堺。

『威勢良く船に乗り込んできて名乗りをあげる男に対し為親、為重、二代目大音は鯉口を切ろうとしていた。』

「之虎…と申したか?」

『甲板の真ん中に立ち海を見ていた老人が振り向きもせず問いかけている。』

「石の舎弟だか家臣に確かそのような者がおったのぉ。」

『その老人は鎧に身を包んでいた、しかしそれは余人の知り得るものと違い獣の毛皮で覆われていた。
それは之虎も南蛮商人が扱っているのを見たことがある、白熊なる北辺に住まう巨熊のものである。
今は夕日に照らされまるで燃えているようにも見える。』

「侵攻とは…いやはや…また物々しい言い方じゃな、御家が都で馬揃えをすると言うで、孫を預けている者として馬揃えに華を咲かせに来たのではないか。」

『老人はそこまで言って之虎に顔を向けた。今までは横顔とはいえ西日のせいでよく見えなかったが、その面相の異形に之虎は息を呑んだ。
獣の惣面である。鼻は長く牙は彫り物ではなく獣の牙であろう。その惣面の口元は人を小馬鹿にする狸のように笑みを浮かべている。』

「家臣や兵はまだ若いから狸の毛皮やら狸色の鎧だが如何せんわしは古狸じゃからな。」

『老人は惣面の被らぬ目元に笑みを浮かべ之虎に言い放った。』