【凡将か?】徳川秀忠を本音で語れ!【名将か?】
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0001名無しさん@お腹いっぱい。
2006/08/31(木) 13:30:57ID:6GlfmSQN0002名無しさん@お腹いっぱい。
2006/08/31(木) 13:34:54ID:kjuyS6JO重臣の本多正信曰く「殿も時には法螺を吹きなされ」
0003名無しさん@お腹いっぱい。
2006/08/31(木) 13:44:44ID:Jv7fykQM私の法螺ではだれも信じまい・・・アハハハハ
0004名無しさん@お腹いっぱい。
2006/08/31(木) 17:15:14ID:LHCVatDw強大な徳川権力をバックにしているとはいえ、秀忠一代の間にやるべきことは、全てやっていると言って良いし
後継者問題も、波風を最小限に抑えて規定路線をきっちり完遂した。
徳川時代は家康が切り開いたけど、本当に完成させたのは秀忠(と、そのブレーン)だと言って良いかと。
0005名無しさん@お腹いっぱい。
2006/08/31(木) 21:21:30ID:kjuyS6JO関白に就任するためでした。そして、秀忠はいずれ関白職を寵愛していた
忠長に譲るつもりだったのですが、計画を察知した家光に毒殺されました。
その後、忠長が自害に追い込まれたのは有名な話です。
0006名無しさん@お腹いっぱい。
2006/08/31(木) 21:44:45ID:VoBSMYrYはっ?
0007名無しさん@お腹いっぱい。
2006/08/31(木) 22:02:41ID:uknx7YAw0008名無しさん@お腹いっぱい。
2006/08/31(木) 23:10:29ID:Y38tRVnM0009名無しさん@お腹いっぱい。
2006/08/31(木) 23:15:58ID:Pn/qUS1e0010名無しさん@お腹いっぱい。
2006/08/31(木) 23:29:54ID:zQCgPL5w違うよ。
大滝秀治の秀と前田忠明の忠だよ。これ常識だから。
0011名無しさん@お腹いっぱい。
2006/09/01(金) 00:21:12ID:MXmVRpqp親父が日本史上、1、2を争うような政治家なんで目立たないけど。
0012名無しさん@お腹いっぱい。
2006/09/01(金) 00:44:00ID:LhxoaTTK0013名無しさん@お腹いっぱい。
2006/09/01(金) 01:17:25ID:Z7spfH0P0014名無しさん@お腹いっぱい。
2006/09/01(金) 01:23:51ID:RsstpvV/0015名無しさん@お腹いっぱい。
2006/09/01(金) 16:49:19ID:ibgjz2CGこれだけは云える。キリシタン弾圧・貿易徹底的廃止。
ま、この人は外国文化が大嫌いなんだろうね。
だから日本は世界中で遅れた。
0016名無しさん@お腹いっぱい。
2006/09/01(金) 17:19:16ID:YaJki0N3まだ鎖国を貿易や外国との交流廃止だと思ってる奴がいたのか。
ネットやゲームばかりやっていないで、もうちょっと勉強しろよ。
0017名無しさん@お腹いっぱい。
2006/09/01(金) 22:55:20ID:MXmVRpqp0018名無しさん@お腹いっぱい。
2006/09/01(金) 22:59:02ID:YrcomQfwおまえ改易
0019名無しさん@お腹いっぱい。
2006/09/02(土) 00:01:32ID:Ll19Y0RJ管理貿易て知ってる?
0020名無しさん@お腹いっぱい。
2006/09/02(土) 00:18:35ID:mjqf8QMehttp://hobby8.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1157087281/
0021名無しさん@お腹いっぱい。
2006/09/02(土) 09:18:52ID:FaAevv4Z0022名無しさん@お腹いっぱい。
2006/09/03(日) 00:33:00ID:gIyTpNFR0023名無しさん@お腹いっぱい。
2006/09/08(金) 00:04:11ID:JTd8weeuそれなりに高度な社会だと思うが。
0024名無しさん@お腹いっぱい。
2006/09/08(金) 10:38:59ID:7Vqbm7Uaたしか秀吉の「秀」。「忠」は広忠でいいかもしれない。
あと、家光の「光」は光秀の「光」とかいう輩がいるが、
家綱の「綱」は?家宣の「宣」はどこから?って話になってしまう。
奇妙なヨタ話を真に受けるなよ
0025名無しさん@お腹いっぱい。
2006/09/19(火) 15:56:01ID:xDfg6Ukp忠はなんだろ・・・
0026名無しさん@お腹いっぱい。
2006/09/19(火) 20:57:35ID:eIWQ3Cbz六代前、四代前、二代前の名前。
秀忠の元服時では、むしろ「康」や「家」よりも由緒有る字。
0027名無しさん@お腹いっぱい。
2006/09/21(木) 12:45:54ID:v7/KBjH80028名無しさん@お腹いっぱい。
2006/09/22(金) 01:36:43ID:LzHKdyoN家綱の綱は松平信綱からじゃないのか?
0029名無しさん@お腹いっぱい。
2006/09/22(金) 04:53:03ID:p6KrGeb00030名無しさん@お腹いっぱい。
2006/09/22(金) 09:57:40ID:MCKcD+JI家臣の名から一字取ることはあり得ない。
0031名無しさん@お腹いっぱい。
2006/09/22(金) 18:33:52ID:lIpUIXcw>家光の「光」は光秀の「光」とかいう輩
秀忠が親忠・信忠・広忠の「忠」を踏襲したと考えられることに沿わせれば、
家光の場合も、祖先にいる松平信光の「光」を踏襲したと考えることが可能だろうな
0032名無しさん@お腹いっぱい。
2006/09/30(土) 01:46:28ID:sezVrqPb\ / l ::: |
二 い 隆 .二 .l |
― な 慶 .― l | ●
二 け 一 二 .l ,、-_,ニニ| |ニ|
― れ 郎 ― l´'" .:.::::::::.| / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\
二 ば さ 二 l .:.:.::::::::::ll / 秀忠 \
― : え ―: l .:.:.:.:::::::: | / \ 、/ u:||::\
二 !! 二 l .:.:.:.:::::::: | l::: (●) (●) :||:::::l
// \ l_;,: -‐、‐'ト、 ヽ:::: \__/ U:::||:::/
// l|l|l|l ヽ\ i´ _,,....L:;_) ヽ:::: \/ U::::::::.||ノ
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0033名無しさん@お腹いっぱい。
2006/09/30(土) 17:51:32ID:G7Sjzwdfむしろ人の良い律儀な二代目、くらいのキャラ付けしかそれまで無かった訳で、
新しく強烈な照明を秀忠に当てた隆慶一郎には逆に感謝すべきだな。
0034名無しさん@お腹いっぱい。
2006/11/09(木) 17:25:23ID:Xx7DzSJo0035名無しさん@お腹いっぱい。
2006/11/09(木) 20:18:27ID:6bY9ZF5s0036名無しさん@お腹いっぱい。
2006/11/11(土) 13:47:14ID:Q79wIwpK凡人らしく無難な2代目社長ですな
秀忠の逸話で、重臣が何度も目の前で論議して、政策協議するのだが、一致するまで何も言わない。
結果がでなかったり、政策に満足が行かなければ、明日も協議。
一致した意見になるまで徹底して会議させて決める。
と小説に書いてあった・・・・
自分を殺した権力者と言う感じした。
0037名無しさん@お腹いっぱい。
2006/11/11(土) 13:53:08ID:w2bJ8OkD0038名無しさん@お腹いっぱい。
2006/11/11(土) 13:55:22ID:IalLMOWJまだ、忠吉(忠康)のほうが自分らしさを持ってる分ましかも。
ただ、忠吉の存在感は秀忠よりも薄いかも知らんけど・・・
0039名無しさん@お腹いっぱい。
2006/11/12(日) 07:46:43ID:BniSny1E蟄居謹慎は食らったんだったか
これで関が原に置いて破れても主力を置いておく為に家康が命じたと言う話も
あったりするんだが それが事実なら親の為に泥を被れる男だったんだろうな
と朝から妄想全開
0040名無しさん@お腹いっぱい。
2006/11/12(日) 07:57:39ID:4xFt2wr3融通が利かないからかね。
目的のためにひたすら正面突破。
良い戦術家ではなかったと思われる。
0041名無しさん@お腹いっぱい。
2006/11/12(日) 08:57:28ID:5HQXZSHT遅れた経緯があったからじゃなかったっけ?
それらも含めて家康の指示って妄想かなw
0042名無しさん@お腹いっぱい。
2006/11/12(日) 19:09:12ID:uvHcCXqiその話の付属で、そもそもは両路並進ではなく信濃平定による後方との連絡路確保が目的だったとか。
で、その作戦変更の命令が大雨で遅れに遅れた、と。
0043名無しさん@お腹いっぱい。
2006/11/15(水) 15:11:47ID:92iQL+wI家康には、秀忠の兵が必要無かったのだろう。
西軍は史実で負けて崩壊だが、東軍は不利になったら家康引いて、秀忠と合流すれば巻き返せる。
一日で決したのは家康にとって最高の結果だが、もっと時間をかけた戦いも当然計算していただろからね。
そういう意味で秀忠の遅れも遅れで無くなってた可能性もあると思う。
0044名無しさん@お腹いっぱい。
2006/11/15(水) 15:16:52ID:rstO0dAc・真田氏らの妨害があった
・大雨で道が悪くなった
・軍資金の持ち合わせがなく、城や食糧を提供してくれる大名もいなかったので物資調達にも苦労した
こういう複合的な条件のせいだろうな
0045名無しさん@お腹いっぱい。
2006/11/15(水) 21:00:48ID:aEn93HPw0046名無しさん@お腹いっぱい。
2006/11/15(水) 21:03:48ID:0bojs+hoまあ事実はその可能性が高いよな
0047名無しさん@お腹いっぱい。
2006/11/15(水) 21:14:12ID:l7EnJfW20048名無しさん@お腹いっぱい。
2006/11/15(水) 23:31:29ID:f3PhYmnU0049奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T.
2006/11/15(水) 23:42:44ID:73azWRCG0050名無しさん@お腹いっぱい。
2006/11/15(水) 23:51:09ID:l7EnJfW20051奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T.
2006/11/15(水) 23:54:16ID:73azWRCG0052名無しさん@お腹いっぱい。
2006/11/15(水) 23:58:02ID:ZpGBYU0n0053名無しさん@お腹いっぱい。
2006/11/16(木) 00:04:48ID:PC+VvGwC0054奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T.
2006/11/16(木) 00:10:03ID:5ldZ/ayW長生きしてたとして。
信康・・・警戒されすぎ。罪かぶせて嫡子から陥落
秀康・・・嫌われすぎ
信吉・・・庶子で武田名跡だから御三家扱い
忠輝・・・例外
仙千代松千代・・・忠輝に同じ
頼房・・・生まれながらの御三家。後継にはなり得ない。
とりあえず消去法から。
0055名無しさん@お腹いっぱい。
2006/11/16(木) 00:17:17ID:hPQx8pgD0056奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T.
2006/11/16(木) 00:20:22ID:5ldZ/ayW0057名無しさん@お腹いっぱい。
2006/11/16(木) 00:21:10ID:Q9hPL3PL0058名無しさん@お腹いっぱい。
2006/11/16(木) 00:35:34ID:/kcksEd3由井正雪の乱の黒幕説もあるというし・・・
>>54
>忠輝・・・例外
亀レスになるが劉永と同じ理由?
信康・・・警戒されすぎ。罪かぶせて嫡子から陥落
多分、劉封と似た感じかな?
0060名無しさん@お腹いっぱい。
2006/11/16(木) 23:21:00ID:/kcksEd3やっぱり!・・・というか、殆ど同じ事由で・・・
劉封って、元々“ケ封”(ケ禹の末裔、寇(鴻)は同音)だったとか・・・
或いは、劉封が劉備の実子という珍説も・・・
(この場合、お母さんがケ芙蓉??)
0061奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T.
2006/11/16(木) 23:25:01ID:5ldZ/ayW下半分はちょっとイタズラしすぎ。庶子ですらないかと。
0062名無しさん@お腹いっぱい。
2006/11/16(木) 23:26:56ID:/kcksEd3亀レスで申し訳ない。
0063名無しさん@お腹いっぱい。
2006/11/16(木) 23:31:42ID:/kcksEd3従兄弟同士の可能性が高い・・・(同じ玉偏を使用)
まあ、家光と正之のような関係かな・・・
0064奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T.
2006/11/16(木) 23:33:43ID:5ldZ/ayW0065名無しさん@お腹いっぱい。
2006/11/16(木) 23:52:10ID:/kcksEd3じゃ、このスレ立てたから・・・そこで続きを・・・
【劉封】劉備の息子達【劉禅・劉永】
http://hobby8.2ch.net/test/read.cgi/chinahero/1163688618/
0066名無しさん@お腹いっぱい。
2006/11/17(金) 00:08:19ID:FOAHdRtf盛り上がってますよ。
0067名無し議論スレにて投票方法審議中
2006/12/08(金) 16:26:19ID:j/HCwWTIハイッ 隆慶一郎に侵されてます。
0068名無し議論スレにて投票方法審議中
2006/12/12(火) 20:57:12ID:idXXrKe8大坂の陣では、敵の攻撃を受けて時に大将でありながら敵陣に乗り込もうとしたとの記録が残っている。
この他にも、関ヶ原の時に他の意図があったかもしれないが、徳川本隊を遅参させる大失態をしてしまった。
大坂の陣では逆に早過ぎてクタクタに疲労した兵と泡を吹いた馬を上洛させた。
しかしながら、政治家としては立派な人であったと思う。
家康は、秀頼を残して死にたくなかったであろう秀吉とは違ったであろう!
0069名無し議論スレにて投票方法審議中
2006/12/14(木) 18:55:25ID:4MrPMHbS●
((
. / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\
/ \
/ 秀 忠 ヽ
l::::::::: | >>67
|/ ̄\ (●) (●) | ソウダヨ、僕は根暗でも陰険でもない。
r┤ ト:::::: \___/ | 隆慶一郎氏ね!!
/ \_/ ヽ:::. \/ ,ノ
| _( ̄ l―---oo-――'"ヽ__
| _)_ノ ハ // / |
ヽ____)ノ \// / |ヽ、∧
0070名無し議論スレにて投票方法審議中
2006/12/19(火) 22:09:02ID:xjzCmNnL●
((
. / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\
/ / \ \
/ 秀 忠 ヽ
l::::::::: |
|/ ̄\ (●) (●) | ヤレヤレ・・・僕には人望が名井みたいだね。
r┤ ト:::::: \___/ |
/ \_/ ヽ:::. \/ ,ノ
| _( ̄ l―---oo-――'"ヽ__
| _)_ノ ハ // / |ヽ、
ヽ____)ノ \// / | ∧
0071名無し議論スレにて投票方法審議中
2006/12/20(水) 20:06:25ID:FMEu7dCu0072名無し議論スレにて投票方法審議中
2006/12/20(水) 21:33:32ID:pwz3Ui/s●
((
. / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\
/ / \ \ ウウ・・・
/ 秀 忠 ヽ
l::::::::: |
|/ ̄\ (==) (==) | 世の中は捨てたもんじゃないなあ・・・・・
r┤ ト::::∪\___/ |
/ \_/ ヽ:::. \/ ,ノ 僕はやっぱ魅力がある漢なんだね〜〜〜
| _( ̄ l―---oo-――'"ヽ__
| _)_ノ ハ // / |ヽ、
ヽ____)ノ \// / | ∧
0073名無し議論スレにて投票方法審議中
2006/12/21(木) 16:48:12ID:vdTluhWx0074名無し議論スレにて投票方法審議中
2006/12/21(木) 19:06:04ID:0xldbyYP0075名無し議論スレにて投票方法審議中
2006/12/21(木) 19:26:36ID:WgYi146H「惣って時ならぬものは手にも取られず」
賢明だよ、秀忠。
0076名無し議論スレにて投票方法審議中
2006/12/22(金) 03:36:16ID:jZWeskDJ●
((
. / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\
/ / \ \ ウウ・・・
/ 秀 忠 ヽ
l::::::::: | >>75
|/ ̄\ (==) (==) | ありがとーーー
r┤ ト::::∪\___/ |
/ \_/ ヽ:::. \/ ,ノ 僕を応援する人がいるんだね〜〜〜
| _( ̄ l―---oo-――'"ヽ__
| _)_ノ ハ // / |ヽ、
ヽ____)ノ \// / | ∧
0077名無し議論スレにて投票方法審議中
2006/12/22(金) 14:47:28ID:jZWeskDJ●
((
. / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\
/ \
/ 秀 忠 ヽ
l::::::::: |
|/ ̄\ (●) (●) | 僕は氏真並みの大馬鹿だと、
r┤ ト:::::: \___/ | ウィキペディアで掲載されてるけど・・・
/ \_/ ヽ:::. \/ ,ノ
| _( ̄ l―---oo-――'"ヽ__
| _)_ノ ハ // / |
ヽ____)ノ \// / |ヽ、∧
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BE%B3%E5%B7%9D%E7%A7%80%E5%BF%A0
0078名無し議論スレにて投票方法審議中
2006/12/24(日) 00:59:56ID:jls1R+Ox●
((
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/ \
/ 秀 忠 ヽ
l::::::::: |
|/ ̄\ (●) (●) | 氏真並みの大馬鹿だという僕だけど、
r┤ ト:::::: \___/ | ここの僕は名君なんでしょ・・・?
/ \_/ ヽ:::. \/ ,ノ
| _( ̄ l―---oo-――'"ヽ__
| _)_ノ ハ // / |
ヽ____)ノ \// / |ヽ、∧
0079名無し議論スレにて投票方法審議中
2006/12/31(日) 03:24:03ID:M5j1RSzX保険の意味もあるし、自分の軍の手を汚さずに
連合軍の兵士を使えるからね。
もちろん西軍との合戦は第一義だが、更に
味方の連合諸将の力もそげるので関ヶ原後に急に
独立されても対応は効く。
諸将の忠誠度合いも図れるし。
0080名無し議論スレて投票方法審議中
2007/01/03(水) 16:55:39ID:82FK83IM初陣で3万8000もの兵を率いさせた家康もどうかと思うけど、
逆に言えば、それゆえに何もせず中山道を通って合流することを
期待してのかな。しかし、いかに大軍、大軍ゆえかもしれないが
3万8000の兵をもって城一つ落とせれないのはどうかと思う
な。だけど、それを反省して立花宗茂らを採用したのは評価でき
るな。
0081名無し議論スレにて投票方法審議中
2007/01/04(木) 23:40:35ID:2iBxAqWS●
((
. / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\
/ \
/ 秀 忠 ヽ
l::::::::: |
|/ ̄\ (●) (●) | >>80
r┤ ト:::::: \___/ | dクス。
/ \_/ ヽ:::. \/ ,ノ
| _( ̄ l―---oo-――'"ヽ__
| _)_ノ ハ // / |
ヽ____)ノ \// / |ヽ、∧
0082名無し議論スレにて投票方法審議中
2007/01/05(金) 07:54:44ID:zceOXAeyとっくに死んでます……とマジレス。死ぬこと、花と火などの続きが見たかった。
真っ黒で人間失格レベルの屑野郎な秀忠を見たい人は隆慶一郎を、
真っ白で礼儀正しく心優しい秀忠を見たい人は山岡荘八をどうぞ。
0083名無し議論スレにて投票方法審議中
2007/01/05(金) 08:28:11ID:edaUTJegでも、結局大阪攻める時に関ヶ原の失態の二の舞を恐れてか、
かなりの強行軍で集結場所まで行き、家康に怒られたという話が無かったけ?
0084名無し議論スレにて投票方法審議中
2007/01/05(金) 10:00:22ID:WGJdOaTo0085名無し議論スレにて投票方法審議中
2007/01/05(金) 19:20:23ID:4mSDaeGM●
((
. / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\
/ \
/ 秀 忠 ヽ >>82
l::::::::: | 僕は穏やかで優しい漢だよ。決して冷酷非情じゃない。
|/ ̄\ (●) (●) | >>83
r┤ ト:::::: \___/ | 狸ヲヤヂ刺ね。大体、僕は戦が大嫌いなんだyo
/ \_/ ヽ:::. \/ ,ノ >>84
| _( ̄ l―---oo-――'"ヽ__綱吉君は僕の孫だよ。彼の悪口はやめようね。
| _)_ノ ハ // / |
ヽ____)ノ \// / |ヽ、∧
0086名無し議論スレて投票方法審議中
2007/01/08(月) 11:51:34ID:EkZsCQKf確かに、あれは馬鹿とかしか取れない行動だ。
だから、オレはそこまでの過程だけがよかったと思うよ。
0087名無し議論スレにて投票方法審議中
2007/01/08(月) 16:58:40ID:mQFpNalI●
((
. / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\
/ \
/ 秀 忠 ヽ >>86
l::::::::: | 誰が馬鹿なんだね?僕なりに懸命にやったことだよ。
|/ ̄\ (●) (●) |
r┤ ト:::::: \___/ |
/ \_/ ヽ:::. \/ ,ノ
| _( ̄ l―---oo-――'"ヽ__
| _)_ノ ハ // / |
ヽ____)ノ \// / |ヽ、∧
0088名無し議論スレにて投票方法審議中
2007/01/09(火) 10:48:59ID:KGon49xW秀忠を待たなかったというべきだしなぁ。
合流しようともしとらんし。
親父が単独で勝てると計算して、そのまま勝っちゃったから、
遅れたことになってしまったが。
で、他に特にこれといった失敗ないんだよね、秀忠って。
家光時代の大御所政治でも、幕府の基礎をちゃんと確立して
いるわけだし。
0089名無し議論スレにて投票方法審議中
2007/01/09(火) 12:37:17ID:1uhxum10●
((
. / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\
/ \
/ 秀 忠 ヽ >>88
l::::::::: | ウム!乙!大儀であった。
|/ ̄\ (●) (●) |
r┤ ト:::::: \___/ |
/ \_/ ヽ:::. \/ ,ノ
| _( ̄ l―---oo-――'"ヽ__
| _)_ノ ハ // / |
ヽ____)ノ \// / |ヽ、∧
0090名無し議論スレにて投票方法審議中
2007/01/10(水) 16:26:09ID:0NaNSBuD0091名無し議論スレにて投票方法審議中
2007/01/10(水) 18:24:07ID:vE4nKGY5ったら名君だよ。武将としては劣ってるけど。
関ヶ原のは洪水や、セカンドオピニオンだったけど、大阪の陣はな・・・
0092名無し議論スレにて投票方法審議中
2007/01/10(水) 18:33:23ID:WSy3WfQtgdgdになって関ケ原で戦うはめになったが本来秀忠は真田討伐が目的だったから決戦に遅参したのは不手際ではなかった
とかこの前見た歴史雑誌にのってた
0093名無し議論スレにて投票方法審議中
2007/01/10(水) 18:50:28ID:duNc3HZH●
((
. / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\
/ \
/ 秀 忠 ヽ >>91
l::::::::: | じゃあ僕は暗愚じゃん。君等は僕を褒めてるの貶してるの?
|/ ̄\ (●) (●) |
r┤ ト:::::: \___/ | >>92
/ \_/ ヽ:::. \/ ,ノ だから大阪の役でムカつく信繁をヌッ頃したんだよ。わかるかい?
| _( ̄ l―---oo-――'"ヽ__
| _)_ノ ハ // / |
ヽ____)ノ \// / |ヽ、∧
0094名無し議論スレにて投票方法審議中
2007/01/10(水) 21:20:18ID:00h/YE9X秀忠だって関ヶ原で遅参したクセに!
そんなに忠輝にビビッてたのか
0095名無し議論スレにて投票方法審議中
2007/01/10(水) 21:42:40ID:6S7lE3Nhたわけうつけ間抜けー! コレだね。おもしれーw
0096名無し議論スレにて投票方法審議中
2007/01/10(水) 22:07:47ID:duNc3HZH●
((
. / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\
/ \
/ 秀 忠 ヽ >>94
l::::::::: | うるさいうるさい!!君には関係ないことだよ。チッ!チクったな辰千代。
|/ ̄\ (●) (●) |
r┤ ト:::::: \___/ | >>95
/ \_/ ヽ:::. \/ ,,ノ そんな僕をいぢめて楽しい?お江与にチクるよ。
| _( ̄ l―---oo-――'"ヽ__
| _)_ノ ハ // / |
ヽ____)ノ \// / |ヽ、∧
0097名無し議論スレにて投票方法審議中
2007/01/12(金) 20:22:11ID:xP+jWT2J●
((
. / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\
/ / \ \
/ 秀 忠 ヽ
l::::::::: |
|/ ̄\ (●) (●) | ・・・相変わらず過疎ってるね。
r┤ ト:::::: \___/ |
/ \_/ ヽ:::. \/ ,ノ
| _( ̄ l―---oo-――'"ヽ__
| _)_ノ ハ // / |ヽ、
ヽ____)ノ \// / | ∧
0098名無し議論スレにて投票方法審議中
2007/01/13(土) 20:43:59ID:HcGIw6yN浅井三姉妹って容姿がどうだったとか
あまり聞かない。
0099名無し議論スレにて投票方法審議中
2007/01/13(土) 21:49:10ID:SqAKUjFh●
((
. / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\
/ / \ \
/ 秀 忠 ヽ
l::::::::: |
|/ ̄\ (●) (●) | >>98
r┤ ト:::::: \___/ | 美人に決まってんじゃン。だけど、お志津と浮気を(ry
/ \_/ ヽ:::. \/ ,ノ
| _( ̄ l―---oo-――'"ヽ__
| _)_ノ ハ // / |ヽ、
ヽ____)ノ \// / | ∧
0100名無し議論スレにて投票方法審議中
2007/01/14(日) 07:05:18ID:sJZO1tEa0101名無し議論スレにて投票方法審議中
2007/01/14(日) 12:53:36ID:j+/ycstK0102名無し議論スレにて投票方法審議中
2007/01/14(日) 13:23:40ID:17m4UHMX功がそこまであったのかい?
0103名無し議論スレにて投票方法審議中
2007/01/14(日) 13:37:15ID:OSbXqN+E徳川政権創設期で欠所がたくさんあったから
同時期は次男三男で旗本に取り立てられたって多いから
0104名無し議論スレにて投票方法審議中
2007/01/14(日) 14:49:08ID:50CuXv2O0105名無し議論スレにて投票方法審議中
2007/01/14(日) 16:33:48ID:l3gbdjWn●
((
. / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\ >>100-101
/ / \ \ 僕を老人扱いするな。作左爺じゃあるまいし・・・
/ 秀 忠 ヽ >>102-103
l::::::::: | 宗矩君は僕のお気に入りだよ。もちろん一万石の大名ね。
|/ ̄\ (●) (●) | >>104
r┤ ト:::::: \___/ | 僕の顔を見て浮かんだの?
/ \_/ ヽ:::. \/ ,ノ
| _( ̄ l―---oo-――'"ヽ__
| _)_ノ ハ // / |ヽ、
ヽ____)ノ \// / | ∧
0106名無し議論スレにて投票方法審議中
2007/01/14(日) 16:47:57ID:xp+73NwI0107名無し議論スレにて投票方法審議中
2007/01/14(日) 16:59:34ID:sb9FjMrx秀忠の兄弟見てみろ
信康、秀康、忠輝、義直、……DQNばっか
0108名無し議論スレにて投票方法審議中
2007/01/14(日) 17:20:56ID:IX0RvKbX苦労してないから、我慢しないので手に負えない。
秀忠の存在が奇跡w
0109名無し議論スレにて投票方法審議中
2007/01/14(日) 17:39:50ID:17m4UHMXそう考えると小説つうのは凄まじいものがあるな。
0110名無し議論スレにて投票方法審議中
2007/01/14(日) 17:47:03ID:RaxfTDQW0111名無し議論スレにて投票封法審議中
2007/01/14(日) 18:49:47ID:FJD2SYi3反徳川系浪人をコレクションしたり
中仙道で理由もなく発砲したり
福島正則と仲良しだったりするぐらいはDQNだよな
0112名無し議論スレにて投票方法審議中
2007/01/14(日) 19:22:21ID:l3gbdjWn●
(( >>106
. / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\ 残念!!家光は後陽成天皇の落胤だよ。だから僕の子じゃない。
/ \ >>107-108
/ 秀 忠 ヽ 義直は違うなあ〜〜頼宣じゃないの?父上って、ああ見えても、
l::::::::: | 激情家で頑固で短気だよ。信長公も「家康の頑固には敵わん」とか。
|/ ̄\ (●) (●) | >>109
r┤ ト:::::: \___/ | 隆慶一郎死ねよ!!!
/ \_/ ヽ:::. \/ ,,ノ >>110-111
| _( ̄ l―---oo-――'"ヽ_君はいいこと言ったね。ズバリその通り。父上も任侠風の親分格だし。
| _)_ノ ハ // / |
ヽ____)ノ \// / |ヽ、∧
0113名無し議論スレにて投票方法審議中
2007/01/14(日) 19:27:13ID:l3gbdjWn●
((
. / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\
/ / \ \
/ 秀 忠 ヽ
l::::::::: |
|/ ̄\ (●) (●) |
r┤ ト:::::: \___/ | このスレはお江与が来ることないからすごい気楽だね〜♪♪
/ \_/ ヽ:::. \/ ,ノ
| _( ̄ l―---oo-――'"ヽ__
| _)_ノ ハ // / |ヽ、
ヽ____)ノ \// / | ∧
0114名無し議論スレにて投票方法審議中
2007/01/14(日) 20:54:57ID:spyG95/6まずは手前が氏ね
0115名無し議論スレにて投票方法審議中
2007/01/14(日) 21:38:03ID:l3gbdjWn●
((
. / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\
/ \
/ 秀 忠 ヽ
l::::::::: |
|/ ̄\ (●) (●) |
r┤ ト:::::: \___/ | >>114
/ \_/ ヽ:::. \/ ,,ノ お江与。乙!
| _( ̄ l―---oo-――'"ヽ__
| _)_ノ ハ // / |
ヽ____)ノ \// / |ヽ、∧
0116名無し議論スレにて投票方法審議中
2007/01/15(月) 06:40:23ID:JlOAl4YSだから隆慶氏は18年も前に死んでるって言ってるのに。
しつこいやつにはこうしてやる。
家康「お前は合戦の素人だ。唯一経験のある城攻めは関ケ原の時の上田城だろう。
あの小城さえ、真田の爺いの手に乗って結局攻め落とせなかったお前に
大坂城が攻め落とせるわけがあるまい。」
隆慶一郎「棄て童子・松平忠輝」より。
0117名無し議論スレにて投票方法審議中
2007/01/15(月) 08:09:57ID:C30chI5g治世では名君だが乱世では凡君
今川氏真公も平和な世なら名君になれた
0118名無し議論スレにて投票方法審議中
2007/01/15(月) 08:21:38ID:28mLulynオマエモナー
0119名無し議論スレにて投票方法審議中
2007/01/15(月) 08:49:50ID:gY3kl5maそんな事を言い出したら他のたくさんの人間も同様な事がいえるぞ。
>>118
家康が指揮を執って真田攻めをした事なんかあったけ?
0120名無し議論スレにて投票方法審議中
2007/01/15(月) 09:42:12ID:+Xlrk5f1騙されるな!
あいつは二郎三郎だぜ
0121名無し議論スレにて投票方法審議中
2007/01/15(月) 10:20:54ID:DWUDi/YJ0122名無し議論スレにて投票方法審議中
2007/01/15(月) 11:35:09ID:+cah89i7●
(( >>116
. / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\ 君は世良田二郎三郎だろう?父上の偽者乙!
/ \. >>117
/ 秀 忠 ヽ それじゃあ、僕は劉禅であり劉璋ジャマイカ?彼等と同類なの?
l::::::::: | >>118-120
|/ ̄\ (●) (●) | ナイスキャッチ!!
r┤ ト:::::: \___/ | >>121
/ \_/ ヽ:::. \/ ,,ノ 毒舌家の正純。乙!
| _( ̄ l―---oo-――'"ヽ__
| _)_ノ ハ // / |
ヽ____)ノ \// / |ヽ、∧
0123名無し議論スレにて投票方法審議中
2007/01/15(月) 18:04:22ID:B/Ysr/JE家光にならそういえるが、
秀忠の立場は凡人では務まらないよ。
まあ、仮に俺達が秀忠の立場だったら、250年続く政権の基礎は作れない。
0124名無し議論スレにて投票方法審議中
2007/01/15(月) 18:36:16ID:uCzIkBU0直接家康が指揮を執って上田城を攻めた事はない。
>>120
「棄て童子」では家康本人(という事になっている)。
というか、家康も徳川二(次)郎三郎家康なんだが。
話は変わるが。秀忠「殺せ!皆殺しにしろ!楽になぞ死なすな!
悶えに悶え、苦しみに苦しんで死ぬようにせよ」隆慶一郎「花と火の帝」より。
凄い台詞だこと。ここまで書くか、隆慶氏。
0125名無し議論スレにて投票方法審議中
2007/01/15(月) 22:57:15ID:waR7wvDQ忠輝にちょっと惹かれたりとか。
「コイツ邪魔になるから五年以内に殺そう」って決意したときも微妙にフォロー入ってたし。
まあ、その後はいつもの隆慶版秀忠になったが。
0126名無し議論スレにて投票方法審議中
2007/01/15(月) 23:14:42ID:+cah89i7●
(( >>123
. / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\ 家光は僕の子じゃないよ!まあ、僕の擁護キャッチ乙!!
/ \. >>124 -125
/ 秀 忠 ヽ 隆は所詮そんなやつなんだよ。あいつはもう地獄に堕ちてるさ!!
l::::::::: |
|/ ̄\ (●) (●) |
r┤ ト:::::: \___/ |
/ \_/ ヽ:::. \/ ,,ノ
| _( ̄ l―---oo-――'"ヽ__
| _)_ノ ハ // / |
ヽ____)ノ \// / |ヽ、∧
0127124
2007/01/16(火) 06:47:00ID:ejIFj8Dh隆慶小説で例外的に秀忠が人間出来てるのが「かぶいて候」。
「影武者」「捨て童子」「花と火」などはお馴染みの腐れ外道な秀忠w。
あまり叩くネタばっかりでも何だから山岡荘八の白秀忠の台詞でも探すか。
0128名無し議論スレにて投票方法審議中
2007/01/16(火) 14:35:27ID:2BSquW4r0129名無し議論スレにて投票方法審議中
2007/01/17(水) 00:51:17ID:V+lsZpPx太田道灌を謀殺した上杉定正よりは
0130名無し議論スレにて投票方法審議中
2007/01/17(水) 01:08:22ID:/+d09FR6●
(( >>127
. / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\ 棄て、捨て、でもどっちでもいいよ。爽やかな僕のイメージをヨロピクね。
/ \. >>128
/ 秀 忠 ヽ そんなことは絶対ないさ!!僕の例があるんだから。
l::::::::: | >>129
|/ ̄\ (●) (●) | “まあ暗君ではないよな ”ってなんだい?僕は英傑・名君だよ。
r┤ ト:::::: \___/ |
/ \_/ ヽ:::. \/ ,,ノ
| _( ̄ l―---oo-――'"ヽ__
| _)_ノ ハ // / |
ヽ____)ノ \// / |ヽ、∧
0131名無し議論スレにて投票方法審議中
2007/01/17(水) 11:27:26ID:J2ZQ5gnqこれは虎=寅年の家康公、龍=辰年の家光公に見立てており
家光公自身、家康公と並べて徳川二大巨頭として宣伝しているわけである
ちなみに卯年の秀忠タソは… 相当、家光公に嫌われていたようで
0132名無し議論スレにて投票方法審議中
2007/01/18(木) 06:40:16ID:LdGUMKev墓所からして家康と家光だけ特別扱いだもんな。あとの13人の将軍は
増上寺と寛永寺にひとまとめ。(秀忠は増上寺)
台徳院様こと、秀忠の命日が近づいてきました。1月24日(旧暦)。
来週水曜日はお祈りしましょう。
0133名無し議論スレにて投票方法審議中
2007/01/18(木) 12:27:22ID:f8sh28s/●
(( >>131-132
. / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\ >ちなみに卯年の秀忠タソは…相当、家光公に嫌われていたようで
/ \ >墓所からして家康と家光だけ特別扱いだもんな。
/ 秀 忠 ヽ >あとの13人の将軍は増上寺と寛永寺にひとまとめ(秀忠は増上)。
l::::::::: | 大丈夫だよ。そこには米将軍の吉宗君もいるから心配してないさ。
|/ ̄\ (●) (●) | これからも台徳院の僕の応援をヨロピクね。
r┤ ト:::::: \___/ |
/ \_/ ヽ:::. \/ ,,ノ
| _( ̄ l―---oo-――'"ヽ__
| _)_ノ ハ // / |
ヽ____)ノ \// / |ヽ、∧
0134132
2007/01/18(木) 12:53:45ID:ivKJSf4Q慶喜は谷中霊園だった、スマソ。ただし谷中霊園も元々は寛永寺の一部だったが。
一方、増上寺では24日の秀忠命日には例祭がある模様。詳細は増上寺HPで。
徳川家の霊廟は残念ながら非公開。4月初旬に1週間だけ一般公開されるので
秀忠ファソはその時に。一切非公開の寛永寺や大猷院(家光霊廟)よりはましであろう。
0135忠吉
2007/02/25(日) 10:42:15ID:FtpFU1aaただ生きていたいだけの人々を活かせてこそ
名君と呼ばれるのではないですか?
0136人間七七四年
2007/04/02(月) 00:26:03ID:2nLrhYKuもう一つの戦国時代〈上下〉
徳川家康をペンで倒した戦国の名将
・太田牛一、四百四十年間の闘い
著者略歴
1937年、大阪市生まれ。大阪大学法学部卒業。電気メーカーを定年退職後、
1998年に小規模企業マネージメント・サポート業を開業し、現在に至る。
東京都在住。中小企業診断士・社会保険労務士。
著書 『もう一つの桶狭間』(講談社出版サービスセンター 2000年)
この本によると秀忠の父は酒井忠次らしいです
0137人間七七四年
2007/04/03(火) 21:05:43ID:TpmLvZiL0138人間七七四年
2007/04/03(火) 21:36:49ID:tesTZfrt0139人間七七四年
2007/04/05(木) 14:42:16ID:Fq1TDxcB加藤清正とか、豊臣恩顧の勇将
みんな梅毒とか、変な病気で立て続けに死んでる
0140人間七七四年
2007/04/05(木) 15:18:13ID:zOm0POLU他には誰?
キミの妄想?
0141名無しさん@お腹いっぱい。
2007/04/05(木) 20:22:20ID:wKzfJu24梅毒は変な病気じゃ無いぞ。当時の大名クラスでも結構な数が梅毒でばたばた死んどるわい。
0142人間七七四年
2007/04/05(木) 20:30:20ID:MbnYCKEjいや、だからぁ!
秀忠が、家康存命中に殺したんだって!
ほかには?
徳川家康とか。
>>141
それが暗殺の隠れ蓑に使われたんだ。
変な死に方すると、とりあえず梅毒にされたから。
0143人間七七四年
2007/04/05(木) 23:20:41ID:RyrX8PZsはっきり分かる毒物なら良いけどねー。
0144名無しさん@お腹いっぱい。
2007/04/06(金) 01:38:43ID:zNmmt+xp>いや、だからぁ!
>秀忠が、家康存命中に殺したんだって!
おまえはそれを、見たんかと。
一応言って置くけど小説のように都合のいい暗殺は、この世の中には存在しないよ。
0145人間七七四年
2007/04/06(金) 02:54:39ID:95lkdSu/清正をはじめとした、朝鮮で小汚い女をレイプしまくった武将達が
日本に大量に持ち込んだ病気だよな
0146人間七七四年
2007/04/06(金) 16:04:27ID:h/QEnn4hいやいや、自分の娘の和子以外のお后が妊娠したら
闇の勢力を使って流産させてたらしいじゃないか。
秀忠は怖いんだぞ!
0149人間七七四年
2007/04/07(土) 01:27:27ID:G5HDhPcnむしろ最近そういう小説でも読んだんじゃないの?
○慶一郎とか隆○一郎とか隆慶○郎とか隆慶一○とかの。
0150人間七七四年
2007/04/07(土) 14:42:33ID:t1CIBQjR75才の父徳川家康を暗殺、しかも梅毒で。
お前は脳症じゃないないのか?
0151人間七七四年
2007/04/07(土) 23:03:13ID:72QdIJVI由来はこの人じゃないけど意外と珍しい名前だから意識してる。
しかしヘタレ将軍って言われてるからもっとイメージアップして欲しい。
0152名無しさん@お腹いっぱい。
2007/04/07(土) 23:17:46ID:Fk+zM5S1>ヘタレ将軍
そうか?昨今じゃ徳川幕府の基盤を作り上げた偉大な2代目って再評価が主流だと思っていたけど?
0153人間七七四年
2007/04/07(土) 23:50:31ID:72QdIJVIあ、そう?
この間ニュー速で名前晒したらヘタレ将軍とか影の薄い人って反応しかなかったから。
どうしても家康と家光が有名すぎて地味なんだよね。
0154人間七七四年
2007/04/08(日) 00:00:34ID:zh91V1plもっともその家康にしても、信長や秀吉に比べたら「偉大なる凡人タイプ」といわれているし。
0155人間七七四年
2007/04/08(日) 00:05:42ID:8y2Xt/gfまあ、一般人は秀忠にそういうイメージを持っているだろう
ちょっと知れば偉大なる政治家と言うことは解るけど、武将としてはやっぱり・・・
徳川将軍の業績を評価すれば五指に必ず入る、個人的には第二位
0156人間七七四年
2007/04/08(日) 00:10:00ID:zh91V1pl家康、秀忠、家光、綱吉、家宣、吉宗、家茂、慶喜あたりが評価高い将軍か。
個人的には五指にはかつかつ入るかどうかのボーダーラインってとこ。
0157人間七七四年
2007/04/08(日) 01:25:06ID:OQuPr7Qi間抜けな将軍だったってのが世間的な評判だろうな。
家康の後じゃ仕方ないけど業績はもっと評価されてもいいと思う。
0158人間七七四年
2007/04/08(日) 01:34:21ID:4kvdsqMJ大坂の陣というメジャーな戦いに関わるハメになったのがある意味不幸だな。
0159人間七七四年
2007/04/08(日) 10:43:06ID:zh91V1plなんというか、重盛が早世したため後を継いだ宗盛みたいにみられてしまう。
ま、あっちは御家を滅ぼしてしまったのだからそれこそ無能な二代目なんだろうが。
0160人間七七四年
2007/04/08(日) 19:54:02ID:yGM6oQPU明らかに立派な2代目だ。
0161人間七七四年
2007/04/08(日) 20:54:46ID:nsHPm+bh0162名無しさん@お腹いっぱい。
2007/04/09(月) 00:20:55ID:EnVVcDEUんで、次の代の家光はまた独裁者っぽいわがままいっぱいさなので人気がある、と。
やっぱ組織の事より個人の個性を出しまくる方が人気が出るのだな。
0163人間七七四年
2007/04/09(月) 08:11:35ID:ZOovlaY1イメージじゃそうだけど、実体は
独裁度
秀忠>家光>家康>>>秀吉>超えられない壁>信長
じゃないかな。
老中制を廃止し、取り潰しの強権発動により直轄領の増大
武家諸法度の改訂、朝廷政策
政治能力だけ言えば秀忠は
徳川将軍内の5本の指でもおかしくないとおいらも思う
0164人間七七四年
2007/04/09(月) 09:25:51ID:2wztBQVW本当に秀忠の功績なの?
0165人間七七四年
2007/04/09(月) 16:30:52ID:cX1xq9JZ秀忠が暗君(例えば頼家みたい)だったら>>163の事績など出来はしない
自ら大鉈を振るったかどうかは別にしても、評価していいと思うよ
0166人間七七四年
2007/04/09(月) 19:58:22ID:g8aEi8Gz暗君というが、将軍の権力を強化しようとして御家人たちにつぶされたわけで。
義詮だって、父親から受け継いだ状況が秀忠と雲泥の差だったことを思えば、それなりに頑張っている。
0167人間七七四年
2007/04/10(火) 02:10:01ID:C6FTW+jrなんつーか、相手も北畠だったり楠木だったり腹違いの兄貴だったりで悲惨なんだけど
腹心はよりによって佐々木導誉だし
0168人間七七四年
2007/04/10(火) 19:31:43ID:Y3oFhhvYお前日本語わからないのかよ?
暗殺の隠れ蓑として梅毒という病名がよく使われることが
あったってことだよ。
その手を使って秀忠は豊家恩顧の有力武将を殺しまくっていたんだ。
家康は、最期、裏柳生の術者に襲われたんだよ!!
その裏柳生の術者を送り込んだのは秀忠なんだ!!
0169名無しさん@お腹いっぱい。
2007/04/10(火) 19:53:13ID:WoNd5ub5>暗殺の隠れ蓑として梅毒という病名がよく使われることが
>あったってことだよ。
いつどこでよくあったんだよ!?お前の脳内か!?
0170人間七七四年
2007/04/10(火) 20:33:52ID:jy7D1nQq実子より娘婿の相馬顕胤の方が可愛かったらしい。近所の家々(特に相馬)に多大な迷惑をかける
性欲だけは旺盛で21人も子供を作る。その挙句、晴宗と6年間も対立し最後は幽閉されるマヌケ。
伊達晴宗 美女誘拐。親(稙宗)と子(輝宗)と喧嘩をする、近所の家も巻き込み 親父を幽閉までして家督を継ぐ。
相馬顕胤に何度も惨敗する。 反抗的な家臣を殲滅する残虐さ。
伊達輝宗 親と喧嘩をする。相馬盛胤に敗北し領土を奪われる。最後は大名のくせに誘拐され、息子に撃ち殺される。 浅井久政より無能。
無能を見透かされて中野宗時らに謀反され、傷心で引き籠りの隠居になる。鬼嫁の乱行を止められない小心者。
伊達政宗 親父を撃ち殺す。大阪の陣では味方も撃ち殺す。 テロ支援(葛西大崎一揆)。秀宗の宇和島藩を処分しようとする。
テロとの関与を疑われた途端、それまで支援していたテロリストを皆殺しにする。身内に貸した金を執拗に取り立てる。
「日本国王」と詐称してローマに支倉を送り込み、切支丹にしてまで軍事同盟や貿易を画策するも、幕府の方針であっさり支倉を見捨てる。
伊達秀宗 親父に借金を執拗に取り立てられ、ノイローゼ気味に付け家老一族をよぅじょも含め皆殺し。 親父から藩を取り上げられそうに
なって、卒中になって生ける屍になる。
伊達綱宗 藩政を省みず酒色に溺れ遊興三昧の生活を送った結果 その不行状を幕府に咎められ21歳にして隠居させられる。
家臣も満足に操縦出来ず、伊達兵部宗勝などに藩政を壟断される。
伊達綱村 アル中親父のせいで2歳で藩主になり、8歳で毒殺されそうになる。宗教狂いで寺や神社を建てまくり財政難となり、藩札を
出して逆効果になり、一族から強要されて隠居させられる。
伊達吉村 苗字が二つみたいな名前。借金まみれを解消する為に、農民から強制的に米を出させて、江戸で転がして大儲けする銭ゲバ。
伊達宗村 大凶作の年に年貢を軽くしてくれと直訴されると逆上して、家・田畑没収の上、磔にする。
伊達重村 また苗字が二つみたいな名前。島津重豪の昇進を目の仇にして、田沼や大奥にバンバン賄賂を送る。
伊達周宗 歴代最大の百姓一揆が連発する。14歳で死んだが、三年間も幕府に賄賂を送って養子縁組させた。
伊達宗純 秀宗の遺言書を偽造して吉田藩独立。吉田藩は支藩の癖にのちには無駄に参勤交代までする。
伊達宗贇 本来なら吉田3万石を分けて7万石になっているのにプライドのために10万石と過大申告した。不足分は
年貢を上げ、借金し、家臣の給料を減らした事で補った。
伊達 宗敦 せっかく官軍側の宗城の実子なのに養父を奥羽列藩同盟の盟主としてしまい、結局 廃嫡。
伊達 順之助 素行が悪く幾つもの学校を転々とし、不良を射殺するという事件を起こす。
満州で馬賊となるも最終的には戦犯として射殺される。
伊達 興宗 自身の死後、嫁と一族の間で骨肉の泥沼遺産相続争いを起こさせる。マスコミに「現代
の伊達騒動」と叩かれ、元々ロクでもない家名に更に泥を塗る。
伊達 泰宗 伊達氏最凶最悪の現当主。21世紀になってなお「平成の家臣団」を募集し、しかも「家臣」に
なるには金を払わなくてはならない。銭ゲバ・放蕩三昧は先祖以上。先祖の政宗を金づるにして、バカ高い
グッズ(支倉まで利用)や上杉から貰った家紋まで商標登録する始末。更にHPでは自分マンセー記事のオンパレード、
印刷用の自分の画像までご丁寧に置いてある超勘違い野郎。HPを一度見ればそのマンセーぶりに
吐き気を催さない人はいない。
0172人間七七四年
2007/04/10(火) 21:02:49ID:TE2z2/Hjいやいや、それでは反論になってない
「見苦しすぎ」という理由では相手を説得できないし、
やっつけられない。
むしろ、相手の言っていることが正しいからまともに反論できない、
と理解されかねない。
暗殺ではない、梅毒を暗殺の隠れ蓑にしていない、という
根拠を提出していただきたい。
0174人間七七四年
2007/04/11(水) 17:15:14ID:OLM8WZ2v隆慶一郎先生の本を読め!
0175人間七七四年
2007/04/12(木) 09:49:04ID:BQq4CwUk0176人間七七四年
2007/04/13(金) 17:16:28ID:1XyXXEZ/反論するに値しない。
根拠を一切示せない妄想を書く方が悪い。
0177人間七七四年
2007/04/13(金) 22:20:27ID:WFbM3VJyじゃぁ、隆慶一郎先生は妄想で書いてるっていうのかよ!?
お前いい加減にしろよ!
素直に負けを認めて今までの歴史認識を変えなさい。
0178名無しさん@お腹いっぱい。
2007/04/14(土) 00:28:05ID:vAZ3CzD+いいから「創作とは何か」を勉強して来い。もしくは荒らすな。
0179人間七七四年
2007/04/14(土) 05:31:11ID:qUpmia47貴族の人も
徳川の奴らが帝の子供を殺しまくってやがる・・って
日記を書いていたじゃないか。
秀忠の娘以外のお后が懐妊したら、流産させまくっていたんだろ。
そういう秀忠なんだぞ。
この部分は創作じゃないぞ。
歴史小説だって真実の裏づけがないと迫力がでないだろーが。
0180人間七七四年
2007/04/14(土) 08:02:24ID:NTh4XENO0181人間七七四年
2007/04/14(土) 15:30:03ID:uOoE2bTR脳内お花畑w
日本史板ではないとはいえ、見苦しすぎ。
0183人間七七四年
2007/04/25(水) 17:38:28ID:v+wK/J0Rもしかして司馬の本とかも歴史書とか考えてるの?君
最近多いんだよねーそういう子
君、リアでしょ。ねえ。
何でって、行間多すぎなんだよね
それに君の主張は根拠もへったくれもないでしょ。わかる?
もう本当に勘弁して欲しいんだよね。君みたいな子がいるからオゾン層が破壊されてるんだよ。ってこれは関係ないか
そろそろ見苦しい抵抗はやめて、一日中秀忠公の肖像画を見つめていたまえ。
0184人間七七四年
2007/04/27(金) 09:40:53ID:ZdETMEAi0185人間七七四年
2007/04/30(月) 14:47:39ID:+8u+yjZNな・・なんだってえ!!
なんで隆慶一郎先生をうそつき呼ばわりするんだよ!!
0187人間七七四年
2007/05/01(火) 14:47:28ID:aunYuMAUうるせえよ
ぶっちゃけもうねえんだよ
ちくしょうめ
くれくれってこじきかよてめーは?
オレは打出の小槌じゃねえっつんだよ
てやんでえ
0188人間七七四年
2007/05/01(火) 18:57:39ID:u/dlxy+T年の順でいえば秀康がいたし、決して無能な男ではなかったようだが。
0189人間七七四年
2007/05/04(金) 00:05:06ID:1yLSanOy0190人間七七四年
2007/05/04(金) 09:11:15ID:xhxb+MzV例えば氏直没後の北条を、藤田氏邦ではなく北条氏規が継いだ様に、
また逆の例を挙げれば諏訪勝頼が武田家を継ぐのには対内的に無理をしてしまった。
秀康が豊臣、次いで結城に入った時点で
一族ではあっても相続権は他の兄弟に劣る。
0191人間七七四年
2007/05/04(金) 13:50:56ID:9FYQn/3Hでも足利義昭なんか還俗してるのも確かだ。
0192名無しさん@お腹いっぱい。
2007/05/04(金) 20:50:37ID:l6uVA0Il足利家はそんなのばっかり。だから乱世になった。
0194人間七七四年
2007/05/05(土) 13:24:27ID:Bf4u4MI10195人間七七四年
2007/05/05(土) 15:29:51ID:oXkhOxJ+ばその家を出ている。
井伊直弼みたいに部屋住みでも家に残っていれば家督が回ってくる
かもしれない。
0196人間七七四年
2007/05/06(日) 18:04:07ID:EbKzA+02らの天下人?
0197名無しさん@お腹いっぱい。
2007/05/06(日) 18:14:35ID:XpEQPsp0仮定を2つも3つも重ねられると流石に何とも言えぬ。
0198人間七七四年
2007/05/07(月) 02:02:18ID:16gHHD8P間違い無く偉大
しかし、明日から仕事だって言うのに寝つけねえ。
0199人間七七四年
2007/05/24(木) 12:08:04ID:RBPbd0n9なら凡将には違いないね
0200人間七七四年
2007/06/28(木) 23:53:51ID:SGlKxviZ0201名無しさん@お腹いっぱい。
2007/06/29(金) 00:06:53ID:QQD7bJv+戦闘指揮間という意味での将か、武士組織の統率者としての将か、で話は違ってくるだろ。
0203仙台藩百姓
2007/06/29(金) 01:28:02ID:YOKFjBEV秀忠が特別家康に劣ってるとは思えないお( ´ω`)
糞漏らして逃げ回ったり
共に出陣した大坂でも親父は酷い醜態晒してるし
お前に言われたくないよって感じだおね
秀忠もまた神君史観の犠牲者だお
0204宇喜多直家信者
2007/06/29(金) 02:17:45ID:nCRVxoJR名将の部類には当然入る
0205人間七七四年
2007/06/29(金) 03:34:31ID:jct5TVid普通に催したか下痢か知らんが野グソして討ち取られるよりか何倍もマシ
恐怖で脱糞したならその状態で逃げ切ったてのも、大将の器だな
大坂も同様で、秀忠のように下手に奮戦するより引く方が賢い
秀忠は太平の君にふさわしい大人しいイメージによくなるが
実は親父や兄弟とそっくりで、生真面目で直情的なところのが多いなぁ
0206人間七七四年
2007/07/08(日) 12:41:18ID:LcKAVFWc0207人間七七四年
2007/07/13(金) 07:27:02ID:xUIosehO0208人間七七四年
2007/07/27(金) 19:54:21ID:luqojiW0隆慶一郎によって秀忠の評価はむしろ上がったという意見もある
0209うんこ麻呂
2007/07/28(土) 00:36:42ID:PqLvwcll0210仙台藩百姓
2007/07/28(土) 03:14:39ID:w9CEht8w奮戦もなに家康は
ろくな反撃すら出来ない状態だっただけだお( ^ω^)
組織を維持できないようなのは愚将の極みである
将がみんな家康みたいに逃げ出したら戦にならんお
秀忠や他の大将達が必死に踏ん張ったから勝てたのである
0211宇喜多直家信者 ◆W.uAGfax.c
2007/07/28(土) 03:16:33ID:+BcXfmbB0212名無しさん@お腹いっぱい。
2007/07/28(土) 07:58:52ID:LvCeIiX2三河物語自体には徳川家内の事ですら誤解や誤認が沢山ある書物なのに。
0213人間七七四年
2007/08/23(木) 19:33:58ID:F8zbRyH1俺は、好きだな。
0214人間七七四年
2007/08/24(金) 09:16:52ID:0BZ/5N8J0216人間七七四年
2007/09/10(月) 19:14:41ID:dh83FMaAその後を継いだ秀忠は大変だったろうね。
幕府をつぶさなかった、或いは衰退させなかったってだけでたいしたもんだ。
むしろ基礎を固めたんだから十分政治家として優秀だと思う。
0217人間七七四年
2007/09/11(火) 01:20:31ID:05JfFk3X家康・秀忠のおかげだしな
0218人間七七四年
2007/09/16(日) 22:18:53ID:08yZdLt3秀忠の力量も、一応及第点レベルにはあったろうが。
0219名無しさん@お腹いっぱい。
2007/09/16(日) 23:06:44ID:vrNB6leuそんなことはない。大阪の陣の後の、旧豊臣残存勢力と大量の浪人の存在は巨大な社会問題だった。
下手すると室町幕府の南朝残党のように、いつまでも畿内周辺でグダグダとゲリラ戦が続くような状況になりかねなかった。
それを上手くソフトランディングさせたのは秀忠の手腕だよ。
0220人間七七四年
2007/09/16(日) 23:15:55ID:08yZdLt3家康がそれについての対策をまったく考えず(指示も出さないまま)死んだとも思えないし。
秀忠ひとりの功績とはいいがたいでしょ。
0221人間七七四年
2007/09/17(月) 00:02:29ID:6cP0HfNW0222人間七七四年
2007/09/17(月) 10:02:58ID:GF++l4IT0223人間七七四年
2007/09/18(火) 10:05:01ID:HyAyYhuN乱世では英雄には絶対なれないだろうけどw
0224人間七七四年
2007/09/18(火) 13:11:04ID:RlP8lUk5千軍万馬の家康と比較されるのはきついな。
0225名無しさん@お腹いっぱい。
2007/09/19(水) 21:38:34ID:Ly81rfJH現実の事象ってのはいくら方針があっても、その通りにやればすむって物じゃ無い。相手のあることなんだから
日々変化するし場合によっては方針も変えないといけない。いくら家康が優秀でも神じゃ無いんだから、
自分の死語何が起こるか、なんて事まで予想を立てて解決策を作ることは出来ない。
現実の行政執行責任者である秀忠の能力無しに、その時代の諸問題の解決は不可能だよ。
0226人間七七四年
2007/10/11(木) 16:26:23ID:fbHvl0MX外様大名の改易政策なぞ 凄いの一言。
0227人間七七四年
2007/10/19(金) 17:31:30ID:zRatVVsm,. -‐、
rァ'-──ー 、
/ \
/ー-ィ ヾl
| / .{|
l / ,. -_一' ゝ‐- /
rゝj <_o > {(o) /、 牛が引いていないのに牛車が進んでおる
{^iL ,. > | } それもものすごい速さだ
ヽノ、 __, l'′
| \ ´ − /
, -ノ<ヽ ヽ、__ /
_,. -‐''´ | ヽヽ /jーi‐- 、
_, -‐'" | ヽ.\ // .| ` ー- 、_
|>、 | ヽ// .|  ̄7
/ \ |ヽ ヽ/ ,| ∧
/ \ | \ / / | / ヽ
/ ヽ /. | / / | | ヽ
. / ヽ. / | / / | | l
/ V | / / | | |
0228人間七七四年
2007/10/19(金) 19:24:34ID:WTSm7Gi/すげえ今更のレスだけどさ、
秀忠って浪人問題をソフトランディング出来てないんだけど。
むしろ改易しまくったせいで浪人問題は悪化して島原の乱や由井正雪の乱へと繋がり、
そこまで悪化してからやっと改革されたんだよ。
0229人間七七四年
2007/10/19(金) 20:11:11ID:ZUsMVMP7英・蘭が望んだ浪人の海外供出も秀忠が閉ざしちゃったしな。
>>227
下り坂だからじゃありませんか?
0230人間七七四年
2007/10/20(土) 10:51:45ID:G40tJY110231人間七七四年
2007/11/08(木) 15:25:03ID:FQuIh2OS0232人間七七四年
2007/11/22(木) 13:29:46ID:AAUFD88z0233人間七七四年
2007/11/23(金) 10:21:12ID:HVCUt0LE0234人間七七四年
2007/11/23(金) 13:14:16ID:E/s+8TfQ100点満点評価で、90点は堅い。
0235名無しさん@お腹いっぱい。
2007/11/23(金) 19:39:24ID:VG8lX5Dd0236人間七七四年
2007/11/23(金) 20:41:15ID:+fR77Hdr間に挟まれて地味に見えるのも仕方あるまい
0237人間七七四年
2007/11/23(金) 23:17:49ID:tE5xqrsm地味に見えるのもしょうがないか
0238人間七七四年
2007/11/24(土) 01:48:05ID:AYzT+ltx0239人間七七四年
2007/11/24(土) 02:50:03ID:Oa1jiy6u0240人間七七四年
2007/11/24(土) 14:31:19ID:cfhQ7zmr0241人間七七四年
2007/11/25(日) 11:50:40ID:8GE49TQk成金趣味。
0242人間七七四年
2007/11/25(日) 16:35:11ID:9rZsmhOy0243人間七七四年
2007/11/25(日) 17:35:38ID:H3SJj0te●
((
. / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\
/ / \ \
/ 秀 忠 ヽ
l::::::::: |
|/ ̄\ (●) (●) | お久しぶり〜〜ボクです。
r┤ ト:::::: \___/ |
/ \_/ ヽ:::. \/ ,ノ
| _( ̄ l―---oo-――'"ヽ__
| _)_ノ ハ // / |ヽ、
ヽ____)ノ \// / | ∧
0244人間七七四年
2007/11/25(日) 18:08:47ID:H3SJj0te/;;;;;;;::::::;;;;;;;;;;;;;\
/\;;:::::::::::::::::::::::;;;;;;;;ヘ
● /,,\.;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;::::::/;:::ヽ
(( . . L::;;, ヽ、::::::::::::::::::..ノ;. ..::;;;;;ゝ
. / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\ . . //;;;;::::::.... ̄ ̄..:::::::::::::::::::::::::::;;;|l
/ / \ \ . . . |l l;;;;;;;;;;;;;:::::::: :..::::::;;;;;;|l
/ 秀 忠 ヽ 〔|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||〕
l::::::::: | . . l:::::::::: 氏 真 |
|/ ̄\ (●) (●) | . |/ ̄\ (●) (●) |
r┤ ト:::::: \___/ | . r┤ ト:::::: \___/ |
/ \_/ ヽ:::. \/ ,ノ . . / \_/ ヽ:::. \/ ,ノ
| _( ̄ l―---oo-――'"ヽ__ | _( ̄ l―---oo-――'"ヽ__
| _)_ノ ハ // / |ヽ、 | _)_ノ ハ // / |ヽ、
ヽ____)ノ \// / | ∧ ヽ____)ノ \// / |. .∧
今日は真ちゃんと一緒に来たよ。
0245人間七七四年
2007/11/29(木) 07:21:52ID:jWz6oALs0247人間七七四年
2007/12/15(土) 00:41:08ID:JJOKtPi1北条氏綱はちょっと比較対照が悪いように思う。
どっちが上とかいう問題ではなく、
氏綱はむしろ後北条家初代という感じなので。
0248人間七七四年
2007/12/19(水) 14:00:21ID:E0ZR31B/0249人間七七四年
2008/01/07(月) 06:51:14ID:GoBqjj110250人間七七四年
2008/01/25(金) 14:48:36ID:jeH+jl4M0251名無しさん@お腹いっぱい。
2008/01/26(土) 01:15:44ID:BBfEQZC80252人間七七四年
2008/01/26(土) 05:25:58ID:O7RNB/FG0253人間七七四年
2008/01/26(土) 09:47:49ID:nT7PAxpB0254人間七七四年
2008/02/13(水) 16:22:18ID:sr5AHl2j0255人間七七四年
2008/02/24(日) 10:28:52ID:acp/LkB/0256人間七七四年
2008/03/07(金) 14:29:31ID:Miu05pdc秀忠の大名統制もうまいと思うな。
0257人間七七四年
2008/03/08(土) 01:39:33ID:p851xM76「名君」であるよな。
0258人間七七四年
2008/03/24(月) 15:36:06ID:y4Yt4iNC0259人間七七四年
2008/03/29(土) 11:11:02ID:x3HJgLuU秀康は養子に出してしまってたし、他は若年だったし。
0260人間七七四年
2008/04/12(土) 14:47:11ID:+rsI5a3Wだがあきらに劣れば忠吉に差し替えとかも
0261人間七七四年
2008/04/15(火) 02:43:31ID:KGjO8AvIしかしこの正統性の片方でも否定してしまえば、
誰がなっても不満がでてくるのは間違いないぜ。
秀康が秀忠に対して一歩引いていたのはその正統性を秀康を含む周囲が理解していたからで、
後継者を忠吉へすげ替えた場合、
長幼の順という正統性を否定した以上、他家の養子だから後継者から外されたという正統性も意味をなさなくなる。
徳川家中のことを考えれば、秀忠以外にあり得ない。
0262人間七七四年
2008/04/26(土) 12:20:55ID:MJAYWP+v兄が庶兄や養子送りとかじゃない場合で
0263人間七七四年
2008/04/26(土) 15:47:05ID:zIqUoJla兄の子と争って勝ち残ったのはいるが
0264人間七七四年
2008/04/26(土) 16:12:19ID:4WzDLg6j0265平山貴士 ◆fUWY7Y19ZA
2008/04/28(月) 11:22:21ID:CjC8zhnm0266平山貴士 ◆fUWY7Y19ZA
2008/04/28(月) 11:24:09ID:CjC8zhnm0267人間七七四年
2008/04/28(月) 13:21:17ID:7CNdlLDA0268人間七七四年
2008/04/29(火) 02:30:36ID:QkNhpMFHあったらこれぐらいの結果は残せてたと思う。
逆に秀忠が氏真の立場なら同じように今川家は即刻つぶされてた。
秀忠は周りの環境や人材に恵まれてた。
決して無能ではないけど、これといって優秀だったわけでもないと思う。
0269人間七七四年
2008/04/29(火) 02:56:57ID:k/B16crN部下を信頼して仕事を任せるって上に立つものにとって一番大切で一番難しいことだと思うけど。
0270人間七七四年
2008/04/29(火) 07:42:37ID:YHqX35mNあと適材適所に配するって凄く難しい。
0271人間七七四年
2008/04/29(火) 10:44:58ID:CVKooEkE0272平山貴士 ◆fUWY7Y19ZA
2008/05/01(木) 03:48:59ID:odSyHnE1オレの弟はオレより優秀だよ。全てにおいて。
弟はオレの人生の財産。
のろけてゴメン。
0273人間七七四年
2008/05/02(金) 11:11:21ID:/LLNOxoR紫衣の件といい。
おかげで明治維新になるまで天皇家を担ぎ出す勢力が出なかったし
0274人間七七四年
2008/05/04(日) 01:30:44ID:Y70igtjyhttp://jp.youtube.com/watch?v=looALHmz6aA&feature=related
http://jp.youtube.com/watch?v=XlJkpEsaYMY&NR=1
http://jp.youtube.com/watch?v=aJ47PkaeM_M&feature=related
http://jp.youtube.com/watch?v=vsbv9Y-oPxg&feature=related
http://jp.youtube.com/watch?v=srYyLjVihYQ&feature=related
http://jp.youtube.com/watch?v=GyY_GFtj5Tg&feature=related
http://jp.youtube.com/watch?v=9uF85UO9-lg&feature=related
http://jp.youtube.com/watch?v=svH44ZUVE4A&feature=related
http://jp.youtube.com/watch?v=k9OJL0c-CBg&feature=related
http://jp.youtube.com/watch?v=I7nMFPYuF7o&feature=related
http://jp.youtube.com/watch?v=Kci1bOlAOCY&NR=1
http://jp.youtube.com/watch?v=yXPS8v7VqVg&feature=related
http://jp.youtube.com/watch?v=jpgH4CrHXF8&NR=1
鉄道をこよなく愛する人たち
0276人間七七四年
2008/05/16(金) 14:06:19ID:VwxIsYmM鎌倉は後鳥羽院や持明院統と大覚寺統の争いに悩み
室町は南北朝を引きずったからな。
歴史を学んで上手くやったと思う。
0277人間七七四年
2008/05/18(日) 14:56:00ID:8VDjWoJBご名答!!
/;;;;;;;::::::;;;;;;;;;;;;;\
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● /,,\.;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;::::::/;:::ヽ
(( . . L::;;, ヽ、::::::::::::::::::..ノ;. ..::;;;;;ゝ
. / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\ . . //;;;;::::::.... ̄ ̄..:::::::::::::::::::::::::::;;;|l
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/ 秀 忠 ヽ 〔|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||〕
l::::::::: | . . l:::::::::: 氏 真 |
|/ ̄\ (●) (●) | . |/ ̄\ (●) (●) |
r┤ ト:::::: \___/ | . r┤ ト:::::: \___/ |
/ \_/ ヽ:::. \/ ,ノ . . / \_/ ヽ:::. \/ ,ノ
| _( ̄ l―---oo-――'"ヽ__ | _( ̄ l―---oo-――'"ヽ__
| _)_ノ ハ // / |ヽ、 | _)_ノ ハ // / |ヽ、
ヽ____)ノ \// / | ∧ ヽ____)ノ \// / |. .∧
0278人間七七四年
2008/05/21(水) 16:59:31ID:V5Rmugj5まあ義詮よりだいぶまともだけど
0279名無しさん@お腹いっぱい。
2008/05/21(水) 17:29:44ID:O7asoarv家康>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>秀忠>>>>>家光、だろう
その代わり徳川家の力は
家光>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>秀忠>>>>>>>>>>>>>>>>家康、だけど
0280人間七七四年
2008/05/22(木) 15:34:05ID:7BjRzMaa【徳川家 総合】 徳川家康公スレ その四
http://hobby11.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1211268328/l20
0282人間七七四年
2008/05/25(日) 21:25:15ID:IBsuAvbe0283人間七七四年
2008/05/27(火) 23:41:37ID:ilgigDuj0284名無しさん@お腹いっぱい。
2008/05/27(火) 23:45:53ID:STNfUggU年齢も違いすぎるしな
0285人間七七四年
2008/05/28(水) 10:51:16ID:2HSL4BeH幕府の体制という意味でだろ。
正直家光はそこまで優れていたとも思えない。酒井、土居といった秀忠のブレーンや
知恵伊豆あってのものだろうと。病弱だし。青山忠俊などへの処遇を見ても、
陰険な印象がぬぐえん。
0287名無しさん@お腹いっぱい。
2008/05/28(水) 16:11:24ID:wxPTlw7W十二分に優秀だったと思うよ。
0288人間七七四年
2008/06/13(金) 14:16:25ID:hRFpaBIXどちらかがおかしな方向へ持って行ったら 続かなかったと思う。
家綱も意外に固いんだよね。綱吉はああだけど。
0289人間七七四年
2008/06/28(土) 14:10:47ID:ItqA/KPZ0290人間七七四年
2008/06/29(日) 07:10:31ID:738cmGUj0291名無しさん@お腹いっぱい。
2008/06/29(日) 11:26:30ID:KNZvB1x3生類憐れみの令だけど、今おもしろおかしくとんでもない法律だったと
語られてるだけじゃなく、割にまともなものだったというのをどこかのサイトで
見たんだが・・・
164 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:04/02/23 01:45 ID:???
>>163 山室恭子の「黄門様と犬公方」読め。
結論だけ言っちまうと、命は大切だ、って平時の常識を、
戦乱が長すぎて今のソマリアかアフガン並みに荒みきってた当時の日本人に
叩き込み直す手段だったって事だ。
165 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:04/02/23 02:27 ID:???
>>163
「生類憐れみの令」は綱由が行った動物愛護政策に関わる法令の総称で
法令の初期は病気になった牛馬の放逐を禁止やこれらの原因であった過重な
使役の抑制などがあり特に犬の保護は野生化して人(特に子供)を襲ったり
伝染病の媒介を防止するための隔離政策という説がある。
そしてこの当時の日本には犬を食用にする習慣があり庶民の不満とまだ
残っていた戦国の遺風も手伝い飼い犬すら虐待し殺して食べてしまうならず者を
取り締まるため罰則が強化されるといういたちごっこになった。
結局庶民の不満のスケープゴートにされてしまったが綱吉は戦国時代を精神的に
終了させた功績は大きい。
つけくわえるとこれ以降日本から犬を食用にする習慣はなくなった。
171 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:04/02/23 08:20 ID:???
>163
生類憐れみの令といえば御犬毛付帳と中野の野犬収容施設、犬目付が有名だけど、他にも
捨馬の禁、鷹狩りの廃止など動物愛護の一連の施策と、捨て子、病人、老人などの
社会的弱者の救護をうたった福祉政策もふくまれる。
0292人間七七四年
2008/07/14(月) 16:07:14ID:Ab+Ksf2/0293名無しさん@お腹いっぱい。
2008/07/14(月) 19:10:51ID:6awfvRt+0294人間七七四年
2008/07/29(火) 14:35:09ID:56asEDngちょっと暗いかな。
0296人間七七四年
2008/07/29(火) 21:33:57ID:XCTB4dsa0297名無しさん@お腹いっぱい。
2008/07/29(火) 23:22:46ID:HhVhqll5もたれていたみたいなんだよね。
秀吉みたいな形とはまた別の、人たらしの才能があったように見える。
0298人間七七四年
2008/07/30(水) 02:09:01ID:w8eZCLJBわずか7歳にして浅井小谷流にピリオドを打ち
享保中興への道をつけた。
0299人間七七四年
2008/07/30(水) 04:39:14ID:HhKajnt4忠輝なども死んだも同然だし秀忠がいなければ徳川幕府もどうなってたかわからん。
御三家が成長して安定するまで持たせた功績は限りなくでかい。
0300人間七七四年
2008/08/04(月) 18:49:44ID:pAytQXTP秀忠の遺骸も調べられたが、後代の将軍たちと比べて骨格や筋肉が最も発達していたそうだ。
武将としては低い評価を与えられている秀忠だが、戦国の世に生まれただけあって
そうとう身体を鍛えていたことがうかがえる。
0301人間七七四年
2008/08/04(月) 20:44:19ID:1+ybHjee秀忠は家康に頭が上がらなかったのか??
0302名無しさん@お腹いっぱい。
2008/08/04(月) 20:52:46ID:hXZuCpFx親子です
0303人間七七四年
2008/08/04(月) 21:03:53ID:1+ybHjee知ってるよ、アホか
0304人間七七四年
2008/08/04(月) 22:05:15ID:JjIKtU5Cてゆーか、五指に入るどころか、家康と一ニを争うでしょ。
他の3人って誰? 家光、吉宗、慶喜は初代と二代に比べたら足元にも及ばないよ。
0305人間七七四年
2008/08/04(月) 23:07:38ID:ll7R1iVJ親父が死んだ後は(優秀なブレーンにも恵まれているし)優秀な政治家だとオモ・・・
0306人間七七四年
2008/08/05(火) 08:48:23ID:FPfvu2rEじゃぁここは家康以上と思える点をまず一つ二つ挙げてくれ。
0307名無しさん@お腹いっぱい。
2008/08/05(火) 12:39:16ID:ABtOf6Ki幕府の統制力は、家康の時代よりも秀忠の時代のほうが、格段に上がってるな。
0308人間七七四年
2008/08/05(火) 13:06:30ID:FPfvu2rE0309名無しさん@お腹いっぱい。
2008/08/05(火) 13:18:52ID:ABtOf6Ki統制力が上がっているんだから当然そうなるだろ。
0310人間七七四年
2008/08/05(火) 17:55:04ID:Tdc+27xyなら統制能力ワーストは慶喜ってことになるぞその理屈だと。
0311人間七七四年
2008/08/05(火) 18:18:55ID:tq2nMGyBと>>304は言いたかったんじゃね?
一ニを争うって言っても、その人の得手不得手がある訳だし…
ただ忘れてはいけないのは、今の東京の基盤を築いたのは秀忠である事だろう
0312人間七七四年
2008/08/07(木) 12:06:53ID:KB3UcF4R家定株は急上昇だし、家重も言語不明瞭だが頭は悪くなかったといわれてる。
家継も実は聡明だった説がそのうち出てくるかもな。
0313名無しさん@お腹いっぱい。
2008/08/07(木) 12:29:40ID:hWZmnnHa煽りは他所でやれ。
0314人間七七四年
2008/08/07(木) 18:32:37ID:KB3UcF4R0315人間七七四年
2008/08/08(金) 16:27:25ID:l5DEJ39oそれで良いじゃないか
少なくても存在感や威厳は家定や家重なんかより
ずっと上だろうし
0316人間七七四年
2008/08/12(火) 00:07:03ID:ZKbiFGOO「わしが死んだら、世の中は乱れると思うか?」
この問いに対する秀忠の回答を聞いて、家康は安心したという。
それでいいじゃないか。
0317名無しさん@お腹いっぱい。
2008/08/12(火) 00:17:12ID:MAB6wsLaいいじゃないか
二代目だもの
ひでただ
0318人間七七四年
2008/08/18(月) 19:27:09ID:2289vME60319人間七七四年
2008/08/21(木) 10:56:50ID:t8L74jq2凡君秀忠公
名君家光公
0320人間七七四年
2008/08/24(日) 16:37:08ID:M+PgxmyY0321人間七七四年
2008/08/31(日) 10:21:13ID:qQDKtsMG0322人間七七四年
2008/09/02(火) 23:05:58ID:Ot0iOdBeそれと大名達にとっては最も恐ろしい将軍じゃないか
改易数が一番だったし
後天皇家を完全に掌握したのも
0323人間七七四年
2008/09/02(火) 23:59:23ID:nrAv+/Dx0324名無しさん@お腹いっぱい。
2008/09/03(水) 01:02:57ID:ih8VIv8T「なめとんのかゴラァ」
って事になって改易だからなあ。
正直、半分以上自業自得だぜ?
0325人間七七四年
2008/09/03(水) 03:31:45ID:5IkwXxUR0327人間七七四年
2008/09/03(水) 12:43:15ID:Nu+RvlCYそしてまた、武将としての力量がまだ必要とされる状況でもあった。
徳川幕府も、まだ国内をまとめきっていない状況であったなら、普通に秀康が後継だったろうな。
0328名無しさん@お腹いっぱい。
2008/09/03(水) 12:47:43ID:ih8VIv8T秀忠の時代もまとめきったわけじゃ無い。徳川幕府は家康の晩年で近畿までをようやく掌握、秀忠の時代に
北九州まで。南九州にも地盤を作りほぼ日本全国を掌握したのは家光の時代になってから。
0329人間七七四年
2008/09/04(木) 11:43:56ID:5UBCIv0R盲目となった高虎のために江戸城バリアフリーしたのは秀忠だっけ?
0330人間七七四年
2008/09/04(木) 17:19:04ID:WymfLwyq統一したって言っても、地盤が安定するには結構時間がかかるって事だよね。
それ考えると、秀忠はそつなく、いや、多少はそれ以上に立ち回ったのでは
ないだろうか。
0331名無しさん@お腹いっぱい。
2008/09/04(木) 17:47:29ID:0uavHQTo幕府による一元的な統制下に置くことに成功したのも秀忠の時代。
0332人間七七四年
2008/09/04(木) 18:19:12ID:OKWJLVmB0333名無しさん@お腹いっぱい。
2008/09/04(木) 18:33:03ID:0uavHQToそれは貿易。
0334人間七七四年
2008/09/07(日) 00:10:57ID:Bv6EJBPT0335人間七七四年
2008/09/20(土) 10:00:03ID:g1d9dEY4大量の失業浪人作ることがどういう意味をもつかわかってなかったんだろうな。
家光がその尻拭いをするはめになるのだが。
0336名無しさん@お腹いっぱい。
2008/09/20(土) 12:07:22ID:xYIlr4zwイメージだけで語らないで、一つ一つの改易の内容ちゃんと調べてみ?
0337人間七七四年
2008/09/22(月) 17:58:54ID:L6iwoYCa0338名無しさん@お腹いっぱい。
2008/09/22(月) 18:19:44ID:hzc4SQH0帰農するつもりなら人手はいくらあっても足りないくらいの状況だった。
0339人間七七四年
2008/10/07(火) 14:09:38ID:bUGP0aBd0340人間七七四年
2008/10/21(火) 14:45:48ID:KzNyZlx/0342名無しさん@お腹いっぱい。
2008/11/06(木) 21:23:24ID:XD3awMaP関東平野も家康が江戸入府以降にめちゃめちゃ開拓されたよね。
0343人間七七四年
2008/11/20(木) 15:37:27ID:LAaqX+q70344人間七七四年
2008/12/05(金) 14:57:07ID:BNtOmfPF0345平山貴士 ◆fUWY7Y19ZA
2008/12/19(金) 11:40:06ID:Edi4BYIY享保中興っていうほど吉宗って名君か?
正徳の治や田沼時代の方が評価に値すると思うが。
0346平山貴士 ◆fUWY7Y19ZA
2008/12/19(金) 11:43:01ID:Edi4BYIY名君秀忠公
凡君家光公なら同意。
0347平山貴士 ◆fUWY7Y19ZA
2008/12/19(金) 11:45:49ID:Edi4BYIY鎌倉の二代目とは源頼家なのか?北条義時なのか?
義時は有能だろがよ。
0348人間七七四年
2008/12/20(土) 19:50:36ID:AsNmOieT唯一、生存中に源氏長者にならなかった(なれなかった?)将軍だったな。
0349人間七七四年
2008/12/20(土) 21:06:53ID:kip0gHbP義時なら秀忠の方が有能なわけない。
0350平山貴士 ◆fUWY7Y19ZA
2008/12/22(月) 11:28:09ID:yhy0ZG8yそれ何で?
0351人間七七四年
2008/12/22(月) 18:03:10ID:sjtv+RhS源氏長者と奨学院別当は、家康が死ぬまで保持し続けた。
…っで、家康が死んで、源氏長者は、三代家光が将軍宣下と同時に
源氏長者に任じられるまで空位になったようだ。
…家康が死んだのと同時に、源氏長者に就任しても良さそうだがなぁ…。
(…もっとも、秀忠の死後に、
秀忠の将軍宣下のあった日にまで遡って、
源氏長者等の称号は贈られているが…。)
0352人間七七四年
2008/12/22(月) 21:00:46ID:CXUV/Or8やっぱり征夷大将軍宣下から?
足利義昭はいつまで長者だったんだろうね。
0353人間七七四年
2008/12/22(月) 22:36:29ID:sjtv+RhS征夷大将軍とセットです。
慶長八年二月十二日に伏見城において、
将軍宣下の儀式が執り行われ、
この時に、征夷大将軍・源氏長者・淳和奨学両院別当・右大臣・牛車・随身兵仗の六種八通の宣旨を一括受領した。
鎌倉・室町の各将軍は、年次を経て一つずつ受領していたが、
家康の時から、一括受領になったようです。
…もっとも、家康の源氏長者は、
将軍就任の前年二月に、
朝廷から打診されていたそうですが、
この時は、家康は固辞したそうです。(理由は不明だが…。)
0354人間七七四年
2008/12/22(月) 22:49:20ID:CXUV/Or8丁寧にありがとう。
家康ってたしか以前は源氏以外の姓名乗ってたよね。
結局実力と多少の信憑性があればなんとかなったってことですか。
0355名無しさん@お腹いっぱい。
2008/12/22(月) 22:56:35ID:IvBtJkC9家康は「徳川」を名乗った時同時に藤原姓になったんだけど、
しかしそれは「徳川(得川)」がもろに新田源氏の姓なので矛盾することなのだが、
おそらくそれは、家康は三河守への叙任の工作を近衛前久に頼っていて、そのおり近衛の
郎党と言うような立場に(便宜上)なったのだと思われる。それで藤原姓を名乗った。
よって、源氏になったのは、変えたというより「戻った」と判断したほうがいいと思う。
0356人間七七四年
2008/12/23(火) 17:37:45ID:BO6s0ZsR家康は、本当は端から源氏を名乗りたかったが、
その当時の家康には、
源氏の棟梁である?足利将軍家にツテが無かったので(まあ、足利将軍家自体が混乱していたという事情もあるが…)、
やむなく、公家の近衛前久のルートを辿って
朝廷工作をして、藤原姓「徳川」の改姓に甘んじざるを得なかった事情もあったようです。
0357人間七七四年
2008/12/24(水) 11:42:23ID:hoe+5M6O無かったのでしょうか?
関ヶ原が初陣であれば、
上田城攻めの失敗を減点材料にするのは、
少々気の毒な気がするが…。
0358仙台藩百姓
2008/12/24(水) 12:20:36ID:KUeOBkDAでもまあ家康も戦上手なわけじゃないし秀忠が特別劣っていたわけじゃあるまいお( ^ω^)
0359平山貴士 ◆fUWY7Y19ZA
2008/12/24(水) 17:03:00ID:vwjuuvpy0360人間七七四年
2008/12/25(木) 08:41:46ID:mZfBE0Fm0361人間七七四年
2008/12/25(木) 09:59:47ID:FEaRpzxn0362人間七七四年
2008/12/25(木) 18:55:48ID:18WCswDM譲り受ける何か手続き(?)が必要なのでしょうか。形の上では養子扱い?
ちなみに現代でも徳川さんの子孫である現役の源氏の長者はいらっしゃるんでしょうね。
0363人間七七四年
2008/12/25(木) 19:37:00ID:be1p874M北畠親房でもなれるんだし>源氏長者
資格は源氏であること位だろ
0364人間七七四年
2008/12/25(木) 19:46:29ID:18WCswDMそれなら同時期に複数の源氏長者が現れたこともあるのでしょうか。
0365名無しさん@お腹いっぱい。
2008/12/25(木) 20:02:26ID:4B+nrRp4周りが認めて朝廷が認めて、初めて名乗れるんだよ。
0367人間七七四年
2008/12/25(木) 21:33:44ID:Lq2KKx+d二代秀忠以外は、全員が征夷大将軍とセットで補任されているが、
足利将軍家の場合は、
三代義満・四代義持・六代義教・八代義政・九代義尚・十代義稙
の六名しか源氏長者に補任されていません。
…しかも、征夷大将軍に任官して、年次が経ってから補任されている。
ちなみに、武家で初めて源氏長者に補任されたのは、
足利義満です。
これを見ても、武家の代表?と言える
清和源氏が、朝廷ではかなり?低く扱われているのがわかります…。
0368人間七七四年
2008/12/26(金) 18:35:54ID:8+KrnDq5それとも本家が滅びたから源氏長者なんてものができたのかな。
藤原氏とは違うんだ。
0369名無しさん@お腹いっぱい。
2008/12/26(金) 18:51:15ID:lJYaR6I2源氏の長者は元々、武家ではなく公家の就くものだからね。
義満以降の室町幕府は、ほぼ公武合体した政権となったので、源氏の長者を名乗った。
0370人間七七四年
2008/12/27(土) 19:08:03ID:rZRBJaig清和源氏自体が、源氏の中でも
一番?朝廷から軽く扱われていた源氏であり、
また、清和源氏で初めて公卿になったのが頼朝(正二位権大納言兼右近衛大将)だから、
とても、源氏長者になれるような身分ではない。
0371人間七七四年
2008/12/27(土) 20:32:58ID:t6OH+66Lもう中央で生き抜けないから地方に流れたのが
逆に結果よかったのかもな
0372人間七七四年
2009/01/04(日) 00:08:41ID:1zNgvGFk0373人間七七四年
2009/01/16(金) 14:48:12ID:CyMMIiM80374人間七七四年
2009/01/30(金) 15:00:18ID:NNG4Xy5g0375人間七七四年
2009/02/10(火) 15:28:53ID:PtfvSVGh0376名無しさん@お腹いっぱい。
2009/02/10(火) 18:21:04ID:esH+wXpP朝廷の源氏貴族のリーダーであると言う意味。
0377平山貴士 ◆fUWY7Y19ZA
2009/02/10(火) 23:52:03ID:+DZK6TWh0378人間七七四年
2009/02/24(火) 15:10:41ID:sir94nuc0379名無しさん@お腹いっぱい。
2009/02/24(火) 17:35:47ID:v+xCGVxx徳川将軍は代々正妻は京から来ているから、そう言う部分で意味がある。
0380人間七七四年
2009/02/24(火) 19:16:14ID:NYpzZgrL0381人間七七四年
2009/02/27(金) 12:25:59ID:gEDBb8H/源氏長者の地位だったからなぁ。
0382人間七七四年
2009/03/03(火) 18:22:53ID:g511ODlO余談だが西郷局はトロンとした美人(松坂慶子似か?)で家康がぞっこんだったらしい。
月光院はテレビでおなじみの大奥のドンだよね。
0383人間七七四年
2009/03/14(土) 14:51:11ID:kexJ4q6m誰の子孫?
0384人間七七四年
2009/03/27(金) 15:19:00ID:dz+W8eOY0385人間七七四年
2009/04/10(金) 15:06:06ID:37fQP1hi0386人間七七四年
2009/04/25(土) 10:45:04ID:TTd3PUCs0387人間七七四年
2009/05/12(火) 14:15:27ID:RZX3FFD40388人間七七四年
2009/05/13(水) 17:21:23ID:E8F6HEB00389人間七七四年
2009/05/20(水) 07:06:11ID:cNbEvew40390人間七七四年
2009/05/24(日) 03:16:35ID:J3VoSK2P0391人間七七四年
2009/06/04(木) 20:14:30ID:/QWnFAzc家茂と和宮もかわいいけどな。俺が女なら神君と家光の本妻にはなりたくない。
0392人間七七四年
2009/06/04(木) 20:24:41ID:/QWnFAzc0393人間七七四年
2009/06/07(日) 18:20:09ID:qbYFQbMO0394人間七七四年
2009/06/17(水) 17:37:13ID:vKdMXfzQ「江〜姫たちの戦国〜」に決定したことを明らかにした。
08年の大河ドラマ「篤姫」を手がけた脚本家、田渕久美子さんのオリジナル脚本。
江は浅井長政と織田信長の妹、お市の方の三女として生まれた。
のちに秀忠の正室になり、三代将軍家光の生母となった。
大河ドラマは、宮崎あおいさん主演の「篤姫」から、現在は妻夫木聡さん主演で
直江兼続を描いた「天地人」が放送中。10年は福山雅治さんが坂本龍馬を演じる
「龍馬伝」が放送される。
http://mainichi.jp/enta/geinou/news/20090617mog00m200049000c.html
( ゚Д゚)
0395人間七七四年
2009/06/17(水) 19:05:47ID:nHqStM7E0396人間七七四年
2009/06/21(日) 01:41:44ID:dC+aIva9まあ頼りなく描かれるのは間違いないな
0397人間七七四年
2009/06/27(土) 13:22:27ID:V+fStlw2実は芯の強い骨のある人物、みたいにされそう。
なんかやだな。
0398人間七七四年
2009/07/09(木) 14:51:36ID:pnHarlms0399人間七七四年
2009/07/11(土) 23:46:31ID:9QoTuZGx殺戮大好き
地獄の業火で永遠に焼かれろ!
豚ファシスト徳川蛆虫秀忠!!!
0400人間七七四年
2009/07/12(日) 08:00:31ID:/fPzQs0Dこの言葉や、本当かどうかはわからないけど目が悪くなった高虎の為
曲がった廊下を真っ直ぐにした話とか俺の中の理想の上司No4位w
0401人間七七四年
2009/07/12(日) 10:05:47ID:nz8TsOnB0403人間七七四年
2009/07/24(金) 14:35:50ID:LAhs7vwl0404人間七七四年
2009/07/25(土) 08:22:30ID:kajJau2k0405人間七七四年
2009/07/26(日) 00:26:51ID:DYGaoa0k0406人間七七四年
2009/07/26(日) 22:35:48ID:i4EafrcK0407人間七七四年
2009/08/04(火) 18:19:03ID:/kMOexjY0408人間七七四年
2009/08/12(水) 15:21:44ID:MSMygVqX0409人間七七四年
2009/08/12(水) 23:00:39ID:ubGmC9WJ0410人間七七四年
2009/08/22(土) 14:50:56ID:ivOTaZ2/0411人間七七四年
2009/08/28(金) 03:17:59ID:DJ0BTDb7親爺さんが鯛のテンプラに当たってコロっといってしもたあとに、あれだけの
長期政権の基礎を固めたわけだから。いろいろ小競り合いはあったものの、
元和偃武という思想をどうにか実行させたしね。武勇一筋の人物だっら家が瞑れる
どころか、更に戦乱となり他国の干渉すら招きかねなかったのではと思うが。
しかし、家康の倅だからこの地位を与えられて、それなりに活躍できた人だろうね。
秀吉や高虎のように、裸一貫からだったら、小さな家中の小荷駄奉行まで行けたか?
現代に生まれていれば、そこそこの大学を出て、一所懸命リーマンをやってると思う。
0413人間七七四年
2009/08/28(金) 19:53:29ID:DJ0BTDb7そういうお前は、昼間から2ちゃんなんぞやってないで、
そろそろ働いて、親や周りの人間に迷惑をかけないように心掛けろよw
0415人間七七四年
2009/08/31(月) 13:26:43ID:1QIW38JA小説とかでは扱い悪いけど
0416人間七七四年
2009/08/31(月) 17:13:36ID:N6krC2Fx0417人間七七四年
2009/08/31(月) 17:15:27ID:9kkNugMD0418人間七七四年
2009/09/05(土) 11:50:26ID:5hGWAfGX0419人間七七四年
2009/09/16(水) 15:31:33ID:nkNzmQqe0420人間七七四年
2009/09/16(水) 20:52:02ID:CbcOPe67秀忠と意気投合して、秀忠に臣従するってことで義(笑)を貫くらしいぞw
0421人間七七四年
2009/09/20(日) 15:06:01ID:50RQq4ggちゃらちゃらしたアイドル役者ばかりで見応えがないな、今年の大河は特に
0422人間七七四年
2009/09/30(水) 22:27:59ID:ozogNb2Nでも、対外貿易縮小路線は少し強すぎたのではと思う。それを継続した
家光の代になって、オランダ以外の西洋の国とは貿易禁止になったし。
0423人間七七四年
2009/10/07(水) 11:30:50ID:QY15hWrk年齢的にもいつ死んでもおかしくない家康が二代目にしたことから
無能であるわけがない。
「律儀」という性格から、家康の望む事を忠実にこなすと言う点を
見込まれたというのもあるだろうけど。
関ヶ原に遅参したのも、譜代を消耗させたくない父の意を汲んでのこと
というネタもあるし。
流石にこれは小説ネタで、事実ではないと思うが。
0424人間七七四年
2009/10/07(水) 21:21:39ID:b6mzOLavだがなまじ有能だといらん冒険をしてしまいかねない。
自分の代になった途端に、また海外出兵なんていいだされちゃかなわんし。
0425人間七七四年
2009/10/17(土) 15:32:01ID:CzuecPbf0426人間七七四年
2009/10/18(日) 17:00:54ID:qJ8bat5+(46)「大坂の陣」
景勝(北村一輝)と兼続(妻夫木聡)のもとに政宗(松田龍平)が訪ね、
大坂城攻めをやめるよう兼続から家康に諫言をしてほしい、という秀忠の
命を伝える。秀忠(中川晃教)は、秀頼(吉岡澪皇)に嫁がせた娘・千姫
(田辺桃子)の身を案じるが、家康(松方弘樹)は聞く耳を持たず、
諸大名に大坂城攻めの陣ぶれを出す。一方、幸村(城田優)は豊臣の招きで
大坂城に入る。慶長19 年(1614 年)11 月、ついに大坂冬の陣が始まる。
http://www2.nhk-g.co.jp/wp/program/details/disp_j.asp?a=00&s=0&c=200911150944
何からどう突っ込めばいいんだ…
0427人間七七四年
2009/10/18(日) 22:03:59ID:W37ta1ovご都合主義にも程がある
今回の秀忠は主役寄りのいい奴に描かれるってことだ
まともに演じられる役者だといいがね
0428人間七七四年
2009/10/21(水) 06:03:13ID:YIw+n0MVhttp://terls.com/mono/src/star[20230].jpg
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0429人間七七四年
2009/10/21(水) 06:30:40ID:aPvAV63X0430人間七七四年
2009/10/21(水) 06:44:00ID:YIw+n0MVhttp://terls.com/mono/src/star[20238].png
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0431人間七七四年
2009/10/21(水) 07:09:25ID:YIw+n0MVhttp://terls.com/mono/src/star[20245].jpg
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0432人間七七四年
2009/11/01(日) 10:15:25ID:xwZCPqwp0433人間七七四年
2009/11/02(月) 00:13:31ID:bodLPpbi0434人間七七四年
2009/11/12(木) 15:51:42ID:YDdTD4az0435人間七七四年
2009/11/25(水) 15:19:18ID:cHMk97PG0436人間七七四年
2009/11/25(水) 23:09:01ID:5dsXnZ0fなんだありゃ?
重みがなかったな、小姓みたいだったw
0437人間七七四年
2009/11/28(土) 08:07:45ID:JjqArsAd0438人間七七四年
2009/12/09(水) 13:48:26ID:Oy+qE2wQ0439人間七七四年
2009/12/17(木) 22:40:34ID:+stT0rJz0440人間七七四年
2009/12/18(金) 09:24:17ID:CGLSzacr0441人間七七四年
2010/01/04(月) 12:10:41ID:RervCUF00442人間七七四年
2010/01/10(日) 16:56:40ID:DUscYqPz0443人間七七四年
2010/02/21(日) 07:16:26ID:ZgALtC0v0444人間七七四年
2010/03/06(土) 10:37:46ID:AxXIdiNj秀忠は?
0445人間七七四年
2010/03/06(土) 11:22:42ID:xmDmI9QZ大統領就任が誕生日だった男がいた。
http://akiba.geocities.jp/pxzuwp/0203/32/210.html
ペルー第45代大統領アルベルト・フジモリがその男だった。
0446人間七七四年
2010/03/06(土) 15:14:52ID:2GiKBFcr政治家としては神
0447人間七七四年
2010/03/07(日) 10:33:50ID:KlV6Axsc0448人間七七四年
2010/03/07(日) 13:05:47ID:u1dbwmBW0449人間七七四年
2010/03/08(月) 06:58:59ID:5QsMQKKu0450人間七七四年
2010/03/08(月) 14:34:27ID:5eiot89t0451人間七七四年
2010/03/09(火) 11:56:43ID:pbqSbPW7女に対しても律義者だったんだな
0452人間七七四年
2010/03/09(火) 12:42:09ID:/uWpr+6x0453人間七七四年
2010/03/09(火) 14:52:15ID:O5i9BmbV0454人間七七四年
2010/03/10(水) 16:26:12ID:Am3DyCht通説では、美人っていわれてる。
かなり有名なはずだが、戦国に興味が無いのなら知らないかもね。
実際美人かどうかはちょっと分からない。
淀や初は文献で残っている(又は江戸時代からそういわれている)んだが
江にはそういう評判も文献も無いから、なんともいえん。
0455人間七七四年
2010/03/13(土) 09:03:46ID:JZcDNWKj0456人間七七四年
2010/03/13(土) 12:10:13ID:rGVmBGFVしっかりと淀って決まっている肖像画は無いから、この人は何とも言えないな。
しかし、初と江は 現代人から見ると微妙なところだ。
0457人間七七四年
2010/04/18(日) 07:29:33ID:SD22qkXJ0458平山貴士 ◆e1fQiVDD2/Mv
2010/05/22(土) 04:30:51ID:IvpNb+CI君主になってからは手堅くやっとる。
信じられん栄転ぶり。
徳川慶喜の逆パターンやな。
何でこんなに挽回できたんだろ?不思議だ。
0459人間七七四年
2010/05/22(土) 06:39:07ID:l3iyUJV8自分が総大将やる戦乱がまだ続いていたなら、慶喜以上にボロが出ていただろうし
そもそも家康も後継者に選んでない。
0460す
2010/05/22(土) 14:40:08ID:eivC1101「天下と供に土井利勝を譲る」とまで言わせた男だもんな
秀忠自信に関しては、関ヶ原の遅参、大阪の陣での兵の疲労を考えない急ぎ過ぎで
戦国大名としては失格
平均以下の武将なのは明らかだ
0461仙台藩百姓
2010/05/22(土) 15:17:30ID:KSbOBbq+腹心の柳生が呆れるぐらい浅慮で無能だったからね( ^ω^)
調子に乗って福島正則に横柄な態度とったら逆に恫喝されて震え上がってたのには笑えたお( ^ω^)
0462す
2010/05/22(土) 15:44:23ID:eivC11010463平山貴士 ◆e1fQiVDD2/Mv
2010/05/24(月) 12:04:05ID:q7Sla6n50464人間七七四年
2010/05/31(月) 21:57:40ID:LKKPxA76それは家光の所業 柳生もびっくりするほど独善的で残酷な男
しかも 秀吉の制度をしっかりと引き継いでる
一方 秀忠は有能とは言えないが、律義で優しい男
同時に侘び寂が好きで古田織部の弟子になったほどだから
0465人間七七四年
2010/06/01(火) 18:13:09ID:3JVpjQEn残忍で冷酷だったら、かかあ殿下になってないような
天下人で側室すら持てないわけないだろ
それともお江与が強すぎたのか
0466人間七七四年
2010/06/01(火) 19:48:01ID:tyP/dRmDその分 倅の家光とお福(春日局)という強烈なキャラに押されて
窮屈な将軍職が嫌になって 隠居したんだろうな
彼こそ 古田織部の真の弟子かもしれない 有能な人物とは言えないけれど・・
0467人間七七四年
2010/06/02(水) 16:32:35ID:KQkFdKxn融通の効かないまっすぐな印象を受けるな
将軍じゃなければ三成のように総すかん食らってたかも
0468人間七七四年
2010/06/07(月) 18:16:35ID:PwAa4Q83律義で真面目なんだけども、かと言って有能とも言えないところが・・・
それから、隆慶一郎の秀忠像は・・・実は家光の素顔なんじゃないかと思う。
秀忠はあんなに執念深くないし、どこか根気が乏しい感じがする。
0469名無し名人
2010/09/21(火) 23:08:05ID:qlNytPWf福島・最上を改易して外様統制強化
皇室との婚姻関係
十分有能だろ
0470人間七七四年
2010/09/21(火) 23:24:32ID:5aHmZr1u戦後、旧領柳川に復帰させ”武士の鑑”とは何かを言葉や机上の講釈でなく、生きた見本として示す。
家康ですら飼い慣らせなかった反骨の狂兵本多三弥正重を飼い慣らす事に成功
人使いも有能だよ。
0471人間七七四年
2010/09/22(水) 00:11:17ID:AKPtBPx8ほんとならアワレな話だ 家光も自分は家康の子だと吠えてたらしいが
0472人間七七四年
2010/09/22(水) 00:17:06ID:lerQ9Ceeそれはないなw
家光の二世権現ってのを根拠にあげるトンデモ史家もどきがたまにいるけど、
そこでいう二世ってのは、二代目って意味じゃないくて「夫婦の契りは二世の・・・」というような
「生まれ変わり」の意だからね。
仮にもし家光が家康の子だとしても、忠長を差し置いて嫡子のままにしておく理由がない。
(しかも病弱で、若い時分は決して英明とはいえない人物だからな、家光。まあ忠長も大概だけど)
0474人間七七四年
2010/09/30(木) 03:48:38ID:xOxKETbA俺が家康だったら廃嫡してるわ・・・
考えても見ろ。吉川広家が気が変わって内応取り消していたら家康
間違いなく死んでたが。大体3万ものほぼ関ヶ原の同数の軍隊を
途中の爺に止められてアホだろ・・・ 華麗にスルーする事を知らない
愚将としか思えんw
0475人間七七四年
2010/09/30(木) 07:16:06ID:/o9gECkN真田を攻め潰せなかった上に遅参したのが何よりも大きい
0476人間七七四年
2010/09/30(木) 09:48:18ID:4CNb+IR3これが大方の武将が思っていたように関ヶ原が短期決戦で終わらずにグダグダ続いていたら
互いに疲労したタイミングで東軍に秀忠軍がやってくる事になり
後世「怪我の功名だったよねー」みたいに言われる可能性だってあったんじゃないかw
0477人間七七四年
2010/09/30(木) 15:50:03ID:mmDb1F2H家康は関ヶ原のあと相当恥をかいたということになってるしな
0478月孔雀
2010/09/30(木) 16:14:10ID:b/+04YTV大阪の陣を起こしたっていう説は、当っているのだろうか?
0479人間七七四年
2010/09/30(木) 16:21:47ID:mmDb1F2H秀忠以上の政治家を全員殺してたら偉いことになっちまう
大坂の陣はほかの大名がキッチリ徳川家に臣下の礼をとってるのに豊臣家だけが
最後までキッチリとはせず、淀殿がいつまでもぐだぐだといってたのでやっちまったんだろう
家康は上下関係をキッチリしたい人 自分も家来のときはそうしてたし
豊臣家はどうなんだ、自分の家来になるならキッチリなれ 嫌なら勝負しろ ってかんじ
家康は思った以上に武骨な武闘派だと思ってる
0480人間七七四年
2010/09/30(木) 21:31:58ID:bGOCXGTA0481人間七七四年
2010/10/05(火) 11:27:54ID:tN7mhEfyその時の秀忠(市川右近)はもう笑えるほど間抜けだったな。
0482人間七七四年
2010/11/04(木) 22:34:41ID:Zl/30vOu関ヶ原では本当に真田に手こずったのがトラウマになったんだって
0483人間七七四年
2010/11/04(木) 22:59:45ID:foM7OUzp大坂の陣・・・早く行かないと良い場所とられちゃう
0484仙台藩百姓
2010/11/04(木) 23:39:48ID:qJFJqhmp0485人間七七四年
2010/11/04(木) 23:45:48ID:6UvAhj7wそれがもうただ者じゃない
0486人間七七四年
2010/11/04(木) 23:50:33ID:caCqpYU10487人間七七四年
2010/11/05(金) 00:57:07ID:4Je3xVKJ0488人間七七四年
2010/11/05(金) 01:13:38ID:ZAHncV5K0489人間七七四年
2010/11/05(金) 03:25:30ID:lT/bKWAB前田家、山内家と同じく
0490人間七七四年
2010/11/05(金) 06:47:39ID:83npyKFYそういうポジションなんだよ。
0491人間七七四年
2010/11/05(金) 08:50:05ID:xNF++LGM二代目が地味に頑張ってくれると三代目のころには全盛期で派手に目立てるんだろう
0492人間七七四年
2010/11/06(土) 06:41:12ID:a/dQ3bq20493人間七七四年
2010/11/06(土) 07:19:21ID:vPH5gWwP永井路子の影響されて
義時さんも秀忠さんも好きだ
0494人間七七四年
2010/11/06(土) 08:28:19ID:vPH5gWwP永井路子に影響されて〇
0495人間七七四年
2010/11/06(土) 09:18:06ID:3sC0LcVfわけで、家光自体がなぜそこまで評価が高いのか、いまひとつ判らないな。
人間的にも家康や秀忠に比べると、非常に歪んでいる感があるし
0497人間七七四年
2010/11/07(日) 08:12:40ID:sjdEtuuo大河で実質主人公だったり、主人公の旦那だったり、
少ないながらも主人公の小説を出してもらったりして
なんだかんだで恵まれてる
贅沢言ってはいけないな
0498人間七七四年
2010/12/19(日) 19:24:36ID:IcUg+wBz0499人間七七四年
2010/12/24(金) 05:52:39ID:DbqpDR37一般人は足利義満は知っていても義註は知らないと思う。
パネェ程度。
0500人間七七四年
2011/01/30(日) 15:04:36ID:SMsWuxMx向井理だとよ。篤姫の堺雅人と同じ路線じゃねの?
0501人間七七四年
2011/02/02(水) 00:48:13ID:iDR5OdUFそれでも秀忠はまだマシな方。
鎌倉幕府の将軍は頼朝以降は北条氏だと思われてるんですよ奥様。
0502人間七七四年
2011/02/05(土) 17:53:18ID:ig8oj6XC秀忠にも言えることだけど
世間一般の秀忠のイメージ(凡人で努力家)こそ義詮にピッタリだと思うしねぇ
0503人間七七四年
2011/02/05(土) 19:47:28ID:acJnM/Gj尊氏も知名度では頼朝家康にだいぶ離されるんじゃないか
征夷大将軍の一般的な知名度のイメージ
頼朝=義満=家康>家光=吉宗>尊氏=慶喜
0504人間七七四年
2011/02/05(土) 21:14:59ID:ig8oj6XC頼朝=家康=慶喜>家光=吉宗>義満=尊氏
という印象だなぁ
室町将軍自体が、征夷大将軍のイメージが一般にはないんじゃないかと思う
幕府だけど、京都にあるせいだと思うが。あとは一休さんのイメージもか?
将軍というより公家様みたいな?義満っていうと坊主の肖像画をみんな思い浮かべるだろうし
太政大臣 足利義満>征夷大将軍 足利義満
なんじゃないかと
0505人間七七四年
2011/03/03(木) 09:11:03.49ID:R/zYLytV自分の中の秀忠さんのイメージが巷に流布しているものとは逆方向に向かっていくんだが
どうすればいいんだろう
奥さんに尻に敷かれていたというのも
たいした根拠のない話なんだな
0506人間七七四年
2011/03/05(土) 09:39:15.67ID:aYy50DCWそもそも大奥の制度も整ってない時代の将軍だから、脇腹の扱いもそれ以降や正室や嫡男に苦い思いした初代とは違って当然かと
あと一応家光の前にも男児はいて異母兄は間違いなさそうだが詳しくはわからなかった
0507人間七七四年
2011/03/05(土) 10:59:21.63ID:Vmx9bHTq初代はそれで苦い思いをしながらも、それでも子孫が多いことの重要性をはっきり
わかっていたから、最晩年まで子作りを続けたわけだが。
後継がいないことの危険性は、なにより秀吉の例をみれば痛感していたはず。
0508人間七七四年
2011/03/05(土) 19:51:35.49ID:W14STMQF家光の異母兄の長丸は前後に生まれたとされる勝姫との妊娠期間の兼ね合いや
江と秀忠が一緒にいられた期間を考えると
妾の子なのは明らか
だから秀忠が嫉妬深い正室に尻に敷かれて側室も妾も置けなかった・・・・とかいう話が広まる意味がわからん
>>507
まあ後継がいないのも大変だが
後継候補が多いのも大変なんだろ
0509人間七七四年
2011/03/07(月) 00:00:33.01ID:byAcwyVJ追っていってみると、どうも家康とは考え方が大分違うように感じる。
側室関係もその一環かなと
0510人間七七四年
2011/03/07(月) 00:44:40.32ID:uYlyw+lL秀忠は意外と
自分の主張を全面的に押し出してくるような強気な逸話が多い気がするな
なのに奥さんと息子の乳母が登場する逸話の時だけは別人格のように気弱なのは違和感がある
まあ所詮逸話なんてそんなもんか
嘘か本当かわからないようなものだし
0511人間七七四年
2011/03/07(月) 21:21:29.33ID:GeYwDM30福島正則の改易にしても、幕閣ですら及び腰だったのを断行したのは秀忠だしね。
軍事的な才覚は乏しいにしても、将軍として世の中を治める、政治家としてはかなり果断に富む人とみていいと思う。
0512人間七七四年
2011/03/07(月) 22:24:53.09ID:o2Y5RyVt0513人間七七四年
2011/03/07(月) 23:49:13.49ID:mzFJRxys0514人間七七四年
2011/03/19(土) 19:06:45.47ID:IB08wq5g>家光の異母兄の長丸は前後に生まれたとされる勝姫との妊娠期間の兼ね合いや
江と秀忠が一緒にいられた期間を考えると
妾の子なのは明らか
勝姫が慶長五年生まれで、妾腹の長丸はその翌年の慶長六年生まれだと信じていたが、説によっては逆もあり得る?!
最近では、勝姫の生年は慶長六年説の方が有力なようだが・・・・・
0515人間七七四年
2011/03/23(水) 11:39:18.62ID:TOM6K8MQ天海上人から「貴人から貰った名前を改めるのは以ての外」と諭されたw
0516人間七七四年
2011/03/26(土) 19:47:14.14ID:xrMtrdTXご存知かもしれないが
長丸は慶長六年十二月生まれとよく言われるけど
公家さんとか鹿苑寺門主とかの日記の慶長六年九月あたりに「秀忠の息子が死んだらしく家康が悲しんでいた」という記述があるらしい
だから自分は長丸は
慶長六年ではなく、慶長五年十二月生まれなのかもしれんと思い始めた
0517人間七七四年
2011/03/28(月) 11:31:18.74ID:LKevKjvI長丸については、幕府公式の記録に「慶長七年にお灸が元で死亡、享年二歳」とあるので
それが正しいならば、長丸は慶長六年生まれということになる。
慶長七年に数え年2歳で亡くなったのに、慶長五年生まれはおかしい
幕府関係者が将軍の息子の没年を誤って記すとは思えないが・・・・
幕府側の記録より、京都のお公家さんの日記の方が正しいってことあるのかな?
0518人間七七四年
2011/03/28(月) 13:56:08.38ID:jKxPvT1h「長丸が灸で死んだ享年二歳」と書かれている「幕府祚胤伝」は江戸末期に書かれた史料じゃない?
自分は後世の幕府の記録なんかより同時代の久家の日記のほうが信用できると思うけど
一人しか書いてないなら記述ミスの可能性もあるけど同じことを二人が書いてるわけだし
それに「幕府祚胤伝」の作者は参考にした史料「源流綜貫」に長丸は慶長五年十二月だと書かれていたらしい
それなのにわざわざ慶長六年生まれの勝姫の誕生年と入れ替えたそうだ
たぶん二人とも江の子ということにするため
(「源流綜貫」にしたがって)慶長五年十二月生まれで(久家の日記にしたがって)慶長六年四月死亡享年数え二歳
という可能性もあると思う
0519人間七七四年
2011/03/28(月) 14:04:42.73ID:jKxPvT1hごめんなさい
>「幕府祚胤伝」の作者は参考にした史料「源流綜貫」
訂正 「幕府祚胤伝」の作者が参考にした史料「源流綜貫」
>慶長六年四月死亡享年数え二歳
訂正 慶長六年九月
0520人間七七四年
2011/03/31(木) 07:44:39.49ID:cbhZhNtH>たぶん二人とも江の子ということにするため
妾腹の子なら妾腹の子と堂々と書き残して良さそうなもんだけどね
この時代、庶長子なんて別に珍しくも何ともないし
げんに伊達政宗の長男は妾腹じゃないか
いくら早世したとはいえ、秀忠の長男だけ本当は妾腹なのに正妻腹だということにする理由がわからん
0521人間七七四年
2011/03/31(木) 19:30:25.43ID:Ntv9dNfZまだ家康たんのお腹の中にいる時から、二人でたっぷり可愛がってあげてたし
不思議なもので、あの時俺がお腹ごしに聞かせてあげていた子守唄を奴はまだ覚えてくれているみたいなんだ
0522人間七七四年
2011/04/01(金) 06:29:47.17ID:QzKT1CeH別に不自然ではないな。
0523人間七七四年
2011/04/01(金) 08:09:00.44ID:jbbKviNR関ヶ原の戦後処理で伏見にいた秀忠が江戸に戻ってきたのがその年の四月の終わりなので長丸の母親は正室じゃないと思う
慶長五年生まれでも勝姫の妊娠期間との兼ね合いを考えると正室の子じゃない
(正室の子じゃないのは勝姫という可能性もあるかもしれんが)
江戸時代の史料なんかにも
長丸の生母は家女とか御台所の子は七人 と書かれてるし
>>522
保科正之ファンに怒られるかもしれんが
・・・正室に憚ってとよく言われるけど
正室が死んだ後も秀忠は親子の名乗りをしなかったんだよね
よく言われる対面は「親子の」ではなく「大御所と大名の子息の」対面だし
それを考えたら正之の扱いは正室のわがままが原因じゃなくて秀忠の意志のように感じる
0524人間七七四年
2011/04/01(金) 10:44:42.42ID:9J7xtKkx0525人間七七四年
2011/04/01(金) 17:38:59.43ID:fXW2VtgHそして凡将は決まって「忠」の字がついている
0526人間七七四年
2011/04/02(土) 07:25:56.81ID:Br3eCp4v秀忠の後は?
0527人間七七四年
2011/04/02(土) 07:28:16.39ID:RamhLeKc>(正室の子じゃないのは勝姫という可能性もあるかもしれんが)
勝姫は普通に正室の子じゃね。正室の子かどうか怪しまれているのは初姫なんだが・・・
仮に長丸が正室の子で慶長六年十二月生まれだとすると、どう考えても翌年の慶長七年七月に初姫を生むのは無理がある
「於通」という名の女性が初姫の生母ではないかという説を唱える研究者も少数派だがいる
0528人間七七四年
2011/04/02(土) 12:39:03.77ID:fUHiPp2n初姫は身重のお江の方が千姫の婚礼に着いった先の上方で生まれたという話があるから
慶長八年生まれ説もある
ちなみに徳川実紀は慶長八年を採用している
もし初がそのお通の方という女性の子なら
「自分以外の産んだ子を認めない嫉妬深い御台所」という恐妻伝説が消えることになるわな
お江は初姫を姉の家に嫁がせたり
晩年の手紙に「初姫に会えるのが嬉しい」みたいなこと書いていたりして
初姫を大事にしてるから
0529人間七七四年
2011/04/03(日) 09:22:45.18ID:pF9vlxHu世継ぎの生母かどうかは、江の立場にとって非常に重要だが、女児なら
影響はほとんどないから。
0530人間七七四年
2011/04/03(日) 13:55:24.44ID:2eFs2MRI先に生まれたとしても正室の子じゃなきゃ世継ぎにはなれないし
0531人間七七四年
2011/04/03(日) 17:44:05.01ID:EpL/V7yw「正室の子であるという箔をつける必要があったので、もしかしたら江の子とされる七人の中に何人が妾の子が混ざっているかもしれん」
と主張する人と
「豊臣の養女である江の子であることは徳川家にとって都合があまり良くないから、江以外が生母ならハッキリと正室の子じゃないと記載するはずなので、公式記録で江の子とされる七人は間違いなく江の子だろう」と主張する人
がいたんだが
自分は後者のほうが納得できるなあと思っている
0532人間七七四年
2011/04/03(日) 19:45:49.23ID:f/gK+H+2そもそも、「竹千代」は徳川家の嫡出の第一男子に名付けられる幼名だろ
早世した長男は庶子ゆえに「長丸」だったんじゃね。
0533人間七七四年
2011/04/03(日) 20:05:51.66ID:u8LyWmNtしかも当時は正室の養子になれば側室腹としても相応の扱いになるし、ましてそれを隠す必要もないからな
一般的にイメージされてる江戸時代の将軍の婚姻に関する事柄や大奥は家光からなのに、秀忠にその杓子定規を持ってくることが誤解の元な気がする
0534人間七七四年
2011/04/03(日) 23:33:56.09ID:EpL/V7yw江が死んだ後に浅井長政に中納言追贈されてるんだよね
家光が執請したらしい
それに家光の小性に浅井関係者がいるんだっけ
そういう話を聞くとやっぱり家光はお江の方の子なんだなと思う
春日局がどうのこうの言う番組や本では無理矢理、家光と明智を結び付けようとしていて
お江の実家浅井との関係は無視されるから
誤解してる人がたくさんいるな
0535人間七七四年
2011/04/04(月) 06:11:31.40ID:plTdpxNC家康の代で淀が存命中ならまだしも、秀忠、家光の代になってもそのへんが問題になるかな?
豊臣の養女とはいえ、元は秀吉に滅ぼされた一族の娘なんだし、別に不都合は生じないと思うが。
実際、秀忠、家光の代で江が特に不遇な扱い受けたという史実も知らないしね。
0536人間七七四年
2011/04/04(月) 07:06:22.88ID:G+oJOkNr>江が死んだ後に浅井長政に中納言追贈されてるんだよね
家光が執請したらしい
その話を聞いて何だかホッとした。
家光は父方の祖父・家康を崇拝するあまり、母方の浅井氏を軽んじているという印象が強かったから・・・
ちゃんと母方の祖父・浅井長政のことも気にかけてたんだね。
0537人間七七四年
2011/04/04(月) 09:29:48.71ID:2e8OOlb0それはやっぱり将軍と中宮の母を含む七人の子の母で
秀忠も丁重に扱っていたからだろ
もし豊臣のつながり深い崇源院が家光や和子の生母じゃなかったら生母じゃないとハッキリと書かれるだろうし
秀忠とガチで不仲だったりしたら
不仲だった(家光と鷹司孝子のように)とハッキリと書かれるだろうと思う
>>536
言い出しっぺは和子なのか家光なのか
よくわからないらしいけどね
でも家光と和子の二人ともが長政の中納言追贈に関わっていたのは間違いないみたい
0538人間七七四年
2011/04/05(火) 20:22:44.10ID:JtFoekNL>家光と和子の二人ともが長政の中納言追贈に関わっていたのは間違いないみたい
その点でも、和子も正真正銘・お江の子だと思う。福田千鶴さんの「江の生涯」は半分以上は信用できないなぁ〜。
やはり、長丸と保科正之以外の七人は全員お江の実子だと考えた方が至当だろうね
0539人間七七四年
2011/04/06(水) 12:43:38.07ID:cU2L8YRrたしか「江の生涯」には長政中納言追贈の話は出てこなかったよね
知らないのか、わざと話題に出さなかったのか、どっちだろ
福田さんは江の「嫉妬深い恐妻」伝説を否定したくて必死になりすぎて冷静さを失ってるよね
そんなトンデモ説を出さなくても
長丸の存在だけでも嫉妬深い説は否定の方向に持っていけるのに
長丸は江戸城で生まれたと考えられるし、増上寺に墓があるし、徳川家の子としての扱いを受けている。生まれてすぐ死んだわけじゃなくて、九ヶ月間は生きてるわけだし。
当然、正室に認められた妾が生んだ子だと思う。
城外で生まれて、認知されなかった保科正之とは明らかに待遇が違う。
0540人間七七四年
2011/04/06(水) 23:51:19.09ID:0FrDwr2k0541人間七七四年
2011/04/07(木) 18:44:44.92ID:+xzofLjU0542人間七七四年
2011/04/07(木) 19:00:49.37ID:pFGhmd3y0543人間七七四年
2011/04/07(木) 21:25:20.90ID:WLstuxfc0544人間七七四年
2011/04/08(金) 07:26:58.13ID:wgtzh9uF浅井と織田の血を引いてるからって驕るなよって感じw
0545人間七七四年
2011/04/08(金) 13:30:06.36ID:jkU8iLpk養源院の和子が建てた江の供養塔の説明書き、
「浅井豊臣徳川御所の平穏を祈って」って書かれてるんだけど
織田が含まれなくて
豊臣が含まれてるのは意外だなあと思った
和子は「自分や母は織田より豊臣との繋がりが深い」と思ってたのかね
まあ所詮説明書きなんで鵜呑みにできんけど
0548人間七七四年
2011/04/14(木) 01:09:21.40ID:eDlpqc4B養源院はもともと茶々が父の浅井長政の追善の為に
秀吉に頼んで作ってもらったものじゃなかったっけ
あと大坂の陣の一年後に、養源院でお江が施主として
大坂戦没者供養の為に仏事が営まれたとあるし
浅井から豊臣一族の新たな供養の場となって
その後に徳川の菩提所にもなるから、浅井豊臣徳川ってなるのかなと思う
0549人間七七四年
2011/04/14(木) 10:53:39.65ID:1+QJ6ycNどうすればいいんだろうか
0550人間七七四年
2011/04/14(木) 12:57:20.18ID:eDlpqc4B江の生涯の子供とんでも説は、とあるブログさんが全否定していたが
この本よりよほど説得力あったな あの人のブログのレビューをもっと広く紹介したい
が、ここに貼るのはさすがに憚られるな…
0551人間七七四年
2011/04/14(木) 13:48:23.79ID:1+QJ6ycNまあ確かに
自分もあの本の感想をネットで見て回ったが
感心してすげえ!とか言ってる人は
あまり秀忠や江についての知識がなさそうな人ばかりで
詳しそうな人や普段から説得力ある歴史記事を披露してる人には呆れられてたから
まあ大丈夫だろうと思うんだけど
でも大学教授が自信満々な発言をしているわけだから
なんか隠し玉を持ってるんじゃないかと
いらん心配をしてしまうわ
福田説と春日局説を融合して
そういうことだったのか!とか言ってるアホもいるし
0552人間七七四年
2011/04/14(木) 16:18:05.88ID:eDlpqc4B戦前の心理状態で子作りなんて出来るはずがないとか
30代後半で立て続けに子供産める訳がないとか
そんなしょーもない理由ででっちあげて恥ずかしくないのかなと読んでて思った
でも子供ネタ以外はよい資料ではあるんだよな
江がどんな仕事をしていたのか分かりやすく書かれてあったし
ってなんかお江のスレになってしまった でも秀忠と江はセットでよい夫婦だと思うよ
0553人間七七四年
2011/04/14(木) 18:58:37.11ID:1+QJ6ycN江の娘の中で記録に残る「母のため」の行動が一番多いのは和子なのに江と和子の親子関係は疎遠とか書いてるし
豊臣完子を秀忠妻と混同している伝承があるくらいだから
一部の史料や地方の伝承にしか登場しない側室や妾の存在なんて信用できないわ
妙徳院とか大橋局とか創作や誤伝としか思えん
まあ江が子供を産む以外の御台所の仕事をこなしてたのがわかる所は良いね
0554人間七七四年
2011/04/14(木) 19:46:44.88ID:vkpPaPQR初姫の生年月日=慶長七年七月九日
初姫の生年は慶長七年説が正しければ、産み月が足りないどころか二年も開きがあるし
二人とも江の子で何も問題は無いじゃないか
いや、たとえ慶長八年説でも十月十日は過ぎとるわ
もう、いい加減「家光は江の子ではなく妾の子」説は飽きた
0555人間七七四年
2011/04/15(金) 00:25:24.49ID:8XEoOKQG福田さんは千の婚礼に着いていって七月に初を出産した江が
十月末に江戸に戻り、翌年七月に家光を出産するのは無理がある
とみたいに言ってるけど
徳川実紀には
初姫 慶長八年七月(千の婚礼に同行して)伏見誕生 母は北の方(正室)
家光 慶長九年七月江戸誕生 母は正室
と偽ることなくばっちり書いてあるのよ
だから実紀を編纂した江戸末期の学者連中にとっては
江の家光や初の妊娠出産に関してなんの違和感もなかったということで
もし学者がおかしいと思えば生年月日に何か工作をするだろうし
生母の記録があればそれに触れると思うし
もし公式記録で誕生日をぼやかしたり、ずらしたり、生母が誰かを書いてなかったりしたら怪しいけれど
堂々と書いてるんだから怪しいところは何もないと言うことだと思う
0556三女・勝姫と四女・初姫の年齢差↓
2011/04/15(金) 09:00:32.42ID:eqLj9A8/その2=勝姫が慶長六年生、初姫が慶長八年生(2歳違い)
その3=勝姫が慶長五年生、初姫が慶長七年生(2歳違い)
その4=勝姫が慶長五年生、初姫が慶長八年生(3歳違い)
1の説と4の説じゃ全然違ってくるなぁ〜。1歳違いと3歳違いじゃ・・・・・
いずれにしても、初姫が家光の1〜2歳上の姉で、勝姫が家光より3〜4歳上ってことは確かだな
0557人間七七四年
2011/04/15(金) 09:06:30.87ID:Gs86sbDYと明かすのは、東京税関成田航空貨物出張所だ。
個人輸入であっても、紙巻きたばこには1本当たり約12円が課税される。
例えば、あるサイトで売られていたマイルドセブンは1箱330円。
課税されると570円となり、国内より割高となる。
しかし、税関は全ての郵便物を開封しているわけではなく、別の品目と偽って
輸入し、徴税を免れようとする例が後を絶たない。
こうした「個人輸入」を助長しているのが、輸入代行を名乗る業者の存在だ。
「輸入たばこは課税対象ですが、ほとんどの荷物は課税されていないのが現状です」
「課税通知が来た場合は、荷物を受け取らず返送してください」
業者のサイトには、脱税を助長するこうした文言が躍る。
海外からの郵便物は、受け取りを拒否して差出人に返送することができる。
課税通知通りに税金を払えば郵便物は受け取れるが、そうなると格安でなくなるため、
返送するよう指南しているのだ。
「タバコ 輸入代行」とか「タバコ 激安」とかで検索すると出るわ出るわ、、、
送料込みで1箱60円とかもある。
0558人間七七四年
2011/04/15(金) 19:58:13.11ID:TFt7mAt2今も分かってないのかな
自分は信州平定説を一番押したいんだがね
0559人間七七四年
2011/04/16(土) 02:16:11.69ID:ih9DiPmg光輝いてるに決まってるだろ
0560人間七七四年
2011/04/16(土) 07:02:50.76ID:sCbZZbS0福田さんは4の説を支持していて、「勝は江の子じゃない」って主張してるけど・・・
0562人間七七四年
2011/04/17(日) 06:49:27.02ID:KlyOa0FGそれこそ、産み月がビミョーに足りてない感じなんだが・・・。
勝姫は慶長六年生まれでほぼ間違いないんじゃね。
しかし、初姫は慶長七年江戸生まれ説と、慶長八年伏見生まれ説、どっちとも決めかねると思う。
0563人間七七四年
2011/04/18(月) 07:11:09.01ID:wYu2ch4J別に貼っても差し障りないんじゃないかな?
そのブログ主さんも2ちゃんの秀忠と江に関するスレ、見てるかも知れんし
0564人間七七四年
2011/04/18(月) 07:56:34.25ID:kL/C/j89でも「江の生涯」「感想」で検索すれば一番に出てくるし
貼らなくてもいいんじゃね?
0565人間七七四年
2011/04/19(火) 05:42:16.54ID:S17V1gPu0566人間七七四年
2011/04/19(火) 06:45:26.36ID:yA3kqJsJこのスレでは、お勝は慶長六年生まれで決定なのね。
個人的には関ヶ原の戦いの年に生まれた姫なので、「勝」と命名されたと思う。
つまり、お勝は慶長五年(1600年)生まれ
0568人間七七四年
2011/04/19(火) 10:32:29.00ID:mSE1tyRiよしそれなら験担ぎに勝姫にしよう ってパターン多いよね
>>565
大坂の陣辺りかなぁと思った 秀忠の所は大野治長軍が突撃してきたんだっけ?
0569人間七七四年
2011/04/19(火) 12:27:49.85ID:A5w8dA5N大野治房?じゃなかったっけ?
秀忠が大将のくせに槍持って前線に出ようとした逸話ってその時だよね
秀忠って真面目な人格者っぽい逸話の中にこういう直情的な逸話が混ざってるのが面白いというか
やっぱり家康の息子だなと思う
初姫死亡の時の激怒話とか忠長の鴨話とか
まあ所詮逸話だから本当にあった話かは微妙だと思うけど
0570人間七七四年
2011/04/19(火) 16:08:33.80ID:S17V1gPu地味なイメージが定着してるけど、案外熱い人だったのかも、なんて妄想してしまいますね。
鼓が趣味で花を生けるのも好きだったと、何かで読みました。雨が上がったら会いに行くのお手紙もなんとなく心惹かれます。
弟の忠吉さんは病弱だったんでしょうか。若死にが残念です。
0571人間七七四年
2011/04/19(火) 17:35:12.14ID:mSE1tyRi秀忠は真面目なイメージだけど、自分のポリシーを貫く熱い所もあるよね
そういう所好きなんだけど
>>570
雨が上がったら会いに行くって手紙は初めて聞きました 誰宛なんでしょうか
もっとこういう手紙系の本増やしてほしい『戦国武将の手紙を読む』も面白かったのに
同母弟の忠吉は病弱どころか、岳父の井伊直政と同じくらいの特攻野郎ですw
関ヶ原で受けた傷が原因で若くして亡くなったそうですよ
病弱なのは、異母弟の信吉ですね 生来病弱で21歳で亡くなったそうです
ちなみに関ヶ原では江戸城留守居役を務めてました
0572人間七七四年
2011/04/19(火) 18:29:07.40ID:A5w8dA5N雨があがったら会いに行くよ〜
の手紙は宛先不明だよ
ただその前にお返事ありがとね、みたいなことが書かれているから
秀忠と気軽に会える&連絡がとれる&
江戸城の近くに住んでる人だと思う
かな文字だから女性宛てかもしれんということだけど
プライベートな手紙だから男性の可能性もあるそうです
書かれた年代も不明だから
誰宛か特定できないみたい
自分は(養女を含めた)娘のうちのだれかと予想する
0573人間七七四年
2011/04/19(火) 20:30:12.72ID:mSE1tyRiありがとうございます
そんなフランクな間柄なら、近くの仲の良い大名とかでしょうかね
懇意にしていた大名はいっぱいいたらしいけど
仲の良い大名は、丹羽長秀とか細川忠興とかは仲が良かったと思うんですが
意外な人と交友関係にあったりするし、そういう交流関係一覧みたいなのがあれば面白そう
0575人間七七四年
2011/04/20(水) 22:06:45.06ID:UQ9G+QJD秀忠は確かに残念だったけど
でも東軍は勝ったし
勝の名前を決めたのは秀忠じゃないかもしれないしね
0576人間七七四年
2011/04/21(木) 13:33:07.54ID:9YrwQt0h>勝の名前を決めたのは秀忠じゃないかもしれないしね
おそらく家康じゃないかな、名付け親は
家光の「竹千代」だって家康が自分の幼名を与えたんだし
0577人間七七四年
2011/04/21(木) 23:05:40.06ID:ljGwBx8P家忠日記や柳営婦女伝系に
「喧嘩に巻き込まれて死んだ」とか「害されて死んだ」とか
書かれてるらしいけど
誰かに殺されたとか事件に巻き込まれて亡くなった可能性もあるのかな
自分は病死だと思ってたからこの話聞いた時びっくりした
0578人間七七四年
2011/04/22(金) 06:51:09.37ID:IGvukdJgこの書、イマイチ信用できないんだが・・・・。
0579人間七七四年
2011/04/22(金) 12:20:11.48ID:NSJU4Mgo江が四回結婚して三回目の結婚相手が豊臣完子の息子の道房とか
意味不明なことがかいてあるんだよね柳営婦女伝系
個人的には柳営とそのコピー本っぽい玉輿記と
参考にした史料を無視して秀忠の子供たちの生年を工作したりしている
幕府祚胤伝は信用できねーなと思っている
ソースがこの3つだと疑う姿勢になってしまう
0580人間七七四年
2011/04/23(土) 00:33:09.44ID:kzIObArd出典がわからない
阿茶が和子の母代を務めたことから発生した創作かなあ
0581人間七七四年
2011/04/23(土) 07:39:54.50ID:iwUmkQZ+珠姫(子々姫)の誕生日は「慶長四年六月十一日」だとずっと信じていたが、三月説もあるんだね
忠長も慶長十一年五月生まれ説と、六月生まれ説と、十二月生まれ説があるし・・・
将軍の子供の誕生日がこんないい加減で良いのかな?
まぁ〜、この時代には戸籍が無かったし、自分の生年月日を正確に知らない人も珍しくなかった??
0582人間七七四年
2011/04/23(土) 09:04:26.02ID:kzIObArd神君家康の娘の生母が史料によってバラバラだったりするくらいだからね
(四女 松姫の母が間宮氏なのか英勝院なのか)
>>578>>579
でも書かれてるけど
大御台様の結婚経歴を間違えてる史料があったりもするし
結構史料によって書かれてることが違ったりする
昔はネットとかで色んな人の意見が聞けるわけじゃないから
今よりもどの情報が正しくてどの情報が間違っているのか
判断がしにくかっただろうね
0584人間七七四年
2011/04/23(土) 18:33:52.36ID:kzIObArd以貴小伝に書いてあったっけ?
自分の手元に一応、阿茶の項目をコピーしたヤツがあるんだ
書いてない・・・・
0585人間七七四年
2011/04/23(土) 19:28:32.85ID:DfxTySxB0586人間七七四年
2011/04/24(日) 10:19:48.51ID:tHMSU9OL本によっては、秀忠に特に過失はないという説もあるしな
伝達遅れて間に合わなかったってのは、確かに苦々しい思い出になったけどw
自分も会津側を(いくら秀康がいるとはいえ)そのままにしておいて
三成の所に行く説よりも、信州平定してから行く予定だった の方が納得できる
0587人間七七四年
2011/04/24(日) 22:17:23.33ID:fS83pJt5福田千鶴の「江の生涯」より
宮本義巳の「誰も知らなかった江」のほうが好きだな
江の一生がメインの本なのに「嫉妬深い恐妻」伝説を一言も話題に出さない名著
小和田氏に喧嘩売るようなことが書かれてたりして面白い
また奥方の話になっちまったすまん秀忠
0588人間七七四年
2011/04/24(日) 23:11:32.09ID:tHMSU9OLそれ、買おうかどうしようか迷っていたんだけど、それ聞いて買う決心ついたわ
お江のスレはさすがにないから、どうしても秀忠と関係して語ってしまうのは仕方ない
しかし秀忠は著者によって色んな人間にされてしまうね
暗君だったり、凡将だったり、懐の深い慈悲溢れる人だったり、真面目で堅物だったり、冷酷な人だったり
まあこれは秀忠に限ったことではないけど
個人的に最近のお気に入りは、「殿といっしょ」って四コマ漫画なんだが
秀忠がとても受難体質の突っ込み役で面白いし、秀忠とお江の関係も良い
というかお江のキャラ付けが斬新で最高でしたw
0589人間七七四年
2011/04/25(月) 01:36:09.87ID:eKUsXipaたぶん嫉妬話も否定派
話題に出さなかったのはそんな俗説にページ割く必要ねーよ
という意思表示だと思うんだけどね
「殿といっしょ」のお江可愛いよね
自分は「東福門院和子の涙」の秀忠に従順で温和な奥さんお江与が好きだな
夫婦仲も良いし
0590人間七七四年
2011/04/25(月) 17:33:48.63ID:W1P5FXeCお静さんは側室として遇されてないんだよね?
0591人間七七四年
2011/04/25(月) 18:19:16.11ID:eKUsXipaえとその対面というのは親子としての対面、ということだよね
秀忠と保科正之は一度も親子としての対面はしていないよ
家臣と大御所としての対面が一部の会津藩の二次史料(会津松平家譜や保科なんとか?忘れた)に載ってるだけ
その史料にすら「親子の名乗りはついになかった」と書かれているくらいだから間違いないかと
秀忠は静さんを江が死んだあとも側室として扱わず、保科正之も実子として披露しなかった
側室なら遺産分配されるはずなのに静には分配されず、正之は銀500枚しかもらってないし
秀忠といろいろあったといわれる真田でさえ銀1000枚もらってるのに
0592人間七七四年
2011/04/25(月) 19:08:11.21ID:8LgFqCC7自分も東福門院和子の涙のこの夫婦の仲良さ気っぷりが凄く嬉しかった
上様上様 と終始にこにこしながら仲良く暮らしているんだよね
娘が悲しんでいるというのにな…とちょっと複雑だったがw
実際もあんな風に徳川の妻として従順だったと思うんだけどね
0593人間七七四年
2011/04/25(月) 21:49:30.29ID:W1P5FXeCありがとうございました。
お江さんに遠慮していたんなら、死後でも認知してもよかっただろうに。なんでだろ?
そこまでの気持ちはなかった…ってことかなあ。
うちの大学の先生はロマンチストなのか、秀忠さんとお江を「あからさまな政略結婚なのに、日本史上稀に見るラブラブカップル」って言うんですよ。
持とうと思えば、側室の一人や二人、なんでもなかったはずだって。
ちなみにその教授も奥さんは六歳年上。いつもきちんとなさっていて、ゼミの女の子たちが「あんなふうに歳をとりたい」と憧れてます。
お江さんも女磨きを怠らなかったのかも。
長文すみませんm(_ _)m
0594人間七七四年
2011/04/25(月) 23:54:26.44ID:8LgFqCC7そもそも、本当に秀忠の子供だったのかな? なんですんなり秀忠の子供と断定されているんだろう
お江さんの子供だって、江の生涯のように本当は違うんだよ! とか言われているのに
0595人間七七四年
2011/04/26(火) 00:34:02.37ID:DT46habFお江が死んだ後も態度の変化がなかったんだもんな・・・
>>594
>本当に秀忠の子
それは言ってはいけないよ・・・・
でもよく考えたら家臣や女中たちに注目され、懐妊時期の生母の動向、誕生前後の周囲の様子などが多少は記録に残っている家光や和子の出生より
身内と数人の後見人にしか生母の妊娠の事実と誕生の様子を知らない正之の出生のほうがよっぽど怪・・・・と思うこともあるよ
結城秀康とその母親はそういうことを疑われているのに
保科正之とその母親にそういう話がないのは不思議だし
0596人間七七四年
2011/04/26(火) 00:40:54.38ID:X57ul3Ty側室は確かに一段下だが、静のような立場と比べると色んな意味でれっきとした妻なんだなと思う
0597人間七七四年
2011/04/26(火) 00:46:42.81ID:xVJ5Tlf+やっぱり思うよね 本当なのか怪しいって
ただ、秀忠の乳母の侍女だったっけ? だからそんなに下な身分でもなかったのかな
秀康は、本当に家康の子かどうか疑わしいから、世継ぎになれなかった てのが可能性高いしな
0598人間七七四年
2011/04/26(火) 01:03:20.73ID:xVJ5Tlf+尚更将軍家の血筋の人だから素晴らしい! みたいな箔付けの為に
疑問視する声を抑えてたのかなー とも思った
会津の人の保科正之の讃えっぷりは、ちょっと見てて引くぐらいだし
でもそれなら秀康も立派な人だし、という矛盾もあるけど
0599人間七七四年
2011/04/26(火) 07:11:23.06ID:DT46habF自分は本気で疑っているわけじゃなくて
お江とその子供達や結城秀康お万の方は「出生の秘密」がどうこうと囁かれるのに
保科正之のことは誰もそういうことを言わないのは
不公平だなあと
思っただけなんだ
あと静が城を出されたのだって
「身分以外の部分でも側室にふさわしくねーな」と判断された可能性だってないわけじゃない
静は当然のことながら史料が少なくて性格なんてまったくわからないのに
「名君保科正之のお母上の素行や性格に問題があるわけがなかろう」という変なフィルターがかかっていると思う
こう考えると歴史上の人物のイメージって曖昧で不確かなものだよなあ・・・・
0600人間七七四年
2011/04/26(火) 07:36:27.24ID:DT46habF>>598
秀康は立派で優秀だけど
完全品行方正というわけじゃなくて
やんちゃなエピソードや梅毒で亡くなった話があるから
「やんちゃな秀康の母ならお万は奔放な女性だったかもな」と思われたのかなあと思う
それに家康の場合は秀忠と違い、側室がたくさんという状況だったので
家康の秀康母子に対する冷淡さを
「正室の嫉妬のせいだ」と言い切ることができなかったんだと思う
築山殿の嫉妬のせいとかいう話もあるけど家康との不仲説その後の残念な結果のせいで
全く説得力がないし
0601人間七七四年
2011/04/26(火) 07:54:41.18ID:T4KbQMpD>こう考えると歴史上の人物のイメージって曖昧で不確かなものだよなあ・・・・
同じように、お江は(徳川の敵だった)淀の妹だから…フィルターはあるかも。
だから嫉妬深いとか、国松偏愛とか。
0602人間七七四年
2011/04/26(火) 12:22:51.88ID:DT46habFごめんなさい
なんか自分は女性の嫉妬深い話とか聞くと全力で反論したくなってしまう人間だから
冷静さを失ってたわ
自分は江好きだけど悪い話を全否定するわけじゃないし
保科正之のことも立派な方だと思ってるんだけど
0603人間七七四年
2011/04/28(木) 11:47:33.23ID:S2Q4GiEAその中でのお江さんは大抵、俗説のままで夫婦仲が冷めていて悲しいな
自分は俗説のお江さん像は一切信じていないから、尚更悲しい
秀忠を書くに当たって、主役に力入れるのは分かるんだが
その妻を俗説のままにするのは何となく手抜きな感じがするわ
秀忠主役で、夫婦仲も普通な小説はないものかな
0604人間七七四年
2011/05/01(日) 04:15:45.18ID:CCley3v5秀忠が主役のドラマってあんまりなかったし
目につけどころがなかなかだった。
0605人間七七四年
2011/05/01(日) 18:24:07.72ID:zaJSUqbj役者もそれぞれ良くて、一番好きな大河ドラマだわ
関ヶ原は本当に燃える
0606人間七七四年
2011/05/02(月) 02:34:04.53ID:zH2j5gDA西田さんとお江役の極道の姐さんの掛け合いが面白かった
0607人間七七四年
2011/05/02(月) 05:21:16.68ID:xPUZ127/権現様によってその両親の意志に反して将軍になる事が出来て
自分と同じように不遇な扱いをされた賢弟正之の助けで治世を行った名君家光公伝説がいまだに根強いからな
0608人間七七四年
2011/05/02(月) 10:15:27.18ID:XUzZQKuJ秀忠の家庭で起きた残念な出来事(家光忠長対立や保科放置など)の責任を
俗説通りすべてお江に押し付けるためだろ
そのほうが楽
話はちょっと変わるが
自分は「史実お江の性格はぶっちゃけよくわからん」(昨年末の講演会でも徳川家の関係者がそんなようなことを発言したらしい)
という話を聞いた時はすごい衝撃を受けたなあ
性格がよくわからない人が強烈なキャラ付けと悪女扱いをされていることにショックを受けた
0609人間七七四年
2011/05/02(月) 19:53:31.14ID:CYqrpHKW未だに史料が少なく性格もよく分からないと言われているから、やりたい放題で常々気の毒だと思ってたわ
しかし、姉の初に宛てた手紙(今日、家光が忠直の所に行くんですよーとか)や
家光が成人するまで健康祈願していたという事実もあるというし
何でそんな人を鬼嫁鬼母にせにゃならんのか 史実のお江さんに謝れよ
0610人間七七四年
2011/05/02(月) 20:27:37.03ID:XUzZQKuJまあ落ち着けよ
400年間「嫉妬深い」「偏愛母」だと語られ続けている人のイメージはそう簡単には変わらない
だからそんなにイライラしても仕方ないぞ
信憑性が薄いとはいえ文章に残ってるから全否定できないし
0611人間七七四年
2011/05/02(月) 20:50:02.47ID:CYqrpHKWごめん ちょっと熱くなりすぎた
それにしてもなんで秀忠は側室作らなかったのかな
逸話から見れる秀忠って、そんなにヘタレな性格でもないし
むしろ強きで自己主張も激しい人な感じもするが
そんな人が奥さんが怖いから で側室も作れなかったというのも変な話だと思うんだけど
そういえば永井路子さんが「秀忠は仕事人間だから、色事にはあまり興味なかったのかもしれないね」
と何かの本で言っていたな 確かに仕事人間だしちょっと納得してしまった
0612人間七七四年
2011/05/02(月) 21:53:13.48ID:XUzZQKuJ勇気出して言ってみるが・・・・・・・・・・・・・まさか倹約のためとかじゃないだろうな
とふと考えたことがある
0613人間七七四年
2011/05/03(火) 00:18:06.40ID:fLep68j1上中下の内どれなんだろう
0614人間七七四年
2011/05/03(火) 10:46:22.26ID:ONGofZwIそういうふうに江のマイナス面を必要以上に否定しようとすると、「江オタ」って言われるよ。
秀忠が側室を持とうとしなかったのは、ただ単に「お江を愛していたから」
ただそれだけのことだと思うけど、違うの?
考えようによっては、「嫉妬深い」のも二人の愛情が深い証拠だともとれるが・・・
0615人間七七四年
2011/05/03(火) 13:38:35.50ID:lb8rPdNC>秀忠が側室を持とうとしなかったのは、ただ単に「お江を愛していたから」
ただそれだけのことだと思うけど、違うの?
嫉妬深い説を全否定しても江オタ認定されるけど、そういうことを言っても江オタ認定されると思うよ
「秀忠と江の関係を無理矢理美化している」とか言って叩かれる
あきらめようよ
何を言っても無駄だから
0616人間七七四年
2011/05/03(火) 13:59:45.24ID:uWNyRj5Yそれを1人に押しつけるのは本当に愛なのだろうか?
0617人間七七四年
2011/05/03(火) 14:56:08.14ID:fLep68j1二次創作するとしたら、そういう解釈でやっていきたいなw
お江は今までが必要以上に悪く描かれていた人だから
いい加減少しは見直してほしい と思うのも心情だよ
今まで暗愚だと言われていたけど、研究によって見直された人も沢山いるんだし
0619人間七七四年
2011/05/03(火) 20:25:15.30ID:DbRxHar9違った人物像を描きたいってだけの、見直しならない方がいいな。
0620人間七七四年
2011/05/03(火) 21:10:58.02ID:lb8rPdNCまあ決定的な根拠にはならないけど
東福寺のこととか
初宛ての手紙とか
家光嫁探しの件とか
俗説で語られる家光と江の関係のイメージとは反対のような気がするけどなあ
でも竹千代と国松を巡った対立があったとされる期間には
江→家光への気遣いみたいな話は見えないし
訓戒状も存在するから
自分は偏愛話は全否定しないけどね
0621人間七七四年
2011/05/03(火) 21:21:30.25ID:fLep68j1普通に家康から嫁への子育てへのアドバイスみたいなものだし
別にお江が贔屓していたとも見れないんだけどな
0622人間七七四年
2011/05/03(火) 21:29:36.20ID:fLep68j1絶賛するつもりはないけど
大奥などのドラマの影響なのか知らんが、お江はあんな鬼嫁だったんだよ
とそれをさも真実のように語るのを見ると、やはり嫌な気持ちになるな
普通に故人に対して失礼だと思うんだよ
これはお江だけでなく、他の歴史上の人物にも当てはまるけどね
0623人間七七四年
2011/05/03(火) 21:57:24.27ID:DiQDhfN2まして夭折したとは言え長丸を別の女が産んでいたとなると、プレッシャーはかなりのもんだったと思う。
後継ぎを産んだことで、お江の立場は強固になったんだから、その家光を邪険にするとは考えにくいけどなあ。
徳川の身代が大きくなったことで「公の子」という距離感はあったかもしれない。側仕えのメンバーも家光と忠長ではランクが違うし。
話をややこしくした人物はいるような気がする(例春日局)
「誰も知らなかった江」を読みました。おすすめします。
0624人間七七四年
2011/05/03(火) 23:25:30.31ID:DbRxHar9よくある話。後継者になれない、差を付けられる不憫さも手伝ってなおさらに。
本人の性格にもよるが、帝王学を学びこまされた長男よりも、気楽な立場で(兄よりは)自由奔放に
生きられる次男の方が、大人からみても可愛げのある子に育つだろうし。
0625人間七七四年
2011/05/04(水) 00:02:44.41ID:Kowjo90F「誰も知らなかった江」は良かったな
ただ一つ気になる点は、千姫の再婚相手が本多忠政になっていたことかなw
忠政は舅で、再婚相手は忠刻だよ先生…
他にそういう人物の誤字が見当たらなかった文、余計気になっちゃったよ
0626人間七七四年
2011/05/04(水) 00:11:03.83ID:Ps5MdXX9ずっと気になってたんだけど
家光と忠長が生まれた時につけられた家来連中の格
忠長の守り役の方が明らかな格下だという人と
家光と忠長同等くらいだなという人
二種類みたことがあるから
どっちが言ってることが正しいのか検証したいんだが
なかなか
0627人間七七四年
2011/05/04(水) 23:47:17.94ID:GbrBLP/Lそれとも将軍後継候補1号という立ち位置が、忠長を消すべき対象にしたのかな?
実際のところは、どうだったのだろう?
0628人間七七四年
2011/05/05(木) 00:15:39.89ID:PsBnqV5x家光との権力の差が近接していたらしいから、どっちかというと後者かな?
個人的に、家光と忠長はそんなに仲は悪くなかったと思っている
忠長の切腹も、家光の指図ではなく、家臣たちによるものだと言われているし
(その決断が下される時期、家光は寝込んでいたのでとてもそんな判断は下せなかったらしい)
家光が欝状態になったのも、自分が直接指示した訳ではないが
やはり実の兄弟が切腹し死んでしまったという事実によるものだ という説もあるくらい
0629人間七七四年
2011/05/05(木) 00:24:24.17ID:7ArH70HL両親の偏愛やら忠長の問題行動が原因だと言われているけど
1629年ごろの家光が体調不良だったことも考慮すべきかなあと思う
春日局が薬断ちした逸話がこの時だったよな
0630人間七七四年
2011/05/05(木) 00:50:39.47ID:7ArH70HL秀忠が忠長に蟄居を命じた理由はどう考えますか?
一般的には忠長の問題行動が原因だと言われるけど
0631人間七七四年
2011/05/05(木) 00:57:16.95ID:BdWGGTFM「あなたは兄より優秀だ。だからあなたが将軍になるべきだ」
とか延々と言われたらその気になってしまうよ。
0632人間七七四年
2011/05/05(木) 01:00:11.39ID:PsBnqV5x逸話になるけど、水に移った月に手を入れたら、その月が二つに割れて
「今、天下が二つに割れようとしている それを防ぐのは自分次第だ」と涙を流した
というのがあるんだけど
そういう風に天下安定の為に心を鬼にした ということかなあと 綺麗事すぎるとは思うけど
忠長の問題行動も、実際はちゃんとした理由からくる行動であり
特に常軌を逸した悪逆非道なものではなかったんじゃなかったっけ?
後世に伝えられる問題行動と言われるものは、結構そういうことも多いし
0633人間七七四年
2011/05/05(木) 09:07:09.48ID:UhImkr1y歳の近い兄弟のいる家なら比較的ありがちなこと。
ただ、これが将軍家の中で、しかも幕府創成期からの各大名の統制の形が出来てようやく落ち着こうかという時期だったから、あんな結末になったんじゃないかな。
どうってことのない兄弟ケンカに、周囲の権力や思惑が絡むとややこしくなる見本。
「誰も知らなかった江」にあった家光の過剰な被害者意識はあるような気がするなあ。忠長はなんで兄貴があんなに自分を疎ましく思うのか、わからなかったかもな。
いずれにしても、あれほど後継ぎの男子を欲していた秀忠と江は、兄弟の事の顛末をさぞかしあの世で嘆いただろうね。どの子も、幸せとは言い難いしなあ。
保科正之って、立派な政治家だと思うけど、女性問題では失敗してるんだね。初めて知ったよ。それはそれ、これはこれってことか。
0634人間七七四年
2011/05/05(木) 19:01:20.41ID:PsBnqV5xそうすればもう、表面的には家光の驚異では無くなるし
しかし家光派からすれば、存在時代が許されないと思われたんだろうか…
もうあんな状況なら、あの世で親子揃って幸せに
の方がマシだったのかなあ… しかしそれではあまりにも悲しい
0635人間七七四年
2011/05/05(木) 22:09:54.13ID:7ArH70HL切腹させるつもりなら自分が生きている間に切腹を命じると思うし
自分が蟄居させたのに
殺す役目だけ家光に押し付けるようなことを秀忠はしないような気がする
話は変わるけど一年くらい前のなんでも鑑定団で
秀忠が7才の時に書いたお習字?みたいなのが出てたな
放送後の歴史サイトとか見ても
全く話題になってなくて切ない気持ちになったのを思い出す
0636人間七七四年
2011/05/05(木) 22:24:21.74ID:PsBnqV5x見たことなくてググってみて感動した
長丸七歳ってのが可愛く見えたが、あれを七歳で書いたのも凄いな
0637人間七七四年
2011/05/05(木) 23:39:06.36ID:lqf0iqmI忠長は家光の了解をとらずに領内でお江の霊屋を建立して増上寺での仏事への
参加を差し控えるよう命じられている。このあたり、兄弟なんだからという
忠長の考えの甘さがあると思う。
家光の場合、他の同母姉妹とは結構親密なんだけど(とくに千姫あたりとは)。
0638人間七七四年
2011/05/06(金) 09:37:56.77ID:9OM8pe530639人間七七四年
2011/05/06(金) 12:27:05.98ID:GQMTWKHh自分が秀忠チルドレン8人(当然長丸は除く)の中で主人公の作品を見たことがないのは
初姫と忠長
0640人間七七四年
2011/05/06(金) 16:15:22.60ID:xX1exFky反省もせず赦免要求ばかりしてくるので兄の家光に切腹させられただけですよ。
信康・忠輝・忠直と同じ自業自得です。
0642人間七七四年
2011/05/06(金) 19:43:08.19ID:GQMTWKHh主人公の作品をあげればいいんだよね
勝姫は「天下の悪妻」というすごいタイトルの小説
珠姫はローカル雑誌に連載されてた漫画「おてんば珠姫さま」
一作品しか知らない・・・・
0643人間七七四年
2011/05/06(金) 19:49:25.30ID:mZ0kSBKuありがとうございます
「天下の悪妻」って本当に凄いタイトル…勝姫ってそんな酷い性格してたっけ?
どっちかといえば夫のDVの末殺されそうになって子連れで戻って
その後は子育てしながら平穏に暮らした人じゃなかったっけか
珠姫は漫画の方か そういえばよその所でそういう漫画があるっての聞いたことあった
珠姫はやはり旦那の方が有名かな…侍女を蛇責めにしたって本当なんだろうか
0644人間七七四年
2011/05/06(金) 22:43:17.06ID:E4OIupqlあばれ公子 山岡荘八 光風社出版
珠姫
百万石の幼妻 珠姫さま 筆内幸子 北国新聞社
0646人間七七四年
2011/05/06(金) 23:31:34.04ID:9OM8pe53>>644
レス有り難うございます!たしか山岡荘八って家光の小説も書いていらっしゃったような…?
兄弟両方揃えて読もうと思います。
有り難うございました!
0647人間七七四年
2011/05/06(金) 23:32:31.39ID:iwmtWX0j珠姫の死後、鼻毛のばして睾丸露出してのし歩く姿には、馬鹿のふりした
というよりは、人格が破綻したって印象が強い。
0648人間七七四年
2011/05/06(金) 23:36:43.26ID:mZ0kSBKuこれは知らなかった 珠姫もあるんだね
でも山岡荘八って徳川家康を観て思ったのが
悪いこと全部女のせいにして、主人公はいつまでも綺麗なイメージ強くて…
まあ昔だから、史料も今ほど沢山はなかったんだろうけど
>>647
鼻毛伸ばしたり睾丸出したり立ちションしたりするのって
全部珠姫死後の出来事だったのか? どうも年代が分からない…
それにしても利常はシモネタ逸話多すぎだろ
0649人間七七四年
2011/05/06(金) 23:57:09.74ID:8vlkH+zL忠長については、「徳川忠長の蟄居・改易と「関東御要害」構想--稲葉正勝小田原入封の前提」という論文があるな。
あとは秀忠やお江、家光に関係した本の中で触れられている程度か。
0650人間七七四年
2011/05/07(土) 20:36:06.06ID:WiCZGTOR初姫は秀忠の娘の中で一番悲惨で可哀想だし、どうしても幸せにはなれそうにないのがまた
しかし忠高はどうしてあれほど初姫と距離を置いたんだろうか
浅井家は元々京極家の下であったのに、下克上で主従反転になったのを恨んだのか
もしかして関ヶ原時に大坂に人質にされたのに、西軍に反旗を翻した父や徳川を恨んだんだろうか
0651人間七七四年
2011/05/07(土) 22:23:54.07ID:YVm0sm9W家光誕生前の話を読む限りは
忠高が徳川家を恨んでいるようには思えない
でも渓心院さんは京極家の関係者で母親が大奥の年寄とかだから鵜呑みにしたらまずいのかな
0653人間七七四年
2011/05/07(土) 22:59:19.35ID:WiCZGTOR自分もその本読んで、忠高の意外な行動にびっくりした
忠高は逸話もほとんどないから、そういうことも出来たのかー と
しかし忠高が初姫を無碍に扱ったのもまた事実だし
年齢重ねていく内に考えが変わっちゃったりしたのかな と思った
初姫も幼少の頃に嫁いでいくから、徳川よりも京極家寄りな思考だと思ったんだけど
やはり性格の不一致だったんだろうか
0654人間七七四年
2011/05/07(土) 23:03:40.68ID:WiCZGTOR初姫の葬儀は徳川家だけで執り行なったと言うが、これも伝聞のみだっけか?
自分は某細川さんの手紙で知ったけど
0656人間七七四年
2011/05/08(日) 00:16:48.38ID:BO4H3ydB初姫の死についての忠興さんのお手紙の内容って
初姫さまが自分の悪口を耳にして
発狂?して病気になった。
忠高は姫が病気になっても相撲を見物していた。
初姫の病気を知ると京極家の屋敷に秀忠様の使いが何人もやってきたらしい。
葬儀は京極家は関わらせず大御所様がおこなった。
京極家の女中どもが忠高の初に対する仕打ちを大御所様に伝えようとしたら春日局が「大御所様は姫の死で取り乱しているから今はやめとけ!」止めたらしいぜ。
みたいなことが書いてあるんだっけ?
手元に資料がないうろ覚えだ
0657人間七七四年
2011/05/08(日) 14:41:48.51ID:RJ/D8l3Rその春日局も、他の奴と同じように胡散臭い春日活躍の話みたいに言われているし
0658人間七七四年
2011/05/08(日) 18:41:50.81ID:+UuybWls事実はわからないけど明らかに空気が異常とか?
0659人間七七四年
2011/05/08(日) 21:27:21.35ID:BO4H3ydBそんなことがあったのに
秀忠や家光は京極家に対して冷たい仕打ちをしていない
むしろ丁重に扱っているように思える
和子に働き掛けて公家の女性を忠高の継室にしたり
常高院や忠高はちゃっかり秀忠の遺産を頂いてるし
男児不在で忠高がが亡くなったのに甥っ子を後継ぎにして京極家を存続させてるし
やっぱり細川さんのお手紙は誇張されてるのかな
うん、たぶん誇張されてる
0660人間七七四年
2011/05/08(日) 22:10:42.57ID:+UuybWls本当にそれはねーだろって内容だからなあ
0661人間七七四年
2011/05/08(日) 22:43:54.72ID:RJ/D8l3Rこれまでの京極家の功績により、お家安堵だしなあ
あの本でも、いくら正妻をそんな扱いしたとしても、忠高に何かを成すことはないだろう
みたいに書かれていて、実際初姫が死んだ後も特に何事もなし
細川さんはどこ経由の情報源だったんだろうかな
徳川実紀などは、さすがに初姫死去時や葬儀の様子は書かれていないのか
0662人間七七四年
2011/05/09(月) 00:20:16.24ID:cMMq6UM+>細川さんはどこ経由の情報源だったんだろうかな
細川家と懇意(「江戸幕府の組織と伝達文書」より)だったということと
さりげなく挿入されたageエピからして
春日局としか・・・・・・・
0663人間七七四年
2011/05/09(月) 13:56:07.60ID:veRne1dA0664人間七七四年
2011/05/12(木) 18:13:20.28ID:f27HJimN凡将か名将か?というスレタイに違和感がある
凡君か名君か?のほうがいい気がする
0665人間七七四年
2011/05/12(木) 20:56:39.23ID:z2Pc6rxoでも関ヶ原のあの大軍を指揮するのに、ほぼ初陣に近い秀忠では
やはり無理ゲーにもほどがあると思うんだ
そういや秀忠の初陣て、よく関ヶ原と言われるけど
実際は小田原の役が初陣でいいのかな
0667人間七七四年
2011/05/12(木) 22:19:27.62ID:z2Pc6rxo甲冑始めも秀吉さんがしてくれたんだよね
諱も秀吉さんからもらって、甲冑初めも秀吉さんからかー
童門先生の書いた「徳川秀忠」で兄の秀康から
「お前も俺と同じく、秀の一字もらってるから、親父からみればお前も豊臣一門に見られてるんじゃね?」
みたいなこと言われて、「ああ、だから父上は自分を信用してくれないのか…」
と凹んでいたのを思い出した
0668人間七七四年
2011/05/13(金) 00:31:06.73ID:fIfLgPNg豊臣と関係が深いのは事実だな
おねさんとの交流も深くて秀忠→おね宛ての手紙が残っている
おねさんが亡くなった時に甥っ子に「まことに痛ましき」とか書いた悔み状を送ってるんだっけ
嫁が秀吉の養女なんでおねは秀忠にとっては姑?
0669人間七七四年
2011/05/13(金) 01:00:27.73ID:Nw8rZodh小説内でも秀忠が大坂に行って元服した時、おねさんから
「こんな可愛い子を産みたかったわあ」と気に入られて
それから交流が深まった という展開が多いが
そういう手紙をまとめた本はないだろうか 「戦国武将の手紙を読む」みたいな
これもなかなか面白かったけど、少ないのが難点
0670人間七七四年
2011/05/15(日) 22:32:55.33ID:HcRqCMUK葵徳川三代のような、温厚だが少しヘタレな秀忠も好きだな 秀忠可愛いw
0671人間七七四年
2011/05/15(日) 23:13:21.33ID:Y2z2Teaz屋敷の中に牛が突入してきてみんなパニックになってるのに講義を聴き続けていた
という話が好きなんだが
ツッコミどころ満載で作り話臭いなw
あと少年池田光政との倹約食事話が好きだ
0672人間七七四年
2011/05/16(月) 00:55:10.90ID:5UnTcPGz秀忠も凄いがその先生も充分すごいよなw
秀忠も家康と同じく健康志向だから、普段の食事も質素だったのかなあ
0673人間七七四年
2011/05/16(月) 11:59:01.18ID:8CIkTGue同じ着物を何枚も作らせて背格好の似た家臣に着せて
どんな感じが確かめていた話の出典が気になる
そういえばこの前テレビで神田上水のことがやってたんだが
江戸の街づくりに秀忠はどの程度関わっていたのかなあとふと思った
0674人間七七四年
2011/05/16(月) 19:00:58.75ID:5UnTcPGz江戸に移転された徳川家だけど、街普請中は唐入り時期でもあったから
家康は名護屋に滞陣 秀忠はその間江戸で留守を守りつつ、城や街づくりを督励していたと書いてあった
ちなみにその時の江戸町奉行は板倉勝重さんらしいよ
0675人間七七四年
2011/05/18(水) 00:35:25.45ID:Lw4/4fK9ありがとう
江戸と上方何往復もしてるし何かしら関わってたんだろうな
まあいつまでたっても家康の功績としか紹介されないだろうが
話は変わるけど
若いころの秀忠は病気がちだったんだな・・
超健康体だと思ってたから意外だった
0676人間七七四年
2011/05/18(水) 00:44:35.70ID:bWGYHVey江と結婚する前から体調崩したり、疱瘡かかったりと
自分も割と健康体だと思っていたからびっくりした
晩年は白内障か何かで片目が見えなかったらしいね
死因はやはり胃がんになるのかな 吐血も繰り返してかなりやつれてたと聞くが
0677人間七七四年
2011/05/18(水) 01:08:38.12ID:Lw4/4fK9腸炎とか咳気とか疱瘡とか色々と罹ってたみたいだね
昔「秀忠は超健康体若いころは病気なし」みたいなことがかかれた本を読んだことがあったからその本に見事に騙されていたよ・・・・・
これは10代後半から20歳くらいの話だけど20代半ばから晩年までの約30年間の間にはなにか病気の話はあったっけ?
0678人間七七四年
2011/05/19(木) 16:35:43.71ID:1iSUfCaE秀忠は家康と同じく健康志向だったから、体調には気を使ってただろうし
その頃はあまり病気らしい病気もなかったかもしれんね
お江さんは火葬されたんで、死因がよく分からないな
とある小説では進行性の癌だったかも、ともあったな
0679人間七七四年
2011/05/20(金) 01:19:15.59ID:MKiRc1+Z体調不良→五月に回復→しかし九月にまた体調不良→十一月に回復
という感じだったようだね
「進行のゆるやかなガンだったのかもしれない」と書かれた本を前に見たんだが
どの本だったか忘れた・・・・
このころは城の改築中だったり本多正純
の件やら家光嫁探しやら御台の病やらで慌ただしかっただろう
秀忠は江が回復するよう内待所で臨時神楽を催している
秀忠は症状的に胃がんらしいな
家康も胃がんらしい
0680人間七七四年
2011/05/20(金) 10:58:13.74ID:Jx74rydr0681人間七七四年
2011/05/20(金) 17:11:05.47ID:cKaKN/Bgお江さんがガンだったかも っていう本思い出した
立石優の「徳川秀忠と妻お江」だ 割と良さげな夫婦像で個人的に満足
0682人間七七四年
2011/05/20(金) 23:43:44.94ID:MKiRc1+Z「今も御文庫に伝えし王義之が聖教序は常に御臨本なされし御品なり」(台徳院殿御実紀)
とあるように秀忠は習字にいそしんでいたらしい
徳川美術館で今やってる特別展示で何点か秀忠筆の色紙やら詞書やらが展示されてる
ついでに秀忠の絵も展示されてる
0683人間七七四年
2011/05/21(土) 00:47:10.76ID:2K+kBtiJうわ超見たい…けど地理的に無理だちくしょう
秀忠、絵も描いてたんだな どんな絵なんだろ
それにしても秀忠の作品てあまりみない…? 辞世の句ってのもあったっけ?
0684人間七七四年
2011/05/21(土) 12:00:38.82ID:aImAn6610685人間七七四年
2011/05/21(土) 20:05:06.42ID:k4/rGy1Y秀忠の絵はそれ以外に三枚あるらしい
源氏物語画帖は
源氏物語の絵に秀忠筆の文章が添えられている代物
あと藤原俊成の和歌を秀忠が色紙に書いたものとか
これのレプリカ?的なものが売店で1050円で売ってるw
0686人間七七四年
2011/05/21(土) 20:29:41.13ID:2K+kBtiJいや作品自体を高く評価していたんだろうけど
いいなあ 1050円ならぜひほしい
ネットで買えないものかな
0687人間七七四年
2011/05/21(土) 23:40:51.49ID:k4/rGy1Y自分が初めて行った四年くらい前から置いてあるから、当分売店から消えることはないと思う
秀忠は光源氏というより、朱雀帝だな
話は変わるけど
秀忠の乳母は大姥殿と井上正就の母と二人でいいのかな
0688人間七七四年
2011/05/22(日) 12:11:28.27ID:DY0HYLVPその初台局の娘の梅園局は家光の乳母になっている
土井利勝の義理妹じゃ秀忠と数歳しか変わらんだろうに
地元の初台駅じゃそういうことになっている
徳川家康の関東転封後に200石を拝領したんだそうな
0689人間七七四年
2011/05/22(日) 12:45:48.24ID:s+PWtkBIありがとう
初台局って諏訪大明神に秀忠の成長を祈願したとかいう伝説がある人ですね
でも利勝の弟嫁というのはひっかかる
秀忠と年齢差がなさすぎる
利勝ですら秀忠と六歳しか変わらないのに
土井家とつながりのある女性が家光の乳母だったんですね
忠長の乳母も利勝の妹だし
土井さんとこは信頼されてたんだな
0690人間七七四年
2011/05/22(日) 23:36:09.92ID:H9WuNrUG大姥局は知っていたけど、もう一人は知らんかったな
0691人間七七四年
2011/05/23(月) 11:16:48.97ID:+1GvfqZ2秀忠 大姥殿 井上正就の母 初台局
家光 春日局 梅園局
家綱 矢島局 川崎局 岡山局 三沢局
自分が知ってるのはこれくらいだ
地元の図書館で寛政修重諸家譜を見て確認しようと思ったけど借りられてて無理だった
誰も知らなかった江
に「渓心院文作者の渓心院は家綱に仕えた年寄 川崎の娘」
と書いてあったけど
この川崎というのが家綱乳母の川崎局なのかな?
0692人間七七四年
2011/05/23(月) 11:31:31.37ID:BnWFpZs8家康みたいに難癖つけてみんなで叩けばいいのに。国替えした時点で満足だったのかな。
0694人間七七四年
2011/05/23(月) 18:43:32.69ID:rVqVOpnR浮気はしたけど、側室をもつまではなかったのかなあ…とふと思った
それでも毎年お江さんを孕ませてるけどw
0695人間七七四年
2011/05/23(月) 19:07:13.23ID:+1GvfqZ2この話題で盛り上がるのもアレだから深く掘り下げないことにするけど
0696人間七七四年
2011/05/23(月) 19:31:49.51ID:rVqVOpnR「あいつあんなに贔屓されやがって、出来てんじゃねぇの!?」
という嫉妬が元というのが多いからなあ…
秀忠だと丹羽長秀とか仙石忠政とか?
あと小姓の小山長門守吉久と関係があったとか
「御当家紀年録」というのに載ってるらしい
0697人間七七四年
2011/05/23(月) 19:35:51.93ID:h99Qd3XT秀忠の死後殉死した人なんか、きっとそうだったんじゃないか?
お江さんとはどんな夫婦だったのか。増上寺の合祀墓のなか、お互い今でもイチャイチャしてんのか。それとも、また一緒かとうんざりしているのか。
0698人間七七四年
2011/05/23(月) 19:48:53.50ID:rVqVOpnR30過ぎたら閨の相手はしないと良く言われているけど
家光が生まれたその後も、二人続けて子供生まれているし
そういや小説やドラマだと、秀忠は死ぬ前に殉死は禁じているけど
やっぱり殉死した人はいたのか 何人くらいいたんだろ
0699人間七七四年
2011/05/23(月) 20:00:06.15ID:+1GvfqZ2お江と一緒の墓になったのは戦後だったか
家光孝子みたいなガチ不仲だったと語られる夫婦だったら、そういうことにはならなかっただろうから昔の人たちにも「なんだかんだ仲が良かった夫婦」と認識されていたかな
秀忠としては家康と離れた場所にいることが嬉しいかもしれんな
0700人間七七四年
2011/05/23(月) 20:18:47.38ID:rVqVOpnRwiki見たが、この人も秀忠の小姓の人なんだね
でも忠長派だったから、秀忠死後自分も殺されるんじゃないのかと思って死んだ
とあるけど、同じく忠長派で忠長蟄居・自刃後、戦慄した人は多かっただろうなあ
戦災で秀忠の宝塔が燃えちゃったから
今はお江さんの石塔を秀忠・お江の墓としてるんだったね
偉大な父親と離れて夫婦水入らずなら、ゆっくり休めるかもしれんね
0701人間七七四年
2011/05/24(火) 00:34:22.16ID:E8WpHeo4この発見が江が竹生島を信仰をしていてそれを大奥が受け継いだ、という話の裏付けになるそうです
あと意外なことに宝巌寺には家光が寄進したものもあるそうで
東福寺の件といい、西久保八幡神社の社殿造営の件といい、長政中納言追贈といい
お江家光はいい伝えほど仲が悪かった、嫌い合っていたというわけではなさそう
0702人間七七四年
2011/05/24(火) 00:46:37.32ID:R0Q3u2Wq次期将軍だからと、別格として接していただろうけど
やはり息子は息子だったんだろうし、家光も生母のことはそれなりに想っていたんだろうな
そういう話聞くと凄く嬉しいわ
0704人間七七四年
2011/05/26(木) 20:18:26.30ID:sIT91vvi1599年頃、毛利輝元が養子の秀元に宛てた手紙(長府毛利家文書)に
「中納言殿女中(秀忠夫人江)が江戸へ下り(夫と)一緒にすごしたいと言上しました
もし別腹(側室)に子供ができれば、これから気の障りになってしまうので
ぜひ右の女中を(江戸へ)お下しいただけるようにと家康が申された」云々
という内容が載ってるらしい
やはり伏見と江戸と離れていたら、秀忠の女性関係が気になって仕方なかったんだろうな
当時は秀吉の命令で、人質は大阪城か伏見城に置かれることになっていたけど
江は秀吉公の養女だしーということで、秀吉公亡き後の家康の権力で江戸に行けたんだと
家康がお江さんの願い聞いてくれたってのがちょっと意外に思えた
家康もお江さんをそれなりに大切にしてくれてたのかな
しかし何で毛利輝元さんにお願いしたのか…
0705人間七七四年
2011/05/26(木) 20:48:19.06ID:ZrCS1jfX江が言ったとされることが→家康→輝元というルートで伝わったんだね
(この文どおりのことを本当に江が言ったとして)この文を読んで思ったのは「別腹に子供ができたら気の障りに〜」ということは
この時点では別腹に子供がいなかったということだから
珠姫はやっぱり江の子供何だろうな、ということと、
秀忠には正式な側室はいなくても
すでに1599年の時点で普通に妾的な人がはべっていたんだろうな
ということ
まあ家康が適当に書いてるだけかもしれないので
江の肉声かは完全に断定できないかもしれんけど
0706人間七七四年
2011/05/26(木) 22:35:17.21ID:sIT91vvi嫡男がまだ生まれてないから、口実作って行かせたのかな?
それかお江さんが、離れてばかりで寂しいから側にいたい と言っただけなのが
側室が気になるんだな と家康が深読みした という図式もあるかもしれんね
妾と疑わしい人が、もしかしたら長丸の母親なのかな
0707人間七七四年
2011/05/26(木) 23:10:54.19ID:ZrCS1jfX生母の懐妊が慶長五年の春ごろ
上記の江の発言が慶長四年の九月?だっけ
だから長丸母のことを気にしていたというのは有り得ると思う
一年ちかく離れ離れだったわけだから妾がいても当然だし
家康が深読みした可能性もあるかな
それかその後一年以内の動きを考えると・・・嫡男の妻を上方から離さなければいけない理由があったけど本当のことはいえないので適当な理由付でごまかしたとか
0708人間七七四年
2011/05/26(木) 23:20:25.25ID:sIT91vvi嫡男の妻と子供が上方にいたら確かにまずいね 真っ先に人質に取られちゃうし
と、何となくこちらか深読みしてしまうな
0709人間七七四年
2011/05/27(金) 00:13:59.34ID:6KYCUuf40710人間七七四年
2011/05/27(金) 20:13:28.22ID:6KYCUuf4秀忠と後水尾さんのやり取りがこわい
0711人間七七四年
2011/05/27(金) 20:28:13.36ID:HsPixO630712人間七七四年
2011/05/27(金) 20:37:11.43ID:zSlbSNRb0713人間七七四年
2011/05/27(金) 21:05:08.37ID:6KYCUuf4と言う後水尾さんに対して
遠慮なく公家連中の風紀が乱れているからと処罰する秀忠
こわい
あと元和の大殉教だな・・・これ宗教的な話だからドラマや小説なんかで深く取り上げられないから
あんまり話題にならないけど
0714人間七七四年
2011/05/27(金) 21:14:28.77ID:zSlbSNRb天皇が側室もつくらい当たり前じゃん…むしろ天皇の血筋を後の世に多く残す為には
多くの子供残すのは当然というか義務であるし、幕府はやり過ぎだよなあ
それでものすごい子沢山だよね 後水尾さん
幕府のキリシタン弾圧は徹底的すぎて怖いよね…
しかし秀忠って外国もの嫌いというか、警戒心激しすぎるよね
幕府が未だ安定してない時期だから、仕方ないといえば仕方ないが
0715人間七七四年
2011/05/27(金) 21:47:10.85ID:lHUhRSbL「そんなふしだらな所に娘は嫁にやれない」
身辺の清らかさを武器にしている(笑)
家康だと、反対に帝から「おめーに言われたくない」ってなる(笑)
そんなこともあって、保科正之を認知しなかったとか?
0716人間七七四年
2011/05/27(金) 22:04:32.41ID:zSlbSNRb秀忠の計算として側室おかなかったという設定だったな あれは震えた
後水尾さんと同じく驚愕したわ
認知したらお家騒動で面倒なことになりそうだと思ったから、しなかったんじゃないのかな?
それか上のレスにもあるように、本当に自分の子か疑っていたとか
奇しくも結城秀康と同じことが起こってしまった…というか認知しない分秀忠の方が辛辣だが
0717人間七七四年
2011/05/27(金) 22:53:14.23ID:6KYCUuf4側室の子供でもちゃんと将軍の子供として扱われて乳母なり家臣なりが味方になって
しかも本人が優秀なら正室の子を脅かすことだって可能じゃないかな
城外で育てられた理由が奥の乱れを防ぐためで
実子として扱わなかったのは嫡庶の乱れを防ぐためだと思う
もし女児だったらどうなってたのか
>>716
月宮の作者の杉本苑子と乱紋作者の永井路子は秀忠のことを対談集で絶賛してた
「魅力ある政治家だ」と
誉め過ぎてて吹いた記憶がある
0718人間七七四年
2011/05/27(金) 23:31:45.00ID:zSlbSNRb対談集面白そうだな 読んでみたい
絶賛とまでは言わないが、秀忠はちゃんと認めてあげるべき人だよね
0719人間七七四年
2011/05/28(土) 00:42:31.63ID:J+EVXquN葵徳川三代では、ショックのせいで動く気力も失われてたな
0720人間七七四年
2011/05/28(土) 05:18:24.93ID:X2C8OhDC京都で仕事してたんだから仕方ないな
もし妻が死にかけていることを知って
仕事ほっぽり出して江戸に帰るようなことをするよりは
仕事続けたほうがよかったと思うし
それにお江の葬儀は金かかってるんだよね
当時は火葬は土葬より費用がかかるので
火葬されたのは大事にされてた証拠だよ、と誰かが書いてたな
千姫やお大やお梶とかお楽とかも火葬らしいから毒殺されて異例の火葬、というのは嘘だし
0721人間七七四年
2011/05/28(土) 09:27:59.12ID:T5Bpfsw7いまわの際に誰も(姉初や娘勝姫あたりはいたかも)いなかったのは気の毒な話だ。
公人だから仕方がないとはいえ、何もそろっていない時にと思う。
末っ子の和子だって連絡はきてただろうから、さぞかし…
両親や兄や伯父信長、淀や秀頼の最後を思えば、畳の上なんだから「よし」なのかもしれないけど。
小柄な女性だったというから、度重なる出産も身体にこたえたかもしれないな。
0722人間七七四年
2011/05/28(土) 13:20:22.01ID:X2C8OhDC上にもあるけど
江は亡くなる何年も前から体調不良だったんだよな
未だに急死だ、とか書いてる本があるけど
遺骨からの推定身長が秀忠が158から160くらいだっけ
江は135から145の間くらいか
0723人間七七四年
2011/05/29(日) 00:36:31.97ID:T8m5QSja時代を旅する というタイトルの本に載ってる
「徳川家の女たち」というトークテーマなのに2ページくらい秀忠の話題で盛り上がってた
永井路子は「はじめは駄馬のごとく」って本でも秀忠について書いてたな
0724人間七七四年
2011/05/29(日) 11:42:49.80ID:wjo8Puyr0725人間七七四年
2011/05/29(日) 19:49:52.05ID:rQaEBG02誰か良質な脚本家の元、あれをドラマ化してくれないかな
0726人間七七四年
2011/05/29(日) 20:38:49.59ID:T8m5QSja和子は辛辣な人物批評をする公家さんにも悪口を書かれなかったような人だから
人柄のいい女性だったんだろうな
晩年にお与津の娘とも交流しているそうだし
後水尾天皇ともなんだかんだで仲が良い
東福門院和子の涙は
BSの時代劇とかで
こっそりドラマ化とかでいいよ
動きがない地味題材だから
視聴率とか収入とか気にしなくてもいいような環境が良い
0727人間七七四年
2011/05/29(日) 20:48:09.77ID:rQaEBG02あの公家さんにすら悪く描かれないとか、どんだけ人間出来てたんだろう
手先が器用で押絵が得意だったと言うが、お江さんから習ったのかな
和子は異父姉の完子とも宮中で出会ったことあったんだろうか さすがに無理か
0728人間七七四年
2011/05/30(月) 00:11:43.33ID:KZwByOjD勝姫の娘・鶴が家光の養女として
完子の息子の九条道房に嫁いだこととかかな
0729人間七七四年
2011/05/30(月) 02:53:00.82ID:KZwByOjD宝台院にある西郷局の肖像画っていつ頃描かれたものなんだろう
着物の色とか綺麗だから好きな画だ
0730人間七七四年
2011/05/30(月) 20:13:26.06ID:gv36n0nUググってみた 確かに綺麗だな
そのページにあったけど
「徳川家康公は、天下を取った翌年、慶長9年(1604)に龍泉寺を柚の木から紺屋町に移し
朱印(寺社領の安堵)30石と自画像(現存)、そして父広忠から譲られた太刀(現存)を寄進し
17回忌の法要を営みました」
とあったが、自画像これかな?
0731人間七七四年
2011/05/30(月) 21:04:09.20ID:KZwByOjD結構上手いよね
秀忠は母親のために従一位を執奏したり
山門を作ったりして(今は応教声院にある)
子供のころに亡くなった母親のことを思ってたんだな
宝台院は戦災で焼ける前はかなり壮麗な建物だったらしいし
0733人間七七四年
2011/05/31(火) 23:10:29.65ID:PCA0ppAk0734人間七七四年
2011/06/01(水) 16:08:14.22ID:mVuS99qE江の娘たちは幸せな結婚をした者ばかりではなかったので
そこそこ江戸に出戻り娘たちはいたんじゃないのかな。
江が死ぬ4年前に三女勝姫は夫と離婚して江戸に帰ってきていたし、
江が死ぬ5か月前には長女の千姫も二度目の夫と死別して江戸に帰ってきていた。
娘の和子も小柄だったが七人子供を産んで72歳まで生きていたし
江も54歳まで生きていたのだから当時の平均寿命から言えばそんなもの
(特に出産のせいで寿命が縮まったわけではない)と思う
0735人間七七四年
2011/06/01(水) 17:15:14.33ID:3XXXELs6どの姫も幸せとは思えない。この時代珍しくもない話だろうけど。
信長やお市長政、お江の人生を思えば、仕方ないかも。平穏な運命が待ってるとは考えにくいように。ましてや家康の孫でもあるんだし。濃い血縁関係だなあと思う。
最後は悲惨だが、両親と長くいっしょに過ごし愛された忠長がむしろ一番幸せだったかな。
0736人間七七四年
2011/06/01(水) 18:41:49.62ID:5YYNbkDx夫と仲良しだったり長生きした姫でも
身内が殺されたり
子供が何人か早死にしてたり
男児が生めなくて側室の子供がうんぬん
とか
戦で夫が・・とか
現代の日本人女性だったら考えらないような事態に遭遇してる人ばかりだし
現代感覚で考えると悲惨でも
当時の女性は当たり前のことだと割り切っていたかもしれんから
不幸だ不幸だと言うのは違う気がする
昔の感覚というのは本当わからない
0737人間七七四年
2011/06/01(水) 20:38:15.40ID:fszQf/VU今の自分達の感覚で、可哀想とか悲惨なんて言う方が失礼に当たる場合もあるし
一見不幸そうに見えても、その人は幸せだと思う場合もある
だからその時代の人を思うと、簡単にこうだったと断言できないんだよな
0738人間七七四年
2011/06/01(水) 23:06:23.14ID:5YYNbkDxうん
本当当時の感覚は難しい
よく政略結婚って不幸だなー
とか言う人がいるけど
当時の大名家の子供は父親に「お前自分の好きな奴と適当に結婚すればいいよ」とか言われても
喜んだりしないんじゃないかと思う
逆に「父親に見放された」と思ってへこむんじゃないかと
0739人間七七四年
2011/06/02(木) 09:23:18.27ID:QLBFSUDYこの記事とコメント欄のやりとりについてどう思う?
0741人間七七四年
2011/06/02(木) 11:42:44.58ID:Y3m3ri1Z母の静もイメージとして、清らかで御台様の嫉妬のせいで側室待遇もしてもらえずかわいそうだという認識があるだろ?
お江は静と保科正之のことを知っていたかどうかもわからんよなあ。秀忠も家康に負けないくらいタヌキなところがある。
うちのカミサンは、お江は気がついてたけど、秀忠が何も言わないし側室扱いもしないから黙っていたんじゃないかと言う。オレは知らなかったと思う。
嫉妬で殺されるからなんてのは、暴君を語る必須アイテムの側近を手打ちにしたや酒色に溺れたと同じで
子供のいない女を語る、片方側の一方的な話だと思うんだが。側室を持たなかったから、お江が嫉妬深い女だったろうてのと似たかよったか。
静がどんな女だったかわからんが、イメージとしてかなり得してるような気がする(笑)
ま、保科正之も女では大失敗してるから、そのあたりがおかしいというか面白い。
0742人間七七四年
2011/06/02(木) 12:56:59.64ID:ebWphN6Gお静の方のように本人の史料が少ないのに息子は有名人、みたいな人は
息子のイメージで語られるんだと思う
秀忠母の西郷局が真面目な女性とか
秀康母のお万が男女関係に奔放で〜という話もそう
実際はどんな人だったか具体的にはわからないのに
息子がこういう人だから母親もこうだろうという話が広まっている
0743人間七七四年
2011/06/02(木) 13:18:41.03ID:rzGJ/Ks9加えて正室の江が秀忠よりも年上で婚姻歴のある女だったというのも
「自分より老いた正室に我慢させられた秀忠、普通なら若い処女の静のほうを誰だって寵愛する」
という当時の男性の考え方にあった気も
正之は徳川家綱の補役という仕事においてはある程度の活躍をしたのかもしれないが
父がお家騒動を恐れ正之を認知しなかった教訓を忘れ自分の家庭は無茶苦茶でお家騒動起こしてるし
0744人間七七四年
2011/06/02(木) 13:33:49.27ID:ebWphN6Gえ?祈願文が原因なんて話あったっけ
静は確かに江より年下だが
正之を妊娠した1610年時点でもう27歳だぞ(1584生まれ)
30半ばの江を妊娠させてるし
秀忠は年増好きだったんだと思う
まあ長丸母が10代のギャルだった可能性もあるかもしれんが
正之さんは最期まで家族関係では大変だったよな
御家騒動の件は自分の生い立ちの母親の境遇から
「側室や脇腹の子供のことも正室と嫡出子のように遇したい」と思った結果の出来事なのだとしたら悲しいことだ
0745人間七七四年
2011/06/02(木) 17:12:10.94ID:rzGJ/Ks9静の祈願文=氷川神社に現存
「御たいしつ(御正室)との御心(嫉妬)ふかくえいちう(営中)におることをえず」
1630年には秀忠も32歳なのだから相手の静が27歳であって不思議はない。
一方この頃江は38歳、35歳で末子の和子を産んでから子は産んでいない。
正之は正室と側室の子を(男子に関しては)明確に区別しているので
側室の産んだ娘が大大名に嫁ぐことになったのは単なる偶然だと思われる。
(正之が意図的に側室の娘を厚遇したわけではないということ)
0746人間七七四年
2011/06/02(木) 17:45:29.78ID:ebWphN6Gああゴメン勘違いした
御台所のせいで〜といわれるの原因は祈願文、ということね
別の意味でとらえてたw
保科正之の子供って早死にした人も多いよね
側室の娘が正室の娘より待遇がよくなるのも仕方ないかもしれない
そう考えると正室の子供七人が成人した秀忠は珍しいケースだな
千勝和子は長生きだし
0747人間七七四年
2011/06/02(木) 19:31:13.16ID:TIYBAQXeむしろ家康のように女性だろうが厳しいというイメージがある
側室持たなかったのは、単なるタンパクだったか、あえて持とうとしなかったのか
それでも何故かこういう時に、正室のせいで〜なんて原因を作られるよな
そうした方が楽なんだろうが、原因にされる女性が気の毒だわ
0748人間七七四年
2011/06/02(木) 19:45:29.00ID:ebWphN6G村上天皇中宮の藤原安子とか
藤原頼通の妻の隆姫女王が
「嫉妬深い」扱いだな
ちなみに安子は3男4女に恵まれた子沢山で
隆姫女王は夫婦仲良しなのに子供に恵まれなかった
江や初の境遇と被る
0749人間七七四年
2011/06/02(木) 19:58:19.01ID:TIYBAQXe浅井が京極を下克上で臣下においた恨みを、高次が持ってたから
夫婦の行為がなかったとか、そんな話聞いたことがあるけど、それはないだろうな
高次の配下の人には元浅井家の人もいたはずだし、恨み持ってたら配下にしないと思う
息子の忠高が初姫に冷たかったのもそのせいだ とかそれ秀康と忠直の関係と被ってるし
0750人間七七四年
2011/06/03(金) 00:09:39.97ID:tFamN/KLそういう特殊な人もいるので側室と庶子の扱いの悪さ=正室のせいとは断定できない
(他の側室の嫉妬のせいとか、養母のお気に入りの側室じゃなかったからとか、結局女性が原因みたいに言われていたりもするけど)
まあ家康秀忠家光正之と親子三代四人の男がいて
四人ともに「正室が嫉妬深いせいでトラブル起きた」みたいな逸話があるなんて
おかしいと思うな
話は変わるけど
杉本苑子の「汚名」って小説の秀忠がこわい
0751人間七七四年
2011/06/03(金) 11:32:37.90ID:ayt+6l5Eひこにゃんでおなじみの井伊直孝は側室の子だけど
直政の正室の嫉妬のせいでしばらく会えなかった みたいな話があるし
単に出来た子の扱いに困るのを、正室のせいにしているだけなんだよな
その手の話なんだか凄く女々しくて、あまり良い印象が持てない
杉本さんは「月宮の人」の秀忠も怖かった というかあの小説の雰囲気すべてが怖い
0752人間七七四年
2011/06/03(金) 13:40:13.57ID:tFamN/KL良くいえば現実的
悪くいえば突き放した作風なんだよな
明るいとか爽やか、とか、カッコイイとかそういう言葉とは無縁の作品が多い
同じ杉本作品でも「春日局」の秀忠はこわい感じじゃないな
確か家光が生まれる直前、産所にいる江のとなりになぜか秀忠がいて
江の髪の毛をベタベタ触っているんだよ
それを見たお福が
「なんだこの夫婦・・・・」となるシーンがある
まあ春日が主人公なのでこのスレの住人にはオススメできない
0753人間七七四年
2011/06/04(土) 00:16:01.61ID:RCi2ZIWU秀忠が総見寺を加増していたという情報を
立ち読み本で仕入れた
忠長が信長に似ていたとかいう作り話に無理矢理絡める輩が現れそうだな・・・・・・
0754人間七七四年
2011/06/04(土) 11:35:14.63ID:S1BPIWTPttp://sankei.jp.msn.com/region/news/110603/tky11060322440022-n1.htm
行きたい!
増上寺は理解あるけど、寛永寺は見せてくれないよなあ
0755人間七七四年
2011/06/04(土) 16:19:47.43ID:faDbPRC4春日視点でも公平に描いてくれるならいいんだが
ひたすら春日age江sageされるのばかりでうんざりなんだよな
しかしその秀忠なんでいるんだw そりゃお福も「何この夫婦…」って思うわ
>>753
江も織田家のことも色々してるんだなあ あと秀忠も優しいな
伴侶の家族の為に何かしてあげるって、それだけでも美談だよね
秀吉の養源院然り 家光だって浅井家の人たちにしてあげてるし
0756人間七七四年
2011/06/04(土) 19:54:52.94ID:RCi2ZIWU行きたい
高野山の家康秀忠霊廟も写真で見るかぎりかなり立派なのでも生で見てみたいんだがなかなか
あと秀忠と和子関連で梅照院という寺が気になる
>>755
総見寺の件
歴史読本に詳しく書かれてる
0757人間七七四年
2011/06/05(日) 11:00:32.86ID:zCCGB3PS末っ子の和子は可愛かったろうなあ。苦労させるのもわかっていただろうし。
和子は両親のいいとこ取りしたようなイメージがある。素直そうで、愛嬌のありそうな、そして聡明。
0758人間七七四年
2011/06/05(日) 11:44:29.86ID:885qXkN6でもそれを乗り越えたということは、人間的にも良いものをいっぱい持っていたんだろうね
娘が天皇になったんで徳川の血筋が途絶えちゃったのは惜しいけど、武家の娘が天皇に嫁いで
なおかつ娘が女帝なんて、歴史上色々凄い立ち位置だよね
更に今上天皇は、異父姉完子の血筋の方なんだから、もう凄いロマンを感じる
0759人間七七四年
2011/06/05(日) 13:35:32.12ID:FIXuU0wX唯一和子の悪い点といえば衣装狂いで金づかい荒かったことか
和子が朝廷に小袖を持ち込んでそれが広まったと聞いた
和子を寛永のファッションリーダーとよんでいた人がいたが
倹約好きの家康の孫 、秀忠の娘がファッションリーダーとはw
0760人間七七四年
2011/06/05(日) 15:00:47.27ID:zCCGB3PS上の人の贅沢は意味のあるものになるからさ。
和子の衣装道楽は、ストレス解消もあったはずだよ。
0761人間七七四年
2011/06/05(日) 18:25:04.90ID:885qXkN6そらあんな所に一生閉じ込められてるんだし
衣装見立てたりするくらいしか、楽しみがないんじゃね?
それを衣装狂いとか、金遣い荒いとか批判するのは可哀相だ
天皇に嫁いだ身なんだから、質素な物に仕上げる訳にもいかんし
0762人間七七四年
2011/06/05(日) 19:13:41.61ID:FIXuU0wX批判はしてないよ「あえて言うなら」だから
あれだけ大変な立場なのに人格的批判が出てこないのはすごい
将軍の娘や妻でも性格も趣味もわからない謎だらけの女性がほとんどな中で
和子は性格がわかるようなもの残っているし、好きなものもわかってるから、調べがいのある面白い女性だと思う
光雲寺行きたい
なぜ通常公開しないんだ
0763人間七七四年
2011/06/05(日) 21:41:44.36ID:04JMxSqn朝廷に対する権威付けのためだろうけど
和子は一度着た着物には二度と手を通さず、すべてお付きの者たちに下げ渡しだったらしい
京都の西陣は和子の生存していた時代にはそれでかなり潤っていたらしいね
0764人間七七四年
2011/06/06(月) 00:09:41.56ID:dD/qZXrr怖くてまだ読んでないんだけどさ
その作品にお江さんは出てくるのかな 出そうにもないような気がするけど
0765人間七七四年
2011/06/06(月) 00:20:40.76ID:p1a+Yt2jあなたがお江の方に好感持ってるなら
読まないほうがいい
お江長丸殺害説を採用している作品だぞ
あと勝姫がお梶に「ママより優しいから好き」みたいなこと言うシーンがあるから・・・・
0767人間七七四年
2011/06/06(月) 00:56:23.92ID:p1a+Yt2j実子なら殺す必要ないじゃん?
隆先生は確か「幕府祚胤伝」に長丸、灸で死亡と書かれているところから想像を膨らませて
江が脇腹の長丸を灸で殺した、という展開にしているよ
そういう歴史ゴシップ大好きな人たちが信じてる長丸殺害話も同じような話
まあ祚胤伝では長丸は江の子ということになってるんだけどw
幕府祚胤伝はアレな史料だから
本当に長丸さんが灸で死んだかは・・・
0768人間七七四年
2011/06/06(月) 18:29:37.89ID:dD/qZXrrなので、その本の中だと、何故実子の長丸を殺したのか
という謎に迫る みたいな展開だと聞いたんだが
でも、実子じゃないんだから意味のない展開なのは違いない
長丸は単なる病死だと思うけどなあ 同じく早死した子なんていっぱいるのに
なんで長丸だけは江が殺害した なんてことにするんだろうか
その長丸の生母だってわざわざ江戸に呼んで産ませてるんだから
殺すほど憎いのなら、そもそも呼ばないわな
0769人間七七四年
2011/06/06(月) 20:37:16.87ID:m4qmpUig忠輝しかり、忠長もみんなそうだ。悪役を引き受ける人間を据えるんじゃいかな。
特に勝ち組に見える春日局や家光たちや幕府の上層部にはさ。
お江も再再婚で年上で子沢山だった、秀忠が側室を持たなかった、それだけであの言われようだもんな。
0770人間七七四年
2011/06/07(火) 00:41:10.10ID:nv1JHqlJ慶長五年十二月生まれなら秀忠不在時に生まれたことになるし
六年十二月ならわざわざ生母を上方から連れ帰ったことになるし
伏見生まれならさすがに手は届かないし
あと、たまに長丸を隠し子扱いにしている本があるけど、増上寺に埋葬されているから隠し子だったとは思えないし
(以上は脇腹説を採用した場合の想像)
秀忠夫妻は長丸を粗末に扱ったりしてないと思うんだけど
とりあえず長丸さんは生母は江説と脇腹説があり
生まれは慶長五年説と六年説があるから
場合分けして考える必要があるから面倒くさい・・・・
0771人間七七四年
2011/06/07(火) 06:58:40.64ID:wLOzL8B+よほど低い身分の女性だったかと思う一方で、歴代の将軍生母にはかなり低い身分の人がいて、それを隠してないのにさ。
静のことといい、長丸ママといい、秀忠の女性関係って「あ?」がいっぱい。
0772人間七七四年
2011/06/07(火) 11:39:44.21ID:Ih3SjoY9もしも正之が表舞台に出ずひっそりと暮らしていたら、長丸の生母のように名前すら出てこなかったんじゃ
秀忠はたまに浮気するけど、側室置いてまで女ほしいわけじゃないタイプだったのかなあ
0773人間七七四年
2011/06/07(火) 23:03:57.86ID:nv1JHqlJ1 部屋と侍女が与えられていて
正室と分担して、または正室の代わりに(子供を産んだり奥をまとめたり奥様外交などの)仕事をこなす女性→いわゆる側室というポジションで結構偉い
2 立場が保証された後で殿の手が付いた女中(長丸母)
3 立場が保証されないまま殿の手が付いた女中(お静)
秀忠には1の女性が必要なかったんじゃないか
・・・・・というか1の女性がいないせいで
正室江が特別優遇されていて長丸母と静がひどく冷遇されているように感じる、これが恐妻と言われる理由だと思う
女性史に興味ない人が1から3の女性を全部ひとくくりに「側室」と呼ぶのも
誤解の基
0774人間七七四年
2011/06/07(火) 23:55:51.14ID:Ih3SjoY9やはり一人では限界もあるだろうしね
そういや秀忠の乳母の大姥局も、奥の仕事に携わっていたと思うが
それなら秀忠の乳母の人たち+お江で、奥の仕事を捌いたんだろうか
0775人間七七四年
2011/06/08(水) 00:49:28.22ID:9vTUmqIo一番関わっていそうなのは民部卿局だと思うな
相良さんとかいう大名家に
民部卿局がお江名義で出した書状とか
民部卿局が秀忠名義で出した書状があるし(火事見舞とか御祝儀がどうのこうのとかいう内容)
すべての藩とこんなやり取りするのはかなり大変そうだ
春日局を家光の乳母になったのも民部卿局が関係してる言われている
お江は立花宗茂の息子とか細川忠利と面会の記録があるんだよね
奥さん外交は断片的に「あっただろう」ことがわかるだけで詳細不明なのが残念だな
0776人間七七四年
2011/06/08(水) 07:46:27.92ID:22fBe+ZH家康は、側室たちに役目を与えて仕事を任せてる。阿茶さんとか今ならキャリアウーマンみたいに、根回しやいろいろがんばってたようだし。性別関係なく人を使うのが上手だ。
豊臣を潰すことについては、家康より秀忠の方が積極的で、融通の効かない頑固さを利用して滅ぼしたという説があるよね?
親父が生きてるうちに、みたいな。
政治的には容赦ない人だと思うし、そうでないと幕府創成期は乗り越えられなかったと思う。
「雨があがったら」の手紙を知ると、素の秀忠は優しい人に思えてならない。かな文字も柔らかくて品の良い(女性っぽくさえ見える)ゆったりした手蹟で、秀吉たちの悪筆に比べると印象が全然違う。
誰から何を贈られて、雨があがったらお出かけするつもりだったのかねえ。
0777人間七七四年
2011/06/08(水) 19:22:34.19ID:VbnqWS4fその手紙ネットで見れないかなあ 検索してもよく分からなくて…
娘の珠姫が、旦那の利常が参勤交代で江戸に行ってしまって寂しいから
早く返してねって秀忠に手紙送ったら、本当に二・三ヶ月早めに帰ってきた という逸話が好きだ
冷酷な面もあれば、優しい一面もあり、親馬鹿な面もありと、秀忠は色んな意味で魅力的な人だと思う
0778人間七七四年
2011/06/08(水) 20:03:52.79ID:k0E0fj1K秀忠の時代までは戦国大名の痕跡が強かったのでは?
江戸時代以前は大名家においても限りなく一夫一妻(多妾制)の痕跡が残っており、
実際に一夫一妻を通した大名というのは結構いたんだよね。
たとえ跡取りがいなくても(養子を取った)。
奥の仕事というのがあるから妻を娶らない大名は謙信ぐらいで滅多にいなかったけど
側室を持たない大名は結構いたし、徳川家康も正室築山殿がいた時代には長らく一夫一妻に近かった実態がある。
(築山殿と別居してからやりたい放題)
徳川将軍は3代家光のときに大奥ができて30を超えた女は寝所に侍らないなどの規則を作って
入れ替わり立ち替わり常に若い側室を将軍の寝所に侍らせることが半ば強制的になったけど
それ以前の大名は結構一夫一妻の庶民に近い感覚の人も多くて正室と永らく添い遂げた人も多く
側室を持つことが慣例・強制されていたわけではなかった。
庶民感覚に近いねねなどは秀吉の長浜時代夫が側室を持ったことに嫉妬して夫婦喧嘩していたことが残っているし。
0779778
2011/06/08(水) 20:12:47.66ID:k0E0fj1K「秀忠は江のことが大好きで、大事にしたいと思うあまりに側室を置かなかった特異な人間」
「秀忠は江を恐れる恐妻家で、側室を置きたくても置けなかった特異な人間」
というのはどちらも違っていて、一夫一妻は普通だったということ。
側室は置いた大名もいるけどプラスアルファ。
0780人間七七四年
2011/06/08(水) 21:38:01.00ID:9vTUmqIo家康の女好きぶりや家光以降の大奥の常識を物差しにして秀忠の女性関係を見ているのがいけない、ということか
よくある正室が嫉妬深い、という話も戦国期の家での正室の存在の大きさを示しているのかもしれない
>「秀忠は江のことが大好きで、大事にしたいと思うあまりに側室を置かなかった特異な人間」
「秀忠は江を恐れる恐妻家で、側室を置きたくても置けなかった特異な人間」
このスレでは
上記の二つの理由ではないと思っている人が多いと思う
>>777
忠吉宛の病気見舞手紙とかもあったね
雨があがったら会おう手紙は大河ドラマの特別展に出品されてたよ
0781人間七七四年
2011/06/09(木) 00:34:05.52ID:Teo3SM6v秀忠・江夫妻が好きな自分は、こっちの方がいいけど
それはちょっと出来すぎかなあとは思ってね
でも秀忠は江のことを大事にしていたとは思うし、江も秀忠のこと信頼していたと思うよ
0782人間七七四年
2011/06/09(木) 01:40:05.73ID:Q7oyLZoN愛情面のことはわかりゃしないけどさ
晩年まで奥さんとしての仕事をまかされてたんだから
江は秀忠に信頼されていたとは思う
信頼されてなかったら豊臣滅亡後に鷹司孝子さんみたいな状態になっていると思うし
0783人間七七四年
2011/06/09(木) 08:03:07.71ID:pQltqJ0Ohttp://www.townnews.co.jp/0101/2011/06/09/106993.html
0784人間七七四年
2011/06/10(金) 20:26:37.60ID:XCs4B05y西郷局の名前は「愛」「相」「桐」の三説あるよーと話題がでていたが
確か「丁」説もあったな
どこかのタイミングで改名したのかもしれん
0785人間七七四年
2011/06/10(金) 20:54:40.80ID:K48rDluD督も「ごう」じゃなくて「とく」の方かもしれないねって本で読んだな
女性の改名ってどういうタイミングや意味でするんだろうか
0786人間七七四年
2011/06/10(金) 22:41:40.59ID:XCs4B05yどれが正しいかはわからないんだよなあ
二次史料には「愛」が多い気がするから自分は「愛」さんでいいな、と思っている
丁から愛に改名した、ということも考えたがわからない
崇源院は自分の手紙に「五」と書いてるから手紙が書かれた晩年のころは間違いなく「ごう」なんだよ
自分はお江与の方=おえとの方=お江戸の方説に納得したので
お江戸の方呼びを広めたい
お江与の方呼びは大奥のイメージが強すぎ
0787人間七七四年
2011/06/11(土) 20:04:52.68ID:Jj4ciGiz>お江戸の方呼びを広めたい
自分もー
お江与の方ってどこから出てきたんだよ! とずっと疑問に思っていたから
「おえどのかた」で納得できた 江戸住みだもんね まんまだね 「江の生涯」で初めて知ったんだけど
そう思えば「江の生涯」の内容は、2〜3割は有益な情報手に入れられて良かったんだけど
残りの8〜7割がちょっとどころじゃないとんでも説ばかりで、あまりお勧めできねぇ
作者は「これまでのお江悪妻イメージを払拭したい」という思いで書いたんだろうけど
なんかアレだと逆効果な気がしたよ… むしろその意気込みでどうしてああなった
0788人間七七四年
2011/06/12(日) 00:30:07.64ID:xJjY+e2n茶々の淀の方とか市の小谷の方とかと同じような呼び名ということかな
おえとのかたか
0789人間七七四年
2011/06/12(日) 00:34:20.69ID:52qrLN6r大名の奥方はよく「北の方」って呼ばれるけど
城の北側に住んでいるからというが、北側に奥を作るのが習慣だったの?
0790人間七七四年
2011/06/12(日) 02:12:07.28ID:T4O66E9U平安時代の貴族の建築様式寝殿造りからきていると言われてます。
寝殿、つまり正殿を中心に東の対や西の対などの建ものがありまして、とくに正妻と目された女性が北の対に住むことが多かったようです。
このことから、奥さんを北の方と呼ぶようになった。鎌倉期に既にこうした呼び名は浸透していました。
上流社会の女性を、周囲のが名前で呼ぶことはありませんで、たいがいは住んでいる場所が呼び名になりました。そのため、正式な名前がどんな字なのか、どう呼ぶのかが後世にきちんと伝わっていない。
お市や茶々、お江などはそれでも名前が伝わってますが、多くは○○○の女(むすめ)としかわからない。
0791人間七七四年
2011/06/12(日) 08:41:51.61ID:xJjY+e2n徳川実紀はお江戸の方(早速使うw)のことを北の方と呼んでるよね
はっきり覚えているのは家光が生まれた箇所で「母は北の方
」と書かれてた
平安時代から江戸末期まで使われる長い歴史のある呼び名だな
0792人間七七四年
2011/06/13(月) 14:55:56.01ID:eII+5tRY週間文春読んでたら
「徳川の女について語ろう」みたいな対談やってたけど
磯田さん(武士の家計簿?)という方が
「さすがに家光は江の子だろ」と発言してた
磯田さんのコメントは結構面白かった
江と家康の嫁舅関係とかw
0793人間七七四年
2011/06/14(火) 23:20:57.49ID:xGVpx1I0まだ世間にはヘタレな無能とか思われてるんだな
なんかもう・・・
いろいろと気力がわかない
0794人間七七四年
2011/06/15(水) 11:11:01.84ID:gHlAW70P家康の息子て冠がついて回るし、長男次男は跡を継げなくて「気の毒に」なフィルターがあるし。反対に秀忠には、関ヶ原の遅参があるのに上手いこと二代目におさまってみたいな見方もあるだろ?
あの家康がさ、なんの考えも無しに秀忠を後継者に指名するわけがない。必ずそこには選ばれるだけの理由があったはず。でもって、きちんと期待に応えてる。
秀忠は理想的な二代目だと思う。役割としては損だが、それは仕方がない。
今あの世の家康の前に、信康、秀康、秀忠を並べて「誰を選ぶ?」と聞いてみたいもんだ。
オレは、間違いなく家康が後継者に選ぶのは秀忠と思うが……
0795人間七七四年
2011/06/15(水) 22:39:15.70ID:9r04NXrfおかげでいい本に出会えました。
殿いつ6巻が待ち遠しい・・・
0797人間七七四年
2011/06/15(水) 23:33:58.78ID:KGHGyxgW信州制圧が当初の任務だった秀忠に家康が関ヶ原転進を命じたが、
使者が利根川の増水により到着が遅れたから
0798人間七七四年
2011/06/16(木) 00:36:41.29ID:RuTHwpfs0800人間七七四年
2011/06/16(木) 09:05:29.14ID:oAGCrWzz選ぶなら忠吉だな
0801人間七七四年
2011/06/16(木) 12:48:46.00ID:AuBQyG4A1600年に信康存命という前提なら、信康を選ぶよ。
秀忠は信康亡きあとの2代目に過ぎん。
0802人間七七四年
2011/06/16(木) 13:38:54.36ID:arXvdHTf0803人間七七四年
2011/06/16(木) 16:35:48.97ID:qJahWTxv秀忠が人質ってwww
秀康ガン無視ですか
0804人間七七四年
2011/06/16(木) 16:39:10.19ID:NTI8LZXL築山殿の件といい家康が悪者になるのを避けるために、消しておいて被害者面な可能性は充分あると思う
0805人間七七四年
2011/06/16(木) 17:16:11.68ID:gQ0A4NyY器量良しと言われる信康が邪魔になる可能性は有りますね。
その武田と内通の噂があれば信長以前に処断しても不思議は有りません。
家康という臆病者は徹底していますからね。
そういう意味でも差し障りのない秀忠は跡継ぎとしては打って付け。
凡将ということでしょう。
0807人間七七四年
2011/06/16(木) 18:11:43.10ID:qJahWTxvあ、そうなんだ
いやあ、今年の大河は一度も見てないからなあw
0808人間七七四年
2011/06/16(木) 18:34:45.10ID:RmCa8zYVただ足跡からは今川氏真や織田信雄のような愚将ではなかったというところでしょう
0809人間七七四年
2011/06/16(木) 18:36:29.41ID:RmCa8zYVそうすると相手が強大な小牧長久手あたりがそういう転機かもね
0811人間七七四年
2011/06/16(木) 18:51:05.93ID:yXIfNnpa名君ではあったと思うよ
0813人間七七四年
2011/06/16(木) 20:18:42.43ID:NY5mdMct大御所や脇を固めた補佐がいてこそだとは思うけど秀忠本人の能力的にはどだろね
0814人間七七四年
2011/06/16(木) 20:19:29.28ID:d2ieftoi0815人間七七四年
2011/06/16(木) 20:23:29.43ID:5Gi40q+M親父や補佐役の力なんじゃね?と考えだすと
秀忠だけじゃなくて他の人たちのこともそういう目で見なくちゃいけなくなるから
アレだな・・難しいな
0816人間七七四年
2011/06/16(木) 20:31:20.72ID:dpzFboODそれこそこれまでの名武将と言われた人達も
家来が強くて優秀だったからだろ とか言われちゃうし
秀忠に能力無しだったら、十代の頃から江戸250万石の統治なんて
家康が任せないと思うな やはり内政手腕に長けていたんだろう
0817人間七七四年
2011/06/16(木) 21:47:46.58ID:2ZnKFB7h本多正信の弟にして、反骨の狂戦士”本多三弥正重”が、大御所様より
遙かに仕え安き主君だと言っている。
「何せ、大御所様のような嘘つきと違って、真っ正直なお方で、仕えがいがあります」
と言わしめているから、人間としての信用度では、秀忠>>>>家康だったんじゃないかな。
でなきゃ家康死後、秀忠の大名取りつぶし政策の際に反乱が起きるよ。
0819人間七七四年
2011/06/16(木) 22:30:18.24ID:d2ieftoi0820人間七七四年
2011/06/16(木) 23:19:02.21ID:2ZnKFB7hソースは、嗤ってくれても良いが逸話からだな。逸話のソースはわからん(出典不明)
>>818
法令違反で取りつぶす際に、法の適用が公平だと思われるのには信用がないと駄目でしょう。
法の適用が恣意的に行われてるんじゃないかと思われたら、初期の幕府政権は持たなかった
と思いますよ。
0821人間七七四年
2011/06/16(木) 23:43:40.19ID:mhM7CpXN徳川体制を安定化させるための政策に公平も糞もない
0822人間七七四年
2011/06/16(木) 23:46:05.28ID:mhM7CpXN0823人間七七四年
2011/06/17(金) 00:15:59.22ID:xAKVJGt0幕府なんて口先だけで怖くねーや と大名に舐められちゃうしね
まあ厳しすぎたってのはあるけどね
0824人間七七四年
2011/06/17(金) 01:01:03.68ID:/tb4wT2E0826人間七七四年
2011/06/17(金) 09:54:31.60ID:avNGTYJxあのGOGOGOのダンナ八頭身秀忠が、中年になったらメタボ西田敏行に自然と脳内変換されちまう。中村雅俊の秀忠も好きだった。
親父家康に反抗的な秀忠けっこう新鮮(笑)
0828人間七七四年
2011/06/17(金) 15:43:51.49ID:/tb4wT2Eそうなん? こんど漫画喫茶いったら読んでみます
0829人間七七四年
2011/06/17(金) 15:46:31.77ID:/tb4wT2Eやっとわかった 春日の局ですか 中村秀忠は
まったく思い出せない・・・ どんなんだったかな レンタル100円のときに借りてみようかな
0830人間七七四年
2011/06/17(金) 16:35:36.69ID:vUuF7vGx0831人間七七四年
2011/06/19(日) 22:54:40.44ID:aYhHgbYH西田秀忠は父親のやり方に反感を持ちながらも面に出さずぐっと堪えて、
夏の陣後に溜まってたモノが一気に噴き出す感じだったね。
0832人間七七四年
2011/06/19(日) 23:07:44.27ID:8YoLTWmsひねくれ者でクールな秀忠なんてねーよ、と言っている人がいるが
親父や家臣の前ではヘコヘコしてる温厚な青年なのに実は・・・・・という設定なら有りだと思う
親父に面と向かって文句言ったのがマズかった
0833人間七七四年
2011/06/20(月) 05:51:33.05ID:ZGJiuO2b大河板ではあの秀忠かなり不評のようだが・・・・・
0834人間七七四年
2011/06/20(月) 08:01:57.42ID:JhnWagd/「あの作品の」秀忠だからどんな設定でも叩かれると思う
役者も上手い人じゃないし
葵徳川三代の秀忠好きの人も多いみたいだし
0835人間七七四年
2011/06/20(月) 09:26:28.07ID:6JQ0zXII0836人間七七四年
2011/06/20(月) 10:19:05.86ID:nSb6Snuz0837人間七七四年
2011/06/20(月) 12:00:02.01ID:JhnWagd/秀忠と秀康もそうだけど
あの時代の兄弟(特に異母異父)って現代人が思うほど交流ないんだろうな
しかも片方が養子に出されたとなると
節目節目の挨拶で会うだけとかその程度なんじゃないのかな
仲良くするのも味方が増えるから、とか打算的な考えもありそう
0838人間七七四年
2011/06/20(月) 13:09:42.75ID:6sK6CohI年上の人は尊敬しろという儒教のおしえだけでは説明がつかないようにも思える
家光が隠し弟の保科正之をみょーにかわいがったのに似てる気もする
0839人間七七四年
2011/06/20(月) 13:55:39.98ID:jhlOmzuwもし秀康が秀忠に反旗翻したら負けないまでも徳川家がガタガタになるのは間違いない訳だし
秀康は名望があり曲がりなりにも兄だし
家光と正之との関係とは全く違う
0840人間七七四年
2011/06/20(月) 14:18:12.44ID:JhnWagd/「反抗心を抱かせないように丁重に扱え」と家康が秀忠に命じている作品があったな
なんの作品かは忘れたけど
0841人間七七四年
2011/06/20(月) 17:29:22.21ID:yNncYyU20843人間七七四年
2011/06/20(月) 23:35:54.23ID:yxZsmRZO0845人間七七四年
2011/06/23(木) 19:58:46.98ID:bYTc6r6m家康か秀忠かどっちの指示かは解らんが。
0847人間七七四年
2011/06/23(木) 20:31:24.58ID:TcHpf7/e0848人間七七四年
2011/06/23(木) 20:43:31.31ID:tYg2Uyinよく生き残れたものだ
0849人間七七四年
2011/06/23(木) 20:46:39.63ID:W5yMB0Ls0850人間七七四年
2011/06/23(木) 21:09:18.73ID:rFBdXBJI0851人間七七四年
2011/06/24(金) 00:25:10.04ID:UTF79Zbaロクに洗ってないからね。
クンニなんか考えられない時代。
0852人間七七四年
2011/06/24(金) 00:38:48.03ID:b5b3nGpn0853人間七七四年
2011/06/24(金) 01:57:32.91ID:5YUSDlhX0854人間七七四年
2011/06/24(金) 14:32:33.37ID:Dn9Nf/2L家光はともかく、秀忠が同母弟を殺す理由がわからん
そんなに秀忠と忠吉って仲悪かったっけ?
0855人間七七四年
2011/06/24(金) 17:14:11.84ID:PKEiqJhD家光?
それはともかく俺の知ってる限り、二人の仲が解る逸話は見たことないし、
忠吉が野心を見せてる様子も見受けられないな。
0856人間七七四年
2011/06/24(金) 17:46:20.99ID:Nf9lzd+cまあ、家光と忠長みたいな確執もあるけど。この二人はもうちょっと年が離れていたら良かったかもしれない。
0857人間七七四年
2011/06/24(金) 20:39:25.54ID:V5XX7kXx正室の同母だったからこそ起きたものだろうよ
0858人間七七四年
2011/06/25(土) 01:10:22.91ID:Jr+MoUfo信長公なんかみずから刀で弟刺したっていうしな
とどめは池田恒興か前田利家の弟がやったらしいけど
0859人間七七四年
2011/06/25(土) 06:33:35.88ID:pOxeDpVi同母兄弟といっても、嫡男とその弟じゃ状況はまるで異なる。
生母の愛情はどうしても嫡男より弟に行きやすい。
0860人間七七四年
2011/06/25(土) 07:51:00.59ID:Vzgu4O3b母が側室の同母兄弟
異母兄弟
では関係が変わってくるんだろうな
0861人間七七四年
2011/06/25(土) 08:13:20.10ID:cBkXNEkv0863人間七七四年
2011/06/26(日) 17:52:04.49ID:sczu2Adwというのはさておき、シエの秀忠は厨二病真っ盛りって感じでおもしろいね
0864人間七七四年
2011/06/26(日) 19:13:01.87ID:16oN9oHy「優しいお坊ちゃまで
秀忠関連の都合の悪い話や黒いエピはぜんぶ親父と妻のせいになんです
温厚で真面目なだからね」的秀忠が大嫌いなので
ちょっと性格悪いくらいがちょうどいいと思っている
ドラマの出来が良ければ「ちょっと黒秀忠」も受け入れてもらえただろうに
残念だ
0865人間七七四年
2011/06/26(日) 21:17:11.74ID:g+Gsy5/q大きな不満をもってるような役どころだったけど、後に秀忠本人が実の娘を
豊臣家や前田家に人質同然に出したのはどう説明するんだろうか
とても優しいマイホームパパとは思えない冷徹さだ
0866人間七七四年
2011/06/26(日) 21:28:52.63ID:16oN9oHy後継者争いの件でも
娘の婚姻においても
庶子の扱いでも
0867人間七七四年
2011/06/26(日) 21:29:02.56ID:BIYtF2Bi0868人間七七四年
2011/06/26(日) 21:31:39.05ID:d7j1hoBG0869人間七七四年
2011/06/27(月) 00:11:30.41ID:G+JO8D9R史実では千姫に対して「何ゆえ秀頼と共に死ななかった!」だからな
0870人間七七四年
2011/06/27(月) 00:50:08.90ID:rHg+G3oHよく聞く話だけど、政略結婚が裏切りその他で破綻したら女は出戻りが普通で
人質同然ということで処刑なんて当時でもできるだけ避けたいケースなわけで…
夫と運命共同体なんて考えがあったのだろうか(お市は例外と考えていいと思う)
上にも少しあったように秀忠までは価値観や慣習は江戸時代より戦国よりだから余計に疑問だ
0871人間七七四年
2011/06/27(月) 05:48:05.28ID:wpvOgz6C江戸時代とかの創作なんじゃねえの
0872人間七七四年
2011/06/27(月) 06:41:30.52ID:5m+fJzV6今の大河の秀忠が嫌いって言うより、中の人があまり好きじゃないな
何となくミスキャストっぽい。
そもそも、秀忠って容姿が良かったイメージ無いし。
0873人間七七四年
2011/06/27(月) 08:14:56.16ID:wpvOgz6C秀忠ってドンロドリゴ?かなんかが
「色黒で親父のような肥満体ではない」とか書いてて
墓の調査では筋肉質だったんだよな
色黒で筋肉質な男
0875人間七七四年
2011/06/27(月) 18:12:51.63ID:VuE4JEAq伊達政宗の方がよっぽどデブだったというな
0876人間七七四年
2011/06/27(月) 20:50:43.10ID:pn8cRrwI自分も自分も
秀忠に限らず都合の悪いことは他の人のせいにして、主人公をやたら綺麗に描く作品は嫌いだな
漫画の話になるけど、殿といっしょの秀忠ぐらいが丁度いい
真田憎しで色々と嫌がらせしようとする黒い面や、妻に対して優しさを見せる面とか
そういう人間臭い感じでいいんだよ 極端に黒くしたり綺麗にしたりしなくていいんだよ
今までの作品の中で何気にトップのキャラ設定だったわアレ…
0877人間七七四年
2011/06/27(月) 21:03:12.38ID:wpvOgz6C0879人間七七四年
2011/06/27(月) 21:44:29.60ID:wpvOgz6C家康は悪くありません的な描き方ってこと?
「信康がいれば良かったのに」ってセリフ
秀忠をディスる時によく使われるけど
これって逸話の類じゃないのか・・・・・
なんでまじで言ったことになってるんだろう
0880人間七七四年
2011/06/27(月) 21:51:31.51ID:pn8cRrwI確か信康の命日がその日か前後日だったとか
0882人間七七四年
2011/06/27(月) 22:16:38.29ID:HmA8shEc四〇という
武将としては円熟期を迎えているであろう年齢なんだし、
秀忠のこととは無関係に
あいつがいればな、と思いもするわな
還暦近いお爺ちゃんとしては
0884人間七七四年
2011/06/28(火) 07:52:21.17ID:+ycr7Vej織田の後継争いにどっぷり嵌って終わってたかもしれんな
0885人間七七四年
2011/06/28(火) 18:59:02.75ID:f9x5DEpN0886人間七七四年
2011/06/28(火) 19:58:33.29ID:oBjXMv2K0887人間七七四年
2011/06/28(火) 22:07:19.28ID:iefTXudI0888人間七七四年
2011/06/28(火) 22:17:25.91ID:oBjXMv2K0889人間七七四年
2011/06/28(火) 22:33:13.19ID:GoCUSZRzこの一件だけでも兄上を支持する
0891人間七七四年
2011/06/28(火) 22:40:18.85ID:RKswRTNj0892人間七七四年
2011/06/28(火) 22:51:16.92ID:iefTXudI普通に考えたら
その後どう転ぶかわかんないのにさ
決められてる人もいるけど
0893人間七七四年
2011/06/28(火) 22:57:41.44ID:oBjXMv2K確かあの逸話、信康死後約200年経ってからの史料が初出なんだぞ
家康の反応も生々しくて、本当の話と思いたいけどさ……
0894人間七七四年
2011/06/28(火) 22:59:14.32ID:ONG0C51a0895人間七七四年
2011/06/28(火) 23:02:42.35ID:iefTXudIこの人が死んで何百年も経ってからの史料が初出で
反応が生々しいとか
やけに登場人物の心情とかが細かく描かれている話は
あやしいと思ってしまう
面白く読める話ほどあやしいと感じてしまうのは悲しいが・・・・
0896人間七七四年
2011/06/28(火) 23:03:37.69ID:vMcsR2WBなーんか武田信玄みたいに父家康を追放しようとしてたのがバレて、家康側近に切腹だーって
やらされたような気がする 家康本人は気に入った子だったので殺したくなかった
また、酒井忠次が信長公のところへいったのは信長公の娘の婿を殺すことになるので、
ひとこと言って許可をもらわないと取り潰されると思ったからのように見える
0897人間七七四年
2011/06/28(火) 23:08:36.41ID:oBjXMv2K信康事件の研究でやや有名な典厩五郎氏は
短編で家康に信康謀反の裏には信長がいるんじゃないかと疑わせてたなw
0898人間七七四年
2011/06/28(火) 23:08:56.37ID:f9x5DEpN内政もこれからって時だったのかな?
三河物語にも、信康が死んだ時は、上から下まで民衆すべてが悲しんだ みたいなこと書いてたらしいし
0899人間七七四年
2011/06/29(水) 00:28:56.56ID:NIldYxGW0900人間七七四年
2011/06/29(水) 00:31:17.47ID:Ayx+cC230901人間七七四年
2011/06/29(水) 00:35:09.23ID:JBco2Ivh関係があったと言う説はあるな
0902人間七七四年
2011/06/29(水) 00:35:39.03ID:aJuPJI6u信康に謀反させて代替わりさせようとしたってのは可能性としてあるかもな。
それを察知した家康が先んじて信康を切腹させたという事に。
0903人間七七四年
2011/06/29(水) 00:50:46.33ID:i92t/ouQ別にそんな気にしなくていいんじゃないかな
そういや秀忠と忠吉仲良いねって逸話なんかないかな?
0904人間七七四年
2011/06/29(水) 01:12:43.64ID:Ayx+cC23みたいな話をたまに見かけるが出展不明
0905人間七七四年
2011/06/29(水) 07:20:21.86ID:ddInwMIX0906人間七七四年
2011/06/29(水) 08:49:22.57ID:Ayx+cC23隆さんの書く秀忠は嫌いだけど
自己主張しない弱虫みたいに書かれるよりはいい
個人的最悪秀忠はフジ大奥の秀忠
いや女優陣が素晴らしいからドラマ自体は大好きだけどさ
0907人間七七四年
2011/06/29(水) 12:18:53.79ID:+6JHjFyh0908人間七七四年
2011/06/29(水) 12:41:01.38ID:JBco2Ivh家綱将軍時の保科正之ポジションで落ち着くんじゃないかな。
0909人間七七四年
2011/06/29(水) 14:39:50.59ID:o8eiwEQ/武田信繁、豊臣秀長みたいな優秀な弟として・・合戦はアレだけど
0910人間七七四年
2011/06/29(水) 18:10:25.29ID:Ayx+cC23「一番偉い人の弟」とか「補佐役」とかのほうが合ってたのかもしれんね
そういうタイプであ秀忠がNO1ポジションを務めたことは
後の徳川の安定のためには良いことだったと思う
0912人間七七四年
2011/06/29(水) 18:42:40.51ID:Sw6kg4hL0913人間七七四年
2011/06/29(水) 19:00:14.69ID:Ayx+cC23あずみ、秀忠の顔を見た瞬間に読むのやめたわ
漫画とかドラマの歴史上の人物の顔面設定はあまり気にしないほうだけど
あれはさすがにひでぇと思ってw
性格もキモいのか?
0914人間七七四年
2011/06/29(水) 19:09:14.52ID:+6JHjFyh0915人間七七四年
2011/06/29(水) 21:06:35.33ID:i92t/ouQあずみ みたことないけどそんなに酷いのか
敵役なんだろうけど、そういう敵側の相手も魅力的に書いてこそ
主人公達もまた魅力的になると思うのになあ ドロヘドロみたいに
0917人間七七四年
2011/06/30(木) 00:11:00.57ID:XwQc+Yp/色黒で筋肉質な俳優が秀忠演じたら
「史実と違う」とか「俺のイメージと違う」とか騒がれるんだろうな
一応、根拠のある話なのに
0918人間七七四年
2011/06/30(木) 00:33:54.22ID:iMyRmlxF読む小説が偏っているのかもしれないけど、やたら色白な設定にもされてたな
葵徳川三代の西川秀忠は、最初違和感あったけどすぐに見慣れていったなあ
むしろ、ああありそうありそう とか思っちゃった
西川さんの演技力にもよるんだろうけど
0919人間七七四年
2011/06/30(木) 14:44:25.83ID:IN1Oi/cc家康と秀忠がちゃんと武将しているのは関ヶ原からだが、その時から
家康:老人・色黒小太り・老練(性格タヌキ)
秀忠:若者・色白顔立ちいいイケメン(ヘタレ)
のイメージはそのままだからなぁ・・。
0920人間七七四年
2011/06/30(木) 21:22:00.23ID:iMyRmlxF昔からそういうテンプレでもあったのかな
そして大河の独眼竜政宗見ると、どっちも志麻姉さんでかぶることかぶること…
いやどちらもそこまで疎んじてはいないんだけどね
0921人間七七四年
2011/06/30(木) 21:27:27.72ID:oqcyQAXJ昔からあったテンプレだと思われ
0922人間七七四年
2011/06/30(木) 21:32:00.85ID:iMyRmlxFクーデター起こって晴信に家督継承してるから、何かはあったんだろうけど
クーデターと言えば、お江の父、浅井長政もクーデター的なもので家督継承したんだっけか
この場合は、久政が保守的過ぎて家臣から不満が出て無理やり引退させたんだっけ
0923人間七七四年
2011/06/30(木) 21:43:02.38ID:bIooK6Xk信長母の土田御前もだったか
信長と信勝(信行)の仲裁をしたから?弟溺愛にされる
同腹の兄弟が争うのは、いくら戦国の世でも普通に考えて嫌だと思うけどな
0924人間七七四年
2011/06/30(木) 21:55:08.82ID:iMyRmlxF家光が忠長の饗応に訪れるのが嬉しくて、初さんに手紙も書いちゃうし
自分が生んだ子供達が争うのは、どんな時代でもやっぱり母親としては嫌だろうね
0925人間七七四年
2011/06/30(木) 21:59:12.43ID:XwQc+Yp/忠長の乳母や春日局以外の家光の乳母が登場しないのはなぜなんだろう
家康が孫に饅頭やる話とか有名だけど
家光の隣には春日局が付き添っているのに
忠長の隣に付き添っているのはお江だもんな
忠長の乳母はどこで何してるんだ
0926人間七七四年
2011/06/30(木) 22:12:42.93ID:iMyRmlxFしょせん知名度高い人しか採用しないのよ
0927人間七七四年
2011/06/30(木) 22:24:33.82ID:XwQc+Yp/誤解を生むんだな
仕方ないことだけどさ
家光には春日局以外にも乳母がいたなんて知ったらショック受ける人もいるだろう
0928人間七七四年
2011/06/30(木) 22:37:28.42ID:iMyRmlxF福にしか心開かないとかやりすぎだと思う そんな無駄に持ち上げなくていいのに
家光他の人と交流あるし 伊達政宗とか立花宗茂とかお気に入り武将多いよね
晩年の具合悪い伊達さんを、お忍びで家光が見舞いに来て、感動して泣いちゃった話は良い
0929人間七七四年
2011/06/30(木) 22:44:23.17ID:oqcyQAXJ0930人間七七四年
2011/06/30(木) 23:00:17.25ID:iMyRmlxF長宗我部元親もいいかなと思ったけど、息子失ってからが可哀想すぎて…
0931人間七七四年
2011/06/30(木) 23:15:14.87ID:XwQc+Yp/みなさん土井利勝?
0932人間七七四年
2011/06/30(木) 23:28:53.62ID:gpyKog5k0933人間七七四年
2011/07/01(金) 00:07:02.79ID:Lldq0K300934人間七七四年
2011/07/01(金) 00:28:18.92ID:wSJgxt+00935人間七七四年
2011/07/01(金) 13:40:39.89ID:2HSMFVDc0936人間七七四年
2011/07/01(金) 15:07:53.41ID:AtcMBEPX0937人間七七四年
2011/07/01(金) 15:23:11.88ID:KKBeCU4P吉宗の時は裏の実行部隊を匂わせる(あくまでも匂わせる)人物はテギュラーででていた・・・
0938人間七七四年
2011/07/01(金) 18:32:42.68ID:wSJgxt+0しょせんその程度の下っ端ってことなんじゃないですか
おいらは島津の大河がないのもしょせん島津じゃ大河の主役は務まらないって
ことだとおもってます 大陸での戦いで活躍したから中国に遠慮して、なんてないない
0939人間七七四年
2011/07/01(金) 18:40:39.80ID:fU6k0GWt秀忠とお江の夫婦関係が興味深い。
「はじめは駄馬の如く〜No.2の美学」で秀忠を扱っていると聞いて探しているが、地元の図書館にもなかった。
0940人間七七四年
2011/07/01(金) 18:55:10.80ID:KhCDjEWI柳生は春の坂道って大河で主人公してたぞ。
あと島津はこの前のニュースで中国でも人気があると言ってた。
0941人間七七四年
2011/07/01(金) 18:57:02.94ID:wSJgxt+0ちゅ、中国で島津が人気あるんですか?! やはりそれは鬼のように強い武将、ってことで、
敵ながらアッパレってことでしょうかね・・・
0942人間七七四年
2011/07/01(金) 18:58:09.75ID:Xe5DP4ye自分はブックオフめぐってゲットした
来年の大河で黒く活躍しそうな平時忠のことも取り上げてるから復刊すればいいのに
0943人間七七四年
2011/07/01(金) 20:50:03.98ID:fU6k0GWtブックオフ巡りして探してみるよ。藤原不比等も取り上げてあるらしく、ぜひとも入手したい一冊だ。
0944人間七七四年
2011/07/01(金) 20:59:12.66ID:Lldq0K30自分は、アマゾンの中古でゲットした
最近はもっぱらアマで購入してるなあ 楽だし結構あるんだもの
0945人間七七四年
2011/07/01(金) 21:28:10.04ID:Xe5DP4ye駄馬は北条義時で秀忠は・・・・
0946人間七七四年
2011/07/01(金) 22:04:20.20ID:Lldq0K30意外だ 唐入りで大暴れしたし、絶対恨まれてると思ってたのに
でも今のNHKは過剰に配慮するから、どちらにしろ大河化は無理そうだ
0947人間七七四年
2011/07/01(金) 23:04:20.91ID:NVQ1c7tj明は被害出たけど正味勝ち戦だし何処かの人達と違って
こっちの三国志的に興味あるんじゃないか
0948人間七七四年
2011/07/01(金) 23:21:21.41ID:Wx1lJpBI0949人間七七四年
2011/07/02(土) 00:27:01.49ID:i4w0EXKrそういえば家康はメチャクチャ人気あるって聞いたことがある
たんなる戦国覇者ってわけじゃなく、子供のころからすごく苦労してがんばってるところが
すごいとかすごくないとか
0950人間七七四年
2011/07/02(土) 00:40:34.92ID:Pesx2xBQ【芸能】「韓流スター“チャン・グンソク”訪日の出迎えファンは報酬2000円のバイト」・・・日本マスコミ報道に韓国騒然★4
http://kamome.2ch.net/test/read.cgi/mnewsplus/1309530337/
0951人間七七四年
2011/07/02(土) 00:42:44.51ID:ezYAoC9hまあ物の見方の違いだな
俺は劣勢でも戦略目標達成できれば勝ちじゃないかと思っている
0952人間七七四年
2011/07/02(土) 01:20:25.03ID:XNwCvEZs秀忠は嫁の生家について何かしてるのかな?
0953人間七七四年
2011/07/02(土) 05:52:00.10ID:fXjiMWhnそんな像あったっけ?
0954人間七七四年
2011/07/03(日) 00:16:46.72ID:ojbS9hB5浅井の菩提寺に寺領を寄進したことと
浅井亮政の孫で淀殿の侍女だった女の息子が大奥に出入りしていて秀忠にも会っていて家光の小姓になったことくらいしかしらん
あと和子の侍女
0955人間七七四年
2011/07/03(日) 04:08:05.39ID:ByKWXYm8それとも相当屈折した陰険な王なのか、あるいは人情あふれる温厚な人なのか、
どれかよくわかんない なーんか最近は陰険な権力者に見えてきた
0956人間七七四年
2011/07/03(日) 10:24:08.26ID:HdNNnSGs部下がうっかり汁物落としちゃったけど、秀忠がとっさに寝たフリしてみなかったことにした話が好きだ
0957人間七七四年
2011/07/03(日) 19:55:03.89ID:ojbS9hB5自分はこの話聞いて秀忠こわ
と思ったんだけど
どうにも宗教関係であらゆる本や番組で無視されてるな
0959人間七七四年
2011/07/04(月) 00:06:59.04ID:D1Bq0F0i永井路子は徳川関連の女だとお江とお勝が好きだよな
主人公の小説を書いていることと
この二人について話すときの長文っぷりと内容からうかがえる
0960人間七七四年
2011/07/04(月) 00:45:57.67ID:L8jQAhO2「東福門院和子の涙」は読んだけど他にあるのかな
あと漫画だけど「殿といっしょ」は良かった 実に良かった お江さん可愛くて秀忠も優しい
0961人間七七四年
2011/07/04(月) 01:16:32.17ID:oAZX7a9a長野県の「諏訪圏フィルムコミッション」のサイトに、大河ドラマ「江」のエキストラ募集が
告知されています。「ある武将が、関が原の戦い(1600)に向かうシーン」とか。
<募集概要>
募集日程:
(A)7月15日(金)※予備日7月16日(土) 16:30〜21:00予定
募集対象:兵士役、20歳〜50歳くらいの男性 28名
(B)7月16日(土)※予備日7月17日(日) 6:00〜18:00予定
募集対象:兵士役、20歳〜50歳くらいの男性 40名
撮影場所:原村・富士見町・北杜市(山梨県)
撮影内容:ある武将・兵隊が関が原の戦いに向かって移動しているシーンなど
特典、待遇等:スケジュールに準じて食事を提供。番組記念品を進呈
締切:2011年7月8日(金) 17時、ただし募集定員に達し次第終了。募集人数を上回った場合、年齢などを考慮して選考する可能性あり
http://www.suwafc.com/satsuei/top.html
0963人間七七四年
2011/07/04(月) 03:33:33.50ID:oO/l1hzh完全に日本を徳川家の存続のためにものにしてしまった
徳川の歴代の出来損ないのせいで幕末に日本は列強から深刻な脅威を受ける羽目に陥った
0964人間七七四年
2011/07/04(月) 18:56:16.28ID:+dY1td9G0965人間七七四年
2011/07/04(月) 19:18:41.43ID:L8jQAhO2ありがとう 花々の系譜は初視点だったから
仲は良さそうなんだけど、あまり伝わらなかったんだよね
あと、家康がお江をあまり良く思っていないという設定が多すぎるような…
別に遠ざけていたとか、そんな史料はなかったよね?
織田の血筋だから云々はともかく、豊臣家からの輿入れだから、警戒するのは分かるけど
そこまで毛嫌いする必要もないと思う
0966人間七七四年
2011/07/04(月) 20:03:31.25ID:D1Bq0F0i家康が豊臣養女である息子の妻を嫌っていた設定になるのは仕方ない
もちろん訓戒状は叱責しているような内容ではないし
菓子エピは創作の可能性もあるので(家康の側近が書いた日記に載ってないんだっけ)、仲が悪くない設定でもおかしくない
さすがに仲がいいのは違和感あるが
0967人間七七四年
2011/07/04(月) 20:21:05.19ID:L8jQAhO2国松はあくまで弟なんだから、嫡子以外は家臣として考えなきゃだめだよ
ってそれだけなのが問題なんだよな なんで全体を紹介しないんだろうか
国松は利発だけど、そのままにして育ててはいけない、植木を育てるように
悪い所は切り捨てて、良いところを伸ばしていくようにしなさいね みたいに
家康さんの子育てアドバイスから、徳川家全体のことといった教えが長々と続くから
あれってお江宛てというか、徳川家全体に宛てた教えに感じたけどな
舅・嫁だから、難しい関係だと思うが
家康の末子の市姫って、お市の方の美貌にあやかってつけたとか聞くと
晩年は織田というだけで、そこまで毛嫌いしてるようには見えんのよなあ
(でも武田の話はよくしたけど、織田の話はあんまりしなかったようだが)
0968人間七七四年
2011/07/04(月) 22:54:32.91ID:orHOYb51先々を心配して色々言いたくもなるだろうよ
正室不在で姑がいない状態だし
親切な舅じゃないか家康は
…と解釈する人はいないのかw
0969人間七七四年
2011/07/04(月) 23:07:03.35ID:D1Bq0F0i秀忠やお江の世間イメージがもう少し良ければ
あの訓戒状を「おじいのアドバイス」的とらえかたする人も多かったと思うが
イメージが悪いので
残念な息子夫婦を叱りました的解釈なってるんじゃないか
あの訓戒状って代々徳川家に伝わってるものじゃなかったよな
山本なんとか先生の本に書いてあったが
0970人間七七四年
2011/07/05(火) 00:27:05.34ID:ozWOc3Vq第一に思い浮かぶというと土井利勝だけど、他には老中をつとめた井上正就もそうかな。
井上というと、この人が殺される原因になった事件が、春日局が井上正就の嫡男と
鳥居成次(徳川忠長の家老)の息女の婚儀を仲介した一件なんだよね
家康がお江に宛てた書状というと、婚礼の翌年(文禄5年)の大地震の際に、お江が
家康(当時伏見にいた)に宛てて出した見舞い状の返信がのこっていて、文中で
親子(家康・秀忠)ともども無事なので安心してね、ということを述べているな。
春日局といいお江といい淀殿といい、逸話や通俗的なキャラクター像ばかりが
先行してて、なかなか実像がわかりづらいんだよな。
0971人間七七四年
2011/07/05(火) 01:01:15.59ID:Ijx66b+wということは、地震当時、秀忠とお江は離れていたのかな?
0972人間七七四年
2011/07/05(火) 07:27:02.97ID:8vowzaLb0973人間七七四年
2011/07/05(火) 08:52:59.58ID:8vowzaLbこの時代あたりの人(織豊期〜家光くらいまで)は創作のネタになりすぎて
一般的に広まっている人物像がドラマ的漫画的すぎる
0974人間七七四年
2011/07/06(水) 00:28:06.32ID:mrN0OjCf秀忠は戦国時代・江戸初期 というなんか中途半端な時期に生まれたような感じだ
家康と一緒に色々と合戦巡った訳じゃないし、小田原の役はほとんど見ていただけだろうし
関ヶ原の戦いなんて、ほとんど初陣に等しいのに2万の大軍を従えなきゃならないし
さらにその中で、味方同士の不和も起こったりと、無理ゲーにもほどがあって可哀想になる
0975人間七七四年
2011/07/06(水) 00:37:34.59ID:hebkd/L2この前某ドラマ見たらしき人が「秀忠の初陣は関ヶ原だろカスw」みたいなこと言っていて
いやいやそれはどうだかと思ったんだが
一応、徳川実紀には小田原まで行ったという話があるんだよな
0976人間七七四年
2011/07/06(水) 00:54:25.79ID:mrN0OjCf秀忠が秀吉から呼ばれて、そこで甲冑始め執り行なわれたらしいよ
「わが武運にあやかりたまえ」と言って、秀忠の背中撫でたとか
なので、小田原の役には従軍しているから、これが秀忠の初陣みたいなもんかなあと
0977人間七七四年
2011/07/06(水) 07:37:53.22ID:vpXxcmh0やはり真田攻めが初采配かな?
0978人間七七四年
2011/07/06(水) 13:05:13.10ID:K4RgsKOZ0979人間七七四年
2011/07/06(水) 21:54:13.62ID:hebkd/L2徳願寺とかいう寺に家康とお江関連の話が残っているな
阿弥陀如来像を家康が江のために江戸に写して云々とかいう
0980人間七七四年
2011/07/09(土) 20:55:03.06ID:OzanyBQU「戦国いい話・悪い話」というまとめサイトの秀忠の話読んだのがきっかけだったなー
逸話から滲み出る秀忠の人柄に惚れた
0981人間七七四年
2011/07/09(土) 21:06:39.42ID:HiUtLQz7戦国から江戸初期を調べだしたら自然と秀忠に興味湧いたなw
0982人間七七四年
2011/07/10(日) 00:58:33.86ID:pCzzFrf3なので、その人気のある人に埋れている、あまり表に出ない人に興味がわく
秀忠もそんな感じだった しかし本当にこの人あまり前に出ない人だなあ
0983人間七七四年
2011/07/10(日) 23:01:06.97ID:pCzzFrf3秀勝が病死じゃなくて、戦反対で朝鮮の民をかばって部下に討たれて死ぬとか
そんでお江は更に反戦意識高まるって設定にするんだろうか
そんな秀勝と対照的に、秀忠は上野合戦や大坂の陣やらでやたら好戦的な最低男として書かれるんだろうか
とりあえずあのドラマ早く打ち切られてほしい
0984人間七七四年
2011/07/10(日) 23:45:43.18ID:SQ+7/owYあのさ三番目の一番持ち上げたいと思っているであろう夫を
NHKが好戦的に描いたりしねーよ
というか大河ドラマになんか期待する気持ちがわからん
自分は(過去の出来の良い作品含)大河ドラマ自体も大河ドラマファンも大嫌いだからそう思う
大河ドラマじゃなくて大河に便乗して開催される博物館の特別展とかがメインだと思っている
0985人間七七四年
2011/07/10(日) 23:57:35.45ID:pCzzFrf3ちゃんと歴史の流れにそった面白い大河ドラマから、その歴史に興味もつ人も出てくる
0986人間七七四年
2011/07/11(月) 00:09:27.17ID:I0MnoWSdだから大河ドラマみたいに大規模な歴史作品を作るのはひっかかる
0987人間七七四年
2011/07/11(月) 00:09:42.45ID:4hjxpPz/小和田哲男さんの「徳川秀忠」は分かりやすかった
0988人間七七四年
2011/07/11(月) 00:38:19.68ID:I0MnoWSd秀忠の出生から死亡までを逸話や俗説やとんでも説や作者の思い入れ抜きで
研究した本ってないと思う
福田の本は例のごとくだし
0989人間七七四年
2011/07/11(月) 00:43:46.53ID:4hjxpPz/まだまだその手の本を書ける人がいないんでしょうか お江本はいっぱいあるのに
福田さんのは、妄想はさておき、この年どこそこで秀忠にこんなことがあった
という情報が得られただけで充分でした
0990人間七七四年
2011/07/11(月) 01:01:02.40ID:I0MnoWSdついに福田説が妄想扱いにw
福田さんは男性の研究者や作家以上に男女関係をドライに見ているところは良いと思うけどね
証拠もないのに
最愛の女がどうこうとか恋をして云々とか書く人も多いからさ
ドライが行き過ぎたからあのような結論が出てしまったのだろうと思う
0991人間七七四年
2011/07/12(火) 00:10:45.69ID:EcX7UJft民放の歴史バラエティー番組に先を越されたようだ
ただあの番組は噂によると珠姫前田ルートの紹介しかしなかったようだが
千代姫綱誠ルートでもつながっている
0993人間七七四年
2011/07/12(火) 17:37:06.26ID:UYldFE/L0994人間七七四年
2011/07/12(火) 19:33:18.06ID:XNJn75aW0995人間七七四年
2011/07/12(火) 21:45:18.70ID:XNJn75aW忠長の長って、信長の長とよく言われるけど
実父の長政の長って説はないのかな? 自分が初めそう思ったもんだから
0996人間七七四年
2011/07/12(火) 22:34:45.13ID:EcX7UJft忠長の長には特に由来無しだと思ってたんだが
勉強不足か?
頼房の房とか頼宣の宣とかもよくわからんし
0997人間七七四年
2011/07/12(火) 22:45:17.86ID:XNJn75aW頼宣・頼房の頼もどっからきたんだろう
0998人間七七四年
2011/07/12(火) 22:46:03.69ID:1pLOhzIsでも個人的にはお江は浅井家よりは織田家に愛着を感じてたような気がする
忠長の妻に織田家の娘を選んでるし、やたら織田家の有名な家臣と縁組みしてる気がする
前田家とか森家とか
0999人間七七四年
2011/07/12(火) 22:46:44.59ID:1pLOhzIs徳川家康が崇拝する源頼朝公の頼ではあるまいか
1000人間七七四年
2011/07/12(火) 22:47:58.76ID:jHdb4Ubr10011001
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