▼火縄銃について語ろう▲
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています
0570S字型金具
2010/12/31(金) 16:13:14ID:yibJp3Ldメンデス・ピント著「東洋遍歴記・岡村多希子訳」に火器の名前が多く出てくる。
この本は、1537年から1558年までの21年間に渡る東洋のことについて書かれ、1578年にポルトガルで脱稿、1583年に死亡、1614年に出版された。
和訳名の根拠やその火器の詳細は不明であるが、一応火器らしき物を和訳記述のまま列挙してみた。
投石器(ロカ・デ・ペドラ)、火薬筒(アルカンズイア・デ・フオゴ)、長さ十ないし十二掌尺の大火縄銃、大火縄銃(エスピンガルダン)、火縄銃、鉄砲(エスピンガルダ)、青銅製のモスケット銃、モスケット銃
青銅製のガルバリン砲、パサムロ砲、大砲(ボンパルダ)、射石砲(ロケイロ)、球砲(エスペラ)、半球砲(メイアエスペラ)、揺籃砲(ベルソ)、半揺籃砲(メイオベルソ)
獅子砲(レアン)、駱駝砲(カメロ)、小駱駝砲(カメレテ)、鷹砲(フアルカン)、鷲砲(アギア)、犬砲(カン)、蛇砲(バジリスコ)
多くの種類・名前の火器が記載されているが、この中で日本に渡来・伝来した火器はあるのだろうか?
>>463 『ポルトガルの拠点だったインドのゴアなどが製造地の候補にあげられるという。 フランキ砲は鉄砲より少し遅れ16世紀後半に日本に伝わった。宗麟が最初に導入し、城の攻防に威力を発揮、「国崩し」の異名をとった』のフランキ砲はどれに該当するのだろうか?
的場節子著・ジパングと日本・第五章 ピント『遍歴記』日本初渡来記事と鳥銃伝来・157ページには、
『鉄砲伝来に関して発生する疑問に、ポルトガルで古今を通じて銃砲の意味で使用されるエスピンガルダという言葉が、なぜ日本に伝えられなかったのかというものがある。
さらに不思議なことには、鉄砲伝来の直後に種子島で製造法を学んだ畿内の鉄匠系統の伝書には、スペインで銃砲を指して汎用されるアルカブスを採用し、「阿留賀放至」が、ペドロ「皿伊旦崙」の名とともに伝えられている。』
と書いて、疑問を投げかけている。
なぜ、当時、ポルトガル・スペイン・現地生産の多種類の砲が東洋に存在していたのに、日本へ渡来・伝来・情報の移入が殆ど無かったのか?
また、小銃(火縄銃)のカタカナ部品名も「カルカ」(ポルトガル語?)位しか見当たらず、部品名については色々と疑問があり、謎の部分がある。 >>329
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています