>>646
正直私も自分の推測が正しいとは思っていないので
以下の文章は参考程度に見ていただければいいが意見を一つ

あの具足が永禄年間に製作されたというにはちょっと疑問な所がある
うまく説明できないんだが、当世具足としては初期の部類に入るのは確実だが
それでも天正より後という感じがする
・日根野形式のシコロ
・面頬の仕立て
・段数が増加しきった胴の立挙・長側
・黒糸威(桃山時代より前には遺品がまずない)
・四孔式の胸板
・脛当のホ具摺
とかを見ると当世具足としては一応完成された様式を備えているので、
信一が家康の代理出陣する際に渡されたというのは後世の付加で、
関が原前後に家康から拝領したというのが実相ではなかろうか

手元の資料が少ないのでこれくらいまで