>>13
信長の朽木越え以前の元綱の動向。


1歳   天文18年(1549)、朽木晴綱の嫡子として誕生。
3歳   天文20年(1551)、三好長慶に敗れた足利義輝が、翌年正月まで朽木庄に滞在。
5歳  天文22年(1553)、再び、三好長慶に敗れた足利義輝が、永禄元年(1558)まで
    朽木庄に滞在。
7歳   天文24年(1555)、佐々木宮大神主重吉の「朽木竹松」宛ての神事銭請取状があり、
     家督を継いでいたと思われる。
18歳 永禄9年(1566)、浅井長政の高嶋郡侵攻に対し、人質を差し出す。
20歳 永禄11年(1568)、足利義昭から「名字地(朽木庄)」を安堵するとの
    御判御教書を得ている。
22歳 元亀元年(1570)、越前朝倉攻めから撤退中の織田信長を助ける。
   
これぐらいか。「近江朽木氏の研究」などを参照。