40.82ID:DQz6OM6Zまあ信玄が節操なしだったから、しょーがねえか
0593楚々 ◆ZVJYxjLix9fL
2011/11/23(水) 07:31:43.02ID:sOSSfVqTむしろ上杉の揚北衆の方が節操ないぞ^^
0594人間七七四年
2011/11/23(水) 13:03:18.10ID:9vNRn5sQ木曾攻め中止し勝頼が本国に帰らなければ
織田なんて粉砕してた。
いつの時代も天変地異で弱体化したら脆い。
早雲の伊豆侵攻も東海大地震で大津波が伊豆を襲い、
余震が続き混乱していた隙を突いたもの。
0595人間七七四年
2011/11/23(水) 13:11:34.94ID:9vNRn5sQ信長は秀吉には甘い。
雑賀の時は内紛を利用して切り崩しを
苦戦中の信長が図っただけだし、
それでも高野山は織田軍の山内への侵攻を許さず撃退を続け
本能寺の変を迎えてる。
高野山はこれを景勝に自慢してるし、
信長の孫秀信に報復し野垂れ死させた。
0596人間七七四年
2011/11/23(水) 16:28:07.00ID:whMoY8Mf岩村城を信長が落城させた辺りでは
謙信も健在だったし、
まだ武田の武勇を信長は恐れていて警戒してて
それ以上に武田領土へ攻め込んでないが
謙信が死に、景勝と景虎の後継争いで
北条と武田の間が決裂したのちで
徳川の国力も充分に復活して横須賀城などを整備完了した
天正8年の高天神城陥落の頃には、
もう信長は勝頼を許す気持ちはなかった。
0597人間七七四年
2011/11/23(水) 22:54:12.23ID:ZZ3qPCvt0601人間七七四年
2011/11/24(木) 13:32:01.15ID:5E9z+BMS0602人間七七四年
2011/11/24(木) 13:35:57.31ID:9TPgboHe揚北衆だからしょうがない
上杉四面楚歌時は武田末期と詰み度は同じくらいだと思うけど主だった裏切りは新発田くらいだよな
普段の印象は逆なのに
0603人間七七四年
2011/11/24(木) 13:41:32.16ID:F9F4EJHV光秀取次ぎだった長曾我部ですら…
秀吉以外で信長への取次ぎ成功なんて無理だろ。
しかも秀吉が三好を手懐けて
長曾我部を追い詰めたから光秀面目丸潰れ。
四国征伐要員から除け者にされる始末。
信忠付きの滝川や川尻
信孝付きの丹羽らとちがい
将来無し。
0604人間七七四年
2011/11/24(木) 19:22:13.05ID:Unwxsw80信勝・母の龍勝寺殿は信長の養女という名目ではあるけれど
信長にとっては姪・・・ほどの血縁だろ。
身内だから誅したくない」ほどの親近感があるかは微妙だ。
0605人間七七四年
2011/11/25(金) 02:28:34.14ID:PmwlmwGs0606人間七七四年
2011/11/26(土) 22:11:15.85ID:rSNDHUb6そらそうよ
0607人間七七四年
2011/11/27(日) 01:56:56.82ID:wdka38Q2言い換えれば真珠湾攻撃するだけしてあとはよろしくねー状態だし。
0608人間七七四年
2011/11/27(日) 12:34:04.99ID:2tx+n3+P長篠の敗北
岩村城を見放す
織田を牽制してた謙信死去
北条との同盟をブチ壊す
朝廷の説得を受け本願寺が大坂退去
高天神城を見放す
浅間山大噴火
これだけマイナス要因があるのだから
信玄のせいでは無く勝頼に滅亡責任がある。
0609人間七七四年
2011/11/27(日) 13:51:47.87ID:BNpgbaTf血気盛ん過ぎた
まあ信忠も最前線に出て戦うし
ボンボンのお守りは大変だわ。
まあ信忠
0610人間七七四年
2011/11/27(日) 19:55:51.58ID:p6yqRzBa他でもないシンゲン公とやらの無節操な攻撃のせいなんですがね
0611人間七七四年
2011/11/27(日) 20:57:18.79ID:eY4tbAKK0612人間七七四年
2011/11/27(日) 22:49:39.62ID:BzxN8VLK信長が高野山攻めなんて
バカなことをしたからだ。
0613人間七七四年
2011/11/27(日) 23:52:45.53ID:Z7kpmKnE織田との関係を修復するには信長が憎悪している秋山を何とかしなきゃならない
しかし秋山を粛清して信長に首を渡すわけにもいかん
仮にも武田の重臣だし下手すれば他の家臣たちが反乱起こす可能性もあるからね
信玄時代から引き継いだ家臣たちもまた負の遺産と言えるかも知れない
0614人間七七四年
2011/11/28(月) 14:58:53.11ID:debTWBHq退却しない勝頼が悪い。
あれで全てが一変した。
耳川の戦いで歴戦の大友兵が壊滅し
新兵の経験ない若者だらけで
戦力ダウンした大友軍の弱さぶりに
道雪が援軍にきて
「お前ら本当に男なのか?あぁ?
今日から敵前逃亡は死刑になるからそのつもりでな!」
と言われたように武田軍を支えるカリスマ老将がいたらまた違ったかもな
0615人間七七四年
2011/11/28(月) 20:48:04.31ID:Rzk0kcdxそういう叱咤激励する役回りを選んどきゃ勝頼も生き残れたかもだがw
親から信の字も貰えない他人扱いが家を継いでも(武田の人からすると乗っ取ったか?)良いことないだろうに
0617人間七七四年
2011/11/29(火) 02:01:43.50ID:6K3i37Q4通説で言われるように重臣達が反対するような戦を強行するような力はあったのか
0618人間七七四年
2011/11/29(火) 05:23:33.83ID:3mVSoZpw紅葉軍艦?
普通に甲斐源氏嫡流とやらの武田頭首の通字って信じゃないの?
〜信とか信〜とか?
頼なんて諏訪か、或いは土岐か?
どっちにしても甲斐武田には見えないが?
諱を割と煩雑に変える時代に敢えて、頼を通してるなら、裏くらいあるんじゃね?
(実は、信勝でしたw織田と紛らわしいんで、織田方で改竄しときましたってなら別だろうが)
0620人間七七四年
2011/11/29(火) 14:05:34.75ID:BypaRwfc軍艦って艦艇かよバカっ
織田厨頭悪過ぎワロタw
0621人間七七四年
2011/11/29(火) 18:00:40.26ID:14cV4inG0622人間七七四年
2011/11/30(水) 15:07:48.34ID:GUqceQHJ0623人間七七四年
2011/11/30(水) 21:29:29.32ID:ovklAT9a0624人間七七四年
2011/12/01(木) 09:36:41.64ID:UnghnAc60625人間七七四年
2011/12/01(木) 16:28:15.16ID:geMZdhtjいま思いついたレベルの屁理屈で粘着抵抗する
愚かな織田厨の姿しか戦国板にはいませんが?
まぁみんなが不毛な口ケンカになるのを嫌ってレスをやめるまで
くだらないケチをつけまくり一番最後まで粘ってレスした者が
勝利とする織田脳ルールでは
毎日勝利してると認識されるのかもしれませんが
引きこもり特有の神経障害だから病院に行った方がいいです。
0626人間七七四年
2011/12/01(木) 17:59:01.10ID:uLVVnt/30627人間七七四年
2011/12/02(金) 20:12:34.25ID:cD3AnA6Y一生懸命頑張ったんだけど、無能さと不器用さ、協調性の無さが祟って負け組になってしまった俺と勝頼。。。。。
痛いほど気持ちがわかる。。。。
0628人間七七四年
2011/12/02(金) 23:49:48.95ID:L6BqKsw2能力がなくて仕事もできないから追放されたおまえとでは比較にならない…。
0629人間七七四年
2011/12/03(土) 04:06:50.47ID:mZDSZiDQ信玄末期の段階で中央押さえた織田方に破れかぶれの段階まで相対的に押さえ込まれていた状況
辛うじて対信長包囲網の御輿役で親父信玄最後の大暴れ
信玄没後は日々中央政権化する信長と戦国の一雄の体裁を保とうとする勝っちゃんとの差はひらくばかり
要は信玄の陳腐化した夢を背負い幻想的遺産に振り回されて天目山を迎えざるをえなかった実直真面目な跡継ぎ
0630人間七七四年
2011/12/03(土) 04:14:54.35ID:sxP/Yxyu信玄西上に呼応した義昭を押さえに
岐阜から上洛した織田軍は
たった一万しか動員できなかったわけだがw
0631人間七七四年
2011/12/03(土) 04:21:23.34ID:IErKNr1k0632人間七七四年
2011/12/03(土) 10:57:35.16ID:cNlKExyT寿命には勝てなかっただけだけどな。
0633人間七七四年
2011/12/03(土) 13:03:08.29ID:6Qy60Fkc0634人間七七四年
2011/12/03(土) 14:28:59.84ID:cNlKExyTなんせ嫡男まで殺され
織田家は傀儡政権に成り果てる最低最凶ぶり
0635人間七七四年
2011/12/03(土) 16:37:45.37ID:xAF2i4JT同意
本能寺の変とかもうね
0636人間七七四年
2011/12/03(土) 17:28:46.24ID:IErKNr1k武田の一門で大名や領主として残った人いませんからw
仇敵の上杉を頼る武田w
0637人間七七四年
2011/12/03(土) 18:05:31.48ID:atvTcX610638人間七七四年
2011/12/03(土) 18:19:44.26ID:bWOOvJANそれは信玄の責任じゃないよ。
織田が弱すぎたせいでナメくさった勝頼が
長篠でたった15000しか引き連れてこずに
信長と戦ったのが原因。
でも織田が崩壊したのは信長が家臣に殺され
別の家臣に家を乗っ取られたからで
完全に信長の責任。
0639人間七七四年
2011/12/03(土) 18:26:49.35ID:OP6ojNvFまあ全部信長のせいだな
0640人間七七四年
2011/12/03(土) 22:30:16.66ID:tlqHo+fAそもそも勝頼が信長と反目するようになったのは信玄と秋山のせいだろ
仮に長篠がなかったとしてもいずれは織田の圧倒的な軍事力に踏みつぶされていたはず
元々信長は武田と戦う気がなかったのに信玄と秋山が滅茶苦茶にしてしまった
0641人間七七四年
2011/12/03(土) 22:33:37.51ID:mqD7ZfWt仮に信玄が浜松城を落としたあと死んでも、掛川城から浜松城まで支配していれば遠州にとどまり体勢を整えれたのではないかな。
0642人間七七四年
2011/12/03(土) 23:25:16.67ID:IErKNr1k織田と同盟を破ることなく、織田の傘下にちゃっかり入っておいて
本能寺の後から暴れるという選択肢ができますよ
0643人間七七四年
2011/12/03(土) 23:46:43.47ID:HgzXUwx10644人間七七四年
2011/12/04(日) 00:47:54.84ID:tv4FKAH60645人間七七四年
2011/12/04(日) 02:15:25.20ID:7E0Kh6ugそれを凌ぐ功績があるからだろ。
0646人間七七四年
2011/12/04(日) 02:31:50.80ID:fdCs2MYj塚評価が落ちてこの評価なんだが
あのまま統一してたらもっと評価上がってるわw
0647人間七七四年
2011/12/04(日) 02:48:12.30ID:JO5R5YW9坂本竜馬しかり源義経しかり、武田信玄や織田信長もここらへんの補正入ってますからね。
徳川家康なんて見なさい、Ifが語られるのは自分が死ぬ話ですよ
0648人間七七四年
2011/12/04(日) 11:57:45.43ID:jCFzDRyt長篠の敗北とその後の織田侵攻で岩村城を見放す
手取川の戦いなどの結果、加賀まで制圧し織田を牽制してた謙信死去
北条との同盟をブチ壊し佐竹らと同盟して無駄な戦いをした
天皇からの重ねての2度の説得を受け抵抗していた本願寺教如が大坂退去
高天神城を見放したことで対外信用度が急落下して武田ブランド失墜
織田の武田侵攻に合わせるように浅間山大噴火で上野・甲斐・北信濃が大混乱
これだけマイナス要因があるのだから
信玄のせいでは無く勝頼に滅亡責任がある。
0649人間七七四年
2011/12/04(日) 12:13:01.29ID:jCFzDRyt包囲していた本願寺が天皇の和睦を受け入れた天正8年8月以降。
それでも紀伊の高野山が織田に抵抗していて
織田は攻めあぐんでいる。結局、高野山は本能寺の変まで
山内に織田軍の進入を許さず凌ぎきってしまった。
しかし政軍略欠如の信長と違い、秀吉は和歌山県和歌山市鷺ノ森にあった
本願寺鷺森別院高野山の顕如を大坂に移動させるなど一向宗との連携を
断ち切らせるなどした上で満を持して戦力集中し紀州攻めを開始し
簡単に高野山と雑賀衆を屈服させた。
0650人間七七四年
2011/12/04(日) 12:53:25.16ID:7SaD0e1tそのマイナス要因のほとんどは織田との全面対決を決めた信玄だろ
だから勝頼じゃなくて信玄にも責任があるんだよ、ドアホがw
0651人間七七四年
2011/12/04(日) 13:02:33.46ID:jCFzDRytナメ過ぎてたった15000で勝てると増長してたのが武田滅亡スイッチだし
武田が3万くらい動員してたら織田なんて踏み潰してた。
鉄砲三段なんて捏造話を作って圧倒しましたイメージを必死に創造してたようだけど。
まあ手取川でエア大敗したほどの弱織田軍だしねぇ。
しかも丹波の一国人の赤井直正にまで大敗したのが織田軍。
義龍や信玄や謙信や元就や直正が死んで超ラッキーだったよね。
0652人間七七四年
2011/12/04(日) 14:29:32.66ID:gtbbqnXd荒らしと変わらんのに自分の中で正当性持っちゃったりしてるからさ
0653人間七七四年
2011/12/05(月) 01:21:50.70ID:p18NEEbS信玄が領土を拡大するには徳川、北条、織田、上杉とことを構える必要があり、
他方、信長は畿内を蹂躙し経済力をふんだんに使うことができる。
信玄があと10年生きていたら、武田家最後の当主は武田信玄になっていただろう。
その点において、勝頼>信玄はわりと現実的な考えだと思いますね。
0654人間七七四年
2011/12/05(月) 05:11:11.02ID:q7QqE5V9負け逃げって誰に対して?
ぜんぜん思い当たらないし、
意味わからんから具体例を列挙してくれ。
0655人間七七四年
2011/12/05(月) 06:53:18.69ID:fzeeCtbc15000対38000で攻城戦に近い状況ではどんな名将でもカエサルでも勝利不可能
50000でも勝てない
0657人間七七四年
2011/12/05(月) 11:23:18.50ID:6iiA6yqmあ、勝頼さんとこの武田の旗ってなんでしたっけ?
0658人間七七四年
2011/12/05(月) 12:07:15.24ID:jCWatW2p織田軍がまた逃てたしな。
弱過ぎて話にならないと思ってたんだろうな勝頼視点だと。
0659人間七七四年
2011/12/05(月) 12:54:04.33ID:kBZQ07lKそうやって武田滅亡の責任を勝頼に押し付けようとするなよ
やってる事が姑息すぎるぞw
0660人間七七四年
2011/12/05(月) 13:11:13.28ID:cpiKfPNJ0661人間七七四年
2011/12/05(月) 14:33:53.28ID:jCWatW2p徳川が鳶ヶ巣山砦の攻撃主張してたしな。
織田は陣地で籠城してたら、
結果的になぜか勝てただけだし。
0662人間七七四年
2011/12/05(月) 16:20:23.34ID:df3EnClf織田戦力を分散するために家康攻めで出陣OK返事出してんだよな。
その時に輝元に宗麟に足を引っ張られたごときで
武田との約束を破り正月16日出陣を無期延期にしやがったから
合同作戦じゃなくなって武田単独で
3月から4月にかけて遠江国安を荒らしてて
信長も急いで摂津戦線から安土へ帰国してる。
いそぎ本願寺や荒木もこのチャンスに出撃せよと毛利に要求するが
まったくのヘタレぶりを露呈したために、
これを見た宇喜多・南条らも毛利を見限り、
天正8年になると荒木が破れ、本願寺も朝廷の勅令和睦を飲んでしまい
武田と毛利の滅亡が確定した。
しかし本能寺の変のおかげで毛利は滅亡を免れた。
結局、毛利がありえないくらいヘタレだから
織田を討つチャンスを何度も自らぶっ壊してる。
0663人間七七四年
2011/12/05(月) 17:53:06.01ID:53Xk9xLP0664人間七七四年
2011/12/05(月) 19:04:46.27ID:p18NEEbSそれも憐れみを乞うような圧倒的劣勢ならいざ知らず、毛利なんていう遠方勢力をアテにする愚策っぷりでは
救うものも救えない、阿呆というものですよ。
0665人間七七四年
2011/12/05(月) 19:20:13.62ID:df3EnClf毛利との挟撃はれっきとした戦略です。
しかし信長の場合は戦略でもなんでもなく
チートのズル・・・自分の実力では滅亡確実だったところを
天皇の御威光にすがって何度も伝家の宝刀を何度も抜くという他力本願で生き延びた信長www
0666人間七七四年
2011/12/05(月) 19:56:14.88ID:p18NEEbS実現不可能な戦略は戦略とは言いませんよ?
そもそも伝家の宝刀があったにもかかわらず使わない方がどうかしてるでしょう。
どこぞの少年漫画やヒーローモノじゃあるまいし武力で全部解決させる気ですか?
ましてや他力本願って・・・信玄はひとりで武田家の領土を拡大したよとでも言うんですか?
0667人間七七四年
2011/12/05(月) 20:20:26.66ID:ncIT6vTN遠交近攻策も知らんとか織田厨無知過ぎワロタw
朝廷を使うことは
信長もあまりやりたがらなかったのは明白。
朝廷に借りを作ることになるし。
万策尽きて滅亡寸前で追いつめられて
止む無く信長はつかってるんだよな。
0668人間七七四年
2011/12/05(月) 22:01:21.63ID:ewkwCkBd有力国人が離反寸前でまとめる為には大きく勝つしかないという状況
そしていざ戦が始まったら、勝手に突撃する奴等ばっかで戦う前から負けてたって言うね
0669人間七七四年
2011/12/05(月) 22:27:49.41ID:p18NEEbSそれがどうしたんですか?
まさか遠交近攻が常に成功するなんてことは考えてないですよね?
特に天正年間なんて、はっきり言ってしまえば織田の独占1人勝ち状態。
そんなご時世に遠国の滅亡寸前の大名の戦略に乗るって凄い博打を強制させるんですね。
ほんと武田しか見てモノを言えないんですねw
0670人間七七四年
2011/12/05(月) 22:30:40.06ID:d8wsi+x7遠交近攻は日独伊三国同盟を見ればわかるが昔からあまり上手く行かない
あまりに遠すぎると連携が取れないからね
またなんだかんだ言って各々の利害の方を優先する
ドイツが日本にソ連侵攻を事前通告していれば松岡は日ソ中立条約を結ばなかったろう
0671人間七七四年
2011/12/05(月) 23:09:25.07ID:LfGTo3on妄想痛すぎだろwwwwwwwwww
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1320387370/530
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1317840988/662
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1293203118/534
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1284482205/880
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1305979699/577
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1295693653/312
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1287332671/309
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1284917479/940
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1285335883/64
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1320387370/535
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1293203118/537
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1284482205/882
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1317840988/665
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1287332671/311
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1320387370/537
0672人間七七四年
2011/12/09(金) 22:10:38.84ID:bYxzFwpL0673人間七七四年
2011/12/11(日) 13:43:10.05ID:Djkegssg八方塞がりだった事実は消えないけどなw
0674人間七七四年
2011/12/11(日) 14:47:24.61ID:Rv60JH/Qその状況打開した信長すげえな
たった一万でまき返したのか
あと朝廷チートっつってるけどチートがあるのがわかってて
周りの大名は喧嘩売ったんだよなw信長以外アホしかいなかったんだな
0675人間七七四年
2011/12/11(日) 15:15:50.86ID:dWY9tnh/信長は武田に土下座してたけどな
0676人間七七四年
2011/12/11(日) 18:37:50.78ID:dYEEPlD/0677人間七七四年
2011/12/11(日) 18:46:40.87ID:HKYURfLF0678人間七七四年
2011/12/11(日) 18:58:31.81ID:7jFZ6f+L0679人間七七四年
2011/12/11(日) 20:30:57.74ID:eT7IafOKどうせ謀反するならとっととやれってんだ
あんな後にやって糞の役にも立ちやしない
浅井朝倉も残ってて信玄もいるときに信長襲えよ
朝倉の離脱で信玄が怒り狂うのと信長憤死で信玄歓喜じゃ寿命も少しは違ったろう
0680人間七七四年
2011/12/11(日) 21:21:23.52ID:R+PwrGGA驚いた。兵が疲弊してるのはわかるけどよって書いただけ。
0681人間七七四年
2011/12/11(日) 21:36:24.20ID:2AkCNLlq0682人間七七四年
2011/12/11(日) 23:50:44.88ID:mn04ni/Dあの時期に反逆したら天下を狙えたっていうのに
0683人間七七四年
2011/12/12(月) 02:17:50.63ID:eXJ+FQiuお前の願望を史実みたいに語るなよw
0684人間七七四年
2011/12/12(月) 04:16:34.82ID:rJXeTAj2何で他所の連中が東国の田舎大名の都合にあわせなきゃならねえんだよw
むしろグダグダと出あたりばったりのどうでもいい領土争いで寿命のほとんどを使い切って
中央での肝心な争いには家康を一回野戦で叩いただけのハッタリで終わった
武田家の方が役立たずのヘタレだろうがよ。
その後も長篠では折角信長が出てきたチャンスなのに決戦挑んで勝手に崩壊するは
自国が攻められたら持ち堪えて相手を引き込んでチャンスつくるどころか
部下に片っ端から逃げられるわ(武田家が人心を掴めてなかった証拠)、
戦った奴はあっさりとやられ過ぎだわでヘタレの極み。
武田さえしっかりしてれば織田を倒せたのにな。
0685人間七七四年
2011/12/12(月) 19:13:44.73ID:97ZtD9hj桶狭間の時も上杉無視して今川を攻めていただろう。
桶狭間前後で今川の旧領を分捕っていれば、あとは松平、織田、斎藤と小国のみ。
当時の状況を考えれば、松平がへーこら武田に帰順する可能性もなきにしもあらず。
そうなれば信玄上洛も夢ではなかった。
やはり武田はマヌケ
0686人間七七四年
2011/12/12(月) 19:42:40.50ID:54EU7NqZ謙信みたいな正義バカと隣になったせいで得るものが無い戦いを続けなければならなくなった
桶狭間のときに逃げてくる今川の前を遮って後ろの織田と一緒に壊滅させて三河あたりまでとっとと手中にすればよかった
尾張のザコのうちに戦いを挑めてたのに
0687人間七七四年
2011/12/12(月) 21:04:40.62ID:cHeGSMFG武田としては海が欲しいけど今川も北条も手ごわい
となると上杉と戦うのが一番
0688人間七七四年
2011/12/12(月) 22:03:58.74ID:tn+fkXQG0689人間七七四年
2011/12/12(月) 22:20:38.91ID:R6WIUB6T0690人間七七四年
2011/12/12(月) 23:04:43.53ID:z3Z/ahhW0691人間七七四年
2011/12/12(月) 23:14:26.76ID:O1ydQKkc0692人間七七四年
2011/12/13(火) 22:36:25.66ID:FrW12SXqわろた
武田勝頼
は
他家
0693人間七七四年
2011/12/13(火) 22:37:21.88ID:FrW12SXqわろた
武田勝頼
は
他家だ勝頼
だな
0694人間七七四年
2011/12/14(水) 01:57:03.39ID:IlWQ+ClV間違いなく武田包囲網が出来上がるね。
上杉、北条、織田、斎藤、、
織田と組んで、北条を叩いて、、
結局同じなら早く攻めるべきだったか?
0695人間七七四年
2011/12/14(水) 17:25:19.53ID:AssCzbK3織田と斎藤の勢力なんざたかが知れているだろう。
特に斎藤はその後史実通り義龍がすぐくたばるならかなりやりやすくはなる。
0696人間七七四年
2011/12/14(水) 19:42:39.38ID:ZNfERMbH>自衛隊の戦術教官が、長篠の戦は嫌がる信長
>勝頼の方がずっと優勢だったのに、最後の最後でポカ
プロが見たらそうなるのか??
終始、織田徳川が優勢にしか見えないが…
0697人間七七四年
2011/12/14(水) 20:26:49.18ID:IlWQ+ClVでも信長の戦術がかなり守備よりだったのは確か。
0698人間七七四年
2011/12/14(水) 22:52:27.53ID:n/3ywaAj対陣を続けて武田の退却待ちしか考えてなかったからね。
0699人間七七四年
2011/12/14(水) 23:10:05.37ID:AssCzbK3よそ様の領地のために自兵を投げ出すなんてそりゃあ嫌だろ
むしろこの戦いは信長の余裕のあるときに武田をぶっ潰しておきたかった
徳川家康が是非にと頼んで行われた戦争
0700人間七七四年
2011/12/15(木) 02:29:00.89ID:PaTbZcYm急造陣地で籠城するつもりだった信長を
家康は「さんざんお前に援軍出してきたのに!このヘタレが」と思ってただろうね。
0701人間七七四年
2011/12/15(木) 03:07:53.53ID:4vaK+Kj7野戦陣地はあくまで鉄砲を有効活用するためのもので
もちろん柵の外に出て戦ったりもしている
というのは基礎事項だよだがさんw
0702人間七七四年
2011/12/15(木) 10:15:09.30ID:YdxEiRVO武田が帰るのを待っていただけで
戦う気がなかったのは事実だからな。
家康からしたら信長に戦ってもらいたかったが。
0703人間七七四年
2011/12/15(木) 11:30:47.32ID:qC1b8uFY実際 武田は負けすぎだけど
0704人間七七四年
2011/12/15(木) 16:46:56.57ID:G2u5bxrE勝頼>信玄とすることで勝頼を破った信長が信玄よりも強いということを暗に意味してる
0705人間七七四年
2011/12/15(木) 16:48:26.86ID:G2u5bxrEここまでくると気持ち悪い
0706人間七七四年
2011/12/15(木) 18:18:15.42ID:b+M7wRKf0707人間七七四年
2011/12/15(木) 21:30:23.95ID:sDs4tS9f長期対陣は、兵数の多い側の方が負担が大きい。
だから大規模な信長本隊が参加する戦いは基本的に攻勢をかける時のみで、
守備的な戦いは大抵部下に任せる。
しかし長篠における信長の敷いた陣は、川の後ろに馬防柵だから積極的な攻撃は困難。
信長は攻勢をかけたくてもかけられず、しかし長期対陣も避けたい。
だから現状打破を狙い別働隊をしかけた。
そう考えると勝頼は落ち着いて、信長の退却時を狙い撃ちすればよかった。
0708人間七七四年
2011/12/15(木) 22:01:56.78ID:8v28WCLS0709人間七七四年
2011/12/15(木) 23:00:30.45ID:sDs4tS9f0710人間七七四年
2011/12/15(木) 23:10:44.84ID:sDs4tS9fたまたま勝頼の退路をふさいだ程度だろう。
0711人間七七四年
2011/12/15(木) 23:23:21.03ID:3AGlVfLyなるほど
しかし、武田が動かず、織田徳川が陣地を出て渡河し攻めかかって来ても、武田は勝てるのか?
0712人間七七四年
2011/12/16(金) 10:41:48.59ID:TG+TcXCd宇連川を渡って鳶ノ巣山一帯に陣を敷けば長期戦に持ち込める
0713人間七七四年
2011/12/16(金) 14:23:47.82ID:dj9U/+9L長篠城包囲をといて、宇連川(大野川)を渡り鳶ヶ巣山一帯に陣を敷くことが詰みの一手だったのか?
そうすれば、正面と背後(酒井別働隊のように)の両方から攻撃を受けることになるが?
0714人間七七四年
2011/12/16(金) 14:39:16.47ID:I0Z9jJiQ0715人間七七四年
2011/12/16(金) 15:20:08.36ID:DoL9n0Dcあの状況でも武田の半分も被害出してるんだから
0716人間七七四年
2011/12/16(金) 17:32:16.51ID:HXO6JtCkだからこそ長篠後も
甲斐越後の兵は日本一と恐れられたわけだしな。
長篠では甲州兵の勇敢さを
恐怖を骨の髄まで味わったんだろうな。
0717人間七七四年
2011/12/16(金) 18:12:39.29ID:MFaPxQMv上洛スレ64事件
http://www26.atwiki.jp/dagamatome/pages/20.html
0718人間七七四年
2011/12/16(金) 22:29:21.50ID:ei7ylG1a流石にそのパターンなら勝てたと思う。
野戦築城に攻め入るのと、野戦でしかも相手が渡河後じゃ、条件が違いすぎる。
0719人間七七四年
2011/12/16(金) 23:49:23.89ID:dj9U/+9L707、711の設定はあいまいで、どの時点の話をしてるのか不明だ
まず【712】【713】の状況で検証したい
ただし、「696」「707」の分析は大いに参考にしたい
誰か、具体的に戦術を語り合える人はいないか?
俺は武田厨だが、長篠設楽ヶ原の合戦でどうすれば勝てたのかを、具体的に知りたい
0720人間七七四年
2011/12/17(土) 09:11:54.36ID:MKXh0hgAとにかく通説の通り鉄砲バンバン打ってたら勝ったというのはなかっただけ
信長公記では柵の内外に兵がでていたという記述もある
0721人間七七四年
2011/12/17(土) 15:15:55.28ID:F1k7/Vlv「信長公記」、「甲陽軍鑑」や、手元にある資料で十分具体的だ
近代戦争でも、全様がすべて分かっている戦争なんて存在しない
残された資料を元に推論を組み立てるのが歴史研究だ
712、720の話も「信長公記」があったから分かったことだし
【719】の流れで話で進めたい
0722人間七七四年
2011/12/17(土) 16:06:05.16ID:ptyJlReb三方が原の敗戦の時なんて、家康がいくら制止しても家臣たちは
全く言うこと聞かず、勝手に武田軍に突っかかっていって惨敗、
家康自身も恐怖に脱糞して逃げるほどの戦いだったのに、城では
先に逃げ帰った家臣たちが「家康は死んだ」と触れて回っていて、
命からがら家康が帰ってきても「おーいクソもらしの大将が生きて
帰ってきやがったぞ、いようクソ大将」とみなで笑っていたらしい。
こんな家臣に囲まれて育ったから、幕府開府後は家臣たちを徹底的に
統制・調教することに力を注いだんだよな。
三河に残ったままで家臣団がいつまでも独立領主の気分でいたら
家康の転化はなかった、秀吉が家康を関東に移封したのは最大の失策、
という人までいるくらいで。
0723人間七七四年
2011/12/17(土) 18:22:25.48ID:vBsllqeeまぁ関東移封は土地から国人を切り離して
キッチリ検地してと豊臣政権が
外戚の家康にいろいろと最先端の施策をしてやってるからな。
信雄も言うこと聞いてれば家臣団の統制ができるようになってたのにバカだよな。
あと秀吉みたいに家臣にたくさん加増せずに
水戸や尾張や紀州ら親藩をでかくしたのが良かったな。
多くても家臣に与えたのは最大で12万石程度だからな家康。
秀吉は家臣を藩屏にしようとしたら、派閥抗争に走った挙句に
みんな豊臣のためよりも保身と自分の利益に走りやがったからな。
0726人間七七四年
2011/12/17(土) 23:06:40.04ID:F1k7/Vlv確かに、縦隊突撃の攻撃力はすごそうだな!
しかし、それこそ集中砲火、集中弓射撃を受けないのか?
各個撃破されそうだ
0727人間七七四年
2011/12/18(日) 00:32:19.66ID:sqQGmqn0http://www26.atwiki.jp/dagamatome/pages/21.html
0728人間七七四年
2011/12/18(日) 08:41:34.49ID:9Xge0ZUF天王寺の戦いでの信長の突撃は
信長公記にしか登場しない捏造で一次史料や日記など史料的裏付けがありません。
0729人間七七四年
2011/12/18(日) 12:02:38.70ID:Yv9H6II8信長は最低でも
佐久間信盛・松永久秀・細川藤孝
滝川一益・蜂屋頼隆・羽柴秀吉
丹羽長秀・稲葉一鉄・氏家直通・安藤守就・馬廻衆の
合計3000以上は率いているし
信長に呼応して挟撃してきたのが
荒木村重・細川藤孝・明智光秀・三好康長
根来衆・和泉衆・大和衆・山城衆
佐久間信栄・猪子兵介・大津伝十郎・江州衆らだから
明らかに織田方は大兵力のはずだし、
本願寺側の兵力はいつものようにインフレさせてる過大数字だろうしw
0730人間七七四年
2011/12/18(日) 12:06:03.57ID:miorzlgz石山を封鎖するのに使っている戦力を一箇所に集めてどうするw
0731人間七七四年
2011/12/18(日) 12:45:59.52ID:MxN94ccTうちのような陸奥国の人間でさえ石山に入っている
しかも士分であるのに関わらず
全国から士分、百姓問わずに長島や石山に集結していたのは間違いない
門徒の数が多い地域では3万人やら5万人と言う数字もあながち有り得ない事でもないと思う
0732人間七七四年
2011/12/18(日) 14:06:05.65ID:ngDYRhQC石山に超兵力がいることはあり得ない。
0733人間七七四年
2011/12/18(日) 14:19:41.45ID:ngDYRhQC封鎖に失敗して織田軍は天王寺砦に集結していただけだよ。
0735人間七七四年
2011/12/18(日) 17:46:16.45ID:rXlzLZEb真実じゃないかもしれんが、縦隊突撃という戦法はあるんだから、戦い方の提案としてはイイじゃないか。725、サンキュ
>>729
そうか、大部隊だったかもしれんのか。知らなかった。
でも縦隊突撃は局地的には数的不利を解消できる戦法だ。時間かかったら全滅だが。設楽ヶ原は空堀、土塁、柵があるから突破は難しいな。
>>733
なるほど、怪我の功名みたいなもんか。勉強になる。
0737人間七七四年
2011/12/18(日) 18:47:46.89ID:rXlzLZEb1.まず、長篠城を全力で落とす。援軍に備えつつ。落城寸前だしイケるんじゃね?
2.次に、長篠城、鳶巣ヶ山砦、周辺の川を利用して守りを固め、持久戦。
3.長期対陣ができず退却する織田徳川軍を叩く!
勝ったぁぁー!! 武田完勝!!
707が書いてるように、織田徳川軍に長期戦は不利。さらに攻撃的な布陣じゃないから、寒狭川、豊川を利用すれば城攻めの間は後方を守れそうだ。
で、712が書いてる太田牛一の案でいく。これだと鳶巣ヶ山砦で奇襲を受けても守れるんじゃないか?
最後は追撃戦で逆転勝利。 どっか破綻してる所ある? お願いします。
0738人間七七四年
2011/12/18(日) 19:19:21.86ID:vE7Qjh++対陣してれば、
信長は自分からは攻めてこない。
武田軍を怖れていた
信長本人が攻めかかってくるなら討ち果たすと書いていて、
自分から攻めかかる気持ちはない。
またもともとは本願寺への攻撃を邪魔するために武田がでてきたので、
信長を東奔疲弊させれば、
戦略目標は達成できていて、
本願寺はさっそく毛利の出陣を促してる。
武田は対陣していれば織田が退却しないとならなくなる。
そこを追撃すれば勝てる。
無理やり堅陣に突っ込むのは無謀。
0739人間七七四年
2011/12/18(日) 21:00:12.19ID:vE7Qjh++対陣してれば、
信長は自分からは攻めてこない。
武田軍を怖れていた
信長本人が攻めかかってくるなら討ち果たすと書いていて、
自分から攻めかかる気持ちはない。
またもともとは本願寺への攻撃を邪魔するために武田がでてきたので、
信長を東奔疲弊させれば、
戦略目標は達成できていて、
本願寺はさっそく毛利の出陣を促してる。
武田は対陣していれば織田が退却しないとならなくなる。
そこを追撃すれば勝てる。
無理やり堅陣に突っ込むのは無謀。
0742人間七七四年
2011/12/18(日) 23:57:40.76ID:rXlzLZEbなるほど。戦局を大きく見れば、織田軍はいずれ撤退するしかない状況だったか。
ただ、織田徳川軍は武田軍の背後を取り、挟撃できる状況でも攻めないのか?
武田を恐れていたにしても、織田徳川軍が圧倒的優位な立場になったのに、当初の予定通り攻撃しないことは考えられない。
織田軍は長期対陣を避けるため、さらに退却して追撃されないためにも、攻撃に出ると予想するのが妥当なんじゃないか?
やっぱり、背後を取られるって、大ピンチだったんじゃないか?
武田が無理な突撃を繰り返した理由としても、納得がいく。
手前味噌だが、≪737≫の時点まで時計の針を戻さないと勝てない!
0743人間七七四年
2011/12/19(月) 00:29:58.75ID:Jg8iddq10744人間七七四年
2011/12/19(月) 13:34:39.68ID:sQKuajvU鳶巣ヶ山砦が落ちてもまったく問題ない。
そこよりはるか後方だし。
それに鳶巣ヶ山砦の前面は大野川だから
武田軍が撤退したとしても渡河に手間取り追撃できない。
武田本隊を長篠城に投入しても
大野川を掘に見立てれば問題はない。
織田本隊はどうせ攻めてこない。
0745人間七七四年
2011/12/19(月) 16:37:28.36ID:GUCsPWm+≪737≫の俺の考えが、敵の状勢、実際の地理を把握しない机上論だったことは認める。
しかし、疑問がまだ残る。「当時の武田家臣団の目線」で考えて欲しい。お前に会えて嬉しい。
1.あの時の、武田家臣団は退路を断たれたと動揺するしかない
織田軍の畿内状勢を考えると、武田は退路を心配する必要がないことは分かった。ありがとう。
しかし、当時の文明で、畿内の織田軍の状勢をタイムリーに把握できるのか?毛利の動きとか。
そして過去に武田は朝倉の勝手な包囲網離脱を経験してるから、他力を信頼できなかったはず。さらに、信長が攻撃する気が無いことを、武田は知りえない。
だから、当時の武田軍が退路の心配をするのは当然だったのでは?
その上で、退路について考えると、退却時の寒狭川渡河に手間取るのは武田軍も同じ。酒井軍より数が多い武田軍は追いつかれないか?移動距離も連吾川からの武田軍の方が長い。
さらに眼前には織田徳川軍が対陣してる。
武田を恐れてるにしても、追撃戦は圧倒的に有利だ。武田は織田軍ほど堅固な陣城を構えてはいなったはず。
だから、「あの時点」での鳶巣ヶ山砦の陥落に動揺し、眼前にしか活路が無いと武田家臣団は考えるしかないのでは?
2.武田家臣団は、織田徳川軍の総攻撃の可能性は大いにある、と考えるしかない
織田徳川軍の兵数は、城攻めができる3倍。背後からも攻撃できる。
武田も守りは堅いようだが、前後からの攻撃に耐えられるのか?挟撃されるのは最も不利な戦い方だ。包囲もされかねない。だから武田は、挟撃される前に前方の敵を倒すしかないと考える。
ただ、「信長目線」で738の織田軍の状勢、信長の意図を考えると、織田軍はここで長期対陣も、兵を消耗することも避けたい。だから、総攻撃はないと考えられるが・・・
これも武田家臣団は知りえない、推察できないのでは?
当時の武田軍が知りえた思われる情報を元に、勝てるか負けない作戦を考えたい。
歴戦の名将がそろった武田軍が完敗、全滅してしまった作戦ミスとは何だったのか?
0746人間七七四年
2011/12/19(月) 18:25:11.50ID:sQKuajvU詳しくは下記のレス
http://ikura.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1293203118/680
勝頼らがあそこで積極的攻勢に出たことからも
織田に対して圧倒的な自信があった表れだろう。
純粋な野戦だったら武田は負けないと見てよいと思う。
なので鳶巣ヶ山砦の陥落に動揺と言うのはちょっと考えずらい。
もし動揺したのなら、殿にある程度の犠牲が出ようが退却してるだろう。
寒狭川渡河しないと退却できない武田軍というのは
医王寺に本陣をさらに進ませて長篠で決戦する意思を持った時点での武田軍だろう。
寒狭川渡河せずに長篠城攻撃に全力を挙げるべき。
武田軍は足助城・浅賀井・八桑・大沼・田代の諸城を攻略した先遣隊に
作手(新城市)で勝頼が合流し、山縣隊が野田城・ニ連木城を落城させ
吉田城で家康の救援軍を撃退し吉田城へ敗走させ、勝頼隊と合流して長篠城攻め開始。
たった15000で出陣して、本願寺への義理も充分に果たしたし
ここまでの破竹の勢いでの戦果で満足して帰国すべきだった。
そもそも岡崎城主信康家臣で大岡町奉行を務めていた大岡弥四郎が
勝頼に通謀し足助城から岡崎に武田軍を招きいれようとしたので奥三河へ勝頼が出てきてる。
しかし発覚してしまい岡崎突入を断念し、ニ連木城・長篠城方面に転進したとされる。
武田の軍事計画が狂ってしまった以上は長居は無用だった。
長篠城攻撃はとりあえず予定を変えたレベルの思いつき。
0747人間七七四年
2011/12/19(月) 18:28:02.18ID:sQKuajvU×信康家臣で大岡町奉行
○信康家臣で岡崎町奉行
0748人間七七四年
2011/12/19(月) 22:18:47.85ID:63E7SFBt織田徳川は長年培ったきた陣城構築による迎撃。
武田は陣城の防御力を計算に入れないで通常の野戦のような戦いになると思ったんだろうと。
ここで特筆すべきは後詰めに出た織田徳川連合軍が陣城による防御戦をとったことだろう。
長篠城を囲んだのは武田軍。後詰めに出たのは織田徳川連合軍。
通常は待ち受ける武田が防御体制を取るところ。
後詰めに出た織田徳川連合軍が防御体制を取ったってことは、鳶ヶ巣山砦を攻略した時点で長篠城後詰めの目的は果たしていて、設楽原の合戦は付随的なものなのかもしれないね。
0749人間七七四年
2011/12/20(火) 08:38:04.18ID:1oWeDEBN長篠の合戦における突撃は、
鳶巣ヶ山砦の陥落の情報が勝頼にもたさられる前に、
始まっていたというのが通説。
勝頼は軍を分断した信長軍を襲いにいったのかもしれない。
0750人間七七四年
2011/12/20(火) 11:57:33.37ID:Mvj9vSc3陣城に無謀な攻撃をしかけた。
0751人間七七四年
2011/12/20(火) 13:03:55.70ID:Mvj9vSc3戊辰戦争でも会津若松城が落ちた原因が糞尿問題と言われてるからな。
堀に棄てればいいじゃんと素人考えするのはアホなんだろうな。
野戦陣地だと穴を掘って糞尿を埋めるといわれてるな。
それでも3万もいると限界になると
吉永正春氏がたしか毛利と大友の戦の説明で言ってたな。
0752人間七七四年
2011/12/20(火) 16:23:32.89ID:rB71EIkP衝撃的な内容だ!武田水軍―。伊勢にまで拠点があるとは。これなら畿内の織田軍の情勢は把握できる。長篠城までの連戦連勝も圧倒的だな…
>>748、749,750の話も面白い!
じゃ、こうなるな「武田目線」↓
武田は知っていた―織田軍が設楽ヶ原に長期対陣できないこと、兵を消耗できないことを。
つまり、長期戦に持ち込めば、敵が撤退すること、攻撃に消極的であることを知っていた。
【なぜ、寒狭川を渡河したのか】
仮説1.畿内情勢を知っていたので、ここで織田にダメージを与える必要があると考えた。
本願寺の滅亡は時間の問題。そうなると、遠方の毛利との連携が難しくなるので。
さらに、野戦なら勝てると判断(748)。
≪疑問≫・この時点で、敵の陣城を把握することはできなかったのか?
→敵陣地の堅さを偵察できていれば、渡河はしなかったと思う
・兵数3倍もの敵に勝てると思うだろうか?
【なぜ、決死の突撃を続けたのか?】
仮説2.過信(750)。 陣城の防御力を計算できなっかった(748)。
→これは無いと思う。
守りの堅い陣地であることは見れば分かる―水掘(連吾川)、空堀、土塁、柵。
もし、見えなかったとしても、最初の攻撃で分かる。よって攻撃を止め、連吾川を挟んで持久戦に持ち込めばよい。武田の守備も堅い(744)。
しかし!ここで初めて鳶巣ヶ山砦の陥落が問題になる!この時点での持久戦は武田に不利。
後方背後を酒井軍に攻撃されるから。確かに、始めは鳶巣ヶ山砦の陥落は問題なかった(746,749)。
→つまり、前方にしか活路がなかった
≪疑問≫・738,744,749の「鳶巣ヶ山砦の陥落は最後まで問題ない」が俺には分からない。俺バカ?
持久戦になっても、酒井隊は武田軍の背後を攻撃しないのか?攻撃されても大丈夫なのか?
仮説や疑問に、おかしな点があれば突っ込んでくれっ!!(^^)
0753人間七七四年
2011/12/20(火) 22:27:35.95ID:1oWeDEBN集英社の週刊誌、長篠合戦図屏風によると、
午前6時に長篠の戦いは始まっている。
一方酒井隊の鳶巣ヶ山砦の攻撃は午後8時頃か少し早いくらい?と
なっている。実際の砦陥落はもっと後だろう。
もしかしたら別働隊だけでは、陥落していなかった可能性もある。
徳川隊の戦果は誇張が多い。
どちらにせよ、勝頼の判断にそれほどの影響をもたらしたとは考えにくい。
むしろ勝頼は川中島の謙信の様に信長を襲ったつもりだったのではないだろうか。
であれば敵兵力を正確に掴めていないのに突撃している理由も説明がつく。
つまり>>696の結論に一致する。
最後の最後で、勝頼はポカをやってしまった。
0754人間七七四年
2011/12/21(水) 00:01:30.12ID:hyEvXAUIでも川中島の謙信のように突撃した説はありだと思うな
ただ、川中島のときと違って敵は野戦陣城にいたがな
0755人間七七四年
2011/12/23(金) 11:28:14.32ID:OGtsd4Nu元亀4年の信玄西上の時の織田は金も火薬も兵糧も無いので幽斎に調達するように命じたが
無理だったから、信長自らが指揮して京で恐喝略奪して凌いだ。
同じように幽斎には長篠の戦い寸前の時期にも信長が今回は鉄砲の玉薬だけだが
調達を要求していて、この時は調達できるようになっていたのが
5/12の幽斎書状への5/15信長返書書状でわかる。
5/20には玉薬が到着したようで信長はそれに関して「祝着だ」と大喜びし
家康はいよいよ陣城に籠城して討ってでない体制を構築して長篠城落城の危機に焦り
5/20夜に酒井忠次らによる鳶ヶ巣山砦襲撃計画を発動したために
勝頼の攻勢を生み出し、さっそく5/21に長篠の合戦が起こってる。
そして5/26岐阜に戻るやさっそく幽斎に詳報して感謝してる。
つまり信長は火薬到着待ちをしていたので
勝頼は19日までに信長を攻撃してれば勝てた。
13日に出馬し、14日に岡崎に信長は到着してた。
0756人間七七四年
2011/12/23(金) 16:20:35.83ID:kmJ6Q4ldたった1日のことでその後が決まってしまうとは
0757人間七七四年
2011/12/24(土) 18:44:11.54ID:p25zwAaB>勝頼の判断にそれほどの影響をもたらしたとは考えにくい
ではなぜ、勝機も見えず、甚大な被害が出続けているのに突撃を「続けた」のか?
>勝頼は川中島の謙信の様に信長を襲ったつもり
敵兵力、陣城を事前に察知できていなくても、攻撃すれば分かる。途中で攻撃を諦め自陣に戻り、持久戦に持ち込むことを放棄した理由が説明できない
>>755
そうだったのかぁぁ〜!! そこまでの事情は、さすがの武田伊勢水軍も知りえなかっただろうな。これは仕方ない。ホント、運って大切だな。
開戦前の信長の焦りっぷりが救いだ。
>>755は、すごいコト知ってるなぁ。
ところで、本当に≪19日までに開戦したとしても勝てたのかな?≫
敵は鉄壁の守りに見える。武田の被害は少なくなると思うが、あの陣城を崩せたとは思えない。
鉄砲がどんな使われ方をされたにせよ、鉄砲が決定的な敗因なのか?
俺の考える敗因(作戦面を除く)は、兵力差と陣城だ。敵が弓矢と槍と少量の鉄砲で応戦してきても負けたんじゃぁ・・?
俺が鉄砲の威力に対して無知なのかな?確か、設楽ヶ原では鉄砲による死傷者より、弓矢による死傷者の方が多かったはずだ(甲陽軍鑑か何かで)。
どうだろうか?
0759人間七七四年
2011/12/24(土) 22:27:41.00ID:6kjZtd6i武田側の損害は武将の死んだ場所を考えても撤退中に受けたのが多いと考えられる。
一方、追撃する側は普通そんなに損害を受けないから織田・徳川方が受けた大損害は
攻撃を受けている時と考えられる。
陣城を攻撃するという不利な状況にもかかわらず、武田側のほうが「押していた」んじゃないか?
けど、翼包囲に失敗した時点で陣地の突破が不可能と判断して、予備兵力のはずの親族衆が
撤退開始。
予備兵力に余裕のある織田側が反撃に出て、という流れじゃないか?
0760人間七七四年
2011/12/25(日) 02:08:37.05ID:JvSmC59u結果織田は出血はしたが軽傷だった。が武田は想像を絶する致命傷をおってしまった。
0761人間七七四年
2011/12/25(日) 03:17:46.73ID:Djc1QHc3伊勢長島が落ちた以上武田も本気でコトを構えざるを得なかった
で、負けた
0762人間七七四年
2011/12/25(日) 07:40:16.91ID:kGwlV7ym信長が出てきてくれないと決戦にならないから、他の勢力と連動せずに動いたのが悪かったんだろうな。
結局、織田の全力を受け止める形になっちゃった。
0763人間七七四年
2011/12/25(日) 07:42:02.21ID:LWomy4Hm甚大な被害も出てないのに親族共が逃げ出した理由は?
武田一門がバカだから?腰抜けだから?
甚大な被害なんて、主観的な物でしか無いんだから、武田にしては長篠合戦は甚大な被害だったんだろ?
史実では長篠合戦後も勝頼は、頑張ってるんだから、客観的に甚大な被害は受けてはいないかもだが。
諏訪の息子たる勝頼と甲斐源氏御一行では、戦に関わる価値観が違うんじゃね?
勝頼は、勝つ為にある程度の犠牲はやむを得ないと思ったのに対して
武田主流は犠牲を出してまで戦って勝つくらいなら引きこもって諜略してくれ
って考えるタイプなんだろ。
まあ、勝頼には武田の後継者は無理だったってことじゃね?
長篠合戦後の悪あがきを見ると能力はあったみたいだし、いっそ諏訪再興を目指して武田と決戦をした方が英雄になれたかもしれん
0764人間七七四年
2011/12/25(日) 07:55:44.80ID:JQWAzn0e信玄の時は成功してたし、
長篠で決戦する寸前まで
武田は勝ち続けてた。
兵をむやみに減らさないように心掛けてた信玄なら
敵を誘いこんで叩く必勝セオリーがあるが、
わざわざ被害がたくさん出るような陣城に正面攻撃などしない。
勝頼は被害度外視して攻めかかるから、
信玄が無理攻めせず落とさなかった城を落とし武名を挙げてるが、
それは勇敢ではあっても知恵が無い。
0765人間七七四年
2011/12/25(日) 08:19:19.35ID:+Mfx0RBX0766人間七七四年
2011/12/25(日) 10:14:30.63ID:f6sIb6wP成功?
成功って言うのは結果を出してから言うものだよ神奈川県民さん
結果出す前に死んでるからw
現実みなよ?w
0768人間七七四年
2011/12/25(日) 13:26:37.29ID:RgzgQfMc遠江国高天神城を勝頼に奪われた際の
天正2年6/29の書状で信長は勝頼は若輩だが
信玄の掟を遵守しており表裏も心得ているので油断ならないと
恐れていることからも信玄の武遺は充分すぎるくらいに
信長を警戒させている。元亀4年の信玄西上のトラウマを
信長は引きずっているのがわかる。
その後も織田軍は伊勢・越前・大和・摂津・和泉・河内で
石山本願寺・三好康長・遊佐信教・一向宗と相変わらず戦い続けてる。
しかも荒木軍が石山本願寺側の中島砦で大半の者が討たれた際の信長は
本願寺を撫で切りできれば、どんだけ被害を受けても構わないなどと書いてるように
軍役をかけてる下々の負担を一切かえりみないアスペ暴君ぶりを発揮。
これでは荒木や松永らが信長に謀反するのも仕方が無いことだ。
多聞院日記3/11でも信長の攻撃で摂津と河内の田地が過分損亡と嘆いている。
ちなみに信長公記の5/13に長篠への後詰めに行く途中に熱田社の八剣宮が荒廃してる様を
信長が目にして大工に社殿造営を命じてから岡崎へ向かう記述がある。
多聞院日記5/12の記述には武田軍の先陣が熱田まで進撃していたことを記入してる。
これは見事に符号する記述で、武田軍が長駆進出して信長を挑発して決戦に引き出して
本願寺への圧力を減少させようとしてるのがわかる。
>>755に付け加えるとして5/15書状の内容から
鉄炮放と玉薬の調達の報告だとわかるんだが、
鉄炮放とは砲手を意味しており、実際には細川が
玉薬と鉄砲の使い手を雇っていることを意味してる。
これは5/17付多聞院日記にも伝聞内容のためにタイムラグがあるものの
信長の命令で筒井が鉄砲衆50名を派遣と記しており
細川や筒井らが堺あたりから鉄砲衆を雇い入れて派兵してると思われる。
それを佐々や前田や塙らに配分して率いさせたと考えられる。
(当時の武士は鉄砲を扱わず百姓・足軽・雑兵のような身分に使わせてる)
また6/13付けの信長から上杉への書状において兵糧の調達が不充分なので
織田軍は撤退したとも述べていて、対陣長期化も織田軍は望んでいなかった。
武田が対陣を続けていたら、織田は長篠城を見放して和議を結ぼうとしただろう。
8/13には秀吉が兵糧を調達していて、信長はそれを小谷城で受け取って
越前一向一揆を討伐に向かっており、
数万人規模の老若男女の区別ない越前一円での大虐殺大会と大略奪を開始し9/26に帰還する。
10月初頭には石山本願寺が織田と和睦しようとするが、
信長がホントかどうかわからんからしばらく様子を見てから朱印を与えてやるとか余裕をぶっこくが
翌年1月に吉川に支援を願っていた赤井氏に呼応した波多野氏との挟撃で
明智軍が大敗北&摂津でも石山本願寺に織田軍がダブル敗北を喰らうw
もともと義昭側近の六角義尭が本願寺と武田の間を取り持っていて
信長の本願寺への攻勢への牽制で武田出馬要請があった。
また六角氏は武田軍に六角中務大輔を従軍させてる。
0769人間七七四年
2011/12/25(日) 14:26:10.38ID:f6sIb6wP何話そらそうと必死にしてるんだ?w
信玄の上洛は失敗しました、はい、これ事実
そして成功というのは結果を伴わないと成功とは言わない
それとも信玄の目的は徳川を攻めて信濃の山の中で死ぬことだったの?w
それなら大成功だw
異論は無いよw
0770人間七七四年
2011/12/25(日) 14:36:37.22ID:RgzgQfMc残念だけど信玄死後も長篠の敗戦までは
武田優位は揺るいでないから
信長は結局、
信玄に屈辱を味わったまま死んだ事実か変わらないんだ。
0771人間七七四年
2011/12/25(日) 15:00:51.51ID:qHCZ9zbM織田って兵糧が毎回不足気味だよね。
やっぱり伊勢東海の海上輸送路が武田に押さえられているのも大きいんだろうね。
物資調達のために織田の進軍地域は略奪が酷いんだろうな。
0772人間七七四年
2011/12/25(日) 16:53:38.54ID:f6sIb6wP日本語読めないの?大丈夫?
優位とか誰も気にして無いんだよ?
信玄の上洛計画は失敗、信濃の山奥で血反吐はいてくたばる計画は成功、コレが事実
成功したのはそれだけ
わかる?
優位とか所詮状況にすぎないんだよ
津かそんな優位なら勝頼が遂行してなけりゃおかしい罠w
事実として、その後包囲網の西は瞬く間に平らげられた、コレも事実
コレで優位・・・そうかこうやって話しそらすのがお前の目的か?w
結果は信州の山奥で野垂れ死に、コレが全て、成功したのはコレだけ、コレが結論
>>768みたいにご託並べようが、代わりはしない
残念だねw
0774人間七七四年
2011/12/25(日) 21:38:16.93ID:/AtlRM8I0776人間七七四年
2011/12/25(日) 23:36:20.60ID:kGwlV7ym本願寺が残ってるから瞬く間に平らげられた、は言いすぎじゃね?
包囲網が崩壊した、ぐらいっしょ。
0777人間七七四年
2011/12/26(月) 00:04:31.38ID:ZRtbMSFC0778人間七七四年
2011/12/26(月) 00:18:46.60ID:qWixDcCc義昭は政治的には生きてるけど、鞆に流れてからは直接的な軍事力はないからなー。
健在ってのはいいすぎじゃね?
だがはあくまで、足利将軍家の直接動かせる軍事力の話してるし。
0779人間七七四年
2011/12/26(月) 01:05:34.37ID:ZMSD+msX京都を守るべき将軍が追放されて健在は無いわ
その理屈だと小笠原、今川、上杉の上野勢力、徳川も健在だな
0780人間七七四年
2011/12/26(月) 02:37:27.57ID:YD6qx3Q10782人間七七四年
2011/12/26(月) 09:04:29.82ID:njgtpd+z尊氏どころか義材とかも
そこから上洛成功してるし。
0783人間七七四年
2011/12/26(月) 11:51:47.60ID:CWhgPhmAトンデモないことになっただろ。
0785人間七七四年
2011/12/26(月) 14:12:49.51ID:dn7GSILx根幹地って、どこの国の言葉?
武田にとっての甲斐や織田にとっての尾張に該当する地域は、足利将軍家には無いだろ。
足利尊氏なんて九州から兵隊連れて帰ってきたりしてるのに。
0786人間七七四年
2011/12/26(月) 14:28:06.25ID:XvMVG3DQ京都確保していなきゃ幕府はただの私的な組織になる
尊氏も京都奪い返すたびに幕府再興してるw
まあ京都を押さえるというより天皇を押さえるといったほうが良いかもしれんが
0787人間七七四年
2011/12/26(月) 14:48:57.37ID:CYzBfng+五山の任命権や徴税権と言った
将軍権利を義昭は保持してるから
健在と言っても良いだろうね。
0789人間七七四年
2011/12/26(月) 15:25:33.65ID:dn7GSILx無い
無いから、応仁の乱は起こったし鎮圧出来なかった。
奉公衆も義輝以降瓦解してる。(藤孝なんか早い時期から織田にいるじゃん)
アンチ信長厨は、足利が一万の軍勢を持ってたってどっかの資料から書いてたが
一万も握ってたら松永や三好にはやられない。
将軍という権力が足利将軍家を支えてただけで、それ以外何もない。
0790人間七七四年
2011/12/26(月) 15:32:29.46ID:ZMSD+msXそんなのが実現したら楽なことこの上ないな
国連平和維持軍もいらないじゃん!
すごいなーお花畑な世界だね!
0791人間七七四年
2011/12/26(月) 15:46:26.29ID:XvMVG3DQ三好にも敵はいる
敵に義輝を担がれるよりは自分が担いだほうがましな状況になったから担がざるを得なくなった
0792人間七七四年
2011/12/26(月) 18:51:49.35ID:CWhgPhmA義晴義輝親子の例を出さずとも近江に将軍が移動するなんてしょっちゅうだ。
将軍が京にいないこと自体はなんら問題ない話だ。
0793人間七七四年
2011/12/27(火) 21:51:36.07ID:LC2t5mFs信長って「俺を尊崇しろ」とか書状に書いてたりしてんだよな。
こんなパワハラ社長勘弁だわ。
0794人間七七四年
2011/12/27(火) 21:58:26.09ID:M+4jMW0pコンプレックスなのは分かるが、スレぐらい確認しろ
0795人間七七四年
2011/12/27(火) 23:18:08.77ID:JJN/IhZ7それだな
被害度外視で高天神城とか落として、信玄のやり方で落ちなかった城を落としたから、信玄と自分のやり方は違う、勝頼は勝頼流の戦い方で信玄を越えたことにしたかった
0796人間七七四年
2011/12/27(火) 23:43:09.42ID:cPBpyvHL勝負師としてはサイアク
0797人間七七四年
2011/12/28(水) 11:49:16.30ID:zGtiwGMj単に織田との勢力差だけではなく自分の力を示す必要があったのか
0798人間七七四年
2011/12/28(水) 12:06:33.95ID:3yQJu4GAだが大概は逆効果になる
でも当時、他に何かやりようがあったのかと言われると難しい
長篠さえ負けなければ、それほど問題があったようにも思えないが
0799人間七七四年
2011/12/28(水) 12:21:27.31ID:IwRZIN4v後で織田が大軍率いてきた時穴山小山田のように寝返りそうだな
穴山レベルが寝返ってんだから誰が裏切ってもおかしくない
早いとこ信玄が家督を任してくれたら良かったんだが
やっぱ生き延びるチャンスを作るには謙信が生きてる間ぐらいか
0800人間七七四年
2011/12/28(水) 13:14:39.38ID:2yoCETeW毛利が不甲斐なさ過ぎたのが原因だな。
輝元は勝頼のように統率出来なかった。
0801人間七七四年
2011/12/28(水) 13:52:30.35ID:lD6S4ZjC横槍だけど
1558年の義輝が長慶に頭下げて都に戻った時から長慶が死ぬ1564年の話だね
この時期は完全に三好長慶が畿内の主だったよね
和睦した理由は正にあなたの言うとおりですね
まあ和睦したからって三好の力が落ちたって訳じゃないけど
権威ってのは実に厄介なモノかってのを三好政権は痛いほど味わったからなあ
正直なところ、三好氏の最大の敵って人じゃないからな
ここをクリアしたのが長逸だったけど本当なら長慶がやるべきだった、性格上難しかっただろうけど。
>>790
1551年〜1558年は三好>足利だよ、完全に序列変わってる
よく義輝が死ななかったら足利の権威云々〜って意見を見るけど
将軍権威は細川政元の時点で地に落ちてるから義晴〜義輝〜義昭辺りでは完全なお飾りでしかない
1558年〜1565年の義輝は奉行衆こそ以前と比べ使えるようにはなったけど
近江以前と違って監視も当然厳しくなるし完全に自由を取り戻したとは言えない
むしろ朽木時代より自由があるのにあまり物事上手くいかないからストレス溜まる環境になったと思われ
永禄の変は歴史史上のイベントではかなり過小評価されてる出来事
一般的には義輝の無双だとか、三好氏が足利氏に対する暗殺って足利ヨイショって描き方だけど
まあ三好衆がやらずとも誰かが何時かは永禄の変と同じ事をやっただろうけどね。
0802人間七七四年
2011/12/29(木) 07:41:41.82ID:3fMHFhTa丁度収穫前の夏なんだし
8月下旬はようやく収穫後か?
年によっては暦が現在とは2か月ぐらいずれたりもするからいちいち調べないとよくわからん
甲斐は米より麦が多かったと聞いたことがあるので兵糧が不足する時期はまた違うのかも知れんが
0803人間七七四年
2011/12/29(木) 19:31:41.43ID:EOpUrTEX富士山の雪解けに水が土石流化したりして麦が水害でやられない限り
けっこう麦を強くて、例年の2倍も取れたりする年もあった。
ちなみに天正3年は飢饉や旱魃にはなってない。
つうか永禄8年の渇水を最後に天候が好転してて被害が記録されなくなる。
まぁ信玄が河川改修した結果が現れてきたんだと思う。
0804人間七七四年
2011/12/29(木) 21:55:23.73ID:wd8b8N7w0805人間七七四年
2011/12/29(木) 23:45:54.90ID:d/bra2r8本願寺やその他の畿内平定と西国方面の攻略にいきそうだな
逆に武田と徳川で張り合ってくれてた方が都合がいいんじゃないか
徳川が武田を倒して大大名になると厄介だし
武田が徳川を滅ぼしたら織田も本気になってくるだろうが、信長にとったら甲斐や信濃をとったところで戦線が拡大するだけ(北条や上杉)なので畿内平定を優先させるだろう
0806人間七七四年
2011/12/30(金) 08:19:43.98ID:TE0PdU2F信長の本格的な侵攻を招くことは無かった。
完全に勝頼のミス。
0807人間七七四年
2011/12/30(金) 13:01:56.22ID:E33jn4C3武田には徳役という税制があった。
これは有徳銭とも呼ばれ、富裕層にだけ税を追加で取るもの。
これを当時は悪政と言っていたが、
これらが河川改修などの災害防止にあてられていた。
逆に北条などは富裕層である高利貸しを優遇して
借金苦で家族を質に入れて流されてるケースが多発してる。
0808人間七七四年
2011/12/30(金) 13:15:24.35ID:KGfcy9/uぜひ政府に提案してあげてください
鼻先で笑われますから
0809人間七七四年
2011/12/30(金) 13:31:06.50ID:E33jn4C3首都すら例外なく放火廃墟化させ一気に黒字化してるな。
0811人間七七四年
2011/12/30(金) 14:00:50.26ID:E33jn4C3>>信長公記の5/13に長篠への後詰めに行く途中に熱田社の八剣宮が荒廃してる様を
信長が目にして大工に社殿造営を命じてから岡崎へ向かう記述がある。
多聞院日記5/12の記述には武田軍の先陣が熱田まで進撃していたことを記入してる。
これは見事に符号する記述で、武田軍が長駆進出して信長を挑発して決戦に引き出して
本願寺への圧力を減少させようとしてるのがわかる。
いつものことながら信長公記の捏造歪曲隠蔽っぷりが凄すぎてワロタw
0813人間七七四年
2011/12/30(金) 14:42:30.11ID:gbgD4A4F0814人間七七四年
2011/12/30(金) 22:41:57.46ID:bEocQNZc馬上の功老にて、是れ又、馬入るべき行にて、推し太鼓を打ちて、懸かり来たる」
0815人間七七四年
2012/01/03(火) 15:33:25.25ID:AQ8nvaMKなんせ武田家には、若狭武田五郎、犬山織田信清、土岐頼芸、佐々木次郎などなどの人々を軽んじるわけにもいかなかっただろうし。
彼らは毛利にいた義昭から派遣されてたんだろう。
0816人間七七四年
2012/01/04(水) 23:30:29.28ID:NPuPQPSq0817人間七七四年
2012/01/05(木) 06:57:59.59ID:K4gi3Uupそら、織田と手打ちに持ち込む気なら公方の配下は追放しなくちゃ無理でしょ。
どっちを取るかだよ。
0819人間七七四年
2012/01/05(木) 22:31:12.15ID:hVZyDpWq0820人間七七四年
2012/01/05(木) 23:39:29.66ID:jigNqDdm無理だろ?しかもソ(北条)は裏切って陸続きで攻めてくる。
独(本願寺)はじり貧。
勝てる要素ない。
0821人間七七四年
2012/01/06(金) 09:17:53.97ID:BZZzSiZH織田と戦うなら北条との関係は絶対に維持しなきゃいけないし
北条と争うなら織田に頭下げて軍門に下るしかないし。
御館からすぐのタイミングなら高天神明け渡して遠江から完全撤退ぐらいの条件でも
まだ和睦を結べる可能性はあった。
0822人間七七四年
2012/01/06(金) 15:46:11.04ID:anxx6rR7何せ上杉から武田の和睦条件が大量の黄金と東上野と武田の悲願だった
上杉の信濃からの完全撤退という破格の条件。
戦わずして30万石手に入った上上杉は一応味方になる。
逆に景虎が勝ったとして勝頼に得るものがあったかと言うと北信濃2万石だけだろうし
上杉が北条の属国化して北条の図体が自分の2倍になるわけで
歴史を後ろから見ずに判断すれば誰でも北条と敵対する道を選ぶと思う。
それに御舘の時点で遠江からの撤退だけで和睦できるわけがないだろ。
0823人間七七四年
2012/01/06(金) 15:55:31.75ID:JtzK7sdK0824人間七七四年
2012/01/06(金) 21:10:48.67ID:V5JcAWQr0825人間七七四年
2012/01/06(金) 21:21:33.41ID:50ur0GuF0826人間七七四年
2012/01/06(金) 22:58:17.53ID:Xn/7TwKBむしろ脅威になる
対等な同盟は対等な力関係あってのものだから、低姿勢で臨んでも相手の台頭を許したら主導権を奪われて振り回される事になる
0827人間七七四年
2012/01/07(土) 00:05:58.22ID:U1mV9/MYもうあそこまで来たらどうやっても手遅れだよ。
一番良いのは長島一向一揆が滅亡した時点で岩村を返還してさっさと講和する事
0828人間七七四年
2012/01/07(土) 01:54:26.29ID:3XdyMmJK0830人間七七四年
2012/01/07(土) 09:32:12.60ID:XD73eU+eそれが結果論というものだ
0831人間七七四年
2012/01/07(土) 09:36:42.37ID:AK3W2crq少なくとも、対徳川に全力を投入できるから、高天神城見殺しはなくなるはず。
北条も関東制覇に忙しいから、東海甲信には手を出してこないだろう。
上野は諦めなきゃならんだろうが。
上杉も3正面が2正面になれば、北陸戦線がもっとましになるはず。
0832人間七七四年
2012/01/07(土) 09:46:30.42ID:kqZvyVsmまさに四面楚歌で滅亡。
0833人間七七四年
2012/01/07(土) 10:18:06.77ID:vmn4oriQ北条にとっては景虎なんかより武田との同盟の方が遥かに重要
景虎を見殺しにしても武田との同盟は維持するべきだった
0834人間七七四年
2012/01/07(土) 10:23:14.31ID:0ppuMoDd義理も利も無いというのに
0835人間七七四年
2012/01/07(土) 11:01:31.52ID:QWbno7uz武田と争うのは織田の天下取りを早める手助けをするのと同じ
それこそ馬鹿な事だ
北条、武田、上杉の三国で結べば一番得するのは北条
利がないどころか北条にとってこれほど国益に叶う同盟はあるまい
0836人間七七四年
2012/01/07(土) 11:13:28.99ID:uP+mSkRi結果論から言えば武田に手をつけて本能寺を招いた信長が一番のアホ
家康一人勝ち
0837人間七七四年
2012/01/07(土) 12:41:31.83ID:0ppuMoDd信長は臣従する国には寛大な処置をとるのだし
0838人間七七四年
2012/01/07(土) 14:06:59.09ID:vFkI7JX4信長は大幅に奪った土地を無能な身内に分配する屑野郎
家臣にさえ気分しだいで領地を召し上げるような馬鹿だから自滅してやんのw
0839人間七七四年
2012/01/07(土) 14:31:21.88ID:b2bI7rLf寛大とも取れる秀吉の処置が死後家康や輝元といった五大老の暴走を招いて
結果的に豊臣家が滅んだことはあえて明記する必要もあるまい。
結局身内に分配して気のしれない連中は遠国に領地あげるのが一番いい
0840人間七七四年
2012/01/07(土) 15:00:27.81ID:Iz5yFUUE譜代でさえ次々粛清されてるし、長宗我部みたいに唐突に領地を手放せと迫られた例もある
信長がそんなに甘い考えするとは思えない
実際、勝頼と決別後に北条は超低姿勢で織田に接していたが
むしろ年々扱いが酷くなっている
おまけに信長はこの頃、朝廷から関東討伐の名文を貰っている
北条記でも、滝川一益は北条討伐の内意を受けていたのだろうと述べているように
北条側でもそれをひしひしと感じていたのだろう
そもそも織田は武田を滅ぼし、毛利、長宗我部、上杉らを追い込んでいたが
彼らを滅ぼした後に信長が北条を優遇する理由があるだろうか
信長は北条に対して当たり障りなく接していたが、関東の分国支配や婚姻など重要な件については一切返事をしなかった
毛利や上杉らを討伐するまでの間だけ表面的な友好を演じて
彼らを滅ぼしたら転じて北条を滅ぼすつもりだったと見るのが自然であろう
0841人間七七四年
2012/01/07(土) 17:08:22.64ID:XD73eU+e0842人間七七四年
2012/01/07(土) 18:51:46.94ID:q4Rk5oG/0844人間七七四年
2012/01/08(日) 11:41:33.16ID:w5SnPNCb北条が玉林斎を使者に、
鷹やら馬を献上した時に
信長が受け取り拒否してるからな。
北条も三島大社に必死に願文してるあたり、
危機感ありまくり。
明らかに滝川の立ち位置は北条から、
国人達を次々に離反させる役目。
もともと宇喜多も助けるつもりが信長にはなかったからな。
0845人間七七四年
2012/01/08(日) 12:04:19.23ID:e+0S6DKj普通に考えたら、滝川が甲斐か信濃なわけで、上野に置いたのは先に行くよって言ってるようなもの。
0846人間七七四年
2012/01/08(日) 17:28:49.16ID:wc1iV5yB関東の統治は北条ではなく滝川へ委ねると言う意味に等しい
北条もこの人事には愕然としたに違いない
本能寺の変で信長横死を知った直後に滝川へ襲いかかった事の根底には
この時の不信、不快の思いも働いていたであろう
0847人間七七四年
2012/01/09(月) 05:01:29.47ID:+v+Y2FHM嫡男殺して妾の子にあとを継がした信玄の責任
可哀相過ぎる
0849人間七七四年
2012/01/09(月) 08:54:11.82ID:jTHoJt9L0850人間七七四年
2012/01/09(月) 09:08:21.24ID:IbAoEqD40853人間七七四年
2012/01/10(火) 23:50:18.23ID:fZ7zwTx20854人間七七四年
2012/01/11(水) 00:20:01.63ID:Aah2r3Xd北条からは嫁をもらってるんだぜ、勝は。
おれなら前者だな
0855人間七七四年
2012/01/11(水) 00:39:16.43ID:apoBd2Sz影虎は人質として一応春日山に置いておく
すると北条も黙っていれずに敵になるが、史実でも敵になるわけだしね
0856人間七七四年
2012/01/11(水) 00:42:09.37ID:Aah2r3Xd0857人間七七四年
2012/01/11(水) 04:01:56.41ID:7t/tLh8L【御旗楯無】甲斐のひき逃げ軍団逮捕【御照覧あれ】
遠江三方ヶ原で1572年12月、騎馬隊の突撃を止めようとした
尾張の平手汎秀さんがひき逃げされ死亡した事件で、
織田家捜査一課は、強盗殺人容疑で騎馬隊を指揮していた
甲斐の戦国大名、武田晴信容疑者を逮捕した。
平手さんは、織田家の陣地で友人と話をしていたところ、
数千人の騎馬軍団が本陣を奇襲するのを目撃。
騎馬軍団を止めようとして前に立ちふさがったが、スピードを上げた騎馬にはねられた。
目撃情報が少なく捜査は難航。
織田家は平手さんが結婚資金としてためていた200貫を懸賞金に充て、
情報提供を呼び掛けていた。
0858人間七七四年
2012/01/11(水) 06:37:05.74ID:+ZoRFRgL0859人間七七四年
2012/01/11(水) 08:22:24.42ID:qLY2ahtz勘助が山本勘助を指すならば
教科書レベルの世界じゃ有り得ない。
(理由)
山本勘助は想像上の生き物だから
0860人間七七四年
2012/01/11(水) 16:22:14.53ID:n8WC5oF4実像は不明瞭だけど
0861人間七七四年
2012/01/11(水) 21:33:55.77ID:BBLkRUEN仮に↑が勘助だったとして、勝頼の父親なんて失笑レベルですらないが。
0862人間七七四年
2012/01/11(水) 22:10:46.91ID:apoBd2Sz諏訪御両人が他のやつとやってなきゃね
でも震源の子じゃないにしても母は変わらないからな
0863人間七七四年
2012/01/16(月) 22:52:10.86ID:2i3COd9n0864人間七七四年
2012/01/17(火) 03:21:00.54ID:uqHEzoAu市川文書では山本「管助」ではあるが
読みが同じであるし、その程度の漢字の違いは許容範囲であるだろう。
昔の人は自分の名を自署するさいでも、
読みが同じなら平気で違う漢字を用いることも普通にする。
が、858はただのお馬鹿。
>>862
何だよ、>諏訪御両人 って・・・
「よっ、ご両人!」って歌舞伎の大向うじゃないんだからさ。
「諏訪御料人」か「諏訪御寮人」だろ。
0865人間七七四年
2012/01/17(火) 14:32:30.48ID:whmzg+870867人間七七四年
2012/01/17(火) 17:16:33.43ID:tabJ7kaR勝頼が武田当主のシナリオだと馬場や山県がいないし、馬場や山県がいるシナリオは
信玄が邪魔と、なかなかうまくいかぬものよ
0868人間七七四年
2012/01/17(火) 20:15:02.70ID:2a+uRNiUここ一番で無謀な突撃繰り返すただの猪だったでござる
だからなw
0870人間七七四年
2012/01/18(水) 00:06:33.09ID:+iE/wO+xそれだと長篠後の時代設定だよね
負け決定したあとの勝頼でゲームスタートか。きついな
たしか太閤立志伝5だと長篠前からはじめられたよ
勝頼プレイで長篠で信長に勝ったら信長と家康が自動的に討ち死にしたよ
0871人間七七四年
2012/01/18(水) 01:27:11.26ID:cy2Ki9imパワーアップキットで信玄の寿命縮めるとかは?
俺は将星録しかプレイしないけど、自前のツールで信玄データを勝頼データに
書き換えてる。そして勝頼は一条信龍にして適当なデータに設定。
0872人間七七四年
2012/01/19(木) 16:15:35.41ID:uZY4n7Xmシリーズによっては、PKとか追加購入シナリオで、長篠がある。
これだと、当主は勝頼で四名臣ほか武田全盛時の家臣がずらっといる。
0873人間七七四年
2012/01/25(水) 22:37:21.32ID:hWQIp9hqなんかPUKによってはご希望のシナリオあるかもね
0874人間七七四年
2012/01/25(水) 22:39:57.19ID:rN5CVagF織田の方が倍は石高あるのに
0875人間七七四年
2012/01/26(木) 00:18:14.40ID:HkldoMgg0876人間七七四年
2012/01/26(木) 00:31:43.63ID:QjdzlkLT信長包囲網をつくるんじゃなくて、信長の子分になってりゃよかったのに
信長政権で最大の外様大名になれてた
0877人間七七四年
2012/01/26(木) 00:55:00.14ID:AttzMJDo0878人間七七四年
2012/01/26(木) 02:17:47.01ID:fv26hc7y織田と和睦するってことは室町幕府に敵対するってことになる
まあ そんなに重要な要素ではないかもだが
0879人間七七四年
2012/01/26(木) 07:16:18.74ID:1vYCCL2r家康はどさくさで勢力拡大できずに、江戸幕府は無かっただろうな。
0880人間七七四年
2012/01/26(木) 09:56:38.02ID:T6ZHCS5Sこのスレでは多くの擁護意見がでているしそれに同意できる部分もあったりするけど
勝頼が名将だってのは全く分からないな
0881人間七七四年
2012/01/26(木) 10:25:51.71ID:bAYD4zaa信玄の残した遺産を食い尽くしただけなのが勝頼
御館の乱、新府築城、長篠合戦。
これらなきゃ武田は滅んでない。
アホすぎる。
0884人間七七四年
2012/01/26(木) 12:10:33.83ID:ZR8Qwdbuこれが一般的評価
史実と照らしてもこれが正しい
0885人間七七四年
2012/01/26(木) 12:18:41.29ID:HkldoMgg0886人間七七四年
2012/01/26(木) 12:20:26.28ID:ZR8Qwdbuむしろかなりチャンスあった方。
失態続きでそれをつぶした馬鹿が勝頼
0887人間七七四年
2012/01/26(木) 12:28:40.30ID:4zjCgBZu裏を返せば謙信以外の周りとは修復不可能なくらいの不仲って事だろ?
これはこれで厳しい物があるとは思うが
0888人間七七四年
2012/01/26(木) 12:58:24.31ID:T6ZHCS5S周りと仲が悪いとかそもそも戦国だとよくあること
まあだからといって信玄が織田を倒せたとも思えんが
0889人間七七四年
2012/01/26(木) 13:06:06.29ID:c7gXINkL秋山、仁科にもボッコボコにされる程度だからよほど無能な指揮官じゃない限り楽勝だろ
0890人間七七四年
2012/01/26(木) 13:09:01.64ID:c7gXINkL0891人間七七四年
2012/01/26(木) 13:22:38.19ID:DYEkaZpP数の上でも鉄砲の性能や装備の上でも勝るであろう織田徳川相手に自分から突撃
御館の乱では北条・伊達・葦名とともに景虎支援をせず、景勝に買収されただけでなく、
北条家に対して土下座外交すれば同盟維持できたかもしれんのに駿河伊豆国境や
上野方面で公然と喧嘩をふっかけ、四方を敵に回して猪突猛進
これによって武田の軍役は急増し国人の疲弊と不満は頂点に達する
新府城もあの状況でやるのは…としか。
能力どうこうを超えて基地外すぎるな。
0893人間七七四年
2012/01/26(木) 17:49:53.07ID:xbDYrh5F十分すぎるほどの負債だろ
0894人間七七四年
2012/01/26(木) 19:35:56.18ID:ipccZUgW空手形も他大名に比べて多いとする根拠なし
0895人間七七四年
2012/01/26(木) 19:46:27.38ID:V35RMHTt勝頼ももっと長生きしてたら、信玄以上と言われたのは確実
0896人間七七四年
2012/01/26(木) 19:55:51.17ID:xbDYrh5F兵士の装備がぼろくそだったこと
ありえない過程に基づいた根拠無しの結論
他大名と比較する意味がない
なんでそれっぽっちの短い文章で矛盾した主張が出来るかなw
0897人間七七四年
2012/01/26(木) 20:02:45.96ID:9wvQSq9m信長よりも戦闘力が上の家康をぼろくそにして滅亡寸前に追い込んだ
信玄が2年生きてたら信長は尾張あたりで瞬殺されてたのは間違いない
0898人間七七四年
2012/01/26(木) 20:09:17.23ID:/4uVp532計150〜160万石で家康を降伏寸前まで追い込み、北条との良好な関係を築いた。
上杉も北陸進出に積極的で放っておいても織田との衝突が必死
畿内には浅井浅倉長島一揆本願寺や波多野などが存在し毛利も対織田戦に向かう
このチャンスを生かせず長篠、御館、新府築城と失態続きで家を滅ぼした馬鹿が勝頼
0899人間七七四年
2012/01/26(木) 20:09:35.14ID:V35RMHTt0900人間七七四年
2012/01/26(木) 20:12:28.49ID:/4uVp53220万石そこそこの貧国を最強クラスの強敵と戦い160万石まで拡張したのが信玄
0901人間七七四年
2012/01/26(木) 20:15:37.57ID:Xu4DMSr3圧倒的に政宗のが上。
信長は幼君でガタガタの斉藤に敗戦し続けてラッキーパンチで寝返りが出て勝っただけ。
政宗は佐竹や白河、二階堂、石川、相馬、最上、大崎、葛西など全てで150万石にもなるであろう
大連合を自力で突破した。
比較にすらなるまい。
0902人間七七四年
2012/01/26(木) 20:17:41.22ID:Xu4DMSr3輝宗が散々苦戦した相馬を滅亡寸前においやり奥州で髄一の勢力を誇った南奥連合を壊滅させた。
大崎、葛西、葦名、最上、相馬、猪苗代、二階堂、佐竹、白河、石川、岩城、大内。
これだけ敵対して圧倒的勢いで勢力拡張した。
0903人間七七四年
2012/01/26(木) 20:18:32.96ID:V35RMHTt信玄配下の足軽大将にもなれないレベルだろw
0904人間七七四年
2012/01/26(木) 20:23:59.28ID:8sQPJm/B葦名>田村>伊達、相馬>大内、最上、津軽>猪苗代、石川>二階堂、白川結城、岩城>織田
>>>>>>>>>>>>秀吉
0905人間七七四年
2012/01/26(木) 20:25:43.73ID:V35RMHTtみんな秀吉のケツにキスして本領安堵されてただろwww
0906人間七七四年
2012/01/26(木) 20:27:56.69ID:Xdtt5WP8岩村城攻防戦でも援軍全くだせない状況で圧倒的大軍の織田相手に半年近く持ち堪え最後は騙まし討ちでやっと落とされる
武田攻めでも50〜60分の一の兵で城外戦で一門の一人を討ち取り自軍より多くの被害を与え
最低4時間は戦ってたという戦術的大勝をする (ランチェスターの法則でいえば兵力差50〜60倍以上なら被害差も50〜60倍になるはず)
姉川で徳川以下の実力が露見した織田。その徳川を圧倒的勢いで勝ちまくり非常に軽微な被害で壊滅的損害与えたのが武田
よって武田>>>>>徳川>>>>織田
毛利は対織田戦や豊臣戦やら関が原やら圧倒的大軍や国力、鉄砲の豊富な動員にわりに
結局やられまくっただけだからな 織田が唯一兵数に頼らず楽に勝ててるのが毛利や島津といった雑魚大名
よって織田>>>>>島津>>>>毛利 以上をまとめると
武田>>>>>徳川>>>>>織田>>>>>島津>>>>>毛利 これが確定する
それぞれの合戦の戦闘結果から確定事項を抽出
信玄>>>>>家康 三方が原
家康>>>>信長 姉川
謙信>>>>柴田 手取川
謙信>>信玄 川中島
家康>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>秀吉 84年一杯の直接対決
柴田>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>秀吉 しずが岳
滝川>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>秀吉 伊勢での攻防
北条氏政、氏規>>>>>>>>>>>>>>>>>>秀吉 小田原征伐
織田信雄>>>>>秀吉 尾張や伊勢での攻防
北条氏直>>滝川 神流川
秀吉>>>>>>>>>>>>毛利一族 中国戦線
宮部>>>>>>>>>>島津 九州征伐
上杉景勝>>>北条氏照、氏邦 鉢方、八王子の攻防
上杉景勝>北条氏直 天正壬午
仁科>>>信忠 高遠の攻防戦(50〜60倍かそれ以上もの兵力差で織田方の損害の方が多く一門の一人戦死。最低4時間以上戦われる)
信忠≒光秀 二条城の戦い(圧倒的大軍で光秀は寡兵の信忠に何回も押し返された)
島津≒長宗我部 戸次川の戦い(兵力差あるとはいえ壊滅的打撃被った)よって
数的優位があるとはいえ滝川を野戦で見事な偽退却戦術で非常に軽微な被害で大破した上、
豊臣軍23万5千(陣立書だと21万5千だがこれには佐竹宇都宮里見那須結城といった反北条勢が入っていない)
にわずか34500で挑み緒戦の駿河伊豆国境の戦いで大勝し、伊豆韮山でわずか500の兵で豊臣2万を大苦戦させ
武蔵忍城では1000の兵で豊臣30000の包囲を受けながら結局落とされずわずか1000がこもっただけの本城小田原に手も足も
出させず4カ月も粘り、豊臣方兵站が壊滅する寸前という窮地に追いやり、かなり余力を残した状態で降伏した北条氏直
>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>
圧倒的大軍で滝川に大苦戦する秀吉の先遣隊の中の先遣隊に寡兵でやられまくった島津
>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>圧倒的大軍持ちながら寡兵で送りこまれた秀吉軍にいいところなく
やられまくった毛利
これらを元に数値をつける
120 上杉謙信
110 武田信玄
100 徳川家康
97 北条氏康 太原雪斎 山県昌景 上杉景勝 柴田勝家
96 武田勝頼 明智光秀 葦名盛氏 田村清顕 本多忠勝
95 本庄繁長 伊達政宗 織田信長 毛利元就
94 佐竹義重 北条綱成 滝川一益
93 立花道雪 北条氏直 相馬盛胤
92 織田信忠
91 島津家久 伊達政宗
90 島津義弘 長宗我部元親 黒田孝高
酒井忠次 真田幸村 朝倉宗滴
70 羽柴秀吉
50 吉川 小早川(笑)
0907人間七七四年
2012/01/26(木) 20:28:46.95ID:Xdtt5WP8秀吉 織田家を簒奪して天下取るも死後数年で豊臣は滅亡
家康 西三河の小領主から今川武田北条朝倉豊臣など圧倒的国力を持つ相手と戦い天下統一した
よって家康>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>秀吉>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>信長
家康の下に来るのは家康を苦しめた武田や家康の家臣団などだな
織田豊臣は遥か下
0908人間七七四年
2012/01/26(木) 20:32:01.62ID:+BBPquoT宇都宮、梁田、那須、小山、太田
その他大勢の関東諸侯に打ち勝ち、関東を手中にした。
信長は、浅井朝倉武田斉藤本願寺長島一揆雑賀衆北畠赤井等に敗戦し続け、家を滅ぼした。
氏康>>>>>>>信長
0909人間七七四年
2012/01/26(木) 20:35:03.66ID:/uIrA/fl家康は瞬殺した。
0910人間七七四年
2012/01/26(木) 20:35:46.98ID:/uIrA/fl統制とれずに分裂してた三好
使い捨てにされた浅井
包囲網チャンス時でもまんまと好機逃した暗君の代表の朝倉
お家騒動の北畠一家
その他弱小の雑魚ばかり
こんな相手なら毛利輝元でも勝てるだろ
0911人間七七四年
2012/01/26(木) 20:39:31.31ID:dnoUXoOo佐竹>里見、太田>結城、壬生、由良、成田、長野>足利長尾、宇都宮、佐野、皆川>梁田、深谷上杉、多賀谷、富岡>小山、小田>>>>>>>>>>>>雑魚織田
0912人間七七四年
2012/01/26(木) 20:40:11.23ID:V35RMHTt0913人間七七四年
2012/01/26(木) 20:49:14.41ID:Rrb5FN1z何せ史実で義竜なきあとの無能竜興相手に歯がたたず、内部分裂や浅井の参戦なきゃ死んでたんだから。
0914人間七七四年
2012/01/26(木) 21:15:31.84ID:xbDYrh5F0915人間七七四年
2012/01/26(木) 22:17:18.04ID:1vYCCL2r織田の領土が無くなったのは信長死後なんだから、
信長の領土拡張率が0ってのは無いだろ。
0916人間七七四年
2012/01/26(木) 22:30:24.17ID:wvtfV/j2なんど聞いてもお前は、
一切ソースを出さんなw
はやく書状の日付、
誰が誰に宛てたものか?
内容を転記しろよカス
0917人間七七四年
2012/01/26(木) 22:51:51.34ID:tDYPR7C7神戸も北畠も分家
0918人間七七四年
2012/01/26(木) 23:28:35.92ID:xbDYrh5Fお前に聞かれたのは初めてなんですが?w
ID変わったのに同一人物ですなんていわれても知ったことではありませんw
いままで散々でてきてるから
ちゃんと真面目に史料確認してるならすぐに思いつくよ
つか内容転記てw
てめえが面倒なだけだろうがぼけw
それぐらい労力かけろやw
0919人間七七四年
2012/01/26(木) 23:50:20.02ID:RrPBobKJはっきり言って前者が本気出したら他の地域なんて話にならない雑兵レベル
0920人間七七四年
2012/01/27(金) 00:19:40.90ID:ACdEVImH0921人間七七四年
2012/01/27(金) 04:16:04.67ID:X44mAuVd0922人間七七四年
2012/01/27(金) 06:38:44.77ID:d70s1MGy一次史料を一切用いず、
願望に基づいた「思った」レベルの妄想の垂れ流しで、
読む価値ない駄文しか書かないバカっぷり。
0923人間七七四年
2012/01/27(金) 11:12:02.73ID:JPlvb6l7厨とかじゃなくて毎度おなじみの分断工作チョンだろ
こいつら本読めないから、幼稚な煽りしか出来ないんだよ
どの板でも完全に同じパターン
何の脈絡もなく地域叩き始める
0924人間七七四年
2012/01/27(金) 14:10:59.45ID:8r2LiT8a0925人間七七四年
2012/01/27(金) 14:30:56.21ID:rivg08Nyオダチューオダチュー囀ずってるだけだよね^^
0926人間七七四年
2012/01/27(金) 14:42:42.89ID:GcXbdAOX0927人間七七四年
2012/01/27(金) 14:57:44.64ID:jup7XiuLどれだけ批判されようと、信長の偉大さは他の武将とは比較にならない。
小競り合い一つに勝った負けたとか言ってる、信玄や謙信とはレベルが違う。
0928人間七七四年
2012/01/27(金) 15:30:45.31ID:GcXbdAOX信長よりも戦闘力が上の家康をぼろくそにして滅亡寸前に追い込んだ
信玄が2年生きてたら信長は尾張あたりで瞬殺されてたのは間違いない
0929人間七七四年
2012/01/27(金) 15:31:31.62ID:GcXbdAOX計150〜160万石で家康を降伏寸前まで追い込み、北条との良好な関係を築いた。
上杉も北陸進出に積極的で放っておいても織田との衝突が必死
畿内には浅井浅倉長島一揆本願寺や波多野などが存在し毛利も対織田戦に向かう
このチャンスを生かせず長篠、御館、新府築城と失態続きで家を滅ぼした馬鹿が勝頼
0930人間七七四年
2012/01/27(金) 15:33:29.05ID:GcXbdAOX秀吉 織田家を簒奪して天下取るも死後数年で豊臣は滅亡
家康 西三河の小領主から今川武田北条朝倉豊臣など圧倒的国力を持つ相手と戦い天下統一した
よって家康>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>秀吉>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>信長
家康の下に来るのは家康を苦しめた武田や家康の家臣団などだな
織田豊臣は遥か下
0931人間七七四年
2012/01/27(金) 15:37:33.08ID:GcXbdAOXこれが一般的評価
史実と照らしてもこれが正しい
0932人間七七四年
2012/01/27(金) 16:05:58.73ID:X44mAuVd0933人間七七四年
2012/01/27(金) 16:07:31.22ID:GcXbdAOX0934人間七七四年
2012/01/27(金) 16:10:05.38ID:rivg08Ny0935人間七七四年
2012/01/27(金) 16:15:03.72ID:GcXbdAOX0936人間七七四年
2012/01/27(金) 16:25:00.79ID:rivg08Ny0937人間七七四年
2012/01/27(金) 16:26:56.86ID:xcjEhvid長篠は勝頼が馬鹿だから勝てただけ
0938人間七七四年
2012/01/27(金) 16:28:26.14ID:rivg08Nyさすが甲斐の山猿の群れwwwwwwwww
0939人間七七四年
2012/01/27(金) 16:30:48.81ID:xcjEhvid数の上でも鉄砲の性能や装備の上でも勝るであろう織田徳川相手に自分から突撃する馬鹿が大将だったから
勝てただけ
しかもその状況ですら8時間も戦われて所々柵破られてたくらいだから
織田軍は雑魚
無能で戦下手な武将な集まり
0941人間七七四年
2012/01/27(金) 21:05:59.81ID:8rGqhRwD甲斐の山猿は6万の大軍を率いていながら(フロイス書簡)、
織田の乞食兵1万に対してビビって攻撃を仕掛けなかったという当代一の臆病ものだからなw
長篠の総大将が勝頼ではなく信玄だったら、桶狭間の今川義元もびっくりの大敗北で目も当てられなかっただろうw
0942人間七七四年
2012/01/27(金) 21:17:09.57ID:dzxjaGZ/何で誰も反対しなかったの?
武田なんて国人の集いなんだから異議だって言えるだろ?
何でずっと壊滅するまで突っ込んだの?アホなの?
0944人間七七四年
2012/01/27(金) 21:45:56.33ID:xcjEhvid甲陽軍艦に書いてある
0945人間七七四年
2012/01/27(金) 21:49:31.85ID:xcjEhvid勝頼以外が総大将でまともに戦ってたら100%織田の大敗
馬鹿が総大将で運が良かったな
0947人間七七四年
2012/01/27(金) 22:21:04.29ID:xcjEhvidそれを1人でぶち壊した馬鹿が勝頼
0949人間七七四年
2012/01/27(金) 22:46:30.10ID:xcjEhvidあの砦は大して重要じゃないだろ
あんだけボロクソになっても一族衆や勝頼は無事退却できたくらいだし
戦後織田徳川が取り返した城も大して多くないんだから
0950人間七七四年
2012/01/27(金) 23:16:51.52ID:8rGqhRwD0951人間七七四年
2012/01/27(金) 23:32:20.72ID:dzxjaGZ/むしろ武田の将が死ぬ気で頑張ったと考えないのか マジで死んじゃったけど
四名臣のうち三人死んで柵も壊せず無事な隊ありませんでしたじゃ名臣でもなんでもないただのアホじゃねーか
あの状況でそんだけやったから評価されてるんだろ 武田の強さは将が前線に来る事だし
むしろ突撃や退却以外どんな選択肢があったのか 勝頼をアホと罵るなら教えて欲しいもんだ
0952人間七七四年
2012/01/27(金) 23:35:06.46ID:xcjEhvid数の上でも鉄砲の性能や装備の上でも勝るであろう織田徳川相手に自分から突撃する馬鹿が大将だったから
勝てただけ
しかもその状況ですら8時間も戦われて所々柵破られてたくらいだから
織田軍は雑魚
無能で戦下手な武将な集まり
0953人間七七四年
2012/01/27(金) 23:40:04.38ID:dzxjaGZ/そんな雑魚相手に討死した将は哀れだね
山県や内藤、馬場を始めとする武田の将達は雑魚以下のクズだったんだ
信玄も大変だったろうなぁ…w
0954人間七七四年
2012/01/27(金) 23:42:33.67ID:xcjEhvid勝頼以外が総大将でまともに戦ってたら100%織田の大敗
馬鹿が総大将で運が良かったな
0955人間七七四年
2012/01/27(金) 23:43:53.21ID:dzxjaGZ/美濃から岐阜城を何で攻めなかったんだろう
0957人間七七四年
2012/01/27(金) 23:48:00.98ID:xcjEhvid数の上でも鉄砲の性能や装備の上でも勝るであろう織田徳川相手に自分から突撃
御館の乱では北条・伊達・葦名とともに景虎支援をせず、景勝に買収されただけでなく、
北条家に対して土下座外交すれば同盟維持できたかもしれんのに駿河伊豆国境や
上野方面で公然と喧嘩をふっかけ、四方を敵に回して猪突猛進
これによって武田の軍役は急増し国人の疲弊と不満は頂点に達する
新府城もあの状況でやるのは…としか。
能力どうこうを超えて基地外すぎるな。
武田が滅んだのは勝頼1人に責任がある
0958人間七七四年
2012/01/27(金) 23:51:33.74ID:iscs6dGEだから鳶ヶ巣山付近に陣を構えてたわけだし
そもそも武田側の包囲部隊より酒井の別動隊の方が多いし
いずれにせよ蹴散らされて背後を突かれる
だから武田本隊も前に突っ込むしかなかったわけで
0959人間七七四年
2012/01/27(金) 23:54:40.71ID:xcjEhvidぬかるんだ地面とまるで城のような堅固な陣地の中に鉄砲を構えてる敵兵に突っ込む馬鹿はそうそういない
砦どうこうは副次的な物で退却できなかったとか完全に結果論
実際一族衆などは無傷だし勝頼も無事だったんだから
0960人間七七四年
2012/01/28(土) 00:04:01.10ID:xJWJMxCI0962人間七七四年
2012/01/28(土) 00:08:29.51ID:xcjEhvid戦うべき状況でないにもかかわらずそれが理解できずしゃにむに突っ込んだ馬鹿が勝頼
決戦しなくちゃいけなかったとか完全に結果論で後から無理やりこじつけただけ
北条とは良好な関係その後も継続してる
御館の乱でヘマやって勝頼がぶち壊したけど
0963人間七七四年
2012/01/28(土) 00:11:37.44ID:rWL6C7vs0964人間七七四年
2012/01/28(土) 00:16:23.04ID:xJWJMxCI信玄、家臣連中にかつがれた地位を脱すべく、同盟破りと自転車操業によるムリな領土拡張を図る
↓
信玄、よりによって信長と敵対した直後という一番ヤバ時に死亡
↓
勝頼、父の代の負の遺産を全部引き継ぎ、信長という大敵と相対することを余儀なくされる
↓
勝頼、あえて戦略的にはどうでもいい信玄が落とせなかった高天神城を落とし、権威を上げて家中を統制
(長篠で重臣の言う事を無視したというのはあながち作り話ではなく、これがあったためだと思う)
↓
大局が見えていた勝頼、長篠で決戦を挑まねばいずれ武田の滅亡は必定と考え、あえて背水の陣をしく
↓
合理的な作戦だったがゆえに読まれやすくもあり、信長に完敗
0965人間七七四年
2012/01/28(土) 00:17:00.73ID:HtTJ7m0Bよって織田を助けたのは稀代の無能当主武田信玄。
信玄が有能なら桶狭間の後に今川を攻めて松平織田斎藤を従え上洛を成しえたであろう。
それができずに謙信と乳繰りあっていた挙句織田に勢力を拡大され、その織田に滅ぼされる武田。
全ては無能当主武田信玄のせいである。さすが重臣の操り人形にさせられただけはある。
0966人間七七四年
2012/01/28(土) 00:22:18.44ID:rWL6C7vs大局など何も見えていない
チャンスを履き違えてアホな戦で大勢を死なせた馬鹿
0967人間七七四年
2012/01/28(土) 00:33:30.79ID:cH5KZxRdこうなるとどうやっても武田なんてジリ貧も良いところ。
長島が健在のうちに長篠級の戦いをしかけられればベストだったけどな…。
織田家の戦力が各地に分散しない状況で決戦を挑む状況になったのは明らかにミス。
まぁ本願寺も織田本軍が畿内から出て行ってるにも関わらず動き鈍いしぐだぐだすぎるわな。
0968人間七七四年
2012/01/28(土) 00:35:57.62ID:rWL6C7vs勝頼は馬鹿
0969人間七七四年
2012/01/28(土) 00:37:50.21ID:xJWJMxCIちゃんと隠して活動してるでしょ。信玄の遺言通りに
むしろ信玄の方が大局が見えていないと言えるだろう
0970人間七七四年
2012/01/28(土) 00:42:45.10ID:HtTJ7m0B信玄の当主就任当時を見てみろ、神様仏様板垣信方様。
重臣連中のパシリ扱いで実権も何もない。
挙句仇敵の村上に信方を殺させて信濃に足向けて寝れないくらいの大恩恵。
0971人間七七四年
2012/01/28(土) 00:46:47.35ID:rWL6C7vs当主なりたてかどうかなんて関係ない
当主なる時点まででも実戦経験豊富な勝頼と
当主なる前追放される所を重臣に救ってもらった信玄と重ねるとか頭おかしいんじゃないか
0972人間七七四年
2012/01/28(土) 00:55:40.07ID:HtTJ7m0B大体政宗なんて苦し紛れだろ。所詮父親の利権を踏み散らかしただけの存在。
>>当主なる前追放される所を重臣に救ってもらった信玄と
前当主になる前に追放されかけるなんて暗愚の証拠。
うつけ呼ばわりされた信長ですら親からは見限られなかったというのにw
0973人間七七四年
2012/01/28(土) 00:57:31.02ID:rWL6C7vs0974人間七七四年
2012/01/28(土) 00:58:13.57ID:HtTJ7m0B信玄は彼の言うことやることすべて聞き入れ武田家を隆盛に導いた。
しかし次第に嫌気がさした信玄は信繁をどさくさに紛れて殺しました。
その後無能な信玄は武田家を滅亡へと衰退させていきました。
板垣殺した信玄ならやりそうなことだなw
0975人間七七四年
2012/01/28(土) 01:00:37.24ID:HtTJ7m0B仮にも守護家の大名が家臣に担がれて当主就任。
普通ならほとんどの大名家のように前当主から譲られるか、さもなくば
信長や義元のように自力で家督を継承するかのどちらか。
それをあろうことか信玄は他人の手を借りて家督を継ぐ有様。
当主がこんな無能であったら実績などあってもなくても同じ。
そもそも勝頼のように実績あるまま家督を継ぐ大名は稀
0976人間七七四年
2012/01/28(土) 01:01:22.16ID:rWL6C7vsそしたら勝頼も重臣連中殺すためにわざと長篠戦に負けたとかでいいんじゃね
0977人間七七四年
2012/01/28(土) 01:01:44.03ID:cH5KZxRd政宗は親に後方で督戦してもらってるし家督譲ってもらって政宗が功績をたてる時間もあったから家中を統制しやすかったろ。
勝頼は大した功績をたてる暇もなく当主に据えられて日本最大クラスの勢力織田家との対峙をしいられた。
西上の際、家督を譲り総大将を勝頼にし後方で信玄が督戦みたいな形に出来れば信玄死後も全然違ったと思う。
0978人間七七四年
2012/01/28(土) 01:02:21.20ID:xJWJMxCI信玄が急死した勝頼と違って、政宗は穏便に家督譲渡されたからな。
出自も勝頼と違ってまっとうだし。思いっきり関係あるよ。
0979人間七七四年
2012/01/28(土) 01:04:10.13ID:HtTJ7m0Bおいおい少し考えてくれよ。
大した功績を立てる間もなく、日本最大勢力だった織田家と戦う羽目になったのは
誰のせいですか?
勝頼の嫁は信長養女で、織田信忠と松姫も信憑性は怪しいが、ともかく織田と武田は友好関係を築いていた。
それをぶち壊したのは誰?
0980人間七七四年
2012/01/28(土) 01:05:55.49ID:rWL6C7vs北条や徳川との戦で大活躍してんのに
勝頼が穏便じゃないとか意味不明
0981人間七七四年
2012/01/28(土) 01:06:49.70ID:HtTJ7m0B勝頼は当主就任まもなく長篠で織田と決戦という困難なことをする必要もなければ、
武田家が滅亡することもなかった。
武田信玄がせめて有能であったなら、桶狭間の後に今川を攻め取り、
ある程度武田の土台を安定強力にしたうえで次代に渡すこともできた。
その両方ともしなかった武田信玄は無能。
0982人間七七四年
2012/01/28(土) 01:07:04.10ID:rWL6C7vs0983人間七七四年
2012/01/28(土) 01:08:23.95ID:rWL6C7vs長篠で織田と決戦という困難なことをする必要もなければ、
武田家が滅亡することもなかった。
武田勝頼がせめて有能であったなら、長篠の前に徳川を攻め取り、
ある程度武田の土台を安定強力にしたうえで次代に渡すこともできた。
その両方ともしなかった武田勝頼は無能。
0984人間七七四年
2012/01/28(土) 01:10:06.85ID:HtTJ7m0B妄想ここに極まったなw
当時浅井朝倉三好と絶賛交戦中の信長に武田に喧嘩を売る余裕はない。
そもそも当時の織田から見て武田領なんてのは山間部の入り組んだとこにある攻めるに難な土地という認識で、
織田が武田に直接攻め入ったのは天正十年の武田征伐の時のみ。
ここまで武田を重視していた信長の考えを理解できなかった信玄は自分から同盟破ってそのまま死亡。
最初から最後まで無能だった武田信玄は劉禅も真っ青の暗君。
0985人間七七四年
2012/01/28(土) 01:10:42.74ID:cH5KZxRd秀吉は天下統一していない。
徳川幕府が開かれたのが証拠
マジキチ('A`)
0986人間七七四年
2012/01/28(土) 01:11:05.39ID:rWL6C7vs勝頼は馬鹿
0987人間七七四年
2012/01/28(土) 01:13:30.03ID:HtTJ7m0Bコピペしかできない馬鹿乙w
当時の徳川領は三河遠江で勢力拡大中の信長からすれば鼻くそ程度の領土しかない。
こんな小規模領土を攻め取ったところで信長を敵に回した以上次代の安定などないに等しい。
長篠合戦もまたしかり、もともと信玄のあまりの無能っぷりに呆れた奥平貞能、貞昌が徳川に寝返ったのが原因。
既に信玄のケツ吹きばかりやらされていた勝頼はそれでも健気にわざわざ大軍率いて救援に来た信長を迎え撃とうとした。
全て信玄の無能っぷりがまいた種
0988人間七七四年
2012/01/28(土) 01:14:39.97ID:HtTJ7m0B無能当主を崇拝する人はアスペルガーだがのようなおかしい人間ばかりだなw
0989人間七七四年
2012/01/28(土) 01:16:46.01ID:rWL6C7vsお前のアホな妄想になぞらえて返しただけの話
批判するなら何の根拠も示さず妄想垂れ流すだけのレスをまず批判すべし
信玄が無能だから呆れたとか根拠を示せ
つーか岩村の遠山家を無理やりのっとったの織田だから織田から交戦しかけたんだろ
0990人間七七四年
2012/01/28(土) 01:18:56.05ID:HtTJ7m0Bアホ乙w
岩村はもともと武田寄りだったのを当主直廉の死去を機に織田に自ら鞍替えしただけ。
それにキレた無能信玄が配下を連れ出した挙句その未亡人を寝取らせる有様w
さすが落とした城の姫を家臣に払下げたという伝聞や講談が残されるだけの無能っぷりなだけはあるw
0991人間七七四年
2012/01/28(土) 01:21:28.46ID:rWL6C7vsこれが自らというか遠山に嫁いでた姫が無理やり押し出したんだろ
織田が同盟維持する必要感じてるなら関係調整に努める
0992人間七七四年
2012/01/28(土) 01:24:45.10ID:HtTJ7m0B既に死んだ当主の嫁がぶーぶー言い出したところで山名豊国のように追放されるのがオチ。
本当に遠山家が武田家にそのまま従属するのが望ましいと考えたなら嫁は追放されるか殺されるかのどちらか。
それが成らずにそのまま織田に鞍替えしている時点で遠山家の総意
0993人間七七四年
2012/01/28(土) 01:27:48.18ID:xJWJMxCI0994人間七七四年
2012/01/28(土) 01:28:46.84ID:rWL6C7vsその隙に美濃の織田勢が来て武田側の遠山某かは追い出されたって幕引きのはずだから
織田から交戦しかけたといっていいんじゃね
0995人間七七四年
2012/01/28(土) 01:35:42.76ID:HtTJ7m0B0996人間七七四年
2012/01/28(土) 01:36:52.24ID:rWL6C7vs0997人間七七四年
2012/01/28(土) 01:46:07.99ID:HtTJ7m0Bまあありえない話ではないが確率は低い。そもそも岩村陥落も勝頼期説があって時期も定まっていない
0998人間七七四年
2012/01/28(土) 01:47:26.47ID:xJWJMxCI0999人間七七四年
2012/01/28(土) 01:48:52.57ID:xJWJMxCI1000人間七七四年
2012/01/28(土) 01:49:22.70ID:xJWJMxCI10011001
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