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上杉謙信とその周辺の国の確執

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0001akira!2006/10/07(土) 18:54:55ID:JvNi4Ael
上杉謙信は関東に何度も出兵し、信玄と戦い、七尾城を攻略し、
手取川で織田信長をも撃破した最強の武将と言われています。
軍神と言われ、義に生きた上杉謙信について、悪いことを聞く
事が余り無いように思います。
上杉謙信に攻められた国の人(特に石川県の人に聞きたい!)
にとって上杉謙信とはどのようなイメージなのでしょうか。
それぞれの立場で意見を聞かせてください!
0355人間七七四年2008/05/04(日) 21:09:05ID:0LYTJHM/
アカピの捏造本の略奪説をまた持ち出すか…ほんとくだらねーな。
何回論破されたネタだと思ってんだ。少しはROMれよ。
0356人間七七四年2008/05/04(日) 21:15:01ID:9rfM7nfi
確かに、略奪のために戦っていうのもあんま効果無いような気がしてきた…。
上杉家は港があったから交易して金はあったらしいしね。
領土欲のない戦国大名説は臭いなって思ってたけど、国衆の統制が目的というのもありそうだなと思えました。
0357人間七七四年2008/05/04(日) 21:27:54ID:D9fH/E4W
>>356よ、あまちゃんだな。
0358人間七七四年2008/05/04(日) 21:51:36ID:0BQ4226+
>>354
越後は青苧の産地だから
それで麻布作ったり、青苧をそのまま都に送って
巨利を得ていたんだよ

謙信が二度も上洛したのは青苧座を握っていた三条西家との相談
より越後青苧座が力を持つよう、協力を取り付けてきた
あと事件が頻発していた日本海ルートの安全に尽力してる

これだけで年4万貫の船頭前が越後に入るようになった
他にも塩、蝋、木材、紙などの交易で大儲け
為景時代に越後から逃げた商人を呼び戻し、優遇政策も実施

謙信と北条の奴隷は一人20文
信玄の奴隷は一人2貫〜10貫(10000文)
謙信にとって奴隷売買は10円チョコにも値しない商売
謙信は里見、太田らに兵糧の買付けを依頼している
0359人間七七四年2008/05/04(日) 22:32:32ID:vK+rS6Qy
上杉信者がキモ過ぎるスレがあると聞いて飛んで来ました
0360人間七七四年2008/05/05(月) 08:56:18ID:kq8H838o
>>358
お前に知識があるのは分かったけど、もうちょっと要点ついて批判してほしいね

経済的に余裕があるというのと、金儲けの事業を起こさないというのは同義ではない
現代日本で金持ちが金儲けしないのか?
0361人間七七四年2008/05/05(月) 09:18:32ID:uMi3Jl4f
食わせるために関東に兵を連れて行くなんぞ
大赤字になるだけ。
経済活動できる国主だからこそ、んなことはせん。
0362人間七七四年2008/05/05(月) 10:09:10ID:l+9C4n+8
>>360
代わって説明すると、当時の年貢システムはエドジダイと違って、
百姓から米じゃなくて銭を納めさせていた。
石高じゃなくて貫高制度。
つまり大名の出兵に伴う兵糧は領地から得た現物をそのまま使うんじゃなくて
国費で米を買い求めていたわけです。

で、謙信は晩年の大内みたいな海上貿易で儲けた富裕大名。
もし越後が不作でも商人は自分から争うように米を売りに来る。
だからわざわざ、莫大な国費を用いて人的消耗(しかも貴重な労働力である農民兵主体)
の危険が伴う関東に略奪目当てに出兵するなんてありえないってことかと。
0363人間七七四年2008/05/05(月) 15:34:59ID:kq8H838o
>>362
上の段落は蛇足と考えるが如何?

要するに労働力の損失が痛いから、略奪のための遠征はないということでしょ?
江戸時代の話だったと思うが、飢饉難民を救済するのに、土木事業を行わせて、米を渡していたそうだ
貧民でも働かせて、食い物を与えるという構図だな

貴重な労働力というが、永原慶二によれば当時の地方都市でも随一の人口抱えている
具体的に言うならば、原田伴彦の試算によれば、春日山3万、山口、駿府、岐阜一万、清洲八千人
かなりの余剰労働力がありそうだが?

この余剰労働力を農家で生産に従事させるのと、貧民救済を兼ねて略奪させてくるのとどちらを選択するかという事だが
貧民救済にはもうひとつ、治安維持という側面もあるな
0364人間七七四年2008/05/05(月) 18:35:08ID:Qu6NUS/V
それでなぜ略奪しに遠征したって結論になるんだよw
戦争だろうが公共工事だろうが働かせて給金払うのは当たり前だろうが。
謙信は遠征で出した兵に糧食を与えず
自力で略奪させて賄わせていたと言いたいのか。
0365人間七七四年2008/05/05(月) 20:04:52ID:kq8H838o
>>364
発端は米しか奪うものがないという事に対する批判だったんだが、偉くそれたな
まあ、他のものも可能性があるって事
0366人間七七四年2008/05/05(月) 20:11:47ID:K0VBDltt
>>363
春日山の人口=越後農民の人口
ではないぞ。
0367人間七七四年2008/05/05(月) 21:26:12ID:uMi3Jl4f
捕虜の身代金は赤字確実な値段に設定、
越後は布・蝋・木材・紙などの輸出で豊かであり
貧しく無かったし米は金で買えたし
関東遠征中は食料調達は関東勢が行っていた。

ここまで分かっていてなんで「遠征は略奪目的」に
しがみ付いてるのか分からんな。
略奪を頻繁に行っていた史料も出せないし
何を略奪したって事にしたいんだよw
0368人間七七四年2008/05/05(月) 21:42:01ID:kq8H838o
>>366
それがこの話に何か影響を与えるものとも思えないが?

>>367
米以外のものでも略奪の可能性はあるということ
問題意識は>>365に書いたとおり
論理として、「米雑穀が欠乏する関東では略奪するものがない」という事に対して、いや他にもあるだろうという事なんだが
同時に略奪をしていた事に関してまで少し話がそれてたな
後者に関してはまた別の話だ
誤解を招いてすまんね
0369本当はどれだ2008/05/05(月) 22:01:52ID:+mvMI+Ue
くるまかがりの陣

 ↓
来る馬ばっかりの陣
 ↓
狂う馬ばかりの陣
 ↓
狂う魔が駆りの陣

来る魔かがりの陣

つかりた・・
0370人間七七四年2008/05/06(火) 11:01:51ID:p7RbHsVF
略奪なんて、当時どの大名もさせてたか黙認してたんじゃない?
たとえそれが目的じゃなくても上杉軍も人並みに略奪してたろうし、遠征の目的としてもそれほどおかしくないと思う。
0371人間七七四年2008/05/06(火) 11:28:32ID:kmFWRC0a
裕福な関東管領がわざわざ略奪して進軍するかよw
補給だって厩橋から利根川を利用して簡単に送り出せるのに。
だいたい上杉軍は年中のようにひっきりなしに出兵しまくってるのに
この手の話をするやつはみんな何も採れない冬だけ口減らしに出兵すると歪曲してんだよなw
たかが8000の越兵の口減らし?そんなら労役免除なってるヤツらは口減らしに参加できなくて不満だろがw
保存食や冬期の脂ののった魚貝類もあるのに…そもそも秋に収穫して冬に早くも口減らしかよw
0372人間七七四年2008/05/06(火) 11:48:26ID:p7RbHsVF
>>371
特に略奪遠征説を支持したわけではないよ。最後の「目的としてもそれほどおかしくない」は蛇足だった気がするけど。
用は略奪はどこもやってたから、たとえ関東で略奪してても実は謙信は悪人だということにはならんと言いたかった。
0373人間七七四年2008/05/06(火) 12:15:33ID:6Fym8lNy
まあね。上杉軍も戦術的放火は頻繁にやっている。
川中島でも一度乱取りした記録がある。

だから我々も上杉軍を乱暴狼藉のない綺麗な軍隊と言う気はないよ。
でもこういう謂れのない強盗目当ての出兵だとかいう
くだらない汚名を有名な学者につけられて迷惑しており、
その話題になるたび、ナーバスになってしまう。

そこは察してやっとくれ。
0374人間七七四年2008/05/06(火) 14:20:20ID:R74hu2aH
上杉家がありもしない「義」を掲げて捏造し過ぎたのが叩かれる原因だから自業自得ですね^^
0375人間七七四年2008/05/06(火) 14:30:48ID:kmFWRC0a
>>374
お前が基地外なのはよくわかったよ
0376人間七七四年2008/05/06(火) 14:43:21ID:R74hu2aH
いやいや、「自分は神だ」なんて連続殺傷事件の犯人と同レベルの気違い信奉してる人達には敵いませんよぉ^^
0377人間七七四年2008/05/06(火) 15:28:15ID:6Fym8lNy
実際には上杉謙信が神を自称したことは一度もないんだがね。
初心者向けの上杉本でよく書かれる毘沙門ではなく俺を拝めと告げたのも江戸期の創作。
0378人間七七四年2008/05/06(火) 15:36:32ID:R74hu2aH
おやおやまた上杉の捏造ですか^^
米沢はさながら嘘つき村ですねぇ(呆
0379人間七七四年2008/05/06(火) 15:49:53ID:GJ8hz3wc
DAIGO「平成」の名付け親を暴露★2

竹下登元首相の孫であるロックミュージシャンのDAIGO(28)
が、「行列のできる法律相談所」の番組内で、元号「平成」の選定
者が、故宇田川精二東京大学名誉教授であることを暴露し、話題を
呼んでいる。
宇田川氏と竹下登元首相とは、生前より親交があり、DAIGOが
幼少期に宇田川氏に漢字のドリルを解いてもらったというエピソー
ドが紹介された。
(5月4日9時18分配信 デイリースポーツ)

http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/kobun/1209369247/l50
0380人間七七四年2008/05/06(火) 16:38:45ID:kfXTBD0N
>>377
史実だったとしても「俺が神だ」って内容じゃないしね
至急、間者を放つ必要に迫られて毘沙門堂へと戻る暇は無い
間者を放つ前に神へ誓わせるしきたりに拘泥できない状況
だから「今は毘沙門堂へ戻ってられない。俺を神だと思って、この場所で誓え。」と言っただけ
しきたりや神に左右されない普通の判断
0381人間七七四年2008/05/06(火) 18:47:54ID:R74hu2aH
え?いちいち毘沙門堂まで行ってたのですか?
よほどお互い信用できなかったのですねぇ
ヒステリックで疑い深く小動物のように周囲を警戒する姿が目に浮かぶようですね^^
0382人間七七四年2008/05/06(火) 19:37:47ID:p7RbHsVF
>>381
またこいつか^^
いろんな上杉スレ荒らしてるやつだ^^
0383人間七七四年2008/05/06(火) 20:01:05ID:qrF0gcBQ
大抵どこの大名家でも間者は雇われ者で、外部の人間では
伊賀人同士が敵味方に分かれて、互いに情報を交換し合ったり
どちらかが土壇場で裏切るケースも
諜報を任される忍や山伏連中は密教と深く関わっていたのではないかなぁ
まぁ今の価値観は当て嵌まらないよね

どっちにせよ作り話っぽいし
0384人間七七四年2008/05/08(木) 19:57:20ID:xwUMvdS4
>>301
こんな大昔の文にレスしても仕方ないが、
史学ってのは司法などの世界と違って、
「誰の目にも明らかな証拠がなければ無罪」ってもんじゃないんだよ。
たとえ、明らかな証拠がなくても当時の慣習からいって
謙信や景勝も男色していた事は有力だ。
あと謙信は当時の男色のメッカたる寺院に幼少の時から
すごしていたわけで、さらに可能性は高い。
勿論、明らかな証拠がない限り絶対に100%まではならないんだが、
史学の世界は「疑わしきは罰せず」じゃないからな。
0385人間七七四年2008/05/08(木) 20:00:08ID:xwUMvdS4
>>377 >>380
あんたはもしかして他のスレでも
「戦国大名が甘味や宗教を信じていたわけがない」と主張している人物か?

そんなことはないだろう?
当時としては神や宗教を信じるのは非合理なことではない。
特に謙信は宗教に関しては毎日すざまじい数の写経や真言をしてた逸話があり信じきってたからな。
まあ「我を毘沙門天だと思って」の逸話が事実ではないかもしれんが。
0386人間七七四年2008/05/08(木) 20:07:41ID:Rj60FzC5
>>384
コピペ乙
0387人間七七四年2008/05/08(木) 20:55:12ID:7uHZSH47
>>384
いい加減な断定すんなよw
だいたい出家って言ったって幼少時にいただけで思春期の青年期にはすでに衆道のメッカには謙信は居なかったんだから、そんなもん仏門で教わってないだろ。
0388人間七七四年2008/05/08(木) 21:01:14ID:2brGudBm
>>385
377だが、私は謙信の信仰心は一切否定しておらず、むしろ比較的神仏を軽視した信長や信玄と違って、
自らを神様だなんて自称するほど傲慢ではないと言いたいだけ。
小説とかだと俺は毘沙門天の化身だなんて描かれる事が多いが、
これは根拠がないイメージなんだよ。
0389人間七七四年2008/05/08(木) 21:43:27ID:2brGudBm
>>387
まま、熱くならず。
史学を疑わしきを罰せずの世界と言い切ってしまったら、
何の研究も発見も意味を成さなくなるよな。
逆に言うと384みたいな思考が女性説な温床になる。

むしろ男色をしていたなら尚更、女色をしていないとおかしいと思うんだが、
それはどうなるのかねえ。
0390人間七七四年2008/05/08(木) 21:44:50ID:2brGudBm
疑わしきを罰せず

疑わしきを罰せずではない
に訂正
0391人間七七四年2008/05/08(木) 23:34:12ID:xwUMvdS4
だからさ、謙信は衆道相手への手紙が現存している信玄や政宗と違って
絶対的証拠が残ってない、だから謙信は衆道を全くやっていない

とかいう断定がおかしいと言ってるんだけどね。

>>387
年代から言って掘られてたかもね。

>>389
男色専門のゲイという人種もいるよ。
戦国期はほとんどバイだが細川政元みたいなゲイもいる。
謙信は信仰や武運長久のために女性を絶ったのかもしれない。
元々、男色は女色が戒律で禁じられている僧侶が中国の影響ではじめたものだし。
0392人間七七四年2008/05/08(木) 23:42:59ID:xwUMvdS4
>>388
ああ、そういう事だったか。
でも少なくとも信玄は信仰心は厚く神仏を軽視したなんて事はないし、
信長が無神論者、無宗教者なんて話しはウソで彼も神社の参拝は欠かさなかったんだけどね。
あと禅宗にも帰依してた。

もっとも謙信の信仰心は彼らよりさらに上だったろう。
そのために少なくとも仏教で禁じられている女色は絶ったんだろう。
女色はダメだが男色はいいなんてのは現代人の理解を超えてるが
そういう事だったわけで。
0393人間七七四年2008/05/08(木) 23:57:40ID:2brGudBm
神仏の軽視は先に記したとおり「比較的」ね。
信玄は願文で神仏と対等かのような取引じみた事を記し、
不動明王と一体化を考えていたのか、甲府の不動像に自らの毛髪を塗り込んでいる。
信長は宣教師の言葉を信じるなら禅宗への帰依は形ばかり。
心から帰依していたら男色を否定する宣教師など手打ちでしょう。
でも信長や細川政元が本当に男色していた証拠ってあったっけ。
0394人間七七四年2008/05/09(金) 00:16:33ID:8g3TH3fQ
細川政元は詳しくないから知らん。
信長は加賀藩の飼料に前田利家の逸話があるしな。

ただ信長の衆道で疑問時されてるのは森蘭丸との関係だな。
他のもう一人、衆道相手として有名な小姓ともっぱらやってたらしいが忘れた。
0395人間七七四年2008/05/09(金) 00:40:46ID:g0jtJfuW
そんなんじゃ戦国武将に男色が蔓延していた証拠にもならんね。

宣教師も僧の間で流行ってるとは書いていたが、武家で流行ってたとは書いてないはず。

景虎も寺に入ったと言っても、坊主になるため住み込みしたんじゃなくて、
武将になるために通っていたとしたら、ご説は全く成り立たなくなる。
0396人間七七四年2008/05/09(金) 03:15:10ID:KljAyNxO
西国は怪力乱神を信じて宗教に盲信していた。
畿内東国はそれほどズブズブなシャーマニズムな宗教観はすでになかった。
オマエらが奈良や京都の仏閣めぐりしたり、受験の為にお守り買ったり、
正月に御参りしてるからって宗教心が篤いわけでないのと一緒。
0397人間七七四年2008/05/09(金) 03:55:41ID:8g3TH3fQ
>>395
大内義隆にもそんな話しがあれば
武田信玄や伊達政宗、芦名の内紛とかいった話がある。
てか男色否定者は多分に「戦国武将が男色などしてたわけがない」
という願望が激しいのだが。

>>396
それも「戦国武将が宗教や神を信じるわけがない」とかいう願望。
少なくともその例えは適当ではない。現代人とは比べようがない。
てか貴方の頭の中には「現代人のような信仰」か「ズブズブのシャーマニズム」かの
二者択一しかないのかね?
0398人間七七四年2008/05/09(金) 04:22:38ID:KljAyNxO
>>397
「戦国武将が男色などしてたわけがない」
「戦国武将が宗教や神を信じるわけがない」

はっ?誰もそんなこと言ってないが?独善的に断じてるが頭大丈夫か?
だいたいそんなの地域差や各武将ごとにみんな個性もあって違うだろ。
いろんなヤツがいるって言ってる。
オマエは断言しちゃってるが逆説的に言って
みんな男色で、みんな宗教も神も信じていたと主張したいのか?
0399人間七七四年2008/05/09(金) 06:03:10ID:8g3TH3fQ
>>395
謙信は僧侶になるために寺に入ったんだよ。

>宣教師も僧の間で流行ってるとは書いていたが、武家で流行ってたとは書いてないはず。

ウラが取れないな。

>>398
ああ、そうかスマン。
別の場所に居る論敵をこのスレに当てはめてしまった。
0400人間七七四年2008/05/09(金) 06:21:48ID:snNfU1ad
>>384
全ての寺が男色のメッカだったのだろうか
特に謙信が幼少時過ごした曹洞宗なんか只管打坐「ただ座禅を組め」だよね
「目を閉じるな、下らない妄想をするな、法力なんて有り得ない」
「密教なんて嘘だ、公案なんて馬鹿げてる、禅問答なんて止めろ、ただ黙々と座れ〜!」っていう
要するに達磨が行った面壁三年を目指した宗派でしょ
果たしてそんな連中と、稚児を抱いて救済を得るとかいう「稚児灌頂」が相容れるのか
抱かれる稚児は「お前は菩薩様じゃ〜!」と名前の最後に「丸」を付けられたそうだが
謙信は付けられてないね

んで、これは多分に密教っぽい考え方だけど、それと道元はどうにも結び付かない
もっとも永平寺はじめ全ての曹洞宗の寺が、道元の教えを守ってる訳でもないだろう
実際永平寺では稚児行列をやってるという話も聞いた

それでも男色からは最も遠い宗派だと思うし
曹洞宗及び林泉寺の実態が分からない限り
「寺は男色を教える所」などと十把一絡げにするのは強引ではないか
0401人間七七四年2008/05/09(金) 07:31:20ID:DCph//Kv
いくら寺でも男の子は何でもかんでも犯ってたわけじゃない。
性的対象にする男子は10代中盤〜後半になる頃であって
謙信はその年頃になる前に寺から戻されてる。
0402人間七七四年2008/05/09(金) 08:15:54ID:g0jtJfuW
>>399
謙信が僧侶になるためにと言うのは江戸時代以前にそれを示唆する資料がない。
林泉寺じゃなくて常安寺で修業していたと言う説もあるよ。
0403人間七七四年2008/05/09(金) 11:51:14ID:8g3TH3fQ
「確証がない」=「そんな事実はなかった」ではないのが史学の面白いところ。
刑事裁判なら心象的には真っ黒でも立証しきれなければ無罪になるが史学ではそうではない。

逆に言えば歴史はどんな奇説でも入り込む余地があるという事。
影武者徳川家康の愛蔵本の後書きで小和田教授もそう言ってた。
0404人間七七四年2008/05/09(金) 13:21:43ID:KljAyNxO
確証がない時点で数ある諸説の一つに転落しちまうがな。
そんなこと言ったら謙信は女性w
0405人間七七四年2008/05/09(金) 13:49:22ID:atvsTsf3
だから歴史って面白いよねぇ〜w
0406人間七七四年2008/05/09(金) 17:59:20ID:/SwwudoE
上杉家中だけで某ゲーム大会ができるな
島津、毛利、武田、畠山、北条…
読みが違うのは置いとけば
0407人間七七四年2008/05/10(土) 06:28:56ID:hX0RGdLA
>>403
謙信の場合「確証がない」というより
具体的な相手との「逸話すらない」状態
例えば、信長のように前田利家と同衾した際、「手を握って離しませんでした」
なんて暴露されたり
政宗のように片倉重長の頬を舐め回したとか
只野勝吉へ釈明する内容の恋文を送っているとか
信玄も高坂へ釈明する恋文が伝わってる

武将の特徴を其々把握する為には
まず互いを比較してみよう、という人は実際多いんじゃないだろうか?
そこで得られた差異から、対象とする武将の輪郭が掴める

このケースから得られた差異は何かというと、
謙信は(同時代の武将と違って)相手が分からない
謙信には(同性愛を示す)相手とのエピソードがない

よって謙信は信玄、信長、政宗と違い、
この時代の武将としては比較的、衆道に執着してなかったのではないか・・・
という推測が成り立つと思う
0408人間七七四年2008/05/10(土) 09:18:02ID:z4iPEL5/
村上との関係は?
年が違うか?
0409人間七七四年2008/05/10(土) 12:11:10ID:vmoFRg4h
謙信が男を好んだとしても、若いのが好きらしいから村上はないなw

でも近衛の手紙って、別に男を示してない気もするが。
男女どちらにしても、噂話を聞いただけに過ぎないし、
古河時も下らない噂にガクブルして謙信の政策を狂わせるし、
この人の言うことはあてにならんね。
0410人間七七四年2008/05/10(土) 12:37:11ID:4s2/jgDA
近衛の手紙は京で将軍と近衛と謙信で宴会して
将軍様が若衆呼んで一緒に酒飲まさせてもらって
「謙信も若衆を気に入ったようです」って感じの書簡だから
なんの判断材料にもならんだろw
その状況じゃ誰だって「お酌していただけて嬉しい!」って反応するわw
0411人間七七四年2008/05/10(土) 13:54:03ID:D30k6R7l
>>404
謙信は男と言い張るのも、女と言い張るのも、男色だったと言い張るのも結局確証はないわけだが。
高野山に登ったってのも、幼い頃寺に入ったってのも一次には見られない。

現時点で確実なのは上杉謙信という大名が日本の戦国時代に生きていたという事だけ。
ただ、遺骸が残っているはずだから、墓の中を見ればそれではじめて確証がとれる。
でも徳川家重のように遺骨を調査後女性説が浮上した人物もいるけどね。
0412人間七七四年2008/05/10(土) 21:30:27ID:dM7kA8P7
謙信が越後で若造集めて酒宴したって逸話はあるのか?
むしろ梅干や味噌を肴に、一人だけで黙々と呑んでたイメージがあるんだが。
0413人間七七四年2008/05/11(日) 22:14:45ID:O3BTpYX8
八重垣姫は養女?
架空の娘?
0414人間七七四年2008/05/11(日) 23:30:40ID:OR1Kmbgq
もちろん歌舞伎の創作人物です
実在しません
0415人間七七四年2008/05/12(月) 20:54:30ID:kdflSofr
花札トランプの13月は
八重垣姫、タネが竹に雀
0月(joker)が蓮に虎
0416人間七七四年2008/07/12(土) 12:35:18ID:J0EjpQ6/
        ,,,--─===─ヽ/へ
      /iiiiiiiiiiiiii彡≡≡≡|≡ヾ ヽ
     iiiiiiiiiiiiiiiiiii彡≡≡≡≡|≡ミミヾ丶   北条を倒せないのはお前らの協力が足りないからだ
    iiiiiiiiiiiiiiiiiiii/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\ミiiiiiヽ
   iiiiiiiiiiiiiiiiii/             \iiiiiiiゞ     お前の苦痛は俺が救済してやる
   iiiiiiiiiiii/                \iiヽ  
  iiiiiiiiiiiiiii《    ━━━'/  ヽ━━━ ヽミヽ      俺   は   神   だ
 ...iiiiiiiiii彡/      __,.::  :: __  ヽiiiii|
 ..iiiiiiiiiiiii》|             :::      |iiiii|         学会員もいい加減目を覚ませ
 iiiiiiiiiiiiiiii|,                     |iii|       布施しろ 
..iiiiiiiiiiiiiiiiii,         ( ● ● )      .|iiii|
iiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiii       》━━━━《       |iiiii         そして軍神に帰依しろ
iiiiiiiiiiiiiii《《《ヽ     》 / ̄ ̄\ 《     |iiiiiiii|
iiiiiiiii《《《《《《《《    《《 \ ̄ ̄/ 》》   |iiiiiiiiiii|
iiiiiiiiiiii《《《《《《《《《《《 》》   ̄ ̄  《《 》》》》》iiiii|
iiiiiiiiii《《《《《《《《《《《《《《《《《《《《》》》》》》》》》》》》》》iii|
0417人間七七四年2008/08/24(日) 09:11:55ID:MeYrCvlX
      \∧_ヘ     / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 ,,、,、,,, / \〇ノゝ∩ < 略奪に行くぞ!!          ,,、,、,,,
    /三√ ゚Д゚) /   \__________    ,,、,、,,,
     /三/| ゚U゚|\      ,,、,、,,,                       ,,、,、,,,
 ,,、,、,,, U (:::::::::::)  ,,、,、,,,         \オーーーーーーーッ!!/
      //三/|三|\     ∧_∧∧_∧ ∧_∧∧_∧∧_∧∧_∧
      ∪  ∪       (    )    (     )   (    )    )
 ,,、,、,,,       ,,、,、,,,  ∧_∧∧_∧∧_∧ ∧_∧∧_∧∧_∧∧_∧
      ,,、,、,,,       (    )    (    )    (    )    (    )
0418人間七七四年2008/11/10(月) 08:19:06ID:GJ3tALsB
8000のホモ軍団が襲って来たらそら逃げるわな
0419人間七七四年2008/11/10(月) 11:05:55ID:npeyMxLj
男色確定なのは
政宗と信長だけ
謙信にそれを裏付ける一次資料は存在しない。
0420人間七七四年2008/11/10(月) 11:08:15ID:npeyMxLj
信玄も男色好きだったな。
まぁ吉川もそうなんだが。
0421人間七七四年2008/11/10(月) 12:05:49ID:tc1N5Hvc
九州・四国・中国系は0?
0422人間七七四年2008/11/10(月) 12:45:58ID:npeyMxLj
毛利隆元と大内義隆・陶晴賢と吉川元春

小早川秀秋もそうだな。あと家康も。
政宗と片倉の息子もそうだな。
0423人間七七四年2008/11/30(日) 03:26:07ID:ebuo82pg
スレ違いage
0424人間七七四年2008/12/01(月) 23:17:41ID:1YlLM32C
「謙信」と聞いたら、「ウホ」を連想する香具師がこんなに多いのかwwww.
0425人間七七四年2009/01/25(日) 12:33:52ID:ZoDQyN7B
むしろホモや童貞の代名詞だろw>謙信
0426人間七七四年2009/01/25(日) 13:07:15ID:TzKx6Bjj
処女大名とお呼びなさい!
0427人間七七四年2009/02/14(土) 19:28:00ID:bqtvfIgu
久々に来ればなんだこの流れw
しかし、本当に女色も男色もやらない真実の童貞だったら、ある意味尊敬してしまう
すげーよ謙信公
0428人間七七四年2009/03/19(木) 03:24:03ID:9xxnK9r0
sage
0429人間七七四年2009/05/02(土) 08:44:31ID:q86Stxjb
関東のクズ共が足引っ張らなきゃ北条など容易に滅ぼせたものを馬鹿な奴らだ
0430人間七七四年2009/05/02(土) 12:46:17ID:nXxlfPHu
>>429
そいつ等をうまくまとめられないなら、北条滅ぼしても関東が佐竹武田、流れによっては徳川の狩場になるだけでは?
0431人間七七四年2009/05/02(土) 14:32:36ID:y5kfoX2a
もともと関東衆が分裂する要因を作った両上杉の対立に問題があるわけだろう。
彼らがしっかりしていれば北条の拡大もなかったんだし、
上杉謙信なんて不思議な存在も生まれなかった。
0432人間七七四年2009/06/08(月) 08:46:29ID:61NgT17a
三郎がケツを掘られる事もなかったナッ!
0433人間七七四年2009/08/03(月) 17:00:35ID:g1rhCcGv
 
  「関東管領」・「義」・「北条征伐」を前面に打ち出せば、

  関東人から持っている物をいくらでも手に入れる事が出来る。

  , -―-、、 ∧∧       , -―-、、         , -―-、、
 /::領;:土::/ 中\     /::食;:糧::∧_∧     /::奴;:隷::∧_∧
 l:: :  :(  `ハ´)    l:: :: ::<丶`∀´>     l:: :: :<=(´∀`)
  ヽ:_:;:ェ::フづ:とノ' クックック ヽ::_::ェ;::フづ:とノ' クックック ヽ:_;:ェ:::フづ:とノ'  ソコクノタメニ
   〜(_⌒ヽ         〜(_⌒ヽ        〜(_⌒ヽ   ドウホウノ
       )ノ `J            )ノ `J            )ノ `J   テダスゲ
゙゙´```´゙`゙゙´´ ~~``゙`゙゙´゙゙´```´゙`゙゙´´ ~~``゙`゙゙´゙゙´´゙゙´```´゙`゙゙´´ ~~``゙`゙゙´゙゙´

0434人間七七四年2009/08/04(火) 12:32:40ID:zhZ+5I0H
>>433
それで上杉がどれほど領土、食料、奴隷を略奪したの?
妄想じゃないんなら実証してくださいよw
0435人間七七四年2009/09/12(土) 08:50:09ID:Gn5n5V3G
上杉が略奪しなかった事を実証してください
日常的な事だったら書かないでしょう
0436人間七七四年2009/09/12(土) 09:18:28ID:QnepepxM
>>455
「日常的な事だったら書かない」が、「まったくなくても書かない」だろう。
謙信は敵方の寺社であっても戦災に遭って打撃を受けたらその復興に援助を惜しんでいないことは一次史料で確認できるし、
公権力を志向している建前、周辺領主の統率を成功させるためにも、自ら規範を示す必要があった。
0437人間七七四年2009/09/12(土) 11:23:22ID:PWg/hoEj
そもそもあった事を実証するのが筋だと思うが。
無かった事を証明するのは悪魔の証明だろ。
0438人間七七四年2009/10/12(月) 11:00:39ID:S/eF7Y1K
どの国でも都合の悪い事は公文書に載せないのが常識だからね
ほぼ全ての国が正義のみを主張している
闇の部分まで詳細に記録している国があればむしろその国のほうが道義的と言える
0439人間七七四年2009/11/06(金) 09:55:52ID:/0DR2ctx
東日本で「越後者」が嫌われるのは謙信の影響?
0440人間七七四年2009/11/24(火) 18:13:35ID:47OgZyWT
あなたの妄想です
0441人間七七四年2009/11/27(金) 04:37:55ID:hrcae1kE
七尾城を攻略し、
手取川で織田信長をも撃破した最強の武将と言われています。
>>>>>
デタラメ。

七尾城は、遊佐美作が、下克上で奪取したもので、謙信は攻略していない。

また、手取川の合戦なるものは存在しない。

信長が、加賀一向一揆を討伐した話しをすりかえたもの。

0442人間七七四年2009/11/27(金) 05:59:10ID:jwIVWHhl
sabはん、なにしてはりますのん
0443人間七七四年2010/01/20(水) 00:14:19ID:Ei1Jqr6n
負けてないなら領地を放棄して逃走する意味が分からない
0444人間七七四年2010/03/12(金) 09:53:25ID:IvhUQzr0
結局織田敗北を認めざるを得ない
0445人間七七四年2010/03/12(金) 23:41:52ID:mDuiEyuF
〜謙信の野戦〜

広瀬郷の戦い【上杉謙信○−●長尾政景】(宿命の従兄弟対決!越後の覇権争い勇将・政景と火花。謙信方が政景方の発智長芳を攻撃。因みに政景は景勝のパパ)
八幡の戦い【上杉謙信○−●武田信玄】(武田軍の先鋒、謙信にボロ負け。信玄は塩田城内でブルブル。京都旅行の予定あった謙信さっさと引き上げる)
犀川の戦い【上杉謙信○−●武田信玄】(引き分けとは名ばかり! 旭山城は破却、川中島は没収! 今川義元兄ちゃんの助け船なければ信玄死んでた)
駒帰の戦い【上杉謙信○−●大熊朝秀】(謙信方の上野家成、信玄に内通して一揆軍を味方につけた裏切り者・朝秀を撃破。朝秀は信玄のパシリに)
上野原の戦い【上杉謙信△−△武田信玄】(謙信の猛攻に信玄、深志城内でブルブル、戦場に現れず。謙信呆れる。但し武田別働隊が白馬・栂池でスキーを楽しむ)
八幡原の戦い【上杉謙信○−●武田信玄】(信玄、身の程知らずにも海津城から飛び出し謙信と野戦!案の定フルボッコ、信繁討ち取られ号泣、火病。自業自得)
生野山の戦い【上杉謙信△−△北条氏康】(八幡原の戦いでダメージ受けた上杉軍は連戦の疲れで苦戦するも松山城の防衛に成功。謙信先生が引率してたか不明)
塩崎の対陣【上杉謙信△−△武田信玄】(信玄、怖くて塩崎城内でブルブル、兵の一部のみ城外に待機。謙信呆れる。信玄、信濃守護のクセ信濃北辺の制圧諦める)
放生津の対陣【上杉謙信△−△越中一向一揆】(強敵・越中一向一揆との初戦。しかし部下の揚北衆・本庄繁長がゲーム買ってくれた信玄オジさんと肉体関係に)
利根川の対陣【上杉謙信△−△武田信玄&北条氏政】(信玄・氏政の大軍と利根川挟んで睨みあい。その後意気投合して水上の格闘技・競艇などを楽しむ)
五福山の戦い【上杉謙信●−○越中一向一揆】(上杉軍の指揮官は河田長親。謙信は利根川で信玄・氏政・プーチンと水上バイクで競走中)
神通川の戦い【上杉謙信●−○越中一向一揆】(上杉軍の指揮官は山本寺定長。謙信は上越新幹線で越後に帰国中。定長、早く戻れバカと謙信にメール)
尻垂坂の戦い【上杉謙信○−●越中一向一揆】(謙信圧勝。軍神に野戦を挑んだ一揆はマヌケ。でも「ゴキブリみたく湧いてくる一揆軍は永遠に不滅です」と一揆復活)
利根川の対陣【上杉謙信△−△北条氏政】(再び利根川で睨みあい。謙信、巨大河川の濁流に邪魔され渡河できず。鉄橋あれば氏政即死)
手取川の戦い【上杉謙信○−●織田信長】(織田軍の指揮官・柴田勝家は敗走途中に馬上で脱糞、滝川一益は失禁、前田利家は放屁、佐々成政は射精)
0446人間七七四年2010/03/24(水) 05:29:38ID:Jm2A0SXz
上杉謙信を正義の味方と思っている奴は知障
0447月孔雀2010/03/24(水) 06:00:15ID:Z+zynRBS
上杉謙信に対する悪口は、逆に謙信の名声が高まっていることの裏返し。
0448人間七七四年2010/04/29(木) 23:44:31ID:eEWl39Ks
弱者は強者に嫉妬するからね
0449人間七七四年2010/05/31(月) 12:58:35ID:mPW8kPYV
略奪はともかく大飢饉のあとの関東になだれ込んできたんだから、
そら民は恨むは兵站は続かないわの状態で
悠長に一ヶ月囲んで落せないなら参戦諸将の離脱も当たり前だで

関東管領はあくまで公方の執事なのに、北条側だからって公方追い出して
公方の歴代にも数えられない藤氏なんぞ担ぎあげたのに、
おっぽりだして国帰るから、その玉すら北条にブン取られて大儀立たなくなるわ、
その名分与えてくれる公方より上の将軍はそのころ
「関東なんていいから、コッチ助けにきて!」状態になっているわでもう

軍略と経営能力はあるんだろうけど、いかんせん政略眼がなさすぎ
在地統治せずにあの状態の関東が収まるとでも思ってたならアホ過ぎ
てか本気で関東どうこうするつもり無かったんだろうな
管領になっちゃったから仕方ないくらいの片手間の仕事に見えるわ
0450人間七七四年2010/06/03(木) 12:44:10ID:zZvwoKrw
 持氏を追い出して藤氏を古河御所に入れたのは、
藤氏が正当な世継ぎだったのと、義輝に頼まれたからでは。それも関東菅領の務めでは。
 信濃衆の為に信玄と戦わなきゃいけないし、越中でも椎名を助けて神保と戦わなきゃならないし、関東では前領主の為に北条と戦わなきゃいけないし、古河御所の藤氏は何度も北条に追い出されるから、また何度も戻さなきゃいけないし、体がいくつあっても足らないよ。
 弱った幕府や旧家の為に、公僕として 忠実によく働いたと思うよ。
0451人間七七四年2010/06/03(木) 13:15:33ID:4z+0aMl6
結局、北条の担ぎ上げた公方、認めているじゃん。
無理な要請迂闊に受けるからだよ。
0452人間七七四年2010/06/04(金) 05:03:06ID:RbwG6a6e
 結局、藤氏は北条に捕縛されて、あちこちに引き回された挙げ句に行方不明。
仕方がないから持氏を追認した。
 関東菅領を引き受けたのだって安易になんかじゃないと思う。
落ち目の幕府側に立って、忠節に役務をこなす損な役回りなんて、謙信の他に誰もやりたがらないかったのでは。
0453人間七七四年2010/06/04(金) 05:28:58ID:1Wbh3ZXs
やらなきゃ良かったのに
関東混ぜっ返して果たせずに終りなんて
謙信の人生的にももったいなさ過ぎる
0454人間七七四年2010/06/04(金) 06:03:11ID:aK9vFzQ4
しかし、新興勢力に幕府や旧家が駆逐されて行くのを、
指をくわえて見ているというのも辛い。
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