「肩より低く頭をたれて」によせて 武田鉄矢
 お叱りの声が聞こえてきそうで恐縮しているが、正直な所原作も脚本にも眼を通していない。
主題歌を頼まれた時にいただいたパンフレットにようやく眼を通したくらいです。映画を創ると
いう苦労は、いささか体験しておりますので、脚本にも眼を通さないという言語道断、無責任なる
態度に関しては弁明の余地はないと反省しております。それでも、依頼者のお話しと原作のカバー
に描いてある防空頭巾の少女の姿、その二つのイメージで「唄」が作れそうな予感がありました。
案の定です。旅先のホテルのロビーで、三〇分でこの「詞」が出来上がりました。
 私自身としては異様な早さです。「詞」を作る過程に、これほど迷いの少ない事も珍しいこと
なんです。
 私自身でさえ気がつきませんでしたが、それらの言葉は、あの防空頭巾の少女の姿を見た時から
用意されていたようです。戦争−東京大空襲のことをあの少女の立場から「見たこともない季節」
という言葉にしました。舞い落ちてくる焼夷弾、燃え上がる東京の町を、炎のみぞれ、赤い疾風と
置きかえました。
 その少女が歩き出す、いたいたしく、たくましい姿を励ます時、「祈る」と描いた石碑よりも、
焼けた大地に叫ばせることにしました。声あるならば大地よ語れ、見たこともない季節のことを
……。
 ネオンで飾られた町々の下に大地がかつて見た人間どもの業に対して怒り続けるように。戦後の
世代ではありますが、その大地の低き言葉を聞きのがしはしません。
                          (「ガラスのうさぎ」パンフレットより)