武田家滅亡の原因は100%信玄が作ってる件その2
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0255人間七七四年
2008/04/03(木) 20:25:26ID:Q/KHyUSd>四面楚歌状態で軍勢が充分に集めれらなかった
【四面楚歌】
周囲がすべて敵や反対者で、まったく孤立して、助けや味方がいないこと。また、そのさま。孤立無援。
当時の織田家の主な敵
武田家(甲信。補給が課題点。徳川に対する処置をしなければ尾張・美濃に進むのは不可能)
長島一向一揆(伊勢長島。城に篭られたら鉄板で脅威だが遠征能力には疑問あり)
浅井家(北近江の小谷城周辺のごく一部、虫の息で現状維持することが限界)
朝倉家(越前一国。加賀、若狭の一部? 財政悪化&家臣の離反、軍役拒否等で進退窮まった状態。
志賀の陣以降は浅井家の援軍での出兵以外に軍を動かすことは無く、自分から仕掛ける余裕は最早無し)
六角家(織田家の主な敵に加える必要はないのではないかとも思えるほどの弱小勢力。)
松永家(大和。寺社、土豪の多くが敵対する筒井に味方し大和国の主導権争いで劣勢状態。
織田家の敵として殆ど機能していない状態。)
石山本願寺(城に篭れば鬼のような守備力を発揮するが、積極的には動かない。
志賀の陣の好機にも大坂周辺を荒らした程度でそれ以降目立った動き無し)
三好一族(結束力が脆いのがネック。反三好との攻防で膠着状態。)
とまあ確かに織田家の周辺には多数の敵が存在していたが
徳川家、筒井家、細川、荒木等反三好勢と織田家に味方した勢力も多数いて
君の言うような四面楚歌状態ではなかったんだけどね。
反織田勢力の存在はしっかりと数に入れるのに、親織田勢力を無視するとかよそうぜ。
武田上洛スレのテンプレにもあるけど、織田家は少なく見積もっても3万弱を対武田に使えたと計算できるよ。
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