現代の法律とかをあてはめるのはお互い止めにしようぜ。
大事なのは当時の価値観・常識を考えること。

武田と徳川が今川領を分け合う盟約を協定。
武田がいきなり盟約違反で徳川の領域に侵攻。
猛抗議と武田の謝罪と撤兵でとりあえず休戦。
信頼関係をぶち破ってきた武田に警戒心を抱いた徳川が対武田の外交を展開。
ちょうどその時期は武田家が苦境の時期。

窮地の時期に意趣返しをした徳川は当時だとどのように捉えられたのか?
最初に被害にあった徳川としたら当然の行為なのか、
それとも窮地の時期に意趣返しするのは卑怯千万なのか?
詳しい人いたら解説お願いします。
(一連のスレの流れに対して冷静かつ中立的でいられる人が条件です。)