▼火縄銃について語ろう▲
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0327S字型金具
2010/02/03(水) 23:47:26ID:Pn1Hh8JL「真説 鉄砲伝来」に、気になることが書いてあった。
記事の中から、近世初頭における火縄銃と思われるものを拾い上げると、
「鉄炮・鉄放・大鉄炮・石火矢・手火矢・長大筒・小筒・六匁玉・種嶋・薩摩筒・南蛮筒・南蛮鉄炮・異風筒・異風物・意府物」と多くあり、なぜ色々な名前を付けていたか、呼ばれていたかが疑問である。
著者は「むすび」で、「伝来したものが南蛮筒」で「異風筒は南蛮筒を見本にしてつくられたもの」としているが、異風筒の呼び方にしては多すぎるような気がするし、南蛮筒の呼び方は後の呼び方である。
あえて「南蛮」と付けて、違いを示す必要性があったものか。
また、「西日本一帯の広い地域に南蛮筒が続々と渡来した」と記載している。
東南アジアの一地域から工夫・改良されながら続々と渡来したものか、インドを含む東南アジア一帯から渡来したものかが不明である。
その時代のキリシタンご一行様も鉄砲を持っており、その西洋鉄砲の影響についても不明である。
東南アジアに、中国(明)よりも火器の発達した国があったとは思えないが。
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