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なぜ盾は日本で普及しなかったか

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0001名無し議論スレにて投票方法審議中2007/01/15(月) 11:23:05ID:jrEObPcK
日本において、西洋などに見られるような
手に持つタイプの「盾」はなぜ普及しなかったのでしょうか?
戦国時代に盾持って武器振り回していた武士っていたんでしょうか?
0103名無し議論スレにて投票方法審議中2007/01/26(金) 23:35:06ID:ekH3wVn5
>>101
95・97がスレの流れに沿っているとは到底思えないがな
手のひらを返すとはまさにこの事だなw

それと士分で盾が普及しなかった俺の見解は>>99
武士は初めは騎射戦がメインだったから、片手がふさがる盾は具合が悪く、
また組み討ちも盛んに行われた事もあり、
刀(必ずしも両手で扱うわけではない、片手で扱いやすいように柄を短く改造するケースもある)を扱う場合でも片手が塞がるのはいかにも拙い

盾の機能は大鎧に吸収させることである程度解決できたし、
大鎧や当世具足は刀槍に対して十分な防御を期待できる
それらの隙間をピンポイントで狙え間合いの取れる槍が主流になれば、やはり盾を使う余地は減る
0104名無し議論スレにて投票方法審議中2007/01/26(金) 23:36:33ID:S343TrNX
盾は弓から身を守るためか
「何故弩が一般化しなかったか」のスレと
平行して話進めるべきなのかな

http://hobby9.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1168695630/l50
0105名無し議論スレにて投票方法審議中2007/01/27(土) 06:11:27ID:G4pM+Lhb
戦闘時の距離で考えると。
離れて弓矢→全体隠れる置き盾に隠れる方が良い。
槍で殴り合い→片手で盾持つと槍が扱いづらい。
刀で切り合い→こうなると刀使うだけでなく、蹴ったり殴ったりひっくり返して上に乗っかるの乱戦なんだから、結局盾なんかほうり投げてのどつきあいになってしまう。
0106名無し議論スレにて投票方法審議中2007/01/27(土) 06:19:11ID:+Ns8l83s
集団戦闘において盾は邪魔なだけなんだって
0107名無し議論スレにて投票方法審議中2007/01/27(土) 07:12:23ID:nSTdWoCf
>>106
集団戦というよりも乱戦じゃないのかな?
0108名無し議論スレにて投票方法審議中2007/01/27(土) 08:38:53ID:G3Wtw69n
合理的な理由からするとやっぱ組討ちをしやすくためだと思うが、
でもそうすると西洋ではなんで盾使ったんだろうて疑問が湧く
0109名無し議論スレにて投票方法審議中2007/01/27(土) 08:53:25ID:YTNiem+Z
>>106
だから楯を頭に載せれば邪魔にならないんだってば。
0110名無し議論スレにて投票方法審議中2007/01/27(土) 09:04:25ID:v43wfsRU
>>108
密集隊形での突撃みたいなのに使ってたんだろう。古代ローマとかのああいう感じ。

西洋でも盾はだんだん廃れてプレートメイルとかの鎧が主流になっていったように思う。
盾のイメージが強いのは、日本で日本刀が象徴的に残っていったのと同じように
向こうじゃ盾が騎士の象徴の一つだったんじゃないかな。
0111名無し議論スレにて投票方法審議中2007/01/27(土) 09:05:17ID:+Ns8l83s
>>109
あれは盾とは呼べないんではないかい?
矢除けってゆうか
0112名無し議論スレにて投票方法審議中2007/01/27(土) 11:25:38ID:nSTdWoCf
>>110
西洋の騎士が持つ盾には騎士(主に貴族階級)の家の紋章が描かれていて、皆それで『あっ、あいつは○○家の奴だな』とか識別していたとか
0113名無し議論スレにて投票方法審議中2007/01/29(月) 11:36:41ID:L5u20IjY
旗指物つけてる日本の武者からすればそれは別にいらない装備だしなア
0114名無し議論スレにて投票方法審議中2007/01/29(月) 13:15:40ID:WGzTwzQB
旗指物+甲冑で有名どころならわかってしまうからな
0115名無し議論スレにて投票方法審議中2007/01/30(火) 03:14:36ID:Y5ioOcOD
物で身を防いで斬る事が卑怯だから
0116名無し議論スレにて投票方法審議中2007/01/31(水) 18:14:19ID:YS+h8f5g
古代ギリシャやローマの兵士というのは都市国家単位で集められ、対等な
市民が多数の隊列を組むという戦闘形式だった。盾と槍を装備し、互いに
密集して敵に当たるという、いわゆるファランクスはこのような部隊構成、
つまりある程度以上の人数が固まって、一本の指揮系統で常に隊列を保った
まま戦うというケースでないと機能しない。

日本や西洋の中世のような封建制の場合は、身分のある武士や騎士とその従者
という、数人程度の集団が軍団の一単位となっており(何万という軍勢がいて
も基本は数人単位の集合体に過ぎない)、ギリシャ-ローマ時代のような整然と
した指揮はやりづらく、どうしても乱戦が中心の戦いになっていた。
こうした戦いでは盾の効果は半減してしまう。ならば、盾など使わず鎧の性能を
高め、武器は両手持ちの威力のあるものを採用した方が有利。
日本で手持ちの盾が発達しなかったのも、西洋で盾が衰退し、どちらかというと
装飾的な位置づけになっていったのもそのためだろう。
0117名無し議論スレにて投票方法審議中2007/02/02(金) 03:09:51ID:LtA1z8X2
出先故にソース及び詳細は後ほどカキコするが、『日本の剣術』という本で陣盾を使った剣術を紹介している

この剣術は柳生心眼流で甲冑を着て組み打ちをする事を主眼としている
刀の他に陣鎌で甲冑を着た相手を倒す方法も本書にて解説している

さて本題なのだが、この陣盾はちょうど帽子位のサイズでバックラーの様に手で持つだけの代物で、片手に刀(ただし、脇差しや鎧通しの様な小振りな刀剣)を持って、もう片方の手に陣盾を持って相手を撃退する訳だが
こんな熟練度を要する剣術(格闘術)をどれ程の兵が出来るのだろうか?
合戦に参加する武士は今更言う迄もなく、大多数は半兵半農の足軽雑兵ばかりだ

陣盾を駆使した組み打ちは柳生心眼流だけではないと思うが、おそらくこれらの剣術(格闘術)は武将クラスが組み打ちで討ち取られない様にする為の護身術的な要素が強かったのではないだろうか?
足軽雑兵を倒して首級を挙げても白歯武者といって価値が低いとされていたが、武将クラスならばそれに見合った価値はあっただろう

武将クラス(上級・中級武士)ならば、陣盾を駆使した剣術を習得する必要もあっただろうが、足軽雑兵の場合そんな剣術は必要とされなかったのも、盾が普及しなかった要因のひとつではないだろうか?
(※第一、そんな剣術を誰が教えてくれるのか、また教わる時間はあるのかという問題もある)

無論、矢盾等の据え付け式の盾で事足りたのと、鉄砲や弓それに槍や打ち刀まで(脇差しや鎧通しを除く)両手で扱った方が効果的な武器ばかりであった事等の複数の要因があった為、盾が普及しなかったのだろうと思うが…

長文 スマソ
0118名無し議論スレにて投票方法審議中2007/02/02(金) 16:40:43ID:36lJhF1C
もっと単純に考えたらどうだ?
江戸以前の日本人の体格が貧弱だったので片手の武器では必要なリーチが得られなかったじゃねーのか?
だいたい身長150cmかそこらで宗教上の制約であんまし動物性タンパクをロクスポ食っていないんだから
筋力も大した事無いし、重装備なんてできないだろ?
0119名無し議論スレにて投票方法審議中2007/02/02(金) 17:22:47ID:Q6VfF6kf
>>118
筋力面で言えば、平均的な当時の日本人の方が、平均的な現代人より優れている。
要するに、個人個人で見ればあらゆる手段で鍛えている現代人たちの方が優れているだろうが、
全体としてみた場合は、逆転する。
0120名無し議論スレにて投票方法審議中2007/02/02(金) 17:23:50ID:Go+Krao7
貧弱になったのは江戸時代からじゃないの?
0121名無し議論スレにて投票方法審議中2007/02/03(土) 11:56:15ID:wOloTZvt
>>117
だがソースの詳細は
『歴史群像シリーズ 日本の剣術 歴史群像編集部/編 学研:刊』
であるが、ちと話しは変わるが>>118に反論させて頂くが、リーチの問題はさほど関係がない様に思われるがどうか?
敵味方ともに日本人同士だから体格に大差はない上、筋力はともかくスタミナ面ではは恐らく現代人よりも平均的には上回っていたのではないか?

ちなみに合戦時には武士は一日5000`カロリーの食事をしていたとの事
別に肉類を食べなくても(肉類を食わなかった訳ではないが)麦や稗混じりの雑穀入り麦飯を大量に食べればビタミンやミネラル、そして必要なカロリーは充分に補えると思うが
0122名無し議論スレにて投票方法審議中2007/02/03(土) 13:13:06ID:StqKRlw9
江戸以前は普通に肉食ってたっしょ
地域や宗教にも寄るだろうが
0123名無し議論スレにて投票方法審議中2007/02/03(土) 15:35:15ID:wOloTZvt
戦国時代の食い物と食糧事情、それに身長等の体格について論議するスレは別にあるからそこでやろう
スレが荒れる原因になるし、第一各々方は分別のつかない歳ではないだろう?
0124名無し議論スレにて投票方法審議中2007/02/11(日) 01:56:47ID:z6Azl5PM
体が小さいなら、体格にあった盾をもてばいいじゃない。
0125人間七七四年2007/02/14(水) 00:08:38ID:wlKc+M3g
たまに、大河とかで、木で出来た盾に隠れて弓矢をしのいでるシーンをみますがなにか?
0126人間七七四年2007/02/14(水) 02:06:33ID:Lj6DLdOd
持盾について話してるんだよ?
掻盾が無いとか言っている奴は流石に居ない
0127人間七七四年2007/02/20(火) 23:28:40ID:UKA9r7rO
つうか
16世紀の軍隊で 盾持ち歩兵が多くいたとこって無いんじゃねーの?
欧州諸国にしろオスマンにしろ中国にしろ 
概ね両手持ちの長槍や小火器が歩兵の主武器だろ

古代マケドニアやローマの戦術が廃れて以降は 持盾常備の歩兵って思いつかんのだが
0128人間七七四年2007/02/23(金) 00:32:22ID:VfjGe/cB
>盾
弓矢への対抗措置として大鎧が発達。
騎射戦ならば接近する必要もないし、鎧の構造強化で事足りたのでは。

長武器(長巻、大太刀、槍)を装備する為に、
片手が塞がる盾は装備されなかったのではないだろうか。
そして盾や大袖の変わりに早い時期から諸籠手を装備(上級武士は騎射のために左手のみ篭手)。
0129人間七七四年2007/02/23(金) 00:43:35ID:t+hRTW+A
藪から棒にすいません…
日本の剣術がやはり原因ではないでしょうか…まぁ日本刀が原因とも言いかえられますけど…
0130人間七七四年2007/02/23(金) 00:59:30ID:H9c0IukC
鎌倉時代の騎士のメインウェポンが弓だから。
そもそも盾って、鎧の性能が不十分だった頃の防具だし。
0131人間七七四年2007/02/23(金) 01:00:00ID:H9c0IukC
騎士じゃねぇ、武士だ。
0132人間七七四年2007/02/23(金) 03:56:44ID:7NGZ8ch1
>>129
刀は合戦では予備武装
メインは弓・槍・薙刀・鉄砲 等

刀が重宝されるようになったのは江戸時代以降
幕末に刀が使われるのは
流石に町中で鉄砲や槍持ってたらすぐ逮捕されるから
0133人間七七四年2007/02/23(金) 15:46:51ID:1uD1cqfV
刀はハンドガンみたいなもんだよな
携帯に楽な割には殺傷能力は十分あるし
0134人間七七四年2007/02/23(金) 18:14:03ID:wAFywJEt
陣構えした合戦のなかにいる鎧武者に「刀」の通常攻撃で殺傷能力
あるかなあ?
極端に言えばエルアラメインやスターリングラードで兵士同士が
バタフライナイフで切りあい付き合いやるみたいなもんだろ。
おれは鈴木の本とかに毒されていることもあるが、日本刀が折れ
曲がりもせず戦場の長い時間、使用に耐えるとはどうも思えない。

それと日本の剣術だけが片手使いではなく両手で剣を握るスタイル
なのは、片手で槍を用いて獣を追っていた狩猟民族と、両手で
すきくわを振りかぶっては振り下ろす農耕民族の生活の違いから
発生したものだと思っていたが。
0135人間七七四年2007/02/23(金) 21:01:46ID:6q6noqvQ
>「刀」の通常攻撃
特殊攻撃や必殺技があるんですかwwwww
0136人間七七四年2007/02/23(金) 22:26:48ID:2Q836wNk
日本史の講義 日本刀は合戦ではあまり使いものにならなかった。
東洋史の講義 倭寇、朝鮮の役での日本刀の威力から明や清でも日本刀(倭刀)が使用されるようになった。→後「苗刀」に。

まるで中国人や朝鮮人が馬鹿みたいだな。


・・・・・・馬鹿だとは思っているけどw
0137人間七七四年2007/02/24(土) 18:31:03ID:lIA6Wzo9
明で取り入れられた理由は、「長柄の柄も簡単にきっちゃうから」であって、
「鎧を切る」ではないよ。

同じ拳銃でも、リベレイターとベレッタなら、ベレッタを採用するだろ
しかし拳銃をメインウェポンに戦場を渡り歩く奴はおるまい
0138人間七七四年2007/02/24(土) 19:24:45ID:voTNdSsK
拳銃弾による死亡率は27%だしな。
フランク・キャンパーの話だと45口径でも滅多に人は死なないらしいし戦闘能力の喪失もないらしいけど。
0139人間七七四年2007/02/24(土) 22:08:22ID:/I82SLbx
>しかし拳銃をメインウェポンに戦場を渡り歩く奴はおるまい
つttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%A9%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%83%AB
0140人間七七四年2007/02/24(土) 23:01:31ID:lIA6Wzo9
悪い、説明不足だった
近 代 戦 で 、拳銃をメインウェポン云々でよろしく


まあ、カラコール自体あんまり役に立ってないけどな
0141人間七七四年2007/02/24(土) 23:27:21ID:/I82SLbx
飛び道具はあっても、なんだかんだ言って近接戦闘がメインの時代の比較や例えに近代戦持ち出されてもなw
0142人間七七四年2007/02/27(火) 18:01:40ID:8A9+c+2E
>>136
ちなみに日明貿易における日本の主要な輸出品の中に日本刀があったが、
これらのほとんどは「数打物」と呼ばれる粗悪な代物だった。明側は
輸入したら片っ端から溶かして鉄製品の材料にしていた。要するに日本産の
良質な鉄(山陰地方の玉鋼など)が欲しくて輸入していたわけだ。最初から
鉄の延べ棒かなにかの形で取引した方が良かった気もする。

もちろん、中にはちゃんとした日本刀もあっただろうし、明の金持ちが購入
した当時の日本刀が現存している例もいくつかあるが。
0143人間七七四年2007/02/27(火) 18:31:42ID:8A9+c+2E
>>97
倭寇に対抗するってことは、船上とか海岸の村を急襲してきたときの迎撃と
いった非正規戦のケースが多かったってことだよね?こういう戦いの場合、
両者ともあまりちゃんとした鎧を身に着けていないだろうから、日本刀の
切れ味というメリットが十分に発揮できたんじゃなかろうか。
0144人間七七四年2007/02/27(火) 18:51:19ID:8A9+c+2E
>>134
だからサブウェポンだっつーの。
基本は槍などの長い武器。何らかの理由でそれが使えなくなったときに
刀を抜いて戦うってだけのこと。
介者剣術といって、鎧の隙間を突いたり、刀を一種の鈍器としてぶん殴って
ダメージを与えたりする、戦場向きの剣術もあった。
また、完全武装している名のある武士ならともかく、一般の足軽が着用してる
鎧なんて限られた部分しか防御できてないから刀で殺傷することも十分に可能。

>それと日本の剣術だけが片手使いではなく両手で剣を握るスタイル

ヨーロッパでも中世以降、戦場で使われる剣は両手持ちが主流。
0145人間七七四年2007/02/27(火) 19:03:48ID:gUKCL+ET
ドイツ剣術は両手持ちの長剣を使うんだよな。
0146人間七七四年2007/02/27(火) 20:14:20ID:8nwpRAky
>>142
於兵仗局戊字等庫發舊倭刀三、五千把、為馬上精兵之用。
どう訳せばいいのかな?w
0147人間七七四年2007/02/28(水) 00:47:13ID:MrgQsmtY
盾の所持は機動力が落ちるからじゃねーの。
そんで日本で刀が普及し常備され発達を続けたのは
別に機動力がおちないから。
日本ではみんな機動力がないと手柄とれなくて困るじゃんよ
0148人間七七四年2007/02/28(水) 03:05:26ID:I+pQiZGv
ドイツでは両手持ちの大剣『ツヴァイ・ハンダー』、イギリスのスコットランドにはハイランダー達が使っていた大剣『クレイモア』があるでよ

他にも両手持ちの剣『グレートソード』や片手でも両手でも使える『バスタードソード』もあるでよ
0149人間七七四年2007/02/28(水) 15:12:11ID:ISMWX/VQ
>>146
その資料がいつの時代の何を語ったものかわからないからなんとも言えないが、
「倭刀」は必ずしも「輸入品の日本刀」とは限らないよ。なぜなら明の初期から
過去に輸入された日本刀をベースにした「倭刀」が盛んに製造されているから。

いずれにせよ、室町時代に大量生産された日本刀の質が他の時代の物に比べて
極端に劣っていたのは事実。もっとも一口に「室町時代」といっても足利義満
の頃と応仁の乱の頃ではかなり違うだろうけど(後者の時期が粗製濫造のピーク)。
0150中野区民憲章 ◆ORWyV99u2Y 2007/02/28(水) 15:46:55ID:Ps9dvV+c
兵仗局においては戊字(官吏)の倉より古い日本刀3000〜5000把を取り出し騎馬精兵用にする
か。
0151人間七七四年2007/02/28(水) 15:56:45ID:p2pDY4p7
明に輸出された刀が溶かされたり細かく折られて工具などに作り直されることが
多かったというのは聞いたことあるけど、全部が全部そうだったというのも極端
過ぎる考え方だろうな。もしそうなら最初から鉄の延べ棒や工具を輸出した方が
双方得する。

室町時代の刀の質が低いのは、従来の太刀から打刀に主流が移る過渡期であったことや、
平和で華美な文化が流行った室町初期には切れ味より見た目を重視する風潮があった
こと、応仁頃からの戦乱期では物凄い勢いで大量生産されたことなどが原因。

もっとも「注文打」と呼ばれる高級品には他の時代の物に劣らぬものもある。
0152人間七七四年2007/02/28(水) 19:42:57ID:O/rLcUO1
>>146は、「爝火録」卷三(大清順治元年、明崇禎十七年五月朔 十五日(壬寅)) (西暦1644年)南明の南京に於ける記事。
日本からの輸入品か明の国内生産のものかは不明だが、南京の官軍武器庫に千単位の日本刀が保管されていた事が分かるだろう?
0153中野区民憲章 ◆ORWyV99u2Y 2007/02/28(水) 20:36:35ID:Ps9dvV+c
明のことはよくわからんが、実践向けというより上級兵の装飾用軍刀だった可能性はありだろうか?
拠出された兵は「馬上」なんだから刀は実践向きとは思えんし
「精兵」と呼ばれてることからエリートだったと想像出来る
意匠を凝らした日本刀の装飾美が当時あっちでもてはやされていたりしてな
0154人間七七四年2007/03/01(木) 14:30:28ID:y5ji9ICW
>>152
1644年というと明が完全に滅亡する年か。日本ではとっくに江戸時代だな。
いわゆる「日明貿易」は倭寇による密貿易を除けば1551年が最後なので、
時代がだいぶずれてる。

ちなみに、その頃は既に苗刀とも呼ばれる、日本刀をベースに中国式の
アレンジを施された刀を使った刀術が成立してるな。苗刀術の二大書の
一つである『単刀図説』が著されたのがちょうど1644年。もう一冊の
『単刀法選』は1621年の著。
0155人間七七四年2007/03/01(木) 21:31:45ID:PY6BH1Gd
戚継光(1528〜1588)の「練兵実紀」には、日本刀=倭刀を使用した戦術が記されている。

●廃兵にも倭刀を支給する。
●隊の隊長、副隊長を鳥銃手とし、長倭刀を支給してこれを短兵(近接戦闘用の武器)として習得させる。
●その他、歩兵には長刀或いは短刀を支給する。
●演習の際、騎兵が的であれば、長倭刀を持つ者が下は馬の足を斬って、上は馬の頭を斬る。
●歩兵が的であれば長倭刀を持つ者二人一組で素早く行動する事。

一番最後の部分はわたしもよくわからんw
しかし、日本刀=倭刀を主兵器として騎馬民族を撃退したという名将が実在し、その記録も残っているにも関わらず、
>>153のように「日本刀は実戦向きではない」という妄言を吐く人が多いのは何故なのだろうか?
わたしのように、東洋史から日本史に入った人間には、その辺が不思議なんだがw
0156人間七七四年2007/03/02(金) 04:03:42ID:vofKvql5
>>155
いつからか発生した鈴木信者や、その聞きかじりの類だからかと。
日本刀は実戦の役には立たないが大前提。これは揺るがないw
日本刀最強厨(最近は希少か?)と並ぶくらいの愚者だけど、なまじ物知りなつもりだけにタチが悪いw
>153自体が完全にこれだとは言わないが。

なんにせよ刀に夢や偏見持ってる馬鹿は多いってこと。
0157人間七七四年2007/03/02(金) 07:24:36ID:bIosFUoY
>>155
練兵実紀からみる軍編成
歩兵:一旅団あたり約2700名、仕官約320、伝令約220、鳥銃約1080、弓約220、残りは 様 々 な近接武器

あれ?日本刀の部隊は?
明らかに、日本同様、遠距離志向の編成なのだが?
0158中野区民憲章 ◆ORWyV99u2Y 2007/03/02(金) 10:04:47ID:KNGayK78
>>155
いや>>153は「馬上」の兵が「古倭刀」をメインで使うのが実践向きかどうかと言ってるのだが。
至近戦では当然使うだろうが>>155のように歩兵の練兵内容をそのまま騎兵にあてはめて
どんな場合でも刀は有効だと説かれても無学な俺様にはその理屈はようわからん。
そもそも1644年の「古倭刀」と16世紀末の「倭刀」は同じもんか?
それは騎兵の主武器として使われたものだったのか。
野太刀や長巻みたいなものだと言われれば納得もいくけどなあ
0159中野区民憲章 ◆ORWyV99u2Y 2007/03/02(金) 10:05:47ID:KNGayK78
>>156
鈴木や宇田川は極端すぎ
0160人間七七四年2007/03/02(金) 11:35:46ID:MjC3yma/
>>158
文禄の役の李如松の軍について柳成竜が
「提督の領するところは北騎にして火器なし。ただ短剣の鈍劣なるものをもつ」
と書いているから、「古倭刀」をもって突撃する騎兵があったかも??

明末期ば戦後約束した報奨金すら払えなかったくらい軍費がなかったから、
全軍は規定通りの装備だったかどうかはわかりませんが…
0161人間七七四年2007/03/02(金) 16:58:15ID:qRZ/NQzR
戚継光は『辛酉刀法』の中で「刀はたいした事は無いが、前後左右に飛び回り、
剣で斬ろうと近づこうにも、刀の方が長く近づきにくい。また、槍で突こうにも
柄ごと両断されてしまう。」と述べている。
彼は倭刀の斬れ味よりもその長さと、何よりも倭刀を使った刀術の威力に着目
していたと思われる。

>>157
鳥銃兵に倭刀を装備させていた。思うに、戦国時代の日本人と同様に、倭刀は
サブウェポンという位置づけだったんではないだろうか。一人の兵が銃と同時に
携行でき(槍や薙刀じゃ無理)、敵に近接されるなど銃が使えなくなったときに
使う武器としては従来の中国式の剣より優れているという判断だったんだと思う。

日本の例を見ても、鉄砲足軽、槍足軽、弓足軽といったそれぞれのメインウェポンを
持った兵士達が刀も装備してたわけで。
0162人間七七四年2007/03/02(金) 17:32:33ID:nqfq/zvW
刀は優秀なサブウェポンであっても、メインウェポンにはならない、が結論ですね

さて、そろそろ盾の話題に戻りませんか?
0163人間七七四年2007/03/02(金) 18:53:03ID:NgMLJOlh
メイン、サブって、ゲームやり杉じゃないかなぁ…

朝鮮の役の頃(明末期)でも、島津義弘の巨済島城では兵二千人に対し
備え付けの武器が、鉄砲100弓100槍100刀400、
とあるので、日本でも量的には刀は主武器といえなくもないかと。
鈴木先生すら、飛び道具で弱わらせた奴の首をとってた、と言われてるので、
そういう状況は槍なんかより刀の方が使いやすいよね。

持盾については攻城戦では記述がみられる(普州城攻めとか)ので、
野戦で使わなかったのは平原での戦いが少なく、
山戦なら盾はあったけど邪魔なんで使わない、が本当のとこじゃないかなぁ…
0164人間七七四年2007/03/02(金) 20:31:52ID:VN8ZnqvC
>163
>量的には刀は主武器と〜

現代の軍隊でも 一番量が多い武器ったら拳銃だろう
しかし拳銃を主武器とは言わんわな? それと同じこと

盾については上でも書いたけど 日本だけじゃなく中国イスラム西洋のいずれにおいても
中世には持盾はほとんど廃れてるわけで
結局 盾という武具自体にいうほどの有効性が無かったっつーことだろ
0165人間七七四年2007/03/02(金) 21:31:55ID:NgMLJOlh
>>164
”城に備える武器”の話だから、あくまで正面装備で、
個人で持ってる武器の数じゃぁないから、
現在の拳銃とは状況違わない??
0166人間七七四年2007/03/02(金) 22:05:54ID:zVK3gaRU
刀は狭い場所では、強いから城に常備してあるんじゃない?
0167人間七七四年2007/03/02(金) 23:10:11ID:nqfq/zvW

狭い場所だと振り回すスペースがないので刀は不利
2m程の短い槍が有効で、実際に城や館、武家屋敷には備え付けられています
時代劇とかで欄間の上にあって、曲者!とかいって天井裏を刺す、あれね

刀の強みは、どんなときでも携帯できる、携帯していても怪しまれないという所
0168人間七七四年2007/03/03(土) 17:21:05ID:wLkvT5Lr
>>165
むしろ刀の数が多かったことこそ、主な武器の補助として使われてたことを示すんじゃないか?
弓兵も槍兵も刀は持ってたってことで。槍と弓を両方持ち歩けないけど刀は使わないときは腰に
下げて置けばよい。
0169人間七七四年2007/03/03(土) 17:26:11ID:wLkvT5Lr
>>164
>結局 盾という武具自体にいうほどの有効性が無かったっつーことだろ

盾が盛んに使われた時代の鎧は後世のものより貧弱だよね。軽くて強い鎧を作る技術が
未熟だったから盾に頼ってたんだと思う。
0170某研究者2007/03/06(火) 15:30:00ID:ldq7ZwZI
武器を防ぐ為の小型の盾は
長巻で容易に割られるから
廃れたと言う事かも知れぬし
防弾効果も低い訳だろうか


http://www.lib.kyushu-u.ac.jp/gallery/moukoshurai/e04.htm
左側のモンゴル軍の様な陣形を
日本も取って居たと言う
事かも知れぬし
モンゴル軍の陣形と言うより
日本の陣形を書いた物かも知れぬが
此れでは上方から来る矢を盾で止めるのは無理だろうか
0171某研究者2007/03/06(火) 15:32:15ID:ldq7ZwZI
盾を打ち砕く為に
徒歩武者も槍から長巻に
持ち替えたと言う事かも知れぬし
故に長巻が出た後は盾は廃れたと言う
事だろうか
0172某研究者2007/03/06(火) 15:38:31ID:ldq7ZwZI
http://www.lib.kyushu-u.ac.jp/gallery/moukoshurai/e09.htm
中央の兵が持つ様な長巻をまともに受ければ
盾は割られると言う事かも知れぬし
恐らく其の為に槍から長巻に持ち替えたという
事だろうか
0173某研究者2007/03/06(火) 15:44:07ID:ldq7ZwZI
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%95%B7%E5%B7%BB
>全体は6〜7尺(180〜210cm)、柄は3〜4尺(90〜120cm)、刀身は3尺前後、野太刀(大太刀)よりも幅広で、非常に重い(5〜7kg)。
>それをあらわすかの如く、一振りで相手の腕を切り落とし、鎧の上からでも相手の骨を折ることができた。

こんな物を受けたら盾も保つのかだろうし
盾を無力とする為の武器だったと言う可能性は
有るだろうが

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%83%AB%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%83%E3%82%B7%E3%83%A5
ローマ教皇に禁止されたと言うバルディッシュでさえ
6kg程度だろうから
長巻は此れを上回る重量が有る物も
有った訳だろうが
威力はバルディッシュと比べて
どうだったのだろうか
0174某研究者2007/03/06(火) 15:49:14ID:ldq7ZwZI
http://www5f.biglobe.ne.jp/~ssbohe/pole_nagamaki.htm
>甲冑ごと人間を叩き斬れる程強力だが、使いこなすには並々ならぬ修練を必要とした為に、盛んに用いられる事は無かった。(使いこなせる人間の絶対数が少なかった)

蒙古襲来絵詞では歩兵は皆長巻を
装備しているが
徒士の武器は殆ど長巻か弓かと言う事に
成ったと言う事かも知れぬが
弓を装備する者が大半であり
弓を使う歩兵は大型の盾の影に隠れたと言う
事だろうか
0175人間七七四年2007/03/06(火) 16:16:28ID:Co4mg431
だろうか

が多いね
0176人間七七四年2007/03/06(火) 16:22:58ID:bxYjHkHl
日本人は当たって砕けろという玉砕精神だったから

そもそも身を守るという考え方が存在しない
0177人間七七四年2007/03/06(火) 16:52:37ID:SGKfx25a
身を隠して戦ができるか
0178人間七七四年2007/03/06(火) 17:05:31ID:DAdSPIL/
漫画ではでかい盾に数人ずつくっついて矢をガードしつつ前進してたよ。

現実に沿って書いたかは分からんが「実際に有効そう」だと思う。

これについては異論あるまい。
0179某研究者2007/03/06(火) 19:57:57ID:KnNGY0/X
最前列だけしか矢は止まらないだろうが
上から降って来る矢の防御は
諦めている訳だろうか
(ローマの亀甲隊形の様な物なら
 止まる訳だろうか)
0180某研究者2007/03/06(火) 19:58:39ID:KnNGY0/X
戦国時代なら陣笠である程度
上方向からの矢も止まった訳だろうか
0181人間七七四年2007/03/06(火) 21:28:18ID:DAdSPIL/
とにかく手持ちの盾は無かったけど、でかい盾(名前何?)は間違いなくあったと思う。
0182人間七七四年2007/03/06(火) 21:43:57ID:Vers+gay
>178
そりゃ 設置式の矢盾竹芝の類まで否定する奴はおらんわいな

基本的に個人用の持盾の話をしてるんであってだな
0183某研究者2007/03/06(火) 21:53:47ID:KnNGY0/X
騎兵だけでは無く
歩兵も弓が主武器なので
小型の盾は廃れたと言う事だろうし
槍と小型の盾を持っていた少数の兵は
長巻で盾を割られて駆逐されたと言う
事だろうか
0184人間七七四年2007/03/06(火) 22:02:12ID:g0V6muPp
おいおい長巻ってそんなに強いのかよ
シレンじゃ無印の刀より弱いのにw
0185某研究者2007/03/06(火) 22:20:06ID:KnNGY0/X
5−7KGと言うのは
両手剣や斧より重いと言う
事だろうか
0186某研究者2007/03/06(火) 22:22:16ID:KnNGY0/X
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%84%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%8F%E3%83%B3%E3%83%80%E3%83%BC
ツヴァイハンダーでも最大5KGと言う
事だろうか
0187某研究者2007/03/06(火) 22:28:07ID:KnNGY0/X
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%84%E3%83%BC%E3%83%8F%E3%83%B3%E3%83%87%E3%83%83%E3%83%89%E3%82%BD%E3%83%BC%E3%83%89
>戦闘用に造られたツーハンデッドソードの重量は、一般的に受けるイメージとは違い、とても軽く作られ、およそ2.5から3kg程である。

他の両手剣は余り重くは
無い訳だろうか
0188某研究者2007/03/06(火) 22:29:18ID:KnNGY0/X
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%AB%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%89
http://www58.tok2.com/home/hermitage/weapon/pole_axe.htm
ハルバードやポールアックスも
4KGは無い訳だろうか
0189某研究者2007/03/06(火) 22:53:08ID:KnNGY0/X
http://aineias.hp.infoseek.co.jp/arms/cgi-bin/arms.cgi?ohmasakari&jpg
大鉞も5KG程度しか無いが
先端部が重いので威力は長巻より
上かも知れぬが
0190人間七七四年2007/03/07(水) 00:11:20ID:PUBeglRu
>>187 設置式だけ?手持ちのでかいのは無いの?
0191人間七七四年2007/03/07(水) 00:14:00ID:73q9LTdy
鎧の肩についている四角いやつ。
あれが持ち盾のなれの果てという説がある。
日本では手に持つ盾が鎧と合体してしまったんだね。
0192人間七七四年2007/03/07(水) 00:20:21ID:PUBeglRu
>>191 なんかカッケーな
0193人間七七四年2007/03/07(水) 02:09:20ID:TQxmnBtg
>>191
散々既出ですよ

ループするのも馬鹿らしいから、以下まとめの叩き台

・このスレは主に手持ちの盾の是非について議論しています、置盾・竹束・土嚢などは否定しません

Q:日本で盾が普及しなかったのは本当?
A:日本に限らず世界的に廃れていきました

Q:それは何故?
A:理由の一つは片手が塞がるデメリットが大きいからです
  また他の武具の発達と共に盾の機能が吸収されていった節も伺えます

Q:剣や刀を装備しているなら持てるよね
A:戦争は遠距離志向です、投射武器や長柄槍など両手で扱う武器が戦場の主役です
  また日本の場合は組討などが頻繁に行われるので、刀であっても片手が塞がるのは非常に拙い

Q:日本刀最強なのに?
A:妄想です

あと何かあったっけ?
0194人間七七四年2007/03/07(水) 03:40:26ID:aLqaxId7
マジレスすると
ヨーロッパにおける剣の概念は”斬る”ではなく
”殴る”だったり”刺す”だったりするので
腕力があれば片手持ちでもOKだった
で、片手が余るから盾という装備が発案された

日本刀は両手で握るのが基本だったので
盾というモノは誰も思いつかなかった
0195人間七七四年2007/03/07(水) 04:39:25ID:Ss1cOa7R
このスレを今日見つけてある程度読んでみてちょっと疑問。
基本的にこのスレでは日本刀は鎧で防がれるって流れがある。
しかし半農兵が日本刀を防げる程のまともな鎧を持っていたとでもいうのだろうか?
兵隊の多くは鎧とは名ばかりのものを申し訳程度に身に着けていただけでは?

それに本当に日本刀が効かない程の鎧をみんながつけてるなら、弓で死ぬ人はもっと少なかったろうに。
まともな鎧じゃないから鎧の隙間以外のところでも弓で死ぬ。
日本刀がそこまで戦場で使われてなかったのは、弓や槍の存在が大きいかと。
0196某研究者2007/03/07(水) 06:15:18ID:erB1TMLn
>日本刀は両手で握るのが基本だったので
>盾というモノは誰も思いつかなかった

馬上では片手での使用だろうし
弓が主武器だから盾が
肩に装備された訳だろうか
0197某研究者2007/03/07(水) 07:43:03ID:erB1TMLn
http://homepage2.nifty.com/kousyuryu-kisya/kachukishakou/ss04.html
鎧の大袖も
上の様な形で
盾として使用している訳だろうか
0198人間七七四年2007/03/07(水) 13:50:30ID:OKp3zGoy
>>194
>盾というモノは誰も思いつかなかった

日本でも古代においては盾は使われてたんだけどな。古墳から盾を構えた
武人の埴輪が多数出土している。

世界の他の地域と同じく、日本においても盾の普及→廃れるという図式は
一応成立している。廃れた理由も鎧や武器の発達によるもので、他の地域と
そんなに変わりはないと思う。
日本人が盾を使っていたというイメージがほとんどないのは、盾を使っていた
時代の記録があんまりないことや、その頃の戦いは後世に比べて小規模だった
ことによるものだろう。
0199人間七七四年2007/03/07(水) 16:40:57ID:5HnH2K1D
>>195
鎧どころか、服一枚着ているだけで切るのは難しくなると言いますが
お貸具足、と言うしろものをご存じか?
時代にもよるが、雑兵が鎧を自前で持っている必要はない
荷駄などは申し訳程度の武装だが、
前線で戦う槍足軽や鉄砲・弓足軽などは結構しっかりした物をつけていたようだよ

>>197
分かり易いね、これ
0200人間七七四年2007/03/08(木) 05:50:09ID:W8MfgHSj
日本刀っつってもピンキリだしな
足軽雑兵の類が持ってたであろう数打ち物と
今に残ってる芸術品みてーな名刀と 切れ味比べるのが間違い
0201某研究者2007/03/08(木) 18:06:01ID:RUBwxA9y
まあ戦争前に砂で刃を荒らして
切れ味を増す為に鋸状にしていると言うから
安物でも此れなら切れる可能性は無いのか
どうかだが
槍や薙刀でも同様の事は行ったのか
どうかだが
斬れ味が良く共篭手等の綿甲の部分が
精々切れる程度と言う事かも知れぬが
或いは此れさえも切れないのだろうか
0202某研究者2007/03/08(木) 18:12:55ID:RUBwxA9y
http://homepage.mac.com/apple1974/column/column08.html
>沸出来でも、匂い出来でも、刃中の中でハッキリと粒子を形成している刀は、刃先が綺麗な鋸状になり、引っかかりを生じ斬れやすいようですね。対して、刃中の粒子がハッキリしない刀は斬れ味も鈍いようです。

まあ刃を砂で荒らしてもこう言う差は
出ると言う事かも知れぬし
粒子が粗い方が良いと言う事かも知れぬが
西欧の剣の粒子はどうなのだろうか
(砂で刃を荒らす事は
 西欧のサーベルの場合は行ったのかどうかだが)
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