本当に武田の裏切り者は木曽、穴山、小山田の三人だけですか?

武田滅亡時に
勝頼と共に天目山で果てた100人(とそこへ行くまでに倒れて果てた人物)と
高遠城の戦いで散った仁科盛信と1500人の兵以外は
ある意味、全て武田の裏切り者だと思いますが?

武田勝頼の召集に応じなかったり、
「自分の所領や城を守るため」とかいう連中は
所詮は口実で勝頼を見捨てて、自分のために行動したと言えます。
武田信豊や信廉、そのほか大勢の武田の将兵も全て裏切り者なのではないですか?