>>932
「決戦関ヶ原―武将たちの闘い―」って本には
家康が一番苦渋したのは、江戸で景勝の動向を探ってる時で
江戸に留まっていた家康は完全に受身だった
戦略が定まらず、その思考は彷徨っていたようにしか見えない
って内容が書かれてたよ
それだけに、景勝はもう少し家康を牽制すべきだったと

まぁでも・・・・景勝は一定期間、家康を江戸に縛り付け
それまで三成らは有利に事を進められた訳だし
景勝は最低限の役割は果たしたと思うけど
決戦せず膠着状態にするなり、立花宗茂らの到着を待つなり、夜襲案を採用するなり
三成らには有効な選択肢が幾つも生じていた
それは家康本軍の西進が遅れた結果、生じた成果なのだから
ある程度、景勝の功績は認めるべきだと思う

三成が判断を誤り、さらに自軍を把握していなかったが為、最悪の選択をしてしまった訳だけど
島津の機嫌まで損ねてしまってるし